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INSIDER No.489《100 DAYS》「核のない世界」への第一歩を踏み出した米大統領──オバマ政権最初の100日間・その1

 オバマ米大統領が就任して100日間が過ぎ、政権当初の仕事ぶりの評価をめぐる議論がかまびすしいが、外交面で何と言っても最もインパクトが大きかったのは、4月1日メドベージェフ露大統領との初会談で新しい戦略核兵器削減条約について交渉を開始することで合意、続く5日のプラハでの演説で米国が「核兵器のない世界」の実現に向かって率先イニシアティブを発揮することを宣言したことである。

 もちろんオバマは選挙期間中から「核兵器のない世界」への取り組みを公約に掲げていたので、意外性こそないが、米外交政策マフィアや戦略家たちの間に意見対立があることもあり、誰もが第1期4年間の内には何とか手を着けるのが精一杯だろうくらいに思っていたこの人類史的課題を、最初の欧州訪問・米露首脳会談の目玉として打ち出した手腕と演出力は鮮やかである。とりわけ日本人にとっては、「核兵器を使用した唯一の核保有国として米国には行動する道義的責任がある」と、米指導者として初めて、原爆投下国としての責任に言及したことが強く印象に残った。

●プラハ演説の趣旨とその限界

 プラハ演説の主なポイントは次の通り(趣旨は《資料1》を参照。

▼「核兵器のない世界」への具体的措置として、我が国の国家安保戦略における核兵器の役割を低下させ、他の国にも同調を求める。ロシアとの間で新たな戦略兵器削減条約を交渉し、今年末までに合意を達成する。

▼我が政権は速やかにかつ果敢に、CTBT(包括的核実験禁止条約)の批准を追求する。また、核兵器用の核分裂物質の生産を検証可能な形で禁止する新たな条約を追求する。

▼NPT(核不拡散条約)を強化していく。国際査察の強化にはさらなる資源と権限が必要だ。また正当な理由なくルールを破り、条約からの脱退を試みる国は報いを受けなければならない。

▼北朝鮮が長距離ミサイルに使用可能なロケット実験によって再びルールを破ったことに対しては断固とした行動が必要だ。我々は一致協力して北朝鮮に路線変更を迫っていかなければならない。

▼イランはまだ核兵器を製造していないが、同国の核および弾道ミサイル活動の脅威は実在している。我が政権は相互利益・相互尊重の精神に基づいてイランへの関与を進め、同国が国際社会で正当な地位を占めつつ厳格な査察の下での平和的核エネルギー利用の権利を享受するのか、さらなる孤立と国際的な圧力の中で地域的な核軍拡競争に道を開くのか、その選択を迫る。

▼イランの脅威が存在する限り、チェコとポーランドへのミサイル防衛システムを推進する。

▼テロリストが核兵器を手に入れることは、グローバルな安全保障にとって最も緊急かつ危機的な脅威である。攻撃対象となりうる世界各地のすべての核物質の保安管理体制を4年以内に実現したい。

 一見して明らかな通り、これは、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ジョージ・シュルツ元国務長官、ウィリアム・ペリー元国防長官、サム・ナン前上院軍事委員会議長の4人が07年1月と08年1月の2回にわたって米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」に寄稿した論文「核のない世界へ」の焼き直しである(《資料2》《資料3》を参照)。

 ただし、キッシンジャーらが、米国が率先して核廃絶に向かうことによって北朝鮮やイランの核を阻止するための交渉や核テロの防止策を効果的に進めることが出来るという、やや理想主義的なスタンスを採っているのに対して、オバマはそれに寄り添いつつも、次のように付け加えるのを忘れない。

「もちろん、核兵器が存在する限り、わが国は、いかなる敵であろうとこれを抑止し、同盟諸国に対する防衛を保証するために、安全かつ効果的な兵器を維持します」

 現職大統領としては当然とも言えるが、まさにここがディレンマの元で、核兵器をなくすことには誰もが賛成なのにそれがおいそれとは進まないのは、米露や米中の間で破滅的な核戦争が起きる可能性はゼロに近くなったけれども、米国vs北朝鮮をはじめインドvs中国・パキスタン、イスラエルvsイランなどの地域的な核対立の構図が解消されず、またその構図の中でテロリストが核兵器や核物質を手に入れて核テロを引き起こす危険がむしろ増大していて、それに対して米国が「核抑止力」によって対処しようとすれば、いつまで経っても核を手放すことが出来ず、そうすると米国からの直接の核の脅威にさらされていると思っている北朝鮮も、イスラエル経由で間接の脅威に直面していると感じているイランも、核開発の権利を手放そうとはしない。「核抑止力」論が地域的な核対立を煽るというディレンマをどう乗り越えていくのかの論理は、オバマ演説には示されていない。

