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2009年11月28日

INSIDER No.522《HATOYAMA》スパコンで"世界一"になるとはどういうことか?──現行の「京速計算機」開発事業は見直して当然

 鳩山政権=行政刷新会議による事業仕分け作業の中で、理化学研究所が中心となって進めてきた次世代スーパーコンピューターの開発にストップがかけられたことに非難が集まっている。とりわけ、その仕分け人である蓮舫参院議員が席上、「(スパコンの性能が)世界一でなければならないのか」という趣旨の発言をしたことに対して、「科学技術立国を目指す日本が世界一を目指さなくてどうするのだ」といった感情的とも言える非難が集中し、ついにはノーベル賞受賞者の長老6人が揃って鳩山首相を訪ねて苦言を呈するといった騒動にまで発展した。

 が、一体これらの非難や反発は、日本のスパコン開発戦略のお粗末な実態を知った上でのものなのかどうか。日本が科学技術の研究開発を重視すべきであること、その特に基礎研究部門には試行錯誤も無駄も付き物であることは当たり前な話で、そのこと自体を否定する者は恐らく誰もいないだろう。それと、当該の次世代スパコン「汎用京速計算機」の開発計画をそのまま続けるべきかどうかは全く別次元のことで、スタート当初から在野の専門家によって「スパコンの名を借りた公共事業」「戦艦大和」(池田信夫)、「国費の浪費」(能澤徹)などと酷評されていたこのプロジェクトを、しかもそのアーキテクチャーの中心だったNECが経営不振を理由に今年5月に撤退を表明したことでこれまで2年間を費やした基本設計と詳細設計を見直さなければならなくなって、まさに戦艦大和が完成前に浸水して傾いてしまったような有様になっているものを、何が何でもがむしゃらに進めるべきかどうか。よほど落ち着いて考える必要があるのではないか。

※池田信夫:
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51293000.html
※能澤徹:
http://japan.cnet.com/blog/petaflops/

●日米スパコン競争

 スパコンとは、膨大なデータを扱う科学技術計算などに必要な超高性能のコンピューターのことで、一般的なコンピューターに比べて格段に演算処理能力が高い。どれほど格段かは、プロセッサー(CPU=中央演算装置)の処理能力をflops(秒当たり浮動小数点演算能力)という単位で計るのだが、開発史の初期を彩る金字塔とされた米クレイ社の1976年のCray-1では実効性能250M(=2億5000万)flopsだった。この性能は、それ専用にプロセッサーを独自開発するベクトル型という方式によって達成され、これがその後しばらくの期間、スパコン開発の標準となった。クレイ社は、83年には941M、85年には3.9G(39億)の速度を実現した。

 それに対し、日本のITゼネコンであるNEC、日立、富士通は、折からのバブルを背景に惜しみない投資を注いでクレイへの挑戦を開始、早くも82年には富士通がFACOM VP-100(250M)、日立がHITAC S-810(630M)の初の国産大型ベクトル計算機を発表し、続いて翌83年にはNECが同年のクレイ製品を上回るSX-1、SX-2(1.2G)を生んだ。以後、約10年間にわたって日米の開発競争が続き、93年の「TOP500」統計ではスパコンの設置台数で米国の226台に対して日本は126台。拮抗するまでには至らないが、欧州各国が(今日に至るまで)スパコンのハード開発に余り関心を示さず、目的に応じて日米のマシンを購入して自らはソフトの充実に専念してきた中では、まさに日米で世界市場を二分しようかという勢いだった。そのため日米スパコン摩擦が激しくなり、米政府が日本に圧力をかけてクレイ社のスパコンを買わせるといった事態も生んだ。なおTOP500は、スパコンに関する国際統計を93年以来、年に2回発表しているサイトである。

http://www.top500.org/

 しかしこの日米対抗状態は、そう長く続かなかった。1つには技術的な変化で、パソコンやワークステーションに搭載される汎用プロセッサーの能力が飛躍的に向上し、今のパソコンが動画を再生している時などは30年前のスパコンを上回るほどの演算処理を実行しているほどだという。そうなると、高性能にもかかわらず商用生産によって低価格を実現している汎用プロセッサーを多数、並列して用いることによって、遙かに安価に、電力消費も抑えて、スパコンに必要な性能を使用目的に応じて柔軟に生み出すことが可能になった。これをスカラー型と呼ぶ。もう1つは、政治的な理由で、日本勢の台頭に「国防政策上」の危機感を抱いた米政府が、軍事予算を含めて膨大な補助金を注いでスパコンにおける世界覇権を達成する戦略を採用した。90年代半ば以降のこの流れに乗って、一気に躍り出てきたのが米IBMとヒューレット・パッカード社で、これがたちまち世界を席巻して新しい標準となった。

●「世界一」の意味

 この時日本では、富士通と日立はさっさとスカラー型に切り替えたが、NECだけは従来のベクトル型に徹底的にこだわる姿勢を採り、98年に科学技術庁(当時)から600億円の巨費を得て国策スパコン「地球シミュレーター」を開発、2002年に35.86T(35兆8600)flopsのマシンを完成、TOP500で輝ける「世界一」にランクされた。しかしこの「世界一」は、世界中がベクトル型による大艦巨砲主義的なスパコン開発から安価なスカラー型へと雪崩を打って移行している時期だからこそ実現したもので、その当時から「ガラパゴス」とか「前世紀の遺物」とか揶揄された。やがてスカラー型でそれを上回る性能のものが登場して、2度と日本のベクトル型が世界一に返り咲くことはないだろうと言われていた。事実、NECの天下は2年半続いたものの、04年にIBMのBlue Gene/Lが倍する70.72Tの性能を持って登場したため、世界一を滑り落ちた。

 それでも、あくまでNECのベクトル型技術をベースに、それを富士通と日立のスカラー型技術と抱き合わせてハイブリッドにして、再び「世界一」の座を目指そうということで、地球シミュレーターの2倍の1200億円という途方もない予算で始まったのが、次世代スパコン事業なのである。ちなみに、現在、日本国内で最速のスパコンは、長崎大学工学部が開発したもので、市販のGPU(画像処理装置)を760個並列して158T(=158兆)flopsを実現したが、その開発費用は何とわずか3800万円である(地球シミュレーターはその後、200億円近い追加予算でNECのSX-9ベースにシステム更新されて122T)。

 問題は、多くの人々が指摘するように、もはやスカラー型が普遍化している世界でいつまでもベクトル型にこだわって(今ではベクトル型を作っているのは世界でNECだけ!稼働しているベクトル型は世界のトップ500台のうち地球シミュレーター1台だけ!)、それを使って何を----どういう科学技術における世界最先端の成果を----成し遂げようとするのかのソフト戦略も定かでないままに、たった1台だけ突出的に世界最高速のマシンを作ろうというのが、ハード優先のハコモノ行政でないとすれば何なのか、ということである。

 もちろん大艦巨砲型のマシンも目的によっては有用であり、金さえ湯水の如く費やせば作って作れないことはないし、そのためにベクトル型のNEC技術も(スカラー型とのハイブリッドなどの形で)役に立つこともあるかもしれない。が、ITゼネコンNo.1のNECへの遠慮か配慮かは分からぬが、文科省がそれにしがみついたことが戦略的混迷をもたらし、世界の技術潮流に乗り損なう結果となったのは事実である。

 しかも、こんなことをしているうちに、上述のように93年には設置台数で米国に拮抗するかの堂々第2位を誇った日本は、04年には米国264台に対して30台にまで急落、今では米277、英45、独27、仏26、そして中国の21にも抜かれて世界第6位の16台、シェア3.2%のスパコン二流国にまで凋落した(09年11月のTOP500国別ランキング)。ベンダー(販売業者)別で見ても、ヒューレット・パッカード209台、IBM185台など米国勢が圧倒的で、日本は3社合わせて10台、円グラフでは富士通がシェア1%で世界第8位と表示されているがNECと日立は「その他」扱いである(同ベンダー別)。

