Calendar

2009年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

Recent Entries

Recent Comments

« INSIDER No.499《SUMMIT》温暖化ガス削減目標の迷走──日本は率先、「無炭素社会」実現を!
メイン
INSIDER No.501《ASO》都議選結果が示す「自民党大敗」の予兆──自公協力の綻びがそれに輪をかける? »

INSIDER No.500《ASO》自民党は3度死ぬ?──が、今度ばかりはゾンビ化も出来ない

 麻生太郎首相は東京都議選の惨敗を受けて、一旦は14日解散・8月上旬投開票のやけのやんぱちの緊迫的日程を決意したが、自民・公明両党の「それはいくら何でも…」という説得を受け容れて、7月21日か22日あたりの解散・8月30日投開票というやや緩い日程を採ることで決着した。

 麻生にしてみれば、たとえ都議選の惨敗結果と踵を接する形となろうとも、自民党内の麻生下ろしの拡大を予防しつつ、野党からの不信任案・問責決議案上程に対して直ちに切り返して、せめてもの“果断さ”を演出したい気持だったのだろう。

 それを自公首脳が押し止めたのは、本質的には何の意味もないことで、どちらにしても追い込まれてのやけのやんぱちに変わりはないのだけれども、都議選惨敗の衝撃を少しでも和らげるために一拍置きたいという唯の気休めと、投開票日を2〜3週間先延ばしすることで、野党攻撃の材料が用意できないか模索し、また場合によって麻生下ろしを仕掛ける時間的余裕を残しておきたいという、かすかな願望のためだったに違いない。

 しかしそんなことは悪あがきにすぎず、どうであれ自民党政権は3度目の正直で今度は本当に死んで、当分の間——出来れば最低4年間、野党として呻吟しつつまともな保守政党として再生を図るべき運命にある。

●3度目の正直

 自民党は1993年春の「政治改革国会」を通じて、時の宮沢政権が小選挙区制導入の流れに乗ることをためらったことから党分裂、細川護煕政権の成立を許して野党に転落した。それは本当は自民党にとって再生に取り組むチャンスだったというのに、権力に就き続けることが自己目的であるこの党は野党であることに耐えきれず、細川の熊本県知事時代の下らない金銭スキャンダルなどを暴き立て、わずか8カ月で辞任に追い込んだ。後継の羽田孜政権も、プロモーターだった小沢一郎新生党代表のミスマネジメントによって2カ月で終息、村山富市=自社さ政権という形で自民党のゾンビ的政権復帰を許してしまった。

 羽田政権末期の94年6月当時、私は、何としても改革を継続して自民党を野党に塩漬けしておくことが戦略的中心課題だという立場から、社会党・さきがけの政権復帰による第2次羽田政権をつくって改革を継続する以外に道はないということで、社会党・さきがけの一部と結託して策謀をこらしたが、小沢は「羽田は一度首相にしてやったからもういい」という立場で、海部俊樹元首相を自民党から引き剥がして海部政権を作るという訳の分からない方向に走り、結果的に村山政権の誕生による自民党の政権復帰を助けてしまった。自民党は一度、死に損ねた。

 連立相手の社会党とさきがけは、結局、自民党の権力維持本能によって食い殺されて消滅し、その相対的に優良な部分は96年の旧民主党結成に合流した。それに先だって、小沢は、94年末に新進党を結成し、旧保守vs新保守による「保守2大政党制」を指向していたが、そんなものは鬱陶しいばかりで国民に真の選択肢を与えるものではなく、2大政党制というなら保守vsリベラルの構図しかあり得ないというのが旧民主党のそもそもの結成動機で、一度その旗が立てば、新進党は順次分解して、リベラル軸に合流して来ざるを得ないというのが読みだった。そのとおり、羽田の太陽党や旧民社系などが流れ込み、最終的には小沢=自由党も流れ込んで今の民主党が出来た。

