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2008年9月26日

INSIDER No.461《ASO CABINET》福田ほどにも追い風が吹かない麻生内閣の出発──それでも11月総選挙に賭ける政権の命運

 25日に麻生太郎内閣が発足し、まだ何もしていないうちに世論調査をするのも酷だとは思うが、27日付各紙が申し合わせたように一斉に発表した新内閣支持率は、ほどほどというか、「う〜ん、まあ、こんなものか」という結果でしかなかった。

    麻生内閣     | 支持率 前・前々比較
    支持率 不支持率 | 福田初 安倍初
-------------------------------------------------------
朝日  48   36    | 53   63
毎日  45   26    | 57   67
読売  49.5  33.4   | 57.5  70.3
日経  53   40    | 59   71

    政党支持率 | 勝たせたい党 | 党首人気
    自民 民主 | 自民 民主  | 麻生 小沢
-------------------------------------------------------
朝日  34  23  | 36  32   |
毎日  28  22  | 41  37   | 42  19
読売  37.4 22.8 | 37  30   | 53.6 25.9
日経  41  31  | 36  33   |

 発足時の支持率としては、幻想混じりのブーム高揚の中で登場した安倍には及ばなくとも、その安倍末期よりかはマシかという程度の期待度だった福田は上回りたい、というのが麻生のホンネだったろう。しかし結果は、各紙共通して福田発足時を下回り、最近歴代では、密室談合で政権を受け継いだ森を上回るにとどまった。発足時の不支持率を見ても、例えば日経では、安倍17、福田27、麻生40で、麻生が突出的に高く、初めから期待していない人が極めて多いことが分かる。

●総裁選へのシラケた気分

「賑やかに総裁選をやってほしい」というほとんど唯一の遺言を残して福田康夫前首相が辞意表明した後、真っ先に手を挙げた麻生としては、その総裁選を大いに盛り上げる中で圧倒的にトップ当選を果たして国民的な“麻生ブーム”を巻き起こし、その勢いに乗って臨時国会冒頭解散に打って出るというのがベスト・シナリオだったろう。しかし、総裁選は思いのほか盛り上がらず、むしろ世界的金融危機や国民の不満鬱積の中で5人が本当のところ何を競っているのかも定かでないまま同じバスに乗って手を振っている緊張感のない姿は人々をシラケさせるに十分で、それを反映して、地方の党員・党友による予備投票は投票率が53.9%、つまり党員・党友でさえ新総裁選びに関心を持たないという異常事態となった。これでは、形の上では麻生圧勝となったものの、ブームが起こらないは当然で、その時点で早くもベスト・シナリオは消えた。

 この総裁選が国民にも党員にも真面目なものと受け止められなかった最大の要因は、本誌No.459で指摘したように、自民党政権が2度に渡って1年で崩壊するという前代未聞の連続スキャンダルと、しかもそれが単に個人の資質の問題でなく自民党そのものの構造的劣化の問題であることについて、麻生はもちろん他の4人も一言も触れずに通り過ぎようとしたことにある。21日のサンデー・プロジェクトで私がそれを問うた時、麻生は「1人目の方は病気ということがあったんで別だが、2人目の方は、大連立のことで(小沢一郎に)裏切られ、日銀総裁人事で反対され、誰と話をしたらいいか分からなくなって、だんだんやる気をなくしていった」などと、まるで民主党の我が儘がいけなかったかのような幼稚極まりないことを言っていた。毎日新聞の川柳欄に「小沢がネお手々つないでくれないの」というのがあったが、麻生までがこんな程度のことを言っているのでは国民に馬鹿にされても仕方がない。

 しかも、麻生は安倍辞任の時も福田辞任の時もNo.2の幹事長であって、その大失態に責任の半分を負うべき立場にありながら、お詫びも反省もなく、真っ先に次の候補に手を挙げる有様で、野中広務が17日付毎日新聞のインタビューで指摘したように「幹事長の職務が分かっていない」。

 25日付毎日のコラムで与良正男もこう指摘する。「2人ともほとんど誰にも相談せずに辞任表明した。……首相が1人で勝手に悩み、勝手に辞めてしまっても、その首相を選んだ人たちからは『責任を感じる』といった言葉は聞かれない。もう過去の話とばかりに『さあ、次は誰が首相なら自分の選挙に有利か』と走り始めるのだ」と。

 これでは、国民が麻生に対して「2度あることは3度ある」かもしれないと不安を抱くのも当然である。麻生ブームは起こりようもなかった。

●それでも麻生の“顔”で勝負?

