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2010年1月30日

INSIDER No.533《HATOYAMA》海兵隊の抑止力とは何かを検証せよ!──朝日オピニオン欄の柳沢協二の議論に同感する

 ルース駐日米大使は29日に早稲田大学で講演し、沖縄県の米軍普天間基地の国外移転に強く反対する考えを表明した。「海兵隊は有事に誰より早く現地に乗り込む即応部隊。日本から移されれば機動性と有効性が著しく低下する」と指摘。同県名護市の辺野古に移設する現行案は「10年以上検討し、普天間を最短で閉鎖できるベストの案だった」と語った。

「周辺のあらゆる国が在日米軍の動きを注視している。日本で実戦に近い訓練をしている姿を見せることも目に見える抑止力になる」と述べ、駐留の意義を強調した。

 しかしこれはハッキリ言って素人の意見である。「海兵隊は誰より早く現地に乗り込む即応部隊」と言うが、ではその"現地"とはどこであって、そこでの"有事"とはどのようなものなのか。「日本から移されれば機動性と有効性が著しく低下する」というような危機とは、普通に考えれば、日本が近隣から直接侵略される場合、朝鮮半島か台湾海峡で大規模戦闘が発生する場合のどちらかだろうが、それらはそれぞれどの程度の蓋然性があるのか。海兵隊は近年、対テロ作戦能力を強化しているが、アジアで対テロが必要になるのは(イスラム勢力との絡みで言えば)北東アジアより東南アジアの方で、それなら沖縄よりグアムの方が「機動性と有効性が著しく向上する」のではないか。

●率直な対等の議論を

 これとは対照的に、朝日新聞28日付オピニオン欄に柳沢協二=防衛研修所特別客員研究員(元防衛省官房長、内閣官房副長官補)が「"普天間"の核心/海兵隊の抑止力を検証せよ」と書いているのは玄人の意見である。

 彼の意見は、本論説が1月2日付で普天間問題に関して「日本として順番に米国に問うべきこと」として問1〜7を列記した際の問題意識とほぼ完全に一致する。防衛官僚の頂点を極めた人がこの段階でこういうことを発言するのも面白いし、それを朝日が載せたというのも面白い。柳沢の論点は要旨こうである。

▼普天間問題の核心は、抑止力をどう考えるかにある。鳩山首相も言及したが、問われるのは「海兵隊が沖縄に駐留することで得られる抑止力とは何か」だ。それを明らかにしなければ、普天間問題は永久に迷走する。

▼海兵隊はいつでも、世界のどこへでも出動する。特定地域の防衛に張り付くような軍種ではない。したがって「沖縄かグアムか」という問いに軍事的正解は存在しない。それを決めるのは、抑止力をいかにデザインするかという政治の意思だ。

▼抑止とは、攻撃を拒否し報復する能力と意思を相手に認識させることによって、攻撃を思いとどませることだ。相手が当方の意思を疑わなければ、個別の部隊配置は2次的問題である。

▼冷戦期、米ソは明確に敵対していた。だが今日、米・中・日は生存のためお互いを必要としている。経済の相互依存の深まりが抑止戦略をどう変化させるのか、検証が必要だ。

▼「海兵隊が抑止力」という考えの本質的な意味は、いざとなったら海兵隊を使うということだ。例えば、中国が台湾に進攻した場合、海兵隊を投入すれば米中は本格的衝突になり、核使用に至るエスカレーションに至るかもしれない。米国にとってそれが正しい選択で、日本は国内基地からの海兵隊出撃にイエスと言うのか。

▼自戒を込めて言えば官僚も政治家もこれまで、そういう深刻な戦略問題を十分に検証してこなかった。専門家は、あいまいな方が抑止力強化に役立つと言うかもしれない。だが、地元にとって基地はあいまいでは許されない現実の負担だ。

▼アジア諸国の中にも海兵隊のプレゼンスを望む声があり、米当局者もアジアの多様な課題には海兵隊が必要だと言う。だがそれは沖縄でなければならない理由にはならないし、本来の意味での抑止力でもない。

▼戦略的従属性と基地負担という2つのトゲの解消は、今なお同盟にとって最大の課題であり、結論を急がず、米国と「対等な」戦略論を展開してもらいたい...。

 賛成である。鳩山政権はこの人を内閣官房に戻して、普天間問題の対米交渉代表に任命したらどうなのか。

 まず、ポスト冷戦の時代に、とりわけ日本を取り巻く戦略環境において、有効な抑止力とは何かについて再定義が必要である。その上で、特殊的に米海兵隊が果たす抑止力とは何かについても再定義が必要になる。それを議論していくと、小沢一郎が1年ほど前に発言したように「在日米軍は第7艦隊だけで十分」という結論に行き着くかもしれないが、仮に海兵隊に託する抑止力機能があったとして、それを沖縄か県外かグアムのどこに置けばいいかの部隊配置策はさらに下位の問題である。こんな当たり前のことを議論することもなく米軍駐留の既得権益をひたすら温存させてきたのが「日米同盟」の実態である。

 参考までに、私が上記論説で挙げた「問1〜7」を以下に再録するので、柳沢の主張と読み比べて頂きたい。

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《問1》冷戦終結後に米軍内部で「海兵隊廃止」論が高まったことがあったが、この議論はすでに消滅し、近い将来に渡って再燃することはないのか。海兵隊そのものが不要ということになるのであれば、これから5〜10年の年月と1兆円にも上ろうかという費用をかけて新基地を建設すること自体が意味のないことになる。

《問2》仮に海兵隊は存続するとして、主として「第2次朝鮮戦争」とも言うべき大規模陸上戦闘が起きた場合に水陸両用で敵前上陸強襲作戦を敢行することを想定して沖縄にこう移築してきた「前方配備=緊急展開」態勢は、朝鮮半島の緊張緩和の流れを含むこの地域の戦略環境の変化と、米軍の遠隔投入能力の飛躍的向上を考えると、もはや時代遅れなのではないか。

《問3》朝鮮戦争の可能性が限りなくゼロに近づいたとは言っても、台湾有事の可能性はまだ残ると言う人がいるが、仮にそうだとしても、台湾海峡危機の際には、米第7艦隊が介入することはあったとしても、海兵隊が陸上戦闘に加わるというシナリオはあり得ないのではないか。

《問4》朝鮮有事も台湾有事もほとんどありえないとしても、特に第31遠征隊には対テロ作戦や在外米人救出作戦の機能もあるので駐留は必要だと言う人がいるが、そのような事態は北東アジアだけでなく東南アジアでも起こりえて、東南アジアの場合には沖縄にいるよりもグアムにいるほうが近くて便利ではないのか。

《問5》仮に、それでもいいから沖縄に駐留したいという場合に、陸上部隊とヘリ部隊は沖縄に、戦闘機と空中空輸機は岩国に、ヘリ空母艦隊は佐世保にバラバラに分かれていて、しかも本隊司令部はグアムにあるという4個所分散配置は運用上不便ではないか。全部をグアムに統合配置する方がかえって即応力は高まるのではないか。

《問6》それでもなお第31遠征隊を沖縄に残すとして、それは、既得権益の維持という惰性のためでないとすれば、何のためなのか。「抑止力」のためだと言う人がいて、鳩山もコロリそれに乗せられたりしているけれども、誰の何の意図にたいする抑止力なのかを明らかにすることなくその言葉をオマジナイのように唱えて済むような時代は終わったのではないか。

《問7》以上すべてに合理的な説明が与えられて、現行案通り辺野古移転が再決定され、グアム移転と辺野古基地建設の新規費用及び既存基地維持のための「思いやり予算」の負担を沖縄県民を含む日本国民が納得したとしても、時間という要素がある。防衛省が行った辺野古移転の環境アセスメントは、現在辺野古にいる主力ヘリCH46とCH53などがそのまま移転するかの誤った前提で行われており、完成時に配備されると見られるMV22オスプレイ垂直離着陸輸送機はCHヘリに比べて4〜5倍のエンジン出力を持っているので、少なくとも騒音調査については初めからやり直さなければならず、それから着工したとして今から5〜6年先になるだろう。増して、辺野古以外の県外移設の場合はまず地元理解を取り付けて、それから環境アセスを始めるのだら、巧く行って8〜10年後である。その間にアジアの戦略環境はもっと大きく変わっていて、海兵隊の存在理由や沖縄駐留の根拠も薄れている公算の方が大きいのではないか。

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●「日米危機」という幻想

 もう1つ、最近の記事で目立ったのは『ニューズウィーク』最新号(2月3日号)の「"日米関係の危機"という幻想」という同誌記者=横田孝の記事。要旨は以下の通り。

▼普天間見直しで、日米関係が悪化の一途をたどっているというのが定説になっているが、両国関係は言われているほど冷え込んでいない。北朝鮮問題では日米間の協調はこれまでになく強まっているし、核拡散防止や気候変動、テロ対策などのグローバルな課題でも、日米の姿勢に違いはほとんどみられない。日本政府がインド洋での給油活動の代わりにアフガニスタンに5年間で50億ドルの民生支援を約束したことも米政府から歓迎されている。

▼さらに日米同盟の根幹部分に関しても大きな対立はない。日米とも在日米軍の重要性を認識しているし、沖縄の基地負担を軽減すべきだという点でも一致している。

▼メディアとしては、日米間で生じた摩擦を大きく取り上げたくなるのも無理はない。特に日本のメディアは、日米関係を日本の親米保守と米国の知日派同士の仲良しクラブ的な関係と見がちで、この古い認識を捨て切れずに事を必要以上にあおっている節がある。

▼普天間問題の今年5月の期限まで、日本メディアのセンセーショナルな報道は続くだろう。だが、これを日米関係の危機だというのは大げさだ...。

 その通りである。日本が米国を"ご主人様"と崇めて言うなりになっていることが日米同盟を危機に陥れる危険を増大させてきたのであって、それを「対等」で率直に物言い合える関係にしようとする鳩山政権の姿勢が日米関係を救うのである。

●若宮啓文にひと言

 ついでに、本題とは関係ないが、上述の柳沢の主張が出ている同じ朝日新聞のオピニオンのページに若宮啓文=同社コラムニストが「"平成の革命家"の命運は/小沢氏の暗雲」という一文を書いていて、その中で、「いま小沢一郎幹事長が4億円の不自然な土地取引を問われる事態なのに......勇ましい応援団の声もあって「民主党ブレーンの高野孟氏はインターネットで『鳩山政権は検察権力の横暴と対決せよ!』。明治以来の中央集権の主役だったのは官僚権力であり『その頂点にある検察権力』と『血で血を洗う戦いに突入すすのは必然』。民主党の『革命』と、検察の『反革命』の対決だと言うのだ」と、引用して頂いている。

 第1に、小沢が4億円で土地を買って秘書という名の選挙プロたちのための寮を建てるのは、彼なりの政治活動の一環であって「不自然」ではないし、まして「非合法」でもない。

