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2009年1月30日

INSIDER No.477《ASO》麻生施政方針演説は「落第点」──“負の求心力”だけが政権の支え?

 28日行われた麻生太郎首相の施政方針演説は、与党内からも「迫力も力強さもない」(自民党閣僚経験者)、「国民に訴える力、明るさ、さわやかさという点からすると、落第だ」(公明党幹部、いずれも読売新聞29日付による)と酷評される体のもので、「政権浮揚のきっかけにしたい」という事前の意気込みとはほど遠い中身の薄いものになり終わった。

 29日付各紙の社説も「信なき人の言葉の弱さ」(朝日)、「“麻生シナリオ”がうつろに響く」(毎日)、「“政府の役割”を着実に果たせ」(読売)、「首相は百年に一度の危機への構想を示せ」(日経)など、総じて低い評価しか与えていない。

 朝日は「内閣支持率が低迷する中で、解散はしたくない。さりとて9月までにはある政治決戦をにらめば、(野党に)妥協もしたくない。演説には、そんな首相の苦境が色濃く表れていた」と指摘した。その通りで、解散・総選挙を唯一の使命として与えられながら敗北が怖くて解散に打って出られない主体的な矛盾を、「100年に一度の経済危機」が襲っている時に解散どころではないだろうがという論法で客観的な矛盾にすり替えることで自分の弱さを糊塗し、しかしそうすればするほど、景気対策で人気を挽回しようとしてバラマキ的になって、改革すなわち官僚権力専横の打破という時代の課題からは遠ざかり、かえって国民の信を失うという、どうにもならないディレンマに填り込んでいるのが麻生である。

●支持率も危機ラインへ

 内閣支持率も軒並み2割を切って、その数字だけから見れば、いつ政権が崩壊してもおかしくない状態である。1月の報道各社調査による内閣支持率・不支持率は次の通り。支持率の低さもさることながら不支持率の高さが特徴的で、国民の約7割が麻生の退場を求めていることになる。

   調査日  支持率  不支持率
読売 9〜11日 20.4   72.3
時事 9〜12日 17.8   64.0
朝日 10〜11日 19    67
産経 10〜11日 18.2   71.4
共同 10〜11日 19.2   70.2
日経 23〜25日 19    76
毎日 24〜25日 19    65

 にもかかわらず与党内は驚くほど平穏で、公然たる造反は今のところ渡辺喜美衆議院議員の自民党離党のみ。消費税増税の時期を来年度税制改正法案の付則に明記するかどうかをめぐっての中川秀直ら“上げ潮派”の反対も、決定的な対立にまでは至らず、むしろ早々に玉虫色の表現で折り合いをつけるのに忙しかった。また海上自衛隊のソマリア沖派遣問題では、反対のはずの公明党があっさりと麻生の方針に同調し、その理由について同党幹部は「今は首相の足を引っ張るわけにはいかない」と語った。

 公明党幹部の言葉が象徴するように、与党内を支配しているのは、それでなくとも首に縄が掛かっているに等しい麻生の足を引っ張るような揉め事を起こせば、弾みで内閣崩壊、解散・総選挙、大敗で自分も落選、政権喪失という急坂に転がり込んで行きかねないという恐怖心である。麻生が日々淡々として艶々した顔に笑みさえ浮かべて職務に励んでいるのは、「お前ら、俺と一緒に地獄に堕ちてもいいのか」という開き直った恫喝が利いているからで、その意味でこの内閣を支えているのは与党全員の恐怖心に付け込んだ“負の求心力”だけである。

●塩崎らの動きに注目

 とはいえ、この恐怖の均衡はいつまでも続かない。自民党執行部は、渡辺喜美の離党が意味のない単独行動であると印象づけようとしていて、事実、渡辺の言う「国民運動」は今のところ無所属の江田憲司議員の合流を得たに止まっているものの、蟻の一穴という言葉の通り、近い将来自民党に大惨事を引き起こす導火線になるかもしれない可能性を持っている。

 注目される動きの1つは、塩崎恭久元官房長官、茂木敏充元金融相ら衆参の中堅・若手49人が渡辺離党の3日後、1月16日に「速やかな政策実現を求める有志議員の会(速やか議連)」を結成、経済危機対応の提言を発表したことで、それを一言で言えば、麻生に対して小泉以来の「改革」路線への復帰を迫るものである。

 「経済危機対応特別予算勘定10兆円の創設」と題したその提言は、この経済危機に直面して「各省庁の施策を積み上げた従来型の景気対策は無力」だと麻生流の景気対策をはっきりと批判し、「今こそ政治主導により、バラマキではない、未来を見据えた積極投資の前倒しによって日本経済を果敢に再生し、内需拡大、雇用創造を急ぐべき時」だとして、通常予算とは別枠で10兆円規模の「経済危機対応特別予算勘定」を創設し、内閣に「経済危機・緊急雇用対策本部」を設置して官民の英知を結集して「新たな国のかたち」に向けて未来投資をすべきだとしている。

 小泉時代から(実績はともかく)その後継を標榜した安倍時代にかけて引き立てられた“改革派”が中心で、塩崎は政局絡みで興味本位に捉えられるのを嫌って「反麻生と考えたことは一度もない」と言いつつも、渡辺喜美に関して「1998年の金融危機以来の仲間だ。国を良くしたいという志は同じで、連携もあり得る」と語っている(17日付読売)。50人近い麻生批判グループの出現は馬鹿にしたものではなく、今後の成り行き次第では渡辺が点火した導火線から引火して爆発する可能性を秘めている。

 ここで彼が「1998年の金融危機以来の仲間」と言い、また提言の中で「党内ヒラバ議論の復活(例:98年『金融再生トータルプラン調査会』)」と述べているのは1つの大事なポイントで、小渕政権が発足した直後の同年秋の「金融国会」では、野党=民主党と自民党内の塩崎、渡辺、茂木、石原伸晃(現自民党幹事長代理)ら政策通の若手からなる同調査会とが事実上、手を組んで改革的な法案を次々に繰り出して小渕政権を追い詰めた。その意味では塩崎や茂木は、小泉登場以前からの筋金入りの改革派であり、麻生の反改革姿勢に我慢できなくなったのも当然と言える。

 3月から4月にかけて予算とその関連法案の審議が山場を迎えた時に彼らが爆発すれば、加藤紘一、山崎拓ら長老級や中川秀直らベテラン組の反麻生勢力が一気に燃え上がって連動する場面があり得ると見ておくべきだろう。▲

INSIDER No.476《OBAMA》危機の海に漕ぎ出したオバマ政権──就任演説の読み方

 空前のお祭り騒ぎに送られて、オバマ新政権が出帆した。が、新大統領が漕ぎ出したのは荒れ狂う危機の海であり、一身に寄せられた過剰なまでの期待に応えて船を正しく導くことが出来るかどうかは、全く保証の限りではない。何しろオバマは、米国政治史上で言えば「黒人初の大統領」に違いないが、より大きな世界史的・文明論的次元では「アメリカ帝国が崩壊し始めて初の大統領」なのだから。

