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2009年3月30日

INSIDER No.486《OZAWA》こんなところで辞任してはダメですよ、小沢さん!──5月総選挙?で「勝てる」という自民党の勘違い

 民主党の小沢一郎代表は、24日の大久保隆規秘書の起訴を受けて25日に会見を開き、「代表の地位や政権を取って総理になるという類のことに何の未練も執着もない(が)……私が代表を続けることがプラスかマイナスか、私に判断することは出来ない。すべて国民の受け取り方次第だ」と述べて、少なくとも今の時点で辞任するつもりがないことを言明した。引き続き27日には衆参それぞれの同党議員総会でその趣旨を繰り返した。

 当然である。こんなタイミングでこんな理由で辞任したのでは、何としても「政権交代」を阻止しようとする自民党と検察はじめ官僚機構の中の既得権益死守勢力の思う壺であって、麻生官僚支配政権の延命に手を貸すだけである。そんな選択はあり得ない。

 小沢vs検察の闘いに民主党を巻き込むなという一見もっともらしい意見が、民主党内にもくすぶっているしマスコミにも広がっているが、それは間違いである。このようなやり方が罷り通るのであれば、検察は気に入らない政治家を誰でもいつでも引っかけて叩き潰すことが出来ることになる。検察ファシズムにも繋がるこのような公権力の乱用に対しては、民主党全体が闘って民主主義を守らなければならない。さらに言えば、検察がこのような粗暴な行動に出た背景には、検察を含む官僚機構が抱く政権交代への不安感——「明治以来100年間の官僚支配を打破する革命的改革」を呼号する小沢への恐怖感があるに違いない。だとするとこの事件そのものがすでに政権交代をめぐる熾烈な権力闘争の予告編なのであって、ここで民主党が簡単に膝を屈して、清潔だが毒気もないような当たり障りない人物に代表をすげ替えて凌ごうとするのであれば、仮に政権が獲れたとしても「革命的改革」を成し遂げるような政権とはならない。

 こういう言い方をすると、返ってくる反応は見えていて、「お前はそこまで小沢ファンなのか」「何でそんなに甘いんだ」というものである。しかし、私は小沢ファンでもないし彼に対して甘くもない。“小沢パラドックス”(本誌No.484)を引きずりながらも身を擲って戦後初の本格的な政権交代を実現してみせることが小沢の宿命なのであって、それがいかに過酷なことでありその途上で政治的もしくは肉体的生命を失うことがあったとしても、彼にはそれを全うする義務と責任がある。死んでもいいから政権交代をやってみろ、中途半端に投げ出すことは許さない、ということである。

●検察はすでに半ば敗北

 秘書を事情聴取もせずにいきなり逮捕するという前例のない大騒動を演じた挙げ句に、政治資金規正法の「虚偽記載」という容疑でしか起訴できなかった時点で、すでに検察は半ば敗北している。繰り返しになるが、秘書は形式上、2つの政治団体からの献金をそのように“正しく”記載したのであって、それ自体は罪にはならない。となると、その2つの団体が実はダミーで、実質上は西松建設からの違法な企業献金であることを知った上で、秘書が西松側と談合・共謀してそのような偽装を積極的に行ったというストーリーを仕立て上げなければならないが、これはなかなか難しい。

 第1に、西松がこの迂回献金の仕組みを作ったのは、これも繰り返しになるが、尾身幸次元沖縄・北海道担当大臣に働きかけて沖縄の公共事業を手に入れることが主目的で、その同じ仕組みを通じて小沢にも金が流れるようになったのはだいぶ後のことである。

 第2に、その当時の小沢の資金担当秘書は政界では誰知らぬ者のない“敏腕秘書”の高橋嘉信で、彼がこの仕組みを通じて年間2500万円前後の金が西松から小沢に流れるよう交渉した。偽装の共謀があったとすれば彼であり、大久保はそれを引き継いだだけである。

 第3に、その高橋は自由党時代の2000年に小沢の薦めで東北ブロック比例で出馬して当選したが、何らかの理由で次第に小沢と疎遠になり、1期のみで引退・離党。以後地元に留まって04年参院選では自民党候補を支援し、06年には奥州市長選に小沢系に対抗して立候補・落選、さらに昨年には小沢の地元である岩手4区で自民党公認候補として立候補し、小沢と正面切って勝負することを表明している。21日付読売によると、いつの時点かは不明だが、検察はこの高橋を事情聴取に呼んでいて、「献金の仕組み作りの経緯などについて説明を求めたとみられる」が、小沢に個人的な怨念を持ち、しかも間近に迫った総選挙でその小沢に直接闘いを挑もうとする人物が、検察のストーリーづくりに協力して小沢に打撃を与えようとしたであろうことは容易に想像がつく。これはあくまで推測に過ぎないけれども、高橋自身に金にまつわる問題があって、検察がそれを不問に付することを条件に小沢に痛打を与えるような材料の提供を求めるという、一種の司法取引が行われた可能性さえ否定は出来ない。

 第4に、企業献金が政治団体を迂回することで尻抜けになっているのは、現行の政治資金規正法の天下周知の抜け穴であり、小沢のケースがダメなら西松から同じようにして献金を受けた自民党議員も、西松以外のゼネコンのみならず企業一般から政治団体経由で献金を受けたすべての議員も、問題になりうる。検察は常に「一罰百戒」的にしか問題を採り上げることは出来ないが、今回ばかりはそれでは世論は納得せず、論理的には、すべての政治家に対するすべての政治団体からの献金を精査しなければならなくなる。それをしなければ、小沢のケースが「特に悪質」であることを論証できないだろう。

 こうしたことすべてを乗り越えて、秘書を「虚偽記載」で有罪に持ち込むのは相当大変なことで、検察は公判維持に苦労することになろう。

●自民党ははしゃぎすぎ

 そのような検察の苦衷を知ってか知らずか、自民党内では押せ押せムードが高まっていて、小沢=悪者という世論を盛り上げることで民主党に亀裂を入れて小沢を辞任に追い込む一方で、定額給付金バラマキの“効果”が現れ始める時期に09年度補正予算案を成立させることによって「5月総選挙」で勝負をかけることが可能だとの判断に傾きつつある。

 細田博之幹事長は26日、自民党本部での会合で「(小沢が)法律に違反しておいて『企業献金はやめましょう』と言うのは、強盗に入って『わしが強盗に入ったのは鍵がかかっていなかったからだ。鍵をちゃんとかけなさい』という説教強盗に非常に似ている。検察が横暴だとか、この程度のことで何だというのは30何年前の金権政治。今の政治はそうじゃない」と述べ、小沢が、1976年にロッキード事件で逮捕された故・田中角栄元首相の金権政治の亡霊に過ぎないかに印象づけようとした。この言葉の跳ね方に、この半年来、叩かれ通しで鬱屈し切っていた自民党首脳の解き放たれたような気分が表れている。

 古賀誠選対委員長も同日の古賀派総会で「選択肢は多くない。5月は緊張しなければならない。09年度補正予算案の提出と成立のタイミングが政局の大きな山場となる」と、選挙を打ちたくても打てない閉塞状況の中でようやく「5月」に光明を見いだした喜びを言葉に表した。菅義偉選対副委員長、伊吹文明元幹事長、山崎拓元幹事長も一斉に「5月」を示唆する発言をした。

 確かに自民党にとって選択肢は限られていて、4月末解散〜5月下旬投票、5月連休明け解散〜6月中旬投票というあたりしか打ちようがない。7月初には主要国サミットがあるし、下旬の都議選が近づくと、自公両党が都議選では争いながら衆院選では選挙協力するという器用なことは到底出来ないので無理。と言って都議選直後では、自民党はたぶん都議選で大きく負けて麻生太郎首相の責任論が噴出しかねないので、これも無理。8月のお盆休みにかかるような選挙はあり得ず、結局9月の任期満了ギリギリまでチャンスがない。そこまで麻生流グズグズ政治を続けて行って最悪の結果となるよりも、僅かでも光明が見えたこの春に賭けようということだろう。

 しかしこの賭はかなり危険である。第1に、民主党に亀裂を入れ早期に小沢を辞任に追い込んで、次の代表選びでゴタゴタを演じさせておいて総選挙というのが自民党の狙いであることは分かり切っているから、小沢は辞めないし民主党も辞めさせない。

 第2に、多くの国民は“小沢パラドックス”を理解しているから、小沢が西松から年間数千万円の献金を受けていたからと言って、それほど驚いたり失望したりしない。世論調査では確かに小沢辞任を求める声は63%に達しているが、それでも麻生内閣不支持(麻生は早く辞めろという意味)の64%より僅かながら低い(30日付朝日)。また『AERA』のアエラネット会員を対象としたアンケート調査では、今回の検察のやり方について「おかしい」と思う者が56%で、「適切だった」の44%を上回った。「おかしい」と思う理由としては3分の2の人が「総選挙前で政治的思惑を感じる」と答えている(4月6日号)。

 第3に、そうこうするうちに、西松問題は自民党に波及してくる。すでに二階敏博経済産業相についてはパーティ券の大量購入や事務所マンションの無償提供など、いろいろな手口が明るみに出つつあるが、これが彼で止まって尾身や森喜朗元首相に及ばない保証はない。元特捜部長の宗像紀夫中央大法科大学院教授は、大久保裁判では西松側の2政治団体のダミー性とそれへの大久保の認識が焦点となるが「この政治団体から寄付を受けていた議員は他にも多数あり、自民党議員側の捜査も遂げなければ実態を解明したことにはならない」と指摘しているが、それは多くの人々の認めるところである。

●政治資金制度の改革が一大争点に

 こうして、西松事件そのものはよくて相打ちという程度で、選挙をやれば民主有利、自民不利という基調にはさほど変化がないと見るべきだろう。そこでさらに、「瓢箪からから駒」というか、民主党にとって「禍転じて福となす」ように浮上してきた新しい争点は、企業・団体献金の廃止である。民主党にも企業や労組からの献金に頼っている議員は少なくなく、現に前原誠司元代表は「企業献金をすべて悪とするのもいかがなものか」と注文をつけているが、ここは一旦踏み出した以上、企業・団体献金の「原則禁止」くらいの線で党内をまとめ、出来れば他の野党とも語らって共同提案の形で自民党に突きつければ面白い。

 そもそも日本が政党交付金という形で税金から年320億円を費やして政党を助成しているのは、企業・団体献金は本来禁止もしくは制限すべきであるけれども、それに代わるべき個人の政治信念や政策判断に基づく自発的な献金で政治を支えられるほど社会が成熟していないことに鑑みて、そこへ辿り着くまでの便宜的な経過措置として、国が個人に成り代わって政治文化を支えるという趣旨からのことである。とすると、政党助成金を貰いながら企業・団体献金を減らすかなくすかする努力をしないのは政治の怠慢であり、結果的に二重取りの形になるわけだから、企業・団体献金を減らすかなくすかして個人献金を増やし、その度合いに応じて交付金も減らすかなくしていくのが筋である。

