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2009年9月26日

INSIDER No.513《Administrative Vice-Minister》「地域主権国家」への工程表──斎藤精一郎の提案に(ほぼ)賛成!

 斎藤精一郎=NTTデータ経営研究所所長が『エコノミスト』9月29日号に「"失われた30年"を避けるための3つの政策」と題して、新政権が今後4年間に採るべき方向と工程を提言していて、私はこれに(ほぼ)賛成である。

 斎藤は、日本経済が90年以降「長期の停滞と閉塞」に陥っていて、このまま手をこまねいていればこの先さらに10年も浮上できずに「失われた30年」に填り込みかねない、と持論を述べた後、この長期停滞の要因について次のように述べる。

●停滞の原因は官僚統治機構

「一言でいえば、輝かしい戦後経済時代(キャッチアップ過程)が完了してすでに20年が経過しているのに、依然、官僚依存型統治構造と中央集権体制に象徴される戦後体制がそのまま居座っていることだ」

 別稿で浜規子の言説に触れた際にも同じことを指摘したが、ここで斎藤が言う「戦後経済時代」あるいは「戦後体制」は、明治以来100年余の発展途上国経済時代(体制)と読み替えるべきである。官僚主導の統治構造と中央集権体制は決して戦後になって始まったものではなく、明治憲法によって定式化されて戦後になってもマイナーチェンジが施されただけで今日まで生き残ってきたものだからである。そのように捉えれば、斎藤説は、(またまた登場して恐縮ながら)96年旧民主党の理念文書の第1節「社会構造の100年目の大転換」の次のような書き出しと完全に一致する。

「明治国家以来の、欧米に追いつき追いこせという単線的な目標に人々を駆り立ててきた、官僚主導による『強制と保護の上からの民主主義』と、そのための中央集権・垂直統合型の『国家中心社会』システムは、すでに歴史的役割を終えた。それに代わって、市民主体による『自立と共生の下からの民主主義』と、そのための多極分散・水平協働型の『市民中心社会』を築き上げなければならない。いままでの100年間が終わったにもかかわらず、次の100年間はまだ始まっていない。そこに、政治、社会、経済、外交のすべてがゆきづまって出口を見いだせないかのような閉塞感の根源がある」

 鳩山由紀夫首相や小沢一郎幹事長が繰り返し、「明治以来100年余の官僚主導体制を打破する革命的改革」こそ政権交代の中心的意義があると述べているのは、このような時代観・歴史観に裏付けられてのことであり、長期の停滞と閉塞の本質はそこにある。その点に関しては民主党政権には一点の曇りもない。

●構造疾患の3次元方程式

 次に斎藤は、その停滞と閉塞の実体として「3つの構造疾患」を挙げ、それらに順を追って対処していく工程表を持つべきだとする。

(1)生活不安症候群----雇用、賃金、年金、子育て、教育、健康、介護、福祉、住宅など国民生活の随所に穴が開き、国民を心理的不安だけでなく。生活の困窮や生命の危険に晒し始めてている。

(2)社会的衰弱症候群----商店街のシャッター街化、農村の耕作放棄、中小企業・町工場の廃業など、荒廃化現象が悪性腫瘍のように増殖しつつある。

(3)成長力喪失症候群----それらを食い止め、将来の活性化を担保するための財源が縮小しつつある。

 今後10年で日本経済を浮上させるには、この3次元方程式を解くための戦略的工程表が不可欠で、まず民主党政権は、生活不安解消のために「バラマキ全開」で応急手当を行う。次にその成果が出始める2〜3年後を狙って、地域再生による社会的衰弱の克服のため、統治構想の改革(政治主導の仕組み構築)と制度設計(地域主権改革の法制化)を大胆に進める。最も時間がかかるのが「新しい成長力」の創出で、それには長年馴染んできた「輸出立国モデル」を転換しグローバル競争力を備える先端産業立国を目指す......。

 このような考え方は、私が本欄で述べ、9月17日発行の民主党機関紙『民主プレス』に寄稿した一文(添付資料参照)でも述べたような、政権運営の基本的な方向性ともおおむね合致している。私はそれらで、民主党政権は、まずは新設した国家戦略局と行政刷新会議を基軸として精一杯、官僚主導から政治主導への転換を図りながら、しかし過去の中央集権国家の枠内ではそれには自ずと限界があって、出来ることと出来ないことが浮き彫りになっていくので、それを国民の眼前で繰り広げながら、4年後の総選挙(もしくはダブル選挙)に向かって、中央集権国家の解体と地域主権国家の樹立についての壮大なプログラムを描き上げ、それに国民の全面的支持を取り付けることに争点を絞って選挙を戦うべきであるとの趣旨を強調しておいた。

●憲法改正で仕上げ

 確かに斎藤が指摘するように、生活不安の解消は待ったなしであり、もちろん財源の組み換えなどに知恵を総動員するのであるけれども、それでも不足する分は非常手段を講じてでも何とかして手当をすることが必要だろう。それはまた、次の段階の社会的衰弱に外科手術的に取り組むための体力回復を確実にするためでもある。そこで官僚体制の壁との戦いはいよいよ熾烈さを増すだろうが、遅くとも3年後、つまり総選挙の1年前には、地域主権国家構想の骨格を明らかにし、それを実行に移すための基本的な法案を成立させながら選挙を戦う。恐らく自民党はそれと改革案を競い合うまでに再生を遂げていない公算が大きく、とすると民主党は今回以上の圧勝を得て引き続き4年間、8年間、政権を担当することになる可能性が大きい。

 その間に新しい国家デザインの細部を仕上げていきながら、最後は、それに相応しい憲法改正案を示して国民投票にかけることになるだろう。そこまでやり遂げて、この政権は歴史的使命を終えるのである。

 (3)の成長力喪失症候群への対処については、まず、成長率目標で表されるいわゆる「成長戦略」を本当に持たなければならないのかどうか、もっと別の価値観を立てるべきはないのかの議論が必要だろう。その上で、斎藤が言う「旧来型の輸出立国ではない先端産業立国」の意味するところがまだよく分からないが、私も、「モノづくり資本主義」についての論説で述べたように、ハイテク分野を中心とする高度資本財の開発・輸出が21世紀日本の世界経済との関わりの最突端と位置づけられるべきだと考えているので、そのあたりを今後深めていきたい。

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《資料》民主党政権は「縦突進」で!(『民主プレス』への寄稿)

 待ちに待った政権奪取だから、あれもこれもやりたいと思うのは当然だろう。マニフェストは総花的で、しかも民主党にはそれぞれの分野に精通した政策立案者や論客が多士済々なので、各人が気負い込んで各個バラバラに走り始める危険もないではない。しかし、政権全体の特に滑り出しで決定的に大事なのは、ラグビーに例えれば、横広がりに展開して個人技で相手を抜き去ろうとする華麗なオープン攻撃作戦ではなく、密集隊形でひたすら縦に縦にとボールを繋いで敵陣中央を突破する泥臭い縦突進型の攻撃作戦を採ることによって、この政権の歴史的な中心使命がどこにあるのかを骨太く示すことである。

