Calendar

2008年11月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

Recent Trackbacks

« 2008年10月 | メイン | 2008年12月 »

2008年11月19日

INSIDER No.469《ASOISM》「アソイズム」というサイトを作ろうか!──KYとは「漢字が読めない」のことだとか…

 麻生太郎首相がしばしば漢字を読み間違えて、「漫画ばかり読んでいるからだ」(これは漫画に失礼だよね)とか「KYとは『漢字が読めない』の略だったのか」とか、盛んに話題になっている。

●ブッシズム

 ブッシュ現米大統領が登場してまもなく、Bushismという言葉が生まれ、それに関連したサイトが米国中に山ほども出来て、Wikipedia英文版にもその項目が載った(今もある)。ブッシズムとは、文字通りには「ブッシュ主義」だが、実は「ブッシュ流の奇妙な言い回し」というような意味で、Wikiの定義によれば「ブッシュ現大統領の公開スピーチに現れた、数多くの奇妙な言葉、フレーズ、発音、誤った言葉遣い、語義上及び言語学的な間違い」のことである。

 1つだけ有名な例を挙げれば、ブッシュは00年11月6日にアーカンソー州ベントンヴィルでの演説で"They misunderestimated me"と言った。「彼らは私を過小評価していた」と言いたかったのだが、それならunderestimatedで十分で、misunderestimateでは二重否定的になって「彼らは私を過小評価し損なっていた」という意味になってしまう。しかし、当然ながら、英語にはmisunderestimateという言葉はない。たぶんブッシュは、misunderstood(誤解した)という語と混濁したのだろう。

 ニューズウィークのマイケル・ハーシュ=ワシントン支局員は同誌11月19日号の「知性なき政治の幕が下りる」という記事で、オバマ新大統領の誕生は知性の復権を象徴する出来事で、そうは言ってもオバマが数々の難問に直面せざるを得ないことを思えば過度の期待をしてはならないという趣旨のことを述べた後に、こう言っている。

「だが、リスクはあってもオバマに賭けてみる価値はある。なにしろこの国は8年近く、戦略どころか筋の通った英語文すらろくに話せない人物が最高指導者を務めていたのだから」

 その通りなのだが、8年前からウェブやブログの世界でさんざん言われてきたことを、今頃になって大手メディアがこんな表現で語るのは、私は卑怯だと思う。初めから正面切ってそれを詰問すべきだった。

●アソイズム

 思い込みによる漢字の読み間違いというのは、多かれ少なかれ誰にも(とは言わないまでも多くの人に)あることで、驚くには当たらない。が、一国の最高指導者たる総理大臣がそれを繰り返すというのは国家の品格と総理の権威に関わる重大事態で、秘書が演説原稿に入念にルビを振るとか、漫画本を取り上げて漢字学習の家庭教師をつけるとか、麻生が国民から馬鹿にされないよう官邸が万全の対策を講じる必要があるだろう。

 しかし漢字の読み違いは、麻生における「言葉の軽さ」の問題の一部でしかない。より深刻なのは、とっさに発する言葉のいちいちが美しくなく、妙な口癖のようなフレーズを頻発するばかりか、しばしばその場やタイミングに相応しくなく、時によっては相手に無礼なほど場違いなことである。例えば、11月5日にオバマ当選が決まった後、官邸でのぶら下がり会見で「黒人発の大統領だが感想は?」と問われて、麻生はこう言った。

「日本の場合は、どなたがアメリカの大統領になられようとも、日本とアメリカの関係というのは、50年以上の長きにわたって双方で培ってきた関係。新しい大統領との間で維持していく、一番大事なところではないでしょうかね」

 また「アフガン支援を迫られるのでは?」という趣旨の問いには、

「1月20日(の政権発足)にならないとね、どういうスタッフでやるのか、よく見えてくるまでにならないと、今、うかつな話はできません。少なくともイラクの方が安定してきたんで、アフガンにその重点を移しているという、世界中がその流れだと思います。オバマっていう人も同じような方向で考えておられる。まあこれまでの発言を聞いているとそうですな」

 さらに「11月14、15日のG20の機会にオバマと会談する考えは?」と聞かれて、

「別に今、急に合わなくてはいけないというわけじゃありませんし、1月20日まではブッシュという人が大統領ということになっていますので。今は移行期間という感じですから。その間にアメリカ大統領は、今ブッシュっていう人がやっておられますので、その方が正式に大統領になられた後の話なんであって、会いに行くのはそれから後の話が基本と僕は思っていますけれどもね」

●世界の首相談話の中で一番間抜け

 1つには、「○○っていう人」という言い方がこの短いコメントの中に3回出てきて、それが彼の意識しない口癖であることが分かる。この言い方は、普通、聞いたことも会ったこともないような第3者を話題にする時に用いるもので、やや極端に言えば「○○という名前だそうだがどこの馬の骨か分からない奴」というニュアンスさえ含む。天下周知のオバマやブッシュに「っていう人」を付けるのは場違いであるだけでなく無礼だろう。ましてやオバマは、全世界注目の中で劇的な圧勝を遂げたばかりであって、日本の総理が真っ先に発すべきは「オバマ氏に心からお祝いを申し上げる。初の黒人大統領を生み出したアメリカの民主主義の力強さ、変化を求めるアメリカ国民の熱情に感動した。次の4年間を通じて日米同盟関係が新たな息吹を与えられ、一層深化していくことを期待する」といったことではないのか。小泉なら即興でこの程度のことを言っただろう。ところが麻生が最初に吐いたのは「どなたがアメリカの大統領になられようとも」「オバマっていう人」という、まるで「わしゃ知らん」とでも言いたいのかとさえ思わせるような言葉だった。