 現行の政治資金規正法では、企業・団体献金は会社、労働組合・職員団体、その他の団体の3つに分類され、それぞれ資本金、加盟人員数、前年の経費に応じて年間750万円から1億円までを政党及び政治資金団体に対して寄付することが出来るが、政治家やその資金管理団体に寄付することは禁止されている。が、今回の事件でも明らかになったように、会社が「その他の政治団体」(と同法上で呼ばれるもの)を設立すれば、政党及び政治資金団体には無制限に、資金管理団体や別の「その他の政治団体」(例えば政治家の後援会)には年間5000万円まで寄付することが出来る。政党には本部だけでなく支部も含まれるので、支部宛に寄付すれば事実上、その支部長である政治家個人に寄付したのと同じことになる。また政党が1つだけ指定する政治資金団体(自民党の場合は国民政治協会)に寄付する場合に、その分を特定の政治家に配分するよう“ヒモ付き”で行うことが可能であるなど、抜け穴がいろいろあるし、それ以外にも表に出ないヤミ献金がある。

 2004年に発覚した日歯連事件は未だに記憶に新しい。日本歯科医師会は日本歯科医師連盟という「その他の政治団体」を持っており、傘下の医師から1人年間3万5000円、計18億円の会費を集め、それを自民党に注ぎ込んでいる。東京新聞取材班『自民党迂回献金システムの闇/日歯連事件の真相』(角川書店、05年)によると、日歯連は00〜02年の3年間に、国民政治協会への献金15億円(うち5億3000万円は特定政治家へのヒモ付き?)、自民党国会議員110人への献金・パーティー券購入など7億円、旧橋本派=平成研究会へのヤミ献金1億円(これが事件化した)、その他支援議員の選挙費用など5000万円、合計23億5000万円をバラ撒いた。1年当たり約8億円である。歯科医師の政治団体1つでこうなのだから、自民党が企業・団体献金を断ち切ることなど出来るはずがない。

 小沢の24日の記者会見では、自身の政治資金の収支の実態について国民の多くが納得するような説明責任を果たしたとは言えないので、まずそれをきちんと果たした上で、民主党が企業・団体献金の禁止について要綱をまとめて総選挙に挑めば、っそのこと自体が選挙の大きな争点の1つとなり、政権交代の意義が一段と鮮やかになるのではないか。

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《参考資料》小沢代表の24日記者会見の要旨(文責:民主党役員室)

【代表】それでは、この度の私の政治団体をめぐる問題につきまして、私の思いと現在の心境を申し上げさせていただきたいと思います。

まず、私自身の政治資金団体をめぐる問題につきまして、仲間の皆さん、同志の皆さんをはじめ、国民の本当に大勢の皆さまに、ご心配とご迷惑をおかけいたしましたことを心からおわび申し上げます。

今月3日に秘書の大久保が逮捕されて以来、私自身が犯罪を犯したような印象を与える状況の中で、本当に自分自身、悔しい思いと無念の思いを抱きながら、必死に耐えて頑張ってまいりました。このような状況にもかかわらず、仲間の皆さん、そして大勢の国民の皆さんから、励ましの言葉をいただきました。私は、この皆さんの激励がなかったならば、今日まで耐えてくることはできなかったように思い、本当に国民の皆様の大勢の方々の「負けるな、頑張れ」という声に励まされ、今日までまいりました。本当に、国民の皆様に、そして同志の皆さんに、心から感謝を申し上げます。

私は、今月3日の逮捕以来、皆さんの前で機会ある度に申し上げてまいりましたが、私自身が収賄罪等、犯罪に手を染めていたということであるならば、それはどのような捜査でも、どのような処罰でも甘んじて受けると。しかし、自分にはそういう事実がないということを、繰り返し、皆様にも申し上げてまいりました。本日はその意味で、私の主張してきたことが事実であるということが明らかになったのではないかと思っています。しかしながら、それはそれとして、秘書が結果として逮捕され、起訴されたことについての自分の責任は非常に大きいと。特に民主党に期待してくださった、また直接、激励してくださった皆さんに大変申し訳ない思いでいっぱいです。

きょうの秘書の起訴の理由を聞くと、収支報告書の政治資金規正法違反、すなわち収支報告書の記載の仕方についての問題が、起訴の根拠と理由とされております。私どもとしては、献金を受けた事実はそのまま報告していますし、献金をいただいた相手方をそのまま記載するのが政治資金規正法の趣旨であると理解していまして、その認識の差が今日の起訴という事実になったことと思います。

今までの過去の例を見ても、この種の問題につきまして、逮捕、強制捜査、起訴という事例は記憶にありません。そういう意味で、政治資金規正法の趣旨から言っても、またそういう点から言っても、私としては、合点がいかない、納得がいかないというのが、今日の心境です。特に総選挙、まさに秒読みの段階に控えている今日であり、私の責任の重大さを感じると同時に、そういった形での結果については、自分としては納得できないという思いです。

したがいまして、先程来、役員会、常任幹事会に、私の心境を述べさせていただきました。私は、40年になんなんとする政治生活ですが、別に代表の地位や、あるいは政権をとって総理云々ということに、何の未練も執着もありません。ただ思いは、何としても日本に議会制民主主義を定着させる、それが私の自民党を離党して以来の大目標でありまして、自分の思いであり、そして、これが最後の機会だと。この機会に何としても国民の皆さんの理解を得て、政権交代を実現することによって、官僚機構の上に立った自公政権を覆して、本当に国民主導の、国民の側に立った政治を実現させる、それが、私の最後の政治家としての仕事だと思っています。

その意味におきまして、皆さんのご理解をいただいて、本当にこの目的をみんなと一緒に力を合わせて今後も頑張っていきたいという趣旨の話を、役員会、常任幹事会において行いました。その役員会でも、とにかく、そういう大目標を、そして大いなる使命を達成するために、一緒に頑張ろうと、本当に温かいご支援の声をいただきました。私としては、本当に微力で、不憫な才能でしかありませんが、本当にみんなと一緒に、みんなのこういった温かいご支援をいただいて、自分の、そして民主党の、国民の皆さんの期待に応えるよう、今後も頑張ってまいりたい、そのように決意を新たにしたところです。

今回のことにつきましては、本当に、仲間の皆さんに、そして多くの民主党に期待する皆さんに、ご心配とご迷惑をおかけしたことを重ねておわびを申し上げながら、私の報告と、今日の心境といたしたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。

<質疑応答>

【記者】確認ですが、代表を辞任せずに続投するということでいいのでしょうか。また、進退に関しては衆院選への影響を第一に考えるということでしたが、この点はどう判断したのでしょうか。

【代表】進退については、今申し上げたように、私ひとりで決するにはあまりにも大事な大きな問題ですので、役員会の皆様のご判断を仰ぎ、また常任幹事会の皆さんのご意見、ご判断を仰いだということです。

それから、衆議院の総選挙で政権交代を実現し、本当に国民主導の、国民の側に立った政治を実現するということが、私の政治家としての生涯の目標であり、夢であり、そして今日、最後の自分の仕事だと心得ています。したがって、今後もそのことを、これからのいろいろな状況、どうなるか分かりませんが、そのことを前提にして、それで今後も考えていきたいと思います。

【記者】秘書が刑事被告人になる状況で、民主党へのダメージや世論の批判がある中で、あえて代表に留まることが、政権交代を目指す民主党にとってどういう形でプラスになるという判断があったのか。そして、選挙の顔として、あくまで選挙の時期や捜査の進展にかかわらず、代表を続けるという理解でよいのでしょうか。

【代表】今、先ほどの質問にも答えました通り、私の目標、そして私の夢は、政治家としての夢は、日本に本当の議会制民主主義を定着させること。そのためには、本格的な政権交代ということによって、主権者の国民の皆さんの議会制民主主義への理解を深めることが私はできると。そしてまた政権交代しか、本来の民主主義の機能であるこのことによってしか、日本に議会制民主主義が定着することがないだろうと、そういう思いに立っていますので、そのことで私が、今日、皆様のご理解の下で、代表をこのまま続けるということにご承認いただいたわけでありますけれども、あくまでも総選挙で勝利ということを前提に、何事も、私自身、考えていきたいと思います。今日の時点において、私が代表をそのまま続けることが、プラスかマイナスか、それは私に判断することはできません。全て国民の皆さんの受け取り方次第だと思っています。繰り返しますが、いずれにしても、総選挙で政権交代を実現して、国民のための政治、議会制民主主義を定着させる、その一点で今後も対処していきたいと思っています。 

【記者】総選挙に勝利した場合は、これまで通り内閣総理大臣に就任する考えはあるのか。また、これまで代表は検察批判をしていましたが、政権交代を実現して、内閣総理大臣として政権運営にあたる場合にも、検察と戦い、裁判闘争を続けるというお考えなのでしょうか。

【代表】第一点は何度も言いますように、私が民主党の代表として、民主党が過半数を国民の皆さんにいただいたときは、それはその責任を果たすのは当然だと思っております。

それから、私たちの戦いと言っては何ですが、選挙戦の相手は、別に検察ではありません、自公政権です。そういう意味において、検察は検察の職責を果たしたということであろうと思いますが、いずれにしろ、私どもの対決するのは自公政権。これは国民のためにならない、そういう思いの中でこれからの選挙に向けて努力してまいりたいと思います。

【記者】今回の事件では、違法行為があったかどうかということとは別に、西松建設という違法行為をしていたとみられる企業から、国民の感覚で言えば非常に多額の政治献金が代表のところに来ていたことが明らかになりました。そのこと自体について、普通の国民の感覚では理解できないというか、これだけの額の政治献金がきていながらいろいろな事実が分かっていなかったのかという意識が国民の中にあると思うが、そのような意識を国民が持っていることを理解しているかどうか。また、それによって民主党のイメージが傷ついたと思うが、「政治とカネ」の問題を含めてどう改善していくのか、お伺いします。

【代表】事務所の不動産の時にも皆さんから同じようなことを言われました。私は、今、西松建設、西松建設と言われますが、別に西松建設からだけいただいていたわけではありません。数で言えば、はるかに個人の皆さんからの献金が、私の献金の中身でございます。したがって、私はその献金を、浄財を、ありがたく頂戴して、それを政治活動に使うという点において、何ら国民の皆さん、また献金をしていただいた皆さんに、隠すべき点も恥ずる点もありません。今回のことにつきましても、確かに大きなお金であることは間違いありませんが、それを別に隠していたわけでもありませんし、使い道を、これまた事務所経費をこの間も申しあげましたが、マスコミに全部公開をいたしました。そういう意味で、あとは主権者の皆さんが判断することであろうと思っています。

【記者】代表の持論は、政治資金の収支を全て公開し国民の判断に委ねる、ということだが、今回の事件はダミーの政治団体を使い、いわばその盲点をついたことになっていて、しかもその経緯を秘書が知っていたということが起訴の内容になっている。強制捜査が異例ということはあるとしても、秘書が小沢代表の持論を骨抜きにするような内容で起訴されたことについて、自身の言行に照らして反省するところがないのかどうか。また、今回の事件を機に、民主党の議員からは、小沢代表は自分たちと比べて政治資金がなぜ必要かという声がある。かつての自民党の派閥の幹部でもないのに、なぜお金が政治活動に必要なのか、説明をお願いします。

【代表】第一点ですが、これはダミー云々とか、迂回して云々とかの議論が皆さんの中でいろいろ言われていますが、先ほど申し上げたように、政治資金規正法の趣旨は、献金を受け取った相手方を明らかにするということであると解釈し、その通りの事務作業をしたものと思っています。私のディスクロージャー、オープンにということは、その意味で矛盾する問題ではないと思います。

