Calendar

2009年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

Recent Trackbacks

« 2009年7月 | メイン | 2009年9月 »

2009年8月21日

INSIDER No.507《ELECTION》民主、300議席に迫る勢いで最終盤へ──自民は壊滅・分解の危機に直面

 公示と同時に終盤戦に突入した総選挙だが、各紙誌の最終予測はおおむね一致していて、民主優位の流れは残り10日間では覆りようもなく、300議席に迫る勢いのまま投開票日を迎えるだろうと見ている。

 20日付朝日新聞は1面トップで「民主、300議席うかがう勢い/自民苦戦、半減か」と最新の調査結果を伝えた。全国300の小選挙区から都市型・中間型・地方型の3類型のバランスを考慮して各50ずつを選んで電話で聞き取り調査をしたもので、その結果、民主は単独過半数を大きく超えて300議席台をうかがう勢いであるのに対して、自民は選挙前の300議席の半数にも届かず、それよりさらに大きく後退する可能性があることが分かった(詳細は21日付)。

 また19日発売の週刊文春では、特に終盤の予測が的確なことで定評のある宮川隆義=政治広報センター社長が「民主291議席vs自民128議席」という数字を弾いており、朝日の結果とほぼ一致する。もちろん選挙だから何があるか分からず、実はその数字も、民主=291+40−70、自民=128+67−41、すなわち民主が220前後に止まり自民が200近くまで巻き返す可能性も絶無ではないことを示しているが、しかしそのような逆流が生じる可能性はほとんど皆無であり、仮に生じたとしても自民は200に届かないということである。もはや政権交代は必至と言える。

●10道県で自民全滅?

 宮川の予測では、「自民全滅県」は北海道、岩手、福島、山梨、新潟、長野、愛知、滋賀、岡山、沖縄の10道県に達する。北海道では、12の選挙区のうち10区で小林千代美(民主)が△、町村信孝=元官房長官が▼で劣勢ながら争っているだけで、他の11選挙区ではすべて民主候補が○となっている。福島県では、2区の話題の"刺客"大田和美(民主)はじめ3〜5区まで民主が○で、1区のみ民主△、自民▼である。岡山県では、1区の逢沢一郎はじめ5区までの自民全員が▼もしくは×で、3区では平沼赳夫=元経産相も▼である。

 全滅は免れても全県で1議席確保がやっとかもしれないというところも少なくない。宮城県では、1〜6区のうち3つで民主が○、2つで△で、6区だけは自民が社民を抑えて○となっている。栃木県では、自民は5区の茂木敏充=元金融相だけが○で、1区で船田元が×で民主の石森久嗣に○を譲っている。2区も民主○、3区はもちろん渡辺喜美=元行革相が事実上の無競争で○、4区の山岡賢次=民主党国対委員長も「一度やらせてみて下さい!」と訴えて○である。群馬県も、自民で安泰なのは5区の小渕優子=現少子化担当相だけで、1区の尾身幸次=元財務相が▼、2区の笹川尭=自民党総務会長が×、3区の谷津義男=元農水相は▼と、大物が軒並みピンチで、4区の福田康夫=元首相でさえ▼である。

 大物もしくは有名人ということで言えば、東京都では、1区の与謝野馨=財務相が×、2区の深谷隆司=元通産相が×、3区の石原宏高=慎太郎三男が×、5区の佐藤ゆかり=元自民党副幹事長はもちろん×、自民党総裁の座を争ったことのある8区の石原伸晃=自民党幹事長代理、10区の小池百合子=元防衛相でさえも▼である。石川2区の森喜朗=元首相は民主の刺客=田中絵美子に追われて▼。岐阜1区では野田聖子=消費者担当相が×。静岡7区では、城内実(平沼G)△、斉木武志(民主)▼の争いとなっていて、片山さつきはすでに脱落で×。京都1区では伊吹文明=元幹事長が×、同5区でも谷垣禎一=元財務相が小原舞(民主)に煽られて▼。広島4区では中川秀直=元幹事長が▼。九州に飛んで、福岡2区の山崎拓=元自民党副総裁、3区の太田誠一=元農水相はすでに×で、7区の古賀誠=自民党選対本部長代理は▼、8区の麻生太郎=首相も○ではなく△に止まっている。長崎2区では久間章生=元防衛庁長官が×。

 公明党を見ると、東京12区の太田昭宏代表は俄仕立ての民主の刺客=青木愛に攻められながらも△。大阪16区の北側一雄=幹事長は▼、兵庫8区で田中康夫の挑戦を受けて立った冬柴鐵三=国交相はすでに×で田中が○。こうした状況で、公明党は前回8小選挙区で持っていた議席を3議席程度にまで落とす可能性があり、その分を比例で多少挽回しても選挙前31議席を3議席程度減らすことになりそうである。

 その他の党派は余り大勢に影響がない。宮川予測では、共産は2増の11、社民は7で現状維持、国民新は1減で4、新党日本は田中に加え東京11区で△の有田芳生が上がれば0から2に。みんなの党は渡辺のみ、平沼Gは平沼本人が▼で当選は城内1人かもしれず、いずれも政界再編のインパクトになるにはほど遠い。改革クラブは0、「幸福」はもちろん0である。

●20年は立ち直らない?

