Calendar

2009年6月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

« 2009年5月 | メイン | 2009年7月 »

2009年6月27日

意味のある政権交代を実現するために

marugeki_429_yamaguchi.jpgマル激トーク・オン・ディマンド
第429回(2009年06月27日)
意味のある政権交代を実現するために

プレビュー

 麻生首相は25日、記者会見で解散の時期は「そう遠くない」と述べ、解散総選挙が近いことを仄めかした。早ければ7月2日の衆議院解散も取り沙汰されている。しかし、内閣の支持率は依然として低落傾向が止まらない。雑誌などの選挙予想を見る限り、どうやら政権交代が現実のものとなりつつあるようだ。

 これまでマル激では、民主党の政策を詳細に検証し、政権交代後の政権を展望する企画を何度か行ってきた。今回は日本で事実上半世紀ぶりとなる「政権交代」そのものの意味を考えた。

 1996年の旧民主党結党時から党のブレーンであり、政治学者として政権交代を研究してきた北海道大学の山口二郎教授は、政権交代本来の意味を考えれば、半世紀にわたりそれが無かった日本に、今どのような弊害が生じているかがありありと見えてくると言う。

 もともと日本が採用している議院内閣制は、三権分立ではない。立法府の代表が行政の長を兼ねるため、立法府が強くなりすぎる危険性がある制度だ。しかも、人間や人間の作る組織は必ずまちがいを犯す。権力を手にすれば、いずれ腐敗し、時代への適応力を失っていくことは、歴史が証明している。

 また、一つの勢力が権力の座に長くあると、行政や既得権益を持った団体や事業者との間に癒着関係が生じる。その癒着故に、必要な改革が行えなくなる。

 そうした人間の不完全さや腐敗や堕落から政治を救い、立法府の暴走や閉塞を防ぐために、政権交代は民主主義のシステムにもともとビルトインされた機能だった。

 しかも、日本では裁判所とメディアという、本来は権力の暴走をチェックするはずの機関が、ほとんどまともに機能していない。このような日本固有の問題もあると山口氏は指摘する。

 つまり、早い話が、日本ほど政権交代を必要としている国はないにもかかわらず、それが実質的に半世紀もの間、一度も起きなかったことが、今日本が抱える様々な問題へとつながっているということだ。

 確かに冷戦構造下の日本は、政権交代を必要としていなかったという説に一定の合理性はある。日米同盟、軽武装に経済発展至上主義。これは、戦後、そして冷戦構造下の日本にとって唯一の選択肢でもあったし、また日本人の大半もその選択に異論はなかった。

 16年前に一度、短い政権交代があったが、あれは自民党の一部が離党して野党と手を組んだために起きた、言わば擬似的政権交代であり、有権者が主体的に別の勢力を選んだ本当の意味での政権交代だったとは必ずしも言えない。その証拠に、8勢力による連立政権は理念や政策も共有しておらず、8ヶ月で空中分解してしまった。

 しかし、政権交代は同時に、政策の選択でなければならない。欧米ではこれまで、再分配政策の度合いの多寡で、左右の陣営に勢力が分かれ、政権交代を繰り返してきた。平等を重んじ、貧富の差を縮めるために富の再分配を強調するのが左派で、政府の介入の行き過ぎを警戒し、より市場や個人の自由に任せるのが右派という選択が、概ねどの国にも存在した。

 しかし日本では、自民党が「寛大な保守」(山口氏)という、本来は右派的な立場にありながら、実際には公共事業や補助金を通じた左派的再分配を積極的に行ってきたため、右と左の対立軸が明確にならなかった。しかも、日本では1980年代まで社会党が、社会主義イデオロギーの旗を降ろさなかったため、政権選択の現実的な選択肢になれなかった。自民党は一度は小泉改革で再分配政党の看板を降ろし、新自由主義的保守路線をとったが、それ以後構造改革路線は微妙に修正してきている。