 倉重篤郎=毎日新聞編集局次長が週刊『エコノミスト』11月25日号のコラムでこのことを取り上げていて、次のように書いている。

「このやりとりをどう見るか。自民党実力者の1人は『次の大統領が決まった日に“どなたがなっても”はないだろう。世界各国の首相談話のなかでも一番間抜けに聞こえる。開票前に準備されたメモを取り違えて、そのまま読んだかの印象だ』と怒りを隠さない。『ブッシュっていう人』という言い方もいかがなものか」

 倉重はさらに続けて、上記のやりとりの2日後、7日にオバマと初の電話会談を行った後の番記者とのやりとりにも触れている。「オバマ氏と電話会談をされたが印象は?」と問われて麻生は、

(1)「印象? 顔も見ないで印象と言われても困る」
(2)「話しやすかった。テレビで見るよりも英語が分かりやすかった」
(3)「音声が悪いのかな、おたくのテレビ」
(4)「世界で最も大事な2国間関係といわれる相手側ですから」
(5)「何となく、きちんと勉強してこれからの世界に対して意欲もあるし、そういった感じでした」
(6)「短時間では分からない」

 わざと改行してナンバーを付したが、これは一連なりの発言である。(1)は、これも一種の口癖で、まず質問に「何でそんなことを聞くんだ」という調子で反発したような表現を持ってくるのが彼の常套手段で、そうやって「お前らのくだらない質問に答えてやっているんだぞ」という記者団に精神的優位を確保しようとするジャブなのだろう。電話で会談しただけなのは分かっていて、その限りの印象を問うているのだから、全く無意味なセリフである。(6)も、短時間なことは分かった上で印象を聞いているのだから意味がない。短時間の電話会談でも、アメリカの将来と日米関係の今後についてこういう確信を持った、ということを語ればいいのだ。

 (2)がその印象の内容に当たる訳だが、「英語が分かりやすくて話しやすかった」というのは中学生レベルで、ほとんど間抜けである。(3)はまた記者をからかう無用のジャブで、たぶん記者が「そうですか?」という顔をしたのに対して言ったのだろう。ジャブにもなっていない。

 (4)は意味不明。そういう相手側だから「心して電話対談に臨んだ」という意味なのか。(5)は、ここでまた有名な口癖「何となく」が出る。「何となく受けた印象では」と言いたいのだろうが、何となくでは困るのであって、総理はいつも確信を持って語らなければいけない。「きちんと勉強して世界に意欲もある」というのは、これまた無礼な話で、次期米大統領が麻生に比べて「きちんと勉強している」のは当たり前だろう。

 漢字の読み違いはまだ笑って済ませられる事柄である。が、記者とのやりとりはじめ国会での答弁や演説での意味不明は、総理としての基本的なコミュニケーション能力に関わる問題で看過できない。さらに、このような麻生の「言葉の軽さ」は、定額給付金の問題での彼自身の発言の二転三転による迷走から支離滅裂への泥沼化、その結果としての政局漂流と総選挙決行のタイミング喪失という彼の政治姿勢そのものの危うさにも繋がっている。

 何カ月か後に我々は「筋の通った日本語さえ話せない麻生とかいった人物が最高指導者を務めていた」時代があったことを振り返ることになるのだろうか。番記者の皆さんに提案:ぶら下がり会見の問答を含めて麻生のすべての言葉を公開して、言語学者の力も借りて分析し続ける「アソイズム」のサイトを作りませんか?▲

2008年11月16日

INSIDER No.468《CHIKUSHI》筑紫哲也さんが亡くなって想うこと──ジャーナリストたちの世代論

 筑紫さんとは細いけれども長い付き合いで、突然1年か2年ぶりに電話がかかってきて「高野君、ちょっとこういうこと考えているだけど知恵を貸してくれない?」と言われたりしたことも何度かあった。

 彼がニューヨーク勤務中の頃、都内某ホテルのエレベーターの扉が開いて乗ろうとしたら、筑紫さんがほろ酔い加減で妙齢の女性の肩を抱いていて、悪びれもせずに「おー、高野君。2日間だけ東京に帰って来たけど明日はNYに戻るんだよ」とか言って、私はどう挨拶したらいいかも分からず、こちらが恥じ入るような気分になって自分の階で「じゃ、失礼します」と降りたこともあった。天真爛漫な人だった。

 故・安東仁兵衛という人がいて、『現代の理論』編集長で『戦後日本共産党私記』などの著書もある「最後の旧左翼」で、私は「高野君、高野君」と言われて可愛がられたが、その『現代の理論』の忘年会(安東さんが亡くなったのが98年春だからその前年まで開かれていたと思う)というと必ず、筑紫、岩見隆夫(毎日)、故・石川真澄(朝日)、田原
総一朗(フリー)の4人が顔を揃えて談論した。石川さんが1933(昭和8)年生まれ、田原さんが34年生まれ、岩見さんと筑紫さんが35年生まれのほぼ同世代で、彼らに共通するのは、右だ左だは関係なく、「国家というものを信用してはいけない」という一種のアナーキズム的な反体制姿勢と、「戦争だけはやってはいけない」という体に刻まれた反戦思想だった。「戦争を体験した我々の世代が伝え続けなければならないことがある」というのが、そういう席で筑紫さんや田原さんがいつも口にしていたことだった。

