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2004年10月28日

INSIDER No.236《DOUBLE-CROPPING》人生二毛作開墾記・その14──「いい家」とはどんな家なのか?

 地盤の不安にどう対処するかについてひとまず決着を見て、さて私が人生二毛作目を生きてそこに骨を埋めるであろう「いい家」をどう作るかである。本連載ではすでに、第4回から第9回にかけて山口昌伴を、第12回では中川武を引きながらそのことを考え巡らせてきたが、さらにいま私の机の上には、
▼宮脇檀『宮脇檀の「いい家」の本』(PHP文庫、2004年8月刊)
▼神崎隆洋『いい家は無垢の木と漆喰で建てる』(ダイヤモンド社、2002年8月刊)
▼吉田桂二『民家に学ぶ家づくり』(平凡社新書、2001年6月刊)
▼道塚元嘉『房総の民家歳時記』(崙書房、1996年10月刊)
……といった本や、50冊は優に超えていたと思われる雑誌などから切り抜いて台紙に張ってコメントを記した分厚い切貼帳が積まれているので、繰り返しになるところもあるかもしれないけれども、改めて、「いい家」とはどんな家なのかについて、頭の体操を始めることにしよう。

●日本伝統の民家に学ぶ

 基本コンセプトははっきりしていて、日本の伝統的な民家の造りに学ぶ、ということである。「民家は、かつては、日本の住まいの総体であった。それがなぜ滅びなければならなかったのか。今、建てられている多くの家が、なぜ民家と何の関わりもない姿になり変わってしまっているのか。その不自然な変化の中に、ある種の不気味ささえ、感じとることができる」と、吉田桂二は書いている。

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2004年9月29日

INSIDER No.228《DOUBLE-CROPPING》人生二毛作開墾記・その13──家づくりを考え始める前に地盤という難問が

 忙しさに取り紛れて本連載も3カ月ほど間が空いてしまったが、その間、私が8月を中心に20日間ほど現地に滞在し、ある時は孤独に、ある時は鴨川自然王国のスタッフに手伝って貰い、またある時は私が団長を務める草ラグビーチーム「ピンク・エレファンツ」の仲間や大学のゼミの学生が大挙して応援に来てくれたりもして、1年前に購入したときには荒れ果てて立ち入ることさえ出来なかった2000坪近い山林も、ようやく「敷地」と呼べるような落ち着いた風情を漂わせるところまで整備された。1年がかりの草刈りである。

 とりわけ、家を建てる予定の部分を含む最下段の300坪ほどを、パワーシャベルを5日間レンタルして「天地返し」を施したのは、予想通りの大成功で、この猛暑にもかかわらず雑草はほとんど全く生えてこなかった。天地返しというのは、パワーシャベルで表土を1メートルほども掘り返して、その後に手作業で茅や葛や野バラの絡み合った根っこを丁寧に取り除く作業で、2メートルほどの高さのピラミッド型の根っこの山が5つも6つも出来るほどの、手間のかかる炎天下のつらい作業だったが、農薬を使わずに根っこを退治するにはそうするしかない。

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2004年6月24日

INSIDER No.209《DOUBLE-CROPPING》人生二毛作開墾記・その12──「日本の家」から失われた“懐かしいもの”たち

 この連載の(4)から(9)にかけて、主に山口昌伴に学びつつ台所、土間、玄関、三和土(たたき)、火、風、水といった“住”の基本要素について思いを巡らせてきたが、建築史家の中川武=早稲田大学教授の『日本の家/空間・記憶・言葉』(TOTO出版、2002年)は、文章も写真も装丁・レイアウトも洗練された美しい本で、近頃手にして痛く感銘を受けたので、それに従ってさらに探求を続けたい。中川も山口と同じく早稲田の建築科出身で、こうしてみると、東京大学の建築科が丹下健三に象徴されるように巨大で醜悪な“近代建築”に向かいがちであるのに対して、早稲田はやはり泥臭くて、日本的な住まい方への愛着を大事にする気風があるのかもしれない。

