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2009年10月27日

INSIDER No.518《HATOYAMA》「新しい公共」への価値転換の呼びかけ──理念重視の鳩山所信表明演説

 鳩山由紀夫首相の初めての所信表明演説に対する明日のマスコミの論評は、読まなくても判っていて、「抽象的なことばかりで具体性に乏しい」という基調に立って、あれが足りない、これも甘いと、ないものねだりを並べ立てるに決まっている。しかし、この混沌の時代にあってはとりわけ、政治家の第一の仕事は、たとえ「夢みたいなことを言って」と腐されようとも、自らの信念に従って愚直に大理念を語ることであって、その意味ではこれは、旧政権時代には慣例となっていた官僚的な文脈と用語を一切排除して、国と社会の進むべき道筋を自分の言葉で国民に語りかけた画期的な演説だったと言えるのではないか。以下、注目すべきキーワードを拾う。

●無血の平成維新

「日本は、140年前、明治維新という一大変革を成し遂げた国であります。現在、鳩山内閣が取り組んでいることは、いわば、『無血の平成維新』です。今日の維新は、官僚依存から国民への大政奉還であり、中央集権から地域・現場主権へ、島国から開かれた海洋国家への、国のかたちの変革の試みです」

 小沢一郎も鳩山も、「明治以来100年余の官僚主導体制を打破する革命的改革」こそが政権交代の意義であることを繰り返し語ってきたが、それがここでは「無血の平成維新」という表現を与えられている。このように捉えることが、一個の歴史観の提示であり、それに基づく自分らの政権の歴史上での位置づけの宣言である。

 その維新は、当面、「これまでの官僚依存の仕組みを廃し、政治主導・国民主導の新しい政治へと180度転換させよう」とする一連の体制づくりの下での「戦後行政の大掃除」として始まった。その大掃除は2つの面があり、「1つめは組織や事業の大掃除」である。行政刷新会議を中心に「政府はすべての予算や事務・事業、さらには規制のあり方を見直し......税金の無駄遣いを徹底して排除するとともに、行政内部の密約や省庁間の覚え書きも世の中に明らかにしてまいります」

「もう1つの大掃除は、税金の使い途と予算の編成のあり方を徹底的に見直すこと」で、国家戦略室を中心に「縦割り行政の垣根を排し、戦略的に税財政の骨格や経済運営の基本方針を立案していかなければなりません」

●人間のための経済

 その「経済運営の基本方針」はこれから立案するのだろうが、骨格となる考え方はすでにここに示されている。

「私は、『人間のための経済』への転換を提唱したいと思います。それは、経済合理性や経済成長率に偏った評価軸で経済を捉えるのをやめようということです。経済面での自由な競争は促しつつも、雇用や人材育成といった面でのセーフティネットを整備し、食品の安全や治安の確保、消費者の視点を重視するといった、国民の暮らしの豊かさに力点を置いた経済、そして社会へ転換させなければなりません」

 これは、米国流やその小泉亜流の行きすぎた市場主義への批判を含むと同時に、それだけでなく、それこそ過去100年余りの官僚主導による「追いつき追い越せ」の成長至上主義への批判をも含んでいるように見える。別のところで鳩山は「大きな政府とか小さな政府とか申し上げるその前に、政治には弱い立場の人々、少数の人々の視点が尊重されなければならない」と言い、さらに別のところでは「国民生活の現場においては、実は政府の役割は、それほど大きくないのかもしれません。政治ができることは、市民の皆さんやNPOが活発な活動を始めたときに、それを邪魔するうような余分な規制、役所の仕事と予算を増やすためだけの規制を取り払うことだけかもしれません」とも言っている。

 そこですぐに聞こえてきそうな批評は、「大きい政府なのか小さい政府なのか、どっちなんだ」というものだが、欧州ではとっくに、そしてオバマ政権になってからの米国でもすでに、そのような「政府の介入か市場の自由か」という二者択一的な問題設定は過去のものとなっており、その両者の最適ミックスを求める"第3の道"の探究こそが政治の役割となっている。それが日本でも始まったということではないか。

●地域主権改革

「『人間のための経済』を実現するために、私は、地域のことは地域に住む住民が決める、活気に満ちた地域社会をつくるための『地域主権』改革を断行します」

 官僚主導体制とのせめぎ合いは、当面、国家戦略室を司令塔とし行政刷新会議を前線部隊として始まっていく。が、本論説や私と斎藤精一郎教授との対談で触れてきたように、それはしょせんは過去の中央集権国家の下での空中戦であり、出来ることもあれば出来ないこともある。政権の最初の4年間に、その成果と限界を国民の眼前に晒しながら、4年後の次期総選挙もしくはダブル選挙では、民主党は、「だから、これ以上の改革を進めるには中央集権国家の廃絶と地域主権国家の創設が必然なのだ」と言い放って、その具体的プログラムを示して国民合意を求めることになるだろう。