●危機の認識

《我々が危機のまっただ中にいることは、今はよく理解されている。我が国は、暴力と憎悪の広範囲にわたるネットワークに対する戦争の最中にある。我が経済は酷く衰弱していて、それは一部の人々の強欲と無責任の結果であるけれども、同時にまた、我々皆が困難な選択を行ってこの国の新しい時代を準備することに失敗した結果でもある。》(高野仮訳、以下同)

 米国が直面する危機の根源が、イラクとアフガニスタンでの戦争と強欲的な金融資本主義の破綻の2つであるという認識は、もちろん正しい。

 戦争についての言い回しはなかなか微妙で、「テロに対する戦争」というブッシュの常套文句を避けて「暴力と憎悪のネットワークに対する戦争」と言ったのは、一方では、ペンタゴン直結の有力シンクタンク=ランド・コーポレーションが昨年、「対テロ戦争という言葉はもう使わないほうがいい」「テロを解決できる戦場は存在しない。軍事力は通常、その狙いとは正反対の効果をもたらす」と勧告している(INSIDER No.453)のに半ば従いながら、他方では、オバマが(後述のように)イラクは別としてアフガニスタンは依然として「テロを解決できる戦場」だと考えているという中途半端の表れである。この点に関する私の評価はC。

 金融資本主義の破綻を「一部(金融界)の人々の強欲と無責任」だけでなく、それを許した「我々皆…の失敗(our collective..failure)」のせいでもあるとしているのは、彼一流のバランス感覚と言えようか。評価B。

 さらに続けて彼は、住宅喪失、雇用切り捨て、企業倒産、医療高額化、教育破綻、エネルギー過剰消費などの問題を列記し、次にように言う。

《これらは、データや統計によって量れる危機の指標である。もっと量りにくいけれども劣らず深刻なのは、全土に広がる自信の喪失、すなわち米国の衰退は避けられず、次の世代は将来に希望を持てなくなるに違いないという、つきまとって離れない不安である。今日、私は皆さんに申し上げる。我々が直面するこれらの課題は現実的なものである。それらは深刻であり、多岐にわたる。それらは短期間で簡単に解決されることはないだろう。しかしこのことは分かって欲しい、アメリカよ、それらは解決されるだろう。》

 オバマが、米国の衰退の不安とその深刻さについて就任演説で言及した初めての大統領であることは認めよう。その率直さこそ彼の身上である。評価A。しかし、それが「解決可能である」と主張するにはその論拠は極めて抽象的に過ぎる。

●解決は可能か?

 彼は言う。

《この日、我々がここに集まったのは、恐怖よりも希望を、対立や不和よりも目的の共有を、選らんだがゆえである。この日、我々がここに来たのは、あまりに長く我が国の政治を縛ってきた卑小な立腹や間違った約束、鸚鵡返しの非難や古くさいドグマに、終止符を打つことを宣言するためである。我々は依然若い国家だが、聖書の言葉に従えば、子供じみたことは止めるべき時が来た。全ての人々が平等であり自由であり、最大限の幸福を追求する機会を与えられているという、神が与え給えた約束を再確認すべき時が来た。》

 これは言うまでもなく、ブッシュへの辛辣な批判である。しかしブッシュ的な《対立や不和》《卑小な立腹や間違った約束》《非難やドグマ》といった《子供じみたこと》のすべてを、オバマ的な《目的の共有》《平等・自由・幸福への神の約束》といった抽象的な美辞麗句に置き換えただけでは何事も起こらないだろう。評価C。

 そこで彼は続けて語る。

《我が国の偉大さを再確認するについて理解すべきなのは、偉大さは決して与えられるものではなく、自ら獲得しなければならないものだということである。我々の旅に近道や妥協はなかった。仕事より娯楽を好み、富と名声の喜びだけを求めるような臆病者の道ではなかった。むしろ、リスクを恐れない者、実行する者、物を生産する者、その中には有名人になった人もいるけれども多くは黙々と労働に従事した者、そのような人々こそが長く険しい道を経て今日の我々の繁栄と自由を築いたのである。》

《この人々が飽くことなく闘い、犠牲を払い、手の皮が剥けるまで働いたからこそ、我々はよりましな生活を得ることが出来た。彼らは米国を、個人的な野心の総和よりも大きなもの、出自や貧富や党派の違いよりももっと偉大なものと見ていた。》

《これが、今日も我々が続けている旅である。我々は依然として、地球上で最も繁栄した、強力な国家である。我々の労働者たちは、この危機が始まった時と比べて生産性が下がっているわけではない。先週、先月、あるいは昨年と比べて、我々の精神の創造性が下がっているわけでも、我々の製品やサービスの需要が下がっているわけでもない。我々の能力は衰えていない。ただしかし、同じところに止まって、狭い利益を守り、不愉快な決断を先延ばしするような時代は確実に過ぎ去った。我々は自らを奮い立たせ、ほこりを叩き落として、米国を再生させる仕事を再び始めなければならない。それを今日から始めよう。》

 一言で言って、汗して働く資本主義への回帰宣言である。世界中の人々を詐欺まがいの手段で手玉にとって金で金を生み、一握りの経営者ばかりが数十億、数百億どころか数千億円もの年収を得て《富と名声》を恣にしたような《強欲と無責任》の金融資本主義は終わりにしなければならないということを、オバマはここで言いたかったのだろう。それはそのとおりだが、さて米国は本当に、黙々と手の皮が剥けるまで働いて《物を生産する》まっとうな資本主義に戻ることが出来るのか、決意や覚悟だけではどうにもならないその道筋は、この演説からは見えてこない。評価B。

 なぜなら、金融的強欲資本主義の暴走の根底にあるのは、単に一部経営者のふしだらというだけでなく、米国が世界中から金を借りまくって世界一の贅沢消費を楽しみ、それゆえにまた全世界から商品とサービスを買いまくってドルを垂れ流し、それをまた米国に向かって投資させるという“帝国循環”の構造であって、その下での政府と企業と国民の過剰消費体質を正面から見つめ直すことなしには米国の回帰も再生もありえない。サブプライム問題とは、まさにその過剰消費体質を汗して働く低所得者層にまで拡張して無理にでも住宅を買わせて、結果的にその生活を破滅に追い込むことだったわけで、そこまで深々と傷つけられた古き良き米国的価値観をどのようにして癒すのかの具体策なしには何も始まらない。

●政府と市場

 大不況を回避するための経済政策の中心は、ケインズ的な公共事業の思い切った増発である。

《経済状況は大胆かつ迅速な行動を求めている。我々は、単に新しい雇用を生み出すだけでなく、成長のための新しい基礎を築くために行動する。》

 道路や橋、送電網やデジタル回線の建設、科学の再建、技術の力による医療の質の向上とコストの引き下げ、自然エネルギーの利用、学校や大学の変革、等々。この中では特に自然エネルギーへの転換が(ここでその言葉は使われていないが)「グリーン・ニューディール政策」として具体化され、オバマ流ケインズ政策の主柱となるかもしれない。評価A。

