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2008年6月30日

INSIDER No.446《TASPO》タスポ・カードの怪──喫煙は悪なのか善なのか?

 自民党の与謝野馨前官房長官は6月20日福岡市内で講演し、たばこ税を大幅に引き上げて1箱1000円とする案について「たばこを吸う人だけにドーンと税金を掛けたら、どんどんたばこをやめる。頼りにならない税金だ」と述べた。これは、名指しこそしていないが、たばこ税増税に積極的な中川秀直自民党元幹事長を批判したもの。中川は、“上げ潮”派=景気上昇最優先の立場から、消費財引き上げで景気の足が引っ張られるのを回避するために、その代替案としてたばこ税の大幅引き上げを主張し、民主党の前原誠司元代表らを引き込んでそのための議員連盟まで立ち上げている。それに対し与謝野は、財政再建を最優先する財務省イデオロギーの代弁者で、たばこ税を引き上げたいが、一挙に大幅に引き上げて喫煙者が急減すれば角を矯めて牛を殺すことになりかねないという考え方である。他方、厚生労働者は、たばこは健康にとって害であると断定していて、たぶん中川案に賛成のはずで、それはたばこ税を大幅に値上げすれば結果的に喫煙者が少なくなって医療費削減の一助となるからである。

●たばこは「最大の死因」?

 本当のところ喫煙は社会にとって悪なのか善なのか。政府は国民にたばこを吸わせたいのか止めさせたいのか、それともほどほどに吸わせたいのか。

 もしたばこが百害あって一利もないのであれば、阿片と同様に全面禁止すればいいはずだが、世界中の国で全面的に販売禁止にした国は1つもないのはどうしたわけか。

 日本学術会議の健康・生活科学委員会と歯学委員会が合同でまとめ08年3月に発表した「脱タバコ社会の実現に向けて」と題した提言はこう述べている。

「WHOによれば、現在、死亡者の10人に1人は喫煙が原因となっており、総数で年500万人以上もの人が死亡している。そして、喫煙は死亡原因の最大の要因であり、かつ、喫煙関連疾患は禁煙により防げることから、予防可能な単一疾患としては最大の病気である。日本でも毎年11万人以上が喫煙が原因となって死亡していると推計されている。したがって、タバコをなくすることができれば、最大の死亡原因や疾患原因を取り除くことができるわけであり、国民の健康を守るためには、非常に重要な課題といえる」

★学術会議提言全文:http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-20-t51-4.pdf

 これが本当だったら、もはや議論の余地はなく、即刻全面禁止でしょうに。「最大の死因」「最大の病気」から国民を守ることは政府の義務であるはずだ。ところがこの提言は、即刻禁止を主張するのでなく、(1)タバコの健康被害についての一層の教育・啓発、(2)喫煙率削減の数値目標の設定、(3)職場・公共の場所での禁煙、(4)未成年喫煙防止法の遵守、(5)タバコ自動販売機の設置禁止、タバコ箱の警告文を目立つようにする、(6)タバコ税を大幅に引き上げ、税収を確保したまま、タバコ消費量の減少をはかる——などと言っている。ホンネが現れているのは(6)で、要するに、喫煙は止めさせたほうがいいが税収が減るのは困るので、どのくらい値上げしたらどのくらい禁煙者が増えるか、そのぎりぎりのバランスはどのへんかを探るべきだ、つまり、税収が減らない程度にしか喫煙者を減らすべきでないと提案しているわけである。ま、それをずっと続けていけば、最後には喫煙者はいなくなるのだが、その時期は出来るだけ先のほうがいいということなのだろう。

●財務省からたばこ事業法を奪え?

 政府が国民にたばこを吸わせたいのか吸わせたくないのか、態度がハッキリしない最大の原因は、「たばこ事業法」が財務省所管になっていることにある。その法律の趣旨は、第1条にあるように、たばこ産業の健全な発展を期することを通じて財政を潤わせることにあって、つまりはたばこ産業が繁栄して現在約2兆4000億円のタバコ税収入も伸びることを期待している。この法律を背景に、財務省は日本たばこ産業の50%超の株を持つ大株主となり、同社や同社が中心となった業界団体=日本たばこ協会(これがTASPOの推進母体)を有力天下り先として食い物にしている。財務省はアクセルを踏み、厚生労働省はブレーキを踏み続けるから、喫煙者も国民も翻弄されることになる。

 18日付毎日新聞「経済観測」欄は「新たばこ法の提案」と題して書いている。

「たばこが人体に与えている悪影響が世界で科学的に認められている時代になった。それなのにたばこを製造・販売している方々を応援する法律が先進国で堂々と存在しているのには違和感がある。……今度超党派でたばこを1箱1000円にするという議員連盟が結成された。(この)案は体にもよく、環境にもよく、税収も上がるという一石三鳥を狙っているようだ。結構毛だらけと言いたいが、法的な論理の道筋が見えにくいのだ。……高額所得者はいいだろうが本当にたばこが好きな庶民を苦しませて財務省を喜ばせるだけだ。まず着手すべきことはたばこ事業法という財務省所管の時代オンチな法律を厚生労働省所管の国民の健康重視の新たばこ事業法に衣替えをさせることだ」

