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2009年2月28日

INSIDER No.481《ANPO》小沢一郎発言「在日米軍は第7艦隊で十分」の見識・その2──米軍削減=自衛隊増強という固定観念

 問題の2つ目は、政府・与党側からの反論も社共両党など左からの意見も、共通して、米軍の兵力を削減すればそれだけの分、自衛隊を増強して自主防衛力を増強しなければならないという頑なな固定観念に囚われていることである。

 小沢は発言の中で、「私たちもきちんとした世界戦略を持ち、どういう役割を果たしていくか。少なくとも日本に関係する事柄は、もっと日本自身が役割を分担すべきだ。そうすれば米国の役割は減る」「自分たちのことは自分たちでやるという決意を持てば、米軍が出動部隊を日本に置いておく必要はない」と言い、そこを捉えて町村は「自前の防衛予算を3倍から5倍にしようとする暴論」と、また社民党の福島も「軍備増強にはとにかく反対」と、似たような反応を示した。

 ところが民主党の鳩山由紀夫幹事長は小沢発言について、「日本の軍事力を増強するという発想に立ったものではないと理解している」と語り、在日米軍を減らしても日本の自主防衛力を増強しなくて済む道筋がありうることを示唆している。

●多元方程式

 この議論は複雑で、いくつもの方程式を重ね合わせていかなければ解けない。

 第1に、既に述べた脅威との関係である。脅威の性質と強度——つまりどの国が(と言っても実際には北朝鮮と中国だが)どのような様態で(核を含むミサイルによる全土破壊もしくは首都か主要米軍基地などに限定した攻撃、陸海空総動員による渡洋上陸侵攻・対日占領、特殊部隊潜入による原発破壊などゲリラ行動、等々)、どのような戦略環境条件の下で、日本の独立と安全を致命的に脅かすような侵略行動を仕掛けてくる少なくとも潜在的可能性が存在するのか——が確定されて、それに対処するに現在の在日米軍と自衛隊の兵力・装備・配置が適正であるという前提が成り立っているなら、米軍削減は直ちに自衛隊増強を以て穴埋めしなければならない。しかし脅威が確定されておらず、従って日米両軍の適正について議論する基準が存在しないのであれば、その増減の可能性について検討することすら出来ない。米軍削減が即、自衛隊増強に繋がるというのは、長く続いた防衛に関する思考停止状態が生んだ単なる固定観念である。

 私見では、旧ソ連の対日上陸侵攻の脅威が消失した後では、日本が直接侵攻される危険は著しく低減しており、恐らく、現在の陸上中心の自衛隊の編成を抜本的に改めて、海空中心の超ハイテクの専守防衛部隊を建設することによって、日本防衛の態勢はほとんど自主的に賄えるのではないかと思われる。

 第2に、米軍の遠隔投射能力との関係である。今述べたように「日本に関することはもっと日本が役割を分担する」(小沢)ようにしても、万全ではないので、いざという時の米軍来援の約束は、少なくとも当分の間、必要だが、かと言って例えば沖縄に海兵隊が常駐していることが必要ということにはならない。遠隔地に向かって戦闘部隊を急派・投入する米軍の能力は昔とは比較にならないほど高まっていて、グアムかハワイか米西海岸に常駐する海兵隊が飛来すればそれで済むのではないか。その時点では、沖縄の嘉手納基地や東京の横田基地は返還されて民用空港になっているが、いざという時には軍事利用に全面開放する協定も結んでおく。

 96年に結成された旧民主党は、綱領的政策の柱の1つに「常時駐留なき安保」を掲げ、いつまでも米国の言いなりに基地を提供し多大な「思いやり予算」まで注ぎ込んでいるのを止めて、日米対等の立場で米軍基地の機能を1つ1つ吟味して、不要なものは返還させたり統廃合させたりして、特に沖縄の過大な基地負担を減らしていくと主張した。その考え方は、民主党結成過程で横路孝弘が提起し、鳩山や菅直人らが賛成して定式化されたもので、当時鳩山は『文芸春秋』誌上で民主党の立場について論じた中でそれを詳しく述べていた。98年の民主党再結成の際にその路線は消えてしまったものの、民主党にとって本来、小沢の考え方は唐突なものではない。

 第3に、日本の対米コンプレックスとの関係である。日本の政権与党は未だかつて、そのように米軍基地と在日米軍の存在意義を1つ1つ採り上げて情報開示を迫り、要るものは要るし要らないものは要らないという是々非々の姿勢を示したことはなく、その意味で占領以来の対米コンプレックスに基づいて事実上主権を放棄するかの屈従的態度を取ってきた。それが米国を増長させてきたのである。

 小沢は27日横浜で、自らの発言の反響の大きさに関連して、「できる限り自国の防衛に関係する役割を果たせば、米軍の負担は少なくなるという当たり前の話をしただけだ。米国の負担が軽くなれば、それだけ在日米軍も少なくて済む。具体的なことは、政権を取ってから米国に聞いてみないと分からない」と語った。歴代の自民党政権は「聞いてみる」こともしてこなかったのだから、それだけでも政権交代する意味があると言えるのではないか。