●喪失感に潜む契機

 中川は「はじめに」でこの本の狙いをこう述べている。「日本の伝統建築には、場、部位、しつらい、境界、素材などにまつわる、多様な用語や言葉があった。そのうちどんな言葉が忘れられ、どんな用語が現在も生き残っているのか。そして、記憶と忘却の分かれ道に、どんな現実的な契機や意味が隠されているのか。このような疑問について考えてみたかった」と。

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2004年6月 8日

INSIDER No.202《DOUBLE-CROPPING》人生二毛作開墾記・その11──韓国でも榎は神木だった!

 榎についてさらに続ける。柳田國男が「争ひの樹と榎樹」で言っていることの要点は、(1)御神木は神社の境内にあってシンボル的な大樹だからそう呼ばれるのではなくて、そもそも大樹そのものが、神々がそこに降りたって宿る天との媒介として信仰の対象だったのであり、(2)そのような樹木信仰の対象となった樹の種類は様々であるけれども、榎はその中でも最も古くから最も多く崇敬されたものの1つで、(3)そうなるについては、榎が宿り木を宿したり、大きな空洞が出来てそこに地下水を吸い上げて水壺をなしたり、天然不思議の性質を持っていることが大いに与っているだろう——というにある。

 さて「争ひの樹と榎樹」は『神樹篇』18章の中の1章にすぎない。神樹すなわち御神木について柳田が説いていることの全体を要約して、一渡り眺めておくことにしよう。

●神樹、柱、杖、箸、楊枝

 日本の祭事・神事には「柱」が付き物で、「柱松」は丸太や竹を高く組んでその頂の籠に藁などを置き、下から競って松明や火縄を投げ上げて誰が真っ先に火を着けるかを争い、またその燃え具合でその年の田の実りを占う火祭りで、盆の中元の頃に諸国で行われた。これに対して、禁中の「左義長(さぎちょう)」や各地の「トンド焼き」は、上元の正月15日に行われるもので、青竹や丸太の先に御幣(おんべ)を飾って焼くので「オンベ焼き」とも言われる。どちらも燃え方を競い合い、それに子供らが参加することで共通している。(柳田はそんなことは言っていないが、運動会の紅白玉入れの競技の原型はこれではないのだろうか。また村人が二手に別れて綱引きをしてその勝敗で作柄を占うということもあったようで、運動会の綱引きも昔の祭の名残かもしれない!)

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2004年5月30日

INSIDER No.200《DOUBLE-CROPPING》人生二毛作開墾記・その10──柳田国男が語る「榎」の民俗学

 前回、どうにも手に負えぬ茅や葛やその他の根っこを掘り起こすのに、ユンボを入れて“天地返し”をするつもりであることを書いたが、4月に入って雨が多く、地面がぬかるんで作業に適さないので、様子を見ているうちに5月になってしまった。

 5月連休中の2〜3両日に鴨川自然王国で田植えの一大イベントがあり、その機会に翌日まで居残って、王国スタッフのO君の助けを借りて、敷地の下半分に腰の高さまで青々と茂った茅を草刈り機で刈った。昨年秋から冬にかけての第1次草刈りでは、10年以上も放置されて3メートルの高さで生い茂って分け入ることも出来なかった茅を2度、3度と刈らなければならず難渋したが、今回はさすがにスイスイと切れる。ところが2週間経って5月15日に行ってみると、徹底的に刈ったつもりだったのに、またあたり一面、膝下くらいまで生えてきている。やっぱりユンボの力を借りなければどうにもならない。

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2004年3月25日

INSIDER No.186《DOUBLE-CROPPING》人生二毛作開墾記・その9──水源からパイプを引いて水場を仮設した!