 ケニアが五輪の他の競技などどうでもいいからマラソンだけは金メダルを取りたいと夢見るのは理解できるが、一時は米国を脅かすほどの力量を持った日本のスパコンがこんな惨状に陥ってしまったのは、偏に産官学複合体のハコモノ主義のためであり、その意味で能澤徹が「計算基礎科学コンソーシアム」やノーベル賞学者らのスパコン予算縮減反対の声明について「あなた方に言われたくないよ」と言っているのはその通りである。

「自分、乃至は、自分の属する組織が、税金を無駄に使い、世界の第2位から瞬く間に第6位などという体たらくな状況に転落させてしまっておきながら、この転落の原因には目をつぶって、次世代スパコンの見直しは『我が国の科学技術の進歩を阻害し、国益を大きく損なう』などというのは、それこそ『臍で茶が沸く』ほど可笑しないいがかりなのである。いいかえると、そもそも既に『あなた方』によって『我が国の科学技術の進歩は阻害され、国益を大きく損ねてしまっている』のである」と。

 ハコではなく中身で日本の科学技術が世界をリード出来るようになるにはどうしたらいいか、国の予算が頼りのITゼネコン、退廃した文科官僚、苔の生えた学者のもたれ合いに任せておかないで、真剣に考えるべき時である。▲

2009年11月19日

INSIDER No.521《JAPAN-US》日米同盟"深化"への模索が始まった──普天間移転は見直しが当然

 バラク・オバマ大統領が来日しての2回目の鳩山由紀夫首相との首脳会談は、全体として大人びた、穏やかで知的な雰囲気の中で行われた。先頃前触れで訪日したロバート・ゲイツ国防長官が、相変わらず日本をポチ扱いし、「まるで占領軍司令官のように」(日本側関係者の表現)振る舞ったのとは打って変わって、オバマは、お互いに利害の相反や認識の食い違いがあるとしてもそればかりをことさらほじくり返すのでなく、大局的見地に立って、21世紀的な新しい同盟関係への"深化"を模索しようとする鳩山の姿勢に理解を示した。鳩山が目指す「対等な日米関係」は少なくとも第一歩としては成功を収めたと言えるのでないか。

 マスコミは相変わらずで、普天間移転問題が最大の焦点であって一刻も早く決着しないと日米関係が危機に陥るかのことを言い立てて、その問題の検証作業が辺野古への移転という過去の合意を前提とするのかどうかについてオバマと鳩山の間に重大な食い違いがあるという石破茂=自民党政調会長の批判を大々的に採り上げたりしていた。日米の外務・防衛官僚がSACO(沖縄特別行動委員会)と2+2(日米安保協議委員会)を通じて10年間もの迷走の末にようやく到達した05年の合意を「唯一の解決策」と主張したいのは当然で、両首脳ともそのことはある程度尊重せざるを得ないが、しかし、もっとマシな方策があるならそれを俎上に乗せることにやぶさかでないという気持は持っている。そのあたりのニュアンスは、東京各紙よりも『琉球新報』11月14日付の「現行案変更に柔軟、日米首脳会談」と題した次の東京発の記事が上手に伝えていた。

「鳩山由紀夫首相は13日、初来日したオバマ米大統領と官邸で約1時間半、会談した。米軍普天間飛行場移設を含む米軍再編合意について、大統領は『政権が代わって見直しすることは率直に支持する。(見直しに伴い、米軍再編合意の)ロードマップ(行程表)の修正が必要になることもあり得る。ただ基本は守るべきだ』と述べ、現行案の変更に柔軟な姿勢を示した。今後は、来週はじめに始まる閣僚級の作業グループを通じて早期に結論を出していく方向で一致した」

「鳩山首相は、会談後の共同記者会見で『作業グループを設置し、できるだけ早い時期に解決すると言ってきており、わたしの決意を申し上げた』と普天間移設の早期解決に向けた意思を表明。日米合意も重く受け止めているとしながら『選挙で(移設先を)県外、国外とも言ってきた。県民の期待感は強まっている』と説明。だが、会談で大統領に直接、県外への移設は求めなかった」

「オバマ大統領も『作業グループで日米合意について協議する。作業は迅速に終わらせたい。目標は同じだ』と語った。基地を抱える地域住民への影響を最小限にすることにも言及した」

 オバマも、何が何でも合意の遂行が前提などとは言っていない。政治家同士の日米同盟"深化"のための対話が静かに始まったことに注目すべきである。

●同盟"深化"の方向性

 同盟はどのように"深化"すべきなのか。第1は、グローバルな課題での積極的な連携である。今回の首脳会談では、「核なき世界」と「地球温暖化対策」について共同声明が出され、その文言自体は大した新味もないけれども、核については、オバマが4月プラハ演説でやや唐突に言い放って、さあこれからどうするかという時に、日本が唯一被爆国として率先それを支持し、オバマ自身の広島・長崎訪問を働きかけることを通じて言わば情緒面から彼を励ます姿勢を採って存在感を示すことは、大いに意義がある。また地球温暖化対策に関しては、これまでの自民党政権がハッキリした態度を打ち出せず、先進=欧州と後進=米ブッシュ政権の間に挟まってウロウロしているだけだったのに対して、オバマのグリーン政策への転換に機敏に対応して鳩山が9月に「中期目標25%」をスポーンと打ち出して、日本が欧州と歩調を合わせることで米国を後戻り出来ないようにする位置取りをしたことは、なかなか巧みな戦略判断である。米国を立てつつも、日本が米国の尻叩き役を買って出るというのが同盟"深化"の1つの形である。

 第2は、グローバルな安全保障とテロ対策について、日本としてやれることとやれないことをハッキリした上で、やれることは精一杯やるというクリアな姿勢を採ることである。自民党政権では、すべてがアンクリアで、「米国から言われたらやらざるを得ないが憲法の制約があるので後方支援止まり」ということで、イラクへの陸自・空自派遣、アフガニスタンへの海自給油艦派遣、さらにやや事情は違うがソマリア海賊対策への海自・海保派遣を、特措法で合法化して実施してきたが、これらはいずれも原理的に正しくない。なぜなら、米国の要請による自衛隊の海外派遣は、集団的自衛権の発動、つまり米国の私的な戦争に対する協力であって、例えそれが後方支援に限定されていようと、日本にとっては国権に基づく国益のための対外軍事行動に当たる。特措法などでこれをすり抜けることは憲法違反の疑いが濃厚である。

 それに対して、小沢理論に従えば、国連による要請があってそれに自衛隊が参加することは、完全に合憲である。国連による公的な戦争に関わる場合、自衛隊は日本国籍の軍隊として日本が自国の利益のために行う国際法的に私的な戦争に携わるのでなく、個別国家を超えた国際公務員として国際公共の価値としての平和の形成に貢献することになるのであるから、その場合には逆に後方支援に限るなどという馬鹿な話ではなく、命懸けの戦闘行動にも参加して当然である。

 アフガニスタンの場合、ISAF(国際治安支援部隊)は国連にオーソライズされて設立されたものなので、日本が自衛隊なり文官スタッフを参加させることは、法理論的には可能である。しかし実際にはISAFは、
(1)当初は確かに、米軍の作戦でタリバン勢力はすでに打倒されたという前提で、アフガンの治安警察軍の育成・訓練や地方経済の再建などの戦後支援を行うことを想定してスタートしたものの、
(2)内乱状態が鎮まるどころかますます険悪化したため、そのスタッフを護衛するための軍部隊を派遣しなければならなくなり、
(3)そのうちに主客転倒して、そのNATOなどの軍部隊が米軍の手が届かない地域を分担してタリバン・ゲリラと戦闘を行う羽目になり、
(4)さらには米軍がNATO部隊と統合して戦う態勢が採られ、
(5)とうとう最後には米軍司令官がISAF司令官を兼ねることになって、米国の指揮下で戦闘を行う組織に変質してしまった。