 一方民主党も、当初は政党のアイデンティティが捻れていたと山口氏は言う。当初民主党には社民党的再分配派と自民党以上に新自由主義的な政治家が混在し、それは今も変わっていないが、小沢一郎氏が代表に就任して以来、民主党は新自由主義から再配分へ明確に路線を切り替えたと山口氏は言う。自民党内は、小泉改革の評価をめぐり一枚岩ではないが、基本的には自民党の自由主義路線と民主党の再分配路線の対立軸がある程度はっきりと顕在化したため、次の選挙は、壊れかけた日本の社会経済システムをどのような方法で立て直すかをめぐる路線選択の選挙になったと、山口氏は言う。

 仮に民主党が政権を取ったとしても、民主党が自らの歴史的役割を正確に認識し、それを確実に実行できなければ、政権交代が自己目的化してしまう危険性もあると、山口氏は警鐘を鳴らす。

 また、より大きな問題は下野した後の自民党だ。自民党が野党に落ちた時、政党のアイデンティティを持ち続けることができるかどうか。また、その場合、自民党のパーティ・アイデンティティは中川秀直氏らが主張する構造改革路線なのか、麻生首相や一部の穏健派が主張する安心・安全、中福祉中負担路線になるのか。自民党が党の力を再結集できない場合、今度は民主党による長期独裁の危険性も出てくる。日本の議院内閣制は、本来は立法府の独裁こそ、もっとも警戒しなければならないシステムなのだ。自民党は日本における「健全な保守」とは何であるかの議論、つまり日本において「保守政党が保守しなければならない価値とは何か」の議論から始める必要があるだろう。

 政権交代が現実のものとなった今、政権交代を意味のあるものにするために、アメリカやイギリスの政権交代との比較を交えて、政権交代にわれわれが何を求めるべきかを、山口氏と議論した。

今週のニュース・コメンタリー
・政権交代前にクローン牛・豚を安全と判断?
・メディアの関心は解散だけ
・またぞろ政治とカネ問題が吹き出す
・バス代が出ない裁判員制度から見えてくるもの

関連番組
マル激トーク・オン・ディマンド 第263回(2006年04月14日)
小泉×小沢で日本の政治はどう変わるのか
ゲスト:山口二郎氏(北海道大学教授)
マル激トーク・オン・ディマンド 第172回(2004年07月12日)
この参院選でわたしたちは何を選択したか
ゲスト:山口二郎氏(北海道大学教授・政治学)
特集・民主党政権を展望する

プロフィール
山口 二郎(やまぐち じろう)北海道大学法学部教授
1958年岡山県生まれ。81年 東京大学法学部卒業。同年同大学助手。北海道大学法学部助教授を経て93年より現職。著書に『政権交代論』など、共著に『ポスト新自由主義』など。

2009年6月21日

Googleブック・サーチが問う出版の未来

marugeki_428_murase.jpgマル激トーク・オン・ディマンド
第428回(2009年06月20日)
Googleブック・サーチが問う出版の未来

プレビュー

 またまたGoogleという黒船が日本の扉を叩いている。街中を写真に収めて回るストリートビューや空から世界中が見えてしまうGoogleアースなど、これまであり得なかった画期的なサービスで物議を醸してきたGoogleが、今度はグーテンベルク以来の出版のあり方を根底から変えようとしている。

 Googleは契約した図書館の蔵書をスキャンしてデータベース化を進め、いずれは世界中の全ての本をデジタル化する方針を明らかにしている。そして、これは紙の著作物の流通で収益をあげてきた出版業界にとって、自らの存在を根底から覆しかねない大問題となっているのだ。

