INSIDER No.503《ASO》8月30日、「次の100年」が始まる!──この総選挙の歴史的な位置づけ
待ちに待った?!総選挙を、どういう時間的=歴史的な物差しで捉えるべきだろうか。
●1年
1年かそこらの最短の物差しで測れば、8月30日に起ころうとしているのは、麻生政権がわずか11カ月余で命脈が尽きて、鳩山政権が生まれそうではあるけれども、さて民主党の頼りない様子からして、同政権も果たして1年も2年も持つのだろうかという程度の、さほど血も沸かず肉も躍らないような話でしかない。この意味での政権交代を阻止すべく、麻生太郎首相としては、この10カ月に4回も景気対策予算を組んで際限のないほどのバラマキを振る舞ってきた実績を誇り、それに対して民主党は、自分らが政権を取れば子供手当や扶養控除廃止や何やかやで平均的世帯当たり2万円の可処分所得増になると主張し、そうするとまた自民党が「子供がいない家庭では増税になるじゃないか」と反論するといった、まこと低次元の攻防になっていく。
低次元というのは、決して馬鹿にしているのではない。2万円の増減といえども人々にとっては大事であり、このような生活の一番底辺のところでの切実な願いや求めをどちらが掬い取るのかということが、実は選挙の行方を大きく左右する。26日早朝にオンエアされる私のエフエム番組(JFN)で、鈴木寛=民主党東京都連幹事長が語っているように、先の都議選で同党に大勝をもたらしたのは、マスコミが言うような漠然たる民主党への応援気分などではなく、築地市場の移転反対や新銀行東京の廃止でさえもなく、救急車が来てから実際に治療が開始されるまでの時間が全都道府県で一番長いという驚くべき東京都の医療体制の貧困であり、私立の滑り止めを受けるだけのゆとりがなくて都立高校のみ単願する中学生が急増している中での「都立高校無料化」の訴えだった。
とはいえ、これが表層的な現象論レベルの問題設定であることは疑いなく、今回総選挙の意義をその次元だけで捉えるわけにはいかない。
●16年
そこで次に、93年春の「政治改革国会」、それをめぐる混乱で自民党分裂、宮沢内閣崩壊、総選挙で非自民・改革派8党による細川政権誕生で自民党単独政権の38年間の終焉……という大ドラマから16年という中ロングの物差しがある。自民党長期政権の弊害としての金権腐敗極まる中で、小沢一郎、羽田孜らが割って出て新生党を創り、別途、武村正義、鳩山由紀夫らも飛び出してさきがけを創り、その両党も与党に入った細川政権が翌94年1月、小選挙区制を軸とする今の選挙制度を作り上げた。そこに託された国民の想いは、これはもうどうしても「政権交代のある政治」、すなわち、選挙の度ごとに正々堂々の政権選択がごく当たり前に行われるような、成熟先進国として当たり前の政治風土を築かなければ、この国の民主主義は前に進むことが出来ないということだった。
が、制度は出来てもそれは現実には作動しなかった。一度は死んだ自民党は野党でいることに耐えきれず、細川・羽田両政権をわずか10カ月で崩壊に追い込み、社会党の村山富市委員長を首相に担ぐという奇策を弄して、さきがけと共に「自社さ政権」を作って政権復帰を果たした。以後今日に至るまで、(前回の郵政選挙を例外として)もはや単独過半数を確保することが出来ない自らの衰弱を「連立」で補って、中小政党を順繰りに相手に引き込んでは食い潰すという形で政権に留まり続けることによって、選挙を通じての政権交代を阻んできた。その連立という延命装置も01年、森政権でいよいよ効かなくなって、内閣支持率も今の麻生の半分の9%まで落ちて、もはやこれまでかと思いきや、「自民党をブッ壊す」と呼号する変人=小泉と奇人=田中真紀子のコンビに切り替えることで、二度死んで二度生き返った。小泉政権は、もうこれ以上の奇策はあり得ないという意味で、自民党にとって「最後の切り札」だったのであり、彼が去った後にはもはやどんな切り札もなく、安倍、福田、麻生の3代を通じて自民党が壊れ続けて行く姿を晒し、これでは最後の連立相手だった公明党ももはや支えようもなく、政権自体を自爆に向かわせるしかなかった。
自民党が二度死んで二度「連立」で生き返ったこの16年間は、バブル崩壊後の経済における空白の10年、15年とパラレルの、政治における空白の10年、15年だったのであり、この両方の「空白」を乗り越えることによってしかこの国は、本当の意味で21世紀に足を踏み入れることは出来ない。自民党がここまで壊れ、他方で細川政権与党だった8党のうち公明党をのぞくほとんどが民主党に流れ込んだことによって、ほぼ2大政党制的な配置が出来上がり、自民党がこれ以上連立を続けようにも相手がいなくなって、これでようやく初めて、国民が「政権交代」という政治体験を積むその第一歩を踏み出すことが可能になった。