 宮川隆義は、この予測についてのコメントで述べている。「自民党は政権に復帰できるでしょうか」と自民党議員や関係者から聞かれることが多いが、私の答えは決まっていて「できません。少なくともあと20年はムリです」。本当を言うと20年どころか、このまま自民党が露と消えるかもしれない、とさえ思っている、と。

 これは負けすぎである。檄論檄場TVでの対談で二木啓孝が言っていたように、自民党にとっての防御ラインは180議席で、その程度の負け振りであれば、気を取り直して4年後に捲土重来を期そうということにもなるが、150を大きく割り込むのでは、その気が起きないどころか、バランバランになって事実上の解体し「露と消える」ことすらありえよう。これは「政権交代可能な政治風土を醸成する」という時代の課題から見て望ましいことではなく、自民党としては、せめて150程度は確保して、しかも保守再生に必要な中堅・若手を中心とした人材を比例重複でも何でもいいから1人でも多く残すような「負けの形」を作ることが、最終版の唯一の戦略となる。

 こういうことになってきた要因の第1は、麻生の不決断である。当初の想定通り、就任直後の昨年10月に解散を断行していれば、再生が危ぶまれるほどの負けに陥ることはなかっただろう。宮川の指摘で興味深いのは、田中角栄=元首相が「連続当選の途中で落っこちた奴は、総理にしちゃダメだ」と語ったというエピソードである。落選経験のトラウマがある政治家は、土壇場で足が竦(すく)み、解散に踏み切れないで道を誤る危険があることを角栄は見抜いていた。「麻生首相は戦後初めて、『途中で落っこちた』経験のある首相だった」(宮川)。それを助長したのが、"迷軍師"と言われる菅義偉=自民党選対副委員長の一貫した「解散先送り」論に基づくアドバイスであったことは言うまでもない。延ばせば延ばすほど酷い結果となることは、客観的には明らかだったが、麻生や菅にはそれが見えていなかった。

 第2に、自民党の支持基盤の驚くべき劣化である。同党の伝統的な支持基盤である郵便局長会が一挙に民主・国民新支持に転じたり、医師会が茨城県で丸ごと民主に乗り換えたり、農協の一部が自民離れを起こしたり、目を覆わんばかりの状態を呈している。本論説で前に述べたように、自民党は93年宮沢政権で一度死んだが、翌年、自社さ政権という奇計を以て蘇生し(ゾンビ1)、01年森政権でもう一度死にかけたが小泉=田中真紀子の変人・奇人コンビで再蘇生したものの(ゾンビ2)、そこではもはや自民党総裁自らが「自民党をブッ壊す」と呼号する以外に政権維持の方策はなかった。その後には、小泉が残した「300議席」の遺産を活かしつつ、小泉改革の疑似性を克服してそれをまともな軌道に乗せて行くことで21世紀に生きる道筋を見いだすべきだったにもかかわらず、実際には、安倍の偽改革、福田の非改革、麻生の反改革と退嬰化を重ね、麻生に至っては「小泉改革を否定し、元の自民党に戻す」と公言する有様で、これでは国民が自民党を見放して改革の旗を民主党に委ねようと思うのは当たり前である。その意味では、小泉の疑似改革性がはらんだ矛盾がこのような形の破綻を招いたとも言える。

 第3に、小選挙区制の効果である。4年前の郵政選挙の総括で、INSIDERは「今回自民党に起こったのと同じことが4年後には民主党に起こる」と指摘したが、まさにその通りのことが起ころうとしている訳で、驚くことは何もない。前回、小泉マジックに騙されて自民党に投票した無党派層ばかりでなく自民党支持層も、恐らくは3割が自民離れを起こして民主に入れることは、週刊現代の分析モデルからも、都議選や静岡県知事選の結果の解析からも、明らかであって、それはこの選挙制度の下では、雪崩現象を引き起こすに十分すぎるほどの票の移動となる。

 民主党にとっては勝ちすぎが問題となる。安倍・福田・麻生3代の反改革の流れを逆転させる後始末の策を次々に打ち出しつつ「最初の100日間」を突っ切ること、来年の参院選で再び圧勝して政権の基盤を盤石にすること(宮川は、民主党政権は次の国会で参院の定数是正を行い、2人区を1人区にし、その「新1人区」を民主が独占するので、自民は立ち直れないほど壊滅する、と言っている)、そして4年後にはたぶん、中央集権国家の解体と「地域主権国家」への大変革のプランを掲げてそれを中心争点とした総選挙でさらに圧勝することが課題となるだろうが、その間、大勝に驕って下らない事件などを引き起こせば、細川政権の二の舞に終わる。その鍵は、鳩山が小沢をどう使いこなすかで、小沢には当面、直ちに参院選準備に取りかかりつつ、100人を超えて出てくる「小沢チルドレン」の教育を担当して貰いながら、小沢流「日本改造計画」と旧民主党以来の鳩山流「友愛革命路線」とを巧みに接合して「地域主権国家」すなわち日本的な市民社会創造の一大変革プランへと昇華していくことが必要になろう。民主党が「地域主権国家」ビジョンを掲げれば、公明党は同調することになる。▲

2009年8月 9日

INSIDER No.506《ELECTION》「地域主権」こそ財政再建の決め手となる!──原点は松下幸之助の「無税国家」構想

 全国知事会が7日、自民・公明・民主3党代表を招いて各党の分権改革構想について公開討論会を開き、さらにそれを踏まえて翌日に各党マニフェストへの採点簿を発表したのは、まことに画期的な試みで、本来であれば、知事会に限らずさまざまな地域・経済・業界・職能・労働団体やNPO連合などが自分らの主要な政策的関心事についてこのような討論会を開いたり採点簿を公表したりして、参加の構成員はじめ世論に対して政権選択のための具体的な判断材料を提供するというのが、「政権交代のある政治風土」を涵養する上で不可欠のインフラの1つである。例えば米国では、労組が選挙のたびごとに、自分らに直接的に利害関係のある法律や間接的に関心がある法律について、(米国では原則として党議拘束がないので)上院6年、下院2年の任期中の全議員の投票態度を○×で一覧表にして全組合員に配付したりするし、さまざまの団体が似たようなことをするが、日本では、日本青年会議所が各地で全候補者を招いた討論会を開く努力を重ねて来たのを例外として、そのような政治文化はまだ形成されていない。

