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INSIDER No.504《MANUFACTURING》日本の“モノづくり”精神の大元はどこか?──文明の基礎としての超精密農耕技術

 前稿(INSIDER No.502)で日本が「“モノづくり資本主義”で世界をリードする」可能性について論じたところ、読者から、資本財の優位性だけで日本全体が食っていけるわけではないし、その優位性もいずれ新興国からキャッチアップされて保てなくなるだろうとの趣旨の指摘があった。

●日本の最先端中小企業

 まず1つには、私は資本財供給国としての世界貿易の中での日本のユニークな位置取りを「日本が21世紀の世界を生き抜いていく1つの筋道」として重視すべきであることを示したのであって、それだけで日本全体がやっていけるとは言っていない。その大きな可能性を、榊原のようなインテリを含めて、日本人の多くが認識していないことを嘆かわしいとかねがね思ってきたので、力を入れて強調したまでのことである。ひとたびこれが21世紀日本の生き方の柱の1つであるという合意が成り立てば、例えば、

▼政府の長期的な研究開発投資のプログラム、
▼大中小企業の経営力や技術力や製品開発力などソフト面を評価してリスクを賭けて投融資するベンチャーキャピタル型の(ということは土地担保でしか金を貸せない従来の銀行を脱皮して経営力や技術力や開発力などソフトを評価してリスクを賭けて投融資する)金融機能を重視した金融改革の方策、
▼小学校からのモノづくり教育、(何人かの読者が指摘したように)ドイツのマイスター制度に倣った「匠制度」、工業高校と理工系大学・大学院の充実などを含む教育改革の方向付け

——など、およそすべてのことを“モノづくり日本”の方向に沿って合流させていくような総合施策を組み立てることが可能になるだろう。日本と世界の関わりにおける(全てではなく)最前線をそのようにして形成したい。

 2つには、確かにこの領域においてもキャッチアップの可能性は大いにあって、油断も隙もあったものではないが、前稿で例に出した世界最小歯車メーカーの樹研工業の松浦元男会長にそれを問えば、「なーに、彼らが5年経って追いついてきた時にはウチは10年先まで行っているよ」とのことである。その自信から、同社の場合は、請われればどの国からも研修生を受け容れて技術を伝授し、3年かそこらで基本を学び終えると、彼を工場長にして本国に合弁工場を出し、その場合にパテント料で縛るという小賢しいことは一切せずに、出資比率50:50で済ませている。もちろん誰もがこんなことが出来るわけではないけれども、日本の最先端には、そういう意識を持って事業を成功させていて、毎年、創業以来史上最高の昇給を更新し続けている中小企業があるということは知っておくべきである。それを単なる例外と考えるか、それこそが先進モデルだと考えるかが、思考の1つの分岐点である。

 全国どこへ行っても、商工会議所・商工会・法人会など中小企業団体の会長の挨拶は「日銀短観は景気が下げ止まりつつあると言うが、我々中小企業はそんな実感からはほど遠く、まさに“100年に一度”の大不況の波をもろに被って苦しんでいる」という、「大企業はいいかもしれないが中小企業は大変」パターンに決まっている。それでいて、講演が終わって宴会になって個別に聞けば、確かに大企業の下請け一本でやってきた企業などは大変なことになっているが、独自の技術を磨いて何とか切り抜けていたり、それどころか積極的に海外にまで販路を広げて独り立ちを果たしている企業も決して少なくなく、その割合は普通の中小企業団体で半々、地方銀行の優良融資先の経営者の会などの場合は7〜8割が後者である。つまり「大企業でも中小企業でも、成熟経済への適合が出来ている企業とそうでない企業との二極分解が進んでいて、全体としてみれば大小・業種・地域に関わらず“まだら模様”を呈している」というのが本当のところで、にもかかわらず中小企業団体の建前としては「中小企業は大変」ということにしておかないと運営上差し障りが出るのでそう言い続けている。しかしこれでは、農協が「農家は大変」と“弱者ブリッ子”を演じて補助金漬けに身を沈めている内に本物の弱者になってしまったのと同じ轍を踏むことになる。

 3つには、このような日本的モノづくりの精神は、今現在で言えば精密機械工業やハイテク素材産業や環境、IT、バイオ、医療産業などに典型的に顕れていて、そのまた突端にあるのが高度資本財輸出企業であるけれども、その精魂込めてモノを作り上げるという心意気の根元は、実は縄文以来1万年に及ぶ日本の農耕文明にあって、それは農業から製造業、サービス業まで含めたこの国の(サービス業まで含めた広義の意味での)モノづくりに一様に貫かれていることを認識する必要がある。

●農耕漁撈文明の特質

 日本は国土の66%を森林が占める世界でも稀なる「森の国」である。その森が林業の衰退によって荒れ果てているという現実的な問題は(天野礼子に委ねて)今は措くとして、なぜ日本にそれだけの森が残っているのかと言えば、それは農業のあり方の特殊性と関わっている。