 このサービスは「Googleブック検索」と呼ばれるもので、アメリカでは04年、日本では07年に開始したもの。Googleが契約した図書館(米ハーバード大学図書館など。日本の慶應義塾大学が参加)の蔵書を片っ端からスキャンしてデータベース化したことで、既に利用者は本のページの画像をネット上で見ることができるようになっている。また、本の全文がテキスト化されデータベース化されているため、キーワード検察でその言葉を含む全ての本をリストアップすることも可能になった。本の全文がテキスト化されデータベース化されたことで、一般利用者は欲しい本を手に取ることなくネット上で見つけ、アマゾンなどで購入することができるようになっている。

 しかし、このサービスに対して、05年、米作家協会などが本の権利者の許諾を得ずに全文をスキャンすることは著作権侵害だとして、Googleを提訴した。Googleは米著作権法が定めるフェアユース(公正な利用)に基づいていると主張し、米作家協会らはスキャンは無許可の複製であると主張したが、昨年両者の間で和解が成立し、許諾なしにスキャンした書籍については1作品あたり60ドルをGoogleが支払うことや、このサービスから得られる収益の63%を権利者に支払うこと、版権登録機関の設立費用をGoogleが出すことなどが決まった。

 この和解の成立で、権利者(出版社、著者)は和解案に参加するか離脱するかを迫られることになったのだが、なんとこれが、日本の出版社や著者にも及ぶことが判明し、日本の出版界は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。

 そもそもこの和解は、アメリカで行われた訴訟が集団訴訟(Class Action)という形をとっていたため、そこで得られた和解や判決は原告のみならず、その被害を受けた人全員に効力を持っている。それでも普通であれば自分が関わっていない外国の裁判所の決定になど拘束されないものだが、こと出版に関しては、日本はベルヌ条約という著作権を相互に保護する国際条約に加盟しているため、アメリカで保護が決まった著作権はそれが自動的に日本にも適用されるという。そして、なんといってもGoogleは世界中からアクセスが可能なインターネットサービスであるが故に、否が応にも日本の出版物もそのまま和解案の対象となってしまうというのだ。

 そのため、日本の著者や出版社も、和解を拒否したい場合は申請が必要で、一定の期限までにその意思表示がない場合は、和解を受け入れたものとみなされてしまうという。何とも乱暴な話だが、それがインターネットの特徴であり、それがGoogleブック検索がまさに「黒船」である所以なのだ。
 出版業界と深い関係を持つ弁護士の村瀬拓男氏は、この和解案は出版業界のあり方を根底から覆すような、本質的な問題提起をしていると説明する。

 今回の和解案では、現在も市販されている本は目録情報や連動広告などのみが表示され、全文をネット上で読めるのは、絶版された本と、市販されていない本に限ることになっている。

 確かに、絶版され、市場で入手できない本がデジタル化されてネット上で読むことが可能になれば、従来、紙の本が持っていた物理的制約から解放される。しかし、紙の本を出版し、それを流通させることでビジネスを成り立たせてきた出版業界にとって、書籍の全文がデジタル化され、ネット上でそれが入手が可能になることは、自分達のレゾンデートルを脅かす大問題となる。なぜならば、Googleブック検索で全文を読むことができるのは、現時点では絶版された本に限られるが、これがいずれは全ての本に拡大していくのは、時間の問題と考えられるからだ。しかも、このサービスによって、利用者にとっては全面的に利便性が高まることになり、また、著者も63%という十分な利益配分を受けることができるため(現行の著者印税は通常10%!)、出版業界の利害のみを理由にして、この流れを一概に否定することも難しい。

 しかし、その一方で、Googleという米国の一企業が世界中の書籍のデジタルデータを独占することへの懸念もある。Googleが私企業であるがゆえに、この事業が未来永劫続く保障はどこにもないからだ。仮に全ての書籍データがデジタル化され、紙の出版が消滅してしまった後に、Googleが何らかの理由で倒産したり、経営上の理由からサービスの廃止を打ち切った場合、人類の英知が蓄積された本が、この世から消えてしまうことさえあり得ないとは言い切れない。