《今日問うべきは、政府が大きすぎるか小さすぎるかということではなくて、政府が機能するかどうかだ。政府が各家庭を助けて、まともな賃金を得られる仕事や、支払い可能な医療・福祉、尊厳ある隠退生活を手に入れられるように出来るかどうかだ。答えがイエスなら前進しよう。答えがノーなら計画は終わりにしよう。我々公共のドルを管理する者は、賢明な支出をし、悪い習慣を改め、公明正大に仕事を進めるだろう。それによってのみ、我々は国民と政府の間の真の信頼を再建することが出来るからだ。》

《あるいは、市場が善の力なのか悪の力なのかというのも我々の問うべきことではない。富を生み出し自由を拡大する市場の力は比類なきものである。しかし、今回の危機が我々に思い起こさせたのは、注意深い監視の目なくしては市場は制御不能になるかもしれず、また富裕者だけを優遇するのでは一国の繁栄を持続させることは出来ないということだ。》

 この政府と市場についての原理的な考え方は、妥当というか、まあ常識論の範囲だろう。評価B。問題は、史上空前の財政赤字を抱える中で、現実にどれだけの公共事業支出を繰り出すことが出来るのか、またかつてクリントン政権が失敗した医療・保険改革に手を付けることが出来るのかだが、その具体策はこれからである。

●外交と国防

《国防に関しては、我々は、自国の安全と理想とのどちらかを選択するという誤りは犯さない。》

 建国の父たちが掲げた法の支配と人権の理想は今も世界を照らしており、我々がそれを捨てることはない。

《米国は、平和と尊厳に満ちた未来を求めるすべての国民、あらゆる男性、女性、子供らの友人であり、もう一度主導的な役割を果たす用意がある。》

 神の命により米国式民主主義を全世界に布教するといったブッシュの宗教的な妄想が影を潜め、建国者たちの法の支配と人権の思想を《理想》に掲げているところは好感が持てる。評価A。

《先輩諸世代がファシズムや共産主義を打ち負かしたのは、ミサイルや戦車によってだけでなく、頼もしい同盟国と強固な信念によってであったことを思い返そう。先人たちは、力だけでは自分たちを守ることは出来ないこと、その力が我々の思うがままに振る舞うことを許しているわけではないことを理解していた。そうではなくて、先人たちは、力は分別ある使い方をすることを通じて増大するものであること、我々の安全は大義の正当さ、模範を示す力、謙虚さと自制心から生み出されるものであることを知っていた。》

《私たちはこの遺産の継承者である。もう一度この原理に導かれることによって、我々は、より一層のの努力、諸国とのより一層の協力と理解を必要とする新たな脅威に立ち向かうことが出来る。》

 もちろんこれは、ブッシュの軍事優先と単独行動主義に対する否定、ソフトパワー重視と多国間協調への転換の宣言である。当然のことである。評価A。しかし彼はすぐに続けて言う。

《我々は、責任あるやり方でイラクを同国の国民に委ね、アフガニスタンで苦労して手に入れた平和を固める作業を始めるだろう。》

 たったこれだけ? オバマが選挙中に公約したような「16カ月以内にイラクから米軍を撤退させる」ことがどうして可能なのか。タリバンが大復活し、ビンラーディンは行方知れず、パキスタンが反米化して「単なる不条理」(タイム誌)と化しているアフガニスタンの戦争を「テロとの戦いの主戦場」と位置づけて米軍兵力を倍増させるという方針を本当に実行するのか。それは《力だけでは守れない》という原理と矛盾しないのか。答えは何もなかった。評価C。

 オバマ丸の難破の危険は、まずイラクとアフガンの対応をめぐって訪れるのではないか。▲

2009年1月 7日

INSIDER No.475《GAZA》続くガザ住民の大虐殺──出口なきイスラエルの暴走を容認する米欧

 イスラエル軍のガザ地区に対する大規模空爆とそれに続く戦車部隊の地上侵攻を中心とする陸海空による総攻撃によって、7日未明までの11日間でパレスチナ人の死者は635人、負傷者は2300人に達し、なおその数は急増していくものと見られる。

●イスラエルの無茶と無理

 イスラエルのオルメルト政権の公式的な立場は、同地区を統治するハマスの軍事部門が過去3年間に3800発の手製ロケット弾を発射し10数人のイスラエル人が死亡したことへの“報復”とその根絶のため、ハマスの軍事拠点や武器庫を徹底的に破壊することが作戦目的であり、ただしそれらの目標は農場の納屋や果樹園、都市部の建物に紛れているので若干の「付随的損害(コラテラル・ダメージ)」が出るのはやむを得ない、というものである。しかし実際には、イスラエル軍の戦車砲はじめF16戦闘機やアパッチ攻撃ヘリコプターのミサイル、海軍艦船による艦砲射撃は、一般民家、モスク、大学校舎、病院、警察署、官庁、発電所、漁港などに容赦なく浴びせられており、無差別大量虐殺の様相を呈している。

 イスラエルの言う「ハマス壊滅」の意味が曖昧で、それがハマス軍事部門のロケット基地を破壊するという意味であれば、一応の合理性はないとは言えないが、現実には“人民の海”に紛れ込んでいる拠点を攻撃することで膨大な「付随的損害」が出続けることは避けられない。それがハマス政治部門のガザ実効支配そのものを止めさせようという意味であれば、ハマスは06年1月のアラブ世界で初めての民主的かつ公正な国会(立法評議会)選挙で西岸地区を含めて過半数を占めて第一党に選ばれた政党であって、それを外から軍事力によって物理的に壊滅させようとするのは無茶であるだけでなく無理である。それをやり遂げようとすればガザ地区の再占領しかないが、いくら何でもそれは許されない。

 とするとイスラエルの意図は、同地区のパレスチナ人の生活基盤そのものを破壊しつつ爆弾による死の恐怖の極限にまで追い詰めて、「こんなことになったのもハマスがガザを支配しているからだ」と思い知らせて、パレスチナ人が自分らでハマス統治を否定するよう仕向けることにあると考えられる。しかしこれは成功の見込みは薄い。

 ハマスのなお2000発は残っていると見られるロケット弾のすべてを破壊することが不可能である以上、イスラエルはその大半を破壊し「ハマスを十分に弱体化した」と判断した時点で攻撃を止めて事態収拾を図らざるを得ないが、弱体化はしても壊滅はしていないハマスは、その翌日にも何発かのロケット弾を象徴的に発射して“健在”をアピールし、イスラエルの未曾有の激しい破壊と虐殺に抗して多大の犠牲は出したけれども「我々は善戦し勝利した」と宣言するだろう。ハマスのパレスチナ人内部およびアラブ世界での評価は上がり、政治的影響力を広げる可能性さえあって、06年夏のイスラエル軍のレバノン侵攻でシーア派のヒズボラが互角に戦ってかえって「アラブの英雄」となったことの二の舞となりかねない。