 中心使命とは、小沢一郎前代表の年来の主張から言葉を借りれば「明治以来100年余の官僚主導体制を打破する革命的改革」である。鳩山由紀夫代表も衆院解散日の会見で同じ「革命的改革」という言葉を使い、それへの「国民総参加」を呼びかけた。マスコミはこの「革命的」をちょっと大げさな形容詞くらいにしか捉えておらず、そうであるがゆえに「民主党の国家ビジョンが見えない」などと見当外れの批判を繰り返してきたが、とんでもない、「的」を取ってしまって「革命」と呼んだ方がいいような事態がいままさに始まろうとしている。なぜなら、この革命的改革は結局、「地域主権国家の確立」という国家大改造の断行に行き着いていくものだからである。

 私のイメージでは、事は次のように展開する。まず最初の100日間は、来年度予算を概算要求から組み替えて可能な限り民主党の重要政策を反映させたものにすることに全力を集中する。次に、来年の通常国会ではいくつかの目玉政策を実現する法改正に取り組んで、その成果を背に夏の参院選で圧勝する。さらに2年目、3年目と着々改革を進めるのだが、それらすべては現行の中央集権国家体制の下での取り組みであって、出来ることと出来ないことが露わになっていく。その経験を踏まえて、4年後の総選挙(もしくはダブル選挙)ではいよいよ、中央集権国家を解体して「地域主権国家」を新たに樹立する全面的なプログラムを押し立てて、今回以上の圧倒的な国民の支持を取り付けて、さらに4年ないし8年かけてこのリベラル革命を遂行する。それに対して自民党は、反革命を対置するのか、別の保守革命路線を提起するのか、そこをはっきり定めなければ再生はおぼつかず、民主党の天下が当分続くことになるだろう。▲

INSIDER No.512《HATOYAMA》"未来志向"の鳩山外交、好発進──「鳩山カラー」とは何か?

 国会で国民に対して所信表明演説をする前に、いきなり国連気候変動首脳級会合で世界に向かって演説し「温室効果ガス25%削減」の中期目標を公約して絶賛を浴びるという、異例のデビューを果たした鳩山由紀夫首相だが、いつも粗探しのようなことばかり書いているマスコミも、「"鳩山カラー"全開で外交デビューを飾った。......国連の各会合での演説も、高い理想を掲げる"鳩山カラー"が彩る」(23日付読売)と、好意的なに報じている。

●未来からの風

 「鳩山カラー」というものがあるとすると、その最大の特徴は、"未来志向"と言うか、まず将来へ向かっての大きな目標を掲げてしまって、それをどうしたら実現できるかは後から考えればいいという、あっけらかんとした割り切り方である。これは実は、鳩山個人の性分によるというよりも、旧民主党以来の同党の政策の根本にある発想方法である。前原誠司国交相が取り組んでいる八ッ場ダム問題で、まず「中止」という動かぬ目標を設定して、それから地元の説得の仕方を模索するというのも、岡田克也外相が担っているインド洋の給油問題で、「単純延長はない」と結論を明言した上で、代替のアフガン支援策を米国と話し合おうとするというのも、みな同工異曲である。

 度々の引用で恐縮だが、96年旧民主党の結党文書は、第1節で「100年目の大転換」を言い、第2節でそのための政策の立て方として「2010年からの政策的発想」について述べていた。

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   私たちは、過去の延長線上で物事を考えようとする惰性を断って、いまから15年後、2010年にこの国のかたちをどうしたいかに思いをめぐらせるところから出発したい。するとそこでは、小さな中央政府・国会と、大きな権限をもった効率的な地方政府による「地方分権・地域主権国家」が実現し、そのもとで、市民参加・地域共助型の充実した福祉と、将来にツケを回さない財政・医療・年金制度を両立させていく、新しい展望が開かれているだろう。

 経済成長至上主義のもとでの大量生産・大量消費・大量廃棄の産業構造と生活スタイル、旧来型の公共投資による乱開発は影をひそめて、技術創造型のベンチャー企業をはじめ「ものづくりの知恵」を蓄えた中小企業経営者や自立的農業者、それにNPOや協同組合などの市民セクターが生き生きと活動する「共生型・資源循環型の市場経済」が発展して、持続可能な成長とそのもとでの安定した雇用が可能になっているだろう。

 国のつごうに子どもをはめ込む硬直化し画一化した国民教育は克服され、子どもを地域社会で包み込み自由で多様な個性を発揮させながら共同体の一員としての友愛精神を養うような、市民教育が始まっているだろう。

 そして外交の場面では、憲法の平和的理念と事実にもとづいた歴史認識を基本に、これまでの過剰な対米依存を脱して日米関係を新しい次元で深化させていくと同時に、アジア・太平洋の多国間外交を重視し、北東アジアの一角にしっかりと位置を占めて信頼を集めるような国になっていなければならない。

 私たちは、そのようなあるべき未来の名において現在を批判し、当面の問題を解決する。そしてたぶん2010年までにそれらの目標を達成して世代的な責任を果たし、さらなる改革を次のもっと若い世代にゆだねることになるだろう。

 私たちは、未来から現在に向かって吹きつける、颯爽たる一陣の風でありたい。

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 「2010年」というのは、当時は前世紀中に政権を獲って、21世紀の最初の10年間を通じて大転換を進め、新しい国家像の骨格が出来上がったところで、鳩山も菅も仙谷も皆65歳前後になるので、それを次の世代に手渡そうというつもりだったので、そうなっている。政権を獲るのが10年も遅れたので、今で言えば「2020年」ということになる。

 旧民主党結成までの政策論議で大きなテーマの1つとなったのは、当時、大田昌秀=沖縄県知事の下で吉元政矩=副知事が策定した「基地返還プログラム」だった。これは、2010年ないし2015年までに沖縄にあるすべての米軍基地を返還させるべく、1つ1つの施設を俎上に乗せて米軍と交渉して、その機能や使用状況を確かめて、不急不要のものから順次、返還させたり取り敢えず縮小させたりしていくというもの。旧民主党としては、この沖縄のプログラムを支持するにとどまらず、この考え方を本土の米軍基地にも適用して、全土の米軍基地を縮小・返還させ、一部は日米共用化・軍民共用化するなどして、全体として、日米安保条約そのものは維持するけれども、在日米軍は出来るだけ縮小し、その代わりいざという時にはグアムやハワイや本土から飛来して基地を使えるようにする協約を結ぶという「常時駐留なき安保」を基本政策の1つとして掲げることになった。

 余談だが、これには米国政府も驚いたようで、当時ワシントンの防衛分析研究所研究員で後にホワイトハウス日本・朝鮮部長になった対日安保政策マフィアのマイケル・グリーンが東京に吹っ飛んできて、「民主党にこんなことを言わせたのはお前か」と私を詰問したりした。

 そこから議論はさらに発展して、この15年ないし20年先のあるべき国の姿をイメージして目標を定め、そこから手前に向かって段階論を考えるという方法を、普遍的な政策的発想法として採用しようということになった。保守vsリベラルの2大政党制と言っても、成熟先進国ではどこでもそうであるように、右か左か、白か赤かという対抗軸はもはや成り立たず、ほぼ同じ方向を目指す狭い政策選択の幅の中で、むしろその深度やスピードや回路や手法を競い合うことになる。とすると、旧来の自民党的政治では、超現実主義的に、今より少しマシな改善を、手前から、官僚体制や業界団体などの間で合意できた限りで、積み上げていくのが当たり前であるのに対して、登場すべきリベラル新党は、超理想主義的に、まず遠くのあるべき目標を明示して、そこから手前に向かってブレークダウンして、10年間ではここまで変える、そのためには5年間ではこことここだけはメスを入れる、だとすると今現在直面する問題に対してはその5年後に繋がるような対処の仕方をしよう----という具合に思考するのである。

