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やっぱり日本にも保守政党が必要だ

marugeki_432_sugita.jpgマル激トーク・オン・ディマンド
第432回(2009年07月18日)
やっぱり日本にも保守政党が必要だ

プレビュー

 自民党政権が、いよいよ土壇場を迎えているようだ。

 東京都議選の惨敗で、このままでは次期衆院選での敗北が必至という状況を迎えながら、自民党内ではいまなお内輪揉めが続き、窮余の一策さえ打ち出せないでいる。そこにはもはや、半世紀にわたり日本を治めてきた長期政権政党の姿は見いだせない。

 しかし、より深刻なのは、自民党が自らの政党としてのアイデンティティを見失っているかに見えることだ。この期に及んでも、党内から聞こえてくる声は、誰の方がより人気があるかといった表層的な議論ばかりだ。政権交代のチャンスをうかがう民主党は政策面、とりわけ安全保障政策面での党内不一致が取り沙汰されることが多いが、自民党に至っては伝統的保守政党なのか、小泉改革に代表される新自由主義政党なのか、はたまた何か別の物なのかさえ、定かではなくなってしまっている。これではもはや政党の体を成していないと言っても過言ではないだろう。

 1955年の保守合同で保守勢力としての歩みを始めた自民党だが、そもそも自民党が政治的な意味で保守政党だったと言えるかどうかは再考を要する。再配分を主張する勢力は政治学的にはリベラルもしくは社民勢力と呼ばれ、保守の対局に位置づけられるが、政治学者の杉田敦法政大学法学部教授は、自民党は自らが政治基盤を置く農村への再配分を主軸とした政策を実行してきた政党であることから、世界でも特殊な「再配分保守」という位置づけになるという。

 戦後直後の日本はまだ農村社会であり、自民党は農村に政治的基盤を置き、農村開発を通じて再配分を行うことで国民の広汎な支持を獲得してきた。その後、高度経済成長とともに、自民党は池田内閣の所得倍増計画に見られるような、市場重視の伝統的保守主義に軸足を移していくが、市場経済がもたらす利益は公共事業によって農村に還元するという再配分政策だけはその後も続いた。政治思想的には伝統的保守を標榜しながら、実際は再配分政党であり続けたことが、自民党の特色だった。

 しかし、農産物の自由化や大型店舗法改正などアメリカからの規制緩和要求が強まる中で、農村の疲弊は避けられないものとなる。その後1990年代の低成長時代に入ると、そもそも地方に最配分するための財源が底をつき始め、自民党型再配分政治の統治モデルがいよいよ立ち行かなくなる。

 そこに登場したのが自民党をぶっ壊すをスローガンに颯爽と登場した小泉元首相だった。国民の高い支持に支えられた小泉政権は、自民党の伝統的な利益再配分政治を一掃し、新自由主義へと舵を切った。それが功を奏し、自民党は少なくとも一時的に農村政党から都市政党への脱皮に成功したかに見えた。しかし、小泉政権の新自由主義的政策は、それまでの再配分で「一億総中流」と言われるほど所得の平準化が進んでいた日本で所得格差を急拡大させ、公的補助の削減によってセーフティネットからこぼれ落ちる困窮層を急拡大させた。小泉政権以後の自民党政権では、改革の負の面が一気に吹き出し、構造改革路線も立ち行かなくなる。しかし、かといって今更農村政党に戻ることもできず、自民党は政策的には「八つ裂き状態」(杉田氏)に陥ってしまう。

 その間隙をついて、それまで必ずしも方向性が定まっていなかった民主党は、小沢一郎代表のもと、再配分に主眼を置いたリベラル政党としての方向性を固めていく。また、農家の戸別所得補償制度などを主張することで、小泉改革の下で自民党が置き去りにした農村票を丸々奪うことに成功する。

 しかし、自民党が迷走するのも無理からぬ面があった。保守というからには保守すべき対象が問われる。冷戦下の保守勢力が保守すべき対象は日米同盟であり、自由主義経済であることは自明だった。しかし、今日の日本の保守勢力が保守すべき対象が何であるかについてコンセンサスを得ることは、決して容易ではない。

 来る総選挙の結果、民主党政権が誕生した場合、日本では事実上初めてのリベラル政権の誕生ということになる。人間の理性を過度に信じ、正しい政策を行えば必ず社会は良くなると過信する傾向があるリベラル政権には、対抗勢力として、伝統や慣習の中に蓄積された叡知を信頼する保守政党が必要だ。自民党が保守政党として再興し、民主党政権の暴走をチェックするとともに、有権者に別の選択肢を提示することは、日本の議会制民主主義の安定のためにはどうしても不可欠だ。

 政権交代がいよいよ現実味を帯びてきた今、日本の保守政党に求められる条件とは何かを、杉田氏と考えた。

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<ゲスト プロフィール>
杉田 敦(すぎた あつし)法政大学法学部政治学科教授
1959年群馬県生まれ。82年東京大学法学部卒業。東京大学法学部助手、新潟大学法学部助教授、法政大学法学部政治学科助教授などを経て、96年より現職。著書に『政治への想像力』 、『境界線の政治学』など。

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「保守」と「リベラル」を政府の介入度合い(「私」に対する「公」の介入度)による違いだとすれば、仰るとおり、自民党が「保守」を目指したのは小泉政権のときだけであった。

日本は明治以来、ほぼ一貫して開発(統制)経済によるキャッチアップ戦略を採り、急成長を果たした。
戦後は「富国強兵」のうち、「強兵」の部分を米国に頼り、政治家と官僚は協調して「富国」のために邁進してきた。
護送船団方式で相互の信用を支え合い、国内の過当競争をコントロール、高品質低価格で世界にシェアを伸ばす。
それをバックアップしたのがインフラ(列島改造)と社会保障制度(サラリーマン増加への対応)の整備である。
しかし、安全保障で依存する米国から「貿易摩擦」の問題を突き付けられ、プラザ合意を経て円高が世界のコンセンサスとなると、内需転換が叫ばれ、国内投資が拡大、同時進行で企業の資金調達が銀行から市場へと移行する。
ここがターニング・ポイントであった。
米国から「アンフェア」と誤解による非難を受けた開発(統制)経済から自由市場経済へと舵を切るタイミングであった。
しかし、総中流時代にあっては自民党を支持する多数派は既得権益に属す側であり、自民党への対案を掲げる(政権交代可能な)野党を持たぬ有権者は現状維持を選ぶしかなかった。
護送船団が供給する低金利の資金は行政指導により運用先と運用法を制限されたまま、国内の金融市場は発達せず、結果、土地と株のバブルを生んだ。

そして、冷戦終結とバブル崩壊。
ここで従来の国家戦略を見直す機会(細川政権)があったが、与野党の対立軸は「スキャンダル」であり、互いに不正を暴き合う不毛な議論が続いた挙げ句に生み出されたのは、自民党による官僚内閣制の完成であった。