 こうして、出口戦略が不明確なままのイスラエルの暴挙でパレスチナの一般市民の犠牲が増え続けることになろう。

●米国の政治空白を突いた

 イスラエルがこのタイミングを選んでガザ侵攻を発動したのは、1つには、広く指摘されているように、2月10日に予定された同国の総選挙を前に、これまでパレスチナに対して「弱腰だ」と右派から批判されて支持率を低下させていた与党のカディマと労働党が、一気に人気回復を目指そうとしたからである。事実、12月27日の空爆開始直後に行われた世論調査でイスラエル国民の80%が空爆を支持するという結果が出ていて、エフード・オルメルト首相(カディマ)とエフード・バラク国防相(労働党々首)はそれぞれに、この侵攻は自分が企画したものだと言って功を争っている有様である。とはいえ、上述のように出口がはっきりしないまま侵攻が長引いて泥沼化すれば、選挙前の収拾は難しく、かえって両党は指弾されるだろう。これは2人にとって危険な賭である。

 もう1つ、このタイミングが選ばれたのは、ブッシュ米大統領が「史上最低の大統領」と罵倒されながらオロオロとホワイトハウスを去ろうとし、オバマ次期大統領はまだ就任していないという米国の政治空白期を狙い定めて侵攻を発動し、米次期政権の中東政策をイスラエル寄りに引きつけようとする企図による。

 ブッシュ政権第1期の外交政策を牛耳ったネオコンとは、実体的にはイスラエル右派がホワイトハウスに送り込んだ“トロイの馬”であり、それがチェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官(当時)ら白人タカ派と連携して暗愚の帝王ブッシュを騙してイラク戦争に引きずり込み、「中東全域に民主主義を広める」といった美辞の下、イランに対する戦争まで煽りながらイスラエルにとって安全な「中東新秩序」を作るべく米国を利用しようとした。が、それは失敗に終わり、ブッシュ第2期ではネオコンは政権から一掃され、ラムズフェルドは辞任し、チェイニーも影響力を失った。そこでイスラエルは再び自分が前面に立って軍事力に頼って新秩序を目指さなければならなくなり、それが06年のレバノン侵攻であり今回のガザ侵攻という形で表れた。

 オバマの中東政策はまだ輪郭がはっきりしていないが、一般論として彼がイスラエルとパレスチナをもう一度交渉のテーブルに着かせて話し合いによる調停を目論見るのはまず間違いなく、だとすれば新政権スタート前にイスラエルの力による中東支配への決意を見せつけて、「オバマがイスラエルの利益を軽視することは許さない」とのメッセージを届けることが必要だった。狙い通り、ブッシュはおずおずながら「自衛のためやむを得ない」とイスラエルの立場を支持し、オバマは事態の深刻化に戸惑って沈黙を続けている。

 オバマは選挙キャンペーンを通じて、繰り返し「イスラエルは米国の最も重要な同盟国だ」と断言し「イスラエルの安全保障を重視する」とも語っているが、多くの米国人はそれがユダヤ票目当てのリップサービスの側面もあることを知っており、実際に政権に就けばパレスチナ問題の打開のために積極的な調停工作を行おうとするだろうと期待もしていた。しかしこの長く続く沈黙で、ネットなどでは「オバマはブッシュと同じ穴の狢か」といった批判も広がりだしている。いずれにせよ、イラク戦争の収拾とアフガン戦争の重点化という困難な課題に加えて、それ以上の難題がオバマ政権発足にのしかかってくることになる。

●ハマスは「テロ集団」なのか

 今日の事態を招いた根源は、06年の選挙で第一党の地位を得たハマスを、イスラエルと米国、それに英国はじめ一部欧州諸国が一方的に「テロ集団」と決めつけてその正統性を認めないどころか、これを徹底的に締め上げる戦術を採ってきたことにある。

 もちろんハマス側にも問題はあって、政治指導部は旧来の「イスラエルの抹殺」路線を修正してイスラエルという「実体の存在」は認めて交渉にも応じる構えを見せたものの、特に軍事部門には昔ながらの強硬派がいてその勝手な行動を制御できないでいる。また政治部門もパレスチナ自治政府内部でのファタハとの抗争に熱心で、その結果、07年6月にはガザ地区を武力で制圧してファタハの治安部隊などを追い出すといった行動に出て、自治政府そのものを分解寸前の危機に陥れた。

 しかしそうしたファタハとの抗争も、そもそもは、イスラエルや米国のハマスに対する敵対政策にどう対処するかをめぐって激しくなったもので、例えば、06年3月にハマスのハニーヤ首相を中心とする内閣が成立した直後から、イスラエルがハマスの国会議員や地方首長約80人を拉致してイスラエル本国の刑務所に収監し、国会の機能を停止させてしまった暴挙についても、ハマス側はファタハがイスラエル諜報機関と通じて手引きをしたと疑っている。イスラエルはまた、その時期からパレスチナ自治政府に対する経済封鎖を徹底的に強化し、境界線に万里の長城のような醜悪な壁を建設するなどして、パレスチナ人の生きる権利そのものを奪ってきたが、ファタハはそれに対して無力だった。

 特にガザ地区は、10×40キロの種子島ほどの狭い土地に150万人が住み、そのうち100万人は家も仕事も失って国連の援助物資に頼るしかない難民であり、イスラエルによる封鎖でその国連の物資の輸送さえ著しく制限されてきた中で、今回の侵攻以前にも既に飢えが広がりつつあった。ハマスが08年6月にエジプトの仲介で成立した6カ月間の停戦協定の延長を拒否してロケット弾攻撃を再開したのも、その停戦合意に含まれていた封鎖の解除をイスラエルが実行せず、住民の窮迫が始まっていたことを理由としており、やむを得ない一面もある。

 イスラエルは、封鎖は武器の搬入やテロリストの往来を防ぐためと主張し、それで仮にガザ住民が窮迫することがあっても「悪いのはハマスだ」と開き直り、米欧もその主張を支持してきた。このようにして、イスラエルがガザ地区の住民を追い詰めハマス追放に向かわざるを得ないように仕向ける作戦が積み重ねられ、それをファタハも党派的思惑から黙認し、米国はじめ欧州の一部も支持するという図式の下で、今回の事態に至ったのであり、根本は、ハマスを単なる「テロ集団」として押さえ込み壊滅させようとするだけで解決策はあるのかというところに帰着する。

 実際、06年にハマスが選挙で勝利したのは、その対イスラエル強硬策が支持を集めたというよりも、レバノンにおけるヒズボラと同様、生活の再建とコミュニティの回復、医療など行政サービスの復興を公約し、多くの人々がそれを実行する力があると認めたことによると言われている。ハマスの政治指導部には、英国をはじめ西側の大学でPh.Dを取った医師、科学者、技術者なども500人以上もいて、彼らの間には反西欧感情などないし、また宗教的に過激でもないので、パレスチナ人の間では
西側のポピュラー音楽も自由に楽しむことが出来るし、女性がベールを被るかどうかも個人の好みに任されているなど、少なくともタリバン政権下のアフガンのようなことにはなっていない。

 オバマ政権がこのハマス=テロ集団という最初のボタンの掛け違えのところから交渉の枠組みを見直すことが出来るのかどうかが注目される。▲

2009年1月 2日

INSIDER No.474《NEW YEAR》元旦の新聞を読み比べる!──「100年に一度の危機」とは何か?