 それでも自民党は、あたかも麻生ブームが起きているかのようなつもりで、麻生の“顔”を前面に押し出して選挙に立ち向かわざるを得ない。上述の世論調査で、「比例区でどの党に投票するか」あるいは「総選挙でどの党に勝たせたいか」という問いに、久方ぶりに自民が民主を上回るスコアを得たこと、その要因の1つとして考えられるのがブームとは言えないもののそこそこの麻生人気で、その証拠に「次の首相として誰がふさわしいか」の問いに、読売でも毎日でも麻生がダブルスコアで小沢を引き離していることは、多少はご祝儀分が混じっていたとしても、自民党にとって救いである。

 新任の河村建夫官房長官は「総選挙は次の総理を選ぶ選挙。『麻生を選ぶのか小沢を選ぶのか』という戦略を立てていたところだから、その方向で進んでいく」と語った。その心は、小沢が専ら「誰がなっても自民党は同じ。自民党政権では世の中変わらない。政権交代こそが必要」と、自民党を選ぶのか民主党を選ぶのかと訴え、ほとほと自民党にあきれ果てている長年の自民党支持層にも一定の共感を引き起こしていることへの対抗である。「ここはもう自民党はいったん野党になって出直すしかないんじゃないか」という心情の広がりに歯止めをかけるには、「いや、麻生で自民党は変わったんだ」という強烈な印象を作り出さなければならないが、それには麻生は、人間的には個性的だが政策的には平凡というより反改革という意味では後ろ向きで、この戦略もなかなか思うに任せない。

 人格的には、確かに、麻生の軽快・饒舌に対して小沢の鈍重・口下手という対照が成り立って、それはメディア時代の選挙には有利に働くかもしれないが、裏返せば、麻生のどこまで真面目なのかと疑わせるほどの軽さやそれゆえの失言癖と、小沢の愚鈍なまでに本筋だけを訴え続ける生真面目さと重厚さというコントラストに転化しかねない。いつもは自民党機関紙のような読売が今回珍しく麻生に辛口で、25日付1面の橋本五郎特別編集委員の「拝啓麻生太郎様」というコラムは、祖父=吉田茂にも数々の失言が残っているが「問題は質です。吉田の失言にはある種の信念、確信がありました。麻生さんの失言には『軽さ』が目立ちます。失言にも器量が出てくるのです。『たかが失言』ではありません。言葉の重みがなくなり、政治への信頼が一気になくなります」と、早々と麻生が失言でコケる危険に言及しているのが面白い。

 党・内閣人事の1つの特徴も、麻生の際だたせで、総理を支える両輪となる官房長官には河村、党幹事長には細田博之と、いずれも声の大きくない実務型の人物を据えて麻生が食われないよう配慮してある。

●「小泉改革」への死刑宣告

 政策面での最大特徴は、「小泉改革」の完全終息宣言である。とりわけそれは、積極的な財政出動で思い切った景気対策をと一貫して主張してきたこと、その考えを共有する同志=中川昭一を財務相に据えたばかりか、何と、小泉以前からの改革の原点である「財金分離」を否定して、彼に金融相をも兼任させたことに、はっきりと現れている。

 財金分離については、日銀総裁人事の迷走との関わりで本誌NO.432でも詳しく述べているが、まさに明治以来百数十年に及ぶこの国の発展途上国型の官僚専横体制の頂点に立つ旧大蔵省権力を真っ二つに断ち割って、官僚の政治に対する支配を打破していこうとする決定的な第一歩だったのであり、それを麻生が「世界中で金融危機対応を検討する時に、日本の財務相だけが金融に関係していないのは機能的でない」などという理由でなし崩しにしようとしているのは、改革そのものを正面から否定しているに等しい。象徴的には、橋本行革から始まって小泉改革に受け継がれた自民党政権によるそれなりの「改革」は、この一事を以て終わるのであり、それを見て小泉純一郎元首相が「もはやこれまで」と思い、今期限りで国会を離れることを決めたのも、大いに理解できることである。