 思うのはノンフィクション&ジャーナリスト業界における世代論である。彼らの昭和10年前後というのは凄い世代で、33年生まれには故・本田靖春、岩川隆、ばばこういちら、34年生まれには上前淳一郎、36年生まれには柳田邦夫、上之郷利昭、角間隆といった方々がいる。一時政治活動にのめり込んだばばさんを別にすると、この人々はほぼ例外なく文藝春秋社を主な拠点としてノンフィクションの時代を作った人々で、田原さんもこの戦列に加わる。立花隆も文春拠点だが、彼は40年生まれで少し若く、我々との中間の世代である。

 彼らが活躍し始めたのは、70年代後半で、その頃私らの世代は駆け出しの食うや食わずのフリー生活に追われていて、例えば私は、76年から79年まで田原さんの下で取材チームを編成してほとんど毎日、文春の2階に設けられた「田原部屋」で寝泊まりしていたが、その右隣は「上之郷部屋」で左隣は「立花部屋」だった。そういう一癖も二癖もあるライターたちを一手に束ねていたのが、当時は月刊文春の編集部員、後に週刊文春の編集長も務めた花田紀凱=現月刊WILL編集長だった。

 当時、講談社の月刊『現代』が文春に対抗して、「次の世代」を育てることを通じてノンフィクションのもう一つの拠点を築こうとしていて、そのお声掛かりで私が幹事役になって、猪瀬直樹、佐野真一、山根一眞といった団塊世代のフリーを7〜8人集めて、市ヶ谷の「番屋」という居酒屋で飲み会を重ねたこともあった。その『現代』も今年末で廃刊で、同誌が主宰した「講談社ノンフィクション賞」は残るらしいが、それにしても1930年代前半世代が切り開き40年代後半世代が開花させてきたノンフィクションの時代はいよいよ終わるのかと思う。月刊『文芸春秋』にしてからが、立花さんの「田中角栄研究」が載った頃には100万部に達しようかという部数を誇ったが、いまは半分以下で、何人もの花形ライターに数名ずつの取材スタッフを付けて部屋を与えて、1つのテーマを何カ月も取材させて一挙100枚とかの力作を書かせるだけの体力は、全くない。

 私は80年当時、情報誌「インサイダー」を先輩から引き継ぐかどうかという時に、そのノンフィクションの時代の波に乗って“ノンフィクション作家”の道を進むという選択肢もあって、周りからも文春や現代の編集者からもそうするよう勧められたが、敢えて“フリー・ジャーナリスト”の道を採って「インサイダー」を法人化しその代表兼編集長となった。作家とジャーナリストでは問題関心も活動スタイルも違っていて、それからは既存のマスコミを含むジャーナリストたちとの交友が増えたのは当然だった。いま朝日新聞主幹の船橋洋一、毎日新聞の特別編集委員の岸井成格、毎日の社会部長から常務まで務めて退職した中島健一郎、日本経済新聞の特別コラムニストの田勢康弘ら、(中島を別として)今も現役で新聞界をリードしている人たちは、どういう訳かみな私と同じ1944(昭和19年)生まれで、同年生まれの会「一休会」のメンバーである。そのへんから団塊世代にかけての一群も還暦を越えて、さてノンフィクションにせよジャーナリズムにせよ、次にまとまったパワーを持った世代が現れているのかどうか。今のところ私にはそれが見えていない。▲

2008年11月13日

INSIDER No.467《OBAMA》オバマ圧勝の原動力となったネット活用戦術──若者層や無党派・無関心層を深く掘り起こす

 オバマ圧勝をもたらした最大とも言える戦術的要因は、ウェブやEメールだけにどどまらず、4年前には存在しなかったブログやユーチューブなどのインターネット上のツール、さらには同じく4年前にはそれほど盛んではなかったが今では特に若者層にとってはインターネットと結合した基幹メディアとなりつつある携帯電話など、新しいメディアをフル活用して、従来は政党の手が届かなかった若者層や無党派・無関心層、アフリカ系はじめマイノリティの中の貧困層にまで支持者を広げたことにある。

●選挙のあり方がひっくり返った?

 インタナショナル・ヘラルド・トリビューン(NYタイムズ国際版)11月5日号でアダム・ナグアニー記者は「米国の大統領選挙のやり方が根っこからひっくり返ってしまった」とまで書いている。

「いかにして有権者を獲得するか、資金を募るか、支持者を組織化するか、ニュースメディアに対処するか、世論を追跡し形成するか、政治的攻撃を仕掛けたりそれに反撃したりするかについてのルールが書き換えられた」

 もちろん、選挙活動にインターネットを活用するというのは今に始まったことではない。2000年の選挙では両陣営共にウェブやEメールを大いに活用したし、04年の選挙ではハワード・ディーンの陣営がネットを通じて募金とボランティア登録を行って話題となった。しかし、今回のオバマ選挙は、それを量的にとてつもない規模にまで拡大しただけでなく、4年前には存在しなかったブログという自由発信メディアを通じての世論の組織化や、ユーチューブの動画を利用した宣伝など、新しい手段を巧みに組み合わせて質的に充実させた。

 とりわけ、恐ろしいほどの効果を発揮したのは献金とボランティアの組織化で、パソコンか携帯電話でウェブサイトにアクセスすると、すぐに右肩に出てくる「あなたも献金を」のコーナーが目に入り、5ドル、10ドルといった少額でも献金できるようボタンが並んでいて、キャンペーン期間中だと「献金した人の中から抽選で4人様をオバマ候補とのディナーにご招待!」などと書いてあったりする。「えっ、5ドルの献金でもオバマと食事が出来るんだって!」と話題になって、おもしろ半分というか宝くじを1枚だけ買うような気軽さでボタンを押す人が増えるのは当然である。陣営が1年半に集めた献金は600億円の巨額に達するが、その大半はこうした5ドル、10ドルの主に若者層の政治献金の積み重ねと言われている。