第二点は、みなさんもお分かりと思います。こういうことを申し上げると差し支えあるかもしれませんが、若い政治家の方々以上に、はるかにスタッフもいっぱいいるし、いろんな意味で、選挙をはじめ、いろいろなお手伝いもさせていただいて、また会館の他に事務所があるのはけしからんという議論に立てば別ですが、当然、人も事務所経費もあります。その意味において、全く同列にそれを論評されると、私もどう答弁したらいいのか。あなた方の方が実態はよく分かっているはずですから。その意味において、私は政治活動の経費も、多分、他の人以上にかかっていることは間違いないと思っているし、それがある意味においては代表として、また年長のものとして、いろいろな形で秘書が手伝いをしたり、なんなりするということが、ごく自然のことではないだろうかと思っています。

【記者】今日の代議士会で一部議員から、新生民主党で総選挙に臨むべきだとの声が出て、代表を代えてということでしょうが、こうした声が党内から出ていることについて、どのように受け止めていますか。

【代表】そういう意見もあるだろうと思います。したがって、私は自分ひとりで、このまま続けるということを決めるには大きな問題である。そう思って幹事長に諮り、役員会、常任幹事会という党の機関の皆さんの意見や判断をいただいて、その中で一緒にがんばっていこうとの結論になったということです。

【記者】今後の世論調査などで小沢代表は辞めるべきだとの声が依然高かった場合、そして民主党の支持率が浮上しなかった場合、それを受けて代表辞任の考えはあるのか。また、小沢代表は会見の冒頭で涙ぐんでいたが、この間の辛かった日々を思い浮かべたのか、あるいは検察への怒りなのか、同志の温かい声を受けた涙なのか、何の涙だったのか、お願いします。

【代表】これから国民の皆さんがどういう受け止め方をするか、それについては予測は私にも分かりません。ただ、何度も申し上げるように、次の総選挙で国民の皆さんの支持を得る、そして今の官僚機構に支えられた自公政権に代わって、国民サイドに立った政権を打ち立てる。それがひいては議会制民主主義の定着につながるとの思いを持っていますし、常にそのことを基準にして考えたいと思います。私はこのようなことを言っては僭越に聞こえるかもしれませんが、自分自身、国民の中に入って、いろんな意見を聞き、直接、声を交わしているつもりです。そういうことは、そういう中から自分で判断します。

男が不覚な涙で恐縮ですが、辛かったからというわけではありません。ただ本当に、私があたかも犯罪を犯したかのような世間の状況の中で、多く仲間の皆さん、特に一般の皆さんから本当に多くの励ましの言葉をいただきました。そのことを申し上げるときに胸が詰まって、不覚の涙ということです。

【記者】党内では代表に今回の件についてきちんと十分な説明をしてほしいとの声がある。秘書の逮捕直後の世論調査では、多くの国民が代表の最初の会見のときの説明は納得できないとの声がかなりあった。逮捕から今日までを振り返り、十分な説明責任を果たしたとお考えなのか、不足だとすればどうするお考えなのか、お伺いします。

【代表】もし私の説明に分からない点があれば、私はこうして毎週、また全国行脚するときには毎日のように、みなさんの質問に答えているわけですので、どうか国民の皆さんの中にそういう声があれば、代弁してそれを質問してください。私は何も隠すこともありません。

【記者】3月4日以来の記者会見で代表が説明責任を果たそうと、フリーランス記者、雑誌記者、海外メディアに記者会見を開放したことについて敬意を表したい。自民党、首相官邸、全官公庁、警察を含め、私のような記者が質問する権利がない。仮に政権交代が実現したら、記者クラブを開放して首相官邸に入るのか、お聞かせください。

【代表】私は、政治も行政も経済社会も、日本はもっとオープンな社会にならなくてはいけない。ディスクロージャー、横文字、カタカナを使えばそういうことですが、それが大事だと思っております。これは自民党の幹事長をしていたとき以来、どなたとでもお話をしますということを言ってきた思いもあります。そしてまた、それ以降も、特に制限は全くしていません。どなたでも会見にはおいでくださいということを申し上げています。この考えは変わりません。

【記者】代表を続投することについて、自身ひとりで考えるにはあまりに多くの問題があったということを話していたが、これまで辞任を考えたことはあったのでしょうか。また今日という日は民主党にとってどんな意味を持つ一日になるとお考えでしょうか。

【代表】私は先ほども申し上げたように、私の秘書、事務所は、政治資金規正法に違反した行為をしているとは思っていませんでした。今もそう思っております。したがいまして、そのことで辞任しなければならないと考えたことはありません。ただ結果として、今日、起訴ということになりました。それで私は別に一人でもこのままいくということを決めたわけではありません。先程来申し上げましたように、私の気持ちとしては、何としてもみんなと一緒にこの大目標を達成したいけれども、この点については皆さんのご判断をいただきたいということで、役員会、常任幹事会を開催して、みなさんのご判断をいただいて、その上でこの会見に臨んでいます。

【記者】今日、日本にとって一番さわやかな話題は、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で、イチロー選手が日本に勝利を呼び込んだ。民主党のチームのリーダーとして小沢一郎さんがこれからも続投する中で、かなり厳しい戦いになることを強いられると思う。そのときにイチロー選手のような起死回生のクリーンヒットを打つことに関して、企業団体献金の全面廃止を、党として一つの方針としてまとめ、総選挙の争点にするという大方針はお考えでしょうか。

【代表】今日の、同じ名前ですが、イチロー選手のような役割を自分が果たせたら、この上ない喜びと思っていますが、今後そういう役割ができるように頑張ってまいりたいと思っています。

それから、企業献金の全廃ということは、これは私は突然言い出したわけではありません。『日本改造計画』(小沢代表の著書)の中でも触れていますし、私自身の持論はディスクロージャーということでありますが、企業献金にまつわるいろいろな問題があるとするならば、また今回のことも考慮に入れて、やるならば企業献金を全て禁止するという方策しかないだろうと思っていまして、これが民主党の党内の結論になるかどうかは、幹事長をはじめ皆さんの議論を待ちたいと思っておりますし、それが民主党のみんなの総意ということになれば、一つの総選挙の争点になることは間違いないだろうと思っています。

【記者】今日、検察の結論が出たが、いまの話を聞いていると違法行為がないという立場は変わらないと承っています。一方で献金を返還することはいかがでしょうか。

【代表】最初から申し上げていますように、違法なことであることが確定した場合には、返却したいと思っています。問題は、一つは政治団体が解消されているということもありますし、また、その政治団体からのお金がまったく西松建設から、関係のある団体であることは秘書も認識していたと思いますけれども、西松建設がそういう手法で全額を出資していたということは、多分、彼らも知らなかったことだと思います。そういう意味で、この問題が結論を得たときには、そういう返却ということは、当然考えていくべきだと思っています。▲

2009年3月19日

INSIDER No.485《OZAWA》いきなり「企業・団体献金の全面禁止」に踏み込んだ小沢──こういう独断専行は大歓迎だ!

 民主党の小沢一郎代表は17日の定例会見で、「企業・団体献金を全面的に禁止すべきだ」との考えを表明、翌18日には鳩山由紀夫幹事長に対して「岡田克也党政治改革本部長に言って実現してほしい。分かりやすい仕組みにしないといけない」と述べ、党として検討するよう正式に指示した。

 私は17日付の論説で、民主党がまず「公共事業受注企業からの献金禁止」条項をマニフェストに復活させ、その後、企業献金を減らし、政党交付金も減らし、個人献金中心の政治資金制度に段階的に進むべきだと提唱した。そのように段階論を採ったのは、そうでもしないと小沢一郎が到底納得しないだろうとの“配慮”からだったが、小沢はそんな私の気遣いなど飛び越えてもっと先へ突き進んでしまった。

 小沢は、公共事業受注企業からの献金を禁止することについては、大小ほとんどの企業が国や地方自治体と何らかの形で関係があって、そこで仕分けすることは出来ないと指摘、「禁止するのであれば、企業献金と団体献金を全面的に禁止することだ」と言明した。団体には、今回の事件で問題となった政治団体はもちろんのこと、労働組合、農協、医師会など社会・経済団体などすべてが含まれる。そしてそれに代わるものとして、ネット献金を可能にするとか税制優遇をするとかを含め「個人献金しやすい制度」にしていくべきだと述べた。

 小沢の唐突な発言に、民主党内では特に労組依存の議員を中心に戸惑いが、自民党内では反発が、それぞれ広がっている。麻生太郎首相も18日夜、「企業献金が悪という考えには与しない」と反対を表明した。おかしいのはマスコミの反応で、そうしたと戸惑いや反発の声を大きく採り上げて「本当に出来るのか?」「小沢の疑惑隠しではないか?」などと揶揄気味の論調に終始、19日付朝日に至っては小沢が「このタイミングで“大胆提案”に踏み切った理由も不可解」とまで書いている。不可解なことは何もなく、私が17日付の論説で述べたように、今回の事件による小沢パラドックスの行き詰まりを前に向かって打開する——すなわち、小沢が辞任するにせよしないで済むにせよ、国民の間に必ず残る「もやもや感」を払拭して政権取りに立ち向かう——には、小沢と民主党が政治資金制度の改革に正面切って取り組むことが必須で、それは完全に論理的である。

 与党内でも、菅義偉選対副委員長を中心に個人献金の拡大のために税制控除も含め検討すべきだという考えがあり、公明党は企業・団体献金の規制強化をかねてから主張してきた。この際、民主党が身を切るようにして「どうしたら個人献金中心の制度に転換できるか」の議論の流れを作り出すことが出来れば、それ自体が政権交代の主要な争点の1つになっていくだろう。

 そういう意味で、小沢の党内調整抜きの独断専行発言は大いに結構なことであり、今後の議論の起点になるに違いないので、その発言の詳しい要旨を資料として添付する。

 なお、18日付朝日が掲載した「政治・社会意識基本調査」では、応援したい政治家への選挙ボランティアについて、「してもよい」「そうは思わない」は共に47%、応援したい政治家への寄付については、「してもよい」26%、「そうは思わない」68%だった。

《資料:17日小沢発言の要旨》

 17日の小沢会見での記者とのやりとりは次の通り(産経ニュースの詳報に基づいて、関連部分のみを抜き出した上、口語的な冗長表現を削除し補正を加えるなどした)。

−−代表の事件を受けて、政治資金規正法改正の議論が活発になってきている。民主党内の一部では、いわゆる公共事業の受注企業からの献金を全面的に禁止すべきだという意見や個人献金の条件を緩和して企業献金から個人献金に移行すべきだという意見が出ている。代表の考えとは少々違うと思うが、今後の政治資金規正法の改正のあり方についての考えは?