 一案ではあるが、それでも「法的な論理の筋道」はやはり見えにくい。先に引用した学術会議提言が言うように、本当に「最大の死因」「最大の病気」であるならば、禁煙法を作って世界に先駆けて全面禁煙社会を実現するのが、最も分かりやすい道筋である。また、もし厚生労働省に所管を移すのであれば、たばこ事業法でなく喫煙制限法にして漸次喫煙をなくしていく健康重視の方向を採るのでなければおかしい。その際、タバコ税収入も減っていくことも覚悟しなければならないのは当然である。一番よくないのは、現在の財務省所管のたばこ事業法を続けたまま、たばこを1箱1000円に値上げしてまず税収を確保して、それに必要な程度には国民にたばこを吸わせておくという中川や前原らの考え方で、その何がよくないかと言えば、(1)内外の反喫煙世論を煽ることで喫煙者を反社会的なマイノリティであるかの立場に追い込んで、(2)喫煙者が抗議の声を上げようとすればマジョリティである非喫煙者から袋叩きに遭いかねない空気を醸し出しておいて、(3)そんなことをするならいっそ全面禁煙にしてしまえばいいのにそうはしないで、(4)喫煙者に問答無用で懲罰的な高価格・高税率を押しつけて税収を上げようとする、その「生かさず殺さず」の狡猾さと残忍さである。

 生かさず殺さずというのは、官僚政治の得意とするところで、例えば、悪評高い後期高齢者医療制度にしても、「後期高齢者」を、まるでその全体が病院の待合室をサロン替わりにしている反社会的なマイノリティ集団であるかに印象づけて、「そんな厄介者は少しは自己負担を増やさせて当然だ」という世間の空気を煽り立てて医療費の増大を抑えようというもので、つまりは、ホンネを言えば「後期」の連中には早く死んで貰いたいのだが、そうも言えないので、生きている限りは少しは自己負担を覚悟しろという酷薄極まりない事実上の長寿者に対する懲罰制度なのだ。

 ついでに言えば、今春発足した「メタボ検診制度」も同質だ。これについてはまた改めて書くことになると思うが、要するに40〜74歳の男性85センチ/女性90センチ以上の腹囲を持つ者は生活習慣病者かその容疑者であり医療費の増大をもたらしかねない社会の厄介者であるから一括りにして差別し、それを撲滅する責任を自治体や健保組合に負わせて、目標を達成できなければ罰金を科すという、疑いもなく憲法の人権尊重の精神に反する仕組みである。人には太る権利もあり、デブにも生きる権利はある。デブを罰金まで科して撲滅するというなら、その判定基準は誰もが納得する科学的なものでなければならないが、日本のそれは国際的にも認められたアジア標準の男性90センチ/女性80センチとはかけ離れている上、身長差も考慮に入れていない、内外から「デタラメ」と批判されている代物である。

 喫煙者も高齢者もデブも社会の邪魔者であるから、罰を加えて抹殺する……。日本はどうしてこれほどまでに大らかさを失ってヒステリックな国になってしまったのだろうか。

●たばこの値段と税収見通し

 中川、前原らが「たばこを1000円に!」議連を作った直接のきっかけは、日本学術会議の「1箱1000円に値上げすれば4兆円程度の税収増が見込める」との試算である。それによると、現在は1箱(20本入り)平均価格約300円で、そのうちたばこ関連税は約175円であるのに対して、価格を600円に上げると現在3600万人の喫煙人口は300万人減って3300万人となり、それに伴ってたばこ消費量は2700億本から1850億本に減るが、現在2兆2000億円の税収は2倍近い4兆3400億円に増える。さらに価格をニューヨークやロンドン並みの1000円にした場合には、喫煙人口は3100万人、消費量は1440億本に減るが、税収は現在の3倍近い6兆2600億円に増えるという。喫煙者を少しずつでも減らしながら税収はドンドン増えて、評判の悪い消費税増税に手を染めなくてもよくなるかもしれないのだから、こんなうまい話はない。

 しかし、直ちに湧き上がる疑問の1つは、5〜600円ならともかく1000円にもなって、喫煙人口の減少はこのくらいで済むのか、ということである(ニューヨークやロンドンの場合どうだったんだろうか。知っている人がいたら教えて!)。私だったらどうするかと考えると、今は320円のたばこを1日平均2.5箱吸うが、1000円になったらたぶん「ちょうどいい節煙の機会」と捉えて1日1箱くらいにして吸い続けるだろう。とすると、私の場合、たばこの消費金額、従って納税金額は今とそれほど変わらない。1000円でも吸い続けようとする人は、たいていそうするのではなかろうか。問題は、そうする人と、経済的負担に耐えかねて涙を飲んで、あるいは政府に対する抗議のために憤然として、この際たばこを止める人との割合がどのくらいになるかだが、私は(単なるヤマ勘にすぎないが)学術会議が言うような吸い続ける人3100万人、止める人500万人という具合にはならず、よくて半々、もしくは止める人のほうが多いという結果になると思う。しかも続ける人も私のように節煙する人が多いだろうから、大して税収増にならないのではないか。