 時代の課題、従って総選挙の「本当の争点」は、NO.459で述べたように、過去百数十年の惰性としての官僚支配に対する全線に渡る対決である。麻生は、それはやらないと宣言し、小沢はそれをこそやるために政権を手に入れると決意している。そこが争点であることを国民が見定めれば、この選挙は、官僚と戦えそうにない自民党か、官僚と戦えるかもしれない民主党かという選択となる。補正予算審議は、その対立構図を具体的な問題を通じて国民に分かりやすく理解して貰う絶好の機会となろう。それに成功すれば、民主党の地滑り的勝利も夢ではなくなるだろう。▲

2008年9月18日

INSIDER No.460《ELECTION》民主党255議席の単独過半数?!という『FLASH』予測の驚愕──自民党は自力では小選挙区で33人しか勝てない?

 『FLASH』は女の子の裸と芸能人のスキャンダルばかり載せている写真雑誌だが、今週号は珍しく大真面目に、「本誌の算出したデータ」を元に「300選挙区当落予測/民主圧勝!自民惨敗!」という記事を載せていて、これが面白い。

 結論は、民主党が小選挙区175、比例80、計255と単独過半数を突破し、自民党は同じく106、58、164と惨敗、公明党が現状維持の8、23、31と健闘しても、与党合計は195に止まるというものである。

 算出方法はこうだ。

(1)07年参院選比例の市区町村別の得票数をベースに、それを衆院選の小選挙区ごとの自民、公明、民主の得票数を割り出した。05年衆院選=郵政選挙の数字を元にしなかったのは“小泉旋風”によるバイアスが大きいためだ。

(2)03年衆院選の読売新聞による出口調査などから、小選挙区で自民党に投じられた“公明党の協力度”を約60%と想定した。

(3)次期衆院選で自民vs民主の一騎打ち型となると予想される269選挙区について、[自民得票数+公明得票数×0.6−民主得票数]を算出した。マイナスの数字が大きいほど苦戦となる。

(4)それに基づいて、編集部の判断も加えて、自民候補者について、
◎:学会票がなくても当選可能性がある=有力
○:学会票が60%自民に流れた場合に当選可能性がある候補=やや有力
△:学会票が70%自民に流れないと当選可能性がない候補=苦戦
▲:学会票が70%自民に流れても当選が厳しい候補=かなり苦戦
に分類し、統計上は△以上を当選として集計した。

(5)自民vs民主対決型ではない小選挙区が31あり、公明を自民が推薦するとか、社民・国民新党を民主が推薦するとかの形をとるケースがほとんどだが、これらについても自民、公明、民主の得票数に基づいて編集部が当落を判断した。

 すると驚くべきことに、◎すなわち学会票の流入なしに自力で当選の見込みがある自民候補はわずか33人しかいない。○すなわち自公協力が巧くいって学会票の60%が予定通り流入すれば当選の見込みがある自民党候補は58人だが、この中には例えば東京17区の平沢勝栄のように「私は公明党の支援を一切受けていない」と豪語する者もいて、そういう場合も学会票が60%流れたものとして機械的に○になっているけれども、実際には、上記算出方法による自民票は7万1369に対して民主票は8万5040で、公明票の60%=2万1524は平沢票に上積みされないから、彼は落選確実ということになる。ことほど左様に、自民候補の中には自公協力を採っていない者もいて、自民プラス公明票の6割という計算だけですべての当落予想がつくわけではないが、自民党の学会票依存の深刻さを知るにはまことに有用で、大いに参考にすべき基礎データである。

 △すなわち公明が相当気合いを入れて学会票の70%を自民に流すことに成功すれば当選の見込みのある自民候補は15人である。

 自民党総裁になることが確実な麻生太郎の福岡8区を見ると、麻生は▲で、すなわち学会票の70%が上積みされても当選が難しい。自民票は5万1315に対して民主票は8万5275で、学会票の60%2万5585が上乗せされても−8376と足りず、あと10%、つまり学会票の70%が回っても8万1164で、民主票に−4111で届かない。この選挙区事情を知れば、麻生が自民党幹事長でありながら臨時国会の召集時期などについて福田総理の意向に従わず、公明党寄りの立場をとって結果的に福田のプッツンをもたらした理由も、またこの総裁選で決死の覚悟で圧勝を目指している理由も理解できる。つまり麻生は、自民党総裁で“麻生ブーム”を演出して存在感を示しつつ、その勢いを駆って総選挙に打って出て、かつ学会票の70%以上をかき集めなければならない。が、これでは何とか当選しても事実上、公明・学会のロボットになる危険があるということである。