 その点では知事会の試みは評価されるべきであるけれども、中身となると結構お粗末で、そもそも、前稿で指摘した「地方分権」と「地域主権」の区別も定かならぬまま「地方分権型の国家像の明示」度を評価したり、それと大いに関連することだが、「地方消費税の充実」「地方交付税の増額」など地方財源の確保について不当とも言える高い評価を自民党案に与えたりしている。このことは、知事たち自身が、現行の中央集権国家が今後も続くという前提に立って地方の取り分を増やして欲しいと思っている発想から抜け出ていないことの現れである。また、この会議をリードした橋下徹=大阪府知事が特にこだわった、分権をめぐる「国と地方の協議機関設置」の明文化などはくだらない問題で、それで民主党がオタオタして急にマニフェストに書き加えることになったのは、なおさらくだらない。「地域主権国家に転換するのに、地方と緊密に議論するのは当たり前で、当たり前すぎるからマニフェストには書いていないだけだ」くらい言っておけばいいのである。

 知事会も「協議機関の設置」程度で満足するのでなく、むしろ新党日本がマニフェストの第1章「行政・財政改革」の「提案3」の中で言っているように、「参議院議員は全国比例区選出、並びに中央vs地方の不毛な二項対立を解消すべく、フランス等に倣って47都道府県と18政令指定都市の首長が兼務する構成に改める」という主張を積極的に評価して、フランス型(下院と全地方議員による間接選挙)かドイツ型(州政府による任命)か米国型(各州2名の直接選挙)かはともかく、「参議院を地方の意思を反映する場に根本的に変革しろ」くらいのことを言えばよかった。

●起点は『日本再編計画』

 さて、地方分権構想の歴史は古いが、今日問題の焦点となりつつある「地域主権」という言葉を明確に提起し、それを「中央集権」に置き換えられるべき対立概念と位置づけたその起点は、斎藤精一郎責任監修『日本再編計画』
(96年、PHP研究所)である。

 国民が重税に喘いでいるにもかかわらず財政赤字がますます増大し、急激な高齢化に伴う社会保障費の負担もどこまで高まるのか見当もつかない中で、このままでは日本が国家破綻に突き進んでいくことは避けられない。これを回避して社会に創造性と多様性に満ちたダイナミズムを取り戻す「賢者の道」は1つだけ残されていて、それは「地域主権」型行財政構造への転換である——としたこの斎藤プランは、当時政界にも大きな波紋を呼び、94年12月に結成されて1年半余りだった小沢=新進党も、96年9月に結成されたばかりの旧民主党も、これを大いに重視した。

 96年10月の総選挙で、新進党は突如として「消費税は3%に据え置き、所得税・住民税を半減して来年度から18兆円の減税を実施する」というマニフェスト(これが日本初の政党マニフェスト!)を掲げて人々を驚かせたが、これは実は、斎藤プランが97年度から地域主権国家に転換した場合「2000年には早くも18兆円の支出削減が可能」としていたことにヒントを得て打ち出したものだった。斎藤プランでさえ、一種の机上の空論であったものを、しかもいきなり来年度から巨額減税が実施可能であるかに言うのは、拙速というより粗暴で、これが一因となって同党は伸び悩んで「政権奪還」の目標を果たせなかったばかりか、その直後から党運営を巡るゴタゴタが始まって四分五裂に陥っていった。他方、旧民主党は初の総選挙となったこの選挙で52議席を確保する善戦で、その直後に熱海で開いた当選議員総結集の政策合宿で、第1番目の講師に斎藤を招いた。

 ことほど左様に、斎藤プランは、新進党から後に自由党を経て民主党に合流した小沢を含めて、今日の民主党が総意として「地域主権国家への転換」を掲げるに至る起点をなしていたのである。

 因みに、この斎藤プランづくりのプロジェクトを取り仕切ったのが、当時はPHPの副社長だった江口克彦で、同プロジェクトの終了後も、『地域主権論/関西独立のすすめ』(92年)、『脱中央集権国家論』(02年)、『地域主権型道州制』(07年)、『日本を元気にする地域主権』(前原誠司ら民主党議員との地域主権研究会の討論のまとめ、08年)、『国民を元気にする国のかたち』(08年)、『地域主権型道州制がよくわかる本』(09年)などを精力的に出版、このテーマに関する伝道師の役目を果たしている。ただし、斎藤プランでは「12州257府(基礎自治体)」に再編するものの「州はあまり強い権能を持ちえず、広域的な公共事業、危機管理、警察などの仕事に限られるとしていたが、江口はその後次第に強く「道州制」を主張するようになってきたようだ。

●松下幸之助の“遺言”

 斎藤プロジェクトは正式には「『無税国家』研究プロジェクト」と名付けられていた。「『無税国家』とは20年以上も前に、故松下幸之助が提案したアイディアである。このアイディアをひとつのベースに、これからの日本の目指す国家像を検討してきた。そして、大胆な国家の再編によって生み出した資金を、基金として積み立てるという、いままでの国家運営にはない発想を編み出した。それが『日本再建計画』である」(同書まえがき)。

 松下はそのアイディアをいろいろな形で語ったようだが、同書に参考資料として再録されている79年11月読売国際経済懇話会での講演「私の無税国家論」では、要旨次のように言っている。