 第4に、それでも残るのは、在日米軍の対外的機能との関係である。在日米軍は現在では、極東のみならず中東から西太平洋までの地球半分で縦横に作戦を展開するための拠点として日本を確保し続けることが主眼であり、日本防衛への協力は「ついで」というかむしろ口実に過ぎない。とすると、沖縄の海兵隊にせよ、横須賀を母港とする第7艦隊にせよ、横田や三沢の空軍にせよ、それが本当にそこに存在することが必要なのかどうか、グアムやハワイではなぜダメなのか、日本防衛の機能だけでなく対外的機能についても同様に1つ1つ吟味する必要がある。その結果、小沢の言うように「第7艦隊の母港機能は他を以て代え難い」ということで日米納得するのであれば、存続させることになる。

 米国としては、在日基地と思いやり予算は“既得権益”であり、日本の無知・無力に付け込んで脅したりすかしたりしながらいつまででも維持したい。それに黙って従うのが「日米同盟重視」だと言うのは明らかに間違いで、きちんと対米交渉の俎に乗せなければならない。

 その際、言うまでもなく日本が米軍の対外的機能を代替するという選択はあり得ない。小沢も27日の横浜発言の中で「日本が他国の有事に参加することはあり得ない」と明言している。あくまでも、在日米軍と基地の対外的機能を認めた上で、そのどれがどう必要なのかを問いただすことである。

 こうして小沢発言は、いつもの彼の癖で、党内幹部や安保関係の部会などで議論して体系立って発表したものではなく、記者の質問に答える形で持論を述べただけのもので、それだけに誤解や曲解を生みやすいが、民主党が次期政権を担う可能性が高まっている中での1つの問題提起としてなかなか面白い。同盟とは単に言いなりになるということではないというごく当たり前のことが通用する時代を拓かなければならない。▲

2009年2月27日

INSIDER No.480《ANPO》小沢一郎発言「在日米軍は第7艦隊で十分」の見識・その1──脅威の見積もりなしに行われる議論の不思議

 在日米軍再編に関連して小沢一郎民主党代表が「第7艦隊がいれば十分だ」と発言したことが波紋を呼び起こしている。

●小沢発言

 小沢の発言は次の通りである。

▼ただ米国の言う通り唯々諾々と従っていくということでなく、私たちもきちんとした世界戦略を持ち、どういう役割を果たしていくか。少なくとも日本に関係する事柄は、もっと日本自身が役割を分担すべきだ。そうすれば米国の役割は減る。この時代に前線に部隊を置いておく意味はあまりない。軍事戦略的に第7艦隊が今いるから、それで米国の極東におけるプレゼンスは十分だ。あとは日本が極東での役割をしっかり担っていくことで話がつくと思っている(24日、奈良県香芝市で記者団に)。

▼(米空軍などは)いらないと言っているのではなく、日本もきちんとグローバル戦略を米国と話し合って役割分担し、その責任を今まで以上に果たしていかなければいけないという意味で言っている。日本も米国におんぶに抱っこになっているから。自分たちのことは自分たちでやるという決意を持てば、米軍が出動部隊を日本に置いておく必要はない。ただ、どうしても東南アジアは不安定要因が大きいので、米国のプレゼンスは必要だ。おおむね第7艦隊の存在。あとは日本の安全保障、防衛に関連することは日本が、自分のことなんだから果たしていくということだ(25日、大阪市で記者団に)。

●それへの反応

 これに対して政府・与党側や在日米外交筋からは25〜26日にかけて一斉に反発が湧き起こった。

▼「日本の周りには核実験をし、搬送手段を持ち、日本を敵国かのごとく言っている国が存在する。その時に同盟国である米国が海軍だけ。あとは空軍も海兵隊も陸軍もいらないと。防衛に少なからぬ知識がある人はそういう発言はしないのではないか」(麻生太郎首相)
▼「自前の防衛予算を3倍から5倍にでもしようかという勢いかもしれないが、暴論以外の何ものでもない」(町村信孝元官房長官)
▼「(小沢発言は)日本の軍備増強でカバーしていく発想。民主党の旧社会党系、共産党、社民党の方々がよくご一緒に行動しておられるなと思う」(伊吹文明元幹事長)
▼「日米同盟にひびが入る。民主党政権が実現すると、我が国の安全保障は根底から覆される。次期総選挙の争点だ」(山崎拓元防衛庁長官)
▼「極東における安全保障の環境は甘くない。空軍や海兵隊などの必要性が分かっていない」(ケビン・メア駐沖縄総領事)

 また本来的に反安保の社民党・共産党からは戸惑いのコメントがあった。

▼日本は世界全体が軍縮に向かうイニシアチブを取るべきだ。軍拡の道を進むことで(米国の)イコールパートナーになるのは間違っている(志位和夫共産党委員長)
▼「軍備拡張にはとにかく反対だ」(福島瑞穂社民党党首)