 梅棹忠夫は『文明の生態史観』で、ユーラシアを中心部の乾燥地帯の遊牧民世界、その外側の準乾燥地帯に起こった4大古代文明世界、そのさらに外側の湿潤な日本と西欧の近代文明世界という3層の文明モデルを提示した。それに対して、「陸」だけではなく「海」の視点を加味して、その文明モデルの修正・増補を図ったのが川勝平太(現静岡県知事)の『文明の海洋史観』で、それによって日本の自己認識の深度は相当に深まったのであるけれども、梅棹も川勝も、ユーラシアの東西両端の日本と西欧と文明の質の違いを問題にしていない。そこで登場するのが、環境考古学者で縄文学者の代表格の1人である安田喜憲=国際日本文化研究センター教授で、彼の『文明の環境史観』によって日本の文明史的な独特の位置づけは一層明白になった。

 安田によると、西欧の代表としての英国では「農耕が伝播して以降、カンバやナラの森は一方的に破壊され……17〜18世紀には森の90%以上が消滅して、完全な森林破壊の段階が現出した」が、日本では「確かに農耕の伝播によってカシやシイの原始林は破壊されるが、その後、アカマツやコナラなどの二次林が拡大してくる。このため英国のような完全な森林破壊の段階が現出しない。…このように英国と日本とでは、森と人間のかかわりのあり方に、根本的な相違が見られる」のであり、それは詰まるところ、英国はじめ欧州の麦作と牧畜を中心とした農業と。日本の水田稲作と漁撈を中心とした農業との違いに帰着する(安田『稲作漁撈文明』)。

 問題の1つは、麦作と牧畜を中心とする西欧型が、限りなく森を伐採して広大な平原を切り拓いて麦畑と牧草地を作るので、大規模な粗放経営がまことに妥当であるのに対して、稲作と漁撈を中心とする日本型は、耕地の42%が中山間地にあって、そこでの里山的な森と田畑との循環的な生活技術とそれを担う家族労働集約的な小規模農家こそが主体と位置づけられるべきである。「水田稲作農業を基本とし、肉食用の家畜を欠如した日本の農耕社会では、経営規模をいたずらに拡大して粗放的にするよりも、労働集約的にする方が収量が多かった。急峻な山地に家畜を放牧するよりは、森を保存し、森の資源を水田の肥料として利用する方が、土地生産性を活用することにつながった。灌漑用水を定常的に確保するためにも……豪雨による災害を防止するためにも森は必要だった。温暖・湿潤な気候は森の再生には好都合だった。こうして日本人は森の資源に強く依存する農耕社会を構築した」(安田)。

 東アジアのモンスーン気候帯の下でのこの温暖・湿潤は、農学者の野田公夫=京都大学教授に言わせれば(「現代農業革命と日本・アジア」、『生物資源問題と世界』所収)、農法の上で「最大の問題」で、「作物の増殖を促進する条件である温暖・湿潤は、同時に雑草を繁茂させ病気や虫害を増大する条件である……。肥料を増投すればかかるリスクも増大するのであり、それを確実に生産力化するには綿密な肥培管理がポイントとなる」。多投した肥料を実に結ぶ能力のある品種の育成、健苗を育てるための綿密な苗代管理、耕土を厚くするための深耕、適期を外さない水のかけひき、雑草・病虫害の防除など、まさに作物を撫で回すがごとくに丹精込めて育てる超精密農法は、江戸時代には確立され「明治以降の日本農業も基本的にこの延長上にある」(野田)。

 江戸の人々が、より深く耕すために敢えて家畜による耕耘を止めて、改良された鋤鍬を用いて人力で思い通りの深耕を実現したことは、人口経済学者の速水融によって「勤勉革命」と名付けられたが(『近世濃尾地方の人口・経済・社会』)、西欧が畜力を機械に置き換えて産業革命へと突き進んでいくのに対して、日本は驚くべきことに、畜力を人力に代えてまで土と作物を手塩に掛けて育てることを選んだ。安田は言う。西欧的な産業革命は「機械で森を切り開き、農耕地を造成し、家畜と農作物と人間の世界だけを創造してきた」のだが、それに対して日本の勤勉革命は「家畜や機械に代わって自らのエネルギーを大地に投入し不毛の大地を豊かな大地に変えることに専念し、それに喜びさえ覚え」ながら「人間以外のこの地球の生きとし生けるものの命との共存にも目をくばりながら」「棚田を造成し森と水の循環系を維持し、生物の多様性を守り通してきた」。

 なぜそれほどの人力深耕が必要だったのかと言えば、江戸以来、日本の農家の土壌管理の根幹が落ち葉を主体とする堆肥の大量投入にあったからである。毎年冬が近づいて真っ先にやることは、里山の二次林で大量の落ち葉を集める作業で、それを庭先に山と積み、ワラや人畜糞を混ぜるなどして発酵・熟成させて堆肥化し、何と1反歩の耕地に1トンほども投入した。完熟した乾燥堆肥1グラムには1億個の微生物が含まれているというから、1トンなら100兆個。その働きによって高度の土地生産力を維持した。今から100年前の1909年、米国の土壌学の父と呼ばれたF・H・キング博士は、すでに始まっていた米国農業の機械化・化肥化による土壌の劣化を憂いつつ、日本・中国・朝鮮の農業を視察、とりわけ山と川と田畑の繋がりの中で巧みに養分管理された水田稲作のシステムに日々仰天し、それを「西洋諸国への反省を迫る」ものとして紹介する長大なレポートを書いた(『東アジア四千年の永続農業』)。