 こんな訳の分からないものに日本が参加することは百害あって一利もないことで、全くありえない。

 そこで鳩山政権は、まずアンクリアな海自給油活動は「やらない」と宣言した上で、現状のISAFではなく日本独自のやり方で民生支援を行うことにして、ほとんど有無を言わせず米国を納得させてしまった。オバマにしても、鳩山から「先月は1回しか給油を行っていない」と言われれば、「それでもいいから続けてくれ」とは言えない。しかもオバマは、米軍=ISAFが今後とも内乱に割って入ってタリバン撲滅まで戦うというゲーツ国防長官案か、パキスタン北部に部隊を集中してアル・カイーダ絶滅に主力を注ぐというバイデン副大統領案か、ゲーツ案で行くにしても増派は1万か2万か4万か、苦渋の決断を迫られている真最中であり、「今それどころじゃないんだ。日本はやりやすい方法で協力してくれればそれで結構だ」という気分だったに違いなく、そこを巧く突いて、望ましい方向に問題を整理しきってしまった。これは、鳩山政権が緒戦で上げた重要な外交得点として称揚されるべきだが、守旧的な外務官僚の手先となり下がって「米国に逆らったら大変なことになる」というようなことばかり叫んでいるマスコミは、拍子抜けしたと言うか、起きたことの意味が分からずに、ほとんど沈黙を守っている。

●米軍再編の見直し

 同盟深化の方向性の第3は、在日米軍再編を今日的な戦略環境に合わせて抜本的に見直して、沖縄はじめ全土の基地負担を最小限にまで軽減し、行く行くは小沢が今年2月に言ったように「第7艦隊だけ」にまで縮減していくことである。守旧派は、そんなことを言い出したら同盟は危機に陥ると言うが、逆で、このまま過去の合意を盾に普天間基地の辺野古移転を強行し、他の基地についても米国の言いなりに存続させて手を着けないでおく方がむしろ(沖縄県民と国民の感情面から)同盟は危うくなる。不要基地を返還させ、不急基地を縮小し、あるいは日米共用・軍民共用に切り替えて有事の際には米軍の進駐・利用を保証する協定を結ぶなどし、それに伴って「思いやり予算」も大胆に縮減するためのプログラムが必要で、その意味で、普天間問題を検証する閣僚級の作業部会が設置されることになったのは大事な一歩である。

 もちろんこの作業部会自体は、辺野古への移転を現行のV字型滑走路案のまま強行するのか、辺野古にしても一時検討されたことのある遙かに小さな施設に変更するのか、あるいはこれも一時検討された嘉手納空軍基地への統合案を復活させるのか、それ以外の県内・県外の可能性はないのか等々を至急検証して、早期に結論を出さねばならない。が、面白いことに「県外」には「国外」も含まれるはずで、仮に日本側がそれを持ち出しても米国側は今の時点では取り合わないだろうが、少なくともここで日本が「在沖海兵隊の存在意義について県民と国民が納得できるような説明をしてほしい」と言っておくことが、後々への布石として意味がある。

 そもそも96年旧民主党の主要政策の1番目は「常時駐留なき安保」だった。これは、当時、大田秀昌県知事の下で吉元政矩副知事が担当して作成した「沖縄基地返還プログラム」に学びつつ、それを応援していこうというところから発想したもので、その言葉自身は横路孝弘が提案し、結成直前の政策討論合宿で新党参加予定者の全員が了承した。この吉元プログラムは、東京に任せていても基地問題は埒があかないので、沖縄県が直接米国と交渉して、1つ1つの基地の有用性や活用度を吟味し、要らないものやほとんど使っていないものは即時返還させ、そうでないものも順次整理して、10年ないし15年かけて沖縄から米軍基地をなくしていこうという計画で、まさに冷戦後の戦略環境の変化に合わせて基地のあり方を抜本的に見直そうという意欲的なものだった。

 これに対する米国の対日政策マフィア、自民党、官僚、マスコミなど旧体制側の反応は一致していて、まず第1に、そんなことをを言い出しても米国が相手にする訳がない、第2に、仮に米国が応じて米軍が撤退していけば、その分だけ日本の自主防衛力を強化しなければならず、そんなことは不可能だ、というものだった。

 それに対して当時、旧民主党は、第1に関しては、米国もまた冷戦後の状況変化に合わせて軍備配置を抜本的に見直そうとしており、交渉の余地はあると主張し、また第2の点に関しては、冷戦時代と同じ規模と性質の脅威に日本が直面しているのであればそのトレードオフが成り立つが、旧ソ連の脅威が基本的に去った後では、北朝鮮にせよ中国にせよ、日本に上陸侵攻して占領するなどという作戦シナリオを持つはずがなく、別の種類の遙かに小さな脅威に直面しているのであって、米軍+自衛隊の量と質を同じに保たなければならないということにはならないと反論した。また他方で、日本は決して日米安保条約を直ちに廃棄しようというのでなく、上述のような形で順次、基地負担を軽減することでかえって同条約を長続きさせると共に、東アジアに経済協力と安保協力の共同体を作り出して、OSCE(欧州安保協力機構)タイプの地域集団安全保障体制を築き、それが実効あるものになっていく度合いに応じて日米同盟の軍事的側面を減らしていくという考え方を採った。

 鳩山政権の安保についての発想の淵源がそのあたりにあることを知っておく必要がある。

●グアム移転の意味

 沖縄は、米軍の3つの海兵隊遠征軍の1つである第3遠征軍(*)の本拠地である。遠征軍は海兵隊の最大単位で、米本土の東西両岸に1つづつと沖縄とに計3つあり、それぞれは通常、歩兵と砲兵を中心とする師団、航空団、後方(兵站)群の各1個から構成されるが、必要に応じてより小規模な海兵遠征旅団、さらに小さな2000人程度の海兵遠征隊が編成される。在沖の第3遠征軍は、海外に駐留する唯一の前方展開・有事即応の海兵隊部隊で、第3海兵師団、第1航空団、第3後方群のワンセットと、それとは相対的に独立している第31海兵遠征隊とを持っている。兵員総数は、定員も編成も常に流動していて、米軍当局もいちいち詳細を発表するわけではないので、よく分からないが、日本政府はSACOや2+2での米軍再編協議を通じて「1万8000」と言っており、米軍当局の08年3月末の発表では「1万3200」である。

*「遠征軍」はExpeditionary Forceで、日本政府は「機動展開部隊」と訳している。各部隊の概略は、
在日米海兵隊HP(日本語):
http://www.kanji.okinawa.usmc.mil/Index.html
第3海兵遠征軍HP(英語):
http://www.iiimef.usmc.mil/

 05年の2+2で、普天間飛行場の辺野古移設と第3海兵遠征軍のグアム移転、それに伴う本土を含む基地及び米軍配備の統合・再編・一部返還がパッケージとして合意されたにもかかわらず、それが自民党政権下で一向に実行に移されず、その決着が民主党政権に押しつけられた形になっているわけだが、この合意に基づいて06年5月に策定された「再編実施のための日米のロードマップ」(外務省仮訳)のうちグアム移転の部分は次のとおり(*)。

▼約8000名の第3海兵機動展開部隊の要員と、その家族約9000名は、部隊の一体性を維持するような形で2014年までに沖縄からグアムに移転する。移転する部隊は、第3海兵機動展開部隊の指揮部隊、第3海兵師団司令部、第3海兵後方群司令部、第1海兵航空団司令部及び第12海兵連隊司令部を含む。

▼対象となる部隊は、キャンプ・コートニー、キャンプ・ハンセン、普天間飛行場、キャンプ瑞慶覧及び牧港補給地区といった施設から移転する。

▼沖縄に残る米海兵隊の兵力は、司令部、陸上、航空、戦闘支援及び基地支援能力といった海兵空地任務部隊の要素から構成される。

▼第3海兵機動展開部隊のグアムへの移転のための施設及びインフラの整備費算定額102.7億ドルのうち、日本は、これらの兵力の移転が早期に実現されることへの沖縄住民の強い希望を認識しつつ、これらの兵力の移転が可能となるよう、グアムにおける施設及びインフラ整備のため、 28億ドルの直接的な財政支援を含め、60.9億ドル(2008米会計年度の価格)を提供する。米国は、グアムへの移転のための施設及びインフラ整備費の残りを負担する。これは、2008米会計年度の価格で算定して、財政支出31.8億ドルと道路のための約10億ドルから成る。

