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2009年5月24日

臓器移植法に改正が必要な理由

marugeki_424_zouki.jpgマル激トーク・オン・ディマンド
第424回(2009年05月23日)
臓器移植法に改正が必要な理由

Part1 無料放送中

 臓器移植法の改正をめぐり、国会が揺れている。現行法の制限を大幅に緩和する案と、むしろ規制を強化する案とその折衷案などが錯綜し、各党がこの法案については党議拘束をかけない方針を打ち出していることも相俟って、全く見通しがたたない状態に陥っている。日本の国会では珍しいガチンコ状態と言ってもいいだろう。

 1997年に成立した同法には3年後の見直しが定められていたが、施行後約10年間、一度も見直しは行われてこなかった。しかし、この5月にWHO(世界保健機関)の総会で臓器移植のガイドラインが変更され、移植臓器の国内自給が求められるようになるとの観測が飛び交ったことがきっかけで、国内でも臓器移植法の見直し機運が一気に高まった。

 実際は新型インフルエンザへの対応に追われたために、ガイドラインの変更は今年は行われないことになったが、WHOの動向にかかわらず、国会では臓器移植法の審議が来週にも始まろうとしている。

 これまで改正案としてはいずれも議員立法で、臓器移植をより容易にするA案、現行法を踏襲しながら、臓器提供者の対象年齢を15歳から12歳まで引き下げるB案、脳死判定基準をより厳格化するC案の3案が国会に提出されていたが、いずれも過半数の支持を得られる見通しは立っていなかった。そこで今月15日に自民党の根本匠議員、民主党の笠浩史議員らが新たな妥協案としてD案を提出し、衆議院の厚生労働委員会で来週AからDまでの4案の質疑が行われる予定だ。

 97年に日本で初めての臓器移植法が法制され、本人の書面での提供意思の表明と家族の同意があれば、日本でも脳死となった人から臓器を取り出して移植を行うことが可能になった。しかし、これまでの12年間での脳死移植は81件しか行われていない。今年4月末現在、12,240人が臓器移植を待っている状態にある。また、現行法では15歳未満の臓器提供は認められていないため、臓器移植を必要とする子どもは、高額の費用を負担して海外で移植を受けるか、ドナーに後遺症が残る危険を冒して生体移植を受けるしかない。

 これらの点を問題視して提案されたのが、年齢制限をなくし、本人の意思表示がなくても家族の同意のみで臓器提供を行うことができると定めたA案だ。A案は本人から生前の意思表示が無かった場合は、臓器提供の意思ありと推定されるため、脳死移植は大幅に増える可能性が大きい。また、A案はあくまで家族の同意が前提となるため、臓器提供者に年齢制限を設けていない。

 しかし、A案では本人があらかじめ臓器提供を拒絶する意思を表明できる上、本人の意思にかかわらず家族は臓器提供を拒否できるため、「どなたにも意思に反したことを強制しない」とA案の提案者で自ら生体肝移植のドナーとなった経験を持つ自民党の河野太郎衆議院議員は説明する。

 一方のC案は、一概に脳死を人の死としない現行法の考えを踏襲した上で、現行の脳死基準をさらに厳格化することで、脳死後も何年も心停止に至らない例も数多くみられるなど、医学的にも脳死を人の死とすることへの疑問に答えようとする立場をとる。

 また、4案の中で唯一生体臓器移植を親族間のみに限定する規制を含む。C案の提案者で社民党の阿部知子氏は、自らの小児科医としての経験に基づき、脳死を一律に人の死としてしまうことにリスクを訴えた上で、その一例として臓器移植以外の医療が十分に施されていない問題を指摘する。

 B案は現行法の年齢制限を15歳から12歳に下げるもので、D案は現行法から年齢制限を削除するというもの。いずれも、国内では移植を受けられない日本人の子どもが、海外で移植を受けている事態にのみ対応した案だ。

 臓器移植は臓器を提供する側と移植を受ける側の立場の、どちらから考えるかによって、180度見え方が変わってしまう性格があるため、非常に判断が難しい。しかし、科学技術政策論の専門家で20年臓器移植法を研究してきたぬで島次郎氏は、まず臓器移植問題と「脳死は人の死か」の死生観をめぐる議論は分けて考える必要があると説く。脳死を人の死とするかどうかについては、まだ決着がついておらず、問題の語られ方もこの20年変わっていないと言う。これはまた臓器移植が進んでいる海外でも決着がついているわけではない。この議論を始めると泥沼にはまってしまうとぬで島氏は言う。