 ちなみに、この議論を通じて、「常時駐留なき安保」というネーミングを含め、この未来からの政策的発想の重要性を強く主張してリードしたのは横路孝弘であり、それを真っ先にサポートしたのは私と、もう1人、鳩山邦夫だった(アハハ!)。

 この結党文書の一節が「私たちは、未来から現在に向かって吹きつける、颯爽たる一陣の風でありたい」というなかなか文学的な決め言葉で終わっているのは、実は宮沢賢治の「生徒諸君に告ぐ」という詩からのイメージ借用で、元は「諸君はこの颯爽たる,諸君の未来圏から吹いて来る,透明な清潔な風を感じないのか」である。

●やれば出来る

 政治は未来への挑戦であり、「やれば出来る」と思わなくては始まらない。言ってしまえばやらざるを得ず、それで出来なければ責任を取って辞めればいいのである。官僚は逆に過去へのこだわりが命であって、その延長で「出来ることしかやらない」。政治が官僚に従属するのが致命的に拙いのはまさにそこで、その政官関係の120年の惰性をブチ破る革命的改革の党は未来から手前に向かって物を考えて当然である。

 地球温暖化について言えば、そもそもCOPの考え方は1つのイデオロギーであって、地球はむしろ寒冷化に向かっているという説を唱える学者が少なからずいるし、また温暖化を認めるとしてもその原因は必ずしもCO2など温室効果ガスではないとする論者もいる。さらに温室効果ガスのせいだとしても、2050年と言わず2025年でも石油生産のピークが過ぎてもはや脱石油が焦眉となっていることは確実で、その時に、石油利用がいつまでも続くかのような前提に立って「うちの商売に差し支える」などと言っている電力業界や製鉄業界を慮ってしみったれた目標を掲げ続けることなど愚劣である。そこをポーンと飛んで、「25年=25%削減」と言ってしまったのは鳩山の卓見で、さあどうしようかと言っている内に石油枯渇が始まり、CO2説も温暖化説も見直し機運が高まるかもしれない。

 東アジア共同体とその核となるアジア共通通貨体制も、外務官僚に言わせれば、ヨーロッパは各国の経済格差も小さくキリスト教という共通の文明基盤もあるがアジアにはそれがないことに加えて、米国が「アジアから排除しようと言うのか」と反対するに決まっているので「出来るはずがない」ということになるが、出来ない理由を並べ立てるのが官僚の仕事で、日本のトップが言い出せば中国も韓国もASEANも喜んで議論に応ずるだろう。10月の日中韓首脳会談がその始まりとなる。米国の過剰な懸念に対しては、東アジア共同体と並行もしくは先行して日中米の戦略協議体を設営すれば足りる。

 普天間移転問題とインド洋給油問題をマスコミが腫れ物に触るようにビクビクして、鳩山はオバマに持ち出さなかったとか、岡田がクリントンに言ったら必ずしも話し合いを拒否しなかったとか、一喜一憂するが如くに語っているのは滑稽である。普天間移転を含む在日米軍基地の再編については、ポーランドなどへのミサイル防衛網設置をあっさり止めたのと同様、ゼロベースでの見直しが始まっていて、SACO(沖縄に関する特別行動委員会)の合意は必ずしも絶対ではなく、9月16日付本論説でも書いたように、ホワイトハウス内で嘉手納移転による早期決着の考え方が選択肢の1つとして検討されている。

 インド洋給油について言えば、オバマ政権ははっきり言ってそんなことはどうでもいいという気分であって、その延長を拒めば日米関係が大変なことになるかのように言っているのは外務省とそれに脳髄を冒された日本のマスコミだけである。

 オバマは選挙運動中から、イラクは早期に撤退するがアフガニスタンは兵力を増強すると言い続けてきて、私に言わせればそれが間違いの元である。イラクだけでなくアフガニスタンの戦争も初めから間違っていて、それはさんざん指摘してきたように、(1)そもそも軍事力で、ましてや国家間戦争で、テロリストは撲滅できないし、(2)国家間戦争でイラクやアフガニスタンの国体を破壊してしまえば果てしのない内戦に陥って収拾がつかないことになるのは分かりきっていて、(3)そうなってから米軍をいくら投入しても泥沼状態が深まるだけだからである。

 オバマは就任早々、公約通りアフガン増派を表明したが、米国の議会も世論もそれには批判的で、オバマの支持率低下の一因にもなっている。とりわけ、先頃のアフガニスタン大統領選挙でカルザイ現大統領派による大掛かりな不正投票が国際監視団から指摘されたことで、米国のカルザイへの信頼は地に落ちてしまった。その中で、ホワイトハウスではアフガニスタン戦略の根本的な見直しが始まっていて、9月13日に正副大統領、国防・国務両長官、安保担当補佐官、統合参謀本部議長が列席して開かれた第1回アフガン戦略会議では、バイデン副大統領が「アフガニスタンでタリバンと戦って治安を回復する」ための内戦鎮圧作戦の放棄、主にパキスタン山岳部にいると言われるアルカイーダに対する米特殊部隊による掃討作戦への集中、つまり「パキスタンでアルカイーダと戦ってテロリストを撲滅する」という戦略目標の大転換を主張、公約を守りたいオバマが難色を示し、またクリントン国務長官は「アフガニスタンでタリバンを退治しなければ結局、アルカイーダがアフガニスタンに戻ってくる」と反対論を述べたという。

 このアフガン見直し会議はさらに数回開かれる予定だが、いずれにせよ、アフガニスタンを作戦領域として放棄するかどうかの根本問題までホワイトハウス中枢で激論となっている状況で、本論説が初めから指摘しているように、軍事的には全く無意味なインド洋監視作戦とそれへの日本自衛隊による給油活動の継続など、ほとんどどうでもいいような話なのである。

 間違っていることは、いくら米国が言って来てもやらない。それが同盟国としては当たり前で、そういう鳩山政権の姿勢を米国は尊重するだろう。▲

2009年9月17日

INSIDER No.511《JAPAN-US》民主党政権の"対米対等外交"はすでに始まっている──普天間基地のシュワブ移転は中止か?