▼今、高率の税金で非常に国民は苦しんでいて、にもかかわらず政府は財政窮迫して赤字国債を発行して国費に充てているという非常に前途暗澹たる状態である。それでは困るので、今から120年という期間をとって、まずその研究準備に入り、21世紀の初めから無税国家への道を歩んでいきたい。
▼日本では、国家予算は全部使い切りだが、これを、原則として予算の1割は余らせて、それを年々積み立てていく。明治の初年からそうしておったならば、今日まで110年間に、今日の貨幣価値にして500兆円前後もの積立金が出来て、それを年5分で運用するとそこから25兆円、本年度の国家予算の約6割に相当する余剰金が出て、税金はもうあまり要らないということになる。もしそれが1000兆円であれば50兆円が浮き、本年度予算の36兆円は全部利子収入によって賄うことが出来る。
▼今は、(企業や個人が)儲けてもかなりの大部分が税金になってしまう。しかし、なんぼ儲けても税金が要らないということになれば、これは面白いということで、大いに働くだろう。そういう1つの目標を立てそれに邁進していくことを、政治の各面に注入して、成果をあげるようにもっていくと考えたらどうか……。

 ここにはもちろん「地方分権」も「地域主権」も出て来ない。松下が89年に亡くなって後、彼の秘蔵っ子だった江口がこの“遺言”を本当に実現可能にする鍵は地域主権への転換ではないかとの想定の下、主査の斎藤はじめ本間正明(大阪大学教授)、曽根泰教(慶応大学教授)ら10人の経済・行政・財政・税制の専門家を集めて93年1月にこのプロジェクトを発足させ、3年半をかけて出版にこぎ着けたのだった。

 松下の原初アイディアはいささか突拍子もないものと映るし、斎藤らのプランも机上シミュレーションの域を出ないが、問題はその細部を突き回すことではなく、「地域主権(国家)」という言葉が最初に広く知られるようになった出立の時から、財政再建というにとどまらず、さらにその先、限りなく無税に近づいて行きながら財政を豊かにし経済と地方を元気にしていくための決め手となる逆転の発想として打ち出されてきたものであることを、しっかりと認識することである。マスコミがこのことを知らないのは仕方がないとして、最近なり立ての政治家や知事もそこまで勉強が行き届かず、さらに当の民主党もそこをきちんと説明しきれないまま、皆が皆、一知半解のような状態で議論しているのは非生産的と言うしかない。

 この考え方を独自に発展させたものとして、前志木市長で現在はNPO「地方自立政策研究所」を主宰する穂坂邦夫らの『地方自治自立へのシナリオ』(08年、東洋経済新報社)がある。埼玉県と草加市をモデルとしてとの全事業を吟味して仕分けし、その結果を全国に適用したところ、総額で地方財政全体の規模83兆円のうち17%に当たる14兆円を削減できることが明らかになった。国の事務事業については「予算委員会にも具体的な予算資料が提出されていないため……同様の仕分けができませんでしたが」地方分の削減額に対応させると「少なくとも9兆円ぐらいが国にも削減余地はありそう」で、「そうすると少なくとも地方と国を合わせた削減可能額は22〜23兆円になるのではないでしょうか」(江口・前原『日本を元気にする地域主権』での穂坂の発言)。

 地域主権国家への転換によって、斎藤プランでは年30兆円、穂坂試算では22〜23兆円が削減可能で、穂坂によれば「こうした視点から抜本改革を進めるには、やはり政権交代をするしかない」。逆に、民主党の立場からすれば、地域主権国家への転換に踏み切れさえすれば財源などいくらでもあるのであって、中央集権国家が続くという前提での個々の政策への財源対策などどうにでもなることだと言い切ればいいのである。小沢も鳩山も菅もそこが基本的には分かっているが、クソ真面目な岡田が分かっていないのがまずい。

-----------------------------------------------------------------

《参考・斎藤「地域主権」プランの概略》
 『日本再編計画』はもはや絶版なので、参考までにその要点をまとめておく。繰り返すが、その細部ではなく、国家像を考える発想の仕方を学ぶことが地域主権論の入門編となる。

【地域主権の3原則】
(1)住民と行政との距離を近づける——住民になるべく近い単位に意思決定の中心を置く。新たに誕生する257の府(基礎自治体)が住民に身近な行政を独自に展開できる姿を目指す。州は広域行政にかかわる仕事のみに特化し、あくまで府の自主的運営を側面から補助する役割に徹する。「限りなく一層制に近い二層制」を指向する。
(2)税金を通じた住民参加と選択——「行政主導」ではなく「住民主役」の行政制度を作る。地域が税率や税目、行政サービスの内容や水準をメニュー化し、住民がそれおを比較・選択することが望ましい。
(3)行政の意欲と活力の向上——国が補助金(アメ)と機関委任事務(ムチ)を使って地域を管理している構造を断ち切り、地域が自主性と自己責任にもとづいて行政運営を行っていく構造に変えていく。

【国の4つの役割と5庁制】
国民生活への過剰な介入を行う「大きく、複雑で、愚かな」国から、国民全体の利益に関わる分野や、高度な政治的判断が求められる分野以外は一切関与しない「小さく、簡素で、賢明な」国へと方向転換していく。具体的には次の4つの役割となる。
(1)外交・防衛(国際公共財の提供)
(2)医療・年金(国民基盤サービス)
(3)ルール設定・監視(検察・裁判所の運営管理、消費者保護や金融システム維持を含む)
(4)調査・高等学術研究

これらの機能を担うのは、法務庁、対外関係庁、歳入庁、生活環境庁、総合行政庁の5庁で、総合行政庁は防衛庁を含む各種委員会を統括する。

【12州の創設】
現行の都道府県を再編し、新たに10州プラス2特別州を創設する。州は府の後見役として府単独では出来ない仕事や広域に及ぶ仕事、具体的には公共事業、危機管理、警察などの行政事項のみ担当する。したがって、州はあまり強い権限は持ち得ない。

【首相公選制】
国の政治制度は、総理大臣を直接選挙で選ぶ「首相公選制」を採用する。衆議院は将来的には府を1小選挙区として定数257とする。参議院は州を選挙ブロックとして各4名を選出し(定数48)国政に対して州の意向を反映させる。