 私がしばしば指摘してきたように、自公選挙協力は自民党を蝕んできた。それ以前の連立相手はことごとく自民党に食い尽くされて消滅してしまったが、自民党が最後に食らいついた公明党はそうは行かず、逆に自民党が侵されて、学会なしでは選挙が出来ない組織体質の劣化が進み、やがては自民党にとっての基本政策さえ公明党の要求を容れて曲げなければならない事態が必ず訪れることは目に見えていた。今がまさにその時で、例えば、福田vs麻生・公明の臨時国会会期の設定とインド洋への海上自衛隊派遣のためのテロ特延長問題で、テロ特は流れてもいいから会期短縮、早期解散・総選挙を主張する公明に、テロ特は断固やるべしが持論のはずの麻生が引きずられていく有様にそれが表れている。私はもちろんテロ特に反対だが、それでもこのようにして自民党総裁になるべき人が、総裁になっても落選する危険に直面して、なりふり構わず公明党に寄り添っていこうとする姿を見るのは忍びない。

 やはりここは、潔く自公選挙協力を解消して、33議席になってもいいから一旦野党に下って、自力で近代的な保守政党として蘇生してくる道を選ぶのが、長い目で見て自民党自身と日本政治にとって望ましいことなのではないか。

 蛇足。こういうことを言うと、また「ほら、あいつは民主党寄りだ」と言われるだろうが、私は96年の最初のいわゆる鳩菅民主党の結成に参画し、その最初の綱領的文書を執筆した人間であることを隠していない、公然たる民主党寄りである。しかしそれは、日本に本格的なリベラル政党が出来て、それに対抗して自民党もまたまともな保守政党に脱皮することを通じて、小選挙区制をフル活用した政権交代ある政治が実現することなしには日本の民主主義はこれ以上前に進めないという戦略的な判断からのことで、その立場から民主党にも自民党にも厳しく注文を付けるのはジャーナリストとして当然である。だから、いつも民主党が正しく自民党が間違っていると言い募るような単純な民主党寄りというのとは違う。今は、政権交代を目撃できる絶好の機会だから民主党頑張れと言っているのは事実だけれども、本当に民主党が政権を獲れば恐ら
くそれには相当批判的にならざるを得ないだろう。私が民主党結成に参画したのは、ジャーナリストの則を超える行為であったことは間違いなく、そのために当時、サンデー・プロジェクトも1カ月の出演禁止措置を食らったりしたのだったが、(これはちょっと難しい話で、本当は丁寧な説明が必要なことなのだが、簡単に言うと)私はジャーナリストは政治に対する単なる観察者ではなく、書いたり発言したりすることを通じて既に政治の当事者としてそれに関わっている運動者でもあって、そのように自分も関わって動いている政治をもう1人の自分が観察しているという「相対性原理」に立っている。INSIDERおよび《THE JOURNAL》での私の論説を、単純な意味でどっち寄りというような低俗な次元で見て頂きたくないので、一言付け加えておく。▲

2008年9月11日

INSIDER No.459《POLITICS》本当の争点はどこにあるのか?──自民党総裁選を巡るマスコミの浮かれ具合への疑問

 自民党総裁選は10日告示され、本命視されている麻生太郎幹事長に対して他の4人が挑戦する賑やかな図式となって、「総裁選を派手にやってくれ」という無責任男=福田康夫首相の“遺言”は満たされることになったものの、それにまたマスコミが軽々しく同調している有様はいかがなものか。

●2度あることは3度あるのでは?

