INSIDER No.446《TASPO》タスポ・カードの怪──喫煙は悪なのか善なのか?
自民党の与謝野馨前官房長官は6月20日福岡市内で講演し、たばこ税を大幅に引き上げて1箱1000円とする案について「たばこを吸う人だけにドーンと税金を掛けたら、どんどんたばこをやめる。頼りにならない税金だ」と述べた。これは、名指しこそしていないが、たばこ税増税に積極的な中川秀直自民党元幹事長を批判したもの。中川は、“上げ潮”派=景気上昇最優先の立場から、消費財引き上げで景気の足が引っ張られるのを回避するために、その代替案としてたばこ税の大幅引き上げを主張し、民主党の前原誠司元代表らを引き込んでそのための議員連盟まで立ち上げている。それに対し与謝野は、財政再建を最優先する財務省イデオロギーの代弁者で、たばこ税を引き上げたいが、一挙に大幅に引き上げて喫煙者が急減すれば角を矯めて牛を殺すことになりかねないという考え方である。他方、厚生労働者は、たばこは健康にとって害であると断定していて、たぶん中川案に賛成のはずで、それはたばこ税を大幅に値上げすれば結果的に喫煙者が少なくなって医療費削減の一助となるからである。
●たばこは「最大の死因」?
本当のところ喫煙は社会にとって悪なのか善なのか。政府は国民にたばこを吸わせたいのか止めさせたいのか、それともほどほどに吸わせたいのか。
もしたばこが百害あって一利もないのであれば、阿片と同様に全面禁止すればいいはずだが、世界中の国で全面的に販売禁止にした国は1つもないのはどうしたわけか。
日本学術会議の健康・生活科学委員会と歯学委員会が合同でまとめ08年3月に発表した「脱タバコ社会の実現に向けて」と題した提言はこう述べている。
「WHOによれば、現在、死亡者の10人に1人は喫煙が原因となっており、総数で年500万人以上もの人が死亡している。そして、喫煙は死亡原因の最大の要因であり、かつ、喫煙関連疾患は禁煙により防げることから、予防可能な単一疾患としては最大の病気である。日本でも毎年11万人以上が喫煙が原因となって死亡していると推計されている。したがって、タバコをなくすることができれば、最大の死亡原因や疾患原因を取り除くことができるわけであり、国民の健康を守るためには、非常に重要な課題といえる」
★学術会議提言全文:http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-20-t51-4.pdf
これが本当だったら、もはや議論の余地はなく、即刻全面禁止でしょうに。「最大の死因」「最大の病気」から国民を守ることは政府の義務であるはずだ。ところがこの提言は、即刻禁止を主張するのでなく、(1)タバコの健康被害についての一層の教育・啓発、(2)喫煙率削減の数値目標の設定、(3)職場・公共の場所での禁煙、(4)未成年喫煙防止法の遵守、(5)タバコ自動販売機の設置禁止、タバコ箱の警告文を目立つようにする、(6)タバコ税を大幅に引き上げ、税収を確保したまま、タバコ消費量の減少をはかる——などと言っている。ホンネが現れているのは(6)で、要するに、喫煙は止めさせたほうがいいが税収が減るのは困るので、どのくらい値上げしたらどのくらい禁煙者が増えるか、そのぎりぎりのバランスはどのへんかを探るべきだ、つまり、税収が減らない程度にしか喫煙者を減らすべきでないと提案しているわけである。ま、それをずっと続けていけば、最後には喫煙者はいなくなるのだが、その時期は出来るだけ先のほうがいいということなのだろう。
●財務省からたばこ事業法を奪え?
政府が国民にたばこを吸わせたいのか吸わせたくないのか、態度がハッキリしない最大の原因は、「たばこ事業法」が財務省所管になっていることにある。その法律の趣旨は、第1条にあるように、たばこ産業の健全な発展を期することを通じて財政を潤わせることにあって、つまりはたばこ産業が繁栄して現在約2兆4000億円のタバコ税収入も伸びることを期待している。この法律を背景に、財務省は日本たばこ産業の50%超の株を持つ大株主となり、同社や同社が中心となった業界団体=日本たばこ協会(これがTASPOの推進母体)を有力天下り先として食い物にしている。財務省はアクセルを踏み、厚生労働省はブレーキを踏み続けるから、喫煙者も国民も翻弄されることになる。
18日付毎日新聞「経済観測」欄は「新たばこ法の提案」と題して書いている。
「たばこが人体に与えている悪影響が世界で科学的に認められている時代になった。それなのにたばこを製造・販売している方々を応援する法律が先進国で堂々と存在しているのには違和感がある。……今度超党派でたばこを1箱1000円にするという議員連盟が結成された。(この)案は体にもよく、環境にもよく、税収も上がるという一石三鳥を狙っているようだ。結構毛だらけと言いたいが、法的な論理の道筋が見えにくいのだ。……高額所得者はいいだろうが本当にたばこが好きな庶民を苦しませて財務省を喜ばせるだけだ。まず着手すべきことはたばこ事業法という財務省所管の時代オンチな法律を厚生労働省所管の国民の健康重視の新たばこ事業法に衣替えをさせることだ」