 今は、国会=政治家と官僚体制との空中戦的せめぎ合いとして始まった変革が、それでは完結せずに、地域主権国家への転換という形で地上戦に持ち込まれなければならず、ということはどういうことかと言えば、国民が自ら本当の意味の主権者としてこの国を治める意思を形成できるのかどうかがこの政権の消長を決めるということである。

「いかなる政策にどれだけの予算を投入し、どのような地域を目指すのかは、本来、地域の住民自身が考え、決めることです」

「こうした改革の土台には、地域に住む住民の皆さんに、自らの暮らす町や村の未来に対する責任を持っていただくという、住民主体の新しい発想があります」

 大変なことを鳩山は国民に求めている。「大きな政府か小さな政府か」というのは、政府はどれだけのことを国民にしてくれるのかという旧来型の発想の下での程度問題にすぎない。そうではなくて、地域住民である国民が自分の地域と国とアジアと世界をどうしたいのかがまずあって、中央と地方の政治家が出来ることはそれを政策立案や制度設計や立法技術のプロとして幇助することしか出来ませんよ、ということを言っているのである。

 こんな大変なことを、4年間でこの国民が学び取れるのかどうか、私はかなり悲観的で、民主党政権が倒れるとすれば、「そんなしんどいことを求められるより、政府が何をしてくれるかを待つほうがマシだ」と思って自民党政権への待望が広がった時である。

●新しい公共

「私が目指したいのは、人と人が支え合い、役に立ち合う『新しい公共』の概念です。『新しい公共』とは、人を支えるという役割を、『官』おいわれる人たちだけが担うのではなく、教育や子育て、街づくり、防犯や防災、医療や福祉などに地域でかかわっておられる方々一人ひとりにも参加していただき、それを社会全体として応援しようという新しい価値観です」

 この後に、先に引用した「実は政治の役割はそれほど大きくないのかも」という文章が続く。

 官と民、公と私を縦横座標軸にとると、これまで100年余りの時代には、「公」は無条件に「官」の専有物であって、「民」はしょうもない「私」的利益を追求するだけの存在だった。それが「官にお任せ」のイデオロギーを蔓延らせた錯覚の大元だった。「公」の担い手を「官」に委ねることは、発展途上国=日本としては必要悪のようなことではあったけれども、この国が1980年に前後して、経済実態としては成熟先進国の仲間入りをして、本当はそこで発想転換をして、「公」は「官」の専有物ではなくむしろ「民」が「公」を担う時代になったことを自覚し、日本型の市民社会の創出に励むのでなければならなかったのだが、それがうまく成し遂げられない間に、「官」は天下りに象徴される「私」的利益だけを死守する退嬰へと堕落していった。

「新たな国づくりは、決して誰かに与えられるものではありません。政治や行政が予算を増やしさえすれば、すべての問題が解決するというものでもありません。国民一人ひとりが『自立と共生』の理念をはぐくみ発展させてこそ、社会の『絆』を再生し、人と人との信頼関係を取り戻すことができるのです」

「私は、国、地方、そして国民が一体となり、すべての人々が互いの存在をかけがえのないものだと感じあえる日本を実現するために、また、一人ひとりが『居場所と出番』を見いだすことのできる『支え合って生きていく日本』を実現するために、その先頭に立って、全力で取り組んでまいります」

 繰り返すが、鳩山は大変なことを我々に求めている。お前らが平成維新という革命の主体なんだ、と。この4年間にそれを悟って、お前らが自ら世直しのために行動し始めなければ、この政権は潰れて、再び長い暗黒が訪れるのだ、と。▲

2009年10月22日

INSIDER No.517《OBAMA》アフガン戦争で苦境に陥るオバマ政権(その2)──増派か戦略修正か撤退か......

 ムハマッド・カシム・ファヒムは北部のカザフ人部族を基盤とした最有力の軍閥の主で、01年の米英軍の空爆開始と同時に「北部同盟」を率いて首都カブールに進撃を開始、タリバン政権を打倒する上で中心的な役割を果たした。この作戦を企画し資金を提供したのは米CIAであり、米国の傀儡=カルザイが暫定政府議長に就くと同時にファヒムが国防相に任ぜられたのは自然の成り行きだった。02年1月にはカルザイとファヒムはホワイトハウスに招かれ、ブッシュ大統領から賞賛の言葉と共に、「アフガン軍」の創設と訓練のための莫大な援助金を贈呈された。

 ファヒムがアフガン開戦前から有力な麻薬財閥の1つであることは知る人ぞ知る事実だったが、彼は米国から流れてくる資金を流用して、ロシア製の貨物機を購入してロシア経由でのヘロイン輸出ルートを開拓するなどビジネスを拡大し、一気に文字通りの麻薬王へとのし上がった。困ったのはCIAで、この事実が露見すれば麻薬取引者に対する直接援助を禁じた対外援助法違反で告発されることにもなりかねない。かと言って、ファヒムへの資金提供を止めれば、彼を支柱とするカルザイ政権は崩壊するかもしれない。ブッシュ政権トップの秘密会議が何度も開かれたがいい知恵はなく、結局、ラムズフェルド国防長官らが「とにかくタリバンを叩き潰すのが先決だ」と押し切って援助は継続されることになった。ただし、援助はファヒム個人にでも国防相にでもなく彼の部下に手渡すことにして、対外援助法違反を回避することにした。