 第1に、5人の候補者にまず問われるべきことは、自民党の総理・総裁が2代続けて、わずか1年でプッツンして職務放棄をするという、世界と国民に対する前代未聞の恥さらしをどう総括するのか、である。それを抜きにして、総選挙での負けを少なくするにはどの「顔」がマシかとか、どの政策が受けそうかとかいった浮ついた視点で総裁選を仕組んでも、人々には不真面目なショーとしか映らない。

 御厨貴=東大教授は9月9日付日経「経済教室」欄への寄稿でこう述べている。

「『失敗も2度繰り返せば、そこには構造がある』という名せりふもある。2度にわたる首相の職務放棄は、この国の政治の崩壊が構造化されていることを露呈させたといってよい」

「折からの自民党総裁選がにぎにぎしく行われようとも、先人2人の失敗を十分に吟味しない限り、宴の後に『2度あることは3度ある』事態がこないとは限らない」

 その通りで、この2度のプッツンは、2人の資質の問題もあるけれども、それ以上に自民党そのものの構造的劣化の問題であり、そこに正面切ってメスを入れて自己切開するのでなければ、誰が出て来ようと同じことになって、国民生活と日本の国際的信用にまたも大打撃を与えることになりかねない。

 INSIDERが繰り返し述べてきたように、この構造的劣化問題のポイントは次の3つである。

▼本質論的次元——自民党は明治以来100年超の「官僚政治」体制の随伴物の最後の形態であり、まさにその官僚政治体制を克服する全面的な改革を進めなければこの国が陥っている閉塞を打破出来ないという時代の中心課題の担い手とはなり得ない。1889年に明治憲法が出来て翌年に第1回衆院選が行われてからこの100年間、政治は薩長藩閥政治29年間、大正政党政治14年間、昭和前期軍部政治13年間、戦後過渡期10年間、自民党単独政権38年間、(細川・羽田政権の10カ月を挟んで)自民党中心の連立政権14年間と変遷してきたが、そのすべてを通じて、中央官僚体制が実質的に政策や予算を決定し、政治家はその周りをうろついて利権を漁ることにばかり関心を注いできたことに変わりはない。この政治の官僚への従属を根本的に転換しない限り、この国がどんな問題も解決できないということが、例えば社保庁のデタラメ、道路特定財源の肥大化やガソリン税の値下げ・再値上げ、日銀総裁人事の迷走、後期高齢者医療制度の酷薄、政治家の金権腐敗といった形で全線にわたって吹き出して、総理を立ち往生させるのである。

▼実体論的次元——しかしそうは言っても、政治家が予算を分捕って地元や関係業界にバラ撒くという古い自民党政治が成り立つ余地は急速に狭まってきて、同党の伝統的支持基盤は崩壊に瀕している。それに代わってこの9年間、自民党の選挙を実質的に支えてきたのは公明党との選挙協力であり、今や自民党の最大の支持基盤は創価学会であるという珍妙なことになっている。93年に自民党最後の単独政権だった宮沢内閣が崩壊、自民党分裂、総選挙敗北、細川反自民改革政権の成立というドラマティックな転換があり、本来であればそこで自民党は、予算に触れない野党の立場に身を沈めて徹底的な自己改革に取り組んで近代的な保守政党として再生することを目指すべきだったのに、その我慢が出来ず、細川・羽田政権を10カ月で陰謀的に転覆して、以後、社会党、さきがけ、自由党、保守党など野党がバラバラであることを利用して次々に連立に引き込んでは食いつぶし、さらには新進党や郵政造反組などから一本釣りで復党させて補充するなどして政権の延命を図ってきた。が、03年に小沢=自由党が民主党と合流して野党バラバラ状態がほぼ解消されて2大政党制的な構図が出来てきたことによって、自民党が食らいつけるのは公明党だけになった。これが自民党にとっては罠で、公明党はこれまでの小政党とは違って食いつぶせず、逆にそれが自民党の体質を一層蝕んでいくことになる。福田辞任はその1つの結末である。

▼現象論的次元——自民党政治は本当は宮沢政権で終わっていたし、その後の連立による延命も森政権で終わっていた。それをさらに延命させたのは、小泉・田中真紀子の“変人”コンビによる政治のワイドショー化で目前の01年参院選を乗り切ろうという奇策の成功である。こんな大芝居を打てる役者は小泉以外になく、その意味で、当時INSIDERが指摘したように、小泉は自民党にとって「最後の切り札」だった。奇策の後に奇策はなく、最後の切り札の後にさらに隠された最後の最後の切り札があるわけもなく、だから安倍も福田も人格崩壊するしかなかった。

 とすると、次の自民党総裁候補は少なくとも、官僚政治の打破という大課題を担う覚悟と方策を語り、公明党中毒を脱して自民党を再生させる道筋を示し、単なるショーでない真面目な総裁選を演じなければならない。そうなっているかどうか、またマスコミはそのような歴史的=構造的視点を持って報道しているかを国民は見極めなければなるまい。

●景気と消費税は争点か?