●日本農業の可能性

 その根底にあるのは、縄文時代以来、1万年以上にわたって築き上げてきた「森の思想」(梅原猛)で、それこそが21世紀の地球と人類を救う自然観・世界観である。

 森の思想は、つまりは八百万の神的な、人間をも自然の循環の一部と捉える共生の思想で、鳩山流に言えばそれが友愛精神の一面である。日本人が凄いのは、その思想を抽象レベルで済ませるのではなくて、日々生きるための生活技術の体系として具象化し、何によらず丹精込めて育て上げる気風として体に刻んで受け継いできたことで、それは、岡本太郎が称揚した縄文火焔土器のあの異様なまでの芸術性(岡本『縄文の思想』)、あるいは5500前から1500年間も続いた青森県三内丸山の縄文都市遺跡から出土した、漆の大皿の破片や糸魚川上流から輸入した翡翠のネックレスや、さらには北海道産の黒曜石を用いた鏃(やじり)を岩手県産のアスファルトで固着した狩猟用の矢といった品々の、想像を絶するモノづくりへのこだわりに既に現れている(梅原『縄文文明の発見—驚異の三内丸山遺跡』)。そのモノづくりは、養蚕、機織り、鍛冶、製陶、工芸、食品加工等々、元々は誰もが自分でこなす生業の一部であったものが、やがて分業化・専業化して「匠」の技として絢爛たる発展を遂げ、さらに近代工業化と共に今日に受け継がれ、例えば、町工場の金属加工の現場で、5軸切削の最先端マシニングセンターでロケットヘッドを成型しながら最後の最後はベテランが撫で回しながら手作業で磨き上げて細密な仕上げをするといった職人技とか、世界最高度の産業用ロボットを決して単なる機械と思わずに「○○ちゃん」とか愛称までつけて自分ら工員の仲間として扱うといったヒトとモノの一体感覚とかにまで、真っ直ぐに繋がっている。

 戦後日本の農政が分かっていないのは、以上のこと全てであり、欧米型の大規模化・機械化・化肥化をモデルに安易に「金になる農業」を創り出そうとして、かえって農業をめちゃめちゃにしてしまった。この愚劣を断ち切って、日本文明の基礎としての農林漁業を再建して世界のどこにも例のない独自の田園生活の豊かさを実現し(大平政権の「田園都市構想」を思い出す!)、その我々の暮らしぶりとそこに貫かれているモノづくりの精神とを世界に向けての(とりわけ「西洋諸国に反省を迫る」ための)メッセージとするのでなければならない。日本の耕地の42%は中山間地にあって、そのほとんどは大規模化などもってのほか、小規模の家族集約労働で守っていくしかない。それを経済効率が悪いからといって切り捨てようとしてきた従来の農政は、文明に対する破壊の罪に値するのであり、民主党のすべての農家に対する所得補償制度の提案は(議論すべき問題がたくさん含まれており、それについてはまた論じることにするが)その大転換の端緒となりうるだろう。

 こうして、モノづくりで生きていこうという場合に、その最突端を形成するのは第2次産業のハイテク資本財ということになるが、それ以外の製造業でもいろいろな可能性があり、また第3次産業でも、例えばユニクロの海外での成功や、セブンイレブンの米国子会社を通じてのコンビニの世界的大展開、あるいは中国も米国も注目する新幹線やリニアモーターカーの輸送技術など、いかにも日本的な超緻密な商品・店舗・顧客管理のノウハウやシステムの輸出も、広義でのモノづくり精神の現れと見ることが出来よう。世界中での寿司屋はじめ日本食レストランの大ブームは、単に素材がヘルシーだからではなく、その素材を生かし切る超精密な食品加工と調理の技術の見事さによるところが大きい。そうしたことの文明的基盤は農業はじめ第1次産業であり、そのようなものとしてそれを再建することが出来た暁には、日本の農業自体もまた他の先進国と同様、輸出産業へと転換することが出来るだろう。そのように、21世紀日本の世界の中での生き方の戦略問題としてモノづくりということを考えてみたいのである。

余談:今日の日本経済新聞「経済教室」で戸堂康之=東京大学准教授が「今こそ『内需より輸出』で」と論じていて、その中で「実は日本は先進国の中ではもともと輸出依存度が低い。輸出額の対GDP比ではOECD諸国の中では米国に次いで最低水準」と述べているのは正しいが、昨年から今年上期にかけての日本の輸出が急減した理由として「日本の輸出産業が自動車・電機などの耐久消費財に偏っていたこと」を挙げているのは、前稿で引用した輸出の商品特殊分類表に照らして、全くの間違いである。スタンフォードで博士号まで取って、こんなことも分からないで日本経済を論じているのが学者の世界である。▲

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