*外務省仮訳全文:
http://www.mofa.go.jp/mofaJ/kaidan/g_aso/ubl_06/2plus2_map.html

 この意味するところは、恐らく(というのも、政府もマスコミもそれを明確に説明し切れていないので)こういうことである。

(1)第3海兵遠征軍は司令部機能もろとも沖縄から撤退し、グアムとハワイにまたがって米領土内で展開する(第3海兵師団の主力歩兵のうち第4海兵連隊は沖縄のキャンプ・シュワブにいるが、もう1つの第3海兵連隊は以前からハワイに駐在している。なお第12海兵連隊は砲兵でキャンプ・ハンセンにいる)。これが兵員8000人、その家族9000人である(もっとも家族について日本政府は「8000」と言い、米軍当局は08年時点で「8200」と言っていて、「9000」というのはどこから出てきた数字か不明)。

(2)沖縄には第31海兵遠征隊が(多少とも強化された形で?)残る。

(3)また、第1海兵航空団の司令部はグアムに移るが、普天間(の代替基地)の第36海兵航空群(ヘリ3中隊、C-130輸送機など)はもちろん残り、岩国の第12海兵航空群(有翼戦闘機、普天間から移った空中給油機KC-135など、約3000人)と一体的にグアムの司令部から指揮される。

(4)そのほか基地支援部隊などが必要で、それを加えると合計5000人程度が残ることになるようだ。

(5)在沖海兵隊の現有勢力が1万3000人だとすると、8000人を差し引いてちょうど5000人で、平仄が合う。

●残り5000人も不要?

 これは、簡単に言って、在沖海兵隊の主力師団の沖縄からの「撤退」である。日本の外務・防衛官僚は、米軍が冷戦後の戦略環境変化や米国の財政事情によって在日兵力を削減・撤退させようとするのをなぜか極度に恐れていて、これが「一部海兵隊のグアム移転」であるかのように印象づけようとし、マスコミもそれに調子を合わせてきたので、国民も県民も今ひとつ何が起きようとしているか理解していないかもしれないが、これは海兵隊主力の撤退である。

 なぜこれが可能になったのかと言えば、朝鮮半島での"第2次朝鮮戦争"とも言うべき大規模陸上戦闘が起きる可能性がほぼ皆無になったためである。北朝鮮の侵略に備えてきた在韓米軍は、6年前までは陸海空3万7500人あったが、03年以降順次削減されて現在は2万8500人、その主力は、1952年の朝鮮戦争終結後もそのまま駐留し続けてきた第2歩兵師団1万7000人である。量的削減以上に大事なのは配置変更で、以前は38度線と首都ソウル=漢江ラインの間の最前線を中心に43基地を構えていたが、今ではほとんどが韓国中部・南部の16基地に縮小・移転した。もちろん韓国軍の実力が向上し、2012年には半島有事の際の作戦指揮権を韓国軍に移管することが予定されているためでもあるが、米軍が基本的に第2次朝鮮戦争は「ない」と見ているのでなければこういうことは起こらない。

 さらに今後は、在韓米軍を撤退させて平時には他の地域に転用し、有事の際には来援して韓国軍を支援するという、まさに「常時駐留なき安保」に発展させていく構想が浮上しており、19日の李明博・オバマ会談ではこれを来年秋までにまとめることが合意される見通しである。この構想は「米韓同盟未来ビジョン」と呼ばれているが、このような安保の将来ビジョンも何もなしに「米国を怒らせたら大変」とオロオロしてばかりいた日本と比べると、韓国の方が余程「対米対等外交」を実現している。

 さて、旧来のシナリオでは、北が38度線を越えて南に侵略して来た場合、まずは第2歩兵師団が韓国軍と共に立ち向かい、5〜7日以内に沖縄の海兵師団が駆けつけて支援し、米本土からの本格的な大規模来援を待つということになっていたのだが、第一線の在韓歩兵師団が要らないのであれば第二線の在沖海兵師団も要らなくなるのは当たり前ということになる。だから海兵はグアムまで引くことになった。そこまではいいとして、では残りの5000人も何が何でも沖縄にいなければならないのかどうか。

 残るのは、主として、先鋒隊的な最小戦闘単位である海兵遠征隊で、遠征隊は普通、2200人の海兵・水兵から成り、海兵は、水陸両用強襲作戦向け、特殊作戦向け、ヘリ強襲作戦向けの3中隊から成る歩兵大隊のほか、砲兵中隊、兵站部隊などで構成される。第31遠征隊は、第7艦隊傘下で佐世保を母港とする第11水陸両用戦隊(ヘリ空母、揚陸艦など)と連動するが、この戦隊には別の海兵・水兵2100〜2300人が乗り組む。遠征隊はまた、普天間(代替施設)のヘリや輸送機、岩国のハリアー攻撃機や空中給油機とも連動する。また沖縄の広大な訓練場も(一部は返還になるものの大半は)引き続き使用する。

 これまでの経緯を一切無視して素人考えで言えば、このように沖縄、佐世保、岩国に分散配置してあちこちやり繰りするよりも、それらの機能をすべてグアムに集約する方が運用性は遙かに高まるのではないか。もちろん米軍側は、60年以上にもわたって慣れ親しんできたこれらの基地を、日本の「思いやり予算」のお陰で安上がりに維持できるメリットを手放したくはないし、またいざという時に遠征軍本隊が沖縄に出張って来ることもないとは言えないから、すべてを明け渡す訳にはいかないと言うに決まっている。けれども、少なくとも日本は、「全部をグアムかハワイに移した方がかえって便利なんじゃないですか」と聞くだけは聞いてもいいのではないか。

●知恵を出せば...

 それでラッキーにも、将来はそういうこともあり得ないでもないという話になれば、普天間代替施設は、これから8〜10年もかけてサンゴとジュゴンの海を埋め立てて本格的な恒久施設を作らなくとも、移転までの期限を区切った緊急避難措置として、嘉手納空軍基地への統合、キャンプ・シュワブの陸上、勝連沖などの県内移転、あるいは吉元=元副知事がかねてから提唱しているヘリの岩国移転などの県外移転も、それぞれの地元の了解を得る道も開けるかもしれない。

 嘉手納統合に関しては、地元の反対は当然として、これまでの日米協議では空軍がヘリの受け入れに難色を示したために頓挫した経緯がある。空軍基地の隣には、それよりも遙かに27万平米の広大な嘉手納弾薬庫の敷地があって近年は弾薬貯蔵量が極めて少なくなっていることだし、空軍と海兵隊の共管でもあるので、そこに小さなヘリポートを作って、C-130やKC-135などの有翼機のみ空軍基地を利用するということも考えられるだろう。

 勝連沖というのは、沖縄本島東岸うるま市の勝連半島から沖合の津堅島にかけての一帯に海兵隊の普天間飛行場と牧港補給地区、陸軍の那覇軍港、航空自衛隊の那覇基地をまとめて集約してしまおうというもので、ロバート・エルドリッジ前大阪大学准教授が提唱している案。エルドリッジは、五百旗頭真=防衛大学校長が神戸大学教授を務めていた時にその研究室で日米関係史や沖縄問題を研究して政治学博士号を取得した米国人で、『沖縄問題の起源』(名古屋大学出版会)でサントリー学芸賞を受賞している。彼がこの案を提唱した05年当時、海兵隊側もこれを支持していたと言われており、再検討に値するかもしれない。たまたま彼は去る9月、在沖海兵隊の外交政策部次長に就任した。

 日米双方で石頭の官僚どもを抑えて知恵を出し合えば、よりマシな打開策があるはずである▲

2009年11月14日

INSIDER No.520《HATOYAMA》「脱官僚」が看板倒れだというのは本当か?──天下りの定義をめぐるマスコミの迷妄

 民主党政権が元大蔵事務次官を日本郵政社長に就けたのを手始めに、次々に元官僚を主要ポストに登用し、10日には江利川毅=前厚労事務次官を人事院人事官に任命する国会同意人事の審議も行われた。これについてマスコミは批判的で、例えば朝日新聞11日付は第2面の半分を費やして「『脱官僚』看板倒れ/人事官にも官僚OB起用/天下りの定義翻す/郵政人事以降ずるずる」と、侮蔑的とさえ言える表現を連ねて非難した。が、天下りに関して定義不明のまま迷走しているのは、むしろマスコミのほうである。