 いつになく気分が晴れない重苦しい年明けで、主要各紙の元旦の紙面も、何とか暗鬱に陥らないよう苦心して編集しているようすが伺える。各紙の社説と1面トップ記事のタイトルは次の通り。

朝日 社説
人間主役に大きな絵を/混迷の中で考える

1面トップ
世界変動、危機の中で(第2回)
陰るハリウッド、ボリウッドは花盛り

毎日 社説
人に優しい社会を
日本版「緑のニューディールを」

1面トップ
アメリカよ、新ニッポン論(第1回)
三菱UFJのモルガン出資に米政府異例の謝意

読売 社説    
危機に欠かせぬ機動的対応
/政治の態勢立て直しを

1面トップ
「生体認証」破り入国、韓国の女08年4月
/テロリスト対策に穴

産経 社説
日本人の「流儀」にこそ活路

1面トップ
「グローバル化経済」危機
/黎明の光はいつ差すのか

日経 社説  
危機と政府(1)/賢く時に大胆に、
でも基本は市場信ぜよ

1面トップ
世界この先(サバイバビリティ第1回)
/トヨタ、太陽電池車で挑む

東京 社説
人間社会を再構築しよう

1面トップ
日本の選択点(第1回)
/「100年に一度」の岐路

 アラン・グリーンスパン前米連銀議長が米国発の金融大破綻を「100年に一度の津波」と呼んだのが一人歩きして、「大変な」という形容詞の代わりに何によらず「100年に一度の」を被せるのが流行となっている。

 金融危機について言えば、金融がこれほどまでに膨張して破裂して全世界に大迷惑をかけたのは金融の(と言うよりも人類の)歴史始まって以来のことだから、100年に一度どころか「ベニスの商人」以来1000年に一度と言ってもおかしくはない。暴走し自壊したのは米国流の電子式もしくは金融工学的資本主義であるという観点からすれば、それが誕生したのは20年ほど前だから、100年に一度と言うことに意味はない。「30年代の大不況に匹敵するほどの」と言いたいのであれば、30年代からまだ80年ほどしか経っていないので「100年間に2度目の」と言うべきだろう。

 何が「100年に一度」なのか定義不明のままに、例えば週刊誌などが安易に「日本は100年に一度の大不況」などと叫んでいるのは、徒に人を脅すセンセーショナリズムでしかない。今の日本は、大銀行と一部大企業が米国流に追随して金融的ふしだらに耽った結果、その反動として過度の自己保身に走って経済全体に信用収縮の危険を及ぼしてはいるのは事実であるけれども、「100年に一度」はおろか「大不況」にも陥っている訳ではない。そのことは歳末のデパ地下やアメ横の賑わい1つを見ても分かる。もちろん人々はお金の使い方に慎重かつ賢くなっているが、それはバブル後遺症をようやく完全に脱却して、慎ましさの中にも目一杯知恵を働かせて楽しむ術を編み出すという日本人本来の暮らしぶりに立ち戻っていることを示すもので、大不況の証ではない。

●何が「100年に一度」なのか?

 東京新聞は、1面トップを「日本の選択点」と題したシリーズの第1回で飾り、「100年に一度の岐路」と大見出しを立てている。ところが、記事の中身で扱っているのは「ネットカフェ住民」が増えて大変だという問題で、これら困窮者に対して生活保護など福祉の安全網を充実させるのか、就労支援など雇用対策を優先するのが「日本の根幹を決める選択点だ」と言うが、そのどこが「100年に一度」なのだろうか。

 ホームレスも失業者も非正規労働者もフリーターも昔からいたし、私にしてからが20〜30歳代にかけては明日の糧にも事欠く「フリー(ライ)ター」をやっていたのでその辛さは身に染みて分かる。高度成長からバブルの時期に比べて特に若い層にそのような人たちが増えているのは事実だが、他方では農林漁業、介護・医療・福祉、教育・保育、海外ボランティアなど、必ずしも市場原理で割り切れないが社会的にはますます重要になっている仕事の現場では人手不足が深刻だし、またタクシー、飲食店はじめ流通・サービス業でも少なくとも一部企業では人手不足が続いている。大企業の非正規社員に対する首切りも、不況の深刻さというよりも、マスコミが「100年に一度の大不況」と騒ぎ立てるので、それに便乗してお手軽にコスト削減を図ろうとする経営者の短視・軽薄・無能ぶりの現れという一面がある。

 ネットカフェ住民などには確かに対策は必要で、働く意志と能力がある人には十分な職業訓練の機会を保証して(ハローワーク任せでなく社会的に枢要な分野への誘導を含めて)働き口を斡旋する雇用対策が必要だし、健康上など何らかの理由でそれが出来ない人には生活保護などの福祉的な安全網を手厚くすることが必要で、その両者は二者択一的な「岐路」というものではないし、まして「100年に一度」とか言うことと関係ない。東京新聞は何を言っているのかよく分からない。ま、シリーズ連載の進展を待つことにしよう。

●どんな国にするのか

 朝日新聞は「人間主役に大きな絵を」と題した社説で、100年に一度というグリーンスパンの言葉を多くの人が引用するが「たじろぐ必要はない」と読者を励ましてくれる。ところが、なぜたじろがなくていいのかの理由は、こうだ。「なぜなら、私たちの国は過去1世紀半近い間に、それこそ国がひっくり返る危機に2度も直面し、克服してきたからだ」。もちろん、明治維新と第2次大戦の敗戦のことである。そういうことはあっても乗り越えてきたのだから今度も大丈夫だという訳なのだが、逆に言えば、今回の危機は維新や敗戦に匹敵するほどの危機なのだということになる。危機の内容は、社説によれば、「世界的な金融システムの行き詰まりと、様々な矛盾を抱えて立ち往生している国内の経済財政システムの行き詰まりとか重なった複合的な危機」ということのようだが、ここでも、それがなぜ「100年に一度」の事態であるのかの説明はない。しかも「グリーンスパンの言葉を多くの人が引用するが」と、自分でなく他の人が言うから自分も言うのだが、という形で定義を逃げている。