そこに登場した小泉政権の持っていた意義は大きい。
小泉には、日本の長期停滞を見るに見かねた(日本が世界経済の足を引っ張っている)米国の「年次改革要望書」という処方箋があった。
しかし、その改革も方法論の間違い(当時主流であったサプライサイダー・エコノミストによる供給側視点)によって、戦後日本にはなかった「貧困層」を生むこととなってしまう。

結局、手本がないと何もできない構想力のなさが根本原因である。

私は経済成長のために再配分政策が有効とは思わない。
しかし、自民党の非効率な税の使い方を見れば、再配分で貧困に対応する方がマシであることは間違いない。

私が民主党を支持する理由は「リベラル」だからではなく、「自分で答えを見付けようとする」小沢がいるからであり、アンチ自民党だからである。

神保さんこんばんわ、
日本に「健全な保守政党」が必要なことは当然のことだと思います。

問題は、超長期政権によって自民党が「健全」でなくなってしまった事にあります。
自らに政策立案能力・法案作成能力が無い為にそのほとんどを官僚に丸投げしたせいで「官僚・死ぬまで安心制度(天下り)」を作り上げることを許してしまいました。
今では、政府が国民に富の再配分を行う時、その全てのルートに官僚の天下り団体が存在していて中間で搾取されています。
このシステムの大掃除は、これまで政権を持っていた政党では共犯関係にあるために絶対に不可能です。
大掃除は民主党に任せるとして、自民党には健全さを取り戻した保守政党として出直して欲しいと思います。

権力は必ず腐敗するので、(おそらく今回獲るであろう)民主党政権に対する監視は厳しく有るべきなのは当然で、我々国民は「約束された政策を実行しているか」をそして野党となった自民党は「権力が公平・公正に用いられているか」を監視し続けることが肝要です。

長周新聞の記事を一部ご紹介します。

『下関市民に限らず国民の自民党政治にたいする怒りは尋常ではない。「金権腐敗の守旧派を退治して改革をやる」と叫んで小泉が登場したが、これはまるきり詐欺であった。結末はアメリカにカネを貢ぎ、金融投機の外資を筆頭にしてトヨタやキヤノンなどの大企業が濡れ手で粟のボロもうけをする改革であり、その一方で国民をまるで食っていけなくする大改悪であった。労働者は奴隷どころかモノ扱いで、年寄りの長生きは国賊扱い、医者にはかかれず学校は崩壊、農漁村は役場も郵便局も学校も店もなくなって徳川時代よりひどい状態。小泉・竹中がブッシュのポチになって日本をメチャクチャにしたという声は都会でも田舎でも爆発点に達している。そのうえにアメリカの指図でいつ戦争が始まってもおかしくない世の中にした。
 安倍氏は、参議院選惨敗にもめげず、小泉・竹中構造改革を賛美し、自らの実績を自慢し、集団的自衛権、核武装や先制攻撃などを訴える先頭に立っている。小細工による欺瞞を弄せず真正面から本音を訴えているのは、中川秀直や武部勤など小泉イエスマンが「自分らのせい」は棚に上げて、「麻生のせいで自分の選挙がやばい」などと騒いでいるのよりはいさぎよい。そこで討ち死にか、権力者復権か、運命を握っているのは4区の有権者である』

実態としての日本は、環境や食糧自給率の面でリスクがいっぱいです。神保氏のいわれる保守、リベラルという単純なくくり方はできないほど、この国の国土も人心も荒廃しています。

「そもそも自民党に対する思想評価が異なります」
神保先生おっしゃるところについては概ね同感です..が、先生曰く・・『冷戦下の保守勢力が保守すべき対象は日米同盟であり、自由主義経済であることは自明だった。しかし、今日の日本の保守勢力が保守すべき対象が何であるかについてコンセンサスを得ることは、決して容易ではない』の部分についての歴史観は概ね同感ながら、しっくりきません。
自民党はその発生の経緯から、党内に右派から左派までの存在を許し、問題が起こったときに“対症療法”的な対応の繰り返しをしてきました。
そもそも自民党には確固たる思想(先生曰く“自らの政党としてのアイデンティティ”)がなかったと考えます。その時々の問題に対応する対症療法の思想しかなかった。それが今日の状況を招いています。
欧米の方々(主に在日一般人)との政治談議になると、たとえば小泉政権において何故政権交代せずに180度異なる施策が行なわれるのか全く理解できないという意見が大半です。いくら説明しても理解いただけません。
党内に右から左まで抱え、時々の状況で施政を使い分けてきた。その過程で長期政権であるが故、財界・官界との癒着のぬるま湯で我が世を謳歌してきた結果が今日の自民党であると考えます。
神保先生の御説について、歴史観からは異議はないものの、自民党があたかも確固たる保守思想を持っていたかのような見解は納得しがたい。自民党には、そもそも思想がなかったというのが正解ではないでしょうか。
民主党が政権をとった後の施政について、真の保守的な対抗勢力が必要であろうことについては意義ありません。しかしながら、自民党に確固とした思想基盤があったがごとき評価については見解が異なりますので一言させて頂きました。

「やっぱり日本に保守政党は必要だ。」
 私もその意見に賛成です。
 私の考えですが民主党は保守でもなく革新でもない幼児から脱皮中の政党だと思っています。また今の自民党が保守とは思えません変化を望まない頑固な守旧派か自己利権党だと思います。神保さんはどのような分類になっているのでしょうか。
 自民党が保守本流と思っている人はどのくらいいるのでしょうか。
 小泉竹中路線の自民党は保守本流ではないし新経済自由奔放主義路線で保守ではないでしょう。
 また今の民主党は、自民党以上に幅が広い(特に社会主義的平等主義側に)政党になっています。右は前原さん長島、浅尾等自民で言うと安倍の思想と同じグループで民主の傍流でしょうし、左は旧社会党出身者で・・・
 郵政選挙で政界再編の目が出ました。新自由奔放主義者の小泉自民党と国民生活を主体に考えた郵政民営化反対派に分かれました。信念のない政治家(政権与党で利権に預かりたい派)は選挙後前回の参議院選挙前に信念を捨て自分が誤っていたと宣誓し、自民に復党しました。
 保守の名に値するのは国民新党と民主党内の自民党出身者(さきがけから初めての議員や日本新党から初めての議員ではありません)ではないでしょうか。
 55年体制を打破し保守系での政権交代可能の2大政党政治を目的とした政治形態を模索し、実際に行動した政治家は小沢一郎氏だけです。
 現在の情勢で選挙が行われた場合、逆の大民主党の政権与党と弱小政党の自民党、是是非の公明共産党という形になりそうな予感があります。
 民主が大勝した場合は速やかに100年とは言いませんが60年(今の成人が死ぬまでの間)は制度の極端な変更がなくても済む社会保障制度及び憲法で社会の基本制度を構築すべきです。
 現在の自民党が大敗し解党的な状況になった場合民主党に対抗した2大政党の一翼を担うだけの人材が不足しており、旧社会党と同様な道筋をたどると思っています。
 制度の構築が終われば「小さい政府」「大きな北欧型政府」、「日米同盟」「国連中心」等で対立する民主主義社会での2大政党制への政界再編を小沢主導で行い真の2大政党出発のための総選挙です。