 そう思っていたところ、6月23日付各紙報道によると、京都大学大学院の依田高典教授が1000円にすると逆に税収減になる可能性があるとの試算を発表した。同教授の前提もまた極端で、1000円になると喫煙者の何と97%が禁煙しようと思うだろうと予測する。そしてその全員が禁煙に成功した場合には、1兆9000億円の税収減になる。ところが500円の場合は禁煙しようと思う人の割合は40%にとどまるので6000億円から1兆5000億円の税収増になるという。

 経済評論家の森永卓郎はまた別の計算をしている(26日付朝日「本当に税収は増えるのか」)。今年4月に製薬会社ファイザーが喫煙者9400人に対して行った調査では、1000円になったら禁煙する人は79%に達した。そうとした場合、税収は現在より2500億円増えて2兆4500億円になるが、他方、たばこ小売店の納める税金は現在とほとんど変わらず、また国内のたばこ生産者が納める税金は逆に800億円も減るので、1000円にしてむしろ税収減に陥ることさえ十分にありうるとする。

 いずれにせよ、喫煙者をより一層差別しながら、しかし生かさず殺さずに管理して税収を増やすか維持するかしようという都合のいい話は、そう簡単に成り立ちそうもない。(つづく)▲

INSIDER No.445《KOREA》「テロ支援国家」指定解除をめぐる報道の混乱──頭を整理しないと

 北朝鮮が26日、6カ国協議の議長国である中国に核計画の申告書を提出したのを受けて、米国が直ちに北朝鮮を「テロ支援国家」リストから外す手続きに着手したことについて、日本のマスコミのほとんどは「拉致問題が置いてきぼりにされた」「米国が日本を裏切った」といった調子で論評し、それが福田内閣の失態であるかのように描いたが、これは二重にも三重にも錯乱的である。

 第1に、テロ支援国家指定と拉致問題はもともと全く関係がない。私が繰り返し指摘してきたように、「テロ支援国家」というのは、米大統領が演説の中で気分に任せて北朝鮮を含むいくつかの国を「悪の枢軸」と罵倒したりするのとは違って、国務省が定めたいくつかの要件に該当する国をそのように指定して「対敵通商法」の適用対象とする法的な手続きであって、北朝鮮の場合は、87年の北工作員による大韓航空機の空中爆破で115人の犠牲者が出た明々白々のテロ事件を主たる事由とし、さらにその際に、70年に日航機「よど号」をハイジャックして平壌に亡命した日本赤軍派の連中がその後同国によって「保護」されていることを副たる事由として指定が行われた。前者については、この件に関する国務省ホームページも書いているように「その後10年間、同種の事件を起こしていない」こと、後者については、(これはHPに書いていないが)犯人グループが以前から帰国を希望し、北朝鮮もそれについて「協力」を表明し、後は日本側の対応を待つだけの状態となっていることによって、すでに解除の条件は整っている。

 第2に、ところがそこで日本が、拉致問題をめぐる日朝交渉の行き詰まりを打開する手段として、米国に対して「拉致問題が解決しないのにテロ支援国家指定を解除するのはやめてくれ」と要請し、拉致被害者の家族らが直接ブッシュ大統領に面会して訴えるといった戦術を採った。ブッシュもライス国務長官も、拉致について深い理解と同情を繰り返し表しはしたものの、「拉致は人道的・道徳的問題であってテロではない」という立場を崩すことはなかった。上記の国務省HPも、日本の要請に配慮して、北朝鮮についての項目に拉致についての記述を付け加えたが、それは「拉致ということがあったが、その後何人かを帰国させた」と、むしろ問題が解決に向かっているかのニュアンスの表現となっていた。しかし、この対米働きかけを主導した安倍晋三はじめ日本政府・外務省もマスコミも、家族・支援団体の願望あるいは希望的観測を壊さないように配慮する余り、拉致がテロであるかないかについての日米間の決定的な認識の違いに赤裸々に言及することを避け、「米国は拉致問題解決をテロ支援国家指定解除の要件に入れてくれた」かの幻想を振りまいた。今回の米国の決定で「置いてきぼり」にされ「裏切られた」のは、日本側が勝手に作り上げたその幻想にすぎない。

 第3に、従って、ここで頓挫したのは、小泉内閣の官房副長官時代から首相時代にかけての「安倍外交」であって、福田康夫首相の責任でも何でもない。安倍は、家族・支援団体の立場に心情的に同化して、拉致問題をすべてに優先する姿勢をとり、そのために一時帰国した5人の拉致被害者を「返さない」との日本政府決断を引き出して日朝交渉継続の道を閉ざし、その膠着を打開するために北が出してきためぐみさんの遺骨を簡単に「偽物」と断定し、経済制裁を強化し、そのようにして日朝協議を通じて自らの交渉力で事態の打開を図る道筋を閉ざした挙げ句に、もっぱら米国の対北圧力に期待をかけるという戦術に流れていった。福田は、その安倍外交路線に反対であることを理由の1つとして小泉内閣の官房長官を辞したのであり、恐らくは、いずれ米国が拉致と切り離してテロ支援国家指定解除に踏み切ることは読み込み済みであったと思われる。田原総一朗が本サイトで「今回、アメリカが対北朝鮮のテロ支援国家指定を解除する方針については、日本政府にはとっくに織り込み済みのこと。一部報道にあったように、“青天の霹靂”でも“日本がハシゴを外された”わけでもなく、むしろ既定路線だった」と述べているのはその意味である。