 その他にも、日本語はアルファベットに比べ、デジタル化した際の漢字認識の精度に問題がある。著者と編集者が力を合わせた結果として現在の書籍のクオリティがあるが、Googleブック検索では、日本人は間違いだらけのテキストデータで検索を行うことを強いられる可能性もある。

 本の売り上げは年々減少し、雑誌も相次いで休刊している中、時折繰り出すミリオンセラーでなんとか持ちこたえている瀕死の状態にある書籍業界にとって、今回Googleが突き付けた選択はあまりにも重い。今後出版業界はどう変わっていくのか。利用者にとっては一見いいことずくめにも見える書籍のデジタル化に、落とし穴はないのか。村瀬氏とともに議論した。

今週のニュース・コメンタリー
・鳩山邦夫氏辞任の真相(電話出演:上杉隆氏)
・臓器移植法改正A案推進派が議場でビラ配布
・沖縄密約訴訟 裁判長が不存在の理由説明を国に要求
・西松事件初公判は誰を裁く裁判なのか
・米最高裁 DNA再鑑定不許可の理由とは

関連番組
マル激トーク・オン・ディマンド 第371回(2008年05月10日)
著作権は誰のためにあるのか
ゲスト:福井健策氏(弁護士)

<ゲスト プロフィール>
村瀬 拓男(むらせ たくお)弁護士
1962年大阪府生まれ。85年東京大学工学部卒業。同年新潮社入社。週刊新潮編集部等を経て05年退社。06年弁護士登録。

2009年6月13日

グリーン革命に乗り遅れる日本

marugeki_427_iida.jpgマル激トーク・オン・ディマンド
第427回(2009年06月13日)
グリーン革命に乗り遅れる日本

プレビュー

 「低炭素革命で世界をリードする」。10日、麻生首相が、日本の温室効果ガスの2020年までの削減目標を05年比で15%減とすることを発表した。麻生首相はこれが野心的な目標と考えたと見えて、「野心的」、「決断」などの言葉を連発したが、世界からは冷ややかな反応しか返ってこなかった。ちょうど国連気候変動枠組み条約の特別作業部会が開かれているボンでは、麻生首相を先のブッシュ大統領に擬した似顔絵とともに、世界の潮流から大きくずれた日本の削減目標を批判するコメントが相次いで出された。

 省エネ世界一などと喧伝している日本だが、実は1990年と比較して温室効果ガスが9.2%も増加している。そのため、「05年比15%削減」を、1990年の排出量と比較した数値にすると「8%削減」としかならない。京都議定書の削減義務は、2013年までに90年比6%削減なので、今回の中期目標はその後8年をかけてもう2%だけ削減する意思を表明したにすぎない。ちなみにIPCCは、地球温暖化を抑えるためには2050年までに世界全体のCO2排出量を1990年比で半減する必要があり、そのためには先進国は2020年までに25~40%削減しなければならないと試算している。40%削減に対して、日本は8%は余りにもかけ離れた数字だった。

 地球温暖化問題に長年取り組んでいるNGO環境エネルギー政策研究所所長の飯田哲也氏は、今回発表された数字は、「嘘で塗り固めた不作為」であると酷評する。そもそも政府もメディアも05年比の数字を発表しているが、国際的な中期目標は1990年の排出量を基準に決められている。削減努力を「何もやってきていない日本」(飯田氏)にとって、05年比にした方が目標の低さを誤魔化しやすいため、恣意的な数字を出しているに過ぎない。

 しかし、日本の目標がアメリカやEUと比べて遙かに深刻なことは、単にその数値が低いことではないと飯田氏は言う。日本は「ただの数字遊びをしているだけで、削減するための具体的な政策が何もない」ことが、最大の問題だと言うのだ。