 しかし、この決定はアフガン戦争の戦略的な失敗の大きな原因の1つとなった。ファヒムが米国のバックアップで麻薬王にのし上がり、カルザイ政権の支柱になっていることはアフガニスタンでは誰でも知っていることであり、民衆の「米国=カルザイ=ファヒム」への不信はますます増大した。他の軍閥指導者も「麻薬で儲ければ出世できるのか」とばかりそれぞれに麻薬で荒稼ぎしてます世は乱れ、その間隙を縫ってタリバンが大復活を遂げた。ところがカルザイは、今年8月の第2回大統領選挙でも、当初はファヒムを副大統領候補にしようとし、米国の強い反対で断念したものの、そのようなカルザイ政権の腐敗は民衆から見抜かれていて、それを押して当選を確保するには大規模な選挙不正に頼るしかなかった。

 米国とカルザイは、当初、不正選挙について、おざなりのサンプル調査だけに止めて隠蔽しようとしたが、国内からの相次ぐ告発と日欧などの国際監視団の指摘で、800カ所の架空投票所で数十万票のカルザイ票があったかに装うなど、不正が大規模のものだったことが判明して、隠し果せなくなった。そのため11月7日に2位のアブドラ前外相との決選投票が行われることになったものの、早ければ今月末から降り始める雪の影響に加えて、「どうせまた不正が行われるに決まっている」という民衆のウンザリ気分、タリバンによる投票所などへの攻撃の危険、約6000カ所の投票所のほんの一部しかカバーできない監視団の制約などからして、これによってカルザイ政権が正統性を得られるかどうかは疑問である。

 このように、肝心のカルザイ政権が半壊状態に陥ってしまっては、なおさら米国は進むことも退くことも出来ない。

●米政権内部の亀裂

 事態をますます混迷させているの第3の要因は、オバマ政権内部に生じている亀裂である。9月中旬以降、正副大統領、安保担当補佐官、国務・国防両長官らを中心にすでに数回開かれてきたアフガン戦略会議では、特にバイデン副大統領が兵員増派に反対し、戦略目標を「アフガニスタン国内でのタリバンの反乱鎮圧」から「パキスタン国内でのアル・カイーダの壊滅」へとシフトするよう主張している。各種報道を総合すると、バイデンの言い分は次の通り。

▼アフガニスタン国内の米軍は増派するのでなくむしろ削減すべきだ。
▼今は米軍の主任務はタリバンの反乱からアフガン国民を防護することに置かれているが、それよりもむしろ、主としてパキスタン北部の村々に潜むアル・カイーダを無人偵察機によるミサイル攻撃と特殊部隊の突入によって壊滅させることに集中すべきだ。
▼米国の安全保障上の利益はパキスタンにかかっているというのに、米国はパキスタンに注ぐ戦費の30倍もの戦費をアフガニスタンで使っている......。

 ジョーンズ安保担当補佐官も次第にバイデンの考えに近づいていると言われるが、クリントン国務長官は、タリバンを完全にやっつけて2度とアフガニスタンで権力を握ることがないようにしなければ、同国は再びアル・カイーダの巣窟になるとして、これに反対している。オバマ自身はもちろん増派を公約しており、アフガニスタンを半ば放棄するに等しいバイデン案を簡単に呑めるはずがないが、しかし彼も、8月大統領選挙の惨憺たる結末には落胆しており、アフガニスタンに信頼するに足る正統性を持った政府が存在しないまま増派に踏み切ることには強いためらいを感じている。増派は、それが2万であろうと4万であろうと、「ブッシュの戦争」が「オバマの戦争」に転化することを意味しており、それでタリバン掃討の成果を上げられなければ彼の内外での評価は失墜する。

 この議論を睨みつつ、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官は「アフガニスタンの厳しい選択肢」と題したNYタイムズへの寄稿で、要旨次のように述べて整理を図っている(インタナショナル・ヘラルド・トリビューン10月5日付)。