●何が問題か

 第1に、このような議論が全体として不毛なのは、冷戦が終わって旧ソ連の脅威が基本的に消滅した後で、この国がいかなる現実的・潜在的な軍事的脅威に直面しているのかという冷静な「脅威の見積もり」(という防衛論の大前提)を欠いたまま行われていることである。

 そもそも旧ソ連の対日脅威というのも、実体的には、戦闘爆撃機によるエアカバー(爆撃等による制空)の下での空挺部隊や特殊部隊の降下は可能であっても、主力の機甲師団の渡洋上陸による本格的な侵攻は、ウラジオストック港への渡洋上陸艦の集結が行われていない状況では全くの潜在的脅威に止まっていた。ところが当時マスコミは、潜在的と現実的の区別など(意図的に?)無視して脅威が差し迫っているかに煽り立て、とりわけ週刊誌などは「ある日突然、札幌のあなたの家の庭先にソ連軍の戦車が!」などと面白おかしく書き立てた。そういう無責任な記事のために、青森の女性が稚内の男性に嫁ぐ縁談が女性の親の反対で破談になったという笑えない実話さえ生まれたほどだった。

 実際に現地の指揮官などと個人的に議論すれば、現実的な脅威が差し迫っている訳ではなく、もしそうならすでに自衛隊も迎撃のために臨戦態勢に入っていなければならないが、そういう事態とは認識していない旨明言する。しかし、防衛省や政府・与党にしてみれば、脅威が迫っていることにしておいた方が防衛予算も通りやすいので、そのような報道の過熱を放置するどころか、恐ろしげな情報をリークするなどして裏から火に油を注ぐような真似さえする。

 そのように、脅威は元々大げさに扱われやすいもので、その最悪の事例の1つが、「サダム・フセインが大量破壊兵器を隠していて、それが今にもテロリストに手渡されようとしている」というイスラエル情報機関が流した偽情報にブッシュ前大統領が引っかかってイラク戦争を始めてしまったことである。

 さて、冷戦が終わって旧ソ連の脅威は潜在的なレベルでさえもほぼ消滅し、それならばそれを主敵として組み上げられてきた在日米軍と自衛隊の兵力・装備・配置、さらに両軍の日本防衛のための共同作戦計画も大幅に縮小する方向で徹底的に再検討されなければならなかった。が、不思議なことにそういう動きは一切起こらず、例えば陸上自衛隊は3000両の戦車を北海道に配置して旧ソ連の上陸強襲作戦に備えるという構えを、今日に至るも基本的には崩していない。そうこうする内に今度は北朝鮮のミサイルが脅威だということになり、それでも足りないとなると、中国の海軍力の増強が著しいことが盛んに採り上げられた。北のミサイルは米国による“先制攻撃”を抑止しつつ外交交渉の切り札としても活用することが狙いであり、また中国の海軍増強は、米第7艦隊と少なくとも緒戦において張り合えるだけの力を持たないと「いざとなれば台湾を武力解放する」という建前が維持できないからである。いずれも米国との関係の上で企図されていることであり、日本に軍事攻撃を仕掛けることは特に予定されていない。ところがそんなことはお構いなしで、北が怖い、中国が危ないという世論操作が罷り通る。民主党の前原誠司元代表が米国で演説して「中国の軍拡は日本にとって現実的な脅威だ」と言ったのは、明らかに防衛省の情報操作に乗せられたもので、彼が防衛に関して素人であることを露呈したものだった。

 こうして、冷戦時代からポスト冷戦20年を経た今日まで、この国は本当のところ、どこからの、どういう種類の、どのくらい大きな脅威に直面しているのか、正確な認識を持ったことがない。その状況をそのままにして、在日米軍にせよ自衛隊にせよ、その兵力・装備・配置が適正であるかどうかを議論すること自体が珍妙である。

 もちろん、上述のように旧ソ連の脅威が元々過大に言われていて、その脅威の相手を北朝鮮と中国に“横滑り”させながら基本的に冷戦時代と変わらない態勢を維持してきた訳で、どちらにしても日本防衛の目的からして在日米軍は過大であるに違いなく、小沢が言うのは正しい。ただし彼も、日本が晒されているのはどういう脅威であって、だから第7艦隊の象徴的存在で十分なのだということを説得的に説明する必要があるだろう。また、第7艦隊を含む在日米軍は、日本防衛の約束のためだけに居るのではなく、西太平洋からインド洋、ペルシャ湾までの地球の半分での米軍事戦略の展開の最重要拠点として日本を利用しているという側面があり、それを日本としてどこまで許容するのかという問題もある。