 さらにその根底には、周知のように、NPTが国連常任安保理事国でもある5大核武装国の既得権益を保証する一方で、それ以外の国が新たに核保有することだけを禁じている差別条約であるという問題が横たわる。もちろんNPTは、5大国の特権を野放しに認めているのでなく、5大国が進んで核の削減に取り組むことを通じてこの差別を解消していくことを義務づけているのだが、彼らはこの義務を誠実に果たしているとは言えず、そうであるがゆえにインド、パキスタン、イスラエルは同条約に未加盟であり、北朝鮮は事あるごとに脱退を宣言するというのが現状である。それをそのままにして国際査察の強化や違反者への罰則強化をいくら叫んでも根本的解決にはならない。

 日本としては、北朝鮮核問題の「6者協議」を通じて“朝鮮半島の非核化”(ということは、北が米国の核に脅されていると思う根拠を除去することを含む)を達成しつつ、さらにその枠組みを発展させて米中露を含む「北東アジア非核地帯」の実現にイニシアティブを発揮すべき時である。5大国のうち3国が、少なくともこの地域で核の使用や核による恫喝を行わないことを保証すれば、北が核開発に取り組む口実はなくなる。ちなみに、イランの場合も同様で、米国の後ろ盾でイスラエルが核武装している現状をなくせばイランが核開発をする理由はない。

 こうして、オバマのプラハ演説は全体として画期的な意味があるものの、肝心要の問題については打開策を示唆さえもしておらず、彼に任せておけば「核のない世界」が実現するといった過剰な期待を持つことは禁物である。▲

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《資料1》オバマ大統領のプラハ演説(2009年4月5日)

 在日米大使館による仮翻訳のうち核に関する部分を省略・要約なしに以下に転載した。それ以外の部分を含む全文は次のURLを参照のこと。
http://tokyo.usembassy.gov/j/p/tpj-20090405-77.html

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 今日私が重点を置いてお話しする課題のひとつは、この両国の安全保障にとって、また世界の平和にとって根本的な課題、すなわち21世紀における核兵器の未来、という問題です。

 何千発もの核兵器の存在は、冷戦が残した最も危険な遺産です。米国とソ連の間に核戦争が起きることはありませんでしたが、何世代にもわたり人々は、この世界が一瞬の閃光(せんこう)の下に消失してしまうこともあり得ると承知の上で生活していました。プラハのように何世紀にもわたって存在し、人類の美しさと才能を体現した都市が消え去ってしまう可能性がありました。

 今日、冷戦はなくなりましたが、何千発もの核兵器はまだ存在しています。歴史の奇妙な展開により、世界規模の核戦争の脅威が少なくなる一方で、核攻撃の危険性は高まっています。核兵器を保有する国家が増えています。核実験が続けられています。闇市場では核の機密と核物質が大量に取引されています。核爆弾の製造技術が拡散しています。テロリストは、核爆弾を購入、製造、あるいは盗む決意を固めています。こうした危険を封じ込めるための私たちの努力は、全世界的な不拡散体制を軸としていますが、規則を破る人々や国家が増えるに従い、この軸が持ちこたえられなくなる時期が来る可能性があります。

 これは、世界中のあらゆる人々に影響を及ぼします。ひとつの都市で1発の核兵器が爆発すれば、それがニューヨークであろうとモスクワであろうと、イスラマバードあるいはムンバイであろうと、東京、テルアビブ、パリ、プラハのどの都市であろうと、何十万もの人々が犠牲となる可能性があります。そして、それがどこで発生しようとも、世界の安全、安全保障、社会、経済、そして究極的には私たちの生存など、その影響には際限がありません。

 こうした兵器の拡散を抑えることはできない、私たちは究極の破壊手段を保有する国家や人々がますます増加する世界に生きる運命にある、と主張する人もいます。このような運命論は、極めて危険な敵です。なぜなら、核兵器の拡散が不可避であると考えることは、ある意味、核兵器の使用が不可避であると認めることになるからです。

 私たちは、20世紀に自由のために戦ったように、21世紀には、世界中の人々が恐怖のない生活を送る権利を求めて共に戦わなければなりません。そして、核保有国として、核兵器を使用したことがある唯一の核保有国として、米国には行動する道義的責任があります。米国だけではこの活動で成功を収めることはできませんが、その先頭に立つことはできます。その活動を始めることはできます。