 3月13〜14両日と24〜25両日は私と自然王国スタッフのK君の2人で作業に入り、まだ敷地のあちこちで山をなしている刈り取った草や藪や雑木を、薪に出来るものは残して燃せるものは燃し、だいぶ景観が美しくなった。

 13日の昼過ぎには、千葉県茂原の別荘で里山暮らしを実践している小橋暢之さんが、そのお仲間3人と一緒に“偵察”にやってきた。小橋さんは、農協中央の農政部長を経て虎ノ門パストラルの社長をしていて、NPOふるさと回帰支援センターの理事でもある。私とは同年生まれで、私がパストラルの「ヒューマン・ビジネス・ネットワーク」という食と農に関わる経営者たちの勉強&親睦組織の企画委員長を故・藤本敏夫から引き継いでいるという関係。昨年秋には『定年後の10万時間里山暮らし』(家の光協会)を出版した、田舎暮らしの先輩である。「おお、こりゃあ広くていいなあ。眺めもいいし」と盛んに感心しながらデジカメをパチパチ撮って、「うちのホームページに載せるかな」と言って帰っていった。彼のホームページは「房総里山暮らしかわら版」というタイトルで、そこに上記の著書の紹介も出ている(http://yokoo.cside.com/kohashinet/top.htm)。

●第2次草刈り大作戦

 さて、だいぶ片づけが進んだと言っても、全部終わるにはまだ4回か5回の作業が必要で、うまく行っても4月一杯かかるだろう。そこで問題が生じる。これまで刈った分を片づけ終わらないうちに、中段から下の宅地予定地を含む部分では、茅や笹や野バラの切り株から新しい芽が出てきてしまうのだ。10数年ぶりに刈り込まれて太陽がいっぱい当たるようになった地面からは、すでに蕗の薹や野蒜やその他いろいろな草が芽生え始めていて、それはいいのだが、ついでに、あれほど苦労して徹底的に刈ったつもりの茅その他の株からも緑の芽がちらほら顔を出しているのが見える。うーん、どうするか。下手をすると死ぬまで草刈りだけやっていて、いつまで経っても家が建たないということになりかねない。

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2004年1月27日

INSIDER No.174《DOUBLE-CROPPING》人生二毛作開墾記・その8──敷地の中から水が湧いていることの幸せ

 1月24〜25両日は、日本一の芝生屋さんである清水興産グループの清水勇夫会長から同社の精鋭14人の草刈りボランティア部隊に派遣命令が下され、平野英四郎隊長の指揮の下、2日間で一気に我が山林の敷地最上段まで藪を切り開いてくれた。さすがプロ集団で、刈払機、チェーンソー、鋸、鉈を駆使して、藪を払い、蔓を切り、枯木を倒して、さらに草や枝は燃やし、太い幹は後で薪にするようまとめて、あれよあれよという間に開墾作戦第1期の「とにかく上まで藪を切り開く」という目標が達成されてしまった。清水さん、平野さん、そしてプロの作業員の皆さん、本当にありがとうございました。自然王国スタッフのK君と私が加わって総勢16人。やっぱりこういうことは人海戦術に限る。

 清水さんは私のモンゴル旅行や六本木男声合唱団の仲間で、ゴルフ場やサッカー競技場の芝生の施工・管理ではナンバーワンの会社を率いており、日本芝生協会の会長でもある。時々ゴルフを教えて貰ったり、私が川淵三郎キャプテンと引き合わせて「学校校庭の芝生化」の運動に一緒に取り組んだりしている。「冬は芝生の仕事が暇なので、“社員研修”として作業員を派遣しますよ」と言ってくれて、この日、横浜の本社と千葉県市原市の作業所から14人の部隊が来てくれたのである。隊長の平野さんは、芝生管理の超一流博士で、ゴルフも釣りもプロ級で、よく遊んで貰っている関係。1日目の夜は半数以上が自然王国の小屋に泊まったので大宴会になった。

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2004年1月 1日

INSIDER No.172《DOUBLE-CROPPING》人生二毛作開墾記・その7──風が空気になってしまっている!