 で、その危機から脱するには、どんな国をつくっていくか、「人間主役の大きな絵」が必要で、「それは『環境大国』でも『教育大国』でも『福祉大国』でもありうるだろう」と主張する。確かに環境も教育も福祉も大事だが、こうやって平板に並べただけでは一見もっともらしだけで実は意味がない。私は、農林漁業を底辺としIT、精密機械、環境技術などハイテクを最突端とする「モノづくり大国」を目指してそこに人材を含めた資源を集中投下することを軸心として、それに経済・財政政策も雇用政策も教育政策も環境政策も農業政策も結びつけていくことが出来れば、21世紀日本の新しい成長戦略の「絵」が立体的に描けるのではないかと思う。

●モノづくりを大切にする生き方

 その点では、産経の皿木喜久論説委員長の年頭論説「日本人の『流儀』にこそ活路」が一番共感できるものだった。日本と米国との関係を「蟻とキリギリス」の寓話にそのまま当てはめるのは乱暴ではあるけれども「米国の金融危機の背景には、企業がモノづくりを忘れて金もうけに走ったことがあ」り、「国民も借金してはモノを買うという『虚構』の舞台で踊ってき」て、「キリギリスに似ていなくはない」。日本でも、企業が苦しみ、資産運用で失敗した人も多いが、それでも世界的に見れば、実体経済への影響が少ない。「モノづくりを大切にするという蟻型の生き方を捨て切っていなかったからである」と。

 日経が1面トップで「世界この先」という連載を開始、その第1部サバイバビリティの第1回では、「危機が開く未来へ」と題して、危機の時こそ世界を変えるような技術革新が登場するバネが働いてきたという観点から、日本が今回の危機を生き延びる力を持つことの実例として、トヨタが密かに進める太陽電池車、東大とパナソニックなどが開発する高齢者支援ロボットなどを紹介している(のはいいとして、その次に味の素の営業マンがアフリカの雑貨店を訪ねて調味料を売って歩いている話を出しているのはどういう意味なのか?)。同紙はさらに中面でも多くのページを割いて日本の技術の「強さ」を示す事例をいくつも採り上げて、とりわけ環境技術の分野では日本の特許件数が欧州や米国を遙かに抜いて世界ナンバーワンになっていることを指摘している。

 毎日の菊池哲郎主筆の年頭論説「人に優しい社会を」は、まさにそのタイトル通りのことが今回の米国的価値観の崩壊から学んだ教訓だとして、「持てる日本の資源を最大限有効に生かすには、大きなデザインを描き、全体を効果的に融合する仕掛けを作ることが重要」で、それを通じて「一人ひとりが夢と生きがいの持てる状況を作っていく」ことが政治の任務だと、朝日と似たようなことを言っている。そのためには「2兆円ばらまくなど政策とは言えない」愚行で、「たとえば全額投入してがん治療特効薬を開発する、次の産業である航空機開発や介護用ロボットを完成する、アジアの学術の中心都市を作るなど有効なお金の使い方はいくらでもあります」とも言う。やはりここでも、日本の技術の潜在力をフル活用して挑戦することが中心課題と認識されている。

 読売の社説は、経済より政治に力点を置いていて、経済危機に対しては、日本の強みである「余剰貯蓄」を生かして社会保障や雇用対策など景気振興を行うよう「できれば超党派で知恵を絞るべき」であること、オバマ政権が「日本にもアフガン本土の治安回復活動への自衛隊参加を求めてきた場合」はどうするのか、ソマリア沖の海族対策に中国も軍艦を派遣するのに日本が明確な方針を打ち出せないでいて」米国からどう見られるのか、「日本が信頼できる同盟国だと思わせるだけの能動的な外交・安保政策で応えなくてはならず、それには与野党が国内政局次元の争いに明け暮れることなく「政治空白を解消」すべきことを主張している。

●政界再編も大連立もない

 ちょっと面白いのは、ナベツネが中曽根康弘元首相らと組んで陰で盛んに立ち回っている「大連立」路線がこの社説では抑えられていて、次のような言い方になっていることである。

「次回総選挙では、自民党、民主党とも、単独過半数を獲得するのは難しいと見られている。すでに、与野党を通じ、そうした選挙結果を想定した政界再編、連立絡みの動きもある」

 これはどういうことなのだろうか。昨秋ならともかく、今では自・民両党とも単独過半数を獲れないという結果を想定する人は、自民党幹部も含めてほとんどいない。自民党が負けるのは仕方がないとして、何とか民主党に単独過半数を渡さない程度に踏みとどまって欲しい!というのが読売の願望なのだろうか。「と言われる」と、また新聞特有の他人事のようにして自らの主張に客観性があるかに装う手法だが、ここははっきりと、誰がそんな見通しを持っているのか言うべきだろう。

 ナベツネが政界再編含みの大連立構想を仕掛けるには、そういう流動的な状況でないと出番がなくなるということを言いたいのか。麻生政権の自壊が進む中で、民主党が単独過半数を得て正面から堂々と政権を獲れる可能性がますます強まっていて、だからこそ、民主党側には選挙前に政界再編に応じる必要はさらさらなく、ただ単に自民党側に選挙での敗北・混乱を予想して事前に離党しようという動きが出るかもしれないというだけである。まして単独で政権を獲ってしまえばなおさらそうで、参院で民主党が単独過半数を占めていない以上、共産党を含めた現在の野党各党との協調と自民党・公明党の切り崩しは不可欠だが、自民党を巻き込んだ再編や大連立が必要になることはない。

 時代遅れの「日米同盟」神聖論に立って、そのためには挙国一致政権を、というナベツネ=中曽根路線はもう終わっているのではないか。それに引き摺られていると、読売の論調はますます何を言っているのか分からないことになりかねない。▲

2009年1月 1日

INSIDER No.473《SOMALIA》2009年の世界(その1)──これから始まるオバマの“大変”

●オバマが背負い込む“老大国”

 バラク・オバマは1月20日に第44代米国大統領に就任する。2年間近い激しい選挙戦で彼に最終的勝利をもたらしたのは「チェンジ」というシンプル極まりないスローガンで、それが日本で“変”がこの年を象徴する漢字に選ばれた有力な理由の1つともなったのだが、ブッシュの8年間への米国民の余りに深い絶望に“変”の1字を以て希望の火を点したのはそれで大成功だったとして、さて実際に大統領となって現実に直面して、その希望に具体的な政策で裏打ちを与えて行くとなると、これはもう“大変”である。なにしろ彼が引き受ける米国は、建国から2世紀余りを経て世界最強の帝国として栄華と驕慢の頂点を極めたその瞬間に、アッという間に全世界からの非難と侮蔑の中へと転げ落ちて、行く先も定かならずオロオロと衰弱に向かうことになるかもしれない老大国なのだから。