 従って本日、私は、米国が核兵器のない世界の平和と安全を追求する決意であることを、信念を持って明言いたします。私は甘い考えは持っていません。この目標は、すぐに達成されるものではありません。おそらく私の生きているうちには達成されないでしょう。この目標を達成するには、忍耐と粘り強さが必要です。しかし今、私たちは、世界は変わることができないという声を取り合ってはいけません。「イエス・ウィ・キャン」と主張しなければならないのです。

 では、私たちが取らなければならない道筋を説明しましょう。まず、米国は、核兵器のない世界に向けて、具体的な措置を取ります。冷戦時代の考え方に終止符を打つために、米国は国家安全保障戦略における核兵器の役割を縮小し、他国にも同様の措置を取ることを求めます。もちろん、核兵器が存在する限り、わが国は、いかなる敵であろうとこれを抑止し、チェコ共和国を含む同盟諸国に対する防衛を保証するために、安全かつ効果的な兵器を維持します。しかし、私たちは、兵器の保有量を削減する努力を始めます。

 米国は今年、弾頭と備蓄量を削減するために、ロシアと、新たな戦略兵器削減条約の交渉を行います。メドベージェフ大統領と私は、ロンドンでこの作業を開始しました。そして今年末までには、法的拘束力を持ち、十分に大胆な新しい合意を目指す予定です。これは、さらなる削減に向けた準備段階となるものであり、この努力にすべての核兵器保有国を参加させることを目指します。

 全世界的な核実験の禁止を実現するために、私の政権は、米国による包括的核実験禁止条約の批准を直ちに、積極的に推し進めます。この問題については50年以上にわたって交渉が続けられていますが、今こそ、核兵器実験を禁止する時です。

 そして、核爆弾の製造に必要な物質の供給を断つために、米国は、国家による核兵器製造に使用することを目的とする核分裂性物質の生産を、検証可能な形で禁止する新たな条約の締結に努めます。核兵器の拡散阻止に本気で取り組むのであれば、核兵器の製造に使われる兵器級物質の製造を停止すべきです。これが初めの1歩です。

 第2に、私たちは共に、協力の基盤として、核不拡散条約を強化します。

 条約の基本的な内容は、理にかなったものです。核保有国は軍縮へ向かって進み、核兵器を保有しない国は今後も核兵器を入手せず、すべての国々に対し原子力エネルギーの平和利用を可能にする、という内容です。不拡散条約を強化するために私たちが受け入れるべき原則がいくつかあります。国際的な査察を強化するための資源と権限の増強が必要です。規則に違反していることが発覚した国や、理由なしに条約を脱退しようとする国が、即座に実質的な報いを受けるような制度が必要です。

 そして、私たちは、各国が、拡散の危険を高めることなく、平和的に原子力エネルギーを利用できるようにするために、国際燃料バンクなど、原子力の民生利用での協力に関する新たな枠組みを構築すべきです。これは、核兵器を放棄するすべての国、特に原子力の平和利用計画に着手しつつある開発途上国の権利でなければなりません。規則に従う国家の権利を拒否することを前提とする手法は、決して成功することはありません。私たちは、気候変動と戦い、すべての人々にとって平和の機会を推進するために、原子力エネルギーを利用しなければなりません。

 しかし、私たちは前進するに当たり、幻想を抱いてはいません。規則を破る国も出てくると思われます。いかなる国であろうとも規則を破れば、必ずその報いを受けるような制度を整備する必要があるのは、そのためです。

 今朝、私たちは、こうした脅威に対処するための新しい、より厳格な手段が必要であることを、改めて実感させられました。北朝鮮が再び規則を破り、長距離ミサイル用にも使うことが可能なロケットの発射実験を行ったのです。この挑発行為は、行動を取ることの必要性を浮き彫りにしています。それは、本日午後の国連安全保障理事会での行動だけでなく、核兵器の拡散を阻止するという決意の下に取る行動です。

 規則は、拘束力を持たなければなりません。違反は、罰せられなければなりません。言葉は、実際に意味を持たなければなりません。世界は結束して、核兵器の拡散を防がなければなりません。今こそ、国際社会が断固とした対応を取る時です。北朝鮮は、脅威と違法な兵器によって安全保障と尊敬を勝ち取る道を切り開くことは決してできない、ということを理解しなければなりません。すべての国家が、より強力な国際体制を築くために協力しなければなりません。私たちが協力して北朝鮮に圧力をかけ、方針を変更するよう迫らなければならないのはそのためです。

