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INSIDER No.522《HATOYAMA》スパコンで"世界一"になるとはどういうことか?──現行の「京速計算機」開発事業は見直して当然

 鳩山政権=行政刷新会議による事業仕分け作業の中で、理化学研究所が中心となって進めてきた次世代スーパーコンピューターの開発にストップがかけられたことに非難が集まっている。とりわけ、その仕分け人である蓮舫参院議員が席上、「(スパコンの性能が)世界一でなければならないのか」という趣旨の発言をしたことに対して、「科学技術立国を目指す日本が世界一を目指さなくてどうするのだ」といった感情的とも言える非難が集中し、ついにはノーベル賞受賞者の長老6人が揃って鳩山首相を訪ねて苦言を呈するといった騒動にまで発展した。

 が、一体これらの非難や反発は、日本のスパコン開発戦略のお粗末な実態を知った上でのものなのかどうか。日本が科学技術の研究開発を重視すべきであること、その特に基礎研究部門には試行錯誤も無駄も付き物であることは当たり前な話で、そのこと自体を否定する者は恐らく誰もいないだろう。それと、当該の次世代スパコン「汎用京速計算機」の開発計画をそのまま続けるべきかどうかは全く別次元のことで、スタート当初から在野の専門家によって「スパコンの名を借りた公共事業」「戦艦大和」(池田信夫)、「国費の浪費」(能澤徹)などと酷評されていたこのプロジェクトを、しかもそのアーキテクチャーの中心だったNECが経営不振を理由に今年5月に撤退を表明したことでこれまで2年間を費やした基本設計と詳細設計を見直さなければならなくなって、まさに戦艦大和が完成前に浸水して傾いてしまったような有様になっているものを、何が何でもがむしゃらに進めるべきかどうか。よほど落ち着いて考える必要があるのではないか。

※池田信夫:
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51293000.html
※能澤徹:
http://japan.cnet.com/blog/petaflops/

●日米スパコン競争

 スパコンとは、膨大なデータを扱う科学技術計算などに必要な超高性能のコンピューターのことで、一般的なコンピューターに比べて格段に演算処理能力が高い。どれほど格段かは、プロセッサー(CPU=中央演算装置)の処理能力をflops(秒当たり浮動小数点演算能力)という単位で計るのだが、開発史の初期を彩る金字塔とされた米クレイ社の1976年のCray-1では実効性能250M(=2億5000万)flopsだった。この性能は、それ専用にプロセッサーを独自開発するベクトル型という方式によって達成され、これがその後しばらくの期間、スパコン開発の標準となった。クレイ社は、83年には941M、85年には3.9G(39億)の速度を実現した。

 それに対し、日本のITゼネコンであるNEC、日立、富士通は、折からのバブルを背景に惜しみない投資を注いでクレイへの挑戦を開始、早くも82年には富士通がFACOM VP-100(250M)、日立がHITAC S-810(630M)の初の国産大型ベクトル計算機を発表し、続いて翌83年にはNECが同年のクレイ製品を上回るSX-1、SX-2(1.2G)を生んだ。以後、約10年間にわたって日米の開発競争が続き、93年の「TOP500」統計ではスパコンの設置台数で米国の226台に対して日本は126台。拮抗するまでには至らないが、欧州各国が(今日に至るまで)スパコンのハード開発に余り関心を示さず、目的に応じて日米のマシンを購入して自らはソフトの充実に専念してきた中では、まさに日米で世界市場を二分しようかという勢いだった。そのため日米スパコン摩擦が激しくなり、米政府が日本に圧力をかけてクレイ社のスパコンを買わせるといった事態も生んだ。なおTOP500は、スパコンに関する国際統計を93年以来、年に2回発表しているサイトである。

http://www.top500.org/

 しかしこの日米対抗状態は、そう長く続かなかった。1つには技術的な変化で、パソコンやワークステーションに搭載される汎用プロセッサーの能力が飛躍的に向上し、今のパソコンが動画を再生している時などは30年前のスパコンを上回るほどの演算処理を実行しているほどだという。そうなると、高性能にもかかわらず商用生産によって低価格を実現している汎用プロセッサーを多数、並列して用いることによって、遙かに安価に、電力消費も抑えて、スパコンに必要な性能を使用目的に応じて柔軟に生み出すことが可能になった。これをスカラー型と呼ぶ。もう1つは、政治的な理由で、日本勢の台頭に「国防政策上」の危機感を抱いた米政府が、軍事予算を含めて膨大な補助金を注いでスパコンにおける世界覇権を達成する戦略を採用した。90年代半ば以降のこの流れに乗って、一気に躍り出てきたのが米IBMとヒューレット・パッカード社で、これがたちまち世界を席巻して新しい標準となった。