<神保様>
神保さんご苦労様。さて、神保さんがおっしゃる「健全な保守」の定義がさっぱり解りませんが、国粋的なものなら、私は必要性を感じません。むしろ恐ろしさを感じます。私は日本は、絶対に戦争をしてはいけない国だと考えています。
私は、人類全てが戦争をしてはいけないと考えているほど平和ボケはしていないつもりです。
なぜ「日本」がしてはいけないのか?それは、誰も責任をとらない国だからです、太平洋戦争も、戦後敗戦国として、戦犯は裁かれましたが、戦中どんなに作戦が失敗であっても、誰も責任をとらなかったから、次の作戦も失敗したのだと思います。今も昔も責任をとらない役人たちが、この国を指揮しています。血液製剤によるHIVウィルスの被害も「その時点では正しい判断だった」というばかりで、多くの人を絶望に追い込みながら、当の本人は平気で天下り人生を謳歌しているのです。
アメリカでは、ラムズフェルドでさえ、公聴会で激しく責められ、その模様は国中に放映されます。
国粋主義者たちのいう事は、一見カッコイイ。だから、今の若い人たちにうけたりします。しかし、安倍も中川も実は国益に全く適わない事をしでかしました。他者には愛国を強制し、自身は省みない自称愛国者ほど始末におえないものはありません。

マスコミは残酷なものです。
昨年の暮れ、あれだけ派遣切りに大騒ぎをしたのに、この春以降はどうでしょうか。ワーキングプアーは、どこへ行ってしまったのでしょうか。
最近のTVでは、自民党の大騒ぎと、1000円になった休日の高速道路の混雑、そして今日はウナギの話題でいっぱいです。
こんないい季節には、貧困の話は似合わないのでしょう。

ここ四半世紀にわたる自民党の失政が及ぼした災禍は目を覆うばかりです。
特に2000年以降の自民党は正気を失った盲導犬のようでした。
あっちへふらふら、こっちへふらふら、かと思えば道に落ちたおいしそうな餌を見つけていきなり猛烈に走り出す。
その結果が現状なのでしょう。
政治哲学を論じている段階ではなくなっています。
国民のための政治を求めることが、今の日本の実情です。


ところで21世紀の日本に、本当に目的をもって活動している政治家が何人いるでしょうか。
私も筆頭に小沢一郎をあげます。
他には…あまり思いつきません。
他は、大きな目的は持つものの、その他にかっこのいいことを求めすぎです。いろいろときれい事を言いすぎてダメ。

保守とリベラル、政治の対立軸。
健全な国家にはぜひ必要なものでしょう。
しかし、目先はまず政権交代です。
政権が交代して初めて対立軸も生まれてくることでしょう。
創造的な破壊の後に、はっきりとした対立軸が見えてくるのだと思います。

保守とかリベラルとかいう言葉は余り好きではありません。まして決め付けるのは尚更です。小泉首相が登場するまでは、父がサイパンで戦死したものの日常生活で特に問題は無かったので、余り深く政治について考えなかった。考えない事は保守で有ったのかも知れません。

小泉氏の演説をテレビで観て、国民の多くやマスコミが何故騒ぐか、それも好意的に騒ぐのは非常に困った事だと思いました。一目見て思いました。その理由は○○○、、、。政策でも弱者切捨て、特に身体障害者や生活保護者に対する実質的な手当てのカット、派遣切りなど非常に腹がたった。

西松問題での自民の態度にも、、、。このところの自民のドタバタ。いよいよ民主党が政権を担うのも間違いないだろうと思うところまで来ました。民主党に望むのは、保守で有れリベラルで有れ、国民目線の政治です。選挙の前だけでなく、選挙が終わってからも、、、。小選挙区と比例の復活で、勉強もしなくても議員が続けられる、国民の方を向かなくても当選出来るなどと今の自民党議員の二の舞はしないで下さい。党内での活発な討論は多いにして頂きたいが、マスコミの前で自分勝手に意見を述べるのは止めて頂きたい。今の自民党の右往左往は滑稽極まりない。是非、肝に銘じておいて頂きたい。外に向かって党首に「辞めて頂くのが、、、。」などの暴言は自分の愚かさを世間に知らしめるだけです。今の中川秀直氏の行動は自民党にとってマイナスです。真似をしないで下さい・・・東京6区の偉い先生!

後40日間一致団結して頑張って下さい。

高野さん、鳩山さんの「友愛」の理念は、既存の左翼のそれとは別でありましょう。「明治以来100年に及ぶ官僚体制を打破する革命的改革」と小沢さんの言う意味からいえば、革新といえるのでしょう。

杉田敦さんが指摘されているように、政策の違いをはっきりとさせる。政策として特にはっきりのが税金である。それを論じたらいいのではないかと。
宮台さんは緊急の課題にワーキングプアの問題がある。富の再分配として負の所得税やベーシックインカムがいずれ必ず探られるだろう。それが税に対する論争点になるだろうと。

なるほどと思いました。
今後、それが論じられるべきでしょうね。富裕層の増税は絶対に必要であると私は思っています。現行の金持ち優遇税制は一刻も早くやめるべきです。新自由主義と決別するなら不可欠でしょう。
リベラルであるオバマは富裕層の増税、法人税の引き上げを行うのですから、リベラルな民主党も財界の圧力に屈しないで、それを行ってほしいです。

ちなみに、野党三党(民主、社民、国民新)で決めた派遣法改正案に対し、財界はいまでにないほどの大きな抵抗を見せているようです。戦いは既にはじまっています。

かつて「一億総中流時代」と言われていた頃、自民党が野党の追随を許さなかったのは社会党の政策にリアリティがなかったこともありますが、それ以上に国民生活の満足度が高く変化を望まなかったことが大きかったと思います。今、自民党を民主党との対立軸としての保守政党と呼ぶにはにはあまりにも保守の中味が形骸化しているのではないでしょうか? 一方、「人間の理性を過度に信じ、正しい政策を行えば必ず社会は良くなると過信する傾向」がリベラル政権であり、民主党がその意味で「リベラル政党」だと実際に政権を取る前の今の時点で断定するのは単純化が過ぎるのではないでしょうか?

「民族主義的国家主義」は断固として排撃します。

「保守対革新」を含めて「明確な対立軸」が日本人社会に存在できるのか?