 イランは、まだ核兵器を製造していません。私の政権は、イランとの相互の利益と尊敬に基づき、イランとの関与を求めていきます。私たちは対話を信じています。しかし、対話の中で明確な選択肢を提示していきます。私たちは、イランが政治的にも経済的にも、国際社会の中で正当な位置を占めることを望んでいます。私たちは、厳しい査察の下で原子力エネルギーを平和的に利用するイランの権利を支持します。これこそ、イラン・イスラム共和国が取ることができる道です。一方で、イラン政府は、さらなる孤立と、国際的な圧力と、すべての国々にとって危険を高めることになる、中東地域における核軍拡競争の道を選ぶこともできます。

 はっきり言いましょう。イランの核開発・弾道ミサイル開発活動は、米国だけでなく、イランの近隣諸国および米国の同盟国にも真の脅威を及ぼします。チェコ共和国とポーランドは勇敢にも、こうしたミサイルに対する防衛システムの配備に同意してくれました。イランからの脅威が続く限り、私たちは、費用対効果の高い、実績のあるミサイル防衛システムの導入を続けていきます。イランの脅威がなくなれば、私たちの安全保障の基盤が強化され、ヨーロッパにミサイル防衛システムを配備する動機がなくなります。

 最後に、私たちは、テロリストが決して核兵器を入手することがないようにしなければなりません。これは、世界の安全保障に対する、最も差し迫った、かつ最大の脅威です。1人のテロリストが核兵器を持てば、膨大な破壊力を発揮することができます。アルカイダは、核爆弾の入手を目指す、そしてためらうことなくそれを使う、と言っています。そして、管理が不十分な核物質が世界各地に存在することが分かっています。国民を守るためには、直ちに、目的意識を持って行動しなければなりません。

 本日、私は、世界中の脆弱(ぜいじゃく)な核物質を4年以内に保護管理することを目的とした、新たな国際活動を発表します。私たちは、新しい基準を設定し、ロシアとの協力を拡大し、こうした機微物質を管理するための新たなパートナーシップの構築に努めます。

 また私たちは、闇市場を解体し、物質の輸送を発見してこれを阻止し、金融手段を使ってこの危険な取引を停止させる活動を拡充しなければなりません。この脅威は長期的なものとなるため、私たちは、「拡散に対する安全保障構想」や「核テロリズムに対抗するためのグローバル・イニシアチブ」などの活動を、持続的な国際制度に転換するために協力すべきです。そして、手始めとして、米国の主催による核安全保障に関する国際サミットを今後1年以内に開催します。

 私たちが、このように幅広い課題について行動を起こせるのかと疑問を持つ人もいると思います。国家間には避けられない立場の相違があるため、真の国際協力が可能であるかどうか疑問を持つ人もいます。そして、核兵器のない世界の話を聞き、実現不可能と思える目標を設定することに価値があるのかという疑問を持つ人もいます。

 しかし間違ってはいけません。そうした考え方の行き着く先は分かっています。国家や国民が、相違点によって特徴付けられることを良しとするとき、相互の溝は深まります。私たちが平和の追求を怠るときには、永久に平和をつかむことができません。希望ではなく恐怖を選んだときにどうなるかは分かっています。協力を求める声を非難し、あるいは無視することは、容易であると同時に、卑劣なことでもあります。戦争はそのようにして始まります。人間の進歩はそこで止まってしまうのです。

 この世界には暴力と不正があり、私たちはそれに立ち向かわなければなりません。その際に、私たちは、分裂するのではなく、自由な国家、自由な国民として結束しなければなりません。武器を捨てることを呼びかけるより、武器を取ることを呼びかける方が、人々の感情をかき立てるものです。だからこそ、私たちは団結して、平和と進歩を求める声を上げなければなりません。

 それは、今もプラハの街にこだまする声です。1968年の亡霊です。ビロード革命のときに聞こえた歓喜に満ちた声です。一度も発砲することなく、核を保有する帝国の打倒に貢献したチェコの人々の声です。

 人間の運命は、私たちが自ら切り開くものです。ここプラハで、より良い未来を求めることによって、私たちの過去に敬意を示そうではありませんか。私たちの間にある溝に橋を架け、希望を基にさらに前進し、これまでより大きな繁栄と平和をこの世界にもたらす責任を引き受けようではありませんか。共に手を携えれば、それを実現することができます。ありがとうございました。プラハの皆さん、ありがとうございました。■

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《資料2》キッシンジャーらの「核のない世界へ」論文(2007年1月4日付「ウォール・ストリート・ジャーナル」)