 それに対して政府・与党側の批判は総じて、自分の頭で脅威の性質と適正な日米兵力の水準について考えたことのない人の発言で、つまりは「米国が必要だとおっしゃっているのに、なんて小沢は失礼なんだ」ということに尽きる。こういう思考が日本のあるべき防衛の姿を見えなくしてきたのである。[続く]▲

2009年2月17日

INSIDER No.479《KANPO》鳩山邦夫は旧郵政官僚の操り人形ではないのか?──「かんぽの宿」売却問題の怪しい背景

 15日のサンデー・プロジェクトでは、郵政民営化推進の立役者だった菅義偉=自民党選対副委員長(当時総務副大臣)とそれに反対して自民党を離党することになった亀井静香=国民新党代表代行との対論がメインだったが、その中で、コメンテイターの財部誠一が「かんぽの宿」の一括売却問題を巡る鳩山の言動について「3月の郵政民営化見直しの期限にタイミングを合わせて旧郵政官僚が西川の首を掻くことを狙って仕掛けた陰謀ではないのか」という趣旨のことを問うたのに対し、菅は番組中では「背景には色々な動きがある」と奥歯に物が挟まったような答え方をしたものの、番組終了後には財部に近寄って「あれは陰謀ですよ」と明言した。

 鳩山邦夫総務相が“正義の味方”であるかのようにメディアからも野党からも持ち上げられているが、実は彼は、総務省=旧郵政省官僚の郵政民営化への恨みに根ざした日本郵政=西川善文社長に対する意趣返しと改革の揺り戻しの手先として操られているだけではないのか。そうだとするとこの一件は、麻生太郎首相自身の「元々反対だった」発言と表裏一体の、「官から民へ」の改革の流れに逆行しようとする麻生政権の反動性の現れでしかない。民主党はじめ野党が揃って鳩山大臣に調子を合わせているのは「笑っちゃうくらい」の話ということになる。

●陰謀のシナリオ?

 田中良紹がTHE JOURNAL2月7日付「かんぽの宿のイヤな感じ」で「鳩山総務大臣の個人の正義感だと思うほどおめでたい人間は政治の世界にはいないだろう。その意図が何かを突き止める事が先決である。総務省と日本郵政の内部にシナリオを書く者がいる。鳩山大臣はそれに振り付けられて躍っているだけだ」と述べている。実際に誰がシナリオを書いたのかについて証拠はないものの、旧郵政省の総務省官僚や旧郵便局の職員の中に、民営化そのものに激しい反感を抱き続ける者がいて、自民党内に昨秋発足した民営化反対=造反組を中心とする議員連盟「郵政研究会」とも連動してこの騒動を仕掛けたという推測は大いに成り立ちうる。

 昨年10月10日の郵政研究会の初会合では、最高顧問に就任した川崎二郎が「郵便局会社と郵便事業会社を本当に分ける必要があったのか。いつの間にか4つの会社に分かれたが、見直していいんじゃないか。株の持ち合いをきちんとしないと持たなくなるという議論もあった。合わせて検証していきたい」と挨拶、郵便局会社と郵便事業会社の一体的な経営の確保、日本郵政・ゆうちょ銀行・かんぽ生保の株式上場の“弾力化”(つまり政府が100%保有する株式を2010年を目途に上場・売却する方針の凍結)と相互株式持ち合いによる連携強化などを求めていくことを決議した。彼らとて、今更郵便事業を国営に戻すことが出来るとは考えていないだろうが、4分社化を中心とする民営化スキームを大幅に修正して組織を再々編し事実上の官営事業として存続を図ろうとしているに違いない。

 これを受けて11月には自民党政務調査会が正式の党機関として「郵政民営化推進に関する検討・検証プロジェクトチーム」(座長=中谷元・元防衛庁長官)を発足させた。正式機関だけに、民営化推進派にも配慮してあくまで「民営化推進」の立場からの検討という形を採っているが、そこでの議論も4分社化の再検討を中心とする揺り戻し路線であることに変わりはない。

 実際に見直し内容を決定し首相に意見を述べるのは、郵政民営化法に定められた「郵政民営化委員会」(委員長=田中直毅・国際公共政策研究センター理事長)であり、田中はじめ5人の委員は言うまでもなく小泉・竹中が任命した人たちであって、自民党や総務省が何を言おうと受け付けない公算が大きい。そこで、かんぽの宿問題をスキャンダルに仕立てて西川善文日本郵政社長を叩き、あわよくば首を取る一方で、鳩山総務相と麻生首相を巻き込んで民営化推進の流れに歯止めをかけようとする陰謀シナリオが描かれたのだろう。

●粗雑すぎる鳩山の議論

 鳩山の主張の第1は「オリックスの宮内会長は規制改革会議の議長をやり、郵政民営化の議論もそこでなされた。そこに一括譲渡となると、国民が出来レースではないかと受け取る可能性がある」というにある。