「米、三沢基地のF-16撤収打診、嘉手納F-15削減も、日本難色で保留」という9月11日に共同通信が配信し12日付地方各紙に載った記事が、なかなかに意味深長である。

※全文は、47news:
http://www.47news.jp/CN/200909/CN2009091101001075.htm

東奥日報「米軍三沢基地」特集サイト:
http://www.toonippo.co.jp/kikaku/misawa/index.html

●米側から基地縮小を提案

 第1に、オバマ政権はすでに在日米軍基地の縮小・再編計画を進めていて、すでに今年4月の段階で、青森県三沢基地に配備しているF-16戦闘機約40機をすべて早ければ年内に撤収させること、沖縄県嘉手納基地のF-15戦闘機約50機の一部を削減させることを日本側に打診していた。

 ゲーツ米国防長官は今年4月6日に10年度国防予算の大幅な見直し計画について記者会見し、最新鋭のステルス戦闘機F-22ラプターの新規発注を中止する一方、F-16を含む旧式の戦闘機250機を一挙に退役させる方針を明らかにしていた。日本側への打診はその直後に行われたものと見られる。

 つまり、少なくとも在日米空軍基地の縮小もしくは廃止について日米間で話し合いが成り立つ余地は十分にあるということである。

 第2に、にもかかわらず、この打診を受けた「日本側」は、共同通信の表現によると「北朝鮮情勢や在日米軍再編への影響を懸念し、いずれにも難色を示して保留状態」にした上で「日米同盟関係への影響などから秘匿性の極めて高い情報として封印」したという。

 この辺に日米関係をおかしくしてきた問題点がいろいろ垣間見えていて、まずこの「日本側」とは内閣なのか外務・防衛大臣なのか官僚レベルなのか。仮にも官僚レベルの勝手な判断で大臣や首相にも伝えずに、米側に「難色を示し」た上で「封印」して「保留状態」にしたのであれば、厳罰に値する重大事件である。大臣には耳打ちはしたが閣議には持ち上げないようにしたというのであれば、官僚による内閣に対する情報操作である。閣議に上がって麻生太郎首相が難色を示し「封印」を指示したのであれば、基地負担の軽減を交渉する絶好の機会を投げ捨てた政治判断が問われることになる。

 いずれにしても、こんな風にして日本外交は自分の首を絞め続けてきたのである。「日米同盟重視」と言いながら実は日米同盟を軽視している。

 第3に、この記事が出てきたタイミングである。民主党と他の2党の党首会談が9日に開かれて「日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地の在り方についても見直しの方向で臨む」との内容を政権公約に明記することで決着、連立政権を発足させることで正式合意が成り、それに対して11日、中曽根弘文外相と浜田靖一防衛相はそれぞれ閣議後の会見で、在日米軍基地の見直しについて「今まで政府間合意を見直すことなど考えたこともなかったので想像がつかない。日米同盟にとってかなり大きな問題になる」などと懸念を表明した。

 その11日に「複数の日米関係筋」が共同通信に対して上記の4月打診の事実を「明らかにした」ということは、「日米関係筋」の少なくとも「米」側に、民主党政権の基地見直し方針をむしろ歓迎する向きがあることを暗示している。

●三沢基地は空白に?

 そもそも三沢の米空軍基地は、冷戦時代には、旧ソ連の極東にある機械化師団が北海道に上陸侵攻して陸上自衛隊が戦車3000両を並べて迎え撃つということになった場合に、米軍のF-16が背後から飛び立って戦術核を含む対地攻撃を行い、あるいは対潜哨戒機で敵原潜を撃沈するための出撃基地と位置づけられていた。冷戦が終わって旧ソ連の脅威が基本的に消滅した後は、F-16の主要目標は北朝鮮にシフトされ、金正日政権が危険な動きを見せた場合に先制攻撃を仕掛ける急先鋒の任務を与えられた。ネオコンが対外政策を取り仕切っていたブッシュ政権第1期には、実際にそのような軍事オプションが真剣に検討され作戦も立案されたが、第2期には北との対話路線に転じたためその任務も薄まり、オバマ政権になると対北朝鮮の軍事オプションは完全に消えたので、F-16の存在意義はほぼ消滅したと言ってよい。

 9・11以降には、「長距離先制攻撃」と称して、三沢のF-16を長駆、イラクやアフガニスタンまで空中給油しながら飛ばして爆撃することも試したりしていたが、これは暇にしていてはもったいないし隊員の士気も落ちるから無駄を承知でやっただけの話で、どうしても三沢基地からの出撃でなければならなかった訳ではない。オバマ政権はこんな馬鹿馬鹿しいことは繰り返さないだろう。

 仮にF-16が年内にも撤退しても、後継部隊はすぐにはやってこない。F-16の後継機として米ロッキード・マーチン社を中心に国際共同開発が進められているのはF-35ライトニングというステルス戦闘機だが、早くても2013年に配備開始で、三沢にまで持ってくるのは2015年頃になるだろうが、それまでに米国が北朝鮮と国交を樹立しているのはまず間違いないところで、となるとわざわざ三沢に配備することに何の意味があるのかということが日米間の"対等外交"の交渉事となるだろう。つまり、F-16がいなくなって5年も6年も戦闘機不在の状態が続いて、その間に北東アジアの戦略環境も大きく様変わりして、結局、三沢の空軍基地と隣接の天ケ森射爆場は無用の長物となる可能性が大きいということである。

 もっとも、そうなっても米国は三沢基地そのものを返還するとは言わないだろう。同基地の奥まった一角には極東最大の通信・盗聴基地があって、その14基の巨大ドームに覆われたアンテナのうち8基は、冷戦時代の名残であるロシア国内軍事通信の傍受用だが、少なくとも4基は秘密のヴェールに包まれた米国の全世界的盗聴システム「エシュロン」用と考えられている。エシュロンは、国際商用通信衛星インテルサットを監視して、現在では特にアル・カイーダなどテロ集団の動きを嗅ぎ出すのに役立っているとされているが、それだけでなく、日本を含む各国のビジネス動向を探る"産業スパイ"の役目も果たしているとされる。

 EUは、三沢を含む世界20カ所の拠点を持つエシュロンによる産業スパイと個人プライバシー侵害を公然と非難しているが、日本は自国が盗聴されているというのに米国に言われるままに基地を提供し、その維持費用まで思いやり予算で賄っているというお人好しぶりである。"対等外交"と言うからには、仮に空軍基地と射爆場は要らないがエシュロンは必要と言われた場合も、それならエシュロンについてちゃんと情報公開しろと迫らなければならない。国民の血税が注がれている以上、米軍にはその使途についての説明責任がある。

●海兵隊航空基地は嘉手納へ?

 さて、4月の米打診で興味深いのは、嘉手納のF-15一部削減の提案である。これはどう見ても、普天間海兵隊ヘリポートの代替施設をキャンプ・シュワブ沿岸に建設する計画を断念し、嘉手納空軍基地の一角に移駐することで済ませようという考えが米側で強まっていることの反映である。

 普天間移転問題は、10年以上にわたって日米双方にとって重荷となってきた。95年9月の米海兵隊員による少女暴行事件をきっかけに在沖米軍に対する怒りが高まる中、日米はSACO(沖縄に関する特別行動委員会)を設置して一部基地の条件付き返還を協議、その中で、海兵隊8000人のグアムへの移転と普天間基地のシュワブへの移転について合意したものの、シュワブについては新たな騒音被害やジュゴンやサンゴなどが生息する貴重な海洋環境の破壊などへの懸念から地元が反対し、未だに着工も出来ないままである。

 防衛省は4月に県に対して「環境に与える影響は少ない」とする出鱈目な環境アセスメント評価の準備書を送付、県知事が10月13日までにそれに対する意見書を出して着工を急ぐことになっている。自公両党の推薦で3年前に当選した仲井真弘県知事は、代替施設の建設場所を数十〜数百メートル沖合に移すことを条件に着工に同意しようとしているが、先の総選挙では沖縄の4つの小選挙区では基地建設推進派の自公候補が全滅、県内移転に反対する民主党県連が勢いづいて知事に翻意を迫っている。沖合に移したところで、騒音は多少軽減されるかもしれないが、海洋環境破壊はさらに酷くなる。