▼現在のアフガニスタン戦略は、古典的な反乱鎮圧方式に基礎を置いている。すなわち、中央政府を作り、その政府が国民生活改善に取り組めるよう関与し、さらにその政府自身の軍隊が我々の訓練計画によってその任務を取って代われるようになるまでの間、我々の軍隊がその国民を防護する、ということである。
▼ところが現地司令官のマクリスタル将軍は現在の兵力ではその使命を果たすには不十分であると言っている。となると、選択肢は3つである。
▼第1に、今の兵力水準を増やさないことである。これは、マクリスタル将軍が提唱している戦略を止めるということであり、米国がアフガンから撤退する第一歩と受け止められるだろう。
▼第2の選択は、現在の兵力水準を維持するが、反乱鎮圧よりもテロ撲滅に焦点を絞った新戦略に移行することである。この考え方によれば、タリバンはグローバルではなくローカルな存在であって、主要な打倒目標ではないので、彼らと交渉してアル・カイーダを孤立させるというのだが、これはアフガンからの全面撤退の別の形となる。私のようないわゆるリアリストでも、タリバンと協力するという考えには吐き気を覚える。
▼第3は、兵力を増派して、内乱を鎮圧して国民を防護するという戦略を続けることである。安易な戦略転換は不信と混乱の元になるのでそれが望ましい。が、今まで通りにやっていけばいいというのはなく、政治的な環境整備に重点を移す必要がある。ゲリラとの戦いでは、国土の100%を時間的に75%支配することよりも、75%の地域を100%支配することが重要で、それには地域の部族や民兵とも手を組んで地域を抑えることに最大の努力を注ぐべきだ。
▼また、国際テロに脅威を感じている近隣諸国との協力は不可欠である。パキスタンはアル・カイーダに、インドはジハド主義や特定のテロ集団に、中国は新疆のシーア派原理主義のジハド主義に、ロシアは不安定な南部イスラム地帯に、イランでさえもスンニ派タリバンの原理主義者に、それぞれ脅威を感じている。これらの国々がNATO諸国も加えて一堂に会して、アフガニスタンの難問解決のため協力する態勢をとるべきである......。

 米外交政策マフィアのドンといえども名案はなく、公約通りに兵員を増派するけれども、もっと地域部族との連携を巧くやれないか、という程度の話である。

●軍事的解決はない

 しかし、タリバンが国土の約半分を実効支配するまでに復活してきた最大の要因は、それが掲げる「全外国軍隊の撤退」という目標が民衆ばかりでなく部族首長や軍閥指導者の間で説得力を持っているからである。タリバンの原理主義的な統治には反感はあるものの、少なくとも米軍が入ってくる以前には、これほどまでに国が乱れて生活に困窮することはなかったし、村人がミサイルやロケットで無差別に爆殺されることもなかった。米軍は民衆を防護すると言うが、米軍が無差別殺人を行い、それに対する報復として自爆テロをはじめゲリラ攻撃が起きているのであって、米軍がいなければそのどちらも起こらない。この状況では、米国は4万どころか10万を増派しても、キッシンジャーの言う「75%の地域を100%支配する」ことは出来ないだろう。

 それに比べれば、パキスタン北部でアル・カイーダ退治に専念するというバイデンの案は、多少とも合理的と言えるが、すでにアル・カイーダはそれを想定して、パキスタン中部から南部にまで分散して、ローカルな過激派と連携してイスラマバードを脅かしている。つまり、軍事力による解決はないということである。

 この苦悩の選択に直面して、そもそも軍事的には何の意味もないインド洋での日本自衛隊の給油活動を続けるかどうかなど、オバマ政権にとってはどうでもいい枝葉末節であって、「止めたいなら勝手に止めてくれ」というのが本音である。▲

2009年10月17日

INSIDER No.516《NEW ASIANISM》米人記者が語る:民主党の「新アジア主義」への米国のいわれなき畏れ

 ダニエル・スナイダーとリチャード・カッツは私の30年以上にわたる記者仲間であり家族ぐるみの付き合いをしてきた友人である。特にスナイダーは、小沢一郎の「親友」で、『週刊現代』10月24日号には「小沢一郎という男」と題した彼のインタビューが載っている。彼と、彼のパートナーで経済ジャーナリストのカッツが米国の権威ある外交評論誌『フォリン・ポリシー』最新号に論文を寄せ、NYタイムズに代表される米メディアやオバマ政権内の鳩山および民主党政権に対する誤解と偏見に反論していてなかなか面白いので、著者たちの了解を得て(『フォリン・ポリシー』の了解は得ず、私の拙ない翻訳で)紹介する。[高野]

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 日本の民主党が8月総選挙で勝利を収めて以来、米国の日本ウォッチャーたちは新政権が現状を覆して米国離れをしようとするのではないかと心配してきた。確かに民主党は新しいパラダイムを生み出そうとしている。が、それは人々が思っているようなパラダイムではない。

 民主党が政権を獲る以前から、敗北を喫した自民党とその米国の同盟者は、新政権が「反資本主義」であり「反米」であるかに描き上げるメディア・キャンペーンを両国で展開し始めていた。

 鳩山由紀夫首相が[『VOICE』9月号の]論文の中で、「米国主導の市場原理主義」を批判し、また中国が覇権国家たらんと企図する一方で米国が支配を維持しようと奮闘している世界の現状に言及していることについて、評論家たちがいろいろ言い立てている。半世紀に及ぶ自民党支配が失墜したことを歎くあまり、これらの悲観論者たちは、鳩山が自由市場経済を投げ捨てようとしているとか、国際経済社会における日本の重心を西側からアジアにシフトしようとしているとか、安保上のスタンスを米中「等距離」にしようとしているとか、あげつらっている。