 マスコミは総じて、自民党がそのような歴史的=構造的な次元で問われているということに触れずに、いきなり各候補の景気対策や消費税アップの賛否などを争点に仕立て上げている。例えば10日付日本経済新聞の一面トップは「自民党総裁選/景気・財政規律が争点」と言うが本当なのか。

 麻生が「景気対策重視」で、そのためには「消費税増税」はもちろん「2011年基礎財政収支の黒字化」の小泉政権以来の目標を先送りすることも辞さずという路線であるのに対し、与謝野は「財政規律重視」で、それには「消費税増税」の議論を避けるべきでなく、ましてや基礎収支均衡目標を棚上げにするなどとんでもないという立場で、そこには確かに1つの対抗軸が形成されてはいるけれども、それは本質的には、選挙前にはともかくも目先のバラマキをするしかないという麻生と、そうは言っても無闇なバラマキは無理だという財務省の代弁者的な与謝野との、古い自民党体質の枠内での伝統的な対立図式であって、麻生とて、選挙後にはたちまち「消費税増税」賛成に回りかねない安易さを含んでいる。

 それに対して、小泉=中川秀直流の「構造改革重視」の立場に立って「消費税増税」より前に構造改革を通じた行政改革と支出削減を先行させるべきだという路線は、一応、石原伸晃と小池百合子に体現されているのだが、ならばその路線を体系的に表明している中川自身が出馬しないで、なぜその陣営から石原と小池の2人が、しかもいずれも自分の言葉としてその路線を語らないまま、出てくるのかは理解不能である。そこに働いているのは、「差し迫る総選挙でどの顔を立てて戦えばより負けが少なくて済むか」というショー化の原理でしかない。結果的には出なかったけれども、山本一太のような誰が考えても今の日本の総理大臣たり得ない連中までが、出てみようかと思ってしまい、またマスコミがそれをもてはやすところに、ショー化の不真面目さが露出している。

●民主党は小沢一本化で当然

 その自民党の空疎なにぎにぎしさに比べて、民主党の代表選は早々に小沢一郎の無投票再選が決まって、それが何か「民主的でない」かのような論評が罷り通っているのもおかしなことである。田中良紹が《THE JOURNAL》のブログで書いているように、そもそも政党の党首選が頻繁に行われなければならない理由はなく、また党首選をやらなければ党内の政策論争が活発化しないという理由もない。民主党が政権奪取の絶好の機会を目前にして、代表選のショー化を選ばすに小沢再選で一本化したのはむしろ当然と言える。

 第1に、これもINSIDERが書いてきたように、小沢は、積極面で言えば、政治の面白さも怖さも熟知した練達の政治家であり、また選挙とは何かを身にしみて知っていて、その政治的凶器性は他の者で補うことは出来ない。消極面で言えば、菅直人がかつて言ったように「代表に置いておかないと大連立とか小連立とか何をするか分からない」から代表にしておいて政権獲りの先頭に立たせておいた方がいい。逆に見れば、小沢のいい面も悪い面も分かった上で民主党が彼を使いこなすという成熟した暗黙の了解が成り立っているということである。

 第2に、小沢は93年に自民党を割って出て細川政権を作り、政権交代ある政治を目指して小選挙区制度を作った張本人であるし、またその細川政権を崩壊させ、野党の四分五裂を招き、結果として自民党の連立による延命を許してきた最大の責任者である。その「政治における空白の15年」に責任をもって終止符を打つのは、彼が負っている宿命のようなものであり、それを自覚しているからこそ彼は誰よりも激しく政権交代に賭けるのであって、それを民主党が活用しない手はない。