●携帯電話メールが効果を発揮

 携帯電話メールは特に有効だったようだ。携帯を通じて献金しサポーターもしくはボランティア登録をすると、情報が携帯メールで毎日のように送られてきて、それには選挙情勢の一般情報だけではなしに、「あなたの住んでいるこの町の選挙事務所でボランティアとして働きませんか」というきめの細かい勧誘などもあって、これまで政治にほとんど関心も持たなかったような人たちも「あなたが主役です」と言われているような気がして、思わず飛び込んでしまうということにもなる。

 このようにしてオバマ陣営が、従来の政党では手が届かなかった人々にまで選挙人登録をして投票に行こう、献金をしてボランティアに参加しようと一貫して呼びかけ続けたことで、戦後最高の推定64%という高い投票率が達成されたばかりか、共和党の伝統的な支持基盤である州でもそのようなことが起きて選挙区の構造を変えてしまった。

 選挙と言えばかつては、組織力のある新聞、テレビなど既存のマスメディアの独壇場だったが、今回はPoliticoやHuffington Postなどのウェブ上の専門サイトが大いに活躍し、政治・政策論争の活性化に一役買った。マスメディアの報道に対しては人々は受け身の読者・視聴者とならざるを得ないが、こうしたウェブのお陰で人々は、マス情報で聞きかじったことを専門サイトで詳しい情報をチェックしたり、直接陣営のサイトを訪問して演説の全文を参照したり、よかれあしかれ何か“噂”が出回ったりするとネットを巡回して真偽を確かめたり、それでも分からないと質問を書き込んだりして、自分の方から確かな情報を得ようと努力する傾向が目立った。

 元々若者層は、普段から新聞も読まないしテレビのニュースを熱心に観る訳でもない。彼らにとっては、携帯でしゃべり、メールを交換し、ウェブにアクセスするのが日常のスタイルで、その意味で若者にとっては今や携帯が個人の基幹メディアになっているので、オバマ陣営のこの戦術は有効だった。

●マーク・ザッカーバーグが顧問

 オバマ陣営の顧問としてこのネット戦術を指揮したのは、人気SNSの1つ「フェースブック」の創業者である弱冠24歳のマーク・ザッカーバーグである。

 彼は高校生の頃から音楽配信ソフトを作ってそのサービスを行う事業を興したりしていたが、ハーバード大学に入るとすぐに学内の学生同士が交流するサイトを立ち上げる。しかしこれは、大学が管理する学生情報を違法に利用したとして禁止され、彼が自由でオープンな情報の利用を主張したにもかかわらず大学当局によって処罰されてしまう。やがて彼は、全国の大学生向けのSNSである「フェースブック」を立ち上げ、しばらくして同大学を中退した。フェースブックは後に一般にも開放されて、今では「マイスペース」に匹敵する全米トップクラスのSNSの1つとなっている。オバマ陣営はそのザッカーバーグを顧問に迎え、何百万人もの支持者を組織しそれと対話を絶やさない巨大なシステムを作り上げた。

 オバマが口癖のように繰り返しているのが「違う意見の人々にも耳を傾ける」「私はいろいろな人々の意見を映し出すスクリーンにすぎない」ということだが、それは単なる政治姿勢の問題ではなく、現実にそのための回路をネットを通じて組織化したことによって確かな裏付けを得たのである。

 翻って、選挙期間に入ると候補者のウェブを凍結して更新を禁止するという日本のこの後進性は一体何なのか。出来るだけ選挙を詰まらなくして、特に若い人に政治に関心を持たせないようにしようという政府と総務省の陰謀ではないかとさえ思えてくる。▲

2008年11月 4日

INSIDER No.466《OBAMA》勝利が確実でも喜んではいられないオバマ──米帝国崩壊という現実にどう対処するのか?

 オバマ候補の勝利はもはや確実で、しかも雪崩的な圧勝になる可能性が大きいが、彼にはそれを喜んでいる暇はない。次期米大統領が直面するのは、史上最強の帝国が軍事・外交と金融の両面で目に見えて崩壊し始めたという空前絶後の大惨事である。単に「チェンジ!」と叫んで現状を何とかしたいと思っている米国民の感情に訴えるのは、選挙戦術としてはそれでいいけれども、明日から彼に問われるのは、そのチェンジはどこへ向かってのチェンジなのかを指し示す力強い哲学と理念であり、またイラクやアフガニスタンの馬鹿げた戦争を終わらせ世界金融危機に歯止めをかけて全世界からの信頼を回復するための具体的な戦略と行動計画である。どんな優れた指導者でも、こんな時期に米国の大統領に就きたいとは思わないに違いないが、オバマはそんな不安などおくびにも出さずに、強くて頼りになる大統領を演じ続けなければならないという悲劇的宿命を負っている。

●すべてはブッシュのせい

 オバマがこんな米国を引き受けなければならなくなったのも、すべてはブッシュ大統領のせいである。日本経済新聞の岡部直明主幹は3日付同紙の特集「検証・ブッシュ政権の8年」でこう述べている。

「ブッシュ米大統領は第2次大戦後の“超大国・米国”の時代を終わらせた大統領として歴史に名を刻まれるだろう。覇権国家のリーダーとして振る舞ったイラク戦争では国際信認を損ない、米国の分裂を招いた。米国初の金融危機は大恐慌以来のグローバル危機に波及した。ブッシュ時代は世界を混迷に陥れた8年というしかない」