 昨年末もギリギリまで時間のある限り鴨川に通って、草刈りに精を出した。自然王国スタッフのK君、M君にもだいぶ手伝って貰い、また早稲田のゼミの学生有志数人も2度、3度と来てくれて強制労働に従事した。おかげで、下の敷地北端から宅地用の平地、そしてその上の段の森林に差し掛かる辺りまで、全体のだいたい4分の1くらいではないかと思われるが、地表の茅と野バラを中心とした密集的な藪は取り払われて、だいぶ雰囲気が分かってきた。もっとも、高さ2〜3メートルに達していた茅を切り開いたら、けっこう下の街道沿いの家々が見えてしまうのは、いささか計算外だったが、しかしそれは後で目隠し的な植栽を考えれば済むことだ。

 草刈りと言っても並大抵のことではない。まず1回、刈払機で茅や野バラやその他雑木を切り倒すが、それだけでは倒れた草や枝が地面を覆っていてどうにもならないから、それをフォークやレーキを使って大きな山に積み上げる。それをいっぺんに焼いたらたちまち山火事になるので、一山ずつ燃やす。それでもまだ地面は見えず、虎刈りになった茎が突き出していて、ゴム長靴程度では足裏に突き刺さって歩けないので、もう一度丁寧に刈払機をかける。その短い茎と、10年以上も放置されて年々枯れては落ちた枯れ枝が厚さ5センチくらい堆積しているので、それを吹き飛ばすように3回目の刈払機をかけて、それも山に掻き集めて火にくべるのだが、この時は地面の土や石まで一緒に削ったり跳ね飛ばしたりするので、刈払機の刃がたちまち減ったり欠けたりするので、土ごと根を切る時は古い刃に付け替えなくてはならない。

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2003年12月12日

INSIDER No.165《DOUBLE-CROPPING》人生二毛作開墾記・その6──かつて家の中心には「火」があった

 土間があれば火がなければならない。縄文の昔から人は火を真ん中に置いて暮らしてきて、それは単に煮炊きや暖房の利便のためでなく、それを中心にして家族というものが成り立つ精神的な意味があったのだと思うが、この50年か30年ほどの間に家の中に火がなくなり、その結果、伝統的な暮らしぶりだけでなく、家族そのものも壊れてしまった。

 山口昌伴は言う。「住まいの中ではいろんな熱源があるけれど、それがだんだん見えなくなってきている。ただ昔なつかしいから炎をとりもどそう、というのではなく、人間に何かが欠けていくのをとりもどすために、火の復権を考えたらいいのじゃないか」。竈や囲炉裏がなくなったあとでも、一昔前まではどの家にも七輪があって、ガスが来てもガス台のわきに七輪があった。板の間には練炭火鉢もあって、その縁は平らで湯呑みに菓子皿が置けるくらい幅があり、それが空間を設計していた。真ん中で薬缶に湯が沸いていて、わきに茶櫃があって湯呑み、急須、お茶の缶がセットになっている。「どうしたって人が寄って来ますよね。『コミュニケーション重視の間取りです』なーんて住宅産業のチラシにあるけど、板の間の練炭火鉢のコミュニケーション効果にくらべたら、何をいっているのかわかりません」。火鉢も幾つかあった。おじいちゃんの居場所には信楽の大火鉢があって、町の世話役が相談に来たりしていた。おばあちゃんは長火鉢に寄りついたまま、そこで年をとっていった。子供たちも火鉢で火を学んだ。

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2003年11月29日

INSIDER No.160-2《DOUBLE-CROPPING》人生二毛作開墾記・その5──内と外の見境がつかない「土間」の暮らし

 山口昌伴が、「かつて台所は井戸ばたに川ばたに、そして畑に、山につながっていた」と言うのを聞いて、水上勉の『土を喰う日々』を思い出した。これは、軽井沢に仕事場を持つ水上が、敷地に野菜畑を作り、周りの山谷を歩いて山菜や木の実を採って、9歳で京都の禅寺の小僧になって厳しく叩き込まれた精進料理の素養を縦横に活かして自然の恵みを味わい尽くす1年12カ月の食の暦で、20年くらい前に古本屋で「土を喰(くら)う」という言葉の強さに惹かれて買って読んだのだが、書棚を探しても出てこない。それで新潮文庫版を求めて再読した。