 結局、日本は、安倍外交のバイアスから元に戻って、拉致については日朝間の問題として自らの交渉力で解決を図るしかないではないかというのが一貫した米国の立場で、そのために北朝鮮には拉致問題の「再調査」を約束させ、それに対応して日本には経済制裁の一部解除を以て応えて交渉を再開するようにし向けた。「ここまではお膳立てをした。さあ、ここからは自分でやりなさい」ということである。

 「再調査」については、サイト「こもんず」で田原と辺真一がその微妙なニュアンスを解き明かそうとしているが、実際には難航必至である。日本側は安倍時代の「生きているはずだ。隠しているだろう。嘘をつくな。全員帰国が実現しない限り解決にならない」という心情的強硬論を事実上、軌道修正して、「生存者がいるか再度徹底調査し、生存者がいれば帰国させる。なくなっている場合はそれを日本政府・国民が納得できる材料を出せ」という現実的な態度に出ているので、再調査それ自体は始まるだろう。その際、田原が独自情報を元に示唆しているように、北側がすでに1〜2人の拉致被害者の生存を確認していてそれを出してくる可能性もある。が、もしそうだったとして、北はそれで「はい、これでお終いです」ということにしたいが、日本はそうは行かず、「まだいるはずだ。もっと調べろ」ということになる。日本の捜査官派遣、国際赤十字や国連など第三者の関与と検証ということが当然議題となるが、日本の捜査官派遣は国交もなく公式の捜査協力体制もとれない制約された条件下では形ばかりになって、かえって「これでお終い」の口実にされかねないという危惧もある。第三者の関与は北が受け容れるかどうか分からない。

 しかも、実のところ、北が本当に誠意を以て再調査しても分からない部分は相当残るのではないか。拉致を実行したのは金日成時代の党や軍のあれこれの特殊機関であり、その中には恐らく、すでに廃止されて記録も残っていないような組織もあって、歴史の闇に隠れている場合もあるだろう。こんなことを言うとまた運動側の方々からは叱られるかもしれないが、私は、再調査で一定の成果を引き出したら、さらなる全面調査は国交樹立の暁に国際法と日朝間協定に基づく正式の捜査協力体制に委ねることを約束して、日朝関係を前に進めるべきだという意見である。▲

2008年6月14日

INSIDER No.444《INSIDE OF MY BAG》鞄の中身(2)──水ボトル SIGG Clasic

 日本には555万台のペットボトル飲料自動販売機があって、国民1人当たり年間168本を消費するという。1人2日で1本ということで、これはもう「リサイクルすればいいじゃないか」という次元を遙かに超越している。そこで「マイボトルを持とう」ということで、私も以前から、そのへんのホームセンターで買った安物の魔法瓶や水筒を持って歩いたり忘れて出てしまったりしていたが、最近知人から「マイボトルならこれしかないですよ!」と勧められて欠かさず持ち歩いているのが、スイスのSIGG社のアルミ製ボトル。軽くて堅牢、安全、そして何よりフォームとデザインが美しい。

 SIGG社は社員わずか60人ほどの小企業で、1908年に創業してレジャー用品、台所道具などを地味に作ってきたが、その製品の1つであったレジャー用の水筒が、環境保護意識の高まりに乗って90年代から世界的に大ブレーク。そのため98年からは同社はこのボトルの生産・販売だけに事業を集中して製品の質の改良とラインナップの拡張を図り、今では欧州市場を完全に席巻したばかりか、数年前から米国でも大流行を引き起こし、いま日本でも愛好者が急増中という、まさに水筒の世界No.1企業に躍り出た。

SIGG:http://www.sigg.ch/default.htm

 最大の特徴は、純度99.5%の純度の高い1枚のアルミ板を600トンのプレス機械を使って深絞り加工して、継ぎ目がなく(従ってハンダ付けもない)ボトルの形を仕上げていく技術にある。さらにその内面は、キッチン用具やストーブの表面加工に使われるホウロウ吹きつけ技術によってコーティングし、果実の酸や糖分配合飲料などに侵されない完璧な安全性を実現している。そのため、形はシンプルな円筒型で、そのシンプルさがかえって表面の自由な彩色とデザインを許していて、カタログを見ているだけで楽しくなる。この製品の一部はニューヨーク近代美術館にも現代を代表する工業デザインとして収蔵された。大きさは300ミリリットルから1リットルまで、種類は子供用、レジャー・旅行用、スポーツ用、シティ・一般用と分かれているが、それは主として栓の形状が違うだけなので、別売の栓だけ買って付け替えればどの目的にも使える。

 シンプルだとはいえ、飲み口の口径や厚みや微妙なくびれがまことに口当たりがよくなるように絶妙に作られていて、さらにネジも内側の少し奥まったところに切ってあるのでギザギザが唇に触れたりすることがない。そしてそのくびれは、これも別売のおしゃれなストラップを引っかけるのにも役立っていて、肩に掛けて歩くことも出来る。スイスらしい繊細なモノづくり精神が隅々まで行き届いた逸品である。これを手にして初めて、私はそのへんで中国製の安物の水筒を買って事足れりとしていた自分の不明を恥じたのである。