 臓器移植をめぐる真の争点は、日本人の死生観ではなく、死後の臓器の摘出に本人の同意を必須とするかしないかにあり、4案の審議もその点に絞るべきだとぬで島氏は主張する。人権の最も基本である人身の不可侵を守るのが本人同意であり、どういう場合に本人同意を外すことが許容されるべきかを決めることが、臓器移植における本質的な論点であるべきだというわけだ。

 また、ぬで島氏は現行法では、生体移植がまったく規制されていないため、日本の生体移植の件数が海外に比べて非常に多いことが、逆に日本で脳死移植が増えない原因にもなっている可能性があると指摘する。その意味でC案は生体移植を近親者に限定するルールを備えており、この点では合意できる可能性がある。

 ぬで島氏はこの法案では、AからDかのどれか一つを選ぶのではなく、条文ごとに受け入れられるものを選んでいく「逐条審議」を行うべきだと主張しているが、日本の国会では前例が無いとの理由から、逐条審議は行われていない。

 今週のマル激では、来週にも本格的に審議入りする臓器移植法改正案の論点を2部構成で徹底的に議論してみた。まずPart1ではA案提出者の自民党河野太郎衆院議員とC案提出者の社民党阿部知子衆院議員をスタジオに招き、両議員が考える現行法の問題点やそれぞれが提案する案のポイントをディベート方式で議論してもらった。(Part1は無料放送中)

 そしてPart2は、ぬで島氏とともに、前半の議論を踏まえて、臓器移植問題の争点をさらに掘り下げた。(ぬで島氏のぬでは木へんに勝)

今週のニュース・コメンタリー
・裁判員制度の延期法案続報
・検察審査会法改正の評価

関連番組
マル激トーク・オン・ディマンド第288回(2006年10月06日)
私が脳死移植に断固反対する理由ゲスト:小松美彦氏(東京海洋大学教授)
<ゲスト プロフィール>
河野 太郎(こうの たろう)衆議院議員
1963年神奈川県生まれ。85年ジョージタウン大学国際学部卒業。富士ゼロックス、日本端子を経て96年衆院初当選(自民党)。02年総務大臣政務官、05年法務副大臣を歴任の後、現在衆院外交委員長。当選4回(神奈川15区 )。

阿部 知子(あべ ともこ)衆議院議員
1948年東京都生まれ。74年東京大学医学部卒業。国立小児病院神経科、東大病院小児科、千葉徳洲会病院院長を経て00年衆院初当選(社民党)。現在、党政審会長。小児科医。当選3回(比例南関東ブロック)。

ぬで島 次郎(ぬでしま じろう)東京財団研究員
1960年神奈川県生まれ。83年東京大学文学部卒業。88年東京大学大学院社会学研究科博士課程修了。90年三菱化学生命科学研究所、04年科学技術文明研究所などを経て07年より現職。社会学博士。専攻は科学技術政策論。著書に『脳死・臓器移植と日本社会』、『先端医療のルール』など。(ぬでは木へんに勝)

2009年5月17日

「開かれた司法」と逆行する裁判員制度

marugeki_423_tajima.jpgマル激トーク・オン・ディマンド
第423回(2009年05月16日)
「開かれた司法」と逆行する裁判員制度

プレビュー

 5月21日、ついに裁判員法が施行される。これまでマル激トーク・オン・ディマンドでは、裁判員制度について議論を重ねてきた。その過程で数々の論点が明らかになったが、中でも最大の問題と思われるものが、制度の非公開性だった。ある制度にどんな欠陥があっても、少なくともその情報が公開される仕組みさえできていれば、いずれその欠陥は広く社会の知るところとなり、早晩対策なり改善が行われることが期待できる。しかし、現行の裁判員制度では、広範かつ厳格な守秘義務が裁判員自身と報道機関に課されているため(報道機関側は司法当局との話し合いの結果、自主規制という形はとっているが)、仮に制度に重大な問題があっても、その情報を社会が共有することができない。そのため問題が改善されないまま、永続してしまう仕組みになっているのだ。