 第2に、高野が「民主党のブレーン」であるかどうかは疑わしい。私は本サイトを通じて、勝手連的に民主党政権を基本的には擁護しつつも部分的には批判もしているだけのことであって、個人的レベルでは、政権発足以来、鳩山にも小沢にも一度も会ったこともない。こういうのは普通、ブレーンとは言わないのではないか。私も、ブレーンなどというものになるつもりはない

 第3に、で、その革命と反革命のどちらに立つのか、若宮自身の立ち位置はどっちつかずである。上掲の「高野孟氏は......」の引用の後、とんでもない見方だという批判を浴びせられるのかと思えばそうではなく、「それはまたオーバーなとは思うが、『革命だ』と口にしてきたのはほかならぬ小沢氏だった」と、高野が小沢を代弁しているにすぎないことを認めた上、「革命的な政治変革が必要......という小沢氏の持論......に共感する人は多かろう」と、他人事のように言う。自分が「共感する」のかどうかは主体的には明言せずに、そういう人は「多かろう」と客観的事実であるかのように逃げを打つのが新聞記者特有の無責任な論法である。民主党が唱える「政治主導」「脱官僚」には「一理はある」が、反面、政治家が国の利益を考えずに一業界や地元に「利益誘導」する「怪しい利権政治」を行って官僚からバカにされてきたのも「事実」であって、鳩山の「平成維新」はいいけれどもその裏に小沢の「利権政治が隠れているならごめんである」と、まさにどっちつかずの結論に逃げ込んでいく。

 小沢が起訴されれば「やっぱり利権政治が隠されていた」と言い、されなければ「やっぱり革命的な政治変革は必要だ」と言うのだろう。どう転んでも自分は安全というのが新聞の「客観公正」というものである。▲

2010年1月23日

INSIDER No.532《HATOYAMA》"鼠一匹"も出ない?小沢事情聴取──追い詰められているのは検察である

 東京地検特捜部が目指しているのは、政治家=小沢一郎の抹殺すなわち議員辞職であり、それは無理だった場合でも、せめて幹事長辞職に追い詰めてその影響力を決定的に削ぐことである。

 すでに逮捕されている3人の元秘書に対する容疑は、政治資金報告書の「不記載」(規正法第25条1項2号)や「虚偽記入」(同3号)など、平たく言えば「帳簿のつけ間違い」で、本来は、問題があれば修正すれば済む程度の経理係レベルの形式犯にすぎない。こんなことで3人を起訴すること自体、「言いがかり」に近い不当起訴であり、ましてや帳簿記載方法のいちいちを知るはずもない小沢本人に累が及ぶことではない。

 もちろん、問題の土地を購入すること自体は小沢の指示・了解に基づくものであり、またそのための資金調達にも彼が携わっているのだから、仮に帳簿に何をどう記載したり記載しなかったりすることには直接関わっていなかったとしても、「不記載」や「虚偽記入」の「共犯」として小沢を起訴することは可能である。しかしこれもまだ形式犯の範疇であり、それで与党の大幹事長を失脚させようというのはいかにも無理な話である。

 そこで検察としては、これが単なる「帳簿のつけ間違い」でなく、ゼネコンの裏献金を用いて土地を購入し、またそのような資金の出所を偽装するためにわざと銀行融資を立てるなど、小沢自身が指揮して行った極めて悪質な意図に基づく「帳簿操作」だったというお伽噺を作り上げる必要に迫られた。そのために、無理は承知で3人の元秘書を逮捕し、また小沢本人にも任意聴取を求めて、何とかしてこのデッチ上げの材料を掻き集めようと計ったのである。

 これは無茶苦茶で、この大騒動の結果"鼠一匹"も出て来ずに検察が大恥をかくことになる公算が大きい。

●水谷からの5000万円?

 検察がデッチ上げたいお伽噺の中核は、この購入資金に「水谷建設からの5000万円の裏献金が混じっている」ということだが、これがまず実証不能だろう。

 第1に、水谷側の供述の信用性に大いに疑問がある。郷原信郎が指摘しているように、水谷側が検察の言いなりになって注文通りの供述をしている可能性がある。

 第2に、一般論として、この手の公共事業で政商的な地方の中堅ゼネコンが大手スーパーゼネコン(この場合鹿島建設)の下に入って下請け仕事を請け負おうとする場合に、「ウチは前々から○○先生(この場合小沢)とは昵懇で、しかるべき手は打っておきましたから」とか「この地元はヤクザ(この場合岩手県の田舎ヤクザ)がうるさくて私のほうで始末しておきましたから」とか言って、その"実績"を手土産に下請けに入り込み、しかもそのための闇経費分を下請け工事代金に上乗せしてスーパーゼネコンから支給して貰っていたりする。ところが、てなことを言って中堅ゼネコンがスーパーゼネコンから裏工作資金の支給を受けても、実際には政治家やヤクザに金を払っていなかったり、もっと少ない金額を払っただけだったりして、全部または一部をネコババしているケースもある。

 水谷あたりだとせいぜい年商100億円程度で、それで表献金として自民党政治家を中心に10億円も配っていては利益など吹っ飛んでしまう。そこで裏献金分のネコババが実質的な利益になったりするのである。そこを突かれると、裏支給を受けているスーパーゼネコンへの申し開きとしても、税務当局への言い逃れとしても、「いや、確かにあの政治家の秘書に金を渡しました」と言い張ることにならざるを得ない。従って、本当に水谷が石川にその5000万円を渡したかどうかは分かず、「受け取っていない」と言っている石川が正しいのかもしれない。

 第3に、これも一般論として、政治家秘書の側でも、しょせんはそういう闇の金であるから、帳簿に記入しないで済ませたり、自分でポケットに入れてしまったりする場合がある。石川が水谷から受け取ったにもかかわらず、自分でネコババしてしまったから「受け取っていない」と言い張っている可能性も絶無ではない。

 とすると、検察が思い描くお伽噺が成り立つには、(1)水谷から石川に本当に5000万円が渡っていた、(2)その金を石川はどこにも流し込まずにそのまま封も切らずに取っておいた、(3)土地購入資金を調達することになった時に、石川が「ここに水谷からの5000万円があるので、残りを小沢先生のほうで何とかお願いします」と言い、小沢が「おおそうか。では後は私のほうで何とかしよう」と答えたとかいうやりとりがあったことを、石川・小沢双方が認めた----という事実が確定できない限り難しい。仮に事実がそうであったとしても、それを裏付ける供述が2人から出揃う可能性はゼロである。

●マネー・ロンダリング?

 もう1つのポイントは、小沢がゼネコンからの汚い金で土地購入をしようとして、それを誤魔化すために、しなくてもいい銀行融資をしたのかどうかということである。

 検察が根本的に分かっていないのは、ごく普通の中小企業の月末の資金繰りというのはこんなものであるという世間常識である。

 まず第1に、良いか悪いかは別として、小沢は1つの「党内党」を作り上げている。彼個人が所有する私兵集団として20名ほどの秘書を丸抱えして、彼らを合宿状態で住まわせて、いつでもどこへでも派遣可能な選挙プロフェッショナルとして鍛え上げてきた。本来から言えば、そのようなオルグ機能は民主党本部が党として持つべきであるが、そうはなっていない現実では、小沢が私的に代位してきた。それこそが選挙上手=小沢のいわゆる"実力"の源泉である。

 第2に、その小沢私兵集団の経営形態は、「小沢商会」とも言うべき個人商店である。事業主としての小沢個人が君臨して、中心的な企業としての「陸山会」があって、他にもいくつか休眠状態のものも含め子会社があり、それらの間で資金を融通し合ったりするのは当たり前だし、会社本体が資金が苦しい時に事業主が自分や夫人名義の預金を崩して一時立て替えしたり会社に貸し付けをしたりしてその場を凌いだりするのも大いにあり得ることである。立て替えや、短期に相殺される個人の貸し付けを、帳簿にどう付けるかは微妙なところで、税務当局との間で「見解の相違」が生ずる場合もあったりする。

 第3に、定期預金を積んでそれを担保として銀行融資を受けるというのはごく普通にあることで、それがマネーロンダリングを目的とした不正操作ではないかと疑うのは世間常識とかけ離れている。不動産購入のためにまとまった代金を支払わなければならない時に、それを手持ち資金で賄ってしまうと手元現金が枯渇して月末の支払いに窮するという場合に銀行借り入れを起こすのは不自然ではない。本件の場合は恐らく、銀行借り入れで土地を購入しようとしたが、その手続きより以前に不動産屋に支払わなければならない事情が生じたため、至急に別途資金を掻き集めて支払いを済ませた上、後に銀行融資分と差し替えることにしたが、それと月末の支払いが重なって余計にバタバタした、というようなことではないのだろうか。

 こうして、私の見るところ、水谷建設の5000万円を絡めることで単なる形式犯でない悪質性を立証しようとする検察の思惑は、成り立たない可能性の方が大きい。追い詰められているのは検察のほうである。▲

2010年1月19日

INSIDER No.531《HATOYAMA》小沢政治資金をめぐる革命と反革命──鳩山政権は検察権力の横暴と対決せよ!

 鳩山由紀夫首相が16日、検察と全面対決を宣言している小沢一郎幹事長を「戦って下さい」と激励したことに対して、自民党の谷垣禎一総裁が17日、「総理大臣が、検察といろいろな問題でやり取りをしている方に『戦え』と言うのは、総理大臣の立場を逸脱し、非常に偏ったことだ。鳩山総理大臣も、政治資金の問題で苦しんだという気持ちがあるのかもしれないが、その気持ちが『戦ってくれ』という発言になったとすれば、権力観は非常にゆがんでいる」と述べ、また同日サンプロに出演した菅義偉=元総務相も「民主党は野党時代には(大久保秘書の西松事件での逮捕を)『国策捜査』と言っていたが、今は民主党が権力の座にあるんだからそんなことを言っていられるはずがない」という趣旨のことを語っていた。

 タワゴトである。

 第1に、一般論として、「国策捜査」とは、政府・与党が政権維持に有利なように事を運ぼうとする政治的意図から検察を指揮・指導して無理にでも捜査をやらせようとすることだという世間的な誤解があるが、そうではなく、検察が自分勝手に描いている「体制護持」というイメージに基づいて「こんなことを許しておいては体制が危うくなる」と判断して、"正義"を振りかざして与野党政治家であろうが経済人であろうが芸能人であろうが「まず訴追ありき」で襲いかかって世間的に抹殺しようとする暴走的な手法を言うのであって、「検察ファッショ」とほぼ同義である。Wikipediaの「国策捜査」の項でも「むしろ国策捜査には政府の関与がないのが普通」と言っている。これと戦って制御することは、政権与党にとっても当然の課題である。