●コンビニじゃなくて裏の畑

 由緒はあるが貧乏な寺の老師が小僧に教えたのは、台所の脇にある3畝ほどの畑に相談して、材料が乏しい冬であっても知恵を絞って、毎日のように訪れるお客のために2、3の酒肴や惣菜を調えることだった。何もない台所から絞り出すのが精進で、「これは、つまり、いまのように、店頭へゆけば、何もかもが揃う時代とちがって、畑と相談してからきめられるものだった。ぼくが、精進料理とは、土を喰うものだと思ったのは、そのせいである。旬を喰うこととはつまり土を喰うことだろう。土にいま出ている菜だということで精進は生々してくる。台所が、典座職(禅寺での賄役の呼称)なる人によって土と結びついていなければならぬ、とするのが、老師の教えた料理の根本理念である」

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2003年11月12日

INSIDER No.158《DOUBLE-CROPPING》人生二毛作開墾記・その4──山口昌伴に学ぶ日本的な暮らしの根本

 どんな家を建てるかを考えながら、「和風本格木造建築」の資料を漁ったが、どうもおかしい。木や紙を使っていれば「和風」と言ってはばからない安易さばかりが目に付く。あ、そうか、「和風」はあくまで“風”であって、それは「アフリカ風ドレス」とか「タイ風カレー」というのと同じ、しょせんはマガイものなのではないか——などと考えながら大型書店の建築関係の棚を渉猟しているうちに、たまたま手にしたのが山口昌伴『図面を引かない住まいの設計術』とその続編『日本人の住まい方を愛しなさい』だった。

 一言でいって、目から鱗。玄関、土間、台所、風呂、便所、洗濯、畳、光、音、風、水、雨……等々、日本の風土に合った暮らしと家づくりの基本要素について、豊富な経験とフィールドワークに基づいてその根本的な考え方を説いていて、私が凡百の「和風」を見てどうもおかしいと感じた違和感がどこから来るのかが一挙に氷解した。山口さんは、1937年生まれ、早稲田の建築科を出て10年間、建築設計監理の仕事をした後、研究の道に入り、「日本の台所」を主テーマとして住居学、生活学、道具学を展開、87年に大著『台所空間学』を世に問うていくつもの賞を受けたことで知られる。主な著書は下記の通りで、このうち※印のついたものを新本・古本で入手して1週間ほどで一気に読破した。これから何回かにわたって、山口に学びつつ自分の考えを整理していこうと思う。なお引用は主に上記2冊からで、他も若干は混じるかもしれないが、書名はいちいち明示しない。

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2003年11月 7日

INSIDER No.157《DOUBLE-CROPPING》人生二毛作開墾記・その3──“半農半X”のライフスタイルの設計

 まだ土地の整備が終わっていないどころか、敷地の境界も定かでないような段階で、いささか先走りしすぎる感はあるけれども、ここでどんな暮らしぶりを実現して、それにはどんな家だか小屋だかを建てようとするのかについて、今から頭の体操を始めようと思う。

●四方それぞれの自然景観

 しばしばお話ししているように、1000坪と言っても実際は1500から2000坪近い、緩やかな北斜面だが、全体に日当たりは良い。何本もの榎がのびのびと枝を伸ばしているのが、その何よりの証拠だ。この木は「日当たりのよい温暖な場所に自生する」と植物図鑑の類にも書かれている。

 敷地全体は大きく上中下の3段に分かれている。中段の宅地のあたりで標高100メートル前後、上端は150メートル、下端は85〜90メートルといったところだろう。標高300メートルの自然王国より少し温暖なはずである。下の街道筋、加茂川の岸辺までの標高差は20〜30メートルか。