 NPOピースデポ機関誌「核兵器・核実験モニター」による抄訳を転載する。ピースデポのURLは…
※http://www.peacedepot.org/
 

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 今日の核兵器はすさまじい危険を呈しているが、それは同時に歴史的な機会をもたらしている。米国の指導者たちは、世界を新段階へと導くよう求められている。すなわち、潜在的危険を孕む者達への核拡散を防止し、究極的には世界の脅威である核兵器の存在に終止符を打つための決定的な貢献として、核兵器依存の世界的な中止に向かう確固たるコンセンサスへと導くことである。

 冷戦時代においては、核兵器は、抑止の手段として、国家安全保障の維持に不可欠なものであった。しかし冷戦の終焉によって、ソビエト連邦とアメリカ合衆国のあいだの相互抑止という教義は時代遅れのものになった。抑止は、他の国家による脅威という文脈においては、多くの国家にとって依然として十分な考慮に価するものとされているが、このような目的のために核兵器に依存することは、ますます危険になっており、その有効性は低減する一方である。

 北朝鮮の最近の核実験や、(兵器級物質生産の可能性もある)イランのウラン濃縮計画の中止拒否などによって、世界がいま、新らたな、そして危険な核時代のがけっぷちに立っているという事実が浮き彫りとなった。最も警戒を要することは、非国家のテロリスト集団が核兵器を手にする可能性が増大しているということである。今日、テロリストによって引き起こされる世界秩序に対する戦争においては、核兵器の使用は大規模な惨禍を招く究極的な手段である。そして、核兵器を手にした非国家のテロリスト集団は、概念上、抑止戦略の枠外にあり、そのことが解決困難な新しい安全保障上の課題を生み出している。

 テロリストによる脅威を別としても、緊急に新たな行動を起こさなければ、アメリカ合衆国は新たな核時代へと突き進むことを余儀なくされるであろう。それは、冷戦時代の抑止よりもいっそう不安定で、心理的な混乱を生み、経済的コストの高いものである。核兵器を所持しうる敵が世界中でその数を増す中で、核兵器使用の危険性を劇的に増大させることなく、かつての米ソ間の「相互確証破壊(MAD)」を再現して成功するどうかは極めて疑わしい。

 核兵器によって引き起こされる不測の事態や判断ミス、または無許可使用を回避する目的で、冷戦時代には段階的な保障措置が有効に働いていた。しかし、新たな核保有国はこうした長年の経験による利益を得ることはないだろう。アメリカ合衆国やソビエト連邦は、結果的には致命的とはならなかった数々の過ちから様々なことを学んだ。両国は、意図的にしろ、偶発的にしろ、核兵器が一発も使用されることのなきよう、冷戦時代に絶え間ない努力を積み重ねてきた。今後50年間、新たな核保有国にとって、そして世界にとって、冷戦時代のこのような幸運は望めるのだろうか。(中略)

 核不拡散条約(NPT)が描くものは、全ての核兵器の廃絶である。この条約は、(a)1967年の時点で核兵器を保有していない国家が核兵器を取得しないことに合意すること、及び(b)核兵器を保有している国家は、それを後々放棄することに合意することを定めている。リチャード・ニクソン米大統領以降の民主・共和両党の大統領は全員、この条約下の義務を再確認してきたが、非核兵器国は、核大国がどれほど条約の規定を誠実に遵守しているか、ますます懐疑的になってきた。

 核不拡散を推進する強力な取組みが進行中である。「協調的脅威削減(CTR)プログラム」、「地球的規模脅威削減イニシアチブ(GTRI)」、「拡散防止構想(PSI)」、そして国際原子力機関(IAEA)追加議定書などの取り決めは、NPT違反や世界の安全を危機にさらすような行いを探知する強力な新しい手段を提供する革新的なアプローチである。これらの取り決めは完全に履行されるべきものである。北朝鮮やイランによる核兵器拡散問題に対し、国連安全保障理事会の常任理事国に加え、ドイツ・日本を巻き込んだ交渉を行うことが極めて重要である。これらの手段を精力的に追求することを行わなければならない。

 しかしながら、これらだけでは、危機に対応する十分な措置とはいえない。レーガン大統領とゴルバチョフ書記長は、20年前のレイキャビクの会談において、核兵器の完全廃棄という、より大きな目標の達成を目指した。彼らのビジョンは、核抑止教義を信奉する専門家の度肝を抜いたが、世界中の人々の期待を膨ませるものであった。最大数の核兵器を保有する両国の指導者たちが、最も破壊力のある武器を廃絶しようと、議論を始めたのであるから。