【税源体系の改革】
所得税・個人住民税の3分の2、固定資産税は「府税」、
法人税・法人住民税・法人事業税、消費税は「州税」、
所得税・個人住民税の3分の1、相続税、たばこ・酒税、関税は「国税」とする。
これによって国と地方の税源配分は現在の6:4から2:8に転換する。不可避的に生じる過度の地域間格差は、国が財源を保障する「垂直的調整」ではなく、州相互が助け合うドイツ型の「水平的調整」のメカニズムによって是正する。

【歳出30兆円削減】
国レベルでは、産業振興費廃止、郵政など民営化効果、行革効果、事務移転などで(制度革新後10年後に)20兆円、地方レベルでは、市町村再編効果、産業振興費廃止、財政調整、事務移転などで10兆円、計年々30兆円の支出を削減し、その余剰金を「21世紀活力基金」として積み立て、その蓄積と運用益を以て増税に代わる福祉財源、公債の返済、活力維持のための減税に利用する。2020年には所得税ゼロも可能になる。▲

2009年8月 5日

INSIDER No.505《ELECTION》中央集権国家を止めるのか止めないのか?──総選挙の真の争点は「国家像」

 3週間余り後に迫った総選挙での真に本質的な争点はたった1つで、自民党政権を生き長らえさせて過去120年間に及ぶ「中央集権国家」を今後とも続けるのか、民主党政権を誕生させて次の100年のための「地域主権国家」への道を拓くのかという、ただその一点である。

 その他の問題は、どうでもいいとは言わないが、その一点に比べたらすべて重要度は低く、下位に属する。例えば「子育て支援」は、どちらの政策が損か得かを計ったりその財源策が妥当であるかどうかをほじくったりする以前に、自民党的国家像の下では、役所や天下り団体などを通じた「上からの間接支援」となり、民主党的国家像の下では、個人・家庭への「下からの直接給付」となるはずで、そのどちらの方向性が正しく回路設計として優れているかが問われるべきだろう。

本質論レベル:21世紀の国家・社会像
実体論レベル:方向性や回路設計
現象論レベル:結果としての損得

 というふうに思考しないで、いきなり現象論レベルで「損か得か」「ここが不透明、あそこが曖昧」などと、それぞれに長大なマニフェストの重箱の隅を突くように論じているのがマスコミで、これでは有権者は本当のところ3週間後に何を選び取るのか、ますます分からなくなってしまう。

●各党の「地方分権」政策

 その国家像に直接関わるマニフェストの最重要項目は「地方分権」に関わる部分である。

 自民党の「政策BANK」は第6章「地域活性化・地方分権」の中で、次のように言っている。

------------------------------------------------------------

《地方分権のさらなる推進》
国は国が本来果たすべき役割を担い、住民に身近な行政は地方に委ねるべく、国と地方の枠割り分担や国の関与の在り方の見直し、都道府県から市町村への権限委譲、国の出先機関の廃止・縮小や法令等による義務付け・枠付けの見直し、地方税財源の充実確保のための補助金・交付税・税源配分の見直しなどの「新地方分権一括法案」を平成21年度中に国会へ提出し、成立を期す。直轄事業の維持管理費負担金は平成22年度から廃止するとともに、直轄事業を基礎的・広域的な事業に限定し、直轄事業制度を抜本的に見直す。また地方分権をさらに進めるため、国と地方の協調に向けた徹底的な議論が行えるよう、国と地方の代表者が協議する機関の設置を法制化する。

《道州制の導入》
国際化、少子化、成熟化の中で、日本再生のため国のあり方を根本的に見直す。国際社会に発信できる個性豊かで活力ある圏域を創出するため、都道府県を超えた広域的なエリアで地域戦略をになる道州を創出し、多極型の国土を形成していく。このため、新しい国のかたちである道州制の導入に向け、内閣に「検討機関」を設置するとともに、道州制基本法を早期に制定し、基本法制定後6〜8年を目途に導入する。また、この間、先行モデルの北海道特区などを一層進める。

------------------------------------------------------------

★自民党・政策BANK=
http://www.jimin.jp/sen_syu45/seisaku/pdf/2009_bank.pdf

 公明党の「マニフェスト中長期ビジョン」は第4章「新たな国のカタチと行政改革の取り組み」で、次のように言っている。

------------------------------------------------------------

《「地域主権型道州制」を実現し、地域活性化で日本を元気に》
公明党は、21世紀にふさわしい、新しい国のカタチとして、「地域主権型道州制」を実現します。これにより、各地域の活性化や雇用の促進を図るとともに、身近な行政サービスを充実させ、住民本位の地域づくりを進めてまいります。これまでの中央集権体制を根本から変え、中央政府の権限は国でなければできない機能のみに限定し、各地域が独自に決定できる仕組みに改めます。そして、地域主権型道州制の もと、各道州がそれぞれの地域で潜在力を発揮し、新たな地域産業を創造することにより、日本全体に、そして地域に活気をもたらすことが可能となります。

《徹底した行政改革の推進》
不断の行政改革の推進とムダ排除の徹底は待ったなしです。国民に負担を求める前に、まずは行政が「範」を示し、徹底した行政改革を断行し、ムダを削減することは当然です。「税金のムダづかいは1円たりとも許されない」との精神で、公明党はムダゼロへの取り組みと大胆な行政改革を断行してまいります。特に、国の出先機関については、業務が地方と重複し、国民から見て非効率な「二重行政」になっているとの指摘があります。この際、廃止・縮小を強力に進め、国の事務・権限を大胆に地方に移譲します。