●脱官僚と反官僚は違う

 まず第1に、初歩的な問題として、民主党が言っているのは「脱官僚体制」であって「反官僚体制」ではないし、ましてや官僚OB個々人の人格・能力の否定でもない。

 「脱官僚体制」というのは統治システムの根本に関わることで、本論説でも繰り返し述べてきたように、明治憲法以来120年間、天皇の権威を背景にその直参の薩長藩閥から主に任命される首相・内閣とその直下の官僚体制の縦一線で国家を経営し、国会はあるにはあるが太陽に対する月のような関係であって、実質的な薩長・官僚権力の周りをグルグル回って、時にいちゃもんをつけ時に擦り寄っておこぼれを頂戴するような存在でしかなかった。もちろん過去に立派な政治家もいるけれども制度の本質としてそういうことだったということである。

 プロイセンのビスマルク体制をモデルとしたこのシステムは、発展途上国=日本が欧米列強による干渉や侵略を防ぎつつ、急速に産業国家として成り上がって「追いつき追い越せ」を達成するための官僚社会主義的な総動員体制としてはまことに有効であったとはいうものの、1980年に前後してこの国が米国に次ぐ世界第2の成熟経済大国の座を得たからには、内発的にそのシステムを解除して、先進国と呼ばれるに相応しく、国民の投票によって選ばれた「国権の最高機関」(憲法第41条)たる国会が国策を決定し、その国会から行政部のトップに進駐する首相・内閣が、「行政権は内閣に属する」(第65条)との規定に忠実に従って官僚体制を支配するよう、抜本的に変革されなければならなかった。

 蛇足。今「内発的に」と言ったが、日本人が自らこのシステム改革を成し遂げられなかったために、それに付け込む形で米国から主として経済面から様々な「対日要求」が突きつけられた。そのため、後に小泉=竹中が(部分的・擬似的にではあったが)「改革」に取り組もうとした時に、主として守旧派から「米国に国を売り渡すのか」といったハゲタカ論型の反発が生まれた。しかしそれは倒錯で、米国から言われようと言われまいと、日本は改革に踏み出さねばならなかった。それが政権交代によって今ようやく始まったのである。

 自民党政権は、その本質において、過去120年の官僚主導体制の随伴者であって、この抜本的改革を担うことは出来なかった。「小泉改革」とは何であったかと言えば、本来は民主党の主張であった「脱官僚体制」を部分的に簒奪して、「自民党をブッ壊せ」という過激なスローガンの下、野党ブリッ子をすることで実は自民党の延命を図るという、ほとんど最後の手段というか、禁じ手に手を染めて自民党政権の存続を図ろうとする幻惑的なマジックであったわけで、その成果は自ずと限られていた。そこで、脱官僚体制を全面的に達成する仕事は民主党政権に委ねられることになった。

 すでに述べてきたように、この政権は、取り敢えず過去の中央集権体制が存続している下で「脱官僚」のせめぎ合いを始めているものの、その成果は自ずと限定されていて、むしろこの体制下での脱官僚作業では出来ることと出来ないことがあることを浮き彫りにさせながら3年間ほどを戦って、「だから中央集権体制そのものを解体して地域主権国家体制に転換する必要があるのだ」と言って4年後の総選挙でそれへの国民的合意を求めることになるだろう。

 この「脱官僚体制」作業は、「反官僚(体制・個人)」になってしまったのではダイナミックな展開が難しい。逆に官僚体制の内部やOBたちの間に守旧派と改革派の亀裂を拡大して味方となる改革派を増やして行くことこそが成功の鍵である。菅直人が橋本内閣の厚労相になったとたんに、「ない」ということになっていたエイズ感染関係の資料が出てきたのは、官僚の中にこのような隠蔽工作を不快に思っている正義感の持ち主がいて、それを菅が目敏く見いだしたからで、物事はそのように進めなければならない。

 坂本竜馬は倒幕の最後の段階で「維新革命に一滴の血も流すなと言い、鳥羽伏見の戦いの勃発を極力避けようとした。『幕府みなごろし』を腹中に入れつつ、一滴の血を流さずすべてを生かして新国家に参加させようとしたのだろう」(司馬遼太郎『竜馬が行く』第4巻)。皆殺しにするのは幕藩体制であって、佐幕派個々人ではない。そこが、人を殺せば世の中が変わると思って刀を振り回すばかりだった並みの志士たちと竜馬の違うところで、それがつまりはただのテロリストと真の革命家との違いである。

●官僚OB活用と天下りは違う

 第2に、官僚OBを適材適所で登用することと、天下りを容認することとは違う。天下りは、役所の人事・報酬制度に組み込まれた強固なシステムであって、次官経験者ならこの財団の理事長、次官と同期の局長経験者ならこの財団の専務かこの企業の常務、技官ならここ、ノンキャリならここかあそこという具合に、長年の慣行によって「指定席」が確保され、さらにそこから先の「渡り先」までがコースになっていて、それを差配するのは各省庁総務課の重要業務の1つである。しかもそうやって送り出された天下りOBを食わせ、また後々の世代のために指定席を永続的に確保するために、年々なにがしかの予算の割り振りが付いて回る。このシステムのために、無用な財団法人や独立行政法人の存続とそれへの無駄な予算配分が必要になるわけで、破砕しなければいけないのはこのシステムである。

 これまた以前に書いたことだが、例えば例の八ッ場ダムの場合、04年時点で、関連する7つの財団・社団に25人、37の工事落札企業に52人、57の随意契約企業に99人、合計176人の国交省OBが天下りしている。もちろんこれらの公益法人や企業は八ッ場ダムだけで成り立っているわけではないけれども、一度天下りが受け入れられれば、この人たちを食わせ後々までそれを指定席として確保するために、何が何でも事業が継続されて予算が付けられて、その一部が団体・企業に流れてこの人たちを食わせる一助となり続ける。しかもこの人数は04年時点で切った場合の断面であり、これが57年間も継続されてこれまでに3200億円が費消されたにもかかわらずまだダム本体は工事も始まっていないということになると、恐らくは通算で1000人を超える国交省天下りがその何分の一かを食い物にしてきたと推測される。話は逆さまで、事業が本当に必要なのかどうかはそっちのけで、事業が始まって天下り先が確保されれば、その利権維持のために事業は継続しなければならないことになるのである。

 このようなシステムを壊すという問題と、個々の官僚OBをどこのポストに登用するかどうかというのは、全く次元の違うことで、そんなことを言えば、官僚OBが政治家になることも天下りということになってしまう。官僚は、国民の立場からすれば、基本的には、公費を使って育て上げた優秀な人材の宝庫であって、それを政治家なり政府の要職なりに起用することは公益にかなうことである。

●日銀総裁人事はどうだったのか

 第3に、そこで上述の朝日記事を含めマスコミが盛んに言うのは、08年3月に福田政権が日銀総裁候補として武藤敏郎=元財務次官を国会同意人事として持ち出した時に、野党=民主党は「官僚OBだから」と言って反対し、結果的に総裁の座が3週間も空白となったではないか、ということである。が、これは当時も今もマスコミが全く問題の本質を理解せずに言い散らしているタワゴトにすぎない。

 武藤が日銀総裁に相応しいかどうかは、彼が官僚OBであるかどうかの問題ではなく、彼自身の過去の経歴と資質に関わることであって、絶対に同意出来ることではなかった。

 当時、INSIDERはこれについて詳しく論じていたので、以下に再録する。

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INSIDER No.432/08年3月17日
日銀総裁人事、打開へ
──"空白への恐怖"に左右される福田政権