 こうした状況で、米政府内では、シュワブ移転を断念しようという空気が強まっている。理由の第1は、そもそも沖縄に海兵隊が駐留する主な目的は朝鮮半島で陸上戦闘が起きることに備えることにあったのだが、その可能性はほとんどゼロになっていて、だからこそ8000人のグアム移転の準備も進めているのであって、シュワブに何が何でもしがみつく根拠が薄まっていることである。

 第2に、逆にそれにこだわって県民感情が悪化し、それだけでなく日米関係そのものがとげとげしくなることのデメリットを無視できない。

 第3に、地元の「北限のジュゴンを見守る会」など日米の自然保護団体が米国でペンタゴンを相手取って行った「ジュゴン訴訟」で08年2月、サンフランシスコ連邦地裁は、ペンタゴンががジュゴンへの影響などを評価・検討していないことは米国文化財保護法に違反しているとして、基地建設による天然記念物ジュゴンへの影響の回避を求める判決を下した。ブッシュ政権はこれを無視する態度を採ったが、オバマ政権はこのことも考慮に入れなければならないという認識を持っていると言われる。

 そこで、嘉手納への移転という案が浮上するのだが、これについては、ワシントンの事情に明るいニューヨーク在住のジャーナリスト=ピーター・エニスが昨年と今年、2回に渡って週刊東洋経済への寄稿で十分に可能な解決策だと指摘している。嘉手納には余った広大な敷地があり、物理的にはヘリポート移転に何の問題もない。ただ空軍と海兵隊の縄張り争いがあって、空軍がそのようなものを持ち込まれることを嫌がっているという問題があるが、それは米政府内で調整すれば済むことである。他方、日本側では、自民党建設族に繋がる地元土建業界がシュワブ建設の巨大利権にしがみつこうとするだろうが、これも政権交代が実現すれば押さえ込むことが出来るかもしれない、と彼は言う。

 民主党はかねてから「県外移転」を掲げてきたが、県外と言ってもどこなのか、何の現実性もないという批判が党内からもあって、先の衆院選マニフェストではそれを外した。が、長島昭久衆院議員らが今年3月に設けた私的勉強会は7月、普天間ヘリポートを嘉手納に移転し、同ヘリ部隊の飛行訓練は下地島にある民間パイロット訓練用の既存飛行場で受け入れる----という一種の「県内移転」の妥協策をまとめて岡田克也幹事長に提出している。

 従って、民主党が「シュワブ断念・嘉手納移転」の方向を固めて"対等外交"に打って出れば、この問題は急転直下、解決する可能性が大いにある。

 最近東京を訪れた、米民主党中枢にパイプを持つ外交専門家は次のように指摘している。

▼シュワブ断念・嘉手納移転をホワイトハウスは真剣に検討している。SACOにこだわるのは日本では外務・防衛両省の官僚であり、米国では過去にこの問題を担当したことがあるカート・キャンベル国務次官補と海兵隊出身のウォレス・チップ・グレッグソン国防次官補の2人だが、ホワイトハウスは「こんな問題をいつまでも引き摺らないで早く決着したい」という考えだ。

▼鳩山がオバマと会った時に、日米双方とも政治主導で官僚の無能と惰性を押さえ込みましょうと持ちかければ、案外話は進むのではないか。愚かな米マスコミは鳩山が"反米"であるかのことを言い、日本のマスコミもそれに従って鳩山政権への"懸念"を書き立てているけれこも、むしろ鳩山のほうからそれを言い出せば、"対等外交"は米国のためにもなることが理解されるのではないか......。

 蛇足ながら、小沢一郎がまだ代表だった今年2月に、在日米軍再編に関連し「米国もこの時代に前線に部隊を置いておく意味はあまりない。軍事戦略的に米国の極東におけるプレゼンス(存在)は第7艦隊で十分だ」と述べ、この時も自民党とマスコミが砲列を揃えて「何を馬鹿なことを言っているんだ。そんなことを言って米国を怒らせたら大変だ」といった非難を浴びせたが、小沢はおそらくオバマ政権が軍事予算の縮減と在日基地の見直しにどういう手を打ってくるかについて何らかの情報を持っていて、敢えてそのように発言したものと考えられる。民主党政権の対米対等外交の前哨戦はとっくに始まっていると見るべきである。

 もう1つ蛇足。与党3党合意の日米地位協定見直しでは、まず基地の土壌汚染など環境汚染に対する責任を明記すべきだということになるが、普天間の汚染は劣悪だと言われていて、仮に嘉手納移転が実現しても、そのままでは到底民用に活用することは出来ないと考えられている。地位協定見直しも急務である。▲

INSIDER No.510《HATOYAMA》うーん、どうなのかなというところも......──鳩山内閣の顔ぶれ

 全体としては適材適所が貫かれている鳩山内閣の顔ぶれである。根幹は菅直人=副総理・国家戦略担当と仙谷由人=行政刷新担当で、大本営と関東軍というところか。政策万能で論争能力ピカイチの仙谷にはせいぜい独断専行して官僚相手の最前線で暴れ回ってもらいたい。

 藤井裕久=財務相はまことに収まりがいい。全マスコミが「小沢が藤井を嫌っているのでなかなか内定しなかった」と書いているのはウソ。小沢周辺によると「藤井に限らず、誰が良い悪いなどひと言も言っていない」し、鳩山周辺によると「小沢からその手のことはひと言も言われていない」そうだ。小沢を何としても悪玉に仕立てて「二重権力論」という下劣な色眼鏡でこの内閣を見ようとするマスコミの偏向報道であって、騙されてはならない。藤井の内定が遅れたのは、主として、高齢故に激務に耐えられるかが心配で、もっと大所高所から内閣全体を見渡すポジションの方がいいのではないかという考慮がなされたためだが、結局、内閣の最初の100日間の焦眉である来年度予算編成を、概算要求のやり直しから始めるので通常より1カ月以上遅れの厳しい日程の中で、しかも枠組みを組み替えて財源を掘り出して目玉政策を盛り込んで、なおかつ意地でも越年させずに年内編成をやり遂げなければならないことを思うと、大御所に働いて貰うしかないということになったのだろう。

 前原誠司=国交相ははまり役。彼は防衛通ということになっているが、私に言わせれば、外務・防衛両省の情報操作に絡め取られている側面があり、防衛相は危険。しかし実は公共事業見直し問題でもベテランで、過去に何度も凄い質問をしている。

 千葉景子=法相は言わば"女性枠"で、猟官運動激しかった小宮山洋子が悔しがっているだろう。華々しくて実力も十分なのは蓮舫だが、まだ参院1年生で来年は再選を果たさなければならず、ここで登用すれば女の嫉妬でいびり殺されていただろう。

 うーん、どうなのかなと思うのは、赤松広隆=農水相と小沢鋭仁=環境相。赤松は高校生の頃から知っていて、いい政治家で入閣して当然とは思うが、農政は関わったことがないはず。筒井信隆を充てるべきだった。小沢も、浜田卓二郎の政策スタッフをやっていた頃からの知り合いで、実力は申し分ないが、環境については、前に環境委員長をやったことがあるという程度で、ここは同党きっての専門家の岡崎トミ子にしないとおかしい。北沢俊美=防衛相というのは、私は名前も全く知らなかったので評価留保。単に参院から誰か入れる必要があったというだけなら下らない人事ということになる。▲