今こそ、21世紀にふさわしい効率的な行政の確立に向け、政治のリーダーシップを発揮し、改革を実現します。

------------------------------------------------------------

★公明党・マニフェスト=
http://www.komei.or.jp/policy/policy/pdf/manifesto09.pdf

 さて民主党の「政権政策マニフェスト」は、冒頭の「鳩山政権の政権構想・5原則」の1つに「中央集権から地域主権へ」を掲げ、さらに各論の第4章「地域主権」で、次のように言っている。

------------------------------------------------------------

《27. 霞が関を解体・再編し、地域主権を確立する》
[政策目的]
○明治維新以来続いた中央集権体制を抜本的に改め、「地域主権国家」へと転換する。
○中層政府は国レベルの仕事に専念し、国と地方自治体の関係を、上下・主従の関係から対等・協力の関係へ改める。地方政府が地域の実情にあった行政サービスを提供できるようにする。
○地域の産業を再生し、雇用を拡大することによって地域を活性化する。
[具体策]
○新たに設立する「行政刷新会議(仮称)」で全ての事務事業を整理し、基礎自治体が対応可能な事務事業の権限と財源を大幅に委譲する。
○国から地方への「ひもつき補助金」を廃止し、基本的に地方が自由に使える「一括交付金」として交付する。義務教育・社会保障の必要額は確保する。
○「一括交付金」化により、効率的に財源を活用できるようになるとともに補助金申請が不要になるため、補助金に関わる経費と人件費を削減する。

《28. 国の出先機関、直轄事業に対する地方の負担金は廃止する》
[政策目的]
○国と地方の二重行政は排し、地方に出来ることは地方に委ねる。
○地方が自由に使えるお金を増やし、自治体が地域のニーズに適切に応えられるようにする。
[具体策]
○国の出先機関を原則廃止する。
○道路・河川・ダム等の全ての国直轄事業における負担金制度を廃止し、地方の約1兆円の負担をなくす。それに伴う地方交付税の減額は行わない。

《34. 市民が公益を担う社会を実現する》
[政策目的]
○市民が公益を担う社会を実現する。
○特定非営利活動法人をはじめとする非営利セクター(NPOセクター)の活動を支援する。
[具体策]
○認定NPO法人制度を見直し、寄付税制を拡充するとともに、認定手続きの簡素化・審査期間の短縮などを行う。
○国際協力においてNGOの果たす積極的な役割を評価し、連携を強化する。
[所要額]
100億円程度。

----------------------------------------------------------------

★民主党・政権政策=
http://www.dpj.or.jp/special/manifesto2009/index.html

●地域主権と地方分権は違う

 なんだ、みな同じようなことを言っているじゃないかと思われるかもしれないが、そうではない。

 第1に、公明党と民主党は共に「地域主権」という言葉を明記し、「地方分権」という言葉を使っていないが、自民党は「地方分権」と言い、「地域主権」という言葉を避けている。自民党が安部内閣時代の07年1月に設置した道州制推進本部が福田内閣時代の08年7月に発表した「道州制に関する第3次報告」では、「中央集権体制を一新し、基礎自治体中心の地方分権体制へ移行」と謳っていて、この時は「一新した上で引き続き中央集権体制そのものは維持するつもりなのではないか」と、一新の意味をめぐって議論が出た。また昨秋の麻生太郎首相の所信表明演説では「最終的には地域主権型道州制を目ざす」と言っていた。が、今回のマニフェストでは「中央集権体制の一新」も「地域主権型」も消えて、単に「道州制の導入」とされている。ということは、道州制を導入するにしても、"主権"の所在が国なのか道州なのか基礎自治体なのか、あるいはその3層に分存するのか、ますます曖昧化しているということである。

★自民党の第3次中間報告=
http://www.jimin.jp/jimin/seisaku/2008/seisaku-021.html

「地方分権」と「地域主権」は根本的に違う。自民党的な地方分権が、明治以来の発展途上国型の中央集権国家が今後とも続くという前提の下で「地方にも権限や財源をもう少し手厚く分けてやろう」という域を出ることがなさそうなのに対して、民主党的な地域主権国家論は、中央集権国家を廃絶して成熟先進国型の地域主権国家に改編しようという「百年目の大転換」とも言うべき革命的改革の提言であり、そのどちらを採るのかが根本問題である。

 そのどちらを採るかで、例えば「道州制」の意味は180度、違ってくるので、根本を問わずしていきなり「道州制は是か非か」「区割りはどうするのか」を議論するのは意味がない。中央集権国家は、国〜都道府県〜市町村の垂直統合型が本質であり、単にその延長で都道府県を広域合併して道州に置き換えたところで、それで出来るのは「中央集権型道州制」にすぎず、国=中央官僚が道州を通じて地方を支配することに変わりはない。それに対して地域主権国家は、国〜広域自治体〜基礎自治体の関係は水平分散型であり、そのそれぞれは対等な行政主体として、そのそれぞれで行うのが最も適切な行政サービスを分担する。

「地域主権」という時の「主権」は、政治学的に厳密に言うと「国家主権」との関係がどうなるのか曖昧でありむしろ比喩的な表現と捉えるべきだとの議論もあるけれども、ここでは、国家主権の重要な内容の1つである「課税自主権」「徴税権」を国〜道州〜基礎自治体に水平的に分割することを中心にして、地方が中央から犯されない主体性を保証されているという意味に捉えればいいのではないか。「地域主権型道州制」の先導的主唱者であり内閣官房の「道州制ビジョン懇談会」座長でもある江口克彦(PHP研究所社長)が強調して止まないように、道州制と言うなら「各道州そして各基礎自治体が...中央政府から支配されない『主権』、主体性を持っていることを示すためには、『地域主権』という修飾語を『道州制』という用語の前に付すべきである」(江口克彦『地域主権型道州制』、P64)。