 第2に、特殊論として、鳩山政権の本旨は「脱官僚体制」であり、この政権が、明治以来100年余の発展途上国型の中央集権制度の下で実質的な権力を握ってきた官僚権力とその頂点にある検察権力と血で血を洗う戦いに突入するのは必然である。鳩山は昨年9月の所信表明で「無血の平成維新」と言ったが、私に言わせれば平成維新は無血で済む訳がない。現に、この小沢と民主党に対する攻撃は検察の政治に対する流血テロであり、それに対して鳩山政権は検察が失血状態に陥るほどの報復を仕掛けるほかに生き残る途はない。「権力観が歪んでいる」のは谷垣であって鳩山ではない。

 第3に、実体論として、他の省庁と同様、法務省・検察庁・特捜部のあり方も抜本的な見直しの対象とならざるを得ない。まずは、

(1)取調可視化法の制定による検察の恣意的捜査や冤罪の危険性の防止、次に、

(2)政治資金規正法の改正による企業献金の全面禁止と、それと裏腹の「虚偽記載」を口実とした検察による安易な政治家抹殺のテロ行為の防止、さらに、

(3)西松事件に関する民主党の第三者委員会の報告が指摘していたように(INSIDER No.498など)、法務大臣による「指揮権の発動」の法的解釈の転換、引いては特捜部そのもののあり方ないし存廃、検察首脳人事の政治主導化など検察庁法そのものの見直し、

 などが喫緊の課題として浮上することになろう。「明治以来100年余りの官僚主導体制を打破する革命的改革」(小沢)、「無血の平成維新」(鳩山)に対する検察ファッショ的な「反革命」の無謀な試みである今回の暴挙に対して、鳩山政権は全面的に対決するのが当然で、検察は自ら墓穴を掘ったのである。▲

2010年1月11日

INSIDER No.530《HATOYAMA》後ろ向きに終わった「日米安保再確認」──10年前の沖縄への想いを振り返る(その3)

 96年4月に橋本・クリントンによる「日米安保再確認」宣言があって、それに対する異論というかオルタナティブとして同年9月旧民主党による「常時駐留なき安保」論の大胆な提起があった。それは突拍子もないことでも何でもなくて、米国の国防政策中枢においても"ポスト冷戦"の時代状況への適合と沖縄少女暴行事件の悲惨に象徴される沖縄での過大な基地負担への対応を計ろうとするそれなりに真剣な努力が始まっていた。

 しかしその米国側の動きは、東アジアにおける「勢力均衡=抑止力」という19世紀的な旧思考に足をとられた不徹底なものに留まっていて、沖縄県の「基地返還プログラム」やそれに学んだ旧民主党の「常時駐留なき安保」論は、まさにそこに切り込んでいって、日米が共に"脱冷戦"を果たすよう、日本のイニシアティブで米国を積極的に導いていくことを狙いとしたものだった。

 その意味で、「常時駐留なき安保」論が、ちょっとした思い付きというようなものでなく、96年当時の戦略的思考の磁場の中で思い切って前に出ようとする意欲的な問題提起だったことが理解されなければならない。そのことを示す当時の2つのINSIDER記事を以下に再録する。分量があるが、この問題に真面目に取り組みたい向きには我慢強く読んで頂きたい。

 大事なポイントは、アーミテージが言ったように「朝鮮半島情勢が緩和すれば在沖海兵隊は撤退すべきである」ということで、当時はまだその条件は熟していなかったが、今日ではまさにそれが可能になりつつあるという点である。「常時駐留なき安保」論は今こそ有効で、それこそが鳩山政権の普天間問題の日米再交渉の基礎でなければならない。

沖縄への想い(3)
INSIDER 1996年11月15日号より

米側から沖縄海兵隊撤退説も

 対日安保政策について米政府に大きな影響力を持つリチャード・アーミテージ元米国防次官補が、朝日新聞のインタビューに答えて「沖縄の米海兵隊は朝鮮半島情勢が変化すれば、少数の基幹要員を残して撤退すべきで、日本など西太平洋での米海空戦力の増強でそれを補える。撤退はまだ先でも、その計画作成から実施までは年月がかかるため、その再編成計画にいま取り掛かるべきだ」と、条件付きながらも"常時駐留なき安保"の方向を積極的に推進する考えを明らかにした(96年11月14日付)。<中略>

■アーミテージの提案

 アーミテージは、11月6日にワシントンで開かれた戦略国際問題研究所(CSIS)の「パシフィック・フォーラム」で沖縄海兵隊の撤退計画の作成に着手すべきだと講演した。そのフォーラムは非公開だったが、のちに朝日新聞がインタビューしてその内容を聞き出した。彼は上の引用に続いてさらに次のように述べた。

「単にすぐに撤退せよとは言わない。朝鮮半島問題が解決すれば沖縄の海兵隊はほぼ撤退できる。小規模な中核となる部隊は残るだろう。普天間飛行場の代わりに海上の飛行場を造れば、人員も少なくなる」

「(72年の)沖縄返還後、米当局者が近視眼的で、沖縄では本土の基地ほど騒音問題や地元民との関係に配慮せず、日本政府も関心が薄かった。多数の米兵が沖縄に集中するのは問題であることに同意する」

 ここでは、沖縄海兵隊だけに限定してのことではあるけれども、従ってまた「日本(本土)など西太平洋での米海空戦力」はかえって強化されるような言い方にはなっているものの、沖縄県民にとって圧倒的に大きな比重を占める悩みの種である海兵隊を、一部だけを残して撤退させ必要に応じて再展開させる、まさに"常時駐留なき海兵隊"に転換する方向が明確に指摘されている。

 それだけでも基地問題は大きく前進するが、しかし米政府が一旦、重要部隊の常時駐留なしでも米軍のアジア防衛態勢に支障はないという論理に踏み込んでしまえば、日本側としては、本土も含む他の基地についても1つ1つ、本当に常時駐留が必要なのかを俎上に乗せて交渉していくことに道が開かれる。

 在日米軍基地は、(1)北を向いた対旧ソ連の海洋核戦力の支援機能の名残、(2)朝鮮半島を向いた大規模地域紛争への前線配備、(3)アラスカから中東までユーラシア大陸南辺のどこにでも対応する主として海空兵力の戦略投入のための拠点、(4)日本が侵略された場合の対応----などのいろいろな機能が混然となっているが、このうち(1)はすでに事実上無用となっており、(2)は朝鮮半島情勢が緩和されれば必要がなくなる。沖縄海兵隊は日本側としては、主として(2)に対応し、同時に(4)にも対応していると受け止めていたが、アーミテージは(4)については全く考慮していない様子で(それはそうで、今どき日本に大規模上陸侵攻を企てる者があるとはどんな軍事専門家も想定していない)、朝鮮半島の緩和が進めば海兵隊は引けると判断している。(3)については、一定の機能が相当長期にわたって残ることが予測される。

■再確認と再定義

 アーミテージの発言は今のところ個人的なもので、米政府がそのような認識で固まっているとは言えないが、しかしいずれ米側からこのあたりに踏み込んでくることはだいぶ前から予想されたことであった。

 本誌はNo.347(95年10月1日号)でナイ・イニシアティブのスタッフの1人であるマイケル・グリーン防衛分析研究所研究員とのワシントンでの対話の様子を紹介しつつ要旨次のように書いていた。なお当時はクリントン訪日による安保再確認宣言は11月に予定されていたが、のちに延期されて96年4月に実現した。

▼ナイは毎日新聞のインタビューに答えて「日米安保体制を堅持しながら中国や韓国、他の諸国も含めた信頼醸成の場としての多国間協議体を発展させていきたい」と語っていた。そうだとすると11月に予定された日米安保"再確認"宣言は、単に再確認に止まっていいはずがない。冷戦後の東アジアの軍事情勢をどう捉えるか、とりわけ中国の脅威なるものをどこまで実体を伴ったものと見るのか、というところから始まって、中長期的に見た米軍のアジアにおける配置、日本自衛隊の防衛構想の再検討と縮小・再編の方策、そして彼の言う地域的な集団的安全保障の機構についての構想と手順など、広範な問題が検討に上らなければならない。

▼マイケル・グリーンは8月にワシントンで意見交換した際に、ナイ・イニシアティブはその点が曖昧だと私が指摘すると、「11月までが第1段階で、まず安保維持を再確認する。しかしそれは第2段階の始まりであって、そこでは今あなたが言ったような広範囲の問題を"再定義"することが検討されることになろう」と、ナイが二段構えで物事を考えていると語った。

▼しかし日本の政府・外務省はそのようにナイの真意を理解しているとは思えず、単に今まで通りに安保は続けなくてはいけないという後ろ向きの発想しか持っていないのではないか、そうだとすると11月の宣言は何の意味もないではないか、と指摘すると、グリーンは確かに日本の外務省を見るとそういう危険があるが、政治家にはもう少しちゃんと理解している人もいるはずだと期待感を表した......。<中略>

■外務省の迷妄

 ところが当時、日本の外務省は、沖縄の少女暴行事件をきっかけに安保見直しの議論が高まっていることを危惧して「再定義という言葉は安保見直しと受け取られかねない」と、これを再確認のレベルに止めることに躍起となった。その結果、4月の橋本・クリントン会談における日米安保再確認は、何十年も前から言われ続けてきた日米安保の片務性----米国は日本を守るが、日本は米国を守らないどころか、極東での米作戦に協力もしない----を若干改善して、例えば朝鮮有事の際に日本自衛隊が一定限度の支援を行うという、過去へ向かって安保を強化するだけのものとなり終わった。

 本来ここで外務省がやらなければならなかったのは----

(1)直前の米韓首脳会談で提唱された、朝鮮半島の休戦協定を和平協定に格上げするための南北米中の4者会談の枠組みを、次のステップとして日露を加えた6者に拡大させ、さらにそれを北東アジアの包括的な信頼醸成型の多国間安保対話のシステムへと発展させていく展望を示して米国に対して知的イニシアティブを発揮する、

(2)北朝鮮に戦争をやる気を起こさせないための努力を米国任せにしないで、日本としても独自にコメ支援や日朝国交交渉の再開はじめ半島の緊張緩和に役割を求めていく決意を明らかにする、

(3)そうした朝鮮半島の緩和の進展に応じて、日米安保体制とその下での在日基地のありかたの再検討についてこちらからメニューを提示してナイ・イニシアティブの第2段階に積極的に対応する、

(4)その中で特に沖縄については、沖縄県当局が発表している2015年までにすべての基地の返還を実現する「基地返還アクション・プログラム」をカードの1つとして、思い切った対策を要求する......