 確かに宮内は規制緩和の急先鋒であり、その関連の政府審議会の長を10年以上にわたり歴任している。小泉・竹中時代には「総合規制改革会議」の議長だったが、オリックスの1月7日付プレスリリースによると、同会議でも、その04年3月廃止後に設けられ引き続き宮内が06年9月まで議長を務めた「規制改革・民間開放推進会議」でも、答申中に「郵政民営化」のテーマは出て来ていない。また竹中平蔵も1月19日付産経の「ポリシー・ウォッチ」で、「郵政民営化のプロセスに規制改革会議が関係したことはない。基本方針を決めたのは経済財政諮問会議であり、制度設計は内閣官房の準備室が行った。その際にいくつかの委員会も作られたが、宮内氏がそのメンバーになったことはなかった。同氏が郵政民営化にかかわったというのは、ほとんど言いがかりのようなものである」と述べている。

 竹中はさらに次のようにも言う。

「より重要なのは、民間人が政策過程にかかわったからその資産売却などにかかわれない、という論理そのものに重大な問題があることだ。今や政策決定における民間人の役割は極めて大きなものになっている。経済財政諮問会議や各省の審議会・委員会にも民間人が関与する。しかし、いったん政策が決められたとして、それに関係する経済活動がその後できないとなると、民間人はだれも政府の委員会メンバーになどならなくなる。郵政民営化の枠組みを決めた諮問会議の民間議員は、郵政の株が売却される際、それを購入してはいけないのか…。これは、政策決定における民間人排除の論理に等しい」

 その通りで、宮内は広い意味の小泉・竹中人脈の一角には違いないが、直接に郵政民営化の議論に加わったわけではないし、仮に議論に加わっていたとしても事後的にこのような契約の当事者となるのは、公正な手続きを経てさえいれば何の問題もない。これがダメだと言うなら、例えば医師の診療報酬などを決める厚生労働省の審議会に初めから利害当事者である医師会代表が加わっているのはもってのほかだということになる。

 鳩山の言い分が罷り通れば、竹中が多用して成果を上げた、民間有識者を審議会等に入れてバンバンと提言ペーパーを繰り出して官僚の保守・保身を押さえ込むという手法が、最終的に息の根を止められる。官僚の思うつぼである。

 鳩山の主張の第2は「なぜ一括売却しなければならないのか」ということである。

 一括については、そうするより仕方がなかったのではあるまいか。70施設のうち黒字なのは10程度と言われており、他はトントンか赤字で、07年度の日本郵政の赤字負担は40億円に上る。2012年9月末までに売却すると法で決められている中で、1件ずつ買い手を探しているのでは到底時間的に間に合わないし、しかも事業の継続と雇用の維持を条件にしている以上、黒字施設はすぐに売れても赤字施設には買い手が付かず、売却が難航することが予想される。だからこそ比較的優良な施設とそうでないものを抱き合わせにしてパッケージにし、一括して引き受けて貰う以外に方法がなかったのではないか。事業を廃止し雇用も放棄するのであれば、残った土地・建物を単なる不動産として売却するのだから、109億円よりだいぶ高く売れるかもしれないが、それでは、元々簡保加入者の保養・福祉施設だった時代からの愛用者の利益も従業員の生活も守ることが出来ない。鳩山は、これが事業譲渡であって不動産売却ではないということを理解していないように見える。

 鳩山の主張の第3は「土地取得代・建設費2400億円の70施設がなぜ109億円で売られるのか。少しでも高く売却出来るようにするのが私たちの務めだ」ということである。

 「2400億円で作ったものをたった100億円で?」という言い方も粗雑に過ぎていて、まさにこれを不動産売却と混同していることを示唆している。事業譲渡である以上、赤字施設の価値はゼロであって、それを作った積算費用がいくらであるかは関係ない。野党議員の中にも、「簡保は加入者はじめ国民の財産であり、それをこんな値段で…」などという者がいるが、それを言うなら、そもそも旧簡保がその国民の財産を2400億円も費消してほとんどが赤字の施設を100近くも作って簡保幹部の天下り先にしてきた、そのデタラメ経営の責任こそ改めて問うべきだろう。

 他方、109億円が高いか安いかというのはそれだけで計ることが出来ず、オリックスにせよどこにせよ引き受けた企業は、当分の間、年間40〜50億円の赤字の補填の他に恐らく数百億円を注ぎ込んで赤字施設の黒字転換を図らなければならないはずで、そこまで含めて是非を評価すべきである。

 ここまで大騒ぎをしてストップをかけた以上、鳩山と総務省は西川に対して別の名案を示さなければならなくなった。しかも2012年の売却期限に間に合うように。どんな案が出てくるのか見物である。

●民営化の本質はどこへ?