 では、どのような手段がとられるべきだろうか。NPTにおいて取り交わされた約束や、レイキャビクで構想された可能性は結実することとなるのだろうか。堅実な段階を経て、めざす答えに行き着くためには、アメリカ合衆国が先導して最大限の努力を行うことが必要である、と私たちは確信している。

 何よりもまず、核兵器を所持している国々の指導者たちが、核兵器なき世界を創造するという目標を、共同の事業に変えていく集中的な取り組みが必要である。このような共同事業は、核保有国の体質を変容させることなどを含むが、これらによって、北朝鮮やイランが核武装国となることを阻止しようという現在進行中の努力にいっそうの重みが加えられることとなるだろう。合意を目指すべき計画とは、核による脅威のない世界を実現するための基礎作業となる、一連の合意された緊急措置で構成される。そのような措置には、次のようなものが挙げられる。

▼冷戦態勢の核兵器配備を変え、警告の時間を増やし、これによって核兵器が偶発的に使用されたり、無許可で使用されたりする危険性を減らすこと。
▼すべての核保有国が核戦力の実質的な削減を継続的に行うこと。
▼前進配備のために設計された短射程核兵器を廃棄すること。
▼上院と協力して超党派的な活動を始めること。たとえば、包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准を達成するために信頼を深め定期的な審議の場を設けるという理解を得ること、当代の技術的な進歩を活用すること、他の重要な国家にもCTBTを批准するよう働きかけること。
▼世界中のすべての兵器、兵器利用可能なプルトニウム、および高濃縮ウランの備蓄を対象にした安全基準値をできるだけ高く設定すること。
▼ウラン濃縮過程を管理下に置くこと。その際、原子炉で使用されるウランが、まずは原子力供給国グループ(NSG)を通して、次に国際原子力機関(IAEA)やその他の国際的に管理された備蓄から、相応な値段で入手できるという保証が伴うべきである。また、発電用の原子炉で発生する使用済み燃料が原因となって生じる核拡散の問題に対応することも
必要である。
▼兵器製造に使用される核分裂性物質の生産を地球規模で中断させること。具体的には、民間レベルでの高濃縮ウランの使用を段階的に廃止してゆくこと、世界中の研究施設から発生する兵器利用可能なウランを除去すること、核分裂性物質を無害なものに変質させること。
▼新たな核保有国の出現を許してしまうような、地域での対立や紛争の解決に向けた私たちの努力を倍加させること。

 核兵器のない世界という目標を達成するためには、いかなる国家や人々の安全をも脅かす可能性のあるあらゆる核関連行為を防止し、それらに立ち向かう、効果的な措置を講じる必要がある。核兵器のない世界というビジョン、ならびにそのような目標の達成に向かう実際的な措置を再び世に訴えることは、アメリカの道徳的遺産と一致した力強いイニシアティブとなるであろうし、またそのようなものと受け止められるであろう。このような努力を積み重ねれば、次世代の安全保障に極めて前向きな影響を与えることができるであろう。大胆なビジョンなくては、これらの行動が正しいことも、緊急であることも理解されないだろう。逆に、行動なくては、このビジョンは、現実的であるとも実現可能性であるとも思われないことであろう。

 私たちは、核兵器のない世界を実現するという目標を立て、その目的の達成に求められる行動を精力的に起こすことを支持する。その際、上記のような措置をとることからまず始めなければならないのである。■

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《資料3》キッシンジャーらによる「核のない世界へ」第2論文(2008年1月15日、ウォール・ストリート・ジャーナル)

 NPOピースデポ機関誌「核兵器・核実験モニター」による全訳を転載する。

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 核兵器、核の知識、また核物質が加速して拡散した結果、私たちは今危うい核の崖っぷちに立たされている。歴史上発明された中で最悪の破壊兵器が、危険な者の手に落ちる現実の可能性に直面している。

 現在我々がこの脅威に対してとっている対処措置は適切ではない。核兵器が広く入手可能な現状においては、抑止はますます効果を失い、危険をますます増加させている。

 1年前、我々は、本紙のエッセイにおいて、核兵器への依存を減らし、潜在的に危険な者への手に渡ることを防止し、世界への脅威として究極的に核兵器を廃棄することを目指して世界的な努力をするよう呼びかけた。これらの問題に取り組むために昨年を通じて作り出された関心、勢い、そして政治的空間の増加は、特筆すべきものであり、世界中の人々から強い支持の反応を頂いた。