 本当のことを言うと、ブッシュの間違いは先々代のブッシュ父にまで遡る。ブッシュ父がゴルバチョフ=ソ連大統領と語らって米ソ冷戦を終結させたのは偉大な功績だが、彼の致命的な間違いは、その歴史的転換に「米国は冷戦という第3次世界大戦に勝利し、今や“唯一超大国”となった」という誤ったイメージを抱き、現実に「ソ連がいなくなったのだから米国の軍事力を以てすればどんなことでも押し通せる」とばかり湾岸戦争を発動したことである。INSIDERがその当時から一貫して指摘してきたように、“唯一超大国”という言葉自体が自家撞着的であって、米国も旧ソ連も、お互いに相手があればこそ超大国であったのであり、冷戦が終わってしまえばそれぞれにに“超”のつかないただの“大国”に軟着陸的に回帰するしかないはずだった。

 それは、THE JOURNAL 10月31日付の朝日新聞からの引用で仏知識人エマニュエル・トッドが経済面から言っている「「皮肉なことに、資本主義がより優れたシステムだというのは、共産主義が存在している限りでの話だ。てんびんの反対側の重しだったソ連が崩壊し、市場原理を制御していたすべてが取り払われてしまったために、世界は極めてばかげた道を歩んだ。資本主義の悪い面ばかりが残った」と完全にパラレルなことである。軍事・外交面でも金融面でも、旧ソ連がいなくなって「我が世の春」だと錯覚した米国が、単なる“大国”に軟着陸するという血の出るような努力を怠って逆方向に暴走した結果、現在の硬着陸的な破滅を招いたのである。ブッシュ息子の愚鈍の罪は大きいが、それは父の“唯一超大国”という幻想的な自国イメージを単独行動主義や先制攻撃論といった実際の外交戦略として具現化しようとしたことにあるのであって、元はと言えば父の間違いの上塗りと言える。

●オバマはどこまで時計を巻き戻す?

 そうしてみると、ブッシュ親子2代が犯した間違いを正すのがオバマの役目ということになる。

 いや、途中にクリントンの8年間が挟まっていて、彼はそれなりに(というか中途半端に)ブッシュ父の冷戦思考の惰性を軌道修正しようと努力はした。冷戦時代の米国が戦争と石油を支配基盤とした覇権国家であったのに対して、クリントンはITと金融で世界をリードすることを構想し、そのIT分野には冷戦時代に国家投資によっと培った最先端軍事技術を民間平和技術に転用する、いわゆる「軍民技術転換」という平和の配当戦略を推進し、インターネットという本来はペンタゴンが開発した軍事情報伝達のための通信方式を民間で大活用することを軸としてITブームを出現させた。他方、そのIT技術を金融面にも適用して、金融の電子化とインターネットを通じたグローバル化を追求した。結果は、ITブームは関連株価の加熱と暴落をもたらし、また金融の電子化は今の米国式金融資本主義の暴走と破綻の下地を作っただけに終わった。そうなってしまったのは、クリントンがブッシュ父の“唯一超大国”路線をキッパリと拒否・転換できずに、それを引き摺りながらITと金融の両輪を乗せ替えようとしたからである。

 とするとオバマは、ブッシュ父子の間違いに加えてクリントンの曖昧さも克服して、米帝国の崩壊の後の軟着陸を目指さなければならず、そのためには彼は、ブッシュ父が登場した88年、つまり冷戦終結前後のところまで立ち戻って、改めて「米国はどう生きるのか」を問い直さなければならないのではないか。

 その点で私が思い出すことの1つは「クオモ・レポート」である。88年の大統領選挙は、共和党=ブッシュ父と民主党=マイケル・デュカキスとの間で争われ、初めからブッシュ優位で進行したのだったが、その時期に、4年後には民主党の有力大統領候補になるのではないかと言われていたマリオ・クオモ=NY州知事が著名な学者やビジネスマンを集めて「貿易と競争力に関するクオモ委員会」を結成、約1年がかりで270ページに及ぶレポートをまとめて出版した。「強い経済をめざすアメリカの新しい処方箋」と副題されたそのレポートは、当時大いに話題となり、旧INSIDERも88年12月15日号から3回にわたり抄訳を掲載した。その抄訳は文末に資料として添付するが、米国が借金の中に埋没して行けば外国の債権者が米国の将来を左右し、その結果、安保面でも危機に陥るだろうと指摘し、借金国家を脱するために「消費の心理から脱して生産者精神に立ち戻る」ことを提起しているのが興味深い。

 米国は20年前にこのような提言に耳を傾けることがなく、今日の体たらくに陥った。さてオバマはどこまで時計を巻き戻すことが出来るのだろうか。

---------------------------------------------------------------

[資料]
88年クオモ委員会レポート──90年代のアメリカ:最悪シナリオ

《国際的な危機》

 米国は世界経済の新しい現実に適合することに失敗した。その失敗のツケは、次の10年間を通じて成長が鈍化し、生活の水準・条件が向上しないといった経済的な面だけにとどまらない。もし米国が借金の中に埋没して行くなら、外国の債権者がわが国の将来と政府の政策をほしいままに操ることになるだろう。そして米国が内外市場で競争力を持ち得ず、成長を遂げることに失敗するなら、この国は安全保障上の約束と同盟国のネットワークを維持できず、またこの40年間、米国の世界の中での地位を保ってきた諸制度を維持できないだろう。その結果、米国だけでなく世界がより貧しくなり、危険が増大することになろう。