 といったことであったはずだが、そういった発想のかけらもないままに後ろ向きの再確認と付け足しのような普天間返還でこと足れりとしたのである。

 そのあたりの外務省の思考様式を典型的に表したのが、ナイ・イニシアティブおよび沖縄基地問題の日本側担当者となった田中均=北米局審議官が『中央公論』11月号に寄せた「新時代の日米安保体制を考える」である。

■対米追従の尻尾

 田中は冒頭で、「冷戦思考に基づく安保思考はこのさい捨て去ることがなにをおいても必要」とか「安保体制は未来永劫同一であるといったことはあり得るはずもない」とか、ポスト冷戦への適合の必要性を盛んに主張しているが、実際には彼の情勢認識は冷戦思考を引きずっている。

 彼は「アジア太平洋においても安全保障課題は構造的な変化を遂げている」として「地球規模の戦争の脅威はほとんど存在しない」と指摘しながら、「と同時に、地球規模の戦争の引き金となる恐怖により抑止されてきた局地的紛争の芽は依然として存在するばかりか、むしろこれが顕在化する危険は増えた」と、毎度お馴染みの、ソ連の脅威はなくなったが朝鮮や中国が危ないという"脅威の横滑り"論を展開する。

 これについては本誌はさんざん書いてきているから多くを繰り返さないが、第1に、冷戦時代に旧ソ連が日本に対して直接侵略する危険(それが本当にあったかどうかも実は疑問なのだが)と、朝鮮半島や台湾海峡で内戦が起こった場合に日本が間接的に受ける影響の問題を同レベルで論じるのはデマゴギーにすぎない。後者は基本的に(米国はいざ知らず)日本が軍事力を用いて対処する事柄ではありえない。よく言われる邦人救護やシーレーンへの脅威排除も、日本としては武力を用いて解決する方策を採らないという節度を保たなければならないし、まして難民救援は自衛隊の仕事ではない。

 第2に、局地紛争が顕在化する危険は増えたというのは間違いで、冷戦中も冷戦後もしょっちゅう世界中で行われていた内戦が、米ソが介入しなくなっただけ減って、米ソが管理しなくなっただけ増えているという程度の話で、冷戦後に特に増えたという訳ではない。湾岸戦争は、イラク側から見れば自分の領土であると主張するクウェートに対して行われた作戦であり、それに対して米ブッシュ政権が、サウジアラビアの石油を失うという恐怖心に加えて、ソ連という敵がなくなって困っていたところに都合よく出てきたフセインを"ヒトラーより悪辣な独裁者"に仕立て上げて国威発揚と選挙での再選を狙うという冷戦後遺症的な過剰反応を示したのでおおごとになってしまっただけで、本質的に"最後の冷戦"だった。クリントン政権も含めて米国もまた冷戦時代のマッチョ的な武力信仰から卒業し切れていないために起きている事象を捉えて、冷戦後は紛争が増えるなどと言うのは錯乱である。

 第3に、もっと直接的には田中は、朝鮮半島有事を頭に描いているようだが、それについては同じ『中央公論』のすぐ前に置かれた毎日新聞論説委員の重村智計の「"北"兵士侵入事件の正しい見方」および彼が同誌7月号に書いた「朝鮮半島"有事"はない」が正しくて、「米国はいまや北朝鮮と意思疎通ができる唯一の超大国」として、いかにして戦争を起こさせずに金正日体制を軟着陸させるかを戦略的に追求している。もちろん米国としては、その努力が破綻した場合の軍事的備えをするのは当然で、特にペンタゴンはその万が一の部分を受け持たざるをえないし、その場合に日本を適度に脅してこれまで以上の対米協力約束を引き出せればこんな有り難い話はないと考えるだろう。米国とすれば、北朝鮮との対話ルートを独占して米大企業の北への進出の実績を積み上げる一方で、日本や韓国の頭は抑えて抜け駆けをさせないという二重戦略を採るのが賢明なやり方で、外務省はまんまとそれに乗せられて、極東有事への日本の協力を求められて名誉なことだなどと考えているのである。

 日本としては、そのような米国の対日マインド・コントロールに引っかからずに、特に外務省としては外交面で朝鮮有事を起こさせないような北東アジアの環境を主体的に作り上げていくためのイニシアティブを採らなければならないが、田中の論文にその一番肝心なことは触れられていない。もちろん彼は、多国間の信頼醸成努力は大事だとは言っているが、それも、日米・日豪の2国間安保を基軸にアジア・太平洋における覇権を確保した上で、その補完的な手段として地域安保対話も認めるという米国の認識の枠組みを一歩も出るものではない。

 このような対米追随こそ冷戦思考の尻尾なのである。

■有事駐留はダメ?

 田中は、そのように安保堅持がいかに重要かを述べた後、結論部分では"常時駐留なき安保"を否定して次のように言っている。

「安保環境の一層本質的な整備と日本が米国とのきちんとした役割分担に基づく防衛協力を行い得る体制整備を行わずして、沖縄における海兵隊は不要であるとか、有事駐留がよいといった議論には、日本の安全保障という観点から見れば多くの問題がある」

「その最大の問題点は、合理的根拠がない米軍の撤退は抑止力の低下に繋がることである」

 また有事になれば戻ってくればいいという議論は非現実的で、普段から地形や基地に習熟し訓練を通じて即応能力を高めておかないと、突然本国から派遣しても役に立たないというのである。

 彼が一番言いたかったのはこの部分だろうが、しかしアーミテージが言うように、朝鮮半島危機が緩和されれば沖縄海兵隊は撤退する"合理的根拠"を得るのである。田中が書いているそばから、日本が頼りにしている対米パイプの要人からこういう発言が出てくるというところに、日本の哀れがある。

 朝日新聞96年11月12日付の連載「新政権への視点(下)」は「脱追従外交」と題して次のように述べている。

「日米安保再定義の作業は、日本が米国の要望にいかに沿うかを、外務・防衛官僚のペースで進めただけだった。日本の国益は何か、米国の国益とどこが一致するのか、日米安保は冷戦後も必要かどうかを見直し、日本の役割について『戦略的選択』を行う責任を、政治家が放棄してしまった」

 つまりここでも、従来の発想の延長でしか物事を考えられない"官主導"の外交・安保政策を、世の中の常識によって支配する方向へ転換するという課題が浮かび上がっている。朝日の記事は、「しかし、国会には新しい流れも生まれ始めている」として、"常時駐留なき安保"を選択肢の1つにすることを公約に掲げた民主党の鳩山代表の「米国の発想についていけばいいというのでは、米国から安心されるかもしれないが、それでは尊敬され信頼される国にならないのではないか」という発言を紹介している。

 その通りで、必要なのは、ワシントンと東京を共に不安に陥れた沖縄の大田昌秀知事のように、的確な情報に基づいて大胆に将来を見越した変革プランを提示して、21世紀への知的・政策的イニシアティブを発揮することである。▲


----沖縄への想い(3-2)
INSIDER 1996年12月1日号より

2005年に沖縄海兵隊撤退か
----朝鮮半島の緩和が前提

 前号で、日米安保・沖縄協議の陰のキーマンであるアーミテージ元国防次官補の「朝鮮半島情勢が変化すれば、沖縄海兵隊は少数の基幹要員を残して撤退すべきだ」という発言の意味を解析したが、その後も米側重要人物たちによる「朝鮮危機回避=沖縄海兵隊撤退」論が相次いでいる。ワシントンですでに1つのトレンドとなりつつあるこの論調は、決着が迫られている沖縄・普天間基地の代替ヘリポート問題に直接関わりがあるのはもちろんのこと、広く21世紀のアジアの安全保障システムをどう構想するかにも大いに影響がある。

●朝鮮統一は近いかも?

 まずそれぞれの発言とそれをめぐる報道を日付順に列記しよう。

(1)船橋洋一=朝日新聞北米総局長は11月19日付同紙に「日米双方に"海兵隊お荷物"感/海上へリポート案浮上の背景」と題した長いレポートで要旨次のように書いた。

▼普天間返還が難航すると、米軍の日本におけるプレゼンスのあり方への疑問を強めることになりかねない。米国は、日本国内における「米海兵隊をみんなで足蹴にする政治ゲーム」の登場に不安感を募らせた。

▼日米安保堅持派は「駐留海兵隊の数を減らさないことには安保が持たない」と主張し、"駐留なき安保"派は「駐留撤廃の第一歩」との期待を強め、安保破棄勢力は「海兵隊嫌いの感情を利用する安保空洞化」を仕掛け始め、"普通の国"志向の人々は「日本が米軍の肩代わりをする方向に持っていく好機」ととらえた。少なくとも米国の目にはそう映った。

▼自民党、外務省の中にさえ「基地縮小から米プレゼンスの縮小」を求める声が出始め、米国は、日本政府がそれに対し、説得力ある国民教育をしないだけでなく、むしろそれを放置しているのではないかと不安を強めた。

▼が、海兵隊の規模縮小をはじめとするプレゼンスの"合理化"を求める声は米側、それも日米安保を堅持しようとする立場の専門家からも聞こえ始めた。海上へリポート案の源流をつくったウィリアム・オーウェンズ退役海軍大将にしても、それを普天間基地代替案として強く進めたリチャード・アーミテージ元国防次官補にしても、いずれも将来の海兵隊のプレゼンスを考え直さざるを得ない、との点では意見が一致している。「朝鮮半島が統一したとき、いまのままの米軍プレゼンスを維持できるとは思わない。しかし、何らかの形でのプレゼンスを考えたとき、海上へリポートは1つの案として考えられると思う」
(オーウェンズ氏)

▼この間一貫して、米国の究極の関心は米国のプレゼンスのすごみ、ひいては米国の威信の確保にあった。ただ、それは同時に、日本での米軍のプレゼンスと日米安保が、長期的には海兵隊抜きの海軍と空軍主体の兵力構造へと徐々に進化していくことを図らずも指し示しているのかもしれない。もう1つ、沖縄の海兵隊の主たる駐留存在理由である"朝鮮半島有事"シナリオも南北統一の展開次第では、根本的に揺らぐ。沖縄基地問題に携わってきた米政府高官はヘリポートの"寿命"との関連で「朝鮮半島の統一は意外と近いかもしれない」とつぶやいたが、ヘリポートはそれまでの緊急避難措置だ、と聞こえた......。 

 この最後の部分は1つのポイントで、普天間代替基地の県内建設に難色を示してきた沖縄県の大田昌秀知事が11月23日、「一時的に県内に移設するものの、期限を切って撤去させる方法が可能かどうか検討する必要がある」と語ったのは、沖縄海兵隊撤退が意外に早いかもしれないことを考慮に入れての発言であることは言うまでもない。大田の知恵袋の吉元政矩副知事は8月上旬に本誌のインタビューに答えて「北朝鮮は、5年と言わずもっと早くカタがついて、米海兵隊は2000年までにいなくなると見ている。そんなに早くては我々の(経済自立)計画が追いつかないので、むしろ危機感を抱いている」と、3カ月後の米側からの撤退論の噴出を見越した発言をしていた。当時、外務省の関係者にその見解をぶつけたら「そんな馬鹿な」と言っていたが、情報収集と先の見通しについて外務省より沖縄県のほうがよほど上であることが実証されたことになる。