 07年1月、ミハイル・ゴルバチョフは、核兵器の実質削減をした最初の条約の署名者であった者として、我々の緊急行動の訴えを支持するのは自分の義務であると考える、と書いた。「核兵器はもはや安全保障を実現する手段ではないことが、ますます明らかになっている。事実、1年経つ毎に、核兵器は我々の安全保障を危ういものにしている。

 6月、英国の外務大臣マーガレット・ベケットは、次のように述べて英国政府の支持のシグナルを送った。「我々にはビジョン、すなわち核兵器のない世界のためのシナリオと、行動、すなわち核弾頭数の削減と安全保障政策における核兵器の役割の制限のための前進的措置の両方が必要である。これら2本のより糸は別々のものであるが相互に強化し合うものである。両方とも必要であるが、現在は極めて弱い」

 我々はまた、その他にも国務長官、国防長官、国家安全保障顧問などの経験豊富な米国の元高官から、このプロジェクトに対して一般的な支持表明を受けて勇気づけられてきた。その中には、マデレーン・オルブライト、リチャード・V・アレン、ジェイムス・A・ベイカー3世、サミュエル・R・バーガー、ズビグニェフ・ブレジンスキー、フランク・カールッチ、ウォレン・クリストファー、ウィリアム・コーエン、ローレンス・イーグルバーガー、メルビン・レアド、アンソニー・レイク、ロバート・マクファーレン、ロバート・マクナマラ、コリン・パーウェルなどがいる。

 この反応に鼓舞されて、2007年10月、我々は過去6代の政権の元高官に呼びかけて、他の多くの核問題専門家とともに、スタンフォード大学フーバー研究所で会議をもった。そこでは、核政策を考える指針として「核兵器のない世界」というビジョンが大切であること、核の危機から我々を引き離すような一連の措置が必要であること、について一般的な合意があった。

 世界の核弾頭の95%近くを保有する米国とロシアがリーダーシップを発揮すべき特別の責任と義務と経験を持っているが、他の国々も参加すべきである。

 現在進行している、長距離の、言い換えれば戦略的、爆撃機やミサイルに搭載される核弾頭数の削減など、すでに行われている措置もある。米国とロシアが2008年を起点として短期的にとることができる措置があれば、それ自身として、自ずと核の危機を劇的に減ずることができる。それには次のような措置が含まれる。

▼1991年の戦略兵器削減条約の重要条項を延長する!
 これらの条項の適用から、検証という決定的に重要な業務について多くを学んできた。条約は2009年12月5日に失効する。監視と検証という必須要件などこの条約の重要条項は延長されるべきであり、また、2002年の戦略攻撃力削減に関するモスクワ条約はできるだけ早期に完了すべきである。

▼すべての核弾道ミサイルの発射における警報・決定の時間を延長する措置をとり、偶発的あるいは無認可攻撃のリスクを軽減する!
 最高司令部が注意深く慎重な決定を下す時間の余裕を与えない発射手順は、今日の環境においては不必要かつ危険である。さらに、サイバー戦争の発展の結果、いずれかの核兵器国の指揮統制システムが、万一、愉快犯や敵ハッカーによって壊されたときに破滅的な結果を招くことになる。米ロ関係に信頼が増している現在、相互に合意され検証された物理的障壁を指揮統制の手順に導入することによって、早急に新しい対策を講じることが可能であろう。

▼冷戦時代から引きずって今も存在している大量攻撃のための作戦計画をすべて廃棄する!
 米国とロシアが対テロの同盟国であり、もはや相互に敵と見なさないと正式に宣言している今日の世界において、抑止のために相互確証破壊(MAD)が必要だと考えるのは時代遅れの政策である。

▼2002年のモスクワ首脳会談でブッシュ大統領とプーチン大統領が提案したように、協調的相互ミサイル防衛・早期警戒システムを開発するための交渉を開始する!
 これには中東からヨーロッパ、ロシア、米国に対するミサイルの脅威に対抗する計画に対する合意やモスクワに共同データ交換センターを設置する作業の完成などを含むべきである。ミサイル防衛を巡っての緊張を緩和することは、我々の安全保障にとって余りにも重要な、より広範な核問題について進展がもたらされる可能性を高めるであろう。これに失敗すると、広範囲の核協力ははるかに困難になるであろう。