「私の考えと違うというわけじゃありません。私は日本の社会はもう少しオープンにすべきだと。政治資金も同じ。あるいは行政も同じ。民間の会社経営も同じ。もう少しディスクロージャーを徹底することによって、国民がその資料を基に判断するのが最も民主的な社会だと私は言っているわけです。ただ、私自身の不徳の致すところもあって、こういうことになっておりまして、その中から企業献金(をどうすべきかを考えると)、公共事業(受注企業)ということではなくて——公共事業といいますと、あなた方はゼネコンのことばかり思い浮かぶでしょうけれども、ほとんどの企業が、例えばこの間、防衛庁のああいう汚職事件がありましたが、三菱重工をはじめ、それこそ何千億の事業を引き受けているわけでしょう。大小あっても、ほとんどの企業が国や都道府県市町村と何らかの形で関係ありますから——禁止するということであれば、私は企業献金、そして今回それこそ問題になっている団体献金を全面的に禁止するということだと思います。公共事業でもって仕分けはできない、事実上。いろいろな個人、会社、業界が政治団体をいっぱい持っていて、それを通じて寄付がいっぱい行われているでしょう。その出資者はかなりのケースで企業でしょう。だから、そういう意味では今度の問題を教訓とすれば、全企業、団体献金を禁止するということならば、私はいいんじゃないか(と思う)。それで、なるべく個人献金しやすいような制度的なものにするとか、あるいはみなさん方がもう少し強力に啓蒙活動をやっていただくとか。なにしろ、オバマさんは600億(円)ものお金集めてやってきたわけですから、(そのうち)個人献金の金額がどの程度の割合なのかは私は知りませんけれども、いずれにしても本当に大勢の人が、トータルの量は別として、数では、献金したことは間違いわけですから、その意味で私は日本においても、もしやるとするならば企業献金、団体献金の禁止を徹底しなければ意味がないと思います」(中略)「岡田克也党政治改革本部長に言って『実現してほしい。分かりやすい仕組みにしないといけない』と述べ、党として検討するよう指示した」

−−個人献金についてだが、アメリカのオバマ大統領が個人献金集めた手法として、インターネットを使って、広く集めた。こうした方法なら透明性も高く、政治参加も、国民意識も高まるメリットもあるが、こうした制度導入する考えは?

「今でもインターネットでやることは可能だと思いますけれども、ただ、やっぱり、その制度をはっきりさせるということも、もちろん必要です。やっぱり、みんなが少しずつでも、政治活動のために献金しようという意識にならないと、基本的には解決しないと思いますね。ただ、そういったことが、みんなの意識として盛り上がって来るまでに、例えば税制上の優遇措置を講ずるとかいう方法で、国民のみなさんの意識を高めていくことを考えないと、なかなか現実問題、個人献金一本と(いうことにはならない)。企業・団体献金禁止ということになりますと、個人献金の慣習があまりない日本の場合は、何らか助長する仕組みが、あなたの言ったインターネットという形なのか、あるいは、税額控除——これ、本当、税額控除だと皆さん献金してくれるでしょうけど、財政当局がかなり税収が減っちゃいますから、その意味の問題もありますが、いずれにしろ、一つの考えとしてはそういうこともあるでしょうし、そうやりやすい雰囲気をつくっていくことは大事なことだと思います」(中略)

−−企業団体献金の禁止の関連だが、労働団体のようなものをイメージしているが、そうではなくて、政治団体も含んで禁止するのか。企業団体献金の禁止については法案を提出することになると思うが、法律の成立にかかわらず、民主党は受け取らないということにするのか?

「あの、団体っちゅうのは別に労働組合だけじゃないですから、農業団体だ、いや医師会の団体だ、いっぱいあるでしょうが」

−−政治団体を含むか、含まないか?

「えっ、政治団体の質問ですから、ですから今、問題になっているのが、政治団体からだったから、政治団体で政治資金規正法にのっとって報告したわけでしょう。ところが実際には、西松でやったお金だうんぬんという話になってるわけでしょう。他の政治団体も調べてください。企業やいろんな産業界の政治団体いっぱいありますよ。その出資してる原資はほとんど企業ですよ。だから私は、公共事業うんぬんというのも仕分けができないし、団体、政治団体というものの実態もそのお金がどこから出てるかわからないわけですから、そういう意味では、政治団体ももちろん含んで、やるなら禁止するということが、一番すっきりすると私は思います。それから、私ども、もう選挙すぐですから、われわれ民主党が単独でそうするということもそりゃあもちろん結構なことですけれども、皆さんの意見を聞かなきゃ。私一人で言うと、また、あいつが勝手にしゃべったといわれますけれども、政権を取ったら、私は政治資金のあり方にしろ、まずは、国の基本の統治の機構、政治のあり方、それを根本的に変えようと思ってますので、もちろん政治とカネを巡る問題も当然、取り上げていくべきだろうと思います。いずれにしても、透明化、透明化って言ってますけれども、私は、何回も言いますけど、私自身、全部献金は公表してますし、事務所費も全部、領収書付けて皆さん方にお見せしたじゃないですか。私は全部それを透明に致しております。まあ、いずれにしろ、そういった問題も、わが党が政権を任されたら考えていかなくちゃいけないと思います」▲

2009年3月17日

INSIDER No.484《OZAWA》小沢一郎というパラドックス──検察は大久保秘書をどう起訴に持ち込むのか?

 民主党の仙谷由人元政調会長は15日のTV朝日「サンデー・プロジェクト」に出演して、西松建設の違法献金事件で小沢一郎代表の秘書が逮捕されたことについて、「無理筋を事件にしようとしている形跡もある。こんな大捕物帳をするような事件ではない。政治資金規正法の虚偽記載容疑に止まらない事件として成立させないと、検察の大失態になるが、なかなか有罪立証は難しい」と述べた。同番組を司会する田原総一朗も同日夜に都内で開かれた、この事件が「国策捜査ではないのか」を問うシンポジウムに出席して、「事件は民主党代表に深刻なダメージを与えた。政治資金規正法だけでの起訴なら検察の敗北だ」と語った。

 3月24日の大久保隆規秘書の拘留期限を目前にして、東京地検特捜部はまさにこの点で苦しい決断を迫られることになろう。虚偽記載、すなわち西松側の2つのダミー政治団体からの献金が実は西松の会社本体から出た違法な献金であることを知りながら、そのまま政治団体名で政治資金報告書に記載したことが政治資金規正法違反に当たるというのが大久保の逮捕容疑だが、第1に、これはほとんど形式犯であって、小沢が会見で何度か述べたように「従来なら訂正で済む話で、いきなり逮捕というのは捜査方法として異様」である。事情聴取もなく突然逮捕というのは確かに異常で、それが何らかの政治的意図が裏で働いた「国策捜査」ではないかと言われる所以でもある。

 第2に、では虚偽記載を避けるために、大久保は政治資金報告書にどう記載すればよかったというのか。実質的に西松からの企業献金だと知っていたとしても、そのように書けば、企業から政治家個人の政治資金団体への献金を禁じた規正法の別の違反になるから書ける訳がない。とすると、知っていたのならそのような献金は突っ返すべきだったということになるが、それはむしろ道義上もしくは政治倫理上の問題であって、少なくとも虚偽記載の問題ではない。実際、実態はどうであれ形式上はその献金は2つの政治団体からの献金であって、その限りで大久保は正しく記載したのである。

 第3に、虚偽はむしろ主として西松側にあるのであって、西松は企業が政党やその支部に献金できる総枠を超えて小沢を始めとする有力政治家に献金したいがために、2つの政治団体を作って、その会員である同社社員が自発的に献金したかのように装った。これが本当に社員の自発的献金を原資としてそれを2団体が集約して政治家に配ったのであれば、何の問題も起こらない。ところが実際には、会社がその分をボーナスなどの形に偽装して各社員に回していたことが問題で、これは政治資金規正法以前に企業としての不正経理及び社員個人の政治信条を無視して企業献金の道具に使うという意味で社員に対する人権侵害の問題となるだろう。そこでこれを無理矢理、大久保秘書の虚偽記載容疑に持って行くためには、彼がこの仕掛けを熟知していて西松側と共謀して違法献金を受け入れたかどうかということになるが、この立証はなかなか難しい。恐らく検察は、大久保が違法と知りつつ西松側に献金を要求もしくは請求し、そのためにこのようなダミー団体を経由して法を逃れる術を提案あるいは示唆するなどして、積極的に仕掛けづくりに関与したというストーリーにしたいのだろうが、残念ながらこの仕掛けは最初、尾身幸次元沖縄・北海道担当大臣への違法献金のために西松が作り上げたもので、それを通じて小沢にもカネが流れるようになったのはだいぶ後のことである。

 いずれにせよ、虚偽記載をさせたかったのは西松側であり、秘書はそれにどれだけ関与し共謀したのかを立証するという起訴の仕方にならざるを得ないのではないか。

●斡旋利得処罰法は適用できるか?

 そこで検察としては、これが「いきなり逮捕」という重大事件であって決して国策捜査などではないことを世間的に印象づけねばならない。それには、小沢はずっと野党で法律の規定に基づく職務権限はないため刑法の贈収賄罪に問うことが出来ないので、2000年に制定された斡旋利得処罰法、俗に言う「口利き防止法」の適用を目指すことになろう。この法律は、必ずしも法律に基づく職務権限はないけれどもそれなりの権限と影響力を持つ国会議員、地方議員、首長、その秘書が国や地方公共団体などの契約や行政処分に介入して口利きをして、その見返りに「財産上の利益」を得ることを防ごうとするもので、小泉内閣の下2000年に成立。その時には公設秘書のみで私設秘書は含まれていなかったが、2年後に私設秘書も含まれるよう改正された。

 刑法の斡旋収賄罪との違いは次の通りである。

▼[参考]斡旋利得処罰法と刑法197条の4・斡旋収賄罪の比較
http://www.smn.co.jp/insider/takano/ins090317.pdf

 刑法の贈収賄罪の抜け穴を塞ぐという意味では、積極的な意味のある法律ではあるには違いない。刑法では漠然と公務員とされていて、これには特別公務員である議員も含まれるが、前提として職務権限がないと成立しないので、例えばロッキード事件では、総理大臣が一民間航空会社の(普通なら主としてパイロットたちが技術的理由から決定を主導する)次期航空機の機種選定に対して職務権限があるというのは本当かということが問題になった。斡旋利得処罰法では、上述のように議員、首長のほか国会議員の秘書までが明記されていて、対象としては狭くなったがその分明確になっている。また斡旋の内容についても、国や自治体が行う契約や行政処分(地元有力後援者の身内の運転免許停止を取り消して貰うよう議員秘書が警察に頼むなどといったこと)、さらに国や自治体が半分以上出資する法人が行う契約までが明記され、これも特に限定のない刑法に比べて狭くはなったが明確になった。

 制定当時の議論で問題になったのは、「請託を受けて」はいいとして、議員や秘書が「権限に基づく影響力を行使して」とされている部分で、この意味がよく分からない。法律上に規定された「職務権限」はなくても、法律的に規定されていない「権限に基づく影響力」を認定するのは難しそうである。さらに、刑法では他の公務員に「職務上不正な行為をさせる」か「相当の行為をさせない」かに限定されているのに対し、斡旋利得法では単に「職務上の行為をさせる」となっていて、これは不正な行為だけでなく正当な行為をさせるよう斡旋を働く場合も含まれると解釈されている。仮に不正を防止して正しい方向に是正しようとして口利きをしてもダメだということである。これもよく分からない条文である。もう1つ、斡旋利得法ではそれで報酬として「財産上の利益」を受け取ってはならないのだが、これは刑法の「賄賂」とは違う。賄賂には、例えば名誉職など地位の約束や就職先の紹介、あるいは美女を引き合わせるといったことまでも含まれるが、斡旋による利得は「財産上の利益」に限られる。これは常識的には「金銭」ということになるのだろうが、わざわざ「財産上の利益」としたのは、個人が自分の財産にして私腹を肥やすことだという解釈もあるらしく、だとすると小沢も大久保も西松献金を私していないのでこれに該当しないことになるが、このへんはどうなのか。