●元司令官の撤退論

 もちろん、現役のペンタゴン高官の発言は慎重で、軽々に撤退論など口にするはずがない。ジョン・ホワイト米国防副長官は21日、久間章生長官ら防衛庁首脳と東京で会談し、米国が来年取りまとめる4年ごとの国防政策見直しの中で「米軍兵力の近代化や兵力構成について、財政面を含め検討している」と説明し、しかし「日本やアジア・太平洋政策の変更は予想されていない」と強調した。しかし同じ日、米空軍は「地球規模の関与----21世紀の空軍ビジョン」と題した報告書を発表し「2025年までには紛争地帯への空軍力投入は主として米本土から行われるようになり、海外での空軍配備は削減されるだろうとの見通しを明らかにした。これに関連して、ウィドノール米空軍長官は25日、ワシントンで講演し「沖縄の嘉手納基地を含む海外の主要な米空軍基地の閉鎖は短期的には予想されない」と語った(21日および25日ワシントン発時事電)。

 逆に言えば、中長期的には予想されるということで、海兵隊に限らず海外駐留の米軍全体の思い切った本土撤退のシナリオが検討にのぼっていることを示唆している。

 次に注目すべきは朝日の軍事記者=田岡俊次の原稿である。

(2)田岡俊次=朝日新聞編集委員は、23日付同紙のシリーズ「漂う基地」第5回で「撤退論、海兵隊内部にも」と、次のように書いている。

▼クリントン大統領は再選直後から、最優先課題として"均衡予算"を掲げており、国防費の一層の削減が不可避となりそうだ。一方、海兵隊は今後装備の近代化に巨額の予算を必要とする。対艦ミサイルの発達で揚陸艦が陸岸に接近するのが危険となった今日、海兵隊は約90キロの沖合からの発進を可能とする特殊な近代装備を持たないと存在価値を失う。海兵隊司令部は予算増大に期待をつなぐが、沖縄の第3海兵師団参謀もつとめた軍事記者は「海兵隊は一応17万人の維持を言うが、内心では90年初期に一度言われた15万9000人以下まで後退することを覚悟している気配だ」と言う。若手の将校や退役将校の間では作戦や訓練の効率などの観点から、沖縄撤退論を唱える人も少なくない。

▼現海兵隊司令官チャールズ・クルーラック大将の父親、ビクター・クルーラック退役中将(元太平洋艦隊海兵隊司令官)もその1人だ。9月に全米で約60の新聞に載った同中将の論文は海兵将校たちを驚かせた。沖縄は悪天候に強い泊地が乏しく、訓練場も狭い。戦略上もベトナムのカムラン湾かオーストラリアに移る方が良い、との論だ。

▼米海兵隊機関誌「マリンコー・ガゼット」の編集長ジョン・グリンウッド退役大佐は「私も沖縄撤退論者だが少数派。当然多くの将校は現状維持派だ。いまの状況では急激な変化が来年決まる公算は小さいが、見直しの進展次第では、いま考えにくいことが起こるかもしれない」と見ている......。

 さすがに軍事記者は面白いところに目を付けていて、技術的な発展に応じて海兵隊に思い切った予算を付けて最新装備を充実させるか、逆に用済みとして撤退・縮小を進めるかの選択を余儀なくさせていることを指摘している。これに関連して、国防副長官も言及した来年の兵力構成見直しについて田岡は、「5月末までに国防総省による戦略や兵力の見直しが行われると同時に、議会が任命する9人の専門家による再評価も行われ、11月までに最終報告の予定だ」と述べ、その焦点は「従来通り中東と朝鮮半島で同時に大規模地域紛争の起きる場合に備える兵力を保持すべきか否か、だと米国防当局者たちは言う」と書いている。

 推測すれば、来年春までに朝鮮半島の危機回避の枠組みが確立しているとは考えにくく。そうだとすると来年の兵力見直しでは、直ちに沖縄海兵隊撤退の方針が盛り込まれることはない。しかし、逆にその4年後の2001年の見直しの時には、朝鮮の潜在危機が今のまま続いているとは極めて考えにくい。2000年前後に撤退が現実のこととなるという吉元の見通しは、いい線を突いていることになるのではないか。

●2人の大物の発言

(3)マイケル・アマコスト前駐日大使は22日ワシントンで、毎日新聞のインタビューに答えて次のように語った。

▼(4万7000人の在日米軍が将来削減される可能性について)数字自体に特別な意味はなく、安全保障は兵力規模に依拠するわけでもない。調整は可能だ。地域の状況によりけりで、北朝鮮をめぐる問題が解決すれば事態は変わる。

▼それでも東アジアでは日本ほど重要な同盟国はない。特に沖縄県のように大規模な兵力を前進配備する際は、その国や地域の政治的支持に配慮する必要がある。沖縄県民の痛みを除きつつ米国の安保機能の信頼性を保つという2つの課題を両立する必要がある......。

 ここでも、海兵隊を含む在日米軍の削減は朝鮮半島緩和の従属変数であるとの認識がはっきりと語られている。前大使はまた、日米防衛協力ガイドラインの見直しに関連して、「米国は日本が海外で軍事的役割を果たすことなど求めていない。米軍にとっては平時の後方支援が関心事だろう」と述べ、さらに朝鮮有事に当たっても「非武装地帯で軍事衝突が起きるか、大量難民が発生するかなど、危機の種類によって対応は異なる。が、米国民は同盟国に負担を求めるものだ。断定的に言えないが、後方支援分野の貢献が主になろう」と述べている。

(4)ジョゼフ・ナイ前米国防次官補は朝日新聞主催のシンポジウム「21世紀におけるアジアとの共生」に出席し、次のように語った(24日付同紙)。

▼2005年ごろ朝鮮半島から紛争がなくなる。朝鮮半島に米軍が残っているか否かは韓国政府の要請による。朝鮮半島は日本、中国という大国に挟まれている。大国の隣に住む小国は隣国に近づくのを望まず、ほかの大国に頼る。韓国は米国に何らかの形の同盟関係を保険として求めるが(米軍が撤退するかどうかは韓国がその後も)目先の脅威を感じるか、一般的な保険として期待するかによる......。

 このあと、出席者の1人であるリー・クアンユー元シンガポール首相が、米軍を「撤退させるのは、簡単に侵略できるという誤解を招く」として慎重さを要望し、さらに司会の船橋洋一が「米国のプレゼンスが陸から海に出ていく感じがする。普天間基地の代替地も海上ヘリポートになりそうだ」と発言したのに対し、ナイはこう述べた。

▼技術革新が非常に大きな要素となっている。兵員を長距離に展開することは可能になったと一般的にいえる。問題は心理的に安心できるかどうかということだ。これがリーさんの言ったジレンマだと思う。前進基地には2つの役割がある。戦う能力と、戦いを発展させないよう防止するという心理的な安心を与えることだ......。

●台湾海峡の緊張は?

 船橋はシンポの後の印象記で「朝鮮半島の緊張が『来世紀初頭には片付く』(ナイ氏)との見方が支配的になるにつれ、長期的には台湾海峡、つまり中国と台湾の間のアイデンティティと主権をめぐる葛藤が日中、米中、さらにはこの地域全体の緊張要因となるとの予感が広がっている」と述べた。

 問題は2つあって、1つは、確かに朝鮮半島危機は数年中に除去されるという見方は支配的になりつつあるが、それをどう確実にしていくかについての手順と枠組みを米中南北それに日露の間で確定することである。民主党の鳩山由紀夫代表は『文芸春秋』11月号の論文で次のように提唱している。

「まずいわゆる"極東有事"が発生しない北東アジア情勢を作り出していく。それが、沖縄はじめ本土も含めた米軍基地を縮小し、なくしていくための環境づくりとなる。私はそのような条件は次第に生まれつつあると考えている。すでに米韓両国からは、南北と米中の4者会談が呼びかけられている。その会談が成功を収めた後には、さらにそれをロシアと日本を加えた"6者協議"の枠組みへと発展させ、米中露日が見守る中で南北が相互理解と経済交流の促進と将来の統一をめざして対話を継続するよう促すのが現実的である。そして、その6者とは実は、日本海を囲む北東アジアの関係国すべてであり、朝鮮半島の問題だけでなくこの地域の紛争問題や資源の共同管理、多角的な経済交流などを話し合っていく場ともなりうるだろう」

 もう1つは、朝鮮半島が片付いたとしても、まだ台湾海峡が危ないから米軍撤退は時期尚早だという主張が米日にまたがって必ず出てくるだろうが、それをどう見ればいいかである。ナイはシンポの中で「わたしの提案は『台湾は独立を宣言しない』だけだ。そうすれば北京も台湾が国際的な場に出ることを容認できるだろう」と端的に述べている。これは全く正しくて、台湾が独立を強行したときだけ中国は武力を行使するだろう。だからまずそれをさせないことである。それ以外に、今年春のように中国が演習などの名目で軍事挑発を弄び、それが突発的な事態に結びつかないとは言えないが、いずれにしても国際社会は「台湾問題は中国の内政問題である」という原則に立って、徒にこれに軍事介入すべきではない。中国脅威論を過大に騒ぎ立て、米日がそれに軍事力を用いて対処しなければならないかの幻想は早めに除去しておく必要がある。

●戦略欠如の日本

 第2期クリントン政権がこれまで以上に中国に対して"積極的関与"政策を採ることは疑いがない。その関与の意味が、一方では米国が中国と地域安保面まで含めた政治的対話を重視し、さらに中国の軍事建設にも支援の手を差しのべて敵対性を除去していきながら、他方では特にコンピュータ、情報通信をはじめとしたハイテク市場としての中国の潜在性に着目して、対中貿易赤字を解消していこうとするところにあることは、マニラでのAPEC総会で明らかになった。米国の対北朝鮮政策も、そのような対中国戦略とパラレルなもので、米中韓で北を包み込むようにして軟着陸させることをすべてに優先している。そのこともまたマニラでの米韓首脳会談で明らかになった。

 他方、中国はAPEC直後に江沢民主席を初めてインドに送り、国境停戦ラインでの信頼醸成措置の強化について合意を達成した。中国は今年4月には、ロシアはじめ旧ソ連の中央アジア3国との間でも画期的と言っていい信頼醸成協定を結んでいる。他方、ロシアは先のプリマコフ外相の来日を通じて、北方4島の共同開発方式を提唱し、膠着している領土紛争へのバイパスを敷設する努力を見せた。