 政府は今日中にも、19日で任期切れとなる日本銀行総裁の後継人事について何らかの打開策を国会に提示することになろう。理屈上は、(1)政府が「ベスト」と自負する武藤敏郎副総裁の昇格を再提示する強硬策、(2)現総裁の任期を延長する法改正もしくはすでに副総裁就任が確定している白川方明京大教授の一時的な総裁代行就任など暫定案、(3)野党が受け容れやすい別の人選を提示----などの方策がありうるが、(1)は、与謝野馨前官房長官が16日のNHK日曜討論で「参院で否決されたものをもう一度ぶつけるのは乱暴すぎる」と指摘したとおり、自民党内でも合意は得られまい。(3)がベターで、民主党の鳩山由紀夫幹事長は同じく16日のサンプロで「財務省出身者ならダメということでなく、財務官経験者(の黒田東彦アジア開銀総裁や渡辺博史国際金融情報センター顧問)なら国際的な視野を持っており反対しない」という趣旨を語っている。が、19日が目前に迫っている中で人選と国会での手続きが間に合うかどうかという問題がある上、「結局は民主党が総裁を決めた」という印象を生む可能性もある。そこで(2)の暫定案を採って人選にしばらく時間をかけるという選択に落ち着く公算が大きい。

●「財金分離」の原則論

 政府・与党もマスコミも余りよく理解していないように思われるのは、民主党の武藤反対論の根拠となっている「財金分離」論の意味である。新聞の論調はほぼ一様に、民主党がそのような原則論にこだわっているのは非現実的だ」というものだが、17日付毎日新聞「風知草」で山田孝男専門編集委員が正しく指摘しているように、同党の主張には「歴史と人脈がある」のであって、昨日今日の思い付きではない。

 言うまでもないことだが、80年代後半〜90年代のバブルとその崩壊による"失われた10年"あるいは15年を生み出したA級戦犯は旧大蔵省である。中曽根内閣時代に国有財産の払い下げやNTT株の大々的な売り出しで土地と株への国民的狂奔を作り出したのは同省であったし、その結末としての銀行の不良債権問題に度々対処を誤って傷口を広げて史上空前の金融スキャンダルに発展させたのもまた同省であった。山田は「甘い判断の積み重ねで深手を負っていくさまが第2次世界大戦下の内閣と軍官僚を思わせ、"第2の敗戦"といわれた」と書いているが、それを憎しみを込めてそう呼んだのは故司馬遼太郎だった(『土地と日本人』ほか)。金利政策を誤って急激な引き締めに走って経済をオーバーキルした直接の責任は日銀にあったが、当時日銀は大蔵省支配下にあり、総裁も大蔵次官出身で、護送船団方式と言われた大蔵省の銀行界丸抱えの金融政策の迷走が日銀をも誤らせたことは明らかで、そのために橋本内閣時代に大蔵省が"金融"の機能と権限を剥奪されて「金融庁」が発足し、「財金一体」が自慢のスローガンだった同省は片肺を失って「財務省」という屈辱的な名称変更を受け入れなければならなかった。そしてそれを表裏一体のこととして、日銀法を改正して大蔵省の日銀に対する監督権も削除されたのである。

 その当時、大蔵省の戦争犯罪追及の先頭にあったのが、自社さ連立与党の一角を占めていた「さきがけ」の田中秀征、鳩山由紀夫、菅直人であり、その直下で理論や政策をになったのが前原誠司、枝野幸男、玄葉光一郎、簗瀬進、安住淳、福山哲郎、長妻昭らであった。政界を引退した田中を別にすれば、そのすべてが今は民主党のトップないし中堅幹部であって、そのことを山田は、この党の主張の背景にはそういう歴史と人脈があると指摘したのである。

 これは元さきがけの人たちにとっての単なるノスタルジアの問題ではない。すでにその時から、旧大蔵省を頂点とする霞ヶ関官僚の実質的な日本支配に終止符を打つことは、避けて通れない時代の中心課題であって、橋本内閣の中央省庁再編と地方分権改革が肝心の旧大蔵省権力の解体だけは避けようとして中途半端なものになり終わろうとしていた中で、さきがけの面々はそうさせないように頑張ったのであったし、しかし田中秀征はその成果に不満であることを理由の1つとして、さきがけを離れ、政界にも見切りをつけたのであった。

 「改革」とは詰まるところ、旧大蔵省を頂点とした官僚権力の革命的な解体のことであり、その中では同省の「財務省」への再編と「金融庁」の発足は決定的に重要な第一歩だったであり、そしてその前後、最後の大蔵事務次官、最初の財務事務次官として異例とも言える長きにわたってトップの座にあって、その改革に反対し続けたのが武藤という人物である。まさに「財金分離」による大蔵省と日銀それぞれの改革にとって最大の障害であった人物が、その後、日銀副総裁になるということ自体が反改革的であり、ましてやその副総裁を無難にこなしてきたからというだけの理由で総裁にするなど信じられないほど反改革的である。そこに、まさに「改革帳消し内閣」としての福田政権の本質が露呈しているというのに、旧さきがけが中枢の大きな部分を占めている民主党が賛成できるわけがない。こんなことも分からずに、「武藤のどこが悪いのか」などと言っているマスコミには反吐が出る思いがする。鳩山がテレビで言ったとおり、マスコミも財務省の根回し工作に屈しているのである。

 確かに、小沢一郎代表にそれほどの想いがあったかどうかは疑問で、鳩山が16日のテレビで示唆したところでは、「政権を獲った時に財務省を完全に敵に回していいものかどうか」と小沢が言い、鳩山らも「そういう判断もあるか」と武藤容認に傾いた時期もあったようだ。が、与党が予算案の強行採決に踏み切ったことから小沢が強硬論に転換、日銀総裁についても、鳩山の表現によれば「こうなれば(財金分離=原則論の)純粋な立場に立ち戻るべきだ」という判断が固まったのであって、その意味では、わずかに迷いが生じたこともあったけれども、本来あるべき主張が雨降って地固まる風になっただけのことである。

●ガソリン税も一時値下げか

 日銀総裁が決まらないというのは、別に驚くことでもない。サンプロで榊原英資早大教授が言い切っていたように「日銀は組織的に政策を決めているので、総裁が決まらないからと言って経済には何の影響もない」というのが本当である。マスコミがこれまた口を揃えて「国際的信用が失墜する」と言うのは、財務省の囁きを鸚鵡返しにしているだけで、こんなことがなくても日本の経済運営がすでに信用されていないという事実を忘れている。むしろ問題は、これまでは政府・与党が決めた総裁候補が国会で反対されるなどということ自体がありえないことだという、自民党一党支配時代の発想の延長で事に当たってきて、候補がきちんと所信を述べて質疑をした上で国会議員が判断するという(米欧では時間をかけて慎重審議するのが当たり前の)国会同意人事が全く形骸化していて、もめた場合の最低限のルールさえ出来ていないことが露呈したことである。

 ねじれ国会が悪いことであるかに言う論調も相変わらず根強いけれども、こういうケースの1つ1つについて新しい体験を積みながらルール化していくことが課題であり、日銀総裁人事もそのようなケースの1つである。総裁が決まらない場合に任期を延長したり代行を置いたりするルールは、この結果がどうなるにせよ、確立しておいた方がいいし、そういうことが両院がねじれたり政権が交代したりすることが当たり前のような政治風土を耕していく努力となるのである。

 福田内閣にはそのような自覚がなく、対応がよろずグズグズと遅れ、せっぱ詰まると"空白の恐怖"に促されて強行突破を図るということの連続で、それはたまたま現在は小泉内閣の遺産である衆院3分の2超の議席を持っているから成り立っているものの、そうでない場合には全く対処のしようがなくなってしまう。このようなダラダラと続く無為無策と発作的な強行突破の繰り返しが「何をやっているのか分からない福田政治」という印象を生み、内閣支持率の低下に次ぐ低下をもたらしている。

 この有様では、道路特別財源とガソリン税の暫定税率の問題を巡っても同様のことが繰り返され、結果として年度末までに与野党合意は成立せず、4月からガソリン税の25円値下げが(少なくとも一時は)実現してしまう公算も大きくなっている。それをまた強行採決で持ち上げ直して元に戻すのは至難で、"空白の恐怖"はいよいよ福田にとって現実となって政局運営に行き詰まる場合も考えられる。民主党はそこで解散・総選挙に追い込みたいのは当然だが、自民党としてはこの福田を頂いて選挙をやるという選択はありえないので、内閣総辞職によって乗り切ろうとするだろう、いずれにせよ3月末以降は大波乱含みとなる。

 福田としては解散も総選挙もせずに7月の洞爺湖サミットまで何とか持ちこたえて、地球温暖化問題で目覚ましいイニシアティブを発揮することで政権浮上を図ろうという計算だが、その布石としての4月胡錦涛中国主席来日も餃子問題とチベット暴動でどうなるか分からず、肝心の温暖化では16日まで開かれたG20(主要20カ国閣僚級会合)で日本の産業別積み上げ方式による削減目標という案はほとんど見向きもされず、ポスト京都議定書の枠組みについて何の方向性も打ち出すことが出来なかった。

 こうして、すでに各種調査で支持率が30%台前半に入り始めた福田内閣には、赤の点滅信号が灯っている状態である。3月末から4月にかけてそれが赤信号に変わる可能性は50%以上とみるべきだろう。▲ 

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INSIDER No.435/08年4月14日
政治が混迷し、国民生活が混乱しているというのは本当か?
──誰よりも迷走状態に陥っているのはマスコミだ!