 それよりも、法律家の指摘によると、この斡旋利得は、特定の案件について請託があって(つまりあのダム工事を落としたいのでよろしく)、それに基づき議員やその秘書などが「権限に基づく影響力」を行使し、その報酬としてこの日のこの金額を受け取ったというように、因果関係が明確でないと適用できないという。小沢側が年会費のようにして毎年一定額の献金を受けてきたという場合に、果たしてその特定が出来るのかどうか、まことに難しいという。

 こうして、余りに評判の悪い政治資金規正法の虚偽記載容疑での立件を避けるために斡旋利得処罰法を出口に持って行こうとしても、これまた簡単なことではない。それでも無理に持って行ったとして、国民の多くがそう思っているように、小沢だけをなぜ狙い撃ちしたのかという疑念にはどうしても答えなければならず、最低限、二階俊博側も立件してバランスを取らざるを得ないだろう。しかし、そうすると今度は、自民党の中で何故、二階よりも累積の献金額が大きく、しかも小沢より誰より早くから西松の献金を受けていた尾身は何故セーフなのかという問題がクローズアップされる。検察はいつも「一罰百戒」原理で動くのだが、この場合は、二階、尾身を含めて名前の出た全員を処罰しないと「国策捜査」疑惑を拭えず、検察の権威は地に落ちる。それが仙谷が言う「大失態」の意味に違いない。

●政治資金制度の抜本改革

 以上のように、この件に関して検察のやり方はめちゃくちゃで、収拾の仕方さえも迷走して泥沼状態に陥っているのが無残だが、それにしても小沢のなりふり構わぬ献金漁りは常軌を逸したものがある。

 もちろん、小沢がクリーンな政治家だとは誰も思っていない。かつて金権の権化と言われた田中角栄元首相、金丸信元副総理・副総裁、竹下登元首相の直系に当たる実力政治家として自民党幹事長まで務めた彼は、かつての金権政治とその基礎にある政財官癒着の構造を裏の裏まで知り尽くしているが故に、92〜93年、竹下派からも自民党からも離脱して「改革」の道に身を投じたのであって、米『タイム』誌3月23日号が書いたように「彼は一個の政治家としては最もラディカルな戦後政治体制への批判者であると同時に、その体制の最も典型的な代表者でもある」という“小沢パラドックス”(同記事の小見出しの表現)は、たぶん彼の中ではパラドックスではない。金権と実力が紙一重であるのは自明のことで、その政治のリアリティーを直視することなく、お勉強会でも開いて政策を語ったりしていれば政権が手に入るかに思っているピーチクパーチクが民主党の中にいるとすれば、そんなものはお話にならない。

 だから小沢は、黙々と金を集め、選挙区ごとに勝てる条件を作り上げるために知恵と力を注ぎ込んで、そのパラドックスそのものを突っ切るように生きてきた。だから、(師匠の田中角栄と同様の意味で)小沢が政治家として面白いのだし、その面白さはまた危うさと紙一重なのであって、だから私は前々から本誌で「小沢という政治的凶器」という表現を用いてきた。旧社会党系を含めて民主党のほとんど全部が小沢を盛り立ててきたのは、そういう小沢パラドックスを百も承知で彼に政権獲りの先頭に立って貰うしかないと思ってきたからで、それをまた私は「小沢支持という冷たい合意」とも表現してきた。

 国民の多くも、程度の差こそあれ同じように考えて、小沢も裏はいろいろありそうだし、好きにもなれないけれども、ここは一つ、危険なまでの破壊力を発揮して自民党政権を倒して貰おうじゃないかという具合に、小沢パラドックスを踏まえた上で政権交代の実現に期待をかけていたのであり、その時に姜尚中のように「小沢一郎氏ほど評価が分かれる政治家はいません。古い体質と新しいビジョンを併せ持ったキメラなのか、自民党の亜流なのか、それとも政党政治の革命児なのか。私にもよく分かりません」(『AERA』3月23日号)と言うのはいかがなものなのか。姜はさらに、いまや小沢に改革派の面影はなく、秘書も逮捕され、「やはり日本の政治を大掃除するには、自浄能力だけでは不十分で、司直の手を借りないといけないのでしょうか」「捜査の手が入った以上、(小沢が)代表に留まるのは国民の目から見て理解しがたいです」と続ける。

 かつて鋭利な論客として名を馳せた彼ほどの人が、こんな腑抜けたようなことを言っているのを聞くのは、私にはいささか衝撃である。第1に、小沢はキメラか自民党亜流か革命児のどれかなのではなく、そのすべてである。それが小沢理解の基本であって「よく分からない」ことなど何もない。第2に、政治の大掃除を検察に委ねることほど危険なことはない。検察は国民のために巨悪を退治してくれる「正義の味方」でも何でもなくて、主としては権力内部の目立った腐敗を除去して現存の権力秩序を維持・守護することを使命とする機関にすぎない。そんな連中にこの国の未来を預けてはならない。第3に、これは国策捜査でないとすれば、世の中のことをよく知らず、政治オンチで、政治資金規正法の扱いにも慣れていない特捜現場の“暴走”によるものと推察され、「捜査の手が入った」からと言って小沢が「ハハーッ」と恐れ入って直ちに辞任しなければならないものでもない。3月24日に検察がどのような起訴あるいは再逮捕の理由付けをするかによっては、もちろん辞任しなければならない場合も出てくるが、小沢自身が言っているようにその判断基準は、彼が辞任しないことが民主党の政権獲りに不利に働くかどうかの一点であって、つまりはそれも政権取りのための政治闘争の一部なのである。

 しかし、辞任するにせよしないにせよ、前原誠司元代表が14日の集会で「あれだけの献金を貰うと、『それが合法であればいいのか』という問題がある。私からすると考えられない数字だ」と述べたのはその通りで、これを小沢が「秘書に任せていて自分は知らなかった」とか「すべて合法的に処理されている」とか、他の自民党議員と同じようなことを言って切り抜けることは出来ない。前原によれば、民主党は以前にはマニフェストに「公共事業受注企業からの献金禁止」を掲げていたが、小沢が代表に就任した後、07年参院選からこの項目が消えた。民主党としてはまず小沢を説得して、この一項を復活させることが第一歩として必要だろう。当然、小沢は、そういう法改正が実現していない以上、西松を含むゼネコンからの献金を受け続けたことは合法には違いないが、しかしこの際私も自分の中にある古いつながりや体質を反省して、その復活に賛成すると表明するのである。

 本来であれば、ゼネコンに限らず企業献金そのものの廃止にまで踏み込んで行かねばならないが、これはそう簡単なことではなく、日本が市民社会としてどれだけ成熟して個人が政治信念に従って献金して政治を支えるという文化を育みうるかという問題と関わっている。現状、個人献金で政治を支えようとするには無理があるので、その代わりに「政党交付金」という形で税金から支出している訳で、そうだとすると、企業献金を減らして交付金と個人献金を増やし、後者の中でまた交付金を減らして個人献金を増やして行くような政治資金制度の抜本改革の道筋を民主党として国民に提示していくことが求められるだろう。それに同意し従うことが、小沢が代表を続ける場合の条件となるのではないか。▲

2009年3月12日

INSIDER No.483《NEXT CABINET》これが「日本最強内閣」か?

 10日発売の『文芸春秋』4月号が「これが日本最強内閣だ」という特集を組んでいる。堺屋太一(作家)、御厨貴(東京大学教授)、後藤謙次(キャスター)の3人が座談会で選んだ閣僚名簿の他に、政治記者84人と識者33人へのアンケート結果も載せている。識者アンケートへの答えは、(所詮はお遊び企画だから当然だが)おふざけや偏りも少なくなく、一番「まとも」と言うか、よく人物を見ているなあと感じられるのは田原総一朗(ジャーナリスト)、水野和夫(三菱UFJ証券チーフエコノミスト)、与良正男(毎日新聞論説委員)の3人だろう。そこで、座談会の結論、政治記者アンケートの上位1位(と接戦の場合2位も)、識者のうち上記3人の組閣案を一覧表にして掲げる。読者の皆さんも自分で考えて、これよりもっと強力な内閣の布陣を提案して貰いたい。

    堺屋ら   政治記者  田原    水野    与良

総理  奥田碩   小沢一郎  岡田克也  仙谷由人  岡田克也
          岡田克也
総務  橋本徹   片山善博  丹羽宇一郎 野田佳彦
法務  枝野幸男  鳩山邦夫  仙谷由人  細川律夫
          枝野幸男
外務  桜井よしこ 鳩山由紀夫 岡本行夫  寺島実郎  小沢一郎
財務  小泉純一郎 榊原英資  与謝野馨  峰崎直樹  渡辺喜美
文科  寺島実郎  橋本徹   橋本徹   鈴木寛   鈴木寛
厚生  長妻昭   長妻昭   松本剛明  足立信也  長妻昭
    丹羽宇一郎 
農林  片山善博  石破茂   石破茂   筒井信隆  逢坂誠二
経産  林芳正   寺島実郎  江田憲司  岡田克也
          野田佳彦
国交  葛西敬之  猪瀬直樹  亀井静香  松本剛明  菅直人
          菅直人
環境  阿川佐和子 小池百合子 辻元清美  岡崎トミ子
防衛  前原誠司  前原誠司  前原誠司  前原誠司  前原誠司
金融  茂木敏充  榊原英資  茂木敏充  中前忠
          大塚耕平
財政  中川秀直  与謝野馨  中川秀直  古川元久
行革  渡辺喜美  渡辺喜美  渡辺喜美
無任所 後藤田正純             小宮山洋子
無任所 福山哲郎
官房  野中広務  菅直人   菅義偉   枝野幸男  藤井裕久
          菅義偉
官房副                   福山哲郎

●私の採点簿

 総理大臣には岡田の呼び声が高い。小沢(が現在の苦境を乗り切ったとして)で政権を獲りに行って、彼の体調問題もあるので、いずれ岡田に代わるというのが順当な見方だが、大穴というか一種のサプライズで仙谷というのは大いにあり得る。その場合、仙谷とコンビの枝野が官房長官で支えるのは当然で、そこを見ているのは水野の見識である。ただしこれは小沢の影響力があるうちは実現しない。他方、菅義偉が自民党ではあるが官房長官にうってつけというのは衆目の一致するところである。仙谷と枝野の名前が法務大臣でも挙がるのは、2人とも優秀な弁護士だからである。

 外務相としては、岡本行夫は確かに有能だが、古巣の外務省に君臨して官僚的惰性と戦うことが出来るのか、対米コンプレックスに基づく「日米同盟重視」という名の屈従路線を鮮やかに転換することが出来るのか、疑問が残る。対米自主とアジア重視の新外交をグローバルな視野を持って展開できるという意味では寺島が最適任だろう。鳩山由紀夫も寺島の補佐を受ければ面白い外相になる。

 防衛相が前原で期せずして満場一致というのは、私は納得が行かない。本誌が繰り返し指摘してきたように、「中国の軍拡は現実的脅威」などと発言して、潜在的脅威と現実的脅威の区別もつかない本質的に防衛の素人であることを露呈したことで、私の彼への評価は急落した。彼は確かに“防衛通”ではあるが、裏返せば防衛省官僚からのレクチャーを受けすぎて脳が痺れていて、その主張は自民党リベラル派とほとんど変わりがなく、防衛政策の根本的な見直しが出来るのかどうか疑問がある。前原は公共事業見直しにも詳しく、むしろ相応しいのは国土交通相だろう。では防衛相に誰がいいかとなると……うーん、難しい。

 厚労相は長妻、行革相は渡辺というのは誰も文句がないだろう。堺屋らの案で長妻と丹羽が並んでいるのは、厚生相は長妻、労働相は丹羽と分けているからである。総務相は片山がベストだろう。文科相は橋下は確かに面白いが、単に学力テスト結果の公表の是非を巡って文科省を「馬鹿ですねえ」と罵倒したことが受けているだけで、教育政策全般への見識の深さと政策立案の能力・実績では鈴木寛とは比較にならない。

 経済・金融関係では、榊原、茂木、中川秀直が有用な人材。峰崎や古川は一般には誰?という感じかも知れないがプロ筋の評価は非常に高い。江田と大塚の才覚も使い方次第である。与謝野は能力的には優れているが余りに旧自民党的で、もういいだろうという感じである。

 農水相は石破が現に頑張っているが、筒井は構想力抜群で農政の怠惰を叩き直すには最適任だろう。環境相は岡崎トミ子が一番真面目に仕事をするだろう。▲

2009年3月 1日

INSIDER No.482《ANPO》福島瑞穂さん、お願いだから安保論をちょっとは勉強して下さい!──小沢流安保論のどこが面白くどこが問題なのか?