2009年9月15日

INSIDER No.509《BUREAU CRAZY》農水省の"改革偽装"を叩き潰せ!──地方農政事務所廃止の裏事情

 農水省が地方の出先機関を大幅に縮小する組織改編案を、31日発表の「10年度組織・定員要求の概要」に盛り込んでいたことは、これまでもチョロチョロとは報じられていた。例えば1日付朝日は「農水の地方拠点、346から65に集約/職員数は変わらず」と題したわずか20行ほどのベタ記事で次のように伝えた。

「農水省は来秋、地方農政事務所や統計・情報センターなど全国346の地方拠点を、65の地域センター(仮称)に集約する。...昨年秋に発覚した事故米の不正転売事件で、ずさんな検査で不正を見過ごし、あり方が問われていた39カ所の地方農政事務所は、北海道農政事務所を除き廃止する。ただ、職員数は再編後もほとんど変わらない見込みだ。また、農水省各部署の業務や政策をチェックする60人規模の『農林水産行政監察・評価本部(仮称)』も来秋、新設する」

 どうやら、事故米の不正転売を見逃してきたことへの懲罰として、地方農政事務所など地方拠点の数を5分の1以下に削減しようとしているらしく、これなら国の出先機関の「原則廃止」という民主党マニフェストの方向にもおおむね合致していて結構なことではないかと思ってしまう。が、それでいて「職員数は再編後もほとんど変わらない」というのはどういう訳なのか。この記事ではその肝心なところが分からない。

●焼け太りで組織温存

 そこを謎解きしたのが3日付読売夕刊「農水"肥満"逆戻り?」という社会面の半分ほどを費やした大きな記事。それによると、8地方農政局等、38農政事務所、308の地域課や統計・情報センターのうち農政事務所と地域課など446拠点を来年10月をめどに廃止し、700人程度の職員を削減するが、同時に、65カ所の「地域センター」を新設し、その下にはさらに「駐在」事務所を置いて、米トレーサビリティ制度の実施に取り組む。これには約1100人が必要で、削減した700人を吸収するほか、他部門の合理化で400人の人員を浮かして投入するのだという。

 米トレーサビリティ制度は、事故米事件をきっかけに法制化されたもので、精米だけでなく酒、せんべいなどすべての米加工品を扱う業者に取引相手、数量、産地などの記録を義務づけるほか、原料となる米の原産国も表示させ、違反すれば罰金を科す制度。来年10月からスタートする。対象業者数は「米穀卸から加工業者や小売店、飲食店まで全国160万業者に及び、担当職員からは早くも『全業者をチェックするのは難しい』との声が漏れ」ているという。

 当たり前だ。事件の原因がごく一部の悪徳業者と農水出先のなれ合いと癒着にあるというのに、国民の不安を逆用して新たな制度と組織を作って人員を温存しようとすること自体、問題のすり替えにすぎない。なおかつ、米飯を提供する末端の飲食店までも含む膨大な数の業者に記録や表示を義務づけて過大な負担を強いつつ、米と米加工品の全流通過程を国の監視下に置こうというその「ジョージ・オーウェルの世界」的な発想が狂っていて、本当にそんなことをしようとすれば何万人もの職員が必要になろう。民主党が過去にこの制度創設に賛成したのかどうかは知らないが、このような愚劣な超管理主義的な制度は徹底的に見直すべきではないか。

●国家公務員の65%が地方に

 読売によると、農水省は03年7月の食糧庁廃止に伴い、その出先機関である全国47の食糧事務所も廃止した。ところがそれと同時に、その直前に起きたBSE問題を口実に、食の安全を担うとして「消費・安全局」を新設、食糧事務所にいた約8000人の職員をそのまま現在の農政事務所に異動させた"実績"がある。

 消費・安全局があるなら、そこで米トレーサビリティも扱えばいいのではないか。あるいは、その機能を「消費者庁」に移して、そこに少数精鋭の米ポリスを配置して、米穀卸業界の名だたる悪徳業者やその予備軍を集中的に監察すれば事足りるのではないか。いずれにせよ、民主党は8つの地方農政局そのものを廃止するだろうから、農水省の姑息な生き残り策は成り立たないはずだ。

 また地方分権との関わりでは、自民党と公明党は「道州制の導入」を掲げてきたが、安易にそれをすると中央省庁は現在の地方農政局などのブロック別の出先機関を国と道州とのブリッジとして存続させようと画策するに決まっている。まず国の出先を「原則廃止」した上でないと、道州制は導入すべきでない。だから民主党は道州制は要らないとは言わないが、それを地域主権国家づくりの起点にしようとはしていないのである。

 農水に限らず、組織の数だけ減らして人員は減らさず、また事件が起きると権限を拡大して新たな組織を作って人員を横滑りさせるという官僚機構の"改革偽装"は、徹底的に叩きのめす必要がある。国家公務員約33万人のうち約65%は地方出先機関にいて、その全部とは言わないが、かなりの部分は専ら税金の無駄遣いを仕事にしている。出先を廃止すれば自動的に国家公務員数は3分の1に減る。その人件費だけでなく、福利厚生と称して高価なマッサージ・チェアを買ったりハイヤー・タクシーを使い放題にしたりする途方もない無駄遣いや、さらに周辺の外郭団体や関連企業に湯水のごとく金を垂れ流している泥沼構造を断ち切れば、財源などいくらでも沸いてくる。いくつかの試算によると、その総額は20〜30兆円に及ぶと推計されている。

 官公労を支持基盤の一部とする民主党にそんなことが出来るのかと訝る向きもあるけれども、一方では民主党はそこに踏み込めないなら「地域主権国家」論を掲げている意味はないし、他方では官公労は自ら内発的=自己切開的に改革を推進しないのであれば、単なる既得権益擁護の退嬰的集団として追い詰められて、かつての国労のようにミジャミジャに解体されることは見えているので、結局は民主党主導の国家公務員削減に追随せざるを得ないだろう。▲

2009年9月 6日

INSIDER No.508《ELECTION》これは明治維新以来の「革命」である──「地域主権国家」への真直ぐな筋道

 この民主党の圧倒的な勝利をどう理解するかについては、(1)麻生政権から1年、(2)小泉郵政選挙から4年、(3)小選挙区制導入から15年、(4)明治憲法から120年と、いくつかの時間的な物差しの当て方があるけれども、その中でいちばん本質的なのは(4)であるという趣旨のことを、私は1日発売の『週刊朝日』に「平成維新/次の100年が始まった」と題して書いておいた(執筆は投票日前の木曜日夜)。同誌をお買い求めの上ご一読頂きたい。

●平成維新

 平成維新という言葉も今まで散々使われてきて磨り減っている感じもするけれども、実際これは、明治維新に匹敵する「革命」の始まりである。

 4日付毎日新聞「余録」欄は、政権交代を前に幕末や明治維新の歴史をテーマにした本がよく売れていることに触れ「そういえば民主党の総選挙圧勝を明治維新になぞらえた外国メディアもあった」と書いているが、何をトボケたことを言っているのか。毎日も含めた日本のメディアがそのようなしっかりした歴史認識を持たず、小沢一郎前代表と鳩山由紀夫代表が口を揃えて「明治以来100年余の官僚主導体制を打破する革命的改革」を主張しているその「革命的」を、ちょっと大げさな形容詞くらいにしか理解してこなかったことを、胸に手を当てて痛切に反省してしかるべきだろう。何が「そういえば...外国のメディアもあった」だ。「日本のメディアではザ・ジャーナルだけが一貫してそのような視点を繰り出していた」とでも言って貰いたいよ、まったく。