 さて、このかんぽの宿問題は実のところ瑣末な話であって、郵政民営化を巡って今問い直さなければならない最大の問題は、日本最大の銀行(ギガバンク)となろうとしているゆうちょ銀行を日本の21世紀金融戦略の中でどう位置づけるのかということである。

 元々郵貯民営化の本質は、日本国民が明治から100年かかって築き上げてきた郵貯・簡保350兆円という世界最大の国営銀行にして日本最大の銀行を、旧大蔵官僚のやりたい放題の管理下から解き放って民間金融の体系に組み込むという、まさに「官から民へ」の世紀の大手術にあった。

 本誌がしばしば述べてきたように、旧大蔵省は発展途上国型の官僚主導の心臓部であった。「財政・金融一体」のスローガンの下、一方では税のほとんどを中央に吸い上げて省庁縦割りの予算として配分し、また郵貯・簡保を原資として財政投融資として旧公社・公団・財団などに注ぎ込み、あるいは国債を買わせ、他方では銀行はじめ証券・保険も含めた金融界を「護送船団方式」と呼ばれたほどに緊縛して右へ行け左へ行けと支配することを通じて、財政・金融両面から日本経済の血液たるマネーの循環の元栓を握ってきたことである。

 ところがその金融における政官業癒着の体制が、バブルの創出とその破裂を生み、不良債権問題という100年来最悪の金融スキャンダルを引き起こした。日本経済を10年以上にもわたって苦しめた不良債権問題の主犯は疑いもなく旧大蔵省のデタラメ金融行政にあったのであり、それに対する政治的な懲罰として、98年の金融庁の発足と旧大蔵省の看板引き下ろし=財務省への改編、そして日銀法の改正による介入権限の制限という革命的な改革の第一歩が踏み出されたのだった。ちなみに、これも本誌が前に書いたことだが、この時、最後の大蔵事務次官、最初の財務事務次官として「財政・金融分離」に徹底的に抵抗した筆頭が武藤敏郎であり、そんな人物を福田康夫前首相が日銀総裁に据えようとしたのは、98年の財金分離革命を台無しにする行為であって、野党がそれに反対して潰したのは当然だった。

 しかし不良債権の処理は長引いて、結局は小泉政権下で竹中が強権を用いてケリをつけた。そこで小泉・竹中コンビが間髪を入れずに着手したのが、郵政民営化だった。その意味するところは、金融の機能を奪われて半身になった財務省の徴税と予算、郵貯・簡保と財政投融資という2大財政機能のうち後者を同省から剥奪するにあった。350兆円が官僚とそのOBたちの食い物にされているのを放置するのでなく、民間金融の中で生き生きと自由に活用されるように大転換を図ることが出来れば、21世紀の日本経済は金融面から大いに元気を与えられることになる。これこそが、98年に続く革命的改革の第2弾となるはずだった。さらに付け加えれば、財務省のもう1つの重大な機能、すなわち徴税・予算の権限を剥奪するのが「地方分権」もしくは「地域主権国家への転換」で、これが革命的改革の第3弾となることが期待されている。

 革命的改革の第2弾を実現するためには、一方では、不良債権処理を終えた後の日本の金融のあり方について構図を描き上げ、他方では、これから民営化される郵貯・簡保をその中にどう位置づけるかの大議論を巻き起こすことが必要だった。ところが自民党内からは「郵便局の数が減ったら大変」とか「ハゲタカファンドに食い物にされたらどうするんだ」といった低次元極まりない反対論が高まって、議論は完全に本質から外れた方向に流れていって、挙げ句の果てに「民営化に賛成か反対か」という単純化された争点による郵政総選挙、刺客騒動となってしまった。

 その結果、今日もなお日本の金融の将来像は不明確なままで、一体ギガバンクを日本の金融体系の頂点に位置づけるのか、いや貸し出しも取り立ても運用もろくにやったことのないゆうちょ銀行を頂点に置くわけにいかないから3つのメガバンクの横か斜め上あたりに置くのか、それともかつて京都大学の教授たちが提言したように地域分割してローカル・バンキング(地銀、信金・信組)のバックアップをしながら「銀行とは何か」を学ぶようにするのか、何も定まっていない。これではせっかく民営化しても日本の金融に大元気をもたらすきっかけにはならない。メガバンクの大物経営者出身の西川社長に問うべきは、まさに世界の金融が大変調に陥っている中での日本の金融戦略の方途とその中でのゆうちょ銀行の位置づけであって、過去の不良資産の売却の仕方などという枝葉末節ではないはずである。

●絶好のチャンスなのに

 10〜12月の四半期GDP速報で年率換算12.7%のマイナスというのも、金融資本主義の暴発が必要以上に実体経済と人々の生活を傷つけていることが主な原因であり、財政出動による目先の景気対策よりも、長期的な成長戦略とそれに沿った金融再建方策こそが危機脱出の決め手となると考えられる。

 いま政治が知恵を注ぐべきはそのことなのに、郵政民営化問題は4分社化か3分社化かなどというまたもや瑣末なところに流れ、加えてかんぽの宿騒動となって、何をしているのか分からなくなっている。