《7つの危険な徴候》

 長期的に見ると7つの危険な徴候があり、これらが放置されたままで重なり合ってきた場合には、米国経済は深刻な脅威にされされよう。

<1>貿易危機
 米国は今世紀を通じて貿易黒字国だったが、75年以降は商品貿易で黒字を出していない。貿易赤字は着実に増え続け、87年には国内消費の22.7%を輸入に依存するという記録を樹立した。米国の世界の輸出に占めるシェアは1950年に比べて30%縮小した。

<2>借金国家
 家庭、企業および消費者の負債総額は82年の4兆9000億ドルから87年の7兆9000億ドルへ、5年間で60%増えた公的負債は80年には1兆ドル以下だったが、今ではその3倍になり、87年の利払いは財政赤字の総額を上回った。米国は10年前には世界最大の債権国であったのに、今や史上最大の債務国になった。

<3>リスクと不安定性増大
 借金の増大に伴って、世界全体で経済のリスクと金融市場の不安定性が増大した。1943年から81年までは米国の銀行の倒産は年平均10件以下だったのに対し、86年には136件、87年には184件の史上最高に達した。金利と債券価格の変動は激しく、それが長期的な投資戦略の立案を難しくしている。株価も50ポイントの上下が当たり前になった。

<4>低成長
 GNPの伸びは60年代には年平均3.8%だったが、70年代には2.8%に落ち、80〜87年はさらに2.2%になった。

<5>革新力の低下
 米国経済はダイナミズムを失いつつある。民間設備投資は60〜70年代にはGPNの7%前後だったが、80〜86年には4.7%に落ちた。製造業の生産性は伸びてはいるが、西独や日本に対する優位は狭まりつつある。投資の源泉となる企業の内部留保は縮小し、ネットの民間貯蓄の対GNP比の80年代平均は70年代に比べて25%減となった。米国人による特許登録数は66年から83年の間に39%減少し、87年にアメリカで認められた特許の半分近くは外国人によるものである。民間研究開発投資の対GNP比は、アメリカに比べて日本が47%、西独が32%も多い、教育においても立ち遅れており、西独の大学生の40%は理工系であるのに、米国ではそれは10%にすぎない。

<6>対外競争力が直面する困難
 ますます多くの米国の産業が外国との競争に晒されている。製鉄プラントは閉鎖され、50年代には消費量の2%だったスチールの輸入は20%になった。デトロイトは世界の自動車産業の首都の地位を失い、米国の世界の自動車生産におけるシェアは60年代の75%から25%に縮小した。

<7>生活水準向上の終わり
 大部分の人々が年々生活水準の向上を味わえるのが、戦後の米国のあり方の最たるものであったが、今やそれは事実上なくなった。生産労働者の時間当たり賃金は73年から停滞している。81年から86年の間に1300万人以上が失業し、その3分の1は今も失業中である。80年代を通じて数百万の新しい職が生み出されたのは事実だが、高賃金の製造業の職が失われて、相対的に低賃金のサービス部門やパートタイムの職に置き換えられたにすぎない。

《成長へのパートナーシップ》

 主要な工業国の間の経済的不均衡が世界経済の持続的な発展を脅かしている。米国の借入はわれわれが生産するもの以上に消費することを可能にし、他方、われわれの競争相手である西ドイツと日本では生産が消費を上回っている。87年にはこの関係は危険な局面を迎えた。日独の投資家たちはアメリカの債権に投資しなくなり、両国の中央銀行だけがドルの崩壊を食い止めるために、いやいや1400億ドル以上もの財務省証券を買っただけだった。バランスのとれた貿易と成長のために次の政策が有用だろう。

<1>米国の貿易・財政赤字を長期的に構造的に削減する計画が安定への第1歩となる。米国は言うまでもなく世界の経済が、借金による消費に余りに頼りすぎている。後で提案するような方策で米国が赤字削減と貿易収支の均衡を図ることが、真の国際協力のための前提となる。

<2>西独と日本はじめ黒字国はもっと成長刺激的な政策に転換しなければならない。日本はすでに内需拡大の努力を始めているが、西独はその方向に踏み出していない。NICSの多くは国内市場を閉ざし、自国民の賃金や福祉を低く抑えて購買力を持たせないようにしている。これらの国に対して米国は外交的経済的影響力を行使して、より建設的な政策に向かわせなければならないが、最も効果的なのは米国が自ら双子の赤字の克服に取り組んで、よい見本となることである。

<3>成長の方向へ金融政策を調整しなければならない。成長を促すようにマネー・サプライと金利を維持する政策が、米国とその貿易相手国で共通して採られるべきである。

<4>貿易政策の上で諸外国の生活水準の向上を重視しなければならない。米国は第3世界の生活水準の向上を促し、需要を喚起するような政策をとるべきである。

<5>米国の輸入を巨大な貿易黒字を抱える国々にシフトするという協定が必要である。かつて1950年代に日本が大量に輸出を始めた時、欧州は日本の輸出を受け入れたがらず、日本のGATT加盟にも積極的でなかった。その時、米国は日本のGATT加盟を支持し、また欧州に対して日本製品に市場を開くよう促した。今日のNICSは数十年前の日本であり、米国は再び欧州とそして今度は日本と共に、それら若いダイナミックな諸国に市場を開放するように力を貸す必要がある。

<6>米国の外交政策と経済政策はより密接に統合されるべきであり、我が国の経済利益が短期的な政治的目的のために損なわれることがあってはならない。貿易交渉は、政治交渉と同様に我が国の真の安全保障にとって肝要である。