●民主党への誤解

 このような言い方は、バラク・オバマ大統領を社会主義者だとレッテル貼りするのと同工異曲である。鳩山は、この経済危機の原因が行きすぎた規制緩和にあると非難しているが、それは多くの人が言っていることである。米国離れをしようとしていると言う人がいるけれども、民主党は日米自由貿易協定の推進を支持してきた。こんなことは自民党は一度も言ったことはなかった。さらに、民主党の指導者たちは、米国を見捨てて上り坂の中国の庇護の下に走ろうというような単純な主張をしているのではない。むしろ、民主党が望んでいるのは、米国とはより対等なパートナー関係を築きながら中国・韓国はじめアジアとの関係をより重視しようという、日本の外交政策におけるパラダイム・シフトである。

 これを「新アジア主義」と呼ぼう。この考え方は、今週末に北京で開かれた日韓中首脳会談ではっきりと示された。この3者サミットが開かれたのはまだ2回目に過ぎないが、前回と比べると遙かに実質的な中身のある会議で、北朝鮮への対応や経済刺激政策からEUをモデルとした「東アジア共同体」の形成にむかって一歩を踏み出すことまでが広く議題となった。

 新アジア主義は、日本の日米同盟最優先の路線を揺り戻そうというものではあるが、かと言ってそれを全面的に拒否しようというものではない。これまでの自民党政権は、ワシントンの政策が間違っていると分かっている場合でも同調しなければならいないと思うのが常だった。例えば、小泉純一郎元首相は、イラクに部隊を派遣し、あるいはインド洋での給油活動に艦船を派遣したが、それは米国の政策を支持したからではなくて、中国や北朝鮮との緊張が高まった際に米国が日本を助けてくれるという約束を確かなものにするためだった。

 勃興する中国を封じ込めるべきだという東京・ワシントン双方のネオコンの主張に対して、民主党は、そのような試みは失敗するに決まっているとして、はっきりと否定する。米国と中国がますます経済相互依存を深め、戦略的利益を共有しつつあることを思えば、ワシントンが反北京戦線を構築しようとすることはあり得ないと民主党ブレーンの1人は見る。また東京は、米日安保同盟にのみ頼っていたのでは中国の地域覇権の企てに対抗することは出来ないと考えている。反対に、東京がもっと恐れていることは、米国が日本を見放して米中による"G2"を形成して、日本をこの地域における二流国に降格させることである。民主党の見方では、そうさせないために日本は中国をより広い範囲で地域的問題に関与させるよう仕向ける必要がある。

●パラダイム転換の3要素

 鳩山や他の民主党幹部が日本のメディアや本論の著者たちとのインタビューで明確に述べているこのパラダイム・シフトは、大きく3つの要素からなる。

 第1に、9月に鳩山がオバマに語ったように、米日同盟は日本の外交政策の"要石"である。東京が、安全保障や経済の領域でワシントンと距離を置くなどというのは、まったくナンセンスで、もしそのような幻覚じみたことを言っている者がいるとすれば、それは日本人の中でもごく少数のオタクっぽい連中だけである。

 実際、日本と米国はお互いに手を携えることで中国と拮抗し、貿易、環境その他の問題で中国が責任ある大国となるよう促す必要がある。加えて、日本は米国(および中国)との強力な同盟なしには北朝鮮の核に対処することが出来ない。いくつかの難しい2国間の安保上の問題は残っていて、例えば積年の沖縄米軍基地の問題がそうである。しかし、自民党よりよほど手強い交渉相手である民主党指導部は、この問題を含めてオバマの11月訪日以前に妥協策を見いだそうとしている。

 この現実主義には深いルーツがある。例えば、鳩山やその他の民主党指導者たちは、彼らがまだ自民党所属だった時代から、米国との強い同盟の枠内で日本の安保役割を拡大することを主張していた。1992年には彼らは日本の海外PKO参加に道を開く先頭に立った。2001年には9・11攻撃に対応してインド洋に海上自衛隊を派遣することを支持した。そして今週、岡田克也外相はアフガニスタンとパキスタンを訪れ、東京がこの前線で支援を提供し続ける(ただし軍事援助ではなく経済援助を通じて)つもりであることを表明した。

 経済の分野で、もし民主党治下の日本がアジア・ブロックに加入したとしても、それは米国との経済的絆が終わるとか弱まるとかいうことを意味しないだろう。ずばり言って、アジアの成長は米国の繁栄と密接に結びついている。今日の日本は米国よりも中国に多くを輸出しているが、翻って中国の繁栄は米国向けの輸出に頼っている。米国の不況とそれが中国にもたらした余震とがどれほど日本に打撃を与えたかを見れば、この依存関係の現実に疑いの余地はない。

●東アジア共同体の可能性

 民主党の外交政策におけるパラダイム・シフトの第2の要素は、東アジアの地域的リーダーとしての役割を果たしたいという熱望である。この熱望の帰結が、EUの初期段階をモデルとした「東アジア共同体」である。