 第3に、マスコミの報道は焦点がボケているけれども、小沢が無投票3選が決まった9日の会見で語ったことの核心は次の言葉である。

「私は『革命的改革』という言葉を使っている。明治以来百数十年の官僚機構を変えるという、決死の思いを表現しているつもりだ。官僚諸君は自分たちが政治・行政すべてをやってきたかのような錯覚とうぬぼれに囚われてきたが、最近は行政官と政治家の役割が違うことを認識してきている。我々が明確なビジョンと政策を示せば、心ある官僚諸君は必ず理解し、共に仕事をしてくれると自信を持っている」

 それを実現する具体的な手段として、代表選公約では、「国民自身が政治を行う仕組み」として、(1)国会審議は国民の代表である国会議員だけで行う、(2)与党議員を100人以上、副大臣、政務官などとして政府の中に入れる、(3)政府を担う議員が政策・法案の立案、作成、決定を主導する、を盛り込んでいる。

 小沢は、上に「本質論的次元」として述べた官僚政治の革命的転覆こそ時代の中心課題であることを理解し、その具体策も提起している。民主党代表選と自民党総裁選は両々相俟って秋の総選挙の言わば予備選であり、小沢が先行してこの本質的議論を提起したのに対して自民党の5人の候補者はそれにどう応えるのか。そこに現在の論戦の本当の争点があるのであって、経済政策のディテールなどどうでもいいとは言わないけれども、副次的な争点でしかない。▲

2008年9月10日

INSIDER No.458《THE JOURNAL》《ざ・こもんず》が《THE JOURNAL》へと進化!──日本初のブログ・ジャーナリズムへの挑戦

 本誌が主体となって約2年前から実験運用を続けてきたブログサイト《ざ・こもんず》は、9月10日を以て《THE JOURNAL》へと進化する。これは、本誌代表の高野が「ジャーナリスト人生最後の勝負」と位置づけて取り組んでいる挑戦で、そのタイトルに「これぞジャーナリズムだ」という気負いにも似た心意気が込められている。以下に、その趣旨を示す3つの文書を紹介する。

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(1)《ざ・こもんず》愛読者の皆様へ

《ざ・こもんず》は今日から《THE JOURNAL》へと進化します。引き続き《THE JOURNAL》ご支援・ご愛読下さい!

2008-09-10
旧《ざ・こもんず》主宰:高野 孟

《ざ・こもんず》の実験開始から約2年間、これまで《ざ・こもんず》をご愛読いただきありがとうございます。

 今日から《ざ・こもんず》は、《THE JOURNAL》と名称を変更し、ほぼデイリーの独自のニュース分析記事「News Spiral」をメインとし、従来の著名人ブログを引き継ぎつつ再編強化した《こもんず》をサブとしたコンテンツに進化します。

 それに伴って、従来の「サポーター企業のホームページ上で読者登録し、毎回、そのホームページのログインゲートを経由して《ざ・こもんず》にアクセスする」というシステムは廃止され、誰もがその手続きなしに直接《THE JOURNAL》にアクセスして自由に閲覧することが出来るようになります。

 新しいURLは、http://the-journal.jp/です。これをブックマークしていただいて、引き続き《THE JOURNAL》をご愛読下さい。

 この転換の趣旨について、詳しくは「THE JOURNAL宣言」をお読み下さい。

 日本で初めての本格的なブログ・ジャーナリズムへの挑戦をご支援下さるようお願い申し上げます。▲

2008年9月 2日

INSIDER No.457《FUKUDA》福田首相もプッツン辞任──10月解散・総選挙か?

「野党に相手にして貰えなかった」……一国の指導者として信じられないほど幼稚な全く同じグチを吐いて、安倍晋三前首相よりももっと短い任期で、福田康夫首相が辞任した。これで、政権交代含みの政局波乱は一気に加速され、最も早ければ、自民党が9月21日頃に麻生を新総裁を選んで直ちに国会で首班指名を受け、景気対策を盛った補正予算だけを通して10月に解散・総選挙、という展開となろう。しかもこの福田の自己崩壊的な辞め方で、総選挙で民主党が大勝して政権交代が実現する可能性は一層強まった。自民党から見て、単に無責任な敵前逃亡というよりほとんど利敵行為に近い犯罪的な辞め方である。