<7>米国政府は、均衡ある貿易を実現する協定の交渉に当たって、米国市場をバーゲニング・チップとして使うべきである。交渉に当たっては、米国の市場が世界最大の、最も豊かなマーケットであることを武器にして、相互主義の原則を相手国によく認識させなければならない。そうすれば、相手国の特別の関心にかかわる2国間もしくは多国間協定をGATTの枠外で作ることも可能になる。

<8>米国の貿易政策には、過剰設備の問題を解決するための協定を結ぶことも含まれなければならない。多くの産業で過剰設備を抱えており、そのようなケースでは一時的な市場分割と“カウンタートレード(対抗貿易)”の協定によって破滅的な競争を避ける必要がある。そのような協定は、とくに産業政策を採用している国に対しては有効だろう。カウンタートレード協定とは、A国がB国にある製品を輸出しようとする場合に、A国が自国の市場でB国のその製品について同じだけのシェアを与えることが条件づけられるものである。

<9>輸入制限が必要になった場合、政府は、国内産業の活力を高めるために、その産業に対して調整計画と再活性化戦略を提出するように求めなければならない。貿易法案が下院を通過したら、救済を請願した業界は提唱された調整計画に従うようITCとUSTRに誓約しなければならない。保護措置はあらかじめ期限が定められ、当該業界の各企業も経営改善のための行動計画や労働者の再教育・配置転換・生活保障などの計画を持たなければならない。

<10>政府の財政支援の基準を確立すべきである。ある産業が連邦政府に構造改善のための財政的支援を要請する場合の基準は、(1)その産業が他の産業や雇用維持のために戦略的な重要性を持つ、(2)支援が手遅れでない、(3)政府介入が各界から支持され、公共の利益に合致する、(4)構造改善計画は明確で、労使の合意に裏づけられている、(5)どうやっても衰退が避けられそうもない産業には、経済調整政策が適用される——などである。

<11>輸出振興の対策をとるべきである。政府が世界の輸出機会についての情報サービスや輸出金融・保険などの面での支援を強化しなければならない。

<12>米国は他の国とテクノロジーを分けあうことを追求すべきである。日本は外国企業が日本でビジネスをする代償としてテクノロジーを分けあうよう求めてきたが、米国も同じようにすべきである。そのことで、米国の企業は外国の特許情報を入手してそれを使って製品を開発する能力を向上させるだろう。

<13>米国はラテン・アメリカでイニシアティブを発揮しなければならない。中南米の国々は米国の長期的な繁栄にとって最も重要である。この7年間の中南米の購買力の後退は米国にとって悲惨な結果をもたらした。債務問題の解決、さらに進んで急成長の復活のために、大統領と議会は中南米の指導者と協力しなければならない。

<14>米国の貿易政策は、対中国貿易の新しい機会に焦点を当てなければならない。中国市場の潜在力は世界最大であり、日本にこの市場を委ねるのでなく、我が国の企業が中国に参画できるようにする道を見つけなければならない。

《積極的な政府》

 国際的な改革は米国にとってチャンスをもたらすが、それを活かすのはわれわれの行動である。連邦はじめすべてのレベルの政府は、競争力を回復させ、財政・貿易政策をよりバランスのとれたものにするために果たすべき役割を持っている。積極的な政府の役割は米国の伝統の一部である。

 積極的な政府とは、すべてを包括するような単一の国家的産業計画を意味しない。そうではなくて、それはわれわれの経済力を確立し、国家的な諸問題を克服するための、慎重に目標を定めた政府のアクションである。たとえば、福祉システムがそれ自身で存続して行ける時に福祉に金を注ぎ込むのはいかがなものか。労働力の生産性を高めるための再訓練を施すことを抜きにして、失業補償に金を注ぎ込むのはいかがなものか。あるいは、衰退産業の労働側と経営側に自分たちで急速な回復を実現するための努力をするよう勧告することなしに、政府保証を与えるのはいかがなものか。

 幸いにも改善はすでに始まっていて、州政府が経済成長の促進のために努力を払い始めている。たくさんの大小の企業が、政府の支援を受けながら新しい技術を開発している。

《予算への合理的なアプローチ》

 積極的な政府は、われわれの社会の効率性を高めるために金を投資しなければならない。そのためには、予算を(1)消費的予算、(2)投資的予算、(3)連邦信託基金の予算——の3つの部分に分割するという合理的でビジネスライクなアプローチをすべきである。

 消費的予算には現在の政府の経常支出が含まれる。投資的予算は連邦財政に長期的な利益が返って来るように計画された支出で、好況時にはその一部は国家的な負債の返済に当て、不況時には景気刺激のための投資に回される。また、連邦信託基金の予算には社会保障、メディケア、各種の政府貸し出しなどの計画が含まれる。

 こうすることで、議会と大統領はより合理的に予算づくりを行なうことができる。また、独立した専門家からなるチームが各分野ごとに遂行状況を点検する。

 税制はもっと多くの金を集めなければならない。

 積極的な政府は合理的な予算を使って、次第に社会的経費を削減し、わが国の経済的基盤を強化して行くことになろう。インフラストラクチャー、教育、職業訓練、研究などへの機敏な投資は新しいチャンスを生み、わが市民の収入を得る力を増大させるだろう。われわれは福祉の役割を縮小し、納税者の数を増やせるだろう。われわれは政府をもっと効率的に運営し、不必要で無駄な支出を削減することができるだろう。