Mitsuru Mr. Naraさん | 2009年07月18日 21:35の【自民党には、そもそも思想がなかったというのが正解ではないでしょうか。】というご意見に賛成です。

1.返す刀で・・、私見では、現在の民主党にも、思想がなかったし現在もないというのが正解ではないでしょうか・・、
のみならず、過去も現在も日本の全ての政党が、看板は掲げているが、「保守対革新」の如き二者択一の「対立」を強く迫る「思想と呼ぶに足るもの」を持たず、【対症療法】のレベルでの対立と争いに終始してきたのではないか・・・、
本来的な「思想」の存在しないところに、「保守対革新」の如き「強い対立軸」は生まれないであろうとも・・。
「八百萬の神」的な日本人の特質が、日本社会の特質を決定し、当然の流れで日本の政治も政党もそれらによって決定されて、上述の状況を齎してきたのではないか・・、

数少ない例外は、小沢一郎という男がその政治流儀から「正統性のある政治思想」の旗を掲げている。 その思想内容や手法が現在の21世紀を生きる我々日本人には、理解し易くて、共感できることが理由で、単なる「反自民」だけではなく、「民主党への政権交代を望んでいる」のではないか・・。

2.以上で終わっては大きな誤解を招くので、話が横道に外れるのを承知で・・・(笑)、
但し、その小沢氏を政治の第二線に引き摺り下ろし、私が信頼する上記の小沢思想を影の薄い存在に貶めた者達(=思想はおろか、対症療法レベルに於いてさえ基軸を持たない未熟な者達)が多数を占める民主党であっても、尚且つ、政権交代を望んでいる有権者には、「そのほかには選択肢が無い」という厳しい状況にあることを「肝に銘じて」欲しいものである。選挙は来年もある・・・。

3.神保さんの本文にご紹介のある学者先生方が主張されるのは、抽象論であり、一神教の欧米流がする理想論であり、「八百萬の神」的な考え方や慣習を踏まえた「日本人の、そして日本の現実」に立脚した主張では無いと思える。
但し、西部邁氏だけは、「嘗て旗幟を鮮明にして、闘争の渦中に身を置かれた」という過去に敬意を表しつつ傾聴に値するご主張ではある。但し、私には、そのご主張である「保守主義の本懐」は、真に日本的な「穏健」と日本が失った「進歩性」を兼ね備えた理想的な思想と行動基準を意味しており、「革新」の居場所がないことを含めて、対立軸が消滅しているように思える。

私の前回投稿 (日本人を止めた)無国籍人 | 2009年07月19日 17:01の引用【「八百萬の神」的な日本人の特質が、日本社会の特質を決定し、当然の流れで日本の政治も政党もそれらによって決定されて、上述の状況を齎してきたのではないか・・】

私に上記の台詞を吐かせる私の基本認識は、決して日本人の特質を悪く言っている訳では決してない。「(日本人を止めた)無国籍人」を称する私と雖も(笑)。

冒頭投稿の続き・・・、
日本では一神教的な、引用【「保守対革新」の如き「強い対立軸」は生まれない】が、またそれらの「強さや明快さ」を持たないことを理由にして欧米流からは「理解できない日本人」と揶揄されてきたが・・、然しそのような状況下にあっても、≪嘗ての日本人≫(=現在の日本人では「無理」の意を含む)は、世界をして「世界の奇跡」と讃えさせ、「第二の経済大国」の地位を得た(去年2008年限りで失う地位だが・・)誇らしい事績がある。

現下の「100年に一度の経済危機」は、米英のアングロサクソン流のGreedが齎したという観点では、嘗て西欧流が「理解できない日本人」と決めつけた【「八百萬の神」的な日本人】の「新たな出番」ではないか?
「八百萬の神的」とは言い切れないが「一神教的ではない」と断言できるアジア的精神を持った「賢明な中国」が「世界の新たな中心」として浮上してきている今は、同じアジア的精神を持つ「八百萬の神的」な日本人が、「世界の視点」で何らかの役割を取り込み、挑戦に値する「世界への貢献を果たす機会」があるのではないか??

「大海を知らない、井の中の蛙」を遣り続ける積りなら、止めた方が身のためだが・・。
「ほどほど族」や「草食系」という形容詞に甘んじる日本民族なら、止めた方が身のためだが・・。但し、「止めた場合」の其処では、大火傷はしないが、「暗く、狭い、停滞した、活気の無い、刺々しい、内向きの、世界」が待っているのではなかろうか・・。

記事を読んでいて違和感を覚えたのは、国民の存在が記事の中で感じられなかったことです。

今の政権交代劇の源は政治的信条の交代などではなく、自公政治のあまりの酷さに堪えかねた国民の声だと思います。
政治は誰の為のものなのか?という想いに答えてくれたのが、民主党の「国民の生活が1番」というメッセージだったと思う。
与党の政治を国民が監視し、ダメだと思ったら政権交代させられるよう与党の対立政党は絶対必要だとは思うが、それが保守vsリベラルのような政治学的にきれいな対立軸を描かなくともいいと思う。

都議選の開票日のテレビで石原議員が「我が党は唯一の保守党なので」と繰り返し言っていたが、自民党が「保守」しようとしているものはなんなのか?と聞いてみたい。
私には1部の人達の権利のみを守っているようにしか見えない。

匿名 さま

> 民主党の「国民の生活が1番」というメッセージだったと思う。


民主党は 国民生活が一番というとき、小泉、竹中路線が国民の生活をないがしろにしてきたと
示唆しているのでしょうが、 私は違うと思いますね。

小泉、竹中の経済政策も やはり 生活を大事にしているのです。第一 人々の生活を大事にしない
政府の経済政策など今どき ありえるのか。むしろ、国民の生活を大事に思うから、自由主義経済路線をとったというべきでしょう。

民主党の国民生活が一番というのは、わたしには 「今の」生活が大事だと聞こえます。
とにかく、今の生活を何とかしてくれと聞こえる。

それに対して、 小泉、竹中路線は、今のみではなく、将来においても持続性のある経済活力を維持するということに主眼を置いているのです。 そのことは、同時に 今のみに資源を集中投下しないということでもあります。 つねに 将来の経済活力を維持するために資源の一部を確保し、それを今のためのみに投下しせず将来のための投資として使うということです。今のみではなく 将来の生活も維持しようとするのが 小泉、竹中の経済路線です。

まあね、民主党や社民党の 「生活を大事にせよ」というのは聞こえはいいですよ。
でも、それは 現在のみの生活を大事にせよということになりかねない、そのことは将来の生活を犠牲にする可能性を
はらんでいることを理解すべきでしょうね。

それにたいして、
小泉、竹中の経済政策は 今の生活を多少犠牲にしてでも、 持続的に将来にわたる生活を守ろうという考えかたです。

つまり、今を犠牲にするのか、将来を犠牲にするのかと違いです。

まあ、今は 小泉、竹中の経済政策は逆風にさらされていますが、 また振り子が反対に振れるはずです。
でなければ、日本はやっていけないですからです。

tonbei 保守主義者 様
貴、2009年07月19日 21:49 について一言申し述べます。
現在の生活が安定してこそ、そこに根ざした心で未来が語れるのです。未来はばら色だから今の苦境に目をつむり我慢せよと説いても、未来を保証しない限り説得力のない事です。
科学の力で物的な事象は殆ど解決できる現代に、観念論的に未来を信じて現在の苦境に耐えろとは政府与党の政策にも見当たりません。
「欲しがりません勝つまでは」とは暗い近代の政策を思い起こさざるを得ません。