 15日のサンプロで私は亀井に「今なお民営化反対と言うが、では350兆円を大蔵官僚の手に委ねておいた方が良かったということですか」と問うたのは、少しでも議論を本質に引き戻したいという願いからだった。彼の答えは「いや、私は財務省と戦う立場だ。ただハゲタカに食われると…」などとハッキリしない答えだった。他方、菅に対しては、「民営化は正しかったが、その先、日本の金融体系の中にギガバンクをどう位置づけるのかの構想が小泉にも竹中にもなかったことが欠陥だ。菅にはあるのか」と質問したが、「これからしっかりやっていく」というような話だった。

 米国はじめ世界の金融資本主義が倒壊している中で、日本こそが「モノづくり大国」としての生き方とそれに相応しいカネがカネを生むのでないまっとうな金融のありかたについて新しいモデルを提示しうる絶好のチャンスが訪れているというのに、政治がこれではせっかくのチャンスを生かすことが出来ない。▲

2009年2月12日

INSIDER No.478《ASO》麻生内閣支持率また下落──郵政民営化での迷走発言が響く

 10日付朝日新聞が発表した麻生内閣支持率は、1カ月前の19%から5ポイント下落して14%、ついに10%台前半に突入した。不支持率は6ポイント上がって73%だった。また同日付読売新聞では、支持率19.7%、不支持率72.4%だった。下げ止まらない内閣支持率に加えて、これから覆い被さってくるのが景気指標の悪化で、16日に内閣府が発表する昨年10〜12月の四半期GDP速報は恐らく実質で年率換算10%以上のマイナスとなり、国民の不況感は一段と深まる。

●「5月解散」は無理?

 首相周辺と自民党執行部が描いている戦略は、ここは耐えに耐えて、09年度予算案と関連法案を出来るだけ年度内に成立させて、ともかくも「定額給付金」をバラ撒いて国民の気分を一新し、支持率も30%程度にまで回復した上で、「5月(連休明け?)解散、5月下旬ないし6月初め投票」というものである。

 しかし、第1に定額給付金は国民の7割以上が「要らない」と言っていて、支持率回復の決め手にはならない。首相は「カネを貰って嬉しくない奴はいないはずだ」と高を括っているようだが、国民は「そりゃあカネを貰えば嬉しいが、そんなことよりもっと賢いカネの使い方が出来ないのか。知恵を出せよ、麻生」と要求しているのであって、このまま給付金を強行しても麻生がさらに馬鹿にされるだけである。第2に、5月中旬には今年1〜3月期の四半期GDP速報が出て、恐らく10〜12月期よりもっと悪い結果となって、その直後に投票すれば、自民党が150議席を割るほどの致命的な敗北に陥る可能性が高くなる。

 とすると、「4月末解散、5月上旬投票」で、GDP速報が出る前に投票してしまうというのが1つの手だが、連休を挟んでの選挙戦という異例を犯さなければならない上、麻生の期待する給付金効果が見極められない。かといって先に延ばすと、6月の主要国サミットに重なる。選挙戦を抜け出して麻生が会議に参加しても、帰国後に政権を失う公算が大きい首相を誰も相手にはしてくれず、“成果”をアピールする機会とはならない。それよりさらに先送りすれば、今度は7月12日投開票の東京都議選と重なってくる。衆院選と都議選のダブル選挙か?という声もないではないが、連立与党の公明党はそれを何より嫌っており、また都議選では自民党と公明党も激しく競い合うので、それでなくともギクシャクが目立つ衆院選の自公選挙協力がますます上手く行かなくなる。

 ならば、いっそ9月任期満了ということになるが、そうなると逆に、不人気の麻生内閣をそこまで持たせなければならない理由が何もないことが露わになる。そもそも自民党が麻生総裁を選びそれを公明党も大喜びしたのは、首相就任後に直ちに解散に打って出るという前提で、福田よりは選挙向けの顔としてマシだろうと、少なくとも当時は、判断したからであって、解散も出来ない、したとしても大負けするというのでは、与党にとって役立たずということになる。

 結局、自民党としては、迷走居士の麻生を頂いたまま9月まで無為に過ごすのか、それとも彼を引き下ろして選挙の洗礼を経ない4人目の総裁を選ぶという恥を晒すのか、という地獄の選択を迫られることになる。どうせ下ろさなければならないのなら早い方が打撃が少ない訳で、予算成立の目途が立った時期から党内でその動きが活発になろう。

●郵政迷走発言の酷さ

 支持率が一段と低下した主要な要因は、2月5日衆院予算委員会での麻生の「郵政民営化」をめぐる発言とその後の迷走にある。これは、数ある彼の失言・妄言の中でも極めつけの酷さで、朝日7日付社説「麻生首相の見識を疑う」が、「耳を疑う」「いつもの迷走発言と片づけるにはことが重大すぎる」と書いたのは当然だった。 今更ぶり返すのも馬鹿馬鹿しいが、記念すべき妄言なので、詳しい要旨を再録しておこう。彼は民主党議員の質問に答えてこう述べた。