一案ではあるが、それでも「法的な論理の筋道」はやはり見えにくい。先に引用した学術会議提言が言うように、本当に「最大の死因」「最大の病気」であるならば、禁煙法を作って世界に先駆けて全面禁煙社会を実現するのが、最も分かりやすい道筋である。また、もし厚生労働省に所管を移すのであれば、たばこ事業法でなく喫煙制限法にして漸次喫煙をなくしていく健康重視の方向を採るのでなければおかしい。その際、タバコ税収入も減っていくことも覚悟しなければならないのは当然である。一番よくないのは、現在の財務省所管のたばこ事業法を続けたまま、たばこを1箱1000円に値上げしてまず税収を確保して、それに必要な程度には国民にたばこを吸わせておくという中川や前原らの考え方で、その何がよくないかと言えば、(1)内外の反喫煙世論を煽ることで喫煙者を反社会的なマイノリティであるかの立場に追い込んで、(2)喫煙者が抗議の声を上げようとすればマジョリティである非喫煙者から袋叩きに遭いかねない空気を醸し出しておいて、(3)そんなことをするならいっそ全面禁煙にしてしまえばいいのにそうはしないで、(4)喫煙者に問答無用で懲罰的な高価格・高税率を押しつけて税収を上げようとする、その「生かさず殺さず」の狡猾さと残忍さである。
生かさず殺さずというのは、官僚政治の得意とするところで、例えば、悪評高い後期高齢者医療制度にしても、「後期高齢者」を、まるでその全体が病院の待合室をサロン替わりにしている反社会的なマイノリティ集団であるかに印象づけて、「そんな厄介者は少しは自己負担を増やさせて当然だ」という世間の空気を煽り立てて医療費の増大を抑えようというもので、つまりは、ホンネを言えば「後期」の連中には早く死んで貰いたいのだが、そうも言えないので、生きている限りは少しは自己負担を覚悟しろという酷薄極まりない事実上の長寿者に対する懲罰制度なのだ。
ついでに言えば、今春発足した「メタボ検診制度」も同質だ。これについてはまた改めて書くことになると思うが、要するに40〜74歳の男性85センチ/女性90センチ以上の腹囲を持つ者は生活習慣病者かその容疑者であり医療費の増大をもたらしかねない社会の厄介者であるから一括りにして差別し、それを撲滅する責任を自治体や健保組合に負わせて、目標を達成できなければ罰金を科すという、疑いもなく憲法の人権尊重の精神に反する仕組みである。人には太る権利もあり、デブにも生きる権利はある。デブを罰金まで科して撲滅するというなら、その判定基準は誰もが納得する科学的なものでなければならないが、日本のそれは国際的にも認められたアジア標準の男性90センチ/女性80センチとはかけ離れている上、身長差も考慮に入れていない、内外から「デタラメ」と批判されている代物である。
喫煙者も高齢者もデブも社会の邪魔者であるから、罰を加えて抹殺する……。日本はどうしてこれほどまでに大らかさを失ってヒステリックな国になってしまったのだろうか。
●たばこの値段と税収見通し
中川、前原らが「たばこを1000円に!」議連を作った直接のきっかけは、日本学術会議の「1箱1000円に値上げすれば4兆円程度の税収増が見込める」との試算である。それによると、現在は1箱(20本入り)平均価格約300円で、そのうちたばこ関連税は約175円であるのに対して、価格を600円に上げると現在3600万人の喫煙人口は300万人減って3300万人となり、それに伴ってたばこ消費量は2700億本から1850億本に減るが、現在2兆2000億円の税収は2倍近い4兆3400億円に増える。さらに価格をニューヨークやロンドン並みの1000円にした場合には、喫煙人口は3100万人、消費量は1440億本に減るが、税収は現在の3倍近い6兆2600億円に増えるという。喫煙者を少しずつでも減らしながら税収はドンドン増えて、評判の悪い消費税増税に手を染めなくてもよくなるかもしれないのだから、こんなうまい話はない。
しかし、直ちに湧き上がる疑問の1つは、5〜600円ならともかく1000円にもなって、喫煙人口の減少はこのくらいで済むのか、ということである(ニューヨークやロンドンの場合どうだったんだろうか。知っている人がいたら教えて!)。私だったらどうするかと考えると、今は320円のたばこを1日平均2.5箱吸うが、1000円になったらたぶん「ちょうどいい節煙の機会」と捉えて1日1箱くらいにして吸い続けるだろう。とすると、私の場合、たばこの消費金額、従って納税金額は今とそれほど変わらない。1000円でも吸い続けようとする人は、たいていそうするのではなかろうか。問題は、そうする人と、経済的負担に耐えかねて涙を飲んで、あるいは政府に対する抗議のために憤然として、この際たばこを止める人との割合がどのくらいになるかだが、私は(単なるヤマ勘にすぎないが)学術会議が言うような吸い続ける人3100万人、止める人500万人という具合にはならず、よくて半々、もしくは止める人のほうが多いという結果になると思う。しかも続ける人も私のように節煙する人が多いだろうから、大して税収増にならないのではないか。
そう思っていたところ、6月23日付各紙報道によると、京都大学大学院の依田高典教授が1000円にすると逆に税収減になる可能性があるとの試算を発表した。同教授の前提もまた極端で、1000円になると喫煙者の何と97%が禁煙しようと思うだろうと予測する。そしてその全員が禁煙に成功した場合には、1兆9000億円の税収減になる。ところが500円の場合は禁煙しようと思う人の割合は40%にとどまるので6000億円から1兆5000億円の税収増になるという。
経済評論家の森永卓郎はまた別の計算をしている(26日付朝日「本当に税収は増えるのか」)。今年4月に製薬会社ファイザーが喫煙者9400人に対して行った調査では、1000円になったら禁煙する人は79%に達した。そうとした場合、税収は現在より2500億円増えて2兆4500億円になるが、他方、たばこ小売店の納める税金は現在とほとんど変わらず、また国内のたばこ生産者が納める税金は逆に800億円も減るので、1000円にしてむしろ税収減に陥ることさえ十分にありうるとする。
いずれにせよ、喫煙者をより一層差別しながら、しかし生かさず殺さずに管理して税収を増やすか維持するかしようという都合のいい話は、そう簡単に成り立ちそうもない。(つづく)▲