 麻生首相は、日本の目標はアメリカの目標値を上回っていると胸を張った。確かにアメリカはブッシュ大統領が京都議定書から離脱して以降、温室効果ガス削減の努力を何もしてこなかったために、数値的には低い目標しか掲げられていない。しかし、オバマ大統領が就任して以来、アメリカは矢継ぎ早にグリーン・ニューディールと呼ばれる施策を打ち、一気に遅れを取り戻している。既にGDPの0.5%を投入するグリーン景気刺激策を09年2月に成立させているほか、再生可能エネルギーの買い取り義務付けやスマート・グリッドなどを盛り込んだ600ページにも及ぶワックスマン・マーキー法が4月に議会に提出されている。

 飯田氏は、アメリカが目標値を実現する具体的な手段を持っているのに対し、日本は政策手段も道筋もないまま、数字だけ出しているに過ぎないと指摘する。言うまでもないが、EUは既に排出量取引市場を創設し、ドイツやスペインを筆頭に、再生可能エネルギーでは世界のトップをひた走っている。どうやら、日本はグリーン革命で完全に世界から取り残されてしまったようだ。

 なぜ、日本はグリーン革命に踏み切ることができないのか。飯田氏は、経済界に地球温暖化についての共通認識がなく、政治もイニシアチブを取れていないことに、原因は尽きると言い切る。特に、発電から送電までを独占し続ける日本の電力会社は、原子力にしがみついたまま、世界のダイナミックな変化に全く対応できていないというのだ。

 しかし、それよりも更に重大な問題を日本は抱えていると飯田氏は言う。それは、日本がEU諸国やオバマ政権のように、世界の最先端で提案された知的蓄積を、自国の政策に活かす仕組みを持っていないことだ。官僚が省益だけを考え、独占企業が自分達の利益だけを考えて、政策を主張する。日本の政策はそれをつぎはぎにしたものでしかないため、国際的な知の蓄積が全く反映されないというのだ。

 世界がグリーン革命に向けて猛スピードで走り始める中、日本はどこまで取り残されてしまったのか。遅れを取り戻すための処方箋はあるのか。飯田氏とともに議論した。

今週のニュース・コメンタリー
・クラスター爆弾禁止条約を批准
・政治資金第三者委最終報告で報道されない論点
・足利事件DNA再鑑定と飯塚事件死刑執行の接点
・補正予算でNシステムが倍増へ
・薬のネット販売を歓迎しないのは誰か

関連番組
マル激トーク・オン・ディマンド 第310回(2007年03月09日)
オスロ・プロセスと日本の選択
ゲスト:長有紀枝氏(NPO法人「ジャパン・プラットフォーム」代表理事)
プレスクラブ (2009年06月10日)
政治資金第三者委員会が最終報告を提出
マル激トーク・オン・ディマンド 第372回(2008年05月17日)
日本が再生可能エネルギーを推進すべきこれだけの理由
ゲスト:飯田哲也氏(環境エネルギー政策研究所所長)
マル激トーク・オン・ディマンド 第182回(2004年09月17日)
自然エネルギーにみる、国際社会から取り残される日本
ゲスト:飯田哲也氏(環境エネルギー政策研究所所長)

<ゲスト プロフィール>
飯田 哲也(いいだ てつなり)環境エネルギー政策研究所所長
1959年山口県生まれ。83年京都大学工学部原子核工学科卒業。同年神戸製鋼入社。電力中央研究所勤務を経て96年東京大学大学院先端科学技術センター博士課程単位取得満期退学。00年NPO法人環境エネルギー政策研究所を設立し、現職。92~06年日本総合研究所主任研究員を兼務。90~92年スウェーデンルンド大学環境エネルギーシステム研究所客員研究員。著書に『北欧のエネルギーデモクラシー』、編著に『自然エネルギー市場』、共著に『日本版グリーン革命で雇用・経済を立て直す』など。