 今日の日経によると、民主党の小沢一郎代表の「第7艦隊だけでいい」発言について、28日開かれた社民党の全国代表者会議で地方幹部たちから「防衛力強化を狙っている」などの批判が噴出、それを理由として総選挙後にありうると目されている民主党との連立も「決してしないほうがいい」との意見も出たという。

 前号で指摘したように、このような社民党からの批判、政府・自民党による批判、さらに新聞各紙の社説の論調にも共通する致命的な欠陥は、在日米軍を減らせばその分だけ日本の防衛力を増やさなければならないという二者択一的な固定観念を前提として論じていることである。

 繰り返しになるけれども、在日米軍も日本自衛隊も冷戦華やかなりし中での「旧ソ連の上陸侵攻に日米共同で対処する」ことが日本防衛の主シナリオであった時代と大筋において兵力・装備・配置を変えていない。そこで今日、その旧ソ連の脅威が基本的に消失した後で、別の(つまり北朝鮮や中国の)脅威があるとして、その脅威の量が減っているなら、日米両軍とも軍縮することが可能である。量は別にしても、(北や中国が日本に上陸侵攻することはあり得ないから)脅威の質が違ってきているという場合には、日米両軍の兵力・装備・配置の質も大きく改編しなければならないが、その改編に伴い両軍の質は強化されるが量は削減されるというケースもないとは言えない。例えば、北のミサイル攻撃と中国の海軍力増強に対処するということになった場合、米軍は第7艦隊を前面に立てて海兵隊をグアムに下げ、自衛隊は陸上自衛隊を大幅に削減して海空に重心を移すといった選択があり得る。いずれにしても、在日米軍が削減されれば自衛隊が増強されるに決まっているというような機械的なトレードオフの問題ではない。

 確かに、これも前号で述べたように、今回の小沢発言は、遊説先の立ち話のような形で、防衛の何たるかの最低常識も持ち合わせていないような番記者に持論の一端を語ったもので、説明不足は否めない。が、小沢はこれまでにもさんざん安保論を語っているし、私にしてみると、冷戦終結直後から日本防衛のあり方について繰り返し論じ、旧社会党が田辺誠委員長だった時代に上原康助議員を座長として組織された同党の安保政策議論に多くの論客と共に参加し、95年から96年にかけては旧民主党結成に向けた政策議論に参画する中で、小沢の安保論についてはほとんど論じ尽くしてきたので、今更こんな幼稚なレベルで小沢安保論への批判が出回るという状況そのものがビックリである。

 そこで今回はまず、古い話になるが、小沢が新進党党首時代の96年6月初めに「サンデー・プロジェクト」に出演して安保論を語ったことをきっかけとした長い論説記事をインサイダーのアーカイブの中から掘り出して再録する。私が上述の社会党の安保政策論議に加わっていた頃はまだ議員でも社会党員でもなかった福島瑞穂さん、お願いだからまずこの13年前の私の記事を読んで、それから少しでいいから安保論議の今の到達点について勉強して下さいよ。

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<INSIDERNo.3641996年6月15日号より再録>
論争:集団的自衛権
——小沢流安保論の面白さ

 新進党の小沢一郎党首は6月2日のTV朝日「サンデー・プロジェクト」に出演して、4月日米首脳会談による日米軍事協力の強化とそれに関連する“集団的自衛権”の問題を含めて、彼の安保論を展開した。それは正直に言ってかなりレベルの高いもので、彼を、冷戦思考から抜け出られない自民党のタカ派や外務省の日米安保至上主義と同質視するのは間違っている。

●安保論の3極化

 すなわち(1)自民党内では、冷戦型の敵対的軍事同盟である日米安保条約の継続を自明の前提として、その下での日米の共同軍事行動を「日本有事の際の米軍来援」から「極東有事の際の日本支援」へと拡張するために“集団的自衛権”の概念を活用せざるをえないが、その場合に集団的自衛権の発動による自衛隊の対外軍事行動を後方支援など非戦闘行為に限定すれば憲法に抵触しないと解釈するか、実際には戦闘・非戦闘の区別など無意味なので必要なら憲法を変えるべきだと考えるか、という2つの流れがあり、前者が主流になっている。

 それに対して(2)小沢は、日米安保の下での集団的自衛権の発動による日本の対外軍事行動は国権の発動としての対外戦争を禁じた憲法に背馳するとしてこれを原則的に否定する一方、将来創設される国連警察軍もしくはそれが出来るまでの過渡的形態である国連決議に裏付けられた多国籍軍に積極的に参加することは、国権の発動ではないので憲法に抵触しないどころかまさに憲法の理念に合致するのであり、その多国籍軍参加の場合に国連憲章42条および51条に言う集団的自衛権の概念を準用することはありうると主張する。

 この小沢の論は、後に詳しく検討するようにいくつかの問題点を含んでいるものの、自民党=外務省の冷戦後遺症に対する脱冷戦の立場からの批判として一定の有効性を持っており、その限りにおいて、(3)リベラル的見地からの「普遍的安全保障」もしくは「協調的安全保障」論と部分的に一致し部分的に競合する関係にある。つまり、(1)自民党的な冷戦思考の延長上での安保観を乗り越えようとする場合に、(2)小沢流の新保守主義的な論理と、(3)旧社会党改革派の普遍的安全保障論やさきがけの国連安保常任理事国入り慎重論に見られるリベラル的な論理とがあって、それは、鳩山新党の結成によってこれからようやく明確になろうとしている政界の“3極化”と照応している。

●未整理な船田の議論

 (1)と(2)(3)は対立関係にあり、(2)と(3)は(1)を乗り越えようとする限りにおいて競合関係にある。ということは、小沢と自民党タカ派の保・保連合は少なくとも安保観をめぐっては成り立ち得ないということになる。他方、鳩山由紀夫の新党づくりのパートナーと目されている新進党の船田元が次のように言って、鳩山らと安保問題で一致出来るかどうか分からないとためらいを見せているのは、彼の頭の中でよく問題が整理できていないことの現れと言える。彼は『現代』7月号の「小沢一郎党首に申し上げる」でこう書いている。

「集団的自衛権の行使について、私は小沢党首のように集団的自衛権を憲法改正なしに解釈の変更だけで認めるなどというのは、極めて乱暴な議論で到底容認できないと考えている。かといって、社民・さきがけのほとんどの人々のように『集団的自衛権は憲法でも許されていないし、許す状況をつくるために憲法を見直す議論をすることさえいけない』という立場も取らない。この問題は国民の見える場所できちんと議論し、合意が得られれば憲法を改正することで集団的自衛権行使を認め、日本の安保政策を一人前にしなければならないというのが私のスタンスである」

 まず彼は、自分の党首の提起していることをよく理解していない。小沢は、日米安保条約ベースの日米軍事協力を極東有事対応にまで拡大する場合に集団的自衛権の概念を適用すべきだとは言っていないし、それが憲法の解釈変更で可能だとも言っておらず、むしろそういう自民党的な議論は「間違っている」「危険だ」と明言している。そうではなくて、国連ベースの制裁行動として多国籍軍に日本が参加する場合に集団的自衛権の概念を準用することが可能で、その場合には憲法の理念と余りにも合致していて解釈変更さえ必要がないくらいだと主張している。とすると船田が「憲法改正で集団的自衛権の容認を」と言っているのは、日米安保条約ベースでの集団的自衛権の容認のために憲法改正を辞さないという自民党タカ派の議論と同化してしまう。それでは彼がリベラル結集の一角を担うことにならないのは当然のことで、彼には、一旦は小沢の安保論のレベルにまで到達した上で、さらにそれをリベラル的に克服する議論に参加することが求められるのではないか。

●小沢のサンプロ発言

 そこでまず、小沢の言っていることを先入観なしに聞いてみよう。彼が6月2日のTV朝日「サンデー・プロジェクト」で田原総一朗の質問に答えた内容を要約すると以下のようになる。

——小沢さんが3月にこの番組で、現在の憲法でも集団的自衛権の行使は可能だと言った時には、冷戦が終わったいま、時代感覚とギャップがあると感じた人が多かった。

「それは、共産主義が崩壊して冷戦が終わって、これでめでたしめでたし、みんな仲良く平和に暮らせると思ったのだろうが、2大強国によるそれなりの秩序が崩れて、もろもろの宗教的・民族的・国家的紛争が出てくる。ユーゴ内戦も、フセインの侵攻もある意味でそうだ。だからそれをきちんと国際社会の共同の責任で、国連中心にして抑えていくことを考えなくてはならない」

●国連の平和維持に参加

——クリントン大統領が来て「極東有事」ということが言われ、政府でもしきりに議論されているが、これを小沢さんはどうイメージしているか。

「極東有事というところだけが取り上げれられるが、ぼくの議論はまったくそうではなくて、日本国憲法は『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して安全と生存を保持しよう』『我らは平和を維持し……ようとている国際社会において名誉ある地位を占めたい』と、自国のことだけ考えていてはダメよ、他の国のことも考えなさいと謳っている。だから日本が平和に暮らしていくためには、世界の国々と仲良くすること、世界全体が平和であることが絶対条件になっている。だからこれまでのように主権国家、独立国家としての論理……主権国家である以上は自衛権がある、自衛権には集団・個別の両方あると、こういう議論から入っていくのではなくて、これはすでに日本国憲法の理念から言えば古い考え方であって、日本国憲法はそういう主権国家の個々の議論ではなくて、世界中がみんなでまとまって平和を維持していこうという議論だから、言ってみれば、世界連邦、地球国家という理想を描いているわけだ。そこで機構として国連があるわけだから、それに日本は積極的に参加する。加盟申請書にも『あらゆる手段で協力する』となっている。そういう意味での世界に対する日本の責任は九分九厘、民生上の問題で、安全保障はごく一部でしかない。だけど民生上の問題はいくらやっても問題にならない。問題になるのは安全保障の部分だから、そこはきちんと認識しておいたほうがいいと私は主張している」