 表現の自由やメディア規制を専門とする上智大学文学部の田島泰彦教授は、裁判員制度は守秘義務と報道規制でがんじがらめになっており、本来の目的とされた「市民参加により開かれた司法をつくる」との理念とは完全に逆行していると指摘する。

 裁判員の守秘義務違反は、6か月以下の懲役・50万円以下の罰金という刑事罰の対象となっている。裁判員は事件関係者の個人情報はもちろんのこと、評議の内容や議事進行の公正さを口外することが公判中も、公判終了後も、半永久的に禁じられている。裁判員は自分自身が裁判員となったことを公にすることも禁止されているのだ。

 また、メディアは事件に対する報道が細かく規制されるほか、公判が終了した後も、裁判員に接触することが禁じられている。裁判員は、裁判員として知り得た情報は、基本的に一切誰にも言えないまま、墓場まで持っていかなければならないのが、裁判員制度の守秘義務の実情なのだ。

 更に、これは裁判員制度そのものの問題ではないが、公判前整理手続きが非公開であることも、同様の問題をはらんでいる。裁判員という一般市民を公判に強制的に参加させる以上、裁判はできる限り短時間で終わらせる必要がある。最高裁は平均して3日と説明しているが、それを実現するために、刑事裁判では公判前整理手続きと呼ばれる論点の絞り込みが裁判所、検察、弁護人の間で非公開で行われる。しかし、ここで議論された内容については、弁護人は公表することができない。公判前整理手続きで強引かつ不公平な運営が行われたとしても、社会はその事実を知るすべを持たないのだ。

 田島氏は、ここまで厳しい守秘義務を課す背景には、司法当局がこれまで通りの閉鎖的な司法を正当化するために、裁判員制度を利用しているとも考えられると指摘する。一般市民である裁判員を守らなければならないとの口実で、さまざまな守秘義務を課したり、メディアとの接触を制限したりするのは、結局司法当局が本当の意味で開かれた司法など実現する気がないことの反映だと言うのだ。

 裁判員制度開始を目前に控え、裁判員制度と国民の知る権利との間にある大きな矛盾を、田島氏と議論した。

今週のニュース・コメンタリー
・民主党代表選挙詳報
・裁判員延期法案提出が延期

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<ゲスト プロフィール>
田島 泰彦(たじま やすひこ)上智大学文学部新聞学科教授
1952年埼玉県生まれ。75年上智大学法学部卒業。83年早稲田大学大学院博士課程単位取得満期退学。神奈川大学教授などを経て99年より現職。共著に『裁判員制度と知る権利』、編著に『ジャーナリストが危ない』など。

2009年5月 9日

北方領土問題は終わっている

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第422回(2009年05月09日)
北方領土問題は終わっている

プレビュー

 昨年5月に大統領の座をメドベージェフ氏に譲り首相に就任したロシアの最高実力者プーチン氏が、11日、首相としては初めて来日する。

 建前上ロシアでは、外交は大統領が担当し、首相は経済問題を担当することになっているため、今回のプーチン氏来日では北方領土問題は議論されないことになっている。しかし、日本政府は最高実力者のプーチン氏の意向が領土問題解決のカギを握ると見て、来日を前に早くも、領土問題をめぐる鞘当てが始まっている。中でも、谷内正太郎元外務次官が毎日新聞とのインタビューの中で「3.5島返還でもいいのではないか」と語ったことが、多くの耳目を集めたことは記憶に新しい。

 しかし、ロシア現代政治の専門家で、留学経験も含めロシアを頻繁に訪れ、ロシアの現地事情に詳しい筑波大学大学院の中村逸郎教授は、今回のプーチン首相の来日で北方領土問題が進展することはないだろうと言い切る。そればかりか中村教授は、ロシア側にとってもはや北方領土問題を解決したり、進展させなければならない動機が存在しないため、日本が一貫して守り通している四島一括返還はおろか、3.5島も二島先行返還も、もはやあり得ない状況になっているとの厳しい見方を示す。北方領土問題は、もはや日ロ間の問題ではなく、日本の国内問題と考えた方がいいと言うのだ。

 日本政府は、歯舞(群島)、国後、色丹、択捉の北方四島は18世紀末から江戸幕府の直轄地であり、1855年の日露和親条約、1905年のポーツマス条約、1951年のサンフランシスコ平和条約などを経た今も、歴史的経緯や国際法上、これが「我が国固有の領土」であることは明らかであると一貫して主張している。そして、日ロ両国は、この領土問題が未解決であるが故に、平和条約を締結していない。当時のソ連がサンフランシスコ平和条約には不参加だったため、日本とロシアは法的には未だに第二次世界大戦を戦っていることになる。