二大政党制という概念は、理屈として重々承知しているつもりですが、確かに「保守とは」「リベラルとは」と問われると戸惑うというのが本音です。本来、保守VSリベラルという軸を作るなら、思想的な背景はもちろんの事、経済政策から安全保障なども含めた対立軸がなければならないはずですが、皆様がご指摘の通り、一党で政権を運営してきた自民党が、あまりに融通無碍な政党でありすぎたために、我々自身が政策の対処療法に慣らされてしまって、政党の対立軸が意識しにくく、作りにくくなっているような気がします。また、日本には皇室が有りイデオロギーだけの対立軸も作りにくくなっているのではないでしょうか。
わたしも、恵美さんのおっしゃるように、保守を標榜して国粋的なものが政党にはいるのは、非常にややこしくなるので、現段階では排除した方が良いような気がします。また、経営者VS労働者という対立軸も、一説によれば、日本の労組は、規制緩和を妨げる、保守的な圧力団体になっているという指摘があるくらいなので、多分この対立軸も不可能なのではないかと思います。他のブログなどを拝見しても、日本人の意識が変わり、二大政党が出来るまでに10年くらいかかるのではないかという指摘があるくらいです。当座、tonbei さんのおっしやるような経済政策、社会保障政策で対立軸を作り出した方が解りやすいように思います。日本の民主主義はある種特殊な過程で、今日に至っております。欧米的な対立軸や概念を借りず日本の現状に有った軸で政策論争をした方が、今後の発展のためにも良いと思うのですが。

小泉、竹中路線は国民の現在にも未来にも何のメリットもないと思います。国民とは日本国民の大多数と言う事です。 詐欺師的発想にのっとった独断と屁理屈により国民を騙してきたからです。竹中氏がまだ政治家になる前から、テレビでの発言にいつも屁理屈人間と思っていました。少し考える人なら直ぐに見破っていたと思います。植草氏やリチャード・クー氏の発言には感銘するところがありました。国民が騙された事に気がつき、地方選で民主党に入れたと思います。地方選の自民の敗北は麻生総理だけの責任ではないと思います。国民は保守だのリベラルだのいちいち考えていないと思います。多くの国民は生活を考えるだけで精一杯です。

保守かリベラルか、というよりは、明治維新以後の中央集権国家(官僚主権国家)から、民主主義国家に転換しようという、歴史的なターニングポイントを迎えているんだと思います。
世界的にも、情報革命という、革命期にあり、政治、経済が不安定になっています。人類は、それに、石油文明という、罪深い文明をつくり出してしまい、その負の側面が、気象異変(温暖化)となって私たちの生命の存続を脅かし始めています。そんな時だからこそ、無反省でいると、先の世界大戦がそうであったように、いつのまにか戦争が始まりそうです。それだけはいやだという、国民の無意識なうちの防衛本能が、案外、反自民票となって表れているのではないでしょうか。

あまりにも狭い視野の中での展開に、もうここに投稿するのはやめようと思っていましたが、一つ問いを投げかけたいと考え直しました。

例えば、未来の日本の人口が外国から来た人達で半分になり、総理大臣も元は外国人と云う、あたりまえの日本の常識、風習、思想がとおらなくなる社会を、人種、文化、伝統を乗り越えて受け入れる事が出来るのだろうか?
具体的には、大麻の解禁をどう思うのだろうか、日本語が乱れている事、偏ったマスコミ報道などをどう思うのだろうか?

私は日本人ですが、父親は日本生まれではありません。妻は1/8アイヌ系日本人と数人種の血が入った日本人ではありません。親類も、アメリカ、イギリス、ロシア、ギリシャ、中央アジアetcなどに住み、国籍も人種も複雑に混ざりあっています。

私たち一人一人が守るべき日本国、日本人としてのアイデンティティー・常識・文化、世界の常識・人種・文化・宗教などを、日本の未来と問題点、近くなってしまった世界の流れの中で考えて行かなければいけない時代になってきています。

ここに投稿される方の意見をみていると、リベラルと云うより昔の左派もしくは10年後、20年後にはガチガチの保守思考になるのではと思われます。(今までの歴史の中では二大政党制であれば必然的に保守vsリベラルになったのであって、どちらにも改革派と堅持派があり、世界には様々なパターンがあり未来は常に進化しています。)

km,chiba さん

> 未来を保証しない限り説得力のない事です。

将来への投資をしない国家は 繁栄を手に出来ないのは当たり前のことです。
小泉さんのときに 公共事業を削減し、福祉を予算の「伸び率」を抑制しても、
科学技術への投資だけは増やしましたけれども、これは見事ですね。

どんな国家でも、教育や科学技術への投資を削って 福祉予算をどんどん増やすようだと、
将来の生活の安定を失うことになります。つまり、かえって将来のおける福祉のための土台を失うことになります。
だから、どんなに歯を食いしばってでも、あいるは 今の生活の一部を切り詰めてでも、
教育や科学技術への投資を削ってはなりません。

我々の祖先たちは そのようにして歯を食いしばって 今の繁栄の土台を築いてきたのです。

何が保守で何がリベラルか、私にとってはどうでもよいことです。
そして、日本人は一神教の諸外国とは異なる風土の中で育まれた「やや異なる人々」というお話に賛成です。
すべてを黒か白かにくくる必要がない国が日本です。調和の国なのでしょう。
その調和が壊れてしまっているのが現在の日本です。

その調和の取れた社会を保守するのが「保守主義」なら、私は保守です。
しかし、そんな社会を壊したい人がどれだけいるのでしょうか。

アメリカによる戦前日本の解体と統治、その後も続く米軍の大量駐留。
これを思うとき、果たして日本は本当に独立しているのか。との疑問が湧いてくるときがあります。
そんな疑問の中で、保守もリベラルもあるものかという気分になることもあります。

アメリカのことを書きだすと、終りがなくなってしまうのでやめておきますが、保守だリベラルだとやる前に、まずは政権交代。
その後で、なんだかんだあって、落ち着いたところで対立軸を見出せばいいんだと思います。

どこの国の革命でも、第一段階が終わった後では、新体制の中でのなんだかんだが起こります。
幸い日本の場合、その過程で殺し合いは起こらないでしょう。
ただ激しい対立は当然起こると思います。
その中で、方向性の選択が起こることが一番なのですが・・・