 このところ新聞はじめマスコミの政治についての論調はほとんど常軌を逸していて、迷走というより錯乱の状態に陥っている。

 日銀総裁人事について、福田康夫首相は9日の党首討論で「民主党は結論が遅いですよ。日銀人事も正直言って翻弄された」と言い、マスコミもそれに調子を合わせて、民主党が武藤敏郎、田波耕治の両元大蔵(財務)事務次官を拒否した上、党内論議の末に小沢一郎代表の主張に従って渡辺博史=元財務省財務官まで拒否したことについて、「民主党内の混乱は目にあまった。これで政権を目指すなどと言えるのか」(12日付毎日、岩見隆夫)といった論調に終始した。

●民主党は混乱していない

 しかし私の見るところ、民主党内は別に混乱も何もしていない。確かに、最初の段階で政府が武藤総裁案を持ち出そうとした時に、小沢がそれを容認するかのことを言ったのは迷妄だったと言えるだろう。が、それについて鳩山由紀夫幹事長や仙谷由人=人事小委員長ら党内の大勢が反対し、2月末に政府・与党が予算案の強行採決の暴挙に出たこともあって、小沢も武藤拒否に転じたのは、まことに健全な民主的党内運営であって、混乱というようなものではない。昨秋に小沢が"大連立"に暴走しようとした時に全党挙げてそれを封じたのと同じパターンで、小沢の独断・暴走が利かなくなっている民主党の成熟をむしろ褒めるべきである。

 小沢は民主党が政権獲りに向かうための一種の政治的凶器であって、その取り扱いに民主党が習熟しつつあるということである。私が3月某日、菅直人に「9月代表選では小沢はもう取り替えた方がいいんじゃないの」と問うたのに対し、彼は即座に「小沢は何をするか分からないから代表にしておいた方がいいんだ」と答えた。小沢の効用とその限界を心得た上で、使える限りは担いでいくというのが民主党のほぼ全体を覆う醒めた合意となっていることが窺える。

 本誌No.432でも書いたように、鳩山は小沢の武藤容認論について3月16日のサンプロで「民主党が近々政権を獲ろうという時に、財務省をそこまで敵に回していいものか」という意味での政局的な判断の問題が悩ましかったことを率直に認めつつ、しかし、予算案の強行採決によってそれを吹っ切って、「こうなれば(財金分離=原則論の)純粋な立場に立ち戻るべきだ」という判断に小沢も含めて踏み切ったことを明らかにした。と同時に鳩山はこの時、渡辺博史=元財務官など財務事務次官出身者でない者であれば許容可能であるとの個人的見解も示した。

 福田康夫首相も伊吹文明幹事長も、その鳩山の言を当てにして、白川方明副総裁の総裁昇格と抱き合わせで渡辺の副総裁登用を提起し、結果的には渡辺を拒否されたことについて、「結論が遅い」「翻弄された」とボヤき、マスコミも民主党の「迷走」「混乱」と書き立てたのだが、これは、
(1)98年の金融監督庁発足と日銀法の全面改正の根本趣旨である財金分離の大原則論に立った上で、
(2)財務省出身者の内で事務次官出身者を日銀総裁に迎えるのはさすがに大原則に反するだろう、
(3)それ以外であれば大原則に反することにはならないのではないか、
(4)いやこの際は中途半端にしないで大原則を貫いた方がいいのではないか、
----という純粋に戦術的レベルの判断の問題であって、しかし福田はじめ政府・与党もマスコミもその大原則の意味を全く理解せずに「武藤のどこがいけないのか」「世界では財務省出身者が日銀総裁になる例はたくさんある」「財政と金融は連携しなくてはならない」といったそれこそ妄言を繰り返している中では、(4)の大原則優先の立場を採ることが必要だという結論に至ったのは、それはそれで妥当な1つの判断である。

●日銀の独立性は未確立

 本誌が繰り返し主張してきたように、明治以来100年余に及ぶ旧大蔵省による金融の護送船団的な行政的支配とその不可欠の一部である日銀に対する組織的支配とを解体することは、この国が成熟先進国としての次の100年に踏み入る上で避けて通ることの出来ない「改革」の中心課題である。

 財政と金融が連携するのは一般論として当たり前だし、諸外国で財務省出身者が中央銀行総裁に就くことも珍しいことではない。しかしそれは、中央銀行の独立性がすでに確立している成熟国での話で、まだ脱発展途上国を達成しておらず日銀の独立性確保の道筋が緒に着いたばかりの日本では、財金分離を曖昧にすることは「改革」を小泉以前のその発端のところまで逆戻りさせることを意味する。

 周知のように日銀は、ベルギー国立銀行をモデルにしたと言われる1882(明治15)年の日本銀行条例によって同年開業し、それから60年を経た戦時中の1942(昭和17)年に今度はヒットラー政権による独帝国銀行に対する支配をモデルにした旧「日本銀行法」によって完全に政府の下に組み敷かれた。内閣----ということは実質的に首相と蔵相が日銀総裁の任命権と解任権を持ち、日銀の業務のすべてにわたって監督し命令し立ち入り検査まで出来るという、独立性のドの字もない政府=旧大蔵省への日銀の戦時統制的な従属を改めようとする試みは何度かあったが、その度に旧大蔵省が決死の抵抗を組織して潰してきた。

 が、銀行の不良債権問題がすでに泥沼化の様相を呈していた97年に第1次橋本内閣の下で、新「日本銀行法」が成立、(1)「総裁、副総裁、審議委員は、衆参両議院の同意を得て内閣が任命する」いわゆる国会同意人事となり、(2)また「法に列挙された事由に該当する場合(破産手続開始の決定を受けた時、禁錮以上の刑に処せられた時など)を除き、在任中、その意に反して解任されることがない」ことが規定され、(3)さらに日銀の日本銀行の最高意思決定機関である「政策委員会」は総裁、2人の副総裁、6人の審議委員からなり、通貨および金融の調節その他の方針を決定するが、そこには政府から財務大臣と経済財政政策担当大臣が適宜出席することが出来るものの、議決権は持たないオブザーバー的な位置に止められた。

 この日銀法改正と、ほぼ同時に裏腹の関係で金融監督庁(2年後に金融庁に改組)が発足し、旧大蔵省は民間金融と日銀への支配権を剥奪され、その自慢の名称も「財務省」に変更させられたこととが相俟って、日本はようやく「中央銀行の独立性」確立への道に踏み出したのである。霞ヶ関に君臨する旧大蔵省の権力をこのように削ぐことは、単に金融の官僚支配からの解放というに留まらず、明治以来の発展途上国型の中央官僚支配を廃絶する「官から民へ」の大改革の決定的とも言うべき第一歩だったのであり、実際、このことがあって初めて、98年秋の「金融国会」での不良債権処理も可能になった。さらに小泉内閣に至って、半身を削がれた財務省に残された2つの機能の1つである郵貯を原資として財政投融資を行う機能を剥奪するために「郵政改革」が断行された。もう1つの機能は税を集めて省庁別予算として配分する機能だが、これもいずれ徹底的な地方分権によって税源の大半もまた地方に委譲される運命にある。このようにして旧大蔵省権力を完膚無きまでに解体していくことこそ「改革」の本筋であり、それに最後の抵抗を試みつつ、金融庁の人事に手を突っ込んだり、日銀支配を復活させようとしたりして悪あがきしているのが今の財務省であり、その象徴的人物が最後の大蔵事務次官であり最初の財務事務次官だった武藤なのである。