 CIAはじめ米国の全情報機関の情報分析・予測を統括する米国家情報評議会(NIC)が12月20日発表した「世界潮流2025」報告書は、中国、インドなどの台頭により世界の富と影響力の重心は「西から東へ」と移動し「第2次大戦後に構築された国際体制はほとんど跡形もなくなる」と予測し、その多極化した世界で米国は経済力も軍事力も低下した「主要国の1つ」として振る舞わなければならず、ドルも唯一の基軸通貨としての地位を失いかねないと、自らに言い聞かせるような調子で未来展望を述べている。4年前にNICが出した同種の報告書「2020年の世界」では、米国が「ワン・オブ・ゼム」となっていくことを予感しつつも、まだ支配的な影響力を維持し続ける覚悟を表明していた(本誌05年1月27日号、および高野『滅びゆくアメリカ帝国』
にんげん出版、06年刊]P.213、257参照)。チェンジ、すなわちブッシュの8年間でズタズタになった米国を立て直すというのは、過去の栄光を取り戻すことではなく、21世紀の多極世界とそれに伴うユーラシア大陸への重心移動という新しい現実に米国をいかにして軟着陸的に適合させていくかということであり、それに失敗すれば米国は硬着陸的に破滅に突き進む。そこにオバマ政権の基本的な課題がある。

 まずはイラクとアフガニスタンである。選挙戦を通じてオバマが主張してきたのは、イラクからは早々(16カ月以内)に撤退し、その分、アフガニスタンに対しては兵力を倍増して軍事的決着をつける、という基本戦略である。この前提には、イラクの戦争は間違っていたが、アフガニスタンの戦争は間違っていなかったという認識があるのだろうが、残念ながらこの戦争は両方とも間違っていたのであって、オバマがブッシュの間違いを正して米国の尊厳を取り戻そうとするなら、そもそもテロという見えない敵が企む国際犯罪に対するに“国家間戦争”という手段を採用したことの根本的な筋違いという問題にまで遡らざるを得ない。そのように問題を設定していないところに、すでにオバマの限界が垣間見えている。

●イラクから撤退開始

 イラクでは、09年1月1日に2011年末までの2年間、米軍のイラク駐留を認める米イラク地位協定が発効する。日本を含む十数カ国の軍隊の駐留の根拠とされてきた国連安保理決議が08年末で失効することへの代替措置で、これに従って15万人の米軍は、09年6月末までにまず都市部から戦闘部隊を撤収させた上、11年末までに全土から完全撤収することになる。また4000人の英国軍のほか豪州、ルーマニア、エルサルバドルなどの軍隊も、別途の協定により09年7月末までは駐留する。

 この米イ協定をめぐっては、「3年間でイラク治安部隊が全責任を負うなど到底無理で、米軍駐留はあと10年間は必要」とするマリキ首相ら政府首脳の現実論と、「即時撤退」を主張する反米派の感情論が激しく対立、結果的に、任務外で重罪を犯した米兵に対するイラク側の裁判権の保証、米軍がイラクを周辺国(イランという意味)攻撃の出撃基地とすることの禁止、11年末を「無条件完全撤退」の期限とすること、さらに09年7月末までにこの協定の是非を問う国民投票を実施することなど、反米派の主張に基づく規定が次々に盛り込まれた。

 問題は、マリキが言うように、米軍撤退後の国内治安を確保する目処が立っていないどころか、米軍が引き始めた途端にシーア派とスンニ派の武装対立が激化し、その隙に乗じて北部のクルド族が独立を画策して、泥沼の内戦状態に陥る可能性が大きいことである。仮にそれほど酷いことにならなかったとしても、イラクはシーア派が支配するイランの従属国家となっていくことになる。米国としては、例えどうなっても「イラクが早く撤退しろと言ったからだ」と米イ協定を口実として開き直ることが出来るには違いないが、それで米国が責任を逃れられる訳ではない。

 イラクのさらなる国家崩壊と周辺国を巻き込んだ中東動乱を防止しながら米軍撤退を実現するには、ブッシュが手酷く傷つけた国連との関係を修復し、国連の旗の下でのPKO型の治安回復の新たな枠組みを作って国際社会の支持を得る努力をしなければならないだろう。多国間主義への転換の最初の試金石となるはずのその努力が始まっていないうちに米イ協定が発効してしまうという手順前後が問題で、なおかつオバマ自身とバイデン副大統領とヒラリー・クリントン国務長官のイラク戦争評価は微妙に違っていて、新政権がこれに整然・迅速に対処できるかどうかは未知数である。

●アフガンは一層の泥沼へ

 アフガニスタンの旧タリバン政権がアル・カイーダと直接的関係があったのは事実で、それと間接的関係さえなかったイラクに比べて攻撃対象とする妥当性があったというのがオバマの認識なのだろうが、当時タリバンが「ビン・ラーディンが9・11の犯人である証拠を示せば身柄を引き渡す」と冷静な司法的解決を申し出たにもかかわらず、ブッシュは激情に任せてそれを一蹴し軍事攻撃によってアフガンを国家崩壊させる道を選んだ。結果はイラクよりも深刻な泥沼状態で、ビン・ラーディンは捉まらず、タリバンは復活し、それで焦った米軍が06年央からパキスタンに越境攻撃をして多数の住民を爆死させていることによってパキスタンに“アフガン的泥沼”が拡大し、激高した同国の過激派がインドに向かってテロを激発させるという最悪事態を招いた。教訓は、戦争ではテロはなくならないどころか拡散してしまうということであるはずで、だとするとアフガンの兵力を倍増させるというオバマの選挙公約は何の勝算があって言ったことなのか、理解しにくい。米タイム誌12月22日号で現地を取材したジョー・クライン記者は「オバマが戦って勝利すると主張しているアフガン戦争は、すでに目的を失った不条理となり果てている」と書いた。

 ここでも手順は前後しているなどというものではなくめちゃくちゃで、そもそも米国が間違った戦争を仕掛け国家崩壊を招いておきながら、早々に“勝利”を宣言し、国連の枠組みでNATOを中心とする国際治安支援部隊(ISAF)を導入したものの、実際には激しい内戦が続いていて治安回復に取り組む条件がなく、そのためISAFは当初は治安回復や経済復興のための支援スタッフを防護するために軍隊を送り込み、やがてその本来任務そっちのけで米中心の多国籍軍と一緒になってタリバンなどと戦闘しなければならない羽目に陥った。それでも(それだからこそ?)事態は悪化の一途を辿り、焦ったブッシュは、タリバンの基地となりアル・カイーダの潜伏先となっているとされるパキスタンの部族の集落に対して越境攻撃を命令した。この上3万人の新たな兵力を投入してもこの「目的を失った不条理」を拡大するだけになるのではないかという内外の疑問にオバマは答えることが出来るのかどうか。恐らくは、米国の単なる傀儡と見なされているカルザイ大統領の首と引き替えのタリバンとの停戦交渉、破滅したISAFとは別の新しい国連の枠組みによる国家再建しか道はないはずだが、新政権がその方向に進む可能性を選択肢に入れているのかどうか。

●ビッグ3の救済の後に?