今は、政権交代を実現させることです。そしてじっくり4年をかけてマニュフェストをせめて70%実現させることです。

元株やさんの思いは、おそらく大多数の日本人の思いではないでしょうか。
良い面も悪い面も踏まえて、それが昔の自民党だったのです。

おはようございます。
こう考えると、要するに大多数の日本人は、
「保守」というより、単に「変わるのが嫌い」なんでしょうか。ただ、世界情勢と現状を冷ややかに見れば、やみくもに変化を嫌うのは、国家の自殺行為に等しいのではないでしょうか。以前のように、国家が国民を庇護する時代ではなく、その国に生きている人間が、自分の生活ステージをコーデネートしなければならない時代に来ている事は、紛れもない事実だと思います。0から物事を作り上げる事、変化を嫌う事、安易で手前味噌な発想は、日本国民の最大の弱点である事を、やはり自覚するべきではないでしょうか。

 tonbeiさんは科学技術への投資を増やしたことで未来志向が見えてきているとの論ですが果たしてそうでしょうか。
 未来への投資の一番は少子化対策と、教育です。くどくど説明しなくてもお分かりのことと思いますが、「人口の減少を極力すくなくすること(出生率を向上させる。)」安心して子供を産み育てていくことができる社会。そして次代を担う人材の育成としての「教育の充実」と家庭の経済状況にかかわらず本人の能力と希望に合わせた教育が安心して受けられる、受けさせられる社会が必要と思っています。経済政策というよりは社会政策になるとは思いますが。
 小泉竹中路線は勝組の成果が徐々に浸透し全てに恩恵が及び、極端な発想が郵政民営化でバラ色の社会が創造できるという主旨でした。勝組大企業の成果が生活者である国民に行き渡ったとは思いません。
 それよりは社会基盤制度の改革により安心して暮らせる社会が構築できてこそ未来への展望が開けると思います。
 社会基盤が確立(多くの国民の意思が働いた)された中での2大政党制を望みます。

一部訂正tonbei様の教育についての投資ですが小泉以降大きく減っていますので主旨は同じかもわかりませんが。

tonbei保守主義者さま

私は保守とか、リベラルとかよりも、まず国民目線での政治をして欲しい。
と言うつもりで書いたことですが、その中の1文をとりあげて「小泉・竹中批判はけしからん」という反論?批判?に発展していくのがわかりません。

これ以上の発言はこのスレの本来の内容からは離れるのでもう投稿はやめますが、1言だけ。

将来はもちろん大事ですが、
「今」を行き抜けない人には将来はありません。

2009年07月20日 10:00
匿名投稿分

一部訂正
「行き抜けない」は「生き抜けない」の誤りです。

政権交代目前というのに根本的な対立軸が見えません。どうやらこの日本という国には保守とリベラルという西欧的対立軸は当てはまらないようです。それを政治的未熟と決めつけるかは別として、どうも現状はいまだに親米かどうかが対立軸になっているようです。問題なのは親米の軸が、本来の政策的対立軸を分断していることです。小泉・竹中改革批判の典型は「追随・売国」批判ですがこれに便乗する自民党議員や支持者が多いのには驚きます。一方、改革支持者の多くは民主党や野党の反米主義的な言動に不安や居心地の悪さを感じています。ブッシュJrとテロの時代はあまりにも不幸でしたが、日本国内ではそろそろ米国のくびきを脱して冷静な分配政策や産業再生策議論をしたいと願っています。そうでなければこの国はばらまきのポピュリズムによって荒廃しつくされるでしょう。

保守とリベラルで 相違を分りやすくするために例として、派遣切りで住むところを失なった人たちへ どういう姿勢をとるかがあると思いますね。

リベラルは まずはこう言うのではないか、「こういう住む場所もない人たちを救うのは国の責任でやらなければならない」、それで、そのまえに こうなったのは 小泉竹中の弱肉強食のせいだとか、色々と前振りがあるんでしょう。

私のような保守は、こういうでしょうね。
仕事を失って それで住む場所を失なったという、 このひとたちの家族とか友人はどうしているのか。親とか兄弟とか、親戚とか、 あるいは友人とか
そういう人たちは 何をやっているのか。 あるいは、宗教組織の慈善活動やNPOもこれに加えていいかもしれない。

とにかく、身近な人間関係とか友人関係とか、そういうものが
まずは救済の土台になるべきだという考え方をする。それが保守の特徴です。

で、わたしの祖父母の頃の話でいうと、 今いったようなことは
むしろ 当たり前だったんですね。
当時は 日本全体が貧しかったわけですが、少しでも余裕のある家に
寄宿するというのは 当たり前のようになされていた。

場合によっては、 ほとんどあったこともない 遠い親戚に部屋をかしたりとか、そのようにしてお互いに助け合った。

おそらく そういう時代が日本にはあったということを知らない人のほうが、今は多いんでしょうね。

だから、すぐに 国に援助を求めるのが当然のように思えるんでしょう。

 身近な人間関係とか友人関係とか、そういうものがまずは救済の土台となるべきだという考え方をする。それが保守の特徴です。とtonbeiさんは言われています。また国に援助は求めるものではない。(自己責任で自分の交友関係や知り合い内の範囲で行うというのでしょうか)
 これが真の保守だとすれば保守の時代は2度とこないのではと私は思います。

「議論混乱に関する感想」
何か本論から外れ、議論が混乱っぽくなってきましたね。
読んでいてよく分からなくなったのは私だけでしょうか?
長年ビジネスの世界にいましたので、問題にぶち当たったときは単純化して考えるようにしています。
ナンセンスは承知の上です。言葉の整理を辞書的定義(注)からすると..“保守”とは旧来の組織・制度・習慣等を重んじ保持しようとすること。“リベラル”(liberal)は自由(経済)主義者。“革新”は旧来の組織・制度・習慣等をかえて新しくすることですよね。
(注:保守・リベラル・革新についての政治的あるいは歴史的な定義ではありません)。
個人的には自民党は従来の財・官との癒着から、抜本的な改革ができるはずもなく(能力も意志もなく)、まさしく“保守”でしょう。
民主党は現況を抜本改革することを表明しているのだから辞書的定義からは“革新”かな。だから、現状を憂える国民の圧倒的な支持を受けているのは世論調査のとおり。国民は改革を待ち望んでいます。

・・で、本論に戻ります。
神保先生の『対抗勢力として、伝統や慣習の中に蓄積された叡知を信頼する保守政党が必要だ』の部分については、少なくとも“伝統や慣習の中に蓄積された叡知を信頼する保守政党”など自民党を含め、今の日本には存在しない。
私が前コメントで“真の保守的な対抗勢力が必要であろうことについては異議ありません”としましたのは、もしそのような政党が存在するならばの前提です。
神保先生の論説では民主党は『再配分に主眼を置いたリベラル政党』と定義されており、この点には異論はありません。
議論が混乱しているようですが用語の捉え方がそれぞれであることが原因だと、個人的には考えております。
議論というものは難しいですね。つれづれなるままの感想です。
Then, have a nice day!

> 。“リベラル”(liberal)は自由(経済)主義者。“

あの、リベラルは 自由経済主義者でないと思いますよ。むしろ、再配分主義者でしょ。


保守 ... 自由放任経済
リベラル ... 再配分に重点を置く

というように区分けされていると思いますね。

ということで、
私が先に述べたことと
つながっています。

[やっぱり日本にも保守政党が必要だ] そうお考えになるのでしたら,ご自分でマニフェストを作成して,ご自分の意に沿う新党を立ち上げたら如何ですか。保守党など不要だと思う一般大衆は,貴重な時間とエネルギーを,無価値な作業に浪費する愚行は冒さないでしょう。そしてまた,叡智と能力がある思想家は,高度資本主義消費社会を超克する新思想の創出に精魂を傾けるでしょう。日本人にとってだけではなく,人類にとって有意義ですから。

「議論混乱に関する感想」の補足
例えば、リベラルという言葉を広辞苑で引くと、“①自由主義的。②自由主義者。”とあります。
“保守 ... 自由放任経済 & リベラル ... 再配分に重点を置く”等と、個人が用語定義を始めると論理的な議論は成り立たなくなると思います。政治学的な定義はまた異なってきますので、あえて辞書的な定義をのべました。
基本的に匿名投稿の方と議論するつもりはありませんので、反論はご無用に。不毛な議論をするエナジーもありません。
夜もふけてきました。明日も有意義な一日にしたいですね。
Then, have a nice day!