 先月の国連での演説で、鳩山は、共同体が遠い将来には共通通貨ユーロのアジア版を作ることになるだろうという、いささかロマンティックな願望を口にした。彼が明言したところでは、これは長期の課題であり、「自由貿易協定、金融、通貨、エネルギー、環境、災害救助その他、協力できる分野からスタート」して、しかる後に共通通貨問題に進んでいくことになる。また彼は、アジア通貨の創設はドルや米国との強い経済的絆を傷つけることにはならないと強調している。むしろ鳩山は「開かれた地域主義の原則に基づいてお互いの経済的ダイナミズムを共有する」ことを求めている。この「開かれた」という言葉は、米国の東アジア共同体への非公式な参加への暗号である。

 日本政府関係者は、東アジア共同体を構成するのはASEANの10カ国プラス中国、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、それにインドとなるだろうと言う。この顔ぶれは、日本の提案と米国の奨励により2005年に初めて会合した。末尾3カ国は、中国がこの会合を主導しようとするのを牽制するために、後から付け加えられた[訳者注]。

 民主党ブレーンたちはこの東アジア共同体の追求が唯一最優先の地域政策だと主張するが、別の考え方もあって、それは、北朝鮮の核をめぐる6カ国協議を発展させる形で地域的安保を構想すべきだというものである。彼らはまた、日本・米国・中国の戦略的対話というアイデアも温めているが、これはワシントンと東京が手を組むことで北京を抑えることが出来るという民主党ブレーンたちの考えに基づいている。ヒラリー・クリントン国務長官とジェフリー・ベイダー国家安保会議アジア部長も日米中対話を支持している。ベイダーはブルッキングス研究所にいた当時にこの3カ国協議を主張していた。

 カート・キャンベル東アジア太平洋担当国務次官補はじめオバマ政権高官は、日本が中国やアジア諸国と関係改善を図ろうとすることについて、公に歓迎の意を表明してきた。それにもかかわらず、オバマ政権高官の中には、鳩山が東アジア共同体について語る真意について個人的に不安を漏らす者がいる。彼らは、それが排他的な地域統合に行き着くのではないかと心配している。その恐れは全くないとは言えないが、これが民主党内にあってもまだ不定型なアイデアであることを理解することが重要である。

 だから、オバマ政権はこの問題について民主党に関与すべきである。そのためには、同政権は、オバマが出席予定の11月のアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議までに、東アジアの地域主義についての同政権自身の政策を描き上げなければならない。そうすれば、ワシントンはEUのアジア版について何を問題にすべきか、例えばAPECなどの機構と東アジア共同体の重なり具合に対してどう対処するかがはっきりする。そうすれば、米国は日本がリーダーシップを発揮しようとするのを支援することが出来るだろう。それは米国が長く待ち望んできたことなのだから。

●歴史問題への新視点

 民主党の外交政策におけるパラダイム・シフトの第3の要因は、歴史問題、すなわち1930〜40年代の日本のアジア侵略を巡る近隣諸国との間で長く続いてきた緊張を解決することへの、新しい視点である。1995年に自社さ政権の村山富市首相は、戦時日本のアジアに対する侵略について謝罪した。自民党は口先ではこの謝罪を支持してきたものの、同党幹部は度々それを否定し、ソウルや北京を苛立たせてきた。

 しかし鳩山は、アジア諸国の首脳とのどの会談でもこの問題を採り上げて、彼の政府が95年の謝罪を遵守することを再確約してきた。民主党は戦死者を祀った靖国神社からA級戦犯を除去するつもりであると言明してきた。また外相は、欧州諸国が第2次大戦とホロコーストについてそうしてきたように、日韓中が共同で歴史教科書を作るよう提唱してきた。このような厄介な過去の遺産と向き合う作業は、中国や韓国との連携を改善するためだけではなく、将来後戻りが起きる可能性の芽を摘むためである。

 このようなドラマティックな外交政策の変化、つまり新アジア主義を携えて、民主党は日本を導こうとしている。同党は、東アジアにおいてリーダーの役割を果たす用意があり、その意思があり、その能力がある。日本がより広範な地域的枠組みを通じて強力な中国との歴史的な対立関係をうまく処理していくことは、日米両国の利益である。ワシントンにとっては、今までより従順でない民主党日本というパートナーに慣れるには時間が要るだろうし、民主党が統治の現実を学ぶのにも時間が要るだろう。しかし、ワシントンも民主党も、冷戦時代の思考にしがみつくのでなく、これを今日的な新しい現実に合わせて日米同盟を再構築する好機とすべきである。▲

[訳者注]小泉内閣が提起した「東アジア首脳会議」は、当初、ASEANの東南アジア10カ国プラス東北アジアの日韓中のごく自然な枠組みとして考えられていたが、米国はこれが中国の地域覇権の道具となることを懸念して、豪、ニュージーランド、インドの"民主主義"3カ国を加えるよう日本に圧力をかけ、日本を含めた4カ国で中国を包囲する形を採らせた。それら3カ国が「東アジア」であるはずがなく、鳩山が構想する東アジア共同体では元のASEANプラス3に立ち戻り、3カ国および米国はせいぜいがオブザーバーの地位になるのではないか。また東アジア共同体が日本およびアジアの"米国離れ"を意味するのではないかという米国の被害妄想は根深いので、それと並行して日中米の世界ビッグ3による「戦略的対話」の枠組みを形成することが必要になろう。

《著者について》
ダニエル・スナイダー:米スタンフォード大学ショーレンスタイン・アジア太平洋研究センター副所長、元クリスチャン・サイエンス・モニター東京特派員、サン・ノゼ・マーキュリー外交記者。
リチャード・カッツ:ジャーナリスト、オリエンタル・エコノミスト編集者。

2009年10月14日

INSIDER No.515《OBAMA》アフガン戦争で苦境に陥るオバマ政権(その1)──増派か戦略修正か撤退か......