●3重の“ねじれ”に耐えきれず

 対テロ特措法の延長はじめ、福田が国民向けの“目玉”と想定した消費者庁設置法案など重要法案が民主党の反対で成立の見通しが立たないという国会の“ねじれ”は、1年前と何の変わりもない。それに加えて今回は、連立相手の公明党が福田に見切りをつけ、「辞めるんなら辞めろ」と言わんばかりに「対テロ特措法延長は流して年末解散を」と迫るという、連立政権内部の“ねじれ”が生じ、さらには、福田が1カ月前の改造で支持率向上の決め手として幹事長に迎えた麻生太郎が、事もあろうにその公明党と歩調を合わせて官邸と対立し、国会会期の短縮、景気対策への定額減税盛り込みを押し通すという、与党と官邸の間の“ねじれ”まで表面化した。国会と連立内部と自民党中枢の3重の“ねじれ”に気力も何も尽き果てたというのが福田の心境だろう。

 安倍と同じじゃないかと会見で問われて、福田はムキになって「安倍と違って私は健康に問題はない」と胸を張って見せたが、それならなお悪いのであって、安倍の場合はまだ体のことがあるだけ同情の余地もあったのに対して、福田が体は元気なのにこんな挙で出るというのは安倍以上に心が病んでいたという証拠である。首相就任直前の福田は安倍の政権放り出しについて、「決断の時期を間違えられたと思う。本当に苦しい道を自身が歩む決断がなければ(参院選敗北直後の続投の)決断をしてはいけなかった」と痛烈とも言えるほどの批判を口にしていたが、その言葉はそのまま今の福田に跳ね返る。「本当に苦しい道を歩む決断」がなければそもそも政権を引き受けるべきではなかったし、1カ月前の内閣改造も行わない方がよかった。彼は安倍よりももっと酷く「決断の時期を間違えた」。

●もう切り札がない自民党

 事の本質は、もうすでに自民党は賞味期限が過ぎているということである。2001年春の段階で森喜朗政権の人気が地に落ちて、「こままでは夏の参院選は戦いようがない」ということで、自民党は急遽、総裁選を繰り上げ実施し、はぐれ者の奇人とか一匹狼とか党内で評されて本人もまさかと思っていた小泉純一郎を総理に担ぎ上げ、さらに変人の田中真紀子を抱き合わせるという奇策によって、取り敢えず参院選を乗り切ろうとした。が、これが意外と図に当たって小泉時代が5年半も続いて、その分、自民党は延命した。しかし、小泉政権発足当時に本誌が書いたように、小泉は自民党にとって「最後の切り札」だったのであり、その後にさらに別の切り札があるはずがなかった。安倍も福田も、1年も経たずに切り札とならないことが野党はもちろん国民からも見抜かれてしまった。誰がやっても本質的には同じことで、麻生とて、多少は“国民的人気”があるのかもしれないが(毒舌が面白いという以外に何があるのか不明で、しかもそれは失言癖と紙一重である)、小泉を超える切り札になるはずもない。

 2日付朝日新聞で星浩編集委員が書いているように、2度に渡って「この党の政権担当能力が衰弱していることを露呈」した後では、「自民党がいま国民のためになすべきことは、自民党内の政権たらい回しではない。民主党に政権を譲り選挙管理内閣によって衆院の解散・総選挙で民意を問うことである」。星によると、吉田茂の時代に首相が退陣して野党に政権を渡し、解散・総選挙を行った先例があるのだという。それほどのこれは失態で、本来は星が言うのが筋ではあるけれども、今の自民党にその勇気はない。結局、麻生を選んで、補正予算だけでも通して解散・総選挙へという方向を辿るしかない。ところがその補正を巡っても、中川秀直ら小泉系「上げ潮」派はこれまでは「福田が選んだ麻生だから」と多少とも手控えていた批判を噴出させるだろうから、与党内合意の達成は簡単でない。しかも、「安倍も福田も総選挙の先例を受けておらず、その上またもや与党内で政権をたらい回しするのか」という声も高まるに違いなく、麻生は否応なく早期の解散へと追い込まれる公算が大きい。

 8月の各種予測では、次の総選挙で民主党が100以上も議席を伸ばすけれども単独過半数には届かないというのがほぼ共通の結果だったが、こうなると民主党の単独過半数突破もありうる情勢となってきた。政治における「空白の15年」が終わって、国民は初めて、選挙による堂々の政権交代を年内にも目の当たりにすることになるかもしれない。▲

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