《生産者の国》

 対外債務を返済して競争力を回復するためには、われわれは消費の心理から脱して生産に国民的な関心を集中しなければならない。その変化は学校の校舎と職場という2つの場所から始まるにちがいない。

 教師の待遇を改善し、学校が生徒たちにもっと多くのものを提供し、また、多くのものを要求するようにしなければならない。公教育は経済的競争力への最も重要な道である。

 職場もまた新しい生産者精神の源泉となりうる。旧式の組み立てラインではピラミッド型の上意下達式の組織が重視されたが、新しいテクノロジーは違ったスタイルを求めている。管理は双方向型になり、生産に直接携わっている人たちによって、より多くのアイデアが出され決定がなされることになろう。

《次の世紀に向かって》

 本委員会は、われわれの行く手に横たわる困難を過少に評価することも誇張することもない。米国はまだ米国である。われわれには2世紀にわたる繁栄をもたらした天然資源と民主的な政府がある。革新の才能と労働の意志を持ち、希望に満ちた政策に熱烈に応える国民がある。

 われわれの力をもってすれば、アメリカン・ライフの可能性を甦らせることは出来ないことではない。自由、勤勉、多様性、参加、変化への意志などの価値観は再びわれわれの世代に成長と繁栄をもたらそう。

 もし、われわれが世界の中での自分たちの位置を新しいリアリズムをもって見極めて成長のために努力するなら、もし、われわれがかつてのように効率よく品質のいいものを生産することに関心を向ければ、そしてもし、われわれが各機関の間の協力と国民の参画を促すようなやり方でそれをやれば、末長い繁栄のためのしっかりとした基礎を築くことができるだろう。▲

2008年11月 1日

INSIDER No.465《CRISIS》金融市場における不確定性原理──ジョージ・ソロスの哲学

 米国式金融資本主義の破産という事態の中で、哲学的レベルで提起されているのは、アインシュタインの相対性原理やハイゼルベルクの不確定性原理が金融市場の問題解明に役立つのかどうかということである。

 Newsweek10月29日号特集「資本主義の未来」でローレンス・セッシグ=スタンフォード大学法科大学院教授はこう述べている。

「アメリカの金融機関が現在採用している金融モデルは、50年代に開発されたもので、『ユーザーが限定されている』ことが前提。当時はこの前提でも問題がなかったが、…アルゼンチンからニュージーランドまですべての市場参加者が同じデータを共有するフラットな世界では、このモデルはまったく役立たない。この状況は、ドイツの理論物理学者ウェルナー・ハイゼンブルクの不確定性原理の金融市場版だ。観測するという行為によって、観測対象である市場が変化する。世界中の金融機関が同時に、ほぼ瞬時に『調整』を行う結果、金融システムという『群れ』がいっせいに崖から飛び降りることになる」

 デカルト=ニュートン的世界観では、人間は神の如き客観性を以て対象を観測できるはずであったのだが、実際には、観測者が観測対象の中にいる参加者であり行動者であって、観測すると同時に行動するのだから、観測するそばから対象は変化して行って果てしもない。それでも参加者が限定されていれば、その観測と行動の影響はお互いに予測可能であったかもしれないが、インターネット時代の今はそんなことはありえない。全世界的な群集心理が市場を動かして暴走させてしまう。

 このことに早くから気付いていたのは、ヘッジファンドの先駆者=ジョージ・ソロスで、彼はそれを「再帰性の理論」と呼んでいる。「“再帰”とは“人間”と“周囲の出来事”の双方が、互いに影響を与えあうことで変化し続ける、相関的なイメージと捉えればよい。…人間は市場の動きについて理解(認知)した上で、投資などの働きかけ(操作)を行う。だが、働きかけが行われた結果、その市場は変化し、さっきまでその人間が理解していた“市場”とは別のものになっている。そのため人間は市場を完全に理解することが出来ない」(ジョージ・ソロス『ソロスは警告する』
、講談社、08年刊、松藤民輔の解説)。

 と言うと理屈っぽいが、要は、資本主義が「人間は市場を完全に理解することが出来ない」ということを理解していなかったということである。人間は皆、市場で合理的に行動するというフリードマン的新自自由主義は完膚なきまでに破綻した。▲

Profile

現在、INSIDERニュースレターの内容は、ご覧の《THE JOURNAL》内でブログの形で公開されております。
誰でも無料で閲覧し、またそれについて感想や意見を書き込むことが出来るようになっておりますが、従来通り、お手元に電子(Eメール)版配信もしくは印刷版郵送の形で講読を希望される方は、引き続きEメール版:年間6,300円(税込)、ペーパー(紙)版:年間12,600円(税込)をお支払いください。[法人購読の場合は年間105,000円(税込)になります]
ウェブ上で無料で閲覧できるものが、Eメール版・ペーパー(紙)版が有料なのはどういうわけだと思われるかもしれませんが、後者の場合、読者名簿管理と請求の事務、配信と郵送の手間が必要であり、とりわけ印刷版の場合は紙代、封筒代、印刷代、郵便代のほか宛名を印刷して封筒に貼り、印刷されたものを三つ折りして封入し、糊付けし、紐で束ねて郵便局に運び込むのに膨大な手間とコストがかかっていることをご理解下さい。
また、無料で閲覧できるならそちらに切り替えたいという方もおられると思いますが、残余の購読期間は引き続きEメール版もしくはペーパー(紙)版を配信させて頂き、購読料を途中返還することは致しませんのでご了解下さい。

BookMarks

TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER(インサイダー)
http://www.smn.co.jp/insider/

→ブック・こもんず←



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.