番組を見ればわかることですが、そもそもリベラルと保守の意味が日本では混乱していて、また欧州と米国ではその定義が捻れているという現実から議論が出発しています。

そして、日本では政策的な対立軸としてどのような選択肢が考えられるかを多元的に論考した後、民主党の政策から民主党の思想的背景(政策的立ち位置)の定義を試みています。

その上で、時に民主党の政策的欠点を補完し、時に民主党の暴走を止め、また時に民主党政権が失敗した場合のオルタナティブな選択肢を提供する政党たるためには、どのような政策的立ち位置(政治思想)が考えられるかを議論するというのが、番組の基本的な構成でした。

要するに今の自民党をどうこうしようという話ではなく、そういう勢力がなければ、日本の政治が安定しないのではないかという論点から議論が展開しています。

皆さんが書いていることはそれぞれ、用語の定義をめぐる混乱だったり、そもそもリベラルや保守の政治学的(あるい政治的)意味を正確に理解されていないことからくる混乱ではないかと思います。私も同じような誤解を持っていたので、マル激で毎週勉強させてもらっている身です。

番組をご覧になれば、かなりそのあたりはすっきりするはずです。しかし、それで全てがクリアになるかと言えば残念ながらそうではなく、日本で保守政党が保守すべき価値が何であるかをこれから議論し、それを構築する作業から始めなければならないので、リベラルな民主党に対抗できる保守勢力の結集は決して容易いことではないという、ちょっと暗くなるような結論でした。

また、番組内で議論されていた、60年代のアメリカの民主党のベスト・アンド・ブライテストの暴走と同じような危険性を日本の民主党が抱えていることとの指摘があり、なるほどと思いました。

自分が民主党の支持者であるかどうかを超えて、民主党政権に成功してもらうためにも、また日本が発展していくためにも、民主党政権に対するしっかりとした対抗軸を作っていることが大事なのだと、番組を見ていて感じた次第です。

liberalも自由を意味するし、自由放任も自由を意味しますが、でもこれらの自由がどう違うのかといえば、 自由の確保の仕方に違いがあるのでしょうね。
自由であるためには、自由を抑制をしなければならない、その抑制の仕方が異なるということです。
リベラルは 理性による抑制によって自由を確保する、自由放任は伝統や慣習に依拠することで自由を確保することを考える。
自由を確保するというのは、自由であるためには部分的に自由を抑制する必要があるわけで、その抑制の仕方が異なるということです。

いつの時代でも、保守か、リベラルか、などの思想ではなく、「いかに、国民を幸せにし、納得できる政治を行えるか」だと思います。一億総中流と呼ばれるまで、日本人は、必死に働いていたはずです。みんなが、そこそこに満足していたから、政治の裏側で行われていた悪に気づかなかったのでしょう。GDPのうち、3分の1以上が国家にあり、その配分が、政、官、財の都合のいいように、行われていること、また、利権、利権で、民間に流れてくるはずのお金が、還元されないことが、問題なので、保守だろうが、リベラルだろうが、関係ありません。ネットや、本でいろいろ読んでみると、あまりにも、政党内も、政策ひとつとっても、因果関係が、余りにも複雑で、一概に「こっちがいい」「あっちがいい」と決められない状況です。この場合、どこが、弱者にとって、改善になる政策を、実現させてくれるか、が、決め手になると思います。マスコミが偏った報道しかしない以上、ネットで見られる人が、見られない人たちに、分かりやすく、正しい情報を伝え、判断できるようにしなければなりません。思想とか、政治手法とか、初心者が理解できない言葉ではなく、悪いポピュリズムに陥ることも、ないように、具体的な議論が、必要なのだと思います。

liberal という言葉についてですね、 これが分りにくいのは、これが使われているアメリカでさえも意味が変転しているということですね。 おもしろいのは、 Hoover という大統領がいて、かれは 「自由放任的」な意味で
liberalを使っている。 ところが、 Roosevelt になると、これが 今我々が知っているような意味で使われるようになる。 なんで、そこで liberalが 意味が変転したか、 よく分らないようですね。まあ、こういうことばの意味上の変転というのは 世の中よくあることですけども、 liberal という単語もそういう変転があった。おそらく何かのきっかけで
そういう変化があった。だれかが、そのように使い始めた。だとえば、新聞の記事とか、あるいは まずルーズベルト本人がそのように使ったので、そうなったという見方もあるようです。

1939年のRooseveltの演説。
A radical is a man with both feet firmly planted — in the air. A conservative is a man with two perfectly good legs who, however, has never learned to walk forward. A reactionary is a somnambulist walking backwards.
A liberal is a man who uses his legs and his hands at the behest-at the command — of his head.


uses his legs and his hands at the behest-at the command — of his head という Rooseveltの表現に、
リベラルの 理性主義的な部分をよく言い表していると思いますね。 ケインズの知性主義と共鳴するところです。

ケインズもルーズベルトのリベラリズムも、理性によって問題解決にあるというか、可能性を切り開くという点では、
共通していて、その点で どらちも 左翼的であると 非難されたこともあった。

おもしろいのは、
日本では、再配分政策が 左翼的であるとして非難されたということをあまり聞かないことですね。
むしろ、日本では 再配分政策が保守政策として認識されている点が、アメリカのルーズベルトのニューディールとは
異なる。 この点が非常に興味深い。

わたしの仮設で言うと、 日本は徳川時代から、お上のやることをよき事として素直に受け入れる風土が定着していたことが関係あるのではないかということ。 再配分は お上が恵んでくれるもの、という感じがあったかもしれない。
再配分する政府(=自民党)はお上で、 それを庶民とか地方は感謝して受けるという感じがあったかもしれない。

そこでの日本の再配分政策は、 ルーズベルトのリベラリズムにおける理性主義的な臭味が あまりないですね、
これは私の印象ですが。 あるいは、ケインズ的な知性主義的な感じがあまりしない。

番組内でも触れられていた「自民はかつて農村保守政党であった」。
この構造は今も変わっていない、どこへ再分配するのかをコンセンサスに改革や規制緩和を許す、おそらく日本に必要なのは欧米の隣人愛に該当する概念を軸としての二大政党、言ってしまえば両者リベラル。
鳩山民主の子供への再分配重視も日本では「保守」を名乗るのに十分な資格を有しているとも言えるし、自民が自壊した過程も再分配先がとてもコンセンサスを得られない先であった為とも言える。
似たような二大政党を是々非々で選択する時代をしばらく経過しなければ保守なるものは見えてこないのかもしれない。