●多国籍軍参加の論理

——国連中心で行くのはいいが、国連軍はまだ出来ていないから、湾岸戦争の場合のように多国籍軍ということになる。そこに日本は……。

「ですから、そこへ行く前に、まず国際社会に参加するのだという論理をきちんと国民が認識し、政治の場で議論しなければいけない。これなしに、すぐに集団的自衛権とか、やれ日米安保の問題を無原則に拡大していこうとする傾向がある。それはいけないと僕は言っている。日本国憲法は戦争を放棄した。ではどうして平和を守るかというと国際社会で協調して守っていく。国連憲章も武力行使は禁止して放棄している。しかし共同の利益を害する行為、あるいは侵略行為、犯罪行為に対してはみんなで安全保障措置、強制措置をとろう。これが国連軍になるわけだが、これにはわれわれは全面参加する。これは憲法で許されると言うよりも憲法の理念そのものだと私は思うのですが、ここの議論をまずやって、それがいいとなってから、では国連軍というのは完璧な形で出来るかどうかという議論に移っていく。ここがまだはっきりしないで有事の際にどうだこうだと言っても意味がない。ただし実際の軍事力行使という場合に、今までも憲章42条に至るまでの手続きの完璧なものは出来ていない。[そこで多国籍軍を作るとなった場合に]それをどう考えるかという問題になってくるわけで、私共はこれに2つの考え方があると。1つは、完璧なものではないけれども、これは国連の平和活動だと国際社会が認知したものは認めるという立場に立てば[集団的]自衛権の論議は要らなくなる」

——そうするとこの前の湾岸戦争の時の多国籍軍は……。

「安保理で決議し、国際社会でフセインの行為は侵略だと認めたのだから、これは完璧に国連軍ではなかったけれども、国際社会の共同の作戦だった。ということならばこれでいいと認めれば、これは1つの筋道だ。しかしもう一方は、これは手続き上完全なものではないから、やはり国連軍と同じように見るわけにはいかないという論議に立つと、それではどういう形で国際社会の役割を果たすか。そこに集団的自衛権の論理を援用することによって、もちろん何でも出来るわけではなくて、前提は国際社会の共同の平和活動ということだが、それに参加する。その2つの考え方がいまあると思う」

●自民党の議論は危険

——日米防衛協力のガイドラインを見直すについて橋本首相は従来の憲法解釈の中で波風立てないようにやろうということになってきたが、これをどう思うか。

「こういうやり方は反対です。非常に危険だと思います。要するにさっき申し上げたような憲法上のきちんとした議論と認識なしに、アメリカから勧められてからこうするとかああするとかいうのは非常に日本的なやり方だが、非常に危険でよろしくないと思っている。なし崩し的、場当たり的、泥縄的で、こういう事態にその時その時対応して、極東の範囲を拡大するとか日本の役割を拡大するとかいう形になると、余り例はよくないが、例えばベトナム戦争のようなものにも日本は参加できるのかという類の誤解を、あるいは可能性を開くことになってしまうわけで、僕はあくまで日米安保は基本的に2国間の条約であって、直接的な日本に対する脅威がない限りは共同行為とならないわけで、そういう意味で拡大解釈は危険だと……」

——そうすると、極東有事に日本は何をするか、後方支援くらいはやるとかいう話は……。

「そういう切り口が間違いだ。極東が有事だとかいう議論の入り方が逆なのだ。極東であれどこであれ、世界の平和を乱すような行為が起きて、それに対して国際社会が侵略だ犯罪だとみなせば、共同の制裁行為がある。それが基準になるのであって、その時は日本は全面的に参加する。しかし、ベトナム戦争は国連や国際社会で認知された行動ではなく、南ベトナムとアメリカとの集団的自衛権の問題だった。こういうものは日本は参加できないと言えばいい。ただし、極東でどこかの国が平和を乱すようなことをして、それが国際社会で侵略だと認めたら、こういうケースがどうのこうのという問題ではなくて、日本は参加する。ただ、それは日米安保と矛盾しないかという議論をする人がいるが、矛盾しない。なぜならアメリカももう今後は国際社会の世論に逆行するような大規模な軍事行動は出来るはずがない。やはり国際世論をバックにして平和を乱す侵略的、犯罪的行動に対する制裁であって、それに日本も参加するのだから、結果的にアメリカと共同行動するかもしれないが、それはアメリカとの共同行動ではなくて国際社会全体の共同行動である。アメリカが全く独自で勝手な軍事行動をとる場合に日本はそれに参加する必要はない。今それがごっちゃになっている」

●邦人救出には反対

——小沢さんが集団的自衛権についてこの番組で語ったら、朝日新聞が社説で集団的自衛権に踏み込むことは海外での武力行使に道を開くことになる、アメリカの戦争に日本が巻き込まれる可能性があると書いたが、これはどうか。

「私の主張をまったく理解していない。国際社会の平和を乱す行為に国際社会が強制行動をとる場合に参加する。その時国連の機能が完璧ならば、さっき言ったように個々の自衛権の論議は要らない。例えば日本の国内で誰かが殺人を犯したからといって、普通の人がだからお前を処刑するというわけにはいかず、必ず警察が、司法が判断する。それと同じように、日本が勝手にやってはいけない。だから僕は日米安保の無原則ななしくずしの拡大解釈はいけないと言っている。だから朝日新聞のその論調のように、憲法論議をごまかして徐々に拡大していくというのは危険だ」

——いま政府はガイドラインを見直して、米軍が出動した時に邦人救出から後方支援までのグレーゾーンの部分を変えようとしている。

「政府は旧来の解釈をそのままにして、実態を拡大しようとしている。政府の従来の解釈で言えば、戦闘行動が予想される地域で邦人が孤立しても、武力行使は禁止だから救出は出来ない。死んでも仕方がないということだ。それをきちんと憲法解釈をしないで、邦人救出が大事だからとかなんとかいう名目でやるとすれば、それは戦前の軍部がやったことと同じ論理になってしまう。邦人救出、権益確保と言ってどんどん軍隊を派遣したわけだ。それは非常に危険だ」

——小沢さんは、本当は今の憲法は変えたほうが言いと思っているのか、変えないほうがいいと思っているのか。

「変える必要はないと思う。補足する必要はあると思うが。平和原則と平和主義と憲法の理念は変える必要はないと思う」

——小沢さんは政府の言うグレーゾーンなんて甘っちょろい、もっとドーンと集団的自衛権に踏み込んでしまえと思っていると一般の人は見ているが、これは誤解なのか。

「まったく今のやり方、発想は賛成できない」

●補足的な質問

 この番組では質問者は田原1人に限定するとの条件だったので、終了後に控え室で10分間ほど高野が補足的な質問をしてやりとりした。

——今日の小沢さんの話だと、ほとんど一致してしまうので私は困ってしまう(笑)。ただ決定的に違うのは、多国籍軍のところだ。湾岸戦争にしても結局のところ本質はアメリカの戦争であったわけだし、米英仏を中心とした参加各国の国権行使を束にしたのが多国籍軍であって、いくら国連が追認したとはいえ、安保常任国でさえもソ連と中国は参加していない。だから小沢さんは先ほど2つの道筋のどちらかで多国籍軍に日本「参加する」と言ったが、もう1つ「参加しない」という選択肢もあるはずだ。

「うーん、それは[議論としては]あるだろう。ただ、これは私も知らなかったのだが、旧公明の冬芝議員が教えてくれたところでは、国連憲章のずっと後ろのほうの106条に、国連による共同行動が出来ないあいだ常任5カ国が責任をもって対処するということがちゃんと書いてある」

——それは知らなかった。しかし常任の大国主導の運営に第3世界からは大国エゴだという批判が根強くあるのだから、そのあいまいさを避けるには国連警察軍をちゃんと作ることが先決だ。

「私は、自分たちが政権を持ったら率先してそれに取り組むと言っている」

——自衛隊の3分の1を削って、それをそっくり国連に差し出せばいいと思う。

「そうそう、それは賛成だ」

——えっ、賛成なんですか。弱ったなあ(笑)。それから、さっきのお話では、邦人救出は、やるなら憲法を変えてからやるべきだ、憲法を変えないならやるべきでない、というふうに聞こえたが……。

「私は“極東有事の際に邦人救出”という概念そのものに反対なのだ。邦人であろうと誰であろうと、極東であろうとどこであろうと、救出を求めている人たちがいれば、国連として救出しなければならず、国連がやる以上、それには日本も参加するということでなければならない」

——そうすると、日米安保に基づく集団的自衛権の発動の対象として邦人救出を挙げるのは間違いということだ。

「日米安保は2国間条約だから、日本が(侵略の)脅威に晒された時に米軍と共同行動するのは当然だが、日本にとって脅威がない時に米軍の極東での行動に日本が一緒にやらなければならないということはない。米軍と一緒でも、日本単独でも、自衛権の名による邦人救出のための海外軍事行動はありえない」

●憲法と国連

 冷戦が終わった以上、日本国憲法と国連憲章の初心に立ち返って、新しい安保論議の枠組みを作り出さなければならないという基本認識において、小沢とリベラル派は一致している。高野はかつて旧社会党改革派を中心とする「普遍的安全保障」構想の議論に参画する中で多くを発言してきたが、その一例は本誌No.250(92年5月1日号)の特集「日本国憲法と国連」である。新しい読者のためにその要点を再録すれば……、

▼1946年6月の国会での憲法提案理由説明の中で吉田茂首相は第9条について「かくして日本国は永久の平和を希求し、その将来の安全と生存を挙げて、平和を愛する世界諸国民の公正と信義に委ねんとするものであります」と述べ、さらに本会議での答弁を通じて(1)この規定は直接には自衛権を否定していない、(2)しかし第9条第2項で一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も放棄した、(3)近年の戦争は多く自衛権の名によって戦われた、(4)この条項の期するところは、国際平和団体の樹立に依ってあらゆる侵略戦争を防止しようとするところにある、(5)もし国際平和団体が樹立された場合においては、正当防衛権を認めることそれ自身が有害——と述べた。

▼国際平和団体とはさし当たり国連で、つまり日本の第9条はそれ自体で完結することを予定しておらず、国連が成長してその憲章に謳っているとおり、一国の単位を超えた国際的な警察軍など秩序維持機構が生まれ機能するようになるに連れて、各国ごとの武装力も自衛権も限りなく無用のものになっていくとの想定に立っていた。その意味で憲法と国連憲章は内容的に深く連関しており、1919年の国際連盟規約や28年のパリ不戦条約を含めて国際法上に不戦の原理を確立しようとする人類的な努力の到達点を示していた。

▼しかし国連は初めから二重性を持っており、一面では、第2次大戦の戦勝国が日独伊の復活を警戒しながら引き続き力で抑えつけようとするところに本質があり、そのために5カ国が常任理事国を務める安保理に強大な権限が与えられた。ところがもう一面では国連は、人類普遍の名において世界平和を実現しようとする世界連邦的な理想主義を掲げた。5大国中心主義は、その後第3世界が陸続と独立を遂げて国連に加盟してくると、大国の集団的覇権主義による引き回しという反発を買った。さらに冷戦の激化とともに米ソの駆け引きに翻弄されて、その安保維持機能はほとんど無意味なものになってしまった。

▼憲法と憲章の理想が冷戦の現実によって裏切られ続けた40年間が終わった今、その理想の初心に戻って国際平和主義の実現に立ち向かうのが当然で、この国連中心の国際平和主義によって旧自民党的な一国平和主義的な冷戦ボケと旧社会党的な同じく一国平和主義的な平和ボケを克服しうる……。