▼テロリストが核爆弾を獲得することを阻止するために、世界中において核兵器および核物質に対する最高の保安基準を適用する作業を劇的に加速する!
 世界中の40カ国以上に核兵器材料が存在し、最近も東ヨーロッパとコーカサスで核物質を密輸しようとしたとされる事例が報告されている。米国、ロシアなどナン・ルーガー計画で活動してきた国々は、国際原子力機関(IAEA)と協力して、核の保安の改善に関する国連安保理決議154の履行を援助するのに中心的な役割を果たすべきである。核物質に対する適切で効果的な保安を定めたこの決議の義務を満たすよう、国と協力するチームを派遣することによって、この援助を行うことができる。アーノルド・シュワルツネッガー知事が我々の10月会議で述べたように、「人間の努力には誤りが付きものである。核兵器も例外であろうはずがない」。知事の発言を裏書きするように、2007年8月29日〜30日、核弾頭付きの巡航ミサイル6発が米空軍航空機に搭載され、我が国上空を横断飛行し、荷下ろしされた。36時間の間、誰も核弾頭の所在を知らず、行方不明であることすら分からなかった。

▼NATO内部、ロシアなどとの間で、核兵器の保安を高めるために、また正確な計量、さらには究極的な廃棄への第一歩として、前進配備用に設計された核兵器を統合するための対話を開始する!
 これらの比較的小型で持ち運びし易い核兵器は、その特質のために、テロリスト集団の獲得標的になりやすい。

▼先端技術の世界的な拡散への対抗手段として、核不拡散条約(NPT)遵守を監視する手段を強化する!
 この面での一層の進展が急を要しているが、IAEAによって作成された監視条項(追加議定書)をNPT署名国すべてに適用することを要求することによって達成できるであろう。

▼包括的核実験禁止条約(CTBT)を発効させるプロセスを採択する。これによってNPTは強化され、核活動の国際的監視が容易になる!
 このためには、第1に、CTBT違反の地下核爆発実験を検出し場所を特定する国際監視システムの過去10年にわたる改善を点検するために、第2に、米国の保有核兵器を、核実験禁止のもとで、その信頼性、安全性、および効果に高い信頼性を維持するという面における過去10年にわたる技術的進歩を評価するために、超党派の調査が必要である。CTBT機構は、核実験を検出するための新規の監視ステーションを設置しようとしている。米国はCTBT批准前においても緊急にこの努力を支援すべきである。

 米国とロシアによるこれらの措置と平行して、核保有国はもちろん非保有国も含んで対話は国際規模に広がらなければならない。

 中心課題の1つは、優先順位に関する国際的コンセンサスを構築するのに必要な政治意志を行使することによって、「核兵器のない世界」という目標を、国家間の実際的事業に転換することである。ノルウェー政府が、このプロセスに貢献するような会議を2月に主催する。

 もう1つの主題がある。それは、核燃料サイクルの危険性を管理する国際システムの開発である。核エネルギー開発への関心の増加と核濃縮能力が拡散する可能性の中で、核先進国と強化されたIAEAによって何らかの国際計画が創出されるべきである。その目的は、核燃料の信頼できる供給、濃縮ウランの備蓄、インフラストラクチャーの支援、金融、使用済み燃料の管理を提供すること、すなわち、核兵器の材料を作る手段が世界中に拡散しないことを確実にすることである。

 また、米国とロシアは、米ロ戦略攻撃力削減条約に記されている以上に核戦力の相当量の削減を行うことに合意すべきである。削減が進行すれば、他の核保有国も関与してくるであろう。

 「信頼せよ。しかし検証せよ」というレーガン大統領の格言を再確認すべきである。国家が兵器用核物質を生産することを防止する検証可能な条約を完成させることは、核物質の計量と保安のためのより厳密なシステムのために役立つであろう。

 我々は、また、合意違反を犯す国を抑止する、あるいは、必要なときには対応する、方法に関しても国際的な合意を形成しなければならない。

 我々の究極の目標を明瞭に述べることによって前進がより容易になるに違いない。実際、これこそが、今日の脅威に効果的に対処するのに必要な国際的信頼と広範な協力を構築する唯一の方法である。ゼロに向かうというビジョン無しには、我々の下降スパイラルを止めるのに必要不可欠な協力を得られないであろう。

 ある意味では、「核兵器のない世界」という目標は、極めて高い山の頂上に似ている。今日の困難な世界という立地点からみると、山の頂上は見ることさえできない。したがってここから頂上に行くのは不可能であると言いたくなるし、言うのは簡単である。しかし、山を下り続ける危険、あるいは現状を変えない危険は、余りにも現実的であり無視できない。山の頂上が見えるような、より高い地点への登山コースを描かなければならない。■

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