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INSIDER No.498《REGIME CHANGE》民主党は郷原信郎を法務大臣にしたらどうか/その2──第三者委員会報告書の問題提起 »

INSIDER No.497《REGIME CHANGE》民主党は郷原信郎を法務大臣にしたらどうか/その1──検察の横暴に対する新政権の回答

 実はこのところThe Journal同人の一部で、政権交代を果たした暁には民主党は、郷原信郎弁護士(元検事、名城大学教授)を法務大臣にすべきであるという声が盛り上がっている。

●林幹雄告発の裏側

 別項の宮崎学による林幹雄=国家公安委員長に対する告発も、元はと言えば(これは言っちゃっていいのか悪いのか分からないが)、郷原と宮崎の個人的対話の中から生まれたアクションで、郷原が原案を起草して宮崎が自分の名前で告発状を提出した。

 宮崎は早稲田大学の60年代後半の学生運動の時代を通じて、ずっと私の直近の子分で、私らがアイデアを出すと、率先「それは俺がやる」と買って出て、突撃隊というか、ヤクザ世界の用語で言えば鉄砲玉となって飛んでいくのが役目だった。そのへんは、つい先日の朝日新聞夕刊「ニッポン人脈記」に宮崎ら日共系全学連の3人が取り上げられている中にも表出されている。

 今回も、郷原の「このまま放っておいていいのか」という思いを宮崎が後先も考えずに受け止めて、検察に対する突撃役を引き受けたのである。

 このアクションを見て私が思い至ったのは、検察の小沢秘書逮捕という事態に対して、民主党は直ちに、同じように西松建設のダミーと言われている2つの政治団体から献金を受けていたすべての政治家について、民主党所属議員を含めて片っ端から告発すれば良かったのだということである。私はこのサイトでの論説で「民主党全体がこの検察の暴挙に立ち向かわなくてどうして政権交代がなし得るのか」という趣旨のことを繰り返し述べてきたが、それは政治姿勢というか、「こんなことでひるんでどうするんだ」という叱咤激励のレベルに止まっていたが、考えてみれば民主党側からの一斉告発という手もあったわけで、その当時はそこまで思い及ばなかった。

 問題の本質は、戦前以来の検察の専横に対して、国民の側からどうしたらこれを制御出来るかということであり、その意味で宮崎のアクションは皆で考えるべき重要な問題提起を含んでいる。

●朝日新聞=早野透の馬鹿さ

 さて、6月25日付朝日ザ・コラム「まねていいこと、悪いこと」で同社コラムニストでベテラン政治記者(であるはずの)の早野透がこう書いている。

▼吉田政権の汚点は「指揮権発動」だった。1954年、「造船疑獄」が発覚、東京地検は業者から200万円を受け取った疑いで佐藤栄作自由党幹事長を逮捕しようとした。ところが犬養健法相は検事総長に対する「指揮権」によって、これを阻止した。

▼吉田の弁明が面白い。「汚職問題、汚職問題と申しますが、その内容は何か。政党の会計簿の記帳が不十分ということに帰するのであって、一体政党の会計帳簿が不正確であるのは当然であって……」「手続きを乱したということだけで逮捕するのは、政党政治の破壊である。新聞は面白半分に流説している……政府としてはかかるこれら流言飛語を…」

▼つい最近も同じような言い方を聞かなかったか。手続きミスの形式犯、新聞記事は検察リーク……。

▼小沢氏の秘書逮捕に関する民主党のいわゆる「第三者委員会」が10日、報告書を出した。そこにこんな一節がある。「法務大臣は、高度の政治的配慮から指揮権を発動し、検察官の権限行使を差し止め、あえて国民の判断にゆだねるという選択肢もありえた」

▼吉田の指揮権発動は、政権末期のやぶれかぶれだった。以後、二度と例はない。これから政権をつくろうという民主党の側から、こんな議論がまかりとおっていいのか…。

 私は早野とも長年の付き合いがあって、今更こんなことを言わなければならないのは残念であるけれども、早野、お前、ここまで馬鹿だったのか。

●指揮権発動の意味

 昭和22年に制定された戦後の検察庁法では、次のように規定されている。

◆第四条 検察官は、刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求し、且つ、裁判の執行を監督し、又、裁判所の権限に属するその他の事項についても職務上必要と認めるときは、裁判所に、通知を求め、又は意見を述べ、又、公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務を行う。

◆第六条 検察官は、いかなる犯罪についても捜査をすることができる。

◆第七条 検事総長は、最高検察庁の長として、庁務を掌理し、且つ、すべての検察庁の職員を指揮監督する。

◆第十四条 法務大臣は、第四条及び第六条に規定する検察官の事務に関し、検察官を一般に指揮監督することができる。但し、個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる。