 確かに日本にはさまざまな歴史的経緯から、北方領土の四島一括返還の旗を降ろすことが困難であることは理解できる。古くから日本が領有してきた「我が国固有の領土」という主張も十分正当性があるし、そもそも北方領土を含む千島列島は、スターリン下のソ連が日ソ不可侵条約を一方的に破棄して不当に占領支配したものであり、現在の実効支配には正当性が無いという主張も、もっともな主張だ。しかし、その一方で、サンフランシスコ平和条約で日本が領有を放棄した「千島列島」の中に北方四島は含まれないとする日本政府の主張が、国際法上、日本政府が期待するほど自明なものではないことも事実だ。また、既に北方四島がソ連、そしてロシアの実効支配下に入って60年が過ぎた今、この問題が、単に四島一括返還という日本の主張を繰り返すだけではどうにもならない問題であることもまた、誰の目にも明らかだ。

 中村氏は1990年代、共産主義が崩壊した直後の混乱期にあったロシアが、日本の経済的な支援に価値を見出していた時代には、二島返還であればロシア側が応じてくる可能性はあったかもしれないと言う。また、実際にそのような兆候も何度か見られた。しかし、その時も日本は四島返還にこだわるあまり、その機を完全に逸してしまった。その時、既に日本では、冷戦下に醸成された四島一括返還のドグマに喚起された世論が、今さら「二島先行返還」などという妥協を容認できる状況ではなかった。その間、「二島先行返還」路線で突っ走った政治家や官僚の多くが、売国奴扱いされ、パージされるというおまけまでついた。今でも四島一括返還の立場を否定するような発言を公の場で行うと、学会はもちろんのこと、一般市民からも厳しい指弾を受ける状態が続いているという。

 そして、今やプーチン氏の強力なリーダーシップの下でエネルギー大国として復活したロシアにとって、日本の経済力はそれほど大きな意味は持たなくなってしまった。そうした中で、長い国境線上に他にも多くの領土問題を抱えるロシアが、国際法上もグレーゾーンにある北方領土問題で妥協する理由など全く見当たらないというのが、現在の客観的状況だと、中村氏は言う。
 中村氏はまた、そもそもロシアとの領土交渉で日本は、ロシアにとっての北方領土問題の重要さを見誤ったのではないかと指摘する。他民族を吸収して膨張してきた帝国であるロシアには、国としての核がなく、周辺こそがロシアの本質である。ロシアにとってはたとえ北方領土といえども、それを手放すことはロシアの本質を手放すことに等しいと、中村氏は言うのだ。

 どうやら、ロシアは最初から北方領土を返す気などさらさら無かったが、日本政府がやたらこの問題にこだわりを持ち、また大々的に世論を動員しているところを見て、これを交渉の材料として使えると判断した可能性もある。日本から様々な支援や妥協を引き出すために、ある時は強硬な姿勢を見せ、またある時は二島なら返す妥協的な素振りを見せてみたりしながら、日本を交渉で手玉にとってきただけかもしれないというのだ。そして、今やそれすらも必要なくなったので、北方領土問題は少なくともロシア側から見ると、もはや交渉の材料としての価値すらも失ってしまったということなのかもしれない。

 むしろ日本の方が、上げた拳のしまい場所を早く見つけることを考える必要があるのかもしれない。今となっては、エネルギー大国ロシアから得るものが多いのは、エネルギー貧国日本の方かもしれないのだ。

 頻繁にロシアを訪れている中村氏は、ロシアでは近年ロシア正教会が力を伸ばし、共産主義下で没収された教会領が次々と教会に返還されたため、今やロシアでは正教会こそが最大の財閥になっていると言う。そして、そのロシア正教会が、最近、国後島と色丹島に教会を建てたそうだ。これはロシア人にとってその土地が聖地となったことを意味する。これはロシアが、もはやこの土地を返す気がまったくないことを明示していると中村氏は言い切る。

 プーチン氏来日を機に、未だに二島だ、3.5島だ、四島だのといった「国内向け」の議論を続ける日本政府と、もはや日本を必要としなくなったロシアの国内事情、そして日本にとって真の国益とは何なのかについて、中村氏と議論した。