 イラクからは早期に撤退するが、アフガニスタンには兵員を増強してでも必ず勝利を達成するというのがオバマ大統領の選挙公約だが、その公約を取り下げざるを得ないのかどうか、同大統領は苦悩に満ちた選択に直面している。就任当初は圧倒的だった支持率は、10カ月後の今は50%前後で低迷していて、その少なくとも半分は、アフガン戦争の泥沼化を目の当たりにして米国民の間に厭戦気分が広がりつつあることが原因と見られている。それを押して公約通り増派に踏み切るのか、逆にアフガン内戦への関与を事実上放棄してパキスタン北部での対アル・カイーダ掃討に目標を限定するのか、それともその中間の折衷案を採るのか----それ次第で政権の浮沈が左右されかねない重大局面を迎えている。オバマの決断の期限は今月末である。

●深まる泥沼化

 10月7日で米英軍のアフガンニスタン空爆開始から丸8年を迎えた現地の状況はますます芳しくなく、泥沼化はむしろ深まっている。AP通信などによると、米兵の戦死者数は7月44人、8月45人と過去最悪を更新し続けており、また民間団体の集計によると、NATO軍などを含めた全外国人兵士の今年の死者は8月末で301人で、昨年1年間の294人をすでに上回った。10月3日には東部ヌリスタン州で、国際治安支援部隊(ISAF)の基地をタリバン・ゲリラ約300人が攻撃して激しい交戦となり、米兵8人とアフガン特殊部隊員2人、警察官1人の計11人が死亡した。一度に米兵8人が死亡したのは過去1年間で最悪。また別の米兵1人も3日、東部で起きた爆弾の爆発で死亡した。さらに国連アフガニスタン支援団によると、民間人の死者も昨年は2000人を突破、今年前半で1013人に達した。

 ペンタゴン首脳でさえ「極めて深刻」と認めているこの事態をもたらしている第1の要因は、タリバン勢力の全土における目覚ましいまでの復活である。

 そもそも、テロを撲滅するのにアフガニスタンを相手に国家間戦争を仕掛けるというブッシュ前大統領とネオコンの戦略設定そのものが根本的に間違っていたことは、今は措こう(それについては高野著『滅びゆくアメリカ帝国』
を参照)。

 それにしても、戦争を仕掛けるについて、紀元前6世紀から始まるこの地域の宗教や歴史、それに基づく社会構造への米国の無知は覆いがたいものがあって、タリバンのような反民主的な宗教独裁は人々から恨まれているに相違なく、軍事的に一撃を加えればひとたまりもなく引っ繰り返って、タリバンに保護されたアル・カイーダもたちまち掃討できると錯覚した。ところが実際には、数千年の歴史を持つ部族社会がこの国の基本構造であり、その上に「軍閥」による地方分割支配が成り立っていて、タリバンというのはその軍閥と部族社会にある種の統合原理を提供したのであって、それに対してたかだか230年の歴史しか持たない米国が物理的軍事力に物言わせて挑むのは無謀なことだった。

 加えて、その部族社会の中心勢力でありタリバンもまたそれに基礎を置くパシュトゥン人は、170年間に4度にわたって白人超大国と戦って1度も負けなかったことに自信と誇りを持っている。英国は1838〜42年の第1次アフガン戦争では1万6000の東インド会社軍を全滅させられ、1878〜81年の第2次アフガン戦争では戦況膠着のまま面子だけ守って撤退を余儀なくさせられ、1919年の第3次アフガン戦争でもアフガン軍のインド越境攻撃に手を焼いて、結局アフガニスタンに完全独立を認めざるを得なくなった。また旧ソ連はアフガンの傀儡政権に対するイスラム武装勢力の反乱を鎮めようと1979年に10万を超える陸軍師団を投入したが、10年間の悪戦苦闘の末に惨めな撤退を強いられた。19世紀の超大国が3度戦って1度も勝てず、20世紀の2つの超大国の1つが10年間も戦って勝てなかったのは何故かを顧みることもせずに、残されたもう1つの(そして最後の)超大国が同じ轍を踏んでいるのは、悲劇を通り越して喜劇に近い。