2009年6月 7日

DNA鑑定は誰の利益に資するべきか

marugeki_426_amagasa.jpgマル激トーク・オン・ディマンド
第426回(2009年06月06日)
DNA鑑定は誰の利益に資するべきか

プレビュー

 DNA鑑定を含む科学技術は、もともと誰のためにあり、何のためにそれを刑事捜査に導入するのだろうか。この問いに対する一般的な答えは「真犯人を逮捕するため」となるに違いない。それだけなら、恐らく誰も文句は言わない。しかし、ここで言う「真犯人の逮捕」の中に「犯人ではない人の無実を明らかにするため」が含まれていなければ、それは単なる警察の捜査権限の拡大を意味することになる。

 4歳の女児が殺害された足利事件で、無期懲役が確定し服役中だった菅家利和さんが、DNA再鑑定の結果、無罪であることが確実となり、4日、千葉刑務所から釈放された。

 菅家さんを犯人と断定する上で決定的な役目を果たしたDNA鑑定が、およそ20年の月日を経てその精度を増し、結果的に菅家さんが犯人ではないことを証明した結果だった。 無実の身で17年間刑務所に拘留された菅家さんの心中は察するに余りあるものがあるが、この問題が最新のDNA鑑定技術によって解決されたことで、DNA鑑定万能論とも呼ぶべき空気が蔓延しつつあることには注意が必要だ。

 早くからDNA鑑定に関心を持ち、著書『DNA鑑定―科学の名による冤罪』の中で足利事件が冤罪である可能性を10年以上前から指摘してきたジャーナリストの天笠啓祐氏は、DNA鑑定があくまでDNAの型を調べている「DNA型鑑定」であることを強調する。警察が用いているMCT118と呼ばれるDNA鑑定は、血液型のA型やO型と同じように、DNAの塩基配列の中の、ある特定部分の塩基配列(より厳密にはある特定の配列が繰り返される回数)に基づきDNAを類型し、その一致の是非を調べているに過ぎない。被疑者のDNAが犯人のDNAと一致したと考えるのは、大きな間違いだ。

 また、どんなにDNA型鑑定技術そのものの精度が上がっても、鑑定の対象となるDNAサンプルの採取は人間の手で行われる。その段階での不適切なサンプル処理や、杜撰な証拠管理によって、結果は大きく左右されることになる。そもそも、その段階で証拠のねつ造などが行われてしまう可能性も考え合わせると、DNA鑑定の結果で犯人を断定してしまうような空気には、かなりの注意が必要だ。

 そもそも足利事件では、菅家さんは自白を取られている。釈放後の記者会見で菅家さん自身が、警察の暴力的な取り調べによって自白を強要された事実を明らかにしているが、当時より格段に精度を増したとされるDNA鑑定の結果を突き付けられ、肉体的にも精神的にも追い詰められた状況の下で自白を強要された時に、いったいどれだけの人が最後まで抗うことができるだろうか。

 そうしたことまで考え合わせると、今回の冤罪事件を不確かなDNA鑑定だけの問題に帰結することは、逆に進歩した今日のDNA鑑定技術に過度の信頼性を持たせ、冤罪の再発の原因となる危険性をはらんでいると思えてならない。

 もともと菅家さんの冤罪を招いたDNA鑑定技術について、当時のマスメディアは、それを画期的な技術として持て囃すような報道を繰り返していた。

 天笠氏は、現在のDNA鑑定は、DNAの型の違いを明らかにすることで、ある人の無実を証明するためには有効だが、誰かを犯人と断定するには十分な注意が必要だと警鐘を鳴らす。そうでなくとも日本の取り調べのあり方や刑事訴訟制度上の問題が指摘されている。そうした中にあって、新しいDNA鑑定の技術が、「犯人を見つけるために有効なツール」とメディアや識者に囃される一方で、必ずしも「被疑者の無実を証明するためにも有効なツール」とは受け止められていないところに、現在の刑事制度が抱える本質的な問題の一端が垣間見えると言っては、言い過ぎだろうか。