 北朝鮮も、図們江開発の推進に加えて、最近は、10月28日インドのニューデリーで開かれた国連アジア太平洋経済社会理事会(ESCAP)閣僚会議で決議された、釜山〜ソウル〜北朝鮮・羅津〜シベリア鉄道〜欧州と、同じく釜山〜ソウル〜北朝鮮・新義州〜中国〜モンゴル〜ロシア〜欧州という2つの汎ユーラシア横断鉄道の復元構想に事実上同意した。また、韓国の週刊誌が伝えるところでは、9月22日から3日間北京で開かれた「第2回東北アジア天然ガス・パイプライン国際会議」に出席した北代表は、ロシア・イルクーツクのガス田を中心とするシベリアの天然ガスを日本まで運ぶパイプライン計画について、初めて積極関与を表明し、パイプラインを中国経由、北朝鮮から板門店を通って韓国へ抜けるルートで建設するよう強く提案したという。

 東北アジアを1つの面と捉えて、多国間の安保対話機構と経済協力の枠組みを作る条件は熟しているのに日本にその戦略が不在である。▲

2010年1月 4日

INSIDER No.529《HATOYAMA》イチから出直しの普天間問題で米国と議論すべきこと──10年前の沖縄への想いを振り返る(その2)

 鳩山政権の普天間問題への姿勢の根底に、96年9月の旧民主党結成時に掲げた主要政策の1つ「常時駐留なき安保」論があることは、ようやく最近になって広く知られるようになった。この考え方は、結成時の理念・政策文書ではスローガン的に述べられているだけだったが、その直後、10月発売の『文藝春秋』11月号に鳩山由紀夫が「民主党/私の政権構想」を発表した中で、かなり詳しく展開されたちまち話題となった。

 その後、同党を政策面からサポートする研究会がいくつか組織され、そのうちの「安保部会」の主任を私が引き受け、前田哲男、小川和久、重村智計、田岡俊次ほか当代一流の軍事・外交研究者の参加を得て1年間ほど熱心な討論を続けたが、やがて98年春に旧新進党離党組がドッと合流して現民主党が"再結成"された際に、どうという議論もないまま「常時駐留なき安保」論が消滅してしまったので、その研究プロジェクトも立ち消えとなった。

 その間には、米国の対日安保マフィアの一員であるマイケル・グリーン(当時は米防衛研究所研究員)が東京に飛んできて私を呼び出して、「こんなことを民主党に言わせているのはお前か!」と詰問されたりもした。私は彼に、「米国がいつまでも軍事最優先の冷戦志向から卒業できずにポスト冷戦の世界に適応できないでいるのが問題で、このままで行けば、いずれ米国は軍事的に大失敗して、その結果、嫌々ながらにポスト冷戦への適合を強いられることになる。民主党はその先を見越して、2010年頃に否応なくやってくる日米安保の転換を考えているのだよ」というようなことを言ってやった。が、彼はまだよく理解できない様子だった。

 さて、以下は、その鳩山論文が出た直後のINSIDER記事で、彼の「常時駐留なき安保」論が出てくる背景を解説したもので、当時の私を含めた旧民主党周辺の議論の様子が伝わるかもしれないと思い再録することにする。なおこの中で私が普天間の嘉手納空軍基地内への移転について「とんでもない話」とハナから否定しているのは、当時の議論の中では、小川も書いているように、嘉手納基地の返還を実現してそれを「基地なき沖縄」の経済再生の中核としようというのが「常時駐留なき安保」論の目玉と位置づけられていたからである。現在の私は、普天間問題がこじれにこじれて事ここに至って、米海兵隊のグアム全面移転が実現するまでの暫定措置として普天間代替施設を県内外に作るという場合に、嘉手納空軍基地もしくは隣接の嘉手納弾薬庫も有力候補の1つと考えている。

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沖縄への想い(2)
INSIDER 1996年10月15日号より

波紋を呼ぶ民主党の防衛論
----沖縄米軍基地問題も新次元へ

 鳩山由紀夫=民主党代表が『文芸春秋』11月号の論文で、「私見」と断りながら打ち出した安保・防衛論が日米防衛当局に興味深い反応を引き起こしている。

 同誌発売翌日にあたる11日の閣議後の会見で臼井日出男防衛庁長官は、自衛隊を2010年の段階で「国土防衛隊」「国際平和協力部隊」「災害救援部隊」に3分割するという鳩山の構想について、分割は機能低下につながり、またそれらを統括する新たな行政組織が必要になり非効率だとして「賛成しかねる」と述べた。また自民党の加藤紘一幹事長はそれについて感想を求められて「2010年とかの話であり、その時に国際情勢がどうなっているか分からない」と、必ずしも無碍に否定しない態度を明らかにした。

 他方、ワシントンからの情報によれば、鳩山が2015年までに沖縄のすべての米軍基地の返還を実現するとの沖縄県の「基地返還アクション・プログラム」を支持する立場から、橋本首相の基地との共存を前提にしてカネで物事を解決しようとしている姿勢を批判し、さらに沖縄・本土の基地問題を根本的に解決するため「常時駐留なき安保」への転換を進め、2010年には日米安保条約も改定して日米関係を新次元に引き上げると主張していることに、ペンタゴン筋はすでに注目し、そのような鳩山の考えが出てきた背景やその今後の政治的影響力について調査を開始したという。

■ナイ・イニシアのその先

 ペンタゴン自身、いわゆるナイ・イニシアティブに基づく昨春の「日米安保強化宣言」が、当面の朝鮮半島有事に備えて日本から一層の協力を引き出すために現存の日米安保条約の枠内で共同作戦態勢を強化することを目指したものにすぎないことを、よく認識している。しかし、今後3〜5年以内に朝鮮の潜在的な危機がコントロール可能なレベルにまで低下した場合には、一転して、朝鮮対応を主任務とした在沖縄海兵隊のグアム以東への撤退をはじめとして「アジア駐留10万人態勢」の再検討が課題になるのは当然で、その言わば"ポスト・ナイ・イニシアティブ"についてもペンタゴンはすでに準備を進めている。

 沖縄の「基地返還アクション・プログラム」は実は、同県として独自の"対米外交"を積み重ねてくる中で、そのようなペンタゴンの動きについても情報を入手した上で、米国にとっても十分に検討に値する実現可能なプランとして策定されたものである。大田知事の知恵袋と言われる吉元副知事は8月に本誌に対して「朝鮮問題は5年と言わずもっと早く片が付いて、米海兵隊は2000年までにいなくなると見る根拠を持っている。そんなに早くては我々の(経済自立の)計画が間に合わないので、(ゆっくり順を追って撤退して貰いたいという意味で)2005年から3段階でというプログラムを出した」と説明している。

 東京の外務省や自民党は「日米安保は永遠なり」という幻覚に囚われているので、この沖縄の計画を「夢みたいなことを言うな」と一笑に付し、基地問題の抜本解決を図ることなく補助金を増額することで沖縄県民を黙らせる方策を採ろうとしている。ペンタゴンは沖縄のプログラムに一定の現実性があることを知っているが、もちろんそれを口にすることはなく、また外務省・自民党の認識の誤りを正すつもりもない。彼らを「安保は永遠なり」という幻覚の中に閉じこめておく方がマインド・コントロールが容易であり、従ってまた米国の言いなりに思いやり予算その他の協力を引き出す上で便利だからである。ところがそこに、どうもそのマインド・コントロールに引っかかりそうもない有力政治家が出てきた。それがペンタゴンが鳩山の言説に注目した理由と考えられる。

 もちろん鳩山の論は党内の十分な議論を踏まえたものではないし、それにそもそも民主党が今後どれほどの力を持ってその政策を実行に移そうとするかは全く未知数である。しかし、現状の延長上ではなく、2010年段階の日米関係と安保・自衛隊のあり方を問題にするというその発想が、ポスト・ナイを模索するペンタゴンの戦略立案者たちのどこか琴線に触れたのは確かだろう。

■2010年の問題

 米国にとっては、朝鮮危機が去った後には「10万人態勢」の再検討と部分的縮小に着手するのは自明のことである。恐らく2010年を超えてその態勢が維持されることはないと見るべきだろう。残される問題はたぶん3つで、第1は、中国の"軍事的脅威"をどう評価し、対応するかである。仮に朝鮮に大規模武力介入する必要が大幅に減じたとしても、中国が軍事大国として振る舞い、とりわけ台湾に攻撃を仕掛ける可能性があり、しかもその場合に米国が地上部隊の派遣も含めて台湾を徹底擁護するというシナリオを描くのであれば、沖縄の海兵隊は当分の間いなくなることはない。

 ペンタゴンが本当のところ中国をどう考えているのかは定かでないが、少なくとも、米国の雑誌がしばしば面白半分に書くような、中国がまもなく(いや既に!)世界第2の経済大国になり、その巨大な軍事力を梃子にアジアを支配しようとしているなどというお伽噺を信じるほど非現実的でないことは間違いない。

 台湾問題は本質的に中国の国内問題であり、中国が台湾に本格的に軍事力を行使することがあるとすれば台湾が一方的に独立を宣言した場合だけである。しかし台湾はもちろんそれを熟知しているから、そういうバカな真似はしない。仮に誤解の積み重ねで中国が暴発したとしても、中国が本当に台湾軍を撃破して上陸侵攻するだけの能力を持っているかどうかはかなり疑わしい。また仮にそのような事態となっても、かつてのような「自由の守護神」=米国ならいざ知らず、中国本土の巨大な潜在マーケットに21世紀の戦略照準を合わせている今のワシントンが、おっとり刀で兵を送るとは考えにくい。

 しかしいずれにしてもペンタゴンと米政府が中国を本音でどう見ているかが1つの問題である。

 第2には、沖縄・本土の米軍基地の二重性の問題である。在日基地には、日本への直接侵略を含めて東アジアの地域紛争に即応するための前線配備という10万人態勢の一部としての機能と、それとは差し当たり関係なく、米国が世界的な軍事的リーダーであり続けるための総合的な戦略基地としての機能とがあり、前者は現実的な危機がレベルダウンすればグアム以東に撤退可能だが、後者は米国が軍事覇権思想を放棄しない限りなくならない。

 小川和久は『世界』11月号の「嘉手納基地を民間ハブ空港に」で、次のように書いている。

「日本列島はアメリカが世界的リーダーシップを維持するために不可欠の戦略的根拠地を形成している。在日米軍基地はもともと、第7艦隊と第3海兵遠征軍の任務区域であるハワイからアフリカ最南端までの間で行動する米軍を支える位置づけにあり、それだけの戦略的機能が置かれ、日本国民の税金で維持・防衛されてきた」

 この維持・防衛のために日本国民が負担している金額は95年度で5兆円にのぼる。このうち在日米軍経費は6257億円にすぎないが、これと一部重複する防衛費4兆7000億円で支えられる自衛隊は、米側から見れば在日米軍基地の防備のための戦力だからである。