 また日本のマスコミは、革命前夜であるが故に起きた小沢に対する検察のテロ行為を容認したばかりか、お先棒を担いで「小沢辞めろ!」の大合唱を演じた。選挙になればなったで、何の思想的・理論的座標軸も持ち合わせずに、自・民両党のマニフェストの重箱の隅を突くようにして「どっちもどっちのバラマキ」とか「財源があいまい」とか「国家ビジョンが見えない」とか言い続け、あるいは、自民党とマスコミのどちらが先に言い出したのか分からないが「自民党には"不満"だろうが民主党には"不安"がある」と煽り立てて、有権者が政権交代への1票を投じることをためらわせようとあの手この手を尽くした。が、有権者はそのようなあらゆる反革命的な情報操作に惑わされることなく、正々堂々と民主党政権を選んだ。だからこの選挙では、自・公両党だけでなくマスコミもまた一緒に敗北したのである。反革命への罰は、自民党に対しては議席激減とそれに伴う54年間も慣れ親しんだ国会内の総裁室や議員控え室の召し上げなどだが、マスコミへのそれはもっとキツく、記者クラブ制度の廃止である。

 この革命を通じて我々が訣別しようとしているのは、直接には、54年間に及んだ自民党政治とその下での政官業(付け加えれば「報」)癒着の腐爛構造である。けれども、その自民党政治とは1889年明治憲法制定以来ちょうど120年を経た発展途上国型=開発独裁型の統治形態の一部(と言ってもそのほぼ後ろ半分を占めるのだが)であるから、これによって我々は初めて、遅ればせながらようやく、世界2番目のGDP規模を持つ成熟経済という下部構造を持ちながら、発展途上国丸出しの官僚主導の物事の決定と資源の配分のシステムという上部構造を引き摺り続けてきたというひしゃげたような時代的主要矛盾を、前に向かって思い切って打開する契機を掴むことが出来る。

 従ってまた、この革命を通じて我々が獲得しようとしているのは、次の100年に向かっての成熟先進国型=市民社会型の新しい統治形態である。それによって日本人の持つ巨大な経済的のみならず文化的・精神的な潜在力が解き放たれて、内においては、江戸時代のコミュニティをモデルとした日本的な市民社会の形成に取り組み、外に向かっては、とりわけアジア、ユーラシアの大繁栄と日本のモノづくり精神を結びつけることで活力を取り戻して、内外相俟ってこの国が再び世界の憧憬を集めるようになる道筋である。

●市民社会

 選挙結果についての数ある言説の中で、私の目に触れた限りで最もまともだったのは、浜矩子=同志社大学大学院教授の9月1日付朝日の座談会「選択の意味」での発言である。

「自民、民主が伯仲するという読みをしていた人は時代状況を読み誤っていた。自民党自身、読みが誤っていた。民主党は...日本の人々が国民とか社員とかではなく"市民"になっていることに気づいていた。その"市民的"なるものがどこまで社会に根を下ろしているかで、今後の政治の展開が変わる。自民党はうんざりだと民主党に鞍替えしたのではなく、根底的に戦後体制と決別した人たちがどれくらいいるか見極めなければならない。その人たちの上に"うんざり"派が乗っかって、この数字になったのだと思う」

 浜が言う「戦後体制」は、明治以来の官僚主導体制と置き換えた方がいいだろう。政治と国会が官僚の実質的な権力に従属するという関係は、戦後になって急に始まったものではなく、明治憲法以来続いていることだからである。戦後54年間に及ぶ自民党政治という意味では戦後体制と言ってもいいのだが、この革命の深度はそれだけで測り切れるものでなく、やはり明治憲法以来120年、あるいは田中良紹説では坂本龍馬以来140年という物差しを正しくあてがわなくてはならない。

 戦前の「臣民」は戦後「国民」となり、高度成長期にはそれは「社員」と重なり合ったが、1980年に前後して日本が世界第2の経済大国となって成熟先進国の仲間入りを果たしたあたりから、国民や社員は「市民」へと変貌し始めた。浜の言うとおり、民主党は初めからそれに「気づいていた」。96年旧民主党の理念文書はこう書いていた(全文はINSIDER No.492に再録)。

■明治国家以来の、欧米に追いつき追いこせという単線的な目標に人々を駆り立ててきた、官僚主導による「強制と保護の上からの民主主義」と、そのための中央集権・垂直統合型の「国家中心社会」システムは、すでに歴史的役割を終えた。それに代わって、市民主体による「自立と共生の下からの民主主義」と、そのための多極分散・水平協働型の「市民中心社会」を築き上げなければならない。いままでの100年間が終わったにもかかわらず、次の100年間はまだ始まっていない。そこに、政治、社会、経済、外交のすべてがゆきづまって出口を見いだせないかのような閉塞感の根源がある。

■3年間の連立時代の経験をつうじてすでに明らかなように、この「100年目の大転換」を成し遂げる力は、過去の官僚依存の利権政治や自主性を欠いた冷戦思考を引きずった既成政党とその亜流からは生まれてこない。いま必要なことは、すでに人口の7割を超えた戦後世代を中心とする市民のもつ創造的なエネルギーを思い切って解き放ち、その問題意識や関心に応じて地域・全国・世界の各レベルの政策決定に参画しながら実行を監視し保障していくような、地球市民的な意識と行動のスタイルをひろげていくことである。

■政治の対象としての「国民」は、何年かに一度の選挙で投票するだけだった。しかし、政治の主体としての「市民」は、自分たちがよりよく生きるために、そして子どもたちに少しでもましな未来をのこすために、自ら情報を求め、知恵を働かせ、別の選択肢を提唱し、いくばくかの労力とお金をさいてその実現のために行動し、公共的な価値の創造に携わるのであって、投票はその行動のごく一部でしかない。私たちがつくろうとする新しい結集は、そのような行動する市民に知的・政策的イニシアティブを提供し、合意の形成と立法化を助け、行動の先頭に立つような、市民の日常的な生活用具の1つである...。

 上からの民主主義vs下からの民主主義、国家中心社会vs市民中心社会という原理的な対抗軸を理解してさえいれば、マスコミも「違いが分からない」「どっちもどっちのバラマキ合戦」といった間抜けな解説に終始することはなかっただろう。新聞の中で多少ともマシだったのは日経で、8月2日付で2ページ見開きで自・民両党のマニフェストを比較した際に「民主は直接給付、自民は間接支援」という大見出しを掲げ、「家計の支援策では、幼児教育無償化など間接的な負担軽減策を軸にする自民党に対し、民主党は子ども手当支給などで直接的な支援を前面に出す」というコントラストの採り方をしたが、これは妥当だった。例えば農業政策でも、旧来型の補助金は一律に農協に下りるが、所得補償は特定の品目で実際に生産コスト割れを起こした農家にのみ直接届く。こ
れは単なる手法の違いでなく、上からか下からかという社会編成原理の違いに根ざしたことであって、それを「どっちもどっちのバラマキ」と呼ぶのは知能程度が低すぎる。