 これを勧めた知人がその場でこの白いボトルを私にプレゼントしてくれたので、私以外の家族や孫のマイボトルをまとめて注文し、家族全員でSIGGを持ち歩くことにした。

 さてペットボトルとは、プラスチックの一種であるポリエチレンテレフタラート(PET)を材料として作られるのでそう呼ばれる(ちなみに英語ではplastic bottleで、PET bottleと言っても通じない)。日本の飲料業界ではかつて「1リットル未満のペットボトルは製造・使用しない」という自主規制があったが、「リサイクル可能ならいいんじゃないか」ということになって、95年の「容器包装リサイクル法」で消費者・行政・事業者それぞれの責任分担でリサイクルを推進していくことを前提に解禁、ガラス瓶や缶に代わってペットボトルが一挙に飲料容器の主流となって普及した。自治体レベルと事業者レベルでの分別収集を徹底し、自治体が交付金を出して各地に指定工場を建設して再商品化を進めるという図式が、バラ色の循環型社会を切り開くかの幻想が振りまかれた。それで確かに回収率は上がって、ペットボトルリサイクル推進協議会によると06年で66.3%で世界でもトップ級(例えば米国は20%程度!)をキープしているものの、再商品化率となると(公表されていないが…何故しないの?)20%程度で、全国に約70ある自治体肝煎りの再商品化工場の4分の3は休眠状態に陥っていると言われる。残りはどうなっているかと言えば、他ゴミと一緒に焼却したり、指定外の業者に入札などで払い下げられて粗悪なペットクズとして中国などに大量に輸出されている。

ペットボトルリサイクル推進協議会:http://www.petbottle-rec.gr.jp/

 再商品化の1つはペットボトルをペットボトルとして再生する永久循環型(?)で、03年に帝人グループが徳山で量産工場を鳴り物入りで立ち上げたが、原料高騰でたちまち行き詰まって2年後に操業停止した。元々新品を作るより製造コストが高く品質も不安定なペットボトル再生を敢えて事業化したのは、そのコスト高を自治体の交付金で埋めることになっていたからで、原料価格も新たに投入する石油価格も高騰したのでは自治体も負担増に耐えきれない。もう1つは、回収したボトルを粉砕してペレット状にして繊維などにするもので、各地の工場のほとんどはこれに取り組んできた。が、これも原料高騰で割に合わなくなった。再商品化は事業モデルとしては破綻しているといって過言でなく、採算に合わなくても環境保護のために続けるのかどうか、続けるとすれば誰の負担によってかという政治的判断の問題に直面している。自治体の負担は総額で約3000億円に達していてこれ以上は無理であり、政府も金を出す気はない。勢い業者の負担ということになるが、業者もまた悲鳴を上げている。

 他方、中国などへの輸出も問題で、廃棄物の輸出を禁じたバーゼル条約に違反するとの指摘もある(が、日本はこの条約を批准していない)。日本の業界は、処理されたペットックズは廃棄物ではないという見解で、輸出分も事実上のリサイクルに当たるから、実際の日本のリサイクル率はもっと高いと主張している。

 なおここでコストという場合に、自治体やコンビニなどが回収する場合に、内部が汚れていたり異物が入っているものを除去し、他の素材のボトルが混じっていないか分別を確認し、キャップを外し簡単に洗浄するなど1次処理するための手間、トラックの燃料代、中国にクズを輸出しそれがカーテンや床マットなどに加工されてまた日本に輸入される輸送費等々は含まれていないから、全体ではリサイクルのためにまた大量の石油を含むコストを投入するというジレンマからは到底逃れることは出来ない。それが全部でどのくらいのコストになり、それがコストに見合うだけの環境保護に役立っているのかどうかについては、武田邦彦と山本弘の間の有名な論争があるが、そういう基本的なデータの公開もないまま「リサイクルはいいことだ」という程度でこの政策を押し通してしまう政府と国会の責任は大きい。

 消費者レベルでは、まずペットボトルを買わない、捨てないのが一番で、これこそが究極の解決策である。しかし、どうしても買ってしまう場合もあって、その時に、捨てないで水筒として再利用すれば無駄にならないじゃないかと思う人もあるかもしれないが、それは素人考えで、全国清涼飲料工業会がHPで「やめてくれ」と言っている。衛生上、安全上よろしくない上に、ペットボトルには、標準温度用(白キャップ)、熱いお茶などの高温度用(オレンジ色キャップ)、冷凍可能用(水色キャップ)などの性能の違いがあって、例えば高温度用に水を入れて冷凍したり、標準温度用に熱いものを入れたりすると破裂するなどして危険である。飲み残しを冷蔵庫に入れて保管するのも、飲みかけをバッグに入れて持ち歩くのも「出来るだけやめて、一度栓を開けたら早めに飲んでくれ」と。ひえーっ、そうだったのか。空気中や口中の雑菌などが中に入って繁殖したり、バッグの中で結露して携帯電話やパソコンなどの精密機器に影響したりするのだそうだ。