 アメリカでは、被告にDNA鑑定を受ける権利があり、これまでに200人以上の冤罪が明らかになっているが、その中にはすでに死刑が執行されたケースもあったという。日本では、DNA鑑定のために冤罪が生まれているとすれば、その違いはどこにあるかを、十分考えてみる必要があるだろう。DNA鑑定がもっぱら捜査機関のみに活用され、被告人の利益になっていないとすれば、それはDNA鑑定そのものの問題ではなく、日本の刑事制度そのものの問題である可能性が大きい。

 今回は足利事件の冤罪問題を入り口に、DNA鑑定がどのようなもので、それは一体誰の利益に資するべきものなのかを、天笠氏とともに考えた。

今週のニュース・コメンタリー
・取調べ可視化と捜査権限の拡大
・大新聞が報じない核密約証言の衝撃度
・催涙スプレー判決が示す裁量行政の行き過ぎ

関連番組
マル激トーク・オン・ディマンド 第180回(2004年09月03日)
遺伝子組み換え食品とアメリカの世界食糧戦略
ゲスト:天笠啓祐氏 (市民バイオテクノロジー情報室代表)

<ゲスト プロフィール>
天笠 啓祐(あまがさ けいすけ)ジャーナリスト
1947年東京都生まれ。1970年早稲田大学理工学部卒業。01年より市民バイオテクノロジー情報室代表。著書に『遺伝子組み換え作物はいらない!』、 『世界食料戦争』など、共著に『DNA鑑定―科学の名による冤罪』など。

Profile

神保哲生(じんぼう・てつお)

-----<経歴>-----

1961年東京生まれ。
15歳で渡米。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。
クリスチャン・サイエンス・モニター記者、AP通信記者を経て独立。
ビデオジャーナリストの草分けとして、日米の放送局に映像リポートやドキュメンタリーを多数提供。
2000年1月、世界初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を立ち上げ代表に就任。
2001年4月より『ビデオニュース・ドットコム』で宮台真司氏と人気ニュース番組「マル激トーク・オン・ディマンド」のキャスターを務め、現在にいたる。
2005年4月より立命館大学産業社会学部教授を兼務。
2008年4月より、早稲田大学ジャーナリズム大学 院非常勤講師を兼務。
専門は地球環境問題、開発経済、メディア倫理、日米政治関係。

BookMarks

ビデオニュース・ドットコム(有料会員登録制)
http://www.videonews.com/

ビデオジャーナリスト神保哲生のブログ
http://www.jimbo.tv/

マル激!メールマガジン
↓ ↓ ↓


-----<著書>-----

新刊!
↓ ↓ ↓

『格差社会という不幸』
2009年12月、春秋社、共著


『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか?』
2009年7月、ダイヤモンド社


『オルタナティブ・メディア―変革のための市民メディア入門』
2008年12月、大月書店、翻訳・解説


『教育をめぐる虚構と真実』
2008年10月、春秋社、共著


『ツバル―地球温暖化に沈む国』
2007年7月、春秋社、増補版


『ビデオジャーナリズム―カメラを持って世界に飛び出そう』
2006年7月、明石書店


『中国―隣りの大国とのつきあいかた』
2007年6月、春秋社、共著


『アメリカン・ディストピア―21世紀の戦争とジャーナリズム』
2003年9月、春秋社、共著


『天皇と日本のナショナリズム』
2006年11月、春秋社、共著


『ネット社会の未来像』
2006年1月、春秋社、共著

『粉飾戦争―ブッシュ政権と幻の大量破壊兵器』
2004年3月、インフォバーン、監訳

『プロパガンダ株式会社―アメリカ文化の広告代理店』
2004年8月、明石書店、解説

『漂流するメディア政治―情報利権と新世紀の世界秩序』
2002年10月、春秋社、共著

『地雷リポート』
1997年11月、築地書館

『ビデオジャーナリストの挑戦』
1995年11月、ほんの木

『重要政策全比較―シリウス・日本新党・平成維新の会』
1993年7月、ほんの木

→ブック・こもんず←



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.