 実際、10月10日付『朝日新聞』が報じたところでは、9月の米軍のイラク攻撃に際しては、三沢空軍基地のF16戦闘爆撃機がサウジアラビアに移駐してミサイル攻撃に参加し、第7艦隊の空母カールビンソンを核とする戦闘群が6月横須賀で補給してから湾岸での任務に就き、嘉手納基地のKC135空中給油機がグアムからイラク爆撃に向かうB52爆撃機に給油し、神奈川県の米陸軍相模補給廠が非常食を送り、東京の横田空軍基地からはC9医療用輸送機1機と医療チーム44人が派遣された。さらに嘉手納からは10月にF15戦闘機18機がサウジに派遣される。

 在日米軍基地は、すでに「極東」の範囲を遥かに踏み越えて、世界大での米国にとっての有事への即応のために使いたい放題に使われており、それを歯止めなく容認することが日米安保強化宣言の意味だったとするなら、確かに外務省の言うとおりで基地は永遠に返ってくることはない。

 そこで、2010年の問題の1つは、日本人は多大の出費と基地被害に耐えて今後とも米軍の勝手な戦略行動を支え続けることに同意するのかどうか、ということである。イラク攻撃が、クリントンの大統領選挙目当ての火遊びだったことは、世界の人々に知れ渡ったことであり、こういうことのために日本が間接的にでもコミットすべきかどうか、明確な国民合意が必要である。他方、米国民にとっては、このような"世界の警察官"ぶりっこをいつまでも続けるつもりなのかどうかを自問することが求められる。

■地域安保か米覇権か

 そのことにも関連する第3の問題は、21世紀の安全保障の基本的な枠組みを、OSCE(全欧安保協力機構)タイプの地域的な安保対話をベースに考えるか、米国中心の2国間軍事同盟が引き続き中心だと考えるか、ということである。

 本誌No.367「綱引きする2つの安保観」が指摘しているように、ヨーロッパでは、地域に存在するすべての国々が1つのテーブルに着いて信頼醸成・紛争予防・軍縮について話し合い、武力を用いることなく紛争を解決していこうとするOSCEが次第に役割を増大させつつある一方で、冷戦の遺物である米国主導の敵対的軍事同盟であるNATO(北大西洋条約機構)が任務を再定義しながらも引き続き存在して、相互補完しつつもせめぎあいを演じている。米国や英国の考えは、やはり最後は軍事力がものを言うのだからNATOが主であってOSCEは従の役目しか果たせないというにあるが、果たして米国は21世紀を通じてそのような考えを変えるつもりはないのかどうか。

 同じことはアジアでは、ASEANが主導する安保対話の新しい枠組みであるARF(ASEAN地域フォーラム)の努力と、米日・米豪の2国間軍事同盟の強化で引き続きこの地域に覇権を確立しようとする米国の思惑との綱引きとなって現れている。米国はARFや、それに学びながら北東アジアでも同様の安保対話枠組みを作り出そうとする韓国政府や鳩山=民主党を含む日本の一部の流れを、決して否定はしないが、そのような努力はあくまでも従であり、米国中心の2国間軍事同盟の強化が主だという立場である。

 冷戦時代の数多くの米主導の軍事同盟の中で今も残っているのは、アジア・太平洋では米日、米韓、ANZUS(豪・ニュージーランド・米3国軍事同盟----ニュージーランドは脱退)だけで、そのうち米日・米豪の同盟を米国は弱めるどころか並行的に強化して、これを事実上の新しい3国軍事同盟JANUSに仕立て上げようとしていると言われている。

 この地域安保対話システムと米主導の軍事同盟とは、ヨーロッパと同様アジアでも、少なくとも一定期間併存して補完し合いつつ競い合う形にならざるをえないが、長期的に見てどちらが主流を占めるかと言えば前者である。その考え方と米国およびそれに追随する日豪政府との間に横たわるのは、煮詰めれば、紛争解決の手段として武力を用いないと決意するか、いやそれは遠い理想で現実にはやはり最後は力が物を言うと主張するかの思想的な対立であり、その決着が2010年頃には訪れてくることになろう。

 鳩山は明確に前者の立場をとっており、米軍基地の返還を可能にするようなアジアの紛争防止・信頼醸成の多国間安保対話のシステムをどう作り上げていくか、また本質的に冷戦の遺物である日米安保条約を21世紀のより対等で生き生きとして日米関係にふさわしいものにどう発展させていくかが、外交・安保政策の中心課題だと述べている。

■嘉手納のハブ空港化

 ところで、鳩山は文春で「県民に"基地との共存"を強要した上で、金で済むことならいくらでも出しましょうということでは、沖縄の人々の夢は決して現実のものとはならない」と、自民党の取り組みを批判しているが、小川も前掲の世界論文で次のように書いている。

「沖縄米軍基地問題の焦点となっている普天間飛行場の代替ヘリポートについて、嘉手納飛行場統合案、キャンプ・シュワブ沖合い埋め立て案に加え、......海上ヘリポート案が提示され......検討が開始された。だがこの3案には致命的欠陥がある。米軍基地の整理縮小と沖縄振興策の双方が、整合性をもって構想されていない点だ」

 その通りで、とりわけ嘉手納統合案は、沖縄の基地返還プログラムと経済自立のための構想との表裏一体性を何も理解していない愚劣な案である。というのは沖縄のプランの核心は、現在でも3650メートル滑走路が2本あり、2043ヘクタールという広さから言ってあと2本ほどは増設可能な嘉手納飛行場を、全面返還が無理なら有事駐留に切り替えて平時は民間空港として使えるようにし、「アジアを代表するハブ空港」(小川)にすることによって、沖縄フリーゾーン構想や国際都市構想の目玉とするところにある。その嘉手納に普天間の代替機能を持っていくなどとんでもない話である。

 この嘉手納のハブ空港化は、沖縄だけでなく日本全体にとって実は切実な問題である。恐らく2010年頃までには太平洋横断5時間のスーパージェットが就航する。北米側はたぶん大陸のど真ん中にある親切のデンヴァー空港が起点になるだろうが、それがアジアのどこに降りて太平洋の航空幹線が形成されるかがまさに大問題で、すでに新ソウル空港はじめ香港のチェクラップ空港、上海浦東新空港などが名乗りを上げている。いずれも2000年前後に3750〜4000メートル級滑走路を1本は完成し、最終的に4000メートル級を4本を作ろうという大きな計画で、4000メートル1本の成田などとっくに候補から外れている。

 ということは、21世紀の太平洋航空幹線はデンヴァーとソウルもしくは上海あたりで大拠点ハブが形成されて、日本全体はそれに対してローカルな位置に置かれることがほぼ確定しているということである。運輸省は、成田と中部新空港と関空とをリニアで結んで3つで1つ分ということで何とか日本が外れないように出来ないかなどと議論しているようだが、まったく話にならない。日本に残された唯一の可能性は、嘉手納の少なくとも平時民用化を実現してそこに東アジアの拠点ハブを誘致することである。

 別にハブが国内になくても特に不便はないかもしれないが、情報通信でも金融でも音楽でもすでに日本がアジアのセンター機能を持ち得ないことが確定的である中で、せめて航空運輸のハブ機能くらいは持つべきではないか。しかもそれが沖縄の経済発展にとっても決定的な意味を持つことになる。

 嘉手納を21世紀のハブ空港にという構想は、沖縄では以前から論じられており、例えば95年2月の『琉球新報』では沖縄経済同友会の町田宗彦常務理事が「21世紀の沖縄を創るために」の3回連載で、嘉手納基地は県民にとって最大の財産であり、これをハブ空港化することが沖縄の生きる道であり、また広く日本全体の利益にもかなうことだと詳しく論じている。

 こうして、沖縄米軍基地問題を軸として、日本の外交・安保政策における2010年問題はすでに始まった。『世界』11月号で「平和国家日本の力が試されている」を書いた高嶺朝一=琉球新報編集局次長は「これまでのように米国にすべておまかせというわけにはいかない。......ポスト冷戦の時代にふさわしい構想力を」と訴えている。▲

2010年1月 2日

INSIDER No.528《YEAR 2010》2010年の世界と日本・その2──日米安保条約、次の50年?

●普天間決着

 日米安保条約は1月19日、当時「新安保」と呼ばれた1960年の条約改定から50周年を迎える。本質的に冷戦時代の"敵対的軍事同盟"の名残である安保をそのままにしておいていいはずがなく、東アジアの環境変化とりわけ朝鮮半島の緊張緩和の兆しがはっきりと現れてきたという客観的条件と、日米が共にチェンジを掲げる新政権を持ったという主体的条件とがクロスする今年、たまたま安保50周年の大きな節目が訪れてきた訳で、これを機に21世紀的な日米関係と安保協力のあり方について全面的な見直しを始めるのが妥当だろう。普天間海兵隊ヘリ基地の移転問題の見直しは、そのための絶好の入り口と言える。

 その意味では、鳩山政権が、「年内に決着しないと日米同盟は危機に陥る」という守旧派官僚・マスコミ挙げての恫喝に屈することなく、約半年間をかけて辺野古以外の可能性を一から検討する方針を打ち出したのは賢明だった。しかもそれを米国務省が「我々としては現行の辺野古移転案が最上だという立場に変わりはないが、日本が新政権移行に伴う困難を抱えていることは理解しており、引き続き日本と緊密に協議していくつもりである」(22日クロウリー次官補発言要旨)と冷静に受け止めようとしているのは、10月に来日したゲーツ国防長官が怒声をあげて鳩山首相らに現行案丸呑みを迫った粗暴な態度と比べれば、米国の姿勢の大きな前進である。

 日本としては、あくまで在沖海兵隊のグアム全面移転の可能性を探究すべきで、鳩山が26日のラジオ収録で「抑止力の観点からみて、グアムにすべて普天間を移設させることは無理があるのではないか」と述べたのは、全く余計なことだった(と本人も気づいたようで、翌日発言を若干修正し、また29日に開かれた与党代表による検討委員会でもグアムの可能性を排除しないことになった)。

 繰り返すまでもなく、現行案とは、第3海兵遠征軍の本隊である第3海兵師団約8000人(と言っても実は米本土から6カ月交替で訓練のため送り込まれてくる部隊の定員枠)と併せて、主要な司令部機能(遠征軍と師団の司令部、普天間のヘリと岩国の戦闘機を動かす第1海兵航空団の司令部、砲兵連隊と後方群の司令部を含む)をグアムに移転する一方、第31海兵遠征隊を中心とする約5000人を引き続き沖縄に残し、その部隊が使用するヘリ部隊の発着のために普天間に代替する新基地を辺野古に建設するというものである。

 そこで日本として順番に米国に問うべきことは......、

《問1》冷戦終結後に米軍内部で「海兵隊廃止」論が高まったことがあったが、この議論はすでに消滅し、近い将来に渡って再燃することはないのか。海兵隊そのものが不要ということになるのであれば、これから5〜10年の年月と1兆円にも上ろうかという費用をかけて新基地を建設すること自体が意味のないことになる。