全国清涼飲料工業会:http://www.j-sda.or.jp/

 そうでなくとも、そもそもペットボトルの材質には酸素を透過する性質があって、時間が経てば内容物を酸化させる(つまり腐らせる)可能性があり、それを防ぐために多くの飲料には酸化防止剤としてビタミンCが添加されている。ペットボトルで飲むと余計な添加剤まで飲まなければならない。店頭で長い時間置かれていた場合には酸化が始まっている場合もありうるから、賞味期限のチェックも欠かせない。それに近頃は異物混入事件も頻発していて、上記HPでも「栓の未開栓・開栓済みの見分け方」を告知しているほどだから、栓もよく確かめないといけない。さらに、「ペットボトル症候群」というのもあって、それは多くの飲料に6〜10グラム程度の糖質が加えられていて、若者の中には水代わりにスポーツドリンクのようなものを1日に2リットルも飲んでいる者がいるが、そうすると角砂糖を毎日30〜50個食べている計算になり、それが原因で糖尿病になるという。こんな思いをして何でペットボトルで水分を摂らなければならないのか。

 水道の水が不味いということはまた別の問題だが、ともかく昔は水を湧かしてお茶を入れ、茶碗で飲んでいたし、遠出をするときはそのお茶を水筒に入れて肩から斜めに掛けて出歩いた。みんながそうすれば、このペットボトルを巡る膨大な問題群がすべて一瞬にして消滅する。それだけの話なのだ。だから、みなさん、SIGGでなくとも結構、自分で納得の行く、ということは愛着の持てるお気に入りの水筒を探して持ち歩こうではありませんか。▲

INSIDER No.443《INSIDE OF MY BAG》鞄の中身(1)──ウィスキーボトル GOLD PFEIL/WEST GERMANY

 私はけっこう道具マニアなので、いろいろなものを鞄に入れて持ち歩いていて、よく人から「えっ、これって何なんですか?」と珍しがられたり興味を持たれたりする。有田芳生などその典型で、たまたま私が新しい鞄を持っていたりすると、「これ、どこで買ったんですか?」と訊くから「鎌倉西口の小さなブティック」と教えると、翌週にはそこへ行って同じ物を買ったりして、体のいい追っかけである。そういうわけなので、たいした物を持っている訳ではないのだが、面白がってくれる人もいるので、これから折に触れ、鞄とその中身をなす身の回りの小道具類を紹介し、それにまつわるエピソードや蘊蓄を語ることにしたい。写真入りの紙面は《ざ・こもんず》に掲載しているのでそちらをご覧下さい。

 第1回は旅行用のウィスキーボトル。仕事や宴会を終えて夜の10時か11時に家に帰っても、旅先でホテルに戻っても、「よーし、もう一頑張りするか」と気を取り直して、寝るまでの間に、溜まっているメールを処理したり、書きかけの原稿を仕上げたりするのが常で、そういう時にはまずウィスキーのロックを一杯用意する。それが「気を取り直す」ための儀式なのだ。だから旅行鞄にはいつもウィスキーボトルがいつも入っている。

 これは、ドイツの世界トップ級の革製装身具ブランドであるゴールド・ファイルの革張りウィスキーボトル。裏側にGOLD PFEIL/WEST GERMANYと印刷してあるから、89年のベルリンの壁崩壊前後に東西ドイツを飛び回っている頃に買い求めたのだろう。それから20年近く、いつも私の旅行鞄にはNIKKAかバーボンを満たしたこれが放り込んであるので、裏側の出っ張りの部分は少し皮がすり切れて風合いがよくなっている。

 底には「TIN-LINED 8 OZ.」と刻印があり、内側が錫張りで容量が8オンスであることを表示している。オンスというのは英国と米国で使われているヤード・ポンド法の単位で、重量と液量と乾量に使われ、しかも重量の場合は一般的な重さと金の重さでズレがあり、さらに液量の場合は英米で微妙にズレがあり、それらと乾量の場合もまた違うので、まことに面倒だ。一般的な重さでは、1オンス=28.3495グラムで、16オンスで1ポンド=0.4536キログラムだが、金の重さを量るときには正しくはトロイオンスと言うが、1オンス=31.1035グラムで、12オンスで1ポンド=0.37324キログラムとなる。これは英米共通。液量の場合は、英国では1オンス=28.412ミリリットル、20オンスで1パイント=0.57リットル、米国では1オンス=29.573ミリリットル、16オンスで1パイント=0.47リットルである。

 英国のパブで“Give me a pint”と言えば570ミリリットルの細長いグラスで生ビールが出てくる。米国でそういう言い方が通じるのかどうか、グラスの大きさが英国よりも小さく16オンスなのかどうか確かめたことはないが、ニューヨークのバーでpintと注文するのは聞いたことがない。ちなみに、スターバックスのコーヒーの量は、ショート=8米オンス=約240ミリリットル、トール=12米オンス=約360ミリリットルで、以下、4米オンスずつ増えていくが、日本人の感覚ではショートでもけっこう大盛りである。

 そういう訳で、この旧西独製のボトルが容量8オンスと表示しているのは英米どちらのオンスなのか分からなかったが、量ってみると約240ミリリットルなので、米オンスを用いていることが知れる。してみると米式オンスのほうが世界標準なのかなあとも思うが、よく分からない。いずれにせよ、寝る前にもう一度頑張ってキーボードを叩く時に横に置いておくには、ロック2杯もあれば十分で、それにはこの容量でちょうどいい。これより大きいと持ち歩きに不便である。