 自民党マニフェストの「道州制の導入」に「地域主権型」という修飾語が付かないのは大問題で、そうなったのは、同党内に、官僚勢力の後押しを受けて、地方ブロック単位の国の出先機関を形ばかり縮小して実は温存し、道州制になった暁にはそれを国の道州に対する支配の道具として活用しようと画策する「中央集権型道州制」論者が強力に存在していて、それと「地域主権型道州制」論者との妥協の産物としてマニフェストの表現がまとまったためである。2日のサンプロで私がそれを問うと、その場の議論はワチャワチャになってしまったが、直後のCMの間に石原伸晃=選挙公約作成副委員長が遠くから私に向かって、「高野さん、自民党の中にその2つの考え方があるのは事実なんですよ。私は地域主権の方ですよ」と言い、私は「あなたがそっちなのは分かっているよ」と答えたのだった。

 上述の自民党道州制推進本部の第3次報告書は、「道州・基礎自治体の税については課税権・徴税権を自ら行使」し、「課税ベースは国、道州、基礎自治体間で原則共有しない」と明言して、「地域主権型」に近いスタンスをとっていた。そこから明らかに後退しているのに、マスコミはどこもそれを問題にしていない。

●道州制は必須ではない

 第2に、自民党と公明党は「道州制」を謳っているが、民主党は謳っていない。民主党がそれを謳わなかったことに対して、大阪府の橋下徹知事や神奈川県の松沢成文知事が批判し、松沢に至っては「道州制に触れていないのは、本気で地方分権、霞が関の解体を究極的にやる根性があるか疑問」とまで言ったが、これは松沢の方が一知半解で物を言っている。

 上述のように、道州制にも「地域主権型」と自民党に根深い「中央集権型」とがあるのであって、道州制を言いさえすればいいという訳ではない。また、「地域主権型」の国家像を目ざすという場合に、それが必ず道州制でなければならないというものでもない。

 知られているように、小沢一郎は道州制には否定的ないし重視しておらず、「全国を300ほどの"市"に分割する基礎自治体」の上には国しかない2層制(地方1層制)を構想し、「将来は、いくつかの(現在の)県にまたがる州を置くことも考えられようが、基本的には、行政を分かりやすくし、地域住民に密着したものにするためにも、その方が望ましい」と言って来た(『日本改造計画』、93年)。

 思想的・原理的にはこれが正しい。85年の「欧州地方自治宣言」で定式化された「補完性・近接性の原理」は、

▼個人で出来ることは個人で(自助)、
▼個人で出来ないことはは家族で(互助)、
▼家族が出来ないことは地域社会で(共助)、
▼それでも出来ないことは[地方・中央]政府で(公助)

----というもので、個人の自立を前提として、問題を出来るだけ身近なところで解決することを旨とする社会編成の考え方で、「自立と共生」を根本原理とするとそのすぐ下位に位置する原理である。この原理に立って地方自治制度を考えれば、国の権限と財源をチョビチョビと道州ないし広域自治体に移し、道州がそれをまた市町村ないし基礎自治体に分け与えるという具合に、上から下ろしていくのでなくて、まず住民にとって一番身近な基礎自治体に可能な限りの生活関連の行政サービスの権限と財源を一挙に渡してしまい、その後に基礎自治体では手に余る広域調整を道州に委ね、それでも追いつかない全国レベルの事柄を国にやらせるというように、下から上へと制度設計を進めて行くことになる。

 小沢は、何によらず原理主義者だから、そのような考え方の教示しているのであって、具体的な制度として「基礎自治体は300ほどにすべきだ」とか「道州制はなくてもいい」とかいうことを言っているのではない。それを何も勉強していないマスコミが、今回のマニフェストで「300の基礎自治体という小沢構想は否定したのか」「道州制を謳わないのは小沢に遠慮しているのか」などと民主党の"内紛"を期待するかの質問を繰り返しているのは困りものである。

 「地域主権国家」は、小沢の原案のように地方1層制となる場合もなしとしない。また彼が言うように、一旦そのように割り切った上で、すでに強大な権限を持った基礎自治体が近隣と相談して必要に応じて道州の形成を求めることもあるかもしれず、その場合には道州は広域調整以外にあまり大きな権限を持たないかもしれない(緩い道州制=1.5層制?)。しかし江口克彦は「緩い道州制」には反対で(江口克彦・前原誠司編『日本を元気にする地域主権』)、それは「単に都道府県を統合し、統治体制を中央の意のままにする」ようなことになりかねないからである。上述のように、自民党案はそちらに傾く危険を内包している。さらには、州憲法、州裁判所、州兵まで持つ米国の州のように、「きつい道州」による連邦制というケースも理屈の上ではないでもないが、これは恐らく日本には合わない。州知事と州議会を持ち、かなり広範な権限と財源を持って国の介入を許さない程度の「強い道州制」が、江口のイメージだろう。

 しかしいずれにしてもそれは、「中央集権国家をやめて地域主権国家に転換する」ことを選択した後の話で、その順番を間違えて、「基礎自治体はいくつにする?」「道州は10なのか12なのか」など区分けの問題にいきなり入ってしまったり、道州制にもいろいろな種類があることを知らずに「道州制是か非か」と議論しようとしたりするようなことだと、国民はこの総選挙で何を選ぶのかますます分からなくなってしまう。