民主党がリベラルであっても、二大政党制になるはずのもう一方が溶解を始めてしまっては、この国から保守本流が消滅しようとしているのでしょうか?
今度の総選挙で民主単独で過半数を取ったとしても、都議選千代田区の「なんちゃって新人議員(失礼)」ように4年前の小泉チルドレンと同様に民主党はバブル新人議員を大量に抱えることになります。彼らが二期目を勤められるかどうかが鳩山代表以下民主党幹部の政権担当能力を映す鏡となるでしょう。
300名を越すバブル自民党は4年前に政権を取ってから、一部の心ある方を除き自己の保身にのみ腐心していたと言わざるを得ないと思います。民主党はこれまでの4年間、見えている限りの部分では一生懸命やってきた、それが今国民の目に「一度やらせてみよう」と言うことになったのではないでしょうか。
民主党は自民党を反面教師として慢心せず、下野する自民党は浪人時代に己を磨き保守本流となって戻ってきて正々堂々と論争し、国民に信を問う政治が実現すれば日本にとって大いにプラスになるでしょう。だから両党にいる不満分子による自己保身のための政界再編だけはご免こうむりたい。
人知れず「甘い汁」を吸っていたり、隠れて「すき焼き」を食べている人がこれ以上好き勝手することのできない世の中になってほしいものです。

思想的な背景・難しすぎる・・・・
保守、リベラルの違いを聞かれると正確に解からないというのが私的な
現状です。素人が考える概念として保守的だと言われると閉鎖的な守旧派の
印象がありリベラルになると西洋的な革新の感があります。

いずれにしろアメーリカの共和と民主党ではありませんが協調と批判が
交互に反復しながら保守と革新の思想をより広く国民の為に
政策を実現・展開する形態に近付けて欲しい。国民の為とゆう命題で
保守とリベラルがお互いを牽制しながら先へ進んで欲しいものです。

グローバルに経済が後退している現在、守るべき優位にある技術の特殊性は
保守的といわれようが継続的に維持すべきであり、
逆に新しい物造りへの対応が遅れ競争から落ちることが予測されると
リベラルな積極的自由裁量の実践の取り組みが要求されます。
保守・リベラルの言葉尻の論議ではなく広く大多数の国民にとって
いずれがベストの選択になるか時代の変化に応じるかを最良として
両者が協調しながら相互に進取の批判力を交換して欲しいものです。

保守と自由の単純化した対立軸を並べると理解しやすいか?
情報・知識に限定するとどうなるのか?
情報を開示せず一部の人が持つ保守 < > 
広く大衆の中で共有しようとするリベラル。
金の配分をみると富の集中が一箇所に偏っている保守 < > 
平均的に配分され国民のほとんど中流以上?リベラル改革派。
既得権に走る現状維持 < > 新規の価値観をつくり変化を求め権益の分散。
民主党・自民党の中にも旧来型の体制維持の組織論を持つもの < >
古い体質の組織に反発して新しい価値観を持ち込むもの。

国民・大企業・労働組合組織にも対立軸は存在する。
現状の体制維持は保守的な代名詞を被せられ
新しい枠組みを望む変化の革新的な動きはリベラル派と言われる?
波風の立たない湖は変化のない変わらぬ景観を提供する。
保守的な伝統文化に通じるものがある?
湖から流れ出す河の流域の形状は水量により違った様相を見せる。
情報の学習による世論も世相も多様性を持ち始めるのはリベラルなのか?
とゆうと稚拙ですが・解からないなりに短絡的なアホな発想をしました。

個人、組織、体制、財力、情報、あらゆるものの中に現状維持と変化の対立が
発生する。富に限定すれば一部の持つものと・・ほとんど財力のない大衆・・・
あらゆるものに保守とリベラルは介在する訳で個人的にエゴと言われようが
他人を思い計ることなくことなく自我で突き進むことは保守的保身の行動で
あるのか、取巻き大多数に知恵と富の分配をあてがう人は革新的でリベラルの
呼び名を頂戴することになるのか?
個人的には倫理観のあるリベラル的?正義の味方を欲していることでも
ない訳で、政治的には一部の集団に富が偏在する権力が集中する事は
道徳的にも保守・リベラル関係なく絶対許せないと勝手に解釈しております。

税金をくすねず、後期高齢者の貧しき老人を、母子父子家庭の愛情半分の家庭を
生活保護所帯を、障害者援助が必要な家庭を、貧しい理由で就学できない
学童支援を、などと政治の力で保守・リベラルの文言にとらわれることなく
経済の成長を平行させながら常識倫理の保守主義・リベラリズムを
政治の世界で実現して欲しいものです。
人間、組織の素材を判別するのが先で 保守、リベラル関係無しの価値観です。 

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Profile

神保哲生(じんぼう・てつお)

-----<経歴>-----

1961年東京生まれ。
15歳で渡米。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。
クリスチャン・サイエンス・モニター記者、AP通信記者を経て独立。
ビデオジャーナリストの草分けとして、日米の放送局に映像リポートやドキュメンタリーを多数提供。
2000年1月、世界初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を立ち上げ代表に就任。
2001年4月より『ビデオニュース・ドットコム』で宮台真司氏と人気ニュース番組「マル激トーク・オン・ディマンド」のキャスターを務め、現在にいたる。
2005年4月より立命館大学産業社会学部教授を兼務。
2008年4月より、早稲田大学ジャーナリズム大学 院非常勤講師を兼務。
専門は地球環境問題、開発経済、メディア倫理、日米政治関係。

BookMarks

ビデオニュース・ドットコム(有料会員登録制)
http://www.videonews.com/

ビデオジャーナリスト神保哲生のブログ
http://www.jimbo.tv/

マル激!メールマガジン
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-----<著書>-----

新刊!
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『格差社会という不幸』
2009年12月、春秋社、共著


『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか?』
2009年7月、ダイヤモンド社


『オルタナティブ・メディア―変革のための市民メディア入門』
2008年12月、大月書店、翻訳・解説


『教育をめぐる虚構と真実』
2008年10月、春秋社、共著


『ツバル―地球温暖化に沈む国』
2007年7月、春秋社、増補版


『ビデオジャーナリズム―カメラを持って世界に飛び出そう』
2006年7月、明石書店


『中国―隣りの大国とのつきあいかた』
2007年6月、春秋社、共著


『アメリカン・ディストピア―21世紀の戦争とジャーナリズム』
2003年9月、春秋社、共著


『天皇と日本のナショナリズム』
2006年11月、春秋社、共著


『ネット社会の未来像』
2006年1月、春秋社、共著

『粉飾戦争―ブッシュ政権と幻の大量破壊兵器』
2004年3月、インフォバーン、監訳

『プロパガンダ株式会社―アメリカ文化の広告代理店』
2004年8月、明石書店、解説

『漂流するメディア政治―情報利権と新世紀の世界秩序』
2002年10月、春秋社、共著

『地雷リポート』
1997年11月、築地書館

『ビデオジャーナリストの挑戦』
1995年11月、ほんの木

『重要政策全比較―シリウス・日本新党・平成維新の会』
1993年7月、ほんの木

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