●「世界一」の意味

 この時日本では、富士通と日立はさっさとスカラー型に切り替えたが、NECだけは従来のベクトル型に徹底的にこだわる姿勢を採り、98年に科学技術庁(当時)から600億円の巨費を得て国策スパコン「地球シミュレーター」を開発、2002年に35.86T(35兆8600)flopsのマシンを完成、TOP500で輝ける「世界一」にランクされた。しかしこの「世界一」は、世界中がベクトル型による大艦巨砲主義的なスパコン開発から安価なスカラー型へと雪崩を打って移行している時期だからこそ実現したもので、その当時から「ガラパゴス」とか「前世紀の遺物」とか揶揄された。やがてスカラー型でそれを上回る性能のものが登場して、2度と日本のベクトル型が世界一に返り咲くことはないだろうと言われていた。事実、NECの天下は2年半続いたものの、04年にIBMのBlue Gene/Lが倍する70.72Tの性能を持って登場したため、世界一を滑り落ちた。

 それでも、あくまでNECのベクトル型技術をベースに、それを富士通と日立のスカラー型技術と抱き合わせてハイブリッドにして、再び「世界一」の座を目指そうということで、地球シミュレーターの2倍の1200億円という途方もない予算で始まったのが、次世代スパコン事業なのである。ちなみに、現在、日本国内で最速のスパコンは、長崎大学工学部が開発したもので、市販のGPU(画像処理装置)を760個並列して158T(=158兆)flopsを実現したが、その開発費用は何とわずか3800万円である(地球シミュレーターはその後、200億円近い追加予算でNECのSX-9ベースにシステム更新されて122T)。

 問題は、多くの人々が指摘するように、もはやスカラー型が普遍化している世界でいつまでもベクトル型にこだわって(今ではベクトル型を作っているのは世界でNECだけ!稼働しているベクトル型は世界のトップ500台のうち地球シミュレーター1台だけ!)、それを使って何を----どういう科学技術における世界最先端の成果を----成し遂げようとするのかのソフト戦略も定かでないままに、たった1台だけ突出的に世界最高速のマシンを作ろうというのが、ハード優先のハコモノ行政でないとすれば何なのか、ということである。

 もちろん大艦巨砲型のマシンも目的によっては有用であり、金さえ湯水の如く費やせば作って作れないことはないし、そのためにベクトル型のNEC技術も(スカラー型とのハイブリッドなどの形で)役に立つこともあるかもしれない。が、ITゼネコンNo.1のNECへの遠慮か配慮かは分からぬが、文科省がそれにしがみついたことが戦略的混迷をもたらし、世界の技術潮流に乗り損なう結果となったのは事実である。

 しかも、こんなことをしているうちに、上述のように93年には設置台数で米国に拮抗するかの堂々第2位を誇った日本は、04年には米国264台に対して30台にまで急落、今では米277、英45、独27、仏26、そして中国の21にも抜かれて世界第6位の16台、シェア3.2%のスパコン二流国にまで凋落した(09年11月のTOP500国別ランキング)。ベンダー(販売業者)別で見ても、ヒューレット・パッカード209台、IBM185台など米国勢が圧倒的で、日本は3社合わせて10台、円グラフでは富士通がシェア1%で世界第8位と表示されているがNECと日立は「その他」扱いである(同ベンダー別)。

 ケニアが五輪の他の競技などどうでもいいからマラソンだけは金メダルを取りたいと夢見るのは理解できるが、一時は米国を脅かすほどの力量を持った日本のスパコンがこんな惨状に陥ってしまったのは、偏に産官学複合体のハコモノ主義のためであり、その意味で能澤徹が「計算基礎科学コンソーシアム」やノーベル賞学者らのスパコン予算縮減反対の声明について「あなた方に言われたくないよ」と言っているのはその通りである。

「自分、乃至は、自分の属する組織が、税金を無駄に使い、世界の第2位から瞬く間に第6位などという体たらくな状況に転落させてしまっておきながら、この転落の原因には目をつぶって、次世代スパコンの見直しは『我が国の科学技術の進歩を阻害し、国益を大きく損なう』などというのは、それこそ『臍で茶が沸く』ほど可笑しないいがかりなのである。いいかえると、そもそも既に『あなた方』によって『我が国の科学技術の進歩は阻害され、国益を大きく損ねてしまっている』のである」と。

 ハコではなく中身で日本の科学技術が世界をリード出来るようになるにはどうしたらいいか、国の予算が頼りのITゼネコン、退廃した文科官僚、苔の生えた学者のもたれ合いに任せておかないで、真剣に考えるべき時である。▲

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