 全体がバナナ状に緩やかにカーブしているのは、もちろん、尻のポケットに入れて野外に持ち運ぶためで、寒い季節のラグビー観戦や森林作業などには必携である。こういう小道具は一生モノで、1つ気に入ったものを持って大事にしていれば、「さあもう一仕事するぞ」とか「今日はラグビーを観に行くぞ」とか、生活の中で場面を切り替えて次の行動のリズムを作り出すのに役立つ。ま、お酒を飲まない人は別のものでそうして頂くほかないのだが。▲

INSIDER No.442《FUKUDA》7月サミット後、政権崩壊へ?──首相問責“初可決”のボディブロー

 民主党はじめ野党3党が提出した福田康夫首相に対する問責決議案が11日の参院本会議で、首相に対する問責としては史上初めて、可決された。もちろん、衆院での内閣不信任決議と違って法的拘束力のない、いわば「竹光」ではあるが、そうと分かっていても、この散々だった国会の会期末に、野党がこのまま何もせずに引き下がるよりも、及ばずながら一太刀浴びせる決断に結束して踏み切った方が、国民の気分には合致している。

 法的にはともかく、政治的には、両院の1つが「福田を首相とは認めない」ことを決議したことで彼は“半総理”(13日付夕刊フジの表現)に転落した訳で、それでなくとも低迷にあえぐ福田人気がさらにズルズルと下がり、与党内での求心力も地に落ちていく助長要因となることは間違いない。平沼赳夫=元経産相(無所属)が同日夜、民主党若手の勉強会での講演で「サミットまでは福田で行くが、サミット後は総辞職や麻生太郎=前自民党幹事長への禅譲となる可能性がある」と述べたのはその通りで、この夏は政変の季節となる公算が大きい。

失敗が見えているサミット

 福田が早くから、7月サミットを苦境脱出の渡河点と定め、何とかそこまでは頑張ってサミットを成功に導き、それを反転攻勢、政権浮揚のテコにしようと考えてきたのはまぎれもない事実で、胡錦涛=中国国家主席の来日、欧州歴訪などの外交日程を組んだのも、サミット1カ月前のタイミングで9日に地球温暖化対策の「福田ビジョン」を発表したのも、すべてそのためである。しかし、そもそも数々の地球的な課題の中から地球温暖化の問題をサミットの中心議題に据えたのは、判断ミスでなければ無知のなせる業で、周知のように米国とEUと日本とBRICsと後発途上国群それぞれの都合と思惑が入り乱れている中で、それらを調整してポスト京都議定書の枠組み設定を方向付けるには、世界がのけぞるほどの強烈なメッセージを打ち出して機先を制しておいて、その勢いで各国を説得しまくって妥協点を探る以外に方法はないが、何事につけても「他人事」の障子の影法師のような福田にその迫力はない。

 実際、9日の「福田ビジョン」はお粗末極まりない。第1に、「低炭素社会・日本」をめざして2050年までに温暖化ガス排出量を「現状比で60〜80%」削減するという長期目標を誇らしげに発表した。これは、「1990年比で60〜80%」と言っているEUとの対比でそれを上回る目標を打ち出そうという狙いからのことだが、他方で「50年までに現状比で半減」というのは今や世界常識で、その時に「70〜80%」ならまだしも「60〜80%」という幅のある言い方をしても余りインパクトにならない。

 さらに、そもそもから言えば、2050年が「低炭素社会」の目標年次になるのかどうかの検討が必要だろう。「ピーク・オイル(石油生産の頂点)」は、どんなに保守的な立場を取るにしてもそれ以前には確実に訪れていて、放っておいても石油消費量は減っていく。その時点ではテーマはすでに「低炭素社会」から「脱炭素社会」に移っているはずで、例えば燃料電池=水素発電機による自動車や家庭用電力があまねく普及しているかもしれない。だとすれば、むしろ日本は「今や低炭素化の目標でいがみ合っている時ではない。50年に脱炭素社会を目指そう。日本は世界に率先して水素エネルギー社会を実現し、その技術を中国を含むアジア近隣にも積極的に提供していく」というくらいのことを言えばよかったのだ。

 第2に、50年目標では見得を切っておきながら、そこへ至る20年までの中期目標となると腰砕けで、これでは説得力がない。福田は20年までに「現状比で14%」削減するとの試算があることを紹介しただけで、目標は来年決めると語った。20年の目標を掲げられないのになぜ50年の目標が掲げられるのかの説明はない。しかも、「現状比で14%」というのは90年比に換算するとわずか4%にすぎず、昨年12月のバリ会議での20年に先進国は「90年比で25〜40%」削減という世界合意とかけ離れている。これでは、イニシアティブどころか、逆に世界から非難を浴びることになりかねない。

 第3に、国内排出量取引の制度を導入する意欲を示したのは画期的だが、具体的には「今秋から国内統合市場を試行的に実施」と表明しただけで、本格実施の時期については明言を避けた。産業界と経済産業省の反対論・慎重論を説得する目処が立っていない中で福田が周辺と図って独断専行した結果だが、経産省幹部は「試行は否定しないが、本格実施が前提なら死ぬ気で抵抗する」と語っていて(10日付朝日)、現実にはEUが主導し、米次期政権が同調して事実上の世界市場を形成しようという流れに、まだ国内市場も出来ていない日本が完全に乗り遅れることになる公算が大きい。もちろん、排出権取引そのものが果たして言われるほど有効かという根本的な議論は残っていて、仮にそれを否定するなら、企業に排出量規制に向かわせるインセンティブを与える別のメカニズムを提唱しなければならない。