今週のニュース・コメンタリー
・予算審議に見られる既視感の正体
・超党派議連が裁判員制度の延期法案

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マル激トーク・オン・ディマンド 第337回(2007年09月14日)
なぜ地震大国の日本が原発なのか
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<ゲスト プロフィール>
中村 逸郎(なかむら いつろう)筑波大学大学院教授
1956年島根県生まれ。80年学習院大学法学部卒業。83~85年モスクワ国立大学留学。86年学習院大学大学院政治学研究科博士課程単位取得退学。88~90年ソ連科学アカデミー「国家と法研究所」留学。00年島根県立大学助教授、01年筑波大学社会科学系助教授などを経て07年より現職。政治学博士。著書に『帝政民主主義国家ロシア』、『ロシアはどこへ行くのか』など。

2009年5月 3日

自動車文明の終焉

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第421回(2009年05月02日)
自動車文明の終焉

プレビュー

 自動車文明発祥の地であるアメリカで、大手自動車メーカーの「ビッグ3」が深刻な経営危機に陥っている。日本でも自動車メーカーが軒並み減産に踏み切るなど、自動車産業の凋落を伝えるニュースが後を絶たない。その一方で自動車産業は、エコカーの開発など、時代の先端産業としての顔を、今なお持ち続けてもいる。「自動車の世紀」と言われた20世紀を経て、今、自動車文明はどこに向かっているのだろうか。

 自動車産業史研究の第一人者で、世界の自動車産業の興亡を長期にわたって分析してきた東海学園大学の下川浩一教授(法政大学名誉教授)は、大量生産・大量消費に支えられた自動車文明はもはや限界を迎え、20世紀を通じて成長してきた自動車文明は、今大きな岐路に差し掛かっていると話す。冷戦後、西側先進国の主要自動車産業は、グローバル化の波に乗って、世界中に市場を拡大していった。しかし、それが今、一転して危機に瀕しているのは、自動車文明自体が終焉を迎えているからだというのだ。

 1920年代のT型フォードに始まった自動車文明は、20世紀文字通り時代の担い手だった。先進国では高速道路や橋など自動車中心のインフラ整備が進み、僅か1世紀の間に自動車産業は経済界の新参者から基幹産業にまで成長した。

 しかし、飛ぶ鳥を落とす勢いだった自動車文明に最初に翳りが見えたのは、公害が深刻な社会問題となった1970年代だった。また、70年代はオイルショックも自動車産業の未来に影を落とした。自動車を中心に社会を構築することが経済繁栄につながるという短絡的な考え方に対し、東京大学の宇沢弘文教授は『自動車の社会的費用』(1974年)で、道路建設など自動車が発生させる社会的コストがいかに大きいかを指摘しているし、ケンブリッジ大学のエンマ・ロスチャイルド教授は、このままでは自動車産業は今世紀中に終わるとまで予言していたと、下川氏は話す。

 オイルショックと公害の70年代、日本車が燃費効率や排ガス規制技術で大きく競争力をつけたのに対し、アメリカの自動車産業は法規制ぎりぎりの対応で乗り切ることしかできず、日本車に大きく市場シェアを奪われる。また、その一方で、ビッグ3は、次第に本業の自動車製造から金融への依存体質を強めていく。更に、90年代以降アメリカがITバブルや住宅バブルの好況に沸く中で、ビッグ3は燃費効率を無視した大型車を次々と投入していった。

 そして、21世紀に入り、それらが全て裏目に出る。地球温暖化が人類共通の問題として浮上し、原油価格の高騰とも相まって、燃費問題は世界中の消費者の最優先課題となる。しかも、それに金融危機が追い打ちをかけると、燃費効率で日本車の後塵を拝し、金融で儲ける体質にどっぷり漬かっていたビッグ3が、一気に苦境に追い込まれるのは当然の成り行きだった。

 しかし、今アメリカ自動車産業が直面する苦境は、決してビッグ3固有の問題ではない。今後、エネルギーを含めて資源の使用はこれまで以上に制約されることは明らかだ。資源を大量に消費し、高速道路などコストのかかる社会インフラを必要とする現在の自動車産業のままでは、早晩行き詰ることが避けられないと下川氏は言う。