 その点で、日経の証券欄の人気コラム8月15日付の「大機小機」(筆名「渾沌」)の「『法人社会』対『市民社会』」はなかなか鋭かった。

■総選挙は政権交代を射程に入れた決戦の割に争点が不明確だといわれる。少子化対策や農業政策などがバラマキ合戦に見えるのは確かだ。しかし、政権公約や党首の言動から、未分化でも2大政党の政治理念の違いを読み取ることは可能である。

■与党の官僚機構に依存した生産者の論理への対抗軸として、野党が脱官僚と消費者の論理を強調するのは自然だ。

■日本の近現代史は、明治以来の天皇制国家共同体が太平洋戦争の敗戦を機に会社共同体に再編された歴史だ。会社(組織)中心の企業社会は法人社会と呼ぶにふさわしく、企業ぐるみ選挙は日本の主権者が誰かを象徴していた。今なお、ひ弱な個人を組織が包み込む法人社会の守り手が健在ならば、自立した中産階級が民主主義を支える市民社会を目指す勢力があっていい。同じバラマキでも、組織経由と個人直結の違いは「法人社会」対「市民社会」の萌芽ともいえる...。

 だからこの革命は、静かなる市民革命なのである。

●地域主権国家

 さてそのこれから本格的に形成される日本的市民社会に実体的枠組みを与えるのが「地域主権国家」への転換である。民主党も、どういう訳かこれを真正面に掲げずに、マニフェストの4番目に置いたりして、そうだと説明し切れていないのだが、これこそが民主党の国家ビジョンである。鳩山代表は、いま話題の『VOICE』8月号の論文の米紙が引用しなかった部分で、次のように言っている(全文は鳩山公式HPに)。

■私は、代表選挙の立候補演説において「私が最も力を入れたい政策」は「中央集権国家である現在の国のかたちを『地域主権の国』に変革」することだと言った。同様の主張は、13年前の旧民主党結党宣言にも書いた。「小さな中央政府・国会と、大きな権限をもった効率的な地方政府による『地方分権・地域主権国家』」を実現し、「そのもとで、市民参加・地域共助型の充実した福祉と、将来にツケを回さない財政・医療・年金制度を両立させていく」のだと。

■クーデンホフ・カレルギーの「友愛革命」(『全体主義国家対人間』第十二章)の中にこういう一説がある。「友愛主義の政治的必須条件は連邦組織であって、それは実に、個人から国家をつくり上げる有機的方法なのである。人間から宇宙に至る道は同心円を通じて導かれる。すなわち人間が家族をつくり、家族が自治体(コミューン)をつくり、自治体が郡(カントン)をつくり、郡が州(ステイト)をつくり、州が大陸をつくり、大陸が地球をつくり、地球が太陽系をつくり、太陽系が宇宙をつくり出すのである」

■カレルギーがここで言っているのは、今の言葉で言えば「補完性の原理」ということだろう。それは「友愛」の論理から導かれる現代的政策表現ということができる。...補完性の原理は、今日では、単に基礎自治体優先の原則というだけでなく、国家と超国家機関との関係にまで援用される原則となっている。こうした視点から、補完性の原理を解釈すると以下のようになる。個人でできることは、個人で解決する。個人で解決できないことは、家庭が助ける。家庭で解決できないことは、地域社会やNPOが助ける。これらのレベルで解決できないときに初めて行政がかかわることになる。そして基礎自治体で処理できることは、すべて基礎自治体でやる。基礎自治体ができないことだけを広域自治体がやる。広域自治体でもできないこと、たとえば外交、防衛、マクロ経済政策の決定など、を中央政府が担当する。そして次の段階として、通貨の発行権など国家主権の一部も、EUのような国際機構に移譲する......。

■補完性の原理は、実際の分権政策としては、基礎自治体重視の分権政策ということになる。...私は民主党代表選挙の際の演説でこう語った。
「国の役割を、外交・防衛、財政・金融、資源・エネルギー、環境等に限定し、生活に密着したことは権限、財源、人材を『基礎的自治体』に委譲し、その地域の判断と責任において決断し、実行できる仕組みに変革します。国の補助金は廃止し、地方に自主財源として一括交付します。すなわち、国と地域の関係を現在の実質上下関係から並列の関係、役割分担の関係へと変えていきます。この変革により、国全体の効率を高め、地域の実情に応じたきめの細かい、生活者の立場にたった行政に変革します」

■身近な基礎自治体に財源と権限を大幅に移譲し、サービスと負担の関係が見えやすいものとすることによって、はじめて地域の自主性、自己責任、自己決定能力が生れる。それはまた地域の経済活動を活力あるものにし、個性的で魅力にとんだ美しい日本列島を創る道でもある。「地域主権国家」の確立こそは、とりもなおさず「友愛」の現代的政策表現」であり、これからの時代の政治目標にふさわしいものだ...。

 これが国家ビジョンでなくて何だと言うのか。どこの節穴連中が「民主党の国家ビジョンが見えない」などと騒ぎ回ったのか。

●4年後総選挙の準備へ

 しかも、本論説で何度か述べてきたように、地域主権国家は実は財政再建の決め手である。明治以来の中央集権国家とその下での官僚やりたい放題を続けて行くなら、いつまで経っても国・地方の借金は減らないどころか増えるばかりであるけれども、中央集権国家を廃絶して地域主権国家を創出するなら、財政再建を成し遂げて、それでも財源が余って、国民の負担を減らしながらなおかつ手厚い医療・福祉体制を築き、さらに日本のモノづくり精神を活かした長期的な成長戦略のための投資も十分に行うことが出来る。

 この4年間は、政権を獲ったばかりだから、これまでの中央集権国家の枠内で、国家戦略局の創設など試行錯誤を続けながら、官僚体制と戦ったり折り合いをつけたりしながら財源をひねり出すしか仕方がない。しかしその政治的経験を通じて、官僚体制を抜本的に打破するには地域主権国家への転換しか方策がないことが、馬鹿なマスコミも含めて人々の広く理解するところとなるだろう。そこで民主党政権は、4年後にまさにその「地域主権国家」への国家改造プログラムを前面に掲げ、それとの関わりで、(単なる現行消費税のアップの是非ではなく)中央・地方の税源配分と直間比率の大幅組み換えを含む税体系の改革案、医療・福祉・教育負担のあり方や年金一元化など国民負担像の設計図、21世紀にモノづくり資本主義で世界をリードする経済発展戦略などをワン・パッケージにしたシンプルかつ壮大なマニフェストを掲げて、総選挙もしくはダブル選挙に打って出ることになるだろう。

 自民党がそれまでに立ち直って、保守の側からの対抗プログラムを打ち出して競い合えるようになる見通しは暗いので(古きよき自民党に戻すなどと言っている連中がまだ残っている)、民主党は再び圧勝する可能性がある。そうなれば、この政権は8年か12年は続いて、このまさに革命的な国家改造をやり遂げるだろう。来年参院選もさることながら、4年後が本当の勝負で、目前の山ほどの課題はすべてそこへと収斂させるように1つ1つ乗り切っていくことになる。▲

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