 こうして、せっかくサミットの中心議題に地球温暖化を掲げたのはいいとして、産業界も含めた日本の姿勢が余りにも未整理で中途半端であるため、実りある議論となる可能性はほとんど皆無であり、従ってそれで人気上昇を図ろうという内政的思惑も失敗に終わるだろう。

●今緊急に議論しなければならないこと

 今更言っても後の祭りだが、本当はこのタイミングで世界主要国首脳が一堂に会して熱心に議論すべきは、投機マネーの暴走をいかに制御し規制するかということだろう。一方では、サブプライム問題をきっかけとした世界金融システムの動揺は、すでに山を越したという見方がある反面、米住宅価格の下落が止まらない中で今年後半にもさらに大きな谷が待ちかまえているという見方も有力である。世界金融危機を防止しそれを正しい姿に再建するために主要国首脳が一致した認識と決意を世界に示すことは極めて重要であり、その議論は当然にも、電子的カジノと化した米国式金融資本主義の放埒批判を含めて21世紀の資本主義のあり方という文明論的次元にまで及ぶことになろう。

 他方では、今や当事者や専門家にまで理解不能になりつつある証券化された金融商品の複雑怪奇を嫌って金融から投資ファンドや年金基金のマネーが逃げ出して、単純明快な商品先物相場にドーッと流入する、いわゆる「単純さへの逃避(フライト・トゥー・シンプリシティ)」が、食料と石油の異常な高騰となって全世界の人々の実生活を脅かしている。日本の経産省は07年度のエネルギー白書で、07年後半の米国産原油の先物価格1バレル=平均90ドルのうち30〜40ドルは金融市場から逃げ出した投機マネーだと分析しているが、08年に入って120ドル以上、最近では140ドルに迫っていることを思えば、投機の要因はさらに比重を増していると推測できる。

 穀物はじめ食料の高騰のどれだけが投機マネーのせいであるかを示す数字は見当たらないが、そのもう1つの要因であるブッシュ政権のトウモロコシ利用によるバイオ燃料生産という天下の愚策の影響については、世界銀行のエコノミスト=ドナルド・ミッチェルは「65%がバイオ燃料が原因」と試算している。それに対して、3日からローマで開かれた食料サミットに出席したブラジルのルラ大統領は「食料価格の高騰は1つの理由では説明できない」と逃げ、シェーファー米農務長官はバイオ燃料の影響は「3%以下」と強調した。片や65%、片や3%以下というのでは、議論さえ成り立たず、対策の打ち出しようがない。石油と食料の高騰への投機マネーの影響がどれほどなのか、また食料の場合にバイオ燃料の影響がどれだけか、世界主要国の首脳が共通の認識を確立して、断固たる決意を持ってこの史上希なるふしだらに立ち向かう決意を示すべき時だろう。

 金融市場の内部でマネー亡者たちが損得を競っているのは勝手で、ただそれが度が過ぎると銀行破綻などの形で間接的には実生活に影響が及ぶけれども、穀物や石油は最貧国も含めて全ての人々の日々の生活の糧であって、それをごく一部の金持ちが短期的な投機のために弄ぶなどということが許されていいはずがない。これこそ世界が直面する最大の危機であるけれども、福田にそれに立ち向かう覚悟は見えない。こうしてサミットは、地球環境問題という「語られる」であろうことにおいて失敗するだけでなく、投機マネー問題という「語られない」であろうことにおいてもまた失敗するだろう。

 であればなおさら、サミットの後では、自民党の内部からも「もう福田ではダメだ」という声が広がることは避けられない。福田としては、サミットの成否がどうであれ、馬鹿に仕切っている安倍よりも短い任期で辞めることだけは避けたいという思いから、内閣改造、8月臨時国会召集、秋口までの対北朝鮮外交の打開などをカードに政権延命を図るだろう。その時彼にとって残された最後の“求心力”の拠り所は、「そんなら総選挙をやるぞ」という自民党への脅しだろう。福田で総選挙をやれば大敗必至、政権を失うことになりかねないのは自明で、そこで、福田の居座りを認めて総選挙を先延ばしするのか(と言っても来年9月までだが)、それとも福田を引きずり下ろしていつ総選挙に転がり込んでもいいように準備を整えるのか、というのが自民党にとっての選択肢となる。とはいえ、福田なら負けて別の人なら勝てるという目算も立たないところが自民党の苦悩である。

 結局、本誌が小泉政権誕生直後に書いたように、小泉・田中真紀子の“変人”コンビという奇策は、自民党にとって国民に目くらましをかけて政権を維持するための「最後の切り札」だったのであり、最後の切り札の後にもう1枚、手品師の袖口に秘められた本当の最後の切り札などあるはずがなく、だから安倍は1年で倒れ、福田もまた1年で倒れそうになっている。福田が麻生か小池百合子か誰かに譲っても事の本質は同じで、かくして日本政治は、細川政権によって道筋が付けられた「政権交代ある政治風土の醸成」に向かって、さんざんな回り道をしながらも、しかし確実に、進んでいくのである。▲

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