 そこに至る間、自民党は自社さの枠組みの下での橋本龍太郎政権が行き詰まって小渕恵三政権となり、小沢=自由党の連立参加、小沢が逃げ出してそこから分裂した保守党の連立維持、さらに自民党にとっての“最後の手段”としての公明党の連立参加という形で推移してきたのだが、その政治過程の本質は何かと言えば、自民党が、自らでは過半数を取ることが出来ない構造劣化の中で、次から次へと連立相手を取り替えながら食い殺して生き長らえ、選挙を通じての正々堂々の政権交代という小選挙区制効果の発動を阻止してきたということである。

 その(経済におけるそれとパラレルな)政治における「失われた10〜15年」は、しかし、2001年春、森喜朗政権の絶望的なまでの不人気、YKKを担いだ石原伸晃、塩崎恭久、渡辺喜美ら“政策新人類”世代の脱党運動の拡大という形で終幕を迎え、自民党ゾンビは2度目の死期に直面した。ところが同党の凄まじいばかりの権力維持本能は、YKKの1人である小泉純一郎プラス田中真紀子の変人・奇人コンビに政権を託すという手品のような奇策を編み出してこれを切り抜けた。小泉政権は、民主党の改革路線を部分的に横取りする疑似改革路線によって国民を幻惑し、思いのほか5年半も続いたが、その自民党にとっての“最後の切り札”が命脈尽きた後に、さらに別の最後の切り札などあるはずがなく、それが安倍晋三、福田康夫、そして今麻生太郎それぞれの自暴自棄となって断末魔の姿をさらけ出している。麻生の後にはもはやゾンビが生まれる余地はなく、今度こそ3度目の正直、自民党政権は終わる。

●次の100年へ

 明治憲法発布以来の日本政治は、薩長藩閥政治、大正政党政治、昭和軍部政治、戦後過渡期(GHQ時代)、55年体制下の自民党経済成長政治、その惰性的延長としての村山〜麻生のゾンビ時代……と推移してきたが、その120年間の全期間が発展途上国型の官主導の官僚社会主義とでも言うようなシステムの時代だった。

 だから、8月30日に終わろうとしているのは単に1年弱の麻生政権ではない。1994年以来15年のゾンビ時代を含む1955年以来の自民党政治が終わる。ところが自民党政治は1889年に始まった官僚社会主義体制下の最後の政治形態にすぎないから、ここで終わり始めるのは120年に及ぶ官僚社会主義体制そのものである。「明治以来100年に及ぶ官僚体制を打破する革命的改革」と小沢一郎が言うのはその意味であり、この扉を押し開けない限りこの国は次の100年に進むことはできない。

 8月30日、約10年遅れで日本の21世紀が始まる。▲

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.the-journal.jp/mt/mt-tb.cgi/604

コメントを投稿

※[投稿]ボタンをクリックしてから投稿が完了するまで数十秒かかる場合がございますので、2度押しせずに画面が切り替わるまでお待ちください。

Profile

現在、INSIDERニュースレターの内容は、ご覧の《THE JOURNAL》内でブログの形で公開されております。
誰でも無料で閲覧し、またそれについて感想や意見を書き込むことが出来るようになっておりますが、従来通り、お手元に電子(Eメール)版配信もしくは印刷版郵送の形で講読を希望される方は、引き続きEメール版:年間6,300円(税込)、ペーパー(紙)版:年間12,600円(税込)をお支払いください。[法人購読の場合は年間105,000円(税込)になります]
ウェブ上で無料で閲覧できるものが、Eメール版・ペーパー(紙)版が有料なのはどういうわけだと思われるかもしれませんが、後者の場合、読者名簿管理と請求の事務、配信と郵送の手間が必要であり、とりわけ印刷版の場合は紙代、封筒代、印刷代、郵便代のほか宛名を印刷して封筒に貼り、印刷されたものを三つ折りして封入し、糊付けし、紐で束ねて郵便局に運び込むのに膨大な手間とコストがかかっていることをご理解下さい。
また、無料で閲覧できるならそちらに切り替えたいという方もおられると思いますが、残余の購読期間は引き続きEメール版もしくはペーパー(紙)版を配信させて頂き、購読料を途中返還することは致しませんのでご了解下さい。

BookMarks

TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER(インサイダー)
http://www.smn.co.jp/insider/

当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.