●直接給付か間接支援か

 第3に、蛇足ながら、この「補完性・近接性の原理」は、地方自治制度の設計のためだけでなく、政策全般にも貫かれるべきである。2日付日本経済新聞が4〜5面の2ページを使ってマニフェスト特集を組んだ際に、「民主は直接給付、自民は間接給付」という大見出しを掲げたのは、まことに適切だった。ほとんどのマスコミはこのマニフェスト対決の肝心要がどこにあるか全く理解しておらず、例えば7月30日付朝日新聞は1面トップで、民主党の子ども手当と高校無償化に対抗して自民党が幼児教育無償化を打ち出したことを採り上げ、「自・民"ばらまき対決"に」と揶揄的な見出しで解説を付して「民主党が創った"ばらまき合戦"の土俵に(自民党が)引きずりこまれ」ていると述べた。

 どっちもばらまきじゃないかというのが、マスコミが盛んに作り出したがっている印象なのだが、日経が言うように、自民党の場合はこれまでは扶養控除という形で間接的に子どものいる家庭を支援してきたのに対して、民主党は「控除から手当へ」という考え方の下、当事者である親に現金で直接支給する方向に転換する。個人・家庭こそが問題解決の主体であり、そこが安心を実感できるように仕向けなければ事は進まないという下からの政策発想があるからそういうことになる。対抗して自民党が打ち出した幼児教育の無償化も、制度として段階的に無償化を進めるのであって、「お上が無償化してやるのだから有り難いと思え」という上からの目線がつきまとう。自民党的には、例えば教育予算は、国が税金を学校や教師に割り振るものであり、その延長で無償化すれば、より大きな予算を扱う文部官僚はますます大きい顔をするし、各種の天下り団体や業界団体の利権という名の中間搾取もまた増える。民主党的なやり方なら、まず税金は直接親の財布に入ってから授業料などとして学校に納められるので、結果は同じようなものに映るかもしれないが、問題解決の主体が国=官僚なのか親=末端生活者なのかという決定的な回路設計の違いがある。

 『週刊現代』8月15日号の「噂の天才・ドクターZ(誰だ、こりゃあ?)が民主党のマニフェストを徹底分析」の記事は、民主党の言う農家の戸別所得補償についてこう指摘している。「農業は、農協に補助金を配るより、戸別農家に配るほうが直接的な政策効果が期待できる。しかも、最終受益者でない組織・業界が間に介在すると、補助金目当ての行動をとるようになるから、望ましくない。こうしたところへの補助金は、特定組織・業界を既得権益化するので"ばらまき"をしてはいけないが、マスコミが意味も知らずに、最終受益者への補助金までも"ばらまき"と表現しているのは、明らかな誤りだ」と。

 しかも(このドクターZも分かっているのかどうか不明だが)戸別所得補償は、従来の品目別の一律の補助金制度で農協や天下り団体ばかりが肥え太って肝心の農家が衰弱してしまったことへの反省に立って、農家に基本的にWTOやFTAなどを通じての自由化はじめ市場化の波に適合することを求めつつ、しかし天候にも大きく左右される農業は必ずしも市場経済だけで割り切れるものではないことにかんがみて、主要農作物についてその年の市場価格が生産コストを下回った場合にその差額を交付金として補償しようというもので、下回らなければ交付しないのだから今までの補助金とは全く違う。欧州でも、補助金に代わる農家の経営安定策として広く採用されている。これを補助金と一緒にして"ばらまき"呼ばわりするなどもってのほかである。

 何度も繰り返して恐縮だが、小沢一郎はこの選挙を通じての政権交代の意義を「明治以来100年余の官僚主導体制を打破する革命的改革」にあると言っていて、鳩山由紀夫代表も解散当日の会見で、その趣旨を明確に述べた。そして民主党のマニフェストにはその時代観が全編に貫かれている。細かい財源論などどうでもいいことで、そもそも自民党にしてからが官僚の掌の上で踊らされて、本当のところはどこにどんな財源や埋蔵金があるのか分からないでこれまで長年やってきたのであって、人のことなど言えた義理ではない。一昨年までは「埋蔵金などあるわけがない」と官僚に言われたら、その通りに国民と野党に向かって鸚鵡返しのように言っていたではないか。民主党政権は、その120年の歴史を持つ官僚と天下りOBたちの秘密の花園に乱入して手探りで探索を開始する。どこにどんなお宝が隠されているか、やってみなければ分からないのが当り前なのだ。マスコミも、もういい加減に「どっちもどっち」のような似非の公正中立性に立てこもって馬鹿なことばかり言っているのは止めて、要するに、これまでの120年間の惰性を選ぶのか次の100年への冒険を選ぶのか、過去をとるのか未来をとるのか、争点はそれしかないことを国民に伝えるべきである。▲

Profile

現在、INSIDERニュースレターの内容は、ご覧の《THE JOURNAL》内でブログの形で公開されております。
誰でも無料で閲覧し、またそれについて感想や意見を書き込むことが出来るようになっておりますが、従来通り、お手元に電子(Eメール)版配信もしくは印刷版郵送の形で講読を希望される方は、引き続きEメール版:年間6,300円(税込)、ペーパー(紙)版:年間12,600円(税込)をお支払いください。[法人購読の場合は年間105,000円(税込)になります]
ウェブ上で無料で閲覧できるものが、Eメール版・ペーパー(紙)版が有料なのはどういうわけだと思われるかもしれませんが、後者の場合、読者名簿管理と請求の事務、配信と郵送の手間が必要であり、とりわけ印刷版の場合は紙代、封筒代、印刷代、郵便代のほか宛名を印刷して封筒に貼り、印刷されたものを三つ折りして封入し、糊付けし、紐で束ねて郵便局に運び込むのに膨大な手間とコストがかかっていることをご理解下さい。
また、無料で閲覧できるならそちらに切り替えたいという方もおられると思いますが、残余の購読期間は引き続きEメール版もしくはペーパー(紙)版を配信させて頂き、購読料を途中返還することは致しませんのでご了解下さい。

BookMarks

TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER(インサイダー)
http://www.smn.co.jp/insider/

→ブック・こもんず←



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.