 自動車の利便性は私たちの暮らしを大きく変えた。車を保有することは一つの社会的ステータスであり、自動車は多くの人にとって豊かさのシンボルでもあった。また、自動車関連産業は全就業人口の約8%を雇用するなど、重要な基幹産業であることも間違いない。

 しかし、ガソリンを消費し排気ガスを出すという高い環境負荷、インターネット等の普及で実際に移動しなくても濃密なコミュニケーションが可能になったことなど、自動車を取り巻く環境は大きく変化し、それに呼応して自動車産業も大きな変革を迫られている。

 21世紀の自動車産業はどのようなものになっていくのか。自動車という文明の利器は生き残れるのか。自動車文明論の大家である下川氏とともに、「自動車の世紀」を振り返り、現在自動車が直面している問題と、自動車社会の次に来る社会がどのようなものになるかについて議論した。

今週のニュース・コメンタリー
脳死移植論議に死生観の合意は必要か
第三者委と小沢辞任論

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自動車産業が日本から消える日
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マル激トーク・オン・ディマンド 第288回(2006年10月06日)
私が脳死移植に断固反対する理由ゲスト:小松美彦氏(東京海洋大学教授)
プレスクラブ (2009年05月01日)
小沢氏は辞任すべきではない
政治資金問題第三者委員会に高野孟氏が出席

ゲスト有識者:高野孟氏(ジャーナリスト)
プレスクラブ (2009年04月28日)
政治資金問題第三者委員会 有識者懇談会
ゲスト有識者:岩井奉信氏(日本大学教授)

<ゲスト プロフィール>
下川 浩一(しもかわ こういち)東海学園大学経営学部教授
1930年東京都生まれ。57年九州大学経済学部卒業。62年富山大学経営短期大学部講師、69年法政大学経営学部助教授、同教授などを経て99年より現職。法政大学名誉教授。経済学博士。著書に『世界自動車産業の興亡』、『グローバル自動車産業経営史』など。

Profile

神保哲生(じんぼう・てつお)

-----<経歴>-----

1961年東京生まれ。
15歳で渡米。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。
クリスチャン・サイエンス・モニター記者、AP通信記者を経て独立。
ビデオジャーナリストの草分けとして、日米の放送局に映像リポートやドキュメンタリーを多数提供。
2000年1月、世界初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を立ち上げ代表に就任。
2001年4月より『ビデオニュース・ドットコム』で宮台真司氏と人気ニュース番組「マル激トーク・オン・ディマンド」のキャスターを務め、現在にいたる。
2005年4月より立命館大学産業社会学部教授を兼務。
2008年4月より、早稲田大学ジャーナリズム大学 院非常勤講師を兼務。
専門は地球環境問題、開発経済、メディア倫理、日米政治関係。

BookMarks

ビデオニュース・ドットコム(有料会員登録制)
http://www.videonews.com/

ビデオジャーナリスト神保哲生のブログ
http://www.jimbo.tv/

マル激!メールマガジン
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-----<著書>-----

新刊!
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『格差社会という不幸』
2009年12月、春秋社、共著


『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか?』
2009年7月、ダイヤモンド社


『オルタナティブ・メディア―変革のための市民メディア入門』
2008年12月、大月書店、翻訳・解説


『教育をめぐる虚構と真実』
2008年10月、春秋社、共著


『ツバル―地球温暖化に沈む国』
2007年7月、春秋社、増補版


『ビデオジャーナリズム―カメラを持って世界に飛び出そう』
2006年7月、明石書店


『中国―隣りの大国とのつきあいかた』
2007年6月、春秋社、共著


『アメリカン・ディストピア―21世紀の戦争とジャーナリズム』
2003年9月、春秋社、共著


『天皇と日本のナショナリズム』
2006年11月、春秋社、共著


『ネット社会の未来像』
2006年1月、春秋社、共著

『粉飾戦争―ブッシュ政権と幻の大量破壊兵器』
2004年3月、インフォバーン、監訳

『プロパガンダ株式会社―アメリカ文化の広告代理店』
2004年8月、明石書店、解説

『漂流するメディア政治―情報利権と新世紀の世界秩序』
2002年10月、春秋社、共著

『地雷リポート』
1997年11月、築地書館

『ビデオジャーナリストの挑戦』
1995年11月、ほんの木

『重要政策全比較―シリウス・日本新党・平成維新の会』
1993年7月、ほんの木

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