 福田がこんな人物を日銀総裁候補として提示すること自体、彼が「改革」について何も分かっていないどころか、まさに財務省のマインドコントロールにまんまと引っかかって、この国を発展途上国状態に引き戻すための走狗と成り下がっていることを示す。それをまた(本来あれほど「改革」好きであったはずの)マスコミが大いにバックアップして「武藤でどうしていけないんだ」というようなことを書きまくったのは、これまた財務省に操られた結果としか考えられない。

●ガソリン暫定税率問題も同じ

 ガソリンの暫定税率が期限切れで少なくとも一時値下げになる問題でも、福田政権とマスコミは完全に歩調を合わせて、「そんなことになれば国民生活は大混乱に陥る」と、野党と国民を脅迫しまくった。今では誰でも知っているように、実際には何の混乱も起こらず、せいぜいが給油所が持つ在庫の量によって数日間、値段がバラバラになったというだけのことである。年間2兆6000億円の財源が失われて特に地方が大変で、道路建設を凍結したところもあるとも言うが、仮に福田が望むように4月末に衆院で再議決して暫定税率を復活させれば、失われるのは1カ月分の2200億円だけで、こんなものは税収変動の誤差程度でしかなく、何もあわてて予算執行を止めなければならない事態ではありえない。

 これまた本誌が何度も指摘したことだが、暫定税率復活が本当に必要なのかどうかは、政府・与党が昨年12月に決定した「10年間59兆円」というドンブリ勘定が妥当なものであるどうかを精査して、不急不要の道路計画の排除もしくは次の10年計画への先送り、道路財源から国交省役人のヤミ給与や児童手当まで出していたり、職員の遊び道具の購入に充てていたりする乱脈の切開、天下り法人の廃止と水増し発注の監査などを進めていかなければならない。それで本当に必要な金額が確定して初めて、ではその財源をどうするかの議論になるはずで、それを抜きにして「大変だ」「大混乱だ」と騒ぎ立てるのは、何が何でも59兆円を死守せよという、今度は国交省と自民党道路族のマインドコントロールにマスコミが脳を侵されていることを意味する。

 福田首相が追い詰められて道路財源の一般財源化を言い出したのは、それ自体は歓迎すべきことである。が、問題は2つあって、1つは言い出したとたんに道路族による巻き返しが始まっていて、曖昧極まりない「政府・与党合意」だけに留まっていて自民党総務会による議決をしないことになった。これでは骨抜きになるのは避けられない。もう1つは、ここでもまた財務省が出てくるのだが、一般財源化はこのままでは単に国交省の独自財源を剥奪して財務省の管理に移すということしか意味しない。各省庁が持つ特別会計などの形の独自財源を召し上げることは財務省にとって宿願であり、福田はただその手助けをしているだけである。とすると、どこへ向かって一般財源化するかこそが問題で、財務省に向かってか、それとも地方自治体に向かってかという重大な選択が浮上する。道路財源を地方に委ねて、地方の判断で道路以外の目的にも使えるようにすれば、地方分権=旧大蔵省権力解体の方向に合致するが、福田にはそのような考えは全くない。

 このように、暫定税率と一般財源化をめぐる議論も倒錯的な混乱に陥っていて、その意味では大混乱しているのは1に福田はじめ政府・与党、2にマスコミで、民主党が非難されるべきだとすれば、そのような混乱ぶりを正しく整理して議論を前に進めるだけの力量を欠いているという点である。

 いずれにせよ福田政権は今月末、暫定税率の再議決を巡ってにっちもさっちもいかなくなる公算が大きい。そこで内閣総辞職という事態を何とか切り抜けたとしても、精一杯もったとしてサミットまでが限界で、それを花道に退陣。後は仕方なく麻生太郎で、彼の下で秋には総選挙、どこまで負けないで済むかという展開となるだろう。▲

2009年11月12日

INSIDER No.519《OBAMA》戦争が米国を狂わせていく──陸軍基地銃乱射事件の衝撃

 米テキサス州のフォートフッド陸軍基地で5日に起きた銃乱射事件は、01年以来8年間に及ぶアフガニスタンとイラクでの戦争によって"世界最強"であるはずの米軍がもはや精神的に崩壊寸前となっている現状を浮き彫りにした。同基地は、誇り高き米陸軍第1師団はじめ複数の戦闘部隊が駐留する最大級の基地で、アフガンやイラクで戦う部隊はここから出撃してここに帰ってくるのだが、犯人のニダル・マリキ・ハサン軍医少佐は出撃前と帰国後の兵士たちの精神的健康診断、とりわけPTSD(post-traumatic stress disorder=心的外傷後ストレス障害)の予防と治療を担当していた。その精神科医が自ら病んで13人を無差別に殺戮する挙に出たところに、米軍が置かれている状況の深刻さが象徴されている。

●戦争そのものが間違い

 アフガニスタンに部隊を増派するかどうか、増派するとすれば1万か2万か4万か8万か、苦渋の決断をしなければならないまさにそのタイミングで起きたこの事件に、オバマ大統領は衝撃を受け、日本訪問の予定を1日遅らせて、10日同基地で行われた犠牲者の追悼式に出席した。演説に立ったオバマはこれを「理解しがたい悲劇」と表現し、「この残忍で臆病な行為を正当化する信仰はない」と言ったが、「理解しがたい」ことは何もない。アフガンとイラクの不正義の戦争が軍隊ばかりでなく米国社会を腐らせているのである。

 「信仰」について触れたのは、一面正しく一面正しくない。米メディアは、このヨルダン系米国人医師が毎日モスクに通う熱心なイスラム教徒であることを捉えて、「アル・カイーダと接触があったか?」などと憶測を流して、イスラム=テロリストという偏見を掻き立てている。それに対して「信仰の問題ではない」と大統領が言ったのは正しいが、そうでなければ何なのかを言わずして「理解しがたい」と言ってしまったのでは、問題の本質に届かない。自分がブッシュから引き継いだ2つの戦争そのものが間違っていることを認めなければ、このような悲劇が繰り返されることを避けられない。

 かつては両戦争に派遣される部隊は、1年間現地に駐留し、再度派遣される場合も最低2年間の休養期間を置くことになっていたが、兵士不足のため最近は1年3カ月間駐留、1年休養で3度も4度も派遣される者もいる。そのことが事態を一層深刻にしている。

●帰還兵の30%以上が疾患

 エリコ・ロウ『本当は恐ろしいアメリカの真実』(講談社)によると、18歳以上の米国人の4分の1以上が精神疾患にあるが、2つの戦争に従事した帰還兵の間ではその比率はもっと高く、約3分の1に達する。ランド研究所の最新の調査レポートによると、01年以来両戦争に従事した兵士は164万人に上るが、そのうちPTSDもしくは鬱病に罹った者は11.2%、TBI(traumatic brain injury=外傷性脳損傷)に罹った者は12.2%、その両方を併発した者は7.3%で、つまり、約30万人が今なおPTSDもしくは深刻な鬱病に苦しみ、また約32万人が従軍中にTBIを経験しているという。

 ところがPTSD、鬱病患者のうち最低限の治療を受けた者は53%しかなく、高度の専門的治療を受けた者は遙かに少ない。TBI患者の場合はもっと酷く、43%しか専門医に掛かっていない。これらの疾患は放置すれば深刻化し、過度の喫煙、過食、暴力、危険な性行為などに陥っていくことが少なくない。治療が行き届かない原因は、一方では、そのような医療施設が決定的に不足していることに加えて、本人が疾患を周りに知られたくないとか、精神治療への理解不足や偏見などの理由で医師を訪れることをためらう傾向があることである。

 このギャップを埋める努力を開始することは急務で、それは結局のところ、国防総省や復員軍人局の職分を超えて、米国の医療制度そのもの、そして社会のあり方に関わっていると同研究所は指摘している。しかし、問題の根本は、繰り返すが、不正義の戦争は軍隊を腐らせるということであり、戦争を止める以外に本当の解決はないのだが、その選択肢はオバマの視野に入っていない。▲

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