 タリバンの軍資金は豊富で、その源は、一般に信じられているように、年間7000万ドルと推計される阿片密輸収入だけではない。米誌『タイム』9月7日号が報じたところでは、世界各国から復興支援のために寄せられた莫大な援助金は、国連や各国援助機関を通じて現地の建設会社などに流れるが、脅迫、身代金目当ての誘拐、事業の安全を保証する代わりに取り立てるみかじめ料もしくはショバ代などの形で上前を撥ねているのがタリバンである。そう言うと聞こえは悪いが、タリバン側から見れば、国土の半分以上を実効支配している地方権力として秩序維持のために徴収している"税金"という位置づけである。その金が、例えば自爆テロ1件につき報酬750ドル(経費は別途支給、米兵が何人死んだかを示す証拠ビデオを残せばさらに割り増し----もっとも受け取るのは遺族だが)という相場でバラ撒かれるので志願者が後を絶たない。あるいは、ドイツの援助機関の下請けをしている契約業者の一例では、軍事攻撃の対象としないという約束を取り付けるためのみかじめ料は現金で1万5000ドルだった。

 治安が回復しないどころかますます悪化して事実上の内戦状態にあるのに、もはや内戦は終わったかの架空の前提で無理矢理に民生支援を始めてしまった結果、援助金がタリバンの軍資金に吸い上げられて治安悪化を助長するという悪循環に陥っているのである。

●カルザイ政権の腐敗

 事態を深刻化している第2の要因は、肝心のカルザイ政権の腐敗・堕落である。ハミード・カルザイは、96年にタリバン政権によって駐国連大使に任命されたこともあったが、タリバンとイスラム過激派の結びつきが強まったことに反発して反タリバンの立場に身を移し、それを理由の1つとして有力部族長だった父親を殺されている。一時は米石油開発会社ユノカルのコンサルタントとして、中央アジアからアフガニスタンを縦断してインド洋まで石油パイプラインを敷設する計画を推進していた。軍事攻撃の裏で素早く石油利権を確保するというチェイニー副大統領(当時)らネオコンの好みにピッタリの人物として、まさに米国の傀儡として01年12月、アフガン暫定政府の議長に押し立てられ、04年10月の戦後初の大統領選挙で当選して大統領に就任した。

 しかし、アフガニスタン再建の主軸となるには余りに無力で、首都カブールの治安はおろか自分自身の身辺警護さえ米軍に頼るような有様が続いてきた。しかもカルザイは、軍閥や部族を味方に引きつけるために利権をバラ撒き、あるいは半ば公然たる麻薬密売組織のボスを政府高官に就けるなど、自らの政権を腐食させてきた。その象徴が、前国防相のムハマッド・カシム・ファヒムで、彼は最も有力な麻薬財閥のオーナーだが、こともあろうにカルザイは今年8月の第2回大統領選挙に当たって、このファヒムを2人の副大統領候補の1人に指名しようとしてオバマ政権の決定的不信を買った。(続く)▲

2009年10月 1日

INSIDER No.514《Administrative Vice-Minister》「事務次官ポストを廃止せよ」という片山善博の提言──国家戦略局で実現して欲しい!

 9月28日付の日経「領空侵犯」欄で前鳥取県知事の片山善博=慶応大学教授が「事務次官ポストを廃止せよ」との持論を改めて展開している。その通りで、事務次官会議を廃止したくらいでは不足で、事務次官のポストそのものをなくしてしまうのが官僚体制改革の早道である。片山は、国家戦略局(今はまだ国家戦略室)の「予算編成のあり方検討委員会」に参加しているが、それにとどまらず、是非ともこの実現に取り組んで貰いたい。

《発言要旨》
▼今までは事務次官が省庁の実質的な責任を取っていて、大臣はトップではなかった。大臣などの政治家が責任を取り、幹部職員の人事もやるようになれば事務次官はいらない。
▼官僚は、税や国際金融など専門分野でそれぞれ局長を目指せばいい。現在の富士山型の組織を連峰型に変える。その方が職員も幸せだと思う。そして本当に役所のトップになりたいなら政治家になって大臣を目指せばいい。優秀な人材なら政治任用で副大臣や政務官になれるかもしれない。
▼今の事務次官は省庁の権益の守護者にすぎず、国民の利益に反することばかりしている。得意なのは根回しと場つなぎぐらいではないか。ピラミッド型組織を改めれば天下りもいらない。優秀な人は定年まで勤めてもいいし、大学で研究者になってもいい。
▼大臣が幹部人事をやるようになれば組織はすぐに変わる。

 同期の中で事務次官になれるのは1人だけだから、それ以外の人には残念賞としておいしい天下り先を用意して定年前に退職して貰うという慣行になっていた。しかし、片山も言うようにこれは「半分うそで、次官が一番楽なおいしいポストに天下っている」。だからどうしても次官に勝ち残るのが官僚の夢になってしまう。専門領域を持った実力本位のプロフェッショナルとして局長を勤め上げたら、後は次官か天下りか、どちらかの安楽が待っているという官僚人生の設計思想がおかしいのであって、実力局長として定年まで国家・国民のために働くことが夢ということになれば、むしろ意欲と情熱に溢れた若者が官僚を目指すのではないか。▲

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