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2003年10月27日

INSIDER No.155-3《DOUBLE-CROPPING》人生二毛作開墾記・その2──エノキ、ケヤキ、コナラ、カキ、そして……

 全部で何坪あるのか分からないまま、大山不動尊の杜に連なる山林を買った。公簿上で968坪(3201平米)あるのは間違いないが、100メートルほど離れたご近所に住んでいてこのあたりの土地の事情・経緯に詳しい長老のKお父さんも、前の所有者である東京のUさんにここを仲介し今回もUさんと私の間に立って貰っている不動産屋のYさんも、口を揃えて「2000坪はあるだろう」と言う。前回で触れた“縄伸び”という山林・農地にありがちな現象(それにしても、180坪が実は200坪だったという話は聞いたことがあるが、2倍とはねえ)に加えて、東隣の田んぼだった斜面は昔、地崩れを起こして、その真下にあるKお父さんの家も危うく土砂に埋まりそうになったことがあり、その後に市の方で土留め工事を行い、消えてしまった道路を造り直したりしたので、とりわけ東の境界や北側の道路との境い目は公図とはだいぶかけ離れているようなのだ。

●まず草刈機を買って

 確かめてから契約すればいいじゃないかと言われそうだが、第1には、自然王国スタッフであるK君のお父さんからの話であり、役所の公図よりもお父さんのような地元の事情通で、しかもこの土地の売買に立ち会ったことのある長老の記憶の方がよほど信用するに足る。第2には、仮に“縄伸び”が思ったほどなかったとしても、私は坪1万円というこのあたりの(不動産屋経由の場合の)大体の相場以上には払っていないので、損をすることはない。それに、第3に、敷地全体に広がる榎(エノキ)はじめ広葉樹の大木群は(ほとんどが杉に植え替えられて無惨に放置されているところが多いこの一帯では)まことに貴重なものであり、もし造園業者に頼んでこれだけの数の成木を植えて庭にしようとしたら、とうてい1000万円では済まないだろう。森を手に入れたと思えば、土地代はタダだったと考えることさえ出来るわけだ。

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2003年10月20日

INSIDER No.154《DOUBLE-CROPPING》人生二毛作開墾記・その1──とうとう鴨川で山林を手に入れた!

 安房鴨川、房総山地の奥深くにある「農事組合法人・鴨川自然王国」に月に1〜2度、たいていは1泊か2泊で行って、農林作業の真似事をするようになって7年が経つ。その間、いずれはこういう山深いところに居を移して、もう少し本格的に田舎暮らしを始めたいという思いを抱き続け、その覚悟の証として、5年前に(株)インサイダーの登記上の本社を自然王国内に移したりもしたものの、終の棲家というか、そこでこの世とおさらばすることになるであろう第2の人生の本拠地として自分で納得のいく土地を見いだすのは、思ったほど簡単なことではなくて、ずっと暗中模索を続けてきた。が、この夏以降に急に動き出した経緯の末に、自然王国から3キロほど離れた大山不動尊の北麓の山林を手に入れられることになり、本日、無事にすべての手続きを完了した。ここで私の人生二毛作目の展開が始まる。

●土地探し

 鴨川市に限らず南房総あたりでは、空いている土地や家はいくらでもある。それでいて、なぜなかなか見つからないのかというと、第1に、農家や地主の意識の問題がある。高齢化・過疎化が進んで、もう自分らでは維持できなくなった田畑・山林や使っていない宅地・建物があっても、先祖伝来の土地を売りたくないと思うのは当然として、ならば貸せばいいじゃないかと思うのだが、それも「都会モンに貸したら盗られてしまう」と警戒する。そこで第2に、行政や農協の出番があって、一定の枠組みを作って斡旋・仲介・保証をして都会から農村への人の流れを促そうという試みが、他では成功している例もあるけれども、鴨川市ではまだそこまで行かない。市が数年前に「空き家対策」に取り組んだことがあるが、都会側の移住希望者はすぐに500人も集まったのに、地元側からは「売ってもいい」「貸してもいい」という物件が1つか2つしか出てこず、挫折した。

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