 以上が5年前の本誌の主張の要旨である。

●多国籍軍の評価

 国連中心の国際平和主義に日本が積極参加すべきだという点で、小沢とリベラル派に違いはない。旧社会党改革派の議論の中には「自衛隊3分割」論があり、それは現在の自衛隊を国土防衛隊と災害緊急派遣部隊と国連常備軍への派遣部隊に3分割し、その国連派遣部隊は極端に言えば日本国籍を離れた国際公務員として完全な国連指揮下に差し出して、PKOなり紛争介入に従事させるというもので、92年のPKO国会での論議で言えば、自衛隊そのものを出すのでなく別の国連協力専門の部隊を創設して出すという“別組織”論をさらに発展させたものである。それを念頭に高野が小沢に「自衛隊を3分の1削って国連に差し出せば」と言うと、彼は賛成だと言った。

 問題の第1は、そのような国連警察軍のようなものがまだ出来ていない現実の下で、湾岸戦争のように米国主導の多国籍軍が編成された場合に日本がどうするかである。

 小沢は、湾岸戦争型の多国籍軍に日本が参加するのは当然だという立場で、ただしその場合に、国連の決議に裏付けられていれば直ちに国連警察軍に準じるものと解釈して参加するか、国連憲章42条・51条の集団的自衛権の発動を日本国憲法との関わりできちんと位置づけてそれを準用するか、2つの回路のいずれかが採用されるべきだとしている。

 しかしまず、湾岸戦争の多国籍軍が国連憲章上の手続きを満たしていたかどうかは大いに疑問がある。確かに安保理は90年11月29日に武力行使の権限を認める決議を行ったが、モハメド・ヘイカルが『アラブから見た湾岸戦争』(時事通信社)で指摘しているように「イラクを含むアラブ人の専門家の中には、決議それ自体国連憲章に反するものだと論じた者も多かった」し、また「国連のルールが厳密に守られなかった事実は、国連事務総長デクエヤルによっても指摘されている」。

 ヘイカルは別の部分でこうも書いている。「デクエヤルは、多国籍軍が国連軍であるかのような印象、そしてのちにはこの戦争が国連戦争であるかのような印象が出来上がりつつあることを心配するようになった。国連決議は、多国籍軍の基礎となる政治的指令は提供したが、その形成自体を命じたわけではなかった。多国籍軍が青いベレー帽を被らなかったのも、国連旗を掲げなかったのもこうした理由からである。デクエヤルは、国連決議と国連軍の違いを保つよう最善を尽くしたが、メディアの報道が誤った印象を強化しがちだったため、およそ勝ち目はなかった」

 裏返せばあの戦争は、本誌も当時から繰り返し指摘し、ヘイカルもまた書いているように、何よりも、世界の石油の3分の1を消費し、そのための原油の半分をサウジアラビアはじめ湾岸に依存する米国が、その石油ジャブジャブ文明を死守するという意味での国益を賭けた“ブッシュの戦争”だったのであり、それを英国のサッチャー首相がけしかけて真っ先に多国籍軍に馳せ参じたのは、これまたヘイカルが的確に指摘しているように、20世紀を通じて米英がお互いを“特別な関係”と呼んで緊密な同盟関係を築いてきたからだが、その特別な関係の「中身は、中東の石油利権の分け前、ということである」。

 ブッシュの戦争が、米国の巧みな外交とメディア操作によって擬似的な国連の制裁活動として仕立てられて行ったのが実態であったが故に、いくら国連決議があったとしても、常任理事国のソ連や中国は、反対はしなかったが人も金も出しはせず、またヘイカルによると、例えば「デンマーク、オランダ、ベルギーの存在はほとんど(多国籍軍を装うための)政治上の名目に等しく、1カ国につきわずか1人か2人の地雷撤去者しかいなかった」。

 つまり、多国籍軍は仮に国連憲章の手続きに沿って形成された場合でも、なお実態を見ればいくつかの大国の自国の国益のための戦争の偽装にすぎない場合もありうるのであって、日本がそれに無条件に参加すべきだと小沢が言うのは楽天的に過ぎるということになろう。

 それに対してリベラル派は恐らく、多国籍軍が憲章の手続き上、齟齬のないものであることが明らかな場合で、その達成目標と行動様式について国民の合意が得られる場合に限って、自衛隊ではなく予め編成された“別組織”が参加することはあり得ると考えるのではないか。いずれにしても、この点は湾岸戦争の総括を踏まえて大いに論争すべきポイントである。

●国連改革の必要性

 その問題は、国連改革と日本の安保常任理事国入りをどう考えるかという問題ともつながっている。

 小沢は、自分らが政権をとったら国連警察軍の創設に取り組むとは言ったが、その創設されるべき警察軍にしても現状での多国籍軍にしても、それを第2次大戦の戦勝5カ国であり同時に核独占クラブでもある現在の常任理事国に委ねていいのかどうかには触れていない。

 著書『日本改造計画』では国連強化に言及し、「現在の国連機関は戦勝国の国益に合致したものとなっている。安保理の拒否権つき常任理事国制度がその最たるもので……新しい秩序の構築が模索されている今日、このような国連機構は当然、見直す必要があり、日本は改革に積極的に参加すべきである」と述べている。それ自体はそのとおりで、国連の改革案を示さずに大国エゴと指摘されている安保理の現状を容認したまま日本の常任入りを目指している自民党=外務省の路線とは一線を画した考え方であることは分かる。しかし改革の中身・方向には触れていない。

 この問題の焦点は、ともかくも入ってしまって、その後に常任としての発言権をテコに改革に努力すればいいではないかという自民党的立場と、さきがけの田中秀征がかねて主張してきたように、軍事的安全保障中心で50年やってきた国連を、もちろん安保も含むけれども、環境、食糧、人口、麻薬、エイズ、人権など人類共通の切迫した課題に対応出来る「新しい国連」を作る構想を抱いてそのために努力することが先決だというリベラル的な立場(田中・高野・河辺『異議あり!日本の「常任理事国入り」』=第三書館を参照)との違いにある。

 現在の安保常任理事国の体制をおおむね認めるというのであれば、その5大国主導の多国籍軍についても積極的に評価することになるのは当然の帰結だが、前国連事務次長補の功刀達朗も語っているように(前出の本誌No.250参照)、安保理は、5大国が何かと言えば力で世界を動かそうとする「集団的覇権」の道具と第3世界からみなされていて、核を含む軍事力で優勢な者が世界の秩序に責任をもつかのようなこれまでの原理を「軍事力を一切使わずにいかにして平和の構築に寄与するかを基準と」した原理に転換することが求められているのだとすれば、「入ってから改革する」という程度の曖昧な姿勢では嘲笑をあびるだけではないのか。

●有事の前に無事を

 功刀が言っているのはもう1つの論点で、有事の際に国連ベースにせよ日米安保ベースにせよ、どう対応するかというところから話が始まる点では、小沢と自民党は似通っている。それに対してリベラル派は、有事になってからどうするかを議論し準備することを否定しないが(そこは旧左翼とは決定的に異なる)、まず有事に至らないよう無事を確保するための努力に最大限の知恵とエネルギーを投入すべきだと主張するのだろう。

 朝鮮半島に関して言えば、本誌No.361で指摘したように、米韓首脳による「4者」協議の呼びかけをさらにロシア・日本を含めた「6者」へとスライドさせ、さらにそれを朝鮮問題だけにとどまらない北東アジアの包括的な協調的安全保障の枠組みへと発展させていく外交戦略を描くべきである。そのような努力が破れて軍事的対処しかなくなった場合が有事だが、それもまた詳しい事情を見ないで何もかも有事の概念に流し込むのはいかがなものかという問題もある。

 朝鮮情勢に明るい毎日新聞の重村智計は『中央公論』7月号に「朝鮮半島“有事”はない」という端的なタイトルの一文を書き、その中で朝鮮有事として考えられることとして、

(1)戦争が起きる、
(2)北朝鮮で核兵器が完成する、
(3)日本にミサイルが飛んで来る、
(4)北朝鮮から難民が来る、
(5)北朝鮮でクーデタが起きる、
(6)金正日書記暗殺、
(7)金正日書記亡命、退陣、
(8)北朝鮮で大暴動が起きる、

 を列記し、1つ1つ検討している。ほぼ同意見なので多少補足しながら紹介しよう。

 このうち日本が軍事的に対処しなければならない直接の有事は、(1)〜(4)だろう。北朝鮮の通常戦力が日本に侵攻することは考えられず、また半島で戦争が起きて米軍が出動しそれに日本がどういう形にせよ協力を求められた場合、自衛隊が(輸送であろうと邦人救出であろうと)一歩でも半島に足を踏み入れることは韓国も北朝鮮も「再侵略」とみなして決して認めないから、(1)は日本にとって直接の有事ではない。また45年前の“国連軍”が対処する形になった場合は、小沢の論理に従えば、日本が半ば自動的に参戦しなければならないが、それも韓国は望まないだろう。

 (2)の核兵器と(3)のそれを日本に撃ち込むだけのミサイルは、まだ完成していない。(4)の難民は、北朝鮮の人々の対日観からして、まず海を渡って日本に来るよりも陸伝いに北方に逃げる。

 (5)〜(8)は基本的に北の国内での異変や崩壊で、それがきっかけで戦争の危険が高まらないとは言い切れないが、基本的に米国にせよ韓国にせよ、まして日本にせよ、軍事力を用いてどうにかしなければならない事態ではない。それでも万が一、戦争となれば日本にとっては間接の有事である。その時に米軍もしくは国連軍に間接的に何を協力できるかはそれとして検討し議論しておくことは必要だろうが、重村は、それだけでなく「有利」と「有助」のことを論じておくべきだと指摘している。有利とは、日本が再び朝鮮特需で潤うことであり、有助とは戦争や崩壊が起きないために、あるいは起きた場合でも、日本が軍事面ではなくアジアの隣人のために何ができるかを考えることだと彼は言う。

 米国でも日本でも、真の脅威は北朝鮮でなく中国だと見る人もいる。中国が台湾を武力解放しようとすることはないとは断言できないが、その場合も中国・台湾双方にとって基本的にそれは国内問題であって、日本にとっての直接の有事ではない。しかも一方の当事者は中国なので、この場合に国連は全く機能せず、米軍が台湾側に立って介入したとしても、それは日米安保ベースで日本の対応が問われるケースになる。小沢が言うとおり、この場合は米国が行動したから必ず日本が追随しなければならない理由はない。

 要するに「極東有事」というがその実態は何かをよく見極めて、他国が手をだすべきでないし出すことも出来ない国内問題と、間接的には影響を受ける有事であって米軍もしくは国連から何らかの協力を求められる場合と、直接の有事で日本が単独ででも軍事力を用いて対処しなければならない場合とをよく区別して、しかも起こったらどうするかだけでなく、そのそれぞれが起こらないようにするにはどうするかを含めて、激越でない議論をしなければならない。

 こうして、小沢の安保論はいくつかの問題点をはらんでいるとはいえ、その基本的な論理構成においてリベラル派の人々が大いに論争するに値するものである。日本の政治地図の中に本格的なリベラル政党が出現するかどうかは、今や「鳩船新党」の行方にかかっているが、その鳩と船は安保論で十分な議論を熟させていない。そこにこの動きの成否の鍵の1つがある。▲

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