「民営化された以上、儲からないシステムではだめだ。今のシステムで儲かりますか。3年後、5年後と、きちんと運営して黒字になってもらわないといけない。いま4つに分断した形が本当に効率がいいのかどうか、もう1回見直すべき時に来ているのではないか。3年で見直すとか、5年で見直すとか言っているから、十分に見直しておかしくないんじゃないか」

「郵政民営化、小泉総理の下に、(私は)賛成じゃありませんでしたので、(島村宜伸農水相が)解散の詔書にサインしないとかいって、えらい騒ぎになった。しかし私は内閣の一員ですから、最終的に賛成した。みんな勘違いしているが、(私は)郵政民営化の担当大臣ではなかったんです。私は反対だと分かったので、私だけ外されていました。担当大臣は竹中(平蔵)さんだった。ぬれぎぬをかぶされると俺もはなはだ面白くないから」

 発言の前半は、郵政民営化関連法に政府の郵政民営化委員会が3年ごとに民営化の進捗状況や経営形態を総合的に見直すべきことが明記されており、今年3月がその最初の期限に当たるため、自民党にプロジェクトチームが発足して「4社より3社がいいのではないか」という案を含め検討を進めていることを踏まえたもので、別に問題はない。酷いのは後半で、第1に、個人の意見がどうであれ、自公連立政権が決定してそれを争点に総選挙まで行って国民に理解を求めた政策に後継首相が責任を持たないということはあり得ない。第2に、しかも彼は、小泉内閣がそれを決めた時の閣僚であり、「最終的に賛成」したのであればなおさらその決定に共同の責任がある。第3に、その05年郵政選挙で得た300議席という遺産の上に自らの内閣が成り立っているのであって、それに郵政民営化そのものに反対ならすぐにでもそれを訴えて総選挙を打たなければ辻褄が合わない。そんな当たり前のことに思い及ばずに、自分が郵政民営化に初めから賛成だったかに思われるのは「ぬれぎぬ」だと主張するとは、一体どういう頭の構造なのか。「ぬれぎぬ」とは「身に覚えのない罪」のことで、とすると郵政民営化自体が罪であって、自分はそれとは関係ないと言っていることになる。

 自民党幹部が「それを言っちゃおしまいよの世界だ。だったら島村さんみたいに辞めなきゃ」と語った(7日付朝日)のはそのとおりで、まさに首相として失格であることをさらけ出したと言える。

 しかもその後も迷走は続く。9日の予算委では「郵政選挙で国民に問うたのは郵政の民営化であって、4分社化は問うていない」と発言した。これについて記者団から問われると彼は、「法律的にはあの中に(4分社化は)入っていますよ。だけど、あの時、4分社化を知っている人はほとんどおられないというのが私の認識です。郵政民営化かそうでないかであの選挙は問われた。一般的な有権者の意識は、(記者の)皆さんほど詳しくないと思っています。内容を詳しく知っておられる方は、ほとんどおられなかったと思います」と述べた。国民と選挙を馬鹿にしているのである。

 確かに、あの時の小泉のやり方は、自民党内の民営化反対派を“仮想敵”に仕立て上げて刺客まで送り込んでドラマ化し、「賛成か反対か」と激しく問いかけるというもので、本来であれば、当時本誌が繰り返し主張したように、小泉案や、反対派の「民営化しなくても郵政はこうやって立て直せる」という案、さらには民営化自体には反対でなかった民主党の案を並べて、さあ国民の皆さん、どの案がいいか選んで下さいという落ち着いた選挙をやるのでなければならなかった。内容抜きで賛成か反対かを迫ったという意味では、麻生に言い分は一面の正しさはある。が、それでも国民は誠実に郵政民営化の何たるかを考えながら、精一杯に選んだのであって、有権者が中身も知らずに小泉流儀に踊らされただけであるかに言うのは間違っている。

 もう1つ、昨年の自民党総裁選では「私は郵政民営化を担当した大臣」だと発言していたことも指摘された。これについて彼は記者団に「総務大臣を2期やりました。1期目は間違いない郵政民営化を担当したが、2期目、決定する時には郵政民営化担当というのは外されて(旧)郵政省所管の大臣だった。2つを分けてお話にならないと混線する」と語った。それならなぜ総裁選の際にわざわざ「郵政民営化を担当した大臣」などと言ったのか。恐らくは自分が小泉内閣を含む歴代自公連立政権の継承者として相応しいことをアピールするためだったに違いない、それを今になって「ぬれぎぬ」とはどういうことか。

 こうして麻生は、国民からはもちろん自民党の大半や公明党からも最終的に「失格」の烙印を押されたに等しい。もはや積極的な麻生支持者は党内では菅義偉船体副委員長ただ1人と言われていて、その理由は浪花節的な義侠心のみとされているが、その菅までが11日の講演で「国民に誤解を与え党内に軋轢を生む発言は慎まないといけない」と麻生に苦言を呈した。末期症状の証左である。▲

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