《問2》仮に海兵隊は存続するとして、主として「第2次朝鮮戦争」とも言うべき大規模陸上戦闘が起きた場合に水陸両用で敵前上陸強襲作戦を敢行することを想定して沖縄にこう移築してきた「前方配備=緊急展開」態勢は、朝鮮半島の緊張緩和の流れを含むこの地域の戦略環境の変化と、米軍の遠隔投入能力の飛躍的向上を考えると、もはや時代遅れなのではないか。

《問3》朝鮮戦争の可能性が限りなくゼロに近づいたとは言っても、台湾有事の可能性はまだ残ると言う人がいるが、仮にそうだとしても、台湾海峡危機の際には、米第7艦隊が介入することはあったとしても、海兵隊が陸上戦闘に加わるというシナリオはあり得ないのではないか。

《問4》朝鮮有事も台湾有事もほとんどありえないとしても、特に第31遠征隊には対テロ作戦や在外米人救出作戦の機能もあるので駐留は必要だと言う人がいるが、そのような事態は北東アジアだけでなく東南アジアでも起こりえて、東南アジアの場合には沖縄にいるよりもグアムにいるほうが近くて便利ではないのか。

《問5》仮に、それでもいいから沖縄に駐留したいという場合に、陸上部隊とヘリ部隊は沖縄に、戦闘機と空中空輸機は岩国に、ヘリ空母艦隊は佐世保にバラバラに分かれていて、しかも本隊司令部はグアムにあるという4個所分散配置は運用上不便ではないか。全部をグアムに統合配置する方がかえって即応力は高まるのではないか。

《問6》それでもなお第31遠征隊を沖縄に残すとして、それは、既得権益の維持という惰性のためでないとすれば、何のためなのか。「抑止力」のためだと言う人がいて、鳩山もコロリそれに乗せられたりしているけれども、誰の何の意図にたいする抑止力なのかを明らかにすることなくその言葉をオマジナイのように唱えて済むような時代は終わったのではないか。

《問7》以上すべてに合理的な説明が与えられて、現行案通り辺野古移転が再決定され、グアム移転と辺野古基地建設の新規費用及び既存基地維持のための「思いやり予算」の負担を沖縄県民を含む日本国民が納得したとしても、時間という要素がある。防衛省が行った辺野古移転の環境アセスメントは、現在辺野古にいる主力ヘリCH-46とCH-53などがそのまま移転するかの誤った前提で行われており、完成時に配備されると見られるMV-22オスプレイ垂直離着陸輸送機はCHヘリに比べて4〜5倍のエンジン出力を持っているので、少なくとも騒音調査については初めからやり直さなければならず、それから着工したとして今から5〜6年先になるだろう。増して、辺野古以外の県外移設の場合はまず地元理解を取り付けて、それから環境アセスを始めるのだら、巧く行って8〜10年後である。その間にアジアの戦略環境はもっと大きく変わっていて、海兵隊の存在理由や沖縄駐留の根拠も薄れている公算の方が大きいのではないか。

 このように日本は米国との議論を進めるべきであり、今年5月までという期限を考えると、米国が「分かった。全部グアムに移転しよう」と納得する可能性は少ないとしても、それについて引き続き協議を続けることに同意してその枠組みを作りさえすれば、その協議がなるまでの間のあくまで「暫定措置」として、費用も時間もかからない形での普天間移転先を見つけるのはそう難しいことではないのではないか。私の意見では、嘉手納空軍基地への併合、もしくは嘉手納弾薬庫の改造が早道である。[続く]▲

2010年1月 1日

INSIDER No.527《YEAR 2010》2010年の世界と日本・その1──チェンジはいいとして、その行き先は?

●政権交代後

 米国ではオバマ大統領が政権発足から1年10カ月後の11月2日中間選挙で、日本では鳩山首相が同じく10カ月後の7月参議院選挙で、共に政権交代後初めての選挙を通じて国民の審判を受ける。2人ともが、過剰なまでの大きな期待を担ってチェンジを果たしたのはいいが、内外にわたる難題の山に足をとられて政権運営は思うに任せず、当初70〜80%に達していた支持率も50%を切るという先行き不安の中で選挙を迎えることになるわけで、オバマは残り9カ月、鳩山は6カ月の間に何をどこまで達成すれば選挙を政権浮揚のきっかけにすることが出来るのか、厳しい試練に直面する。

 オバマにとって最大の難関はイラクとアフガニスタンである。彼は、大統領選中から「イラクは早期撤退、アフガニスタンは兵力増強」と言っていて、就任後、その通りの策を打ち、イラクからは8月にすべての米戦闘部隊が撤退する一方、アフガニスタンには春以降に3万人を増派する。

 (1)両方が巧く行って、イラクでは米軍が撤退しても内乱状態が深刻化せず、アフガンではタリバンとアル・カイーダの掃討がある程度でも成果を上げながら中間選挙を迎えることが出来ればベストだが、(2)どちらか1つでも巧く行けばベター、(3)両方巧く行かなければワース、(4)アフガン増派に強く警告しているアル・カイーダが米本土か出先の米大使館などに大規模な報復テロを仕掛ければワースト----ということになる。

 しかしアフガンの泥沼から脱するのは容易ではない。ホワイトハウスでは、09年9月から2カ月間、あくまでアフガン本土での内戦に介入し続けてタリバンを鎮圧するというゲーツ国防長官と、そんな成算のない目標は諦めて無人爆撃機と特殊部隊でパキスタン北部を拠点とするアル・カイーダを壊滅させることに集中すべきだとするバイデン副大統領との間で、激しい路線論争が展開されたが、オバマは結局、その両方を追求することにした。これでは、ブッシュ時代の誤りを継承しただけで、何の出口戦略にもならない。

 第1に、タリバンは単なるゲリラではなく、数千年の歴史を持つパシュトゥン人社会に根ざした宗教的集団であって、これを軍事的に壊滅させることなど出来るはずもなく、どこかで米国の傀儡であるカルザイ政権との妥協・和解を図らざるを得ない。第2に、その場合に肝心のカルザイ政権がしっかりしていて、少なくとも国土の半分以上を実効支配して国民の大半から支持を受けていなければ話にならないが、昨夏大統領選での大掛かりな不正選挙で内外からの信頼を失った上、政権内部の腐敗・堕落もあってすでに半壊状態で、国家再建の軸となり得ない。第3に、仮にアフガン国内を鎮めても、パキスタンにアル・カイーダが拠点を構えていることに変わりはなく、そこに特殊作戦を集中させたとしても、そもそも国際テロ集団は地理的存在でないから、北方の「ユーラシア暗黒回廊」を通じてどこへでも移動して相変わらす米本土へのテロ攻撃を企画し続ける。

 『ニューズウィーク』12月30日/1月6日号でシカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授が指摘するように、アル・カイーダと手を切ることを条件にタリバンと妥協し、米軍を完全撤退させることが唯一の合理的な解決策だったが、オバマはすでにその転換のタイミングを失ってしまった。

 他方イラクでは、スンニ派武装勢力の攻撃はいよいよ激しく、米兵や市民の犠牲は増えているし、クルド族の独立志向も抑えがたくなっている。このまま米軍戦闘部隊が撤収を始めれば、シーア派中心の政権と3者入り乱れての内戦が広がるのを避けられそうにない。つまり、上記の(3)イラクもアフガンも巧く行かないまま中間選挙を迎える公算が大きいということである。

 さて、「核のない世界」へのオバマのイニシアティブは、09年4月のプラハでの理想主義的な演説と12月のノーベル平和賞授賞式での現実主義的な演説との間のギャップが批判の的になっているが、それは的外れというもので、中長期の核廃絶と、米国にとって差し迫った最大の脅威である米本土に対する「核テロ」の危険除去という問題とは、区別と統一において捉えなければならない。この絶対矛盾の自己同一が米国をして、北朝鮮との2国間協議を通じた融和に走らせるのである。

●米朝対話

 09年12月のボスワース訪朝で始まった米朝2国間対話は、2010年を通じてかなりのテンポで進展するだろう。さしあたりは、米国が乗り出して北朝鮮を6カ国協議に復帰するよう説得するという形となっているが、北の側からすれば米朝2国間協議が最も本質的であって、それが継続的に行われるのであれば6カ国復帰もやぶさかでない。と言うよりも、米朝の間で38度線の「休戦協定」が「和平協定」に置き換えられて国際法的な"戦争状態"が解消されれば、北が核兵器を開発しなければならないと思い詰める理由が消滅してしまうのだから、それが一番の早道である。

 米朝2者で基本合意が成れば、それプラス中韓の4者で和平が結ばれて緊張緩和と信頼醸成の一連の措置がとられ、それを背景に南北の経済交流と米朝の国交樹立交渉が本格化する。恐らくオバマは政権第1期の内に米朝国交まで漕ぎ着ける腹である。それは、彼が平和主義者であるからでも何でもなくて、米国にとっての「北の核の脅威」とは第一義的に北の核弾頭もしくは放射性物質がテロリスト集団に売り渡されて米本土への核テロに使用されることであって、それを予防するには軍事的手段よりも外交的手段の方が有効であることが自明だからである。

 日本は、拉致問題をすべてに最優先するという姿勢をとる限り、この流れから落ちこぼれる。もちろんこの問題は重大な人権のみならず日本の国家主権に対する侵害であって徹底的な追及・解明が必要であるけれども、『週刊東洋経済』12月26日/1月2日号「日朝関係は改善するか」が言うように、「拉致問題の解決とは具体的に何なのかが誰にもわからない」まま、それ抜きにはどんな交渉も許さないという世論がまかり通り、従って政府も「国交正常化交渉に入るための条件・定義は何か」を明示できないでいる。これでは二進も三進も行かない。

 米国は(中国も)、このように日本が身動きが取れなくなった直接の原因は、北が出してきた横田めぐみさんの遺骨を科学的な根拠なしに早々に「偽物」と断定してしまったことにあると見ていて、以前から日本政府に対して「米国の最新技術で再鑑定したらどうか」と申し出てくれている。9・11事件の遺体処理の過程で高温で燃えてしまった遺骨のDNA鑑定の技術は格段の進歩を遂げていて、それを用いれば、より精密な鑑定が可能となる。が、日本は、それでもし「本物」という結果が出たらエライことになるとしてこれを断ってきた。

 鳩山政権の外交政策の中で対北朝鮮関係の優先順位は高くないようだが、米朝関係が進展する中でこのままジッとしているわけにもいかず、何らかの積極的な打開策を打ち出さなければならないだろう。私の考えでは、(1)まずめぐみさんの遺骨の米国による再鑑定を受け入れる、(2)その結果次第ということもあるが、現状で判明する限りの生存する拉致被害者の帰国を実現する、(3)さらなる実態調査と真相解明は国交樹立後に国交のある国同士の警察当局の捜査協力(場合によっては第三国も入った国際調査委員会)に委ねる----しかないのではないか。[続く]▲

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