だから、麻生が「政権交代は手段であって目的ではない」と言うのは間違っていて、それはこの中ロングの物差しで測れば、16年間も先送りされてきた制度の趣旨と政治の実態との乖離を打開するという立派な「目的」なのである。国民の多くが、民主党がどうであれ一度自分の1票で政権交代とやらを引き起こしてみたいと思っているのは当然だし、自民党の伝統的支持層の中にも「自民党にはお灸をすえなければ先行きがない。今回は民主党に入れる」と決めている人が少なくないというのも、またごく自然な政治意識の流れである。
●100年
上記の「制度の趣旨と政治の実態との乖離」を16年目にして解消するというのは、形式的・実体的な中ロングの次元のことだが、さらに100年という内容的・本質的な超ロングの物差しがあって、それは、「明治以来約100年に及ぶ官僚主導体制を打破するという革命的改革」(小沢一郎)ということに関わっている。今年は奇しくも、明治憲法が出来て120年目、出来た翌年に第1回衆議院選挙が行われて119年目に当たる。田中良紹がTHEJOURNALで書いているように、そもそもから辿れば坂本龍馬以来140年ということにもなるのだろうが、制度が出来てからということで言えば120年、以来今日まで、日本の政治は官僚体制への従属から抜け出すことが出来なかった。
ビスマルクが伊藤博文らに教示した、皇帝→首相→官僚体制こそが国家運営の主体であって、議会は添え物にすぎないという考え方は、後発の資本主義的発展途上国にとってはまこと適切なアドバイスであって、天皇の威光を背景にした薩長出身の元勲が入れ替わり立ち替わり首相を拝命して官僚体制と一体となってこの国を取り仕切り、国会議員たる政治家はその周りをグルグル回って、時にいちゃもんをつけたり、あるいは媚びへつらっておこぼれを頂戴したりしてきただけという仕組みは、急速に経済成長を成し遂げて欧米に追いつき追い越せの目標を達成するための開発独裁的な総動員体制としてはまことに効率的・機動的であったとはいえ、1980年前後(維新から110年、明治憲法から90年、面倒なので「明治から約100年」)してその目標が達成されて、米国に次ぐ世界第2の成熟先進国となったからには、そのような過去100年の官主導の体制を一旦清算して、次の100年の成熟先進国に相応しい民主導の国家・経済・社会の運営の体制に転換しなければならなかった。
96〜98年の橋本政権による金融自由化、金融庁発足、日銀法改正など旧大蔵省権力の部分的解体、地方分権と中央省庁再編、01〜06年の小泉政権による道路公団改革や郵政民営化、規制緩和などは、基本的にはその体制転換のための「改革」という時代的要請を反映したものであったが、一方ではそれを通じてどのような次の100年の国家・社会のありようを創り出そうとするのかの全体像が定かならずに中途半端の不徹底に終わり、他方では改革に伴う痛みを手当てするセイフティーネットの設計がおろそかで負の側面ばかりが綻び出ることになった。しょせん自民党政治は過去120年の体制の一部というよりも、明治の薩長藩閥政治29年、大正のそれなりの政党政治14年、昭和前期の軍部政治13年、戦後のGHQ支配を含む過渡期10年、そして自民党単独政権38年、そのゾンビ形態としての連立政治16年と数えればその約半分!であり、小泉の「自民党をブッ壊す」ではないが、徹底的な自己否定を抜きにして本当の改革など担えるわけがなく、それが出来ないのであれば「革命的改革」を掲げる民主党に政権を明け渡さざるを得ない。
なので、8月30日に始まるのは単に1年か2年か3年かの鳩山政権ではなくて、次の100年である。解散当日の会見で鳩山は「今回は明治以来の官僚主導の政治から国民総参加の新政権を創り出す、革命的に大きな目的を持った政権交代と位置づけている」と語った。子供手当やその他あれこれも大事だけれども、この革命性をどこまで図太く訴え切れるかが新政権の射出角度と初速を決めることになるだろう。
INSIDERの古い読者にはお馴染みで「またかぁ」と言われるだろうが、96年旧民主党の発足直前の政策討論合宿に私が提出した「100年目の大転換」イメージ図をもう一度添付しておくので、これを眺めて思い切り想像力を膨らませてこの総選挙の歴史的な意味合いを噛みしめて頂きたい。▲