◆第十五条 検事総長、次長検事及び各検事長は一級とし、その任免は、内閣が行い、天皇が、これを認証する。

 言うまでもないことだが、戦前の日本に三権分立はなく、実質的に行政官僚が司法と立法をも支配していた。本来は行政に属するはずの司法省官僚である検察は、裁判所内に「検事局」を置いて「司法行政」の名の下に(この言葉自体が行政による司法の支配を意味する)裁判所の判事を指揮監督し裁判を取り仕切った。この検察専横は度々問題になり、「判検分離」すなわち判事を検事から分離して裁判所の独立を図るべきだとの主張が、政治の側からも裁判所や弁護士からも起こった。昭和初めに田中義一内閣(1927〜29年)が、そのための法改正を企図したが、枢密院の平沼騏一郎(元検事総長、後首相、A級戦犯、平沼赳夫元経産相の養父)の反対で潰された。

 他方、事件の捜査は当然にも警察に委ねられていたが、この伝統を破って検察が直接に政治疑獄などの重大事件を捜査する前例を作ったのが、検事時代の平沼である。司法省民刑局長で東京控訴院検事長代理でもあった彼は、「世間は段々腐って来た。小泥棒、詐欺、博打の如きを罪しても仕方がない。実業家、官吏など威張ってゐる悪い者をどうかせねばならぬ」との正義感に立って、明治42(1909)年に日本製糖事件(台湾の製糖利権を維持するための法改正のために同社が有力政治家20人に贈賄したとされる事件)、翌43年に大逆事件(幸徳秋水ら社会主義者、アナーキストが天皇暗殺を計画したとして24人に死刑判決が下されたデッチ上げ事件)を手がけて、検察が自ら事件捜査に乗り出す慣行を作り上げた。「検察こそ世の腐敗を正す正義の味方」という神話は、この時、平沼によって作られ、昭和に入るとそれがますます横行して、検察の政治に対する介入も甚だしくなった。

 昭和9(1934)年の帝人事件では、帝人株の株価操作に絡んだとして番町会の大物政治家=永野護はじめ帝人社長、台湾銀行頭取、大蔵次官ら官僚など16人が逮捕され、時の斎藤実内閣が総辞職する事態となったが、3年半後に全員無罪とされた。当時は枢密院副議長の座にあった平沼は、枢密院議長から総理大臣へと上り詰めようと野望を抱いていたが、西園寺公望とその支持基盤である立憲政友会主流が平沼のファシスト体質を嫌ってそれを阻んでいたため、古巣の検察を使ってこの事件をデッチ上げた。いくら検察が裁判を支配していた当時でも、裁判所が有罪にしようがないほど明白な倒閣目的のフレームアップであったということである。

 戦後になって、このような検察のあり方が「検察ファッショ」と呼ばれて問題になり、GHQとしては検察の権限を大幅に縮小して、捜査については警察に任せ、検察は裁判で警察の代理をするだけの存在に押し込めようとした。それに対し東京地検の幹部だった馬場義続(後に検事総長)が直接GHQと交渉、「米国にも警察は別に連邦捜査局(FBI)があるではないか」と説得して検察にも捜査権を残す(というか明文化する)ことに成功し、それで地検特捜部が作られることになった。田原総一朗『日本の官僚1980』によると、この馬場こそが戦前の平沼の政治介入主義の後継者である。

 というわけで、この検察庁法第6条の短い文言には、実は、検察が「正義の味方」の振りをして気に入らない政治家や危険とみなす思想家・社会運動家をデッチ上げによって抹殺してきた血まみれの歴史が刻印されているのである。

 当時、検察に捜査権を残すことの危うさは自明であったため、それに対する(敢えて言えば)民主的な歯止めとなることを期待して、同法は、第14条で法務大臣がその第6条に関わる検察官の事務を含めて検察官に対して一般的な指揮監督することが出来る権限を定め(但しそれが逆に政治の側からの捜査介入の行きすぎを招いてはまずいということで、個々の事件について直接に大臣が口出しすることは封じた)、また第15条で検事総長、次長検事、検事長については「内閣が任命する」ことにしたのである。言うまでもないことだが、憲法によって「国権の最高機関」とされている国会が内閣を選んで行政全般を指揮監督するわけで、その原則の下で、内閣が検察幹部を任命し、内閣の構成員である法務大臣が検察官を指揮監督するという形で、二重に、戦前のような検察専横を抑止する仕組みが作られたのである。

●造船疑獄の結末

 さて、その指揮権が発動された最初にして最後の例が、1954年の造船疑獄だった。が、それを早野のように単に「吉田政権の汚点」とだけ評価すべきなのかどうかは、大いに議論の余地がある。[次号に続く]▲

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