 オバマ政権の経済チームがまず取り組むのは、ブッシュの「つなぎ融資」によって取り敢えず破綻を免れたものの何ら再建の目処も立っていない自動車ビッグ3を引き続き救済し続けるのかどうかという難問である。もちろん、米国のシンボルである自動車産業を没落するままに放置することは出来るはずがなく、またそうすれば景気の底が抜けるので、それを不況対策の中心に据えて取り組まざるを得ないが、そこで早くも問われるのは、政府に救済を願い出ながら10億円を超える報酬を貪って自家用飛行機などを乗り回してきた経営者のみならず、日本の自動車メーカーに比べて倍近い賃金を得てきた労働者や手厚すぎる退職金や退職者向け医療費支給を得てきた退職者も含めた米国的ライフスタイルの水膨れ状態そのものである。

 ノーベル賞を受賞したばかりの経済学者ポール・クルーグマンは23日付のNYタイムズに「バブルなき生活」と題したコラムを寄せ、「向こう1年間は経済的地獄に陥るだろうが、オバマ政権の景気刺激策によって09年末には経済は安定に向かい、2010年については楽観的に見てさしつかえあるまい」と述べながら、「しかしその後には何が来るのか?」と問うている。多くの人々は景気対策が効を奏せば米国人はまた数年前までのようなビジネスに戻ることが出来ると考えているが、実際には、「物事が現在の危機の前の状態に戻ることはあり得ない。そして私はオバマ政権がそのことを理解するよう希望する」と。「米国経済がバブルなしに生きていかなければならないことを悟るには長い時間がかかるだろう。それまでの間、経済は政府の援助に頼らなければならないだろう」と。

 新自由主義の破滅の後には「新社会主義」がやってくるのかも知れない。その問題は、ヨーロッパ人には「第3の道」という共通テーマとその各国ごとの試行錯誤としてとっくにお馴染みのものだが、米国人には考えたこともない新しい問題で、そこで例えば前出のNICの2025報告書も、米欧型の経済発展モデルは力を失って「中国、インド、ロシアのような“国家資本主義”モデルが途上国の人気を集めるだろう」といういささかとんちんかんな予測を描くことにもなる。中国が「社会主義市場経済」を目指しているのは事実だし、「社会主義こそ市場経済を管理できる」(温家宝首相)という実験を行っている事に自負を持っているのも事実だが、それを“国家資本主義”と呼ぶことにさしたる意味はなく、市場が米国で放埒を極めて失敗した後に「市場と政府」という古くて新しい問題への欧州や中国やインドやロシア、それに末席ながら日本も含めた多様な取り組みが対等の価値のあるものとして研究されなければならないという、経済モデルの多極化が始まっているというだけのことである。

●金融資本主義の後始末

 11月のG20緊急金融サミットが「あらゆる規制」を講じると決議したその具体策は、09年3月までに国際的な合意を達成しなければならず、オバマ政権としても全力を挙げてそれを推進することになるが、そこでは単なる“行き過ぎ”の是正というに止まらない、人々の暮らしや実際にモノを作りサービスを提供して価値を生み出している産業にとって「金融はいかなる役目を果たすべきなのか」という原理的な問題を避けて通ることが出来ない。スーザン・ストレンジが20年以上も前に指摘していたように、「大銀行と大証券会社が総元締めとなったこの24時間営業の金融カジノが何より問題なのは、ゲームに参加している銀行家、証券セールスマン、相場師、予想屋といった当事者だけでなく、すべての人々にその影響が及び、……将来何が起きるかは全くの運によって左右されるようになり、熟練や努力、創意、決断、勤勉がだんだん評価されなくなる。そうなると社会体制や政治体制への信念や信頼が急速に消えていく。自由な民主社会が最終的に依拠している倫理的価値への尊敬が薄らいでいく」(『カジノ資本主義』、岩波現代文庫)。

 米国は自由な市場と民主主義を売り物に戦争までしてそれを世界に押し売りしようとしてきたが、それによって実は「自由な民主社会」の倫理的基礎を自ら破壊してきたことに気が付かなければならない。“帝国”でもないし、“超”も付かない、単なる“大国”(ではあるが十分に世界最大の経済大国でありうるのだが)としての米国へ向かって軟着陸が成功するかどうかは、まさにこの倫理的・文明論的次元での米国の自覚に懸かっている。

 このことは、イラクやアフガンの戦争の後始末とも深々と関わっていて、なぜなら、フランスの皮肉屋の知識人エマニュエル・トッドが言うように、米国が戦争にのめり込む理由の1つは、全世界から大借金をしまくってあらんかぎりの贅沢を楽しむというこの国のあり方を維持しようとして、二流三流の独裁国を相手にテレビ映りのいい戦争ゲームを仕掛けて世界に“強さ”を見せつけようとするところにあるからだ(『帝国以後』、藤原書店)。

 オバマ政権の不況対策もまた、金融哲学の再建と密接に関わっている。GMやフォードの経営者や労働者や退職者に問われるのは、まさに彼らが「熟練や努力、創意、決断、勤勉」といった価値観を大事にして、額に汗してモノを作ることを通じて世の中の役に立って初めてお客様から応分のものを頂いて自分らの暮らしを立てることが出来るという考えを持ったことがあるのかということであり、それを抜きにして、「ビッグ3が倒れたら関連まで含めて300万人が失業するぞ」などと政府を脅して救済融資を引き出すことではないはずだ。しかもビッグ3の破綻の原因の一部は、経営者がモノづくりよりも金融資産の運用や自動車ローンのサブプライム化=証券化で儲けることに血道をあげたことによるもので、こんなことを米国民がいつまでも許しておくわけがない。

 米国式金融資本主義がダメになったとしても、金融がダメになった訳ではなく、もちろんそうなっては困る。となると、金融はどこまで戻るのかという議論になっていく。金融機関がマネーそのものを商品化してカネがカネを生む自己増殖に邁進するという銀行の体質に対して規制が加えられるのは当然だが、より基本的には、BISによる自己資本比率の規制、時価会計制度の導入などによって、余計に金融機関が実体経済とかけ離れて、「晴れたら傘を貸し、雨が降ると傘を奪う」と言われるように、不況時にこそ実体経済を支える企業活動や消費者行動を助け、好況時にゆっくり返済して貰うような具合に、長い目でお客様と付き合っていくという金融本来の役目を果たさなくなるという制度上の問題も検討の課題となるだろう。ビッグ3の問題も、なぜ金融機関から支援が得られずに政府の救済を受けなければならないのかを世間に説明しなければならないはずで、それには自動車メーカー側の問題と金融機関の問題とがあるに違いない。そこを明らかにせずに単に救済しても果てしのないことである。

 こうして、米国民のみならず全世界に希望を与えたオバマの当選ではあったが、いざ現実にホワイトハウスに入ってみれば、そこで待っているのはほとんど呪われた出発でしかない。その心配を払拭するような歴史に残る名演説でオバマは就任を飾ることが出来るのかどうか。2009年のまず最初の注目点がそこである。▲

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