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2008年4月30日

INSIDER No.437《POLITICS》何でマスコミは今度は「大混乱」と騒がないのか?──メディアの沈黙に助けられる福田政権

 ガソリン税が期限切れで下がるという時には、何週間も前から「国民生活は大混乱に」と大騒ぎして国民と野党を脅すのにあれほど熱心だったマスコミが、今度はまた上がるという時に申し合わせたように口をつぐんで騒がないのはどうした訳なのか。

●混乱があるとすれば今回ではないか

 確かに混乱はないことはなく、主にそれは末端のガソリンスタンドが他店を横にらみしながら価格変更したりして事務的に煩雑だという程度の話だが、同じことは今回も起きる。しかも7割の国民は値下げを歓迎し、再値上げに反対しているのだから、今回のほうが「憤激」も加わって余計に「混乱」は大きい。しかも原油価格の上昇があって値下げ以前よりさらに高くなって、連休中の国民の財布を直撃するから、これこそ本物の家計の混乱というか波乱が確実に起きる。私なんぞ、鴨川・東京間往復200キロを自車で運転するのをどうしようかと思いあぐねるほどである。値下げ=減税はいけなくて、再値上げ=増税はいいことだというのは守銭奴=財務省の考えで、マスコミは意図的にその提灯持ちをしているのでなければ、役人によるマインドコントロールに頭を犯されている。

 地方の道路建設が中断を余儀なくされ、しかも1カ月間の値下げで1800億円の歳入欠陥が生じて今後の工事に支障が出ると言うが、1800億円など誤差の範囲と言えるし、それに大体、全ての工事を一斉に4月から始める予定だったはずはなく、9月や12月や来年2月に着工予定だったものもあるのだから、年度を通じてやり繰りし、財源がどうしても足りなければ来年度か次の10年計画かに繰り延べすればいいだけのことで、何も全てを4月からバッタリ中断する必要などなかった。今年度に予定した工事は何があってもやらなければならないというのは、土建業界にとっては切実な願いであるけれども、国民にとってはそうではない。これも「土建国家=日本」を代表する国交省が国民と野党を脅すために仕組んだ猿芝居で、マスコミがそれを批判しないのは、提灯持ちかマインドコントロールの結果である。

 そもそも根本は、繰り返し本誌が主張してきたように、「10年間59兆円」という誠に根拠の疑わしいドンブリ勘定をそのままにして再吟味してギリギリまで削り込むことなく——従ってまだ「予算」が決まっていないのに、ガソリン税という「財源」だけを何が何でも守ろうという発想が狂っていることにある。そのことを正面から批判したマスコミは、私が知る限り、ない。

 山口衆院補選は、事前の古賀誠選対委委員長の言葉によれば「この国、自民党の政治体制を賭けた戦い」であり、自民党首脳によれば「これに勝つことでガソリン再値上げへの“信任”を得る」という位置づけだったはずだ。が、負けた後では町村信孝官房長官は「国民全体の判断を山口2区の人たちに委ねるわけにはいかない」と開き直り、それについて「福田内閣は不信任されたはずじゃないか」と迫る論調も出て来ない。今日の日経など、社説は「今こそ長期的視点に立った経営を」などというヒマネタとしか言いようのない間抜けなことを書いている。

 日経ついでに言えば、同紙がガソリン再値上げに賛成なのは、環境重視のためらしい。28日付同紙「核心」欄で岡部直明主幹は「土建国家から環境立国へ」という大論説を書き、その中で言う。「まず、いったん下がったガソリン税などの暫定税率は元に戻すしかない。消費者のなかには不満があるかもしれないが、温暖化防止にガソリン消費の抑制は欠かせない」と。

 話は二重に錯乱していて、第1に、政府・与党と道路族・国交省が再値上げをしようとしているのは、膨大な無駄が含まれる道路財源を死守するためで、上述のように、まずそのことの是非を問わなければならない。第2に、仮にガソリン税によってその消費を抑制しようという政策が妥当であるとして(それも、他の手段との組み合わせを含め吟味が必要だが)、国民生活に打撃や支障を極力少なくしてなおかつ一定の消費抑制効果が見込まれる適正な税率はいかほどのものかが検討されなければならず、25円が妥当と決まっているわけではない。何でもいいから高くしておけば無駄な消費をしないだろうなどという乱暴な話では誰も納得しない。これも、財務省の増税を押し通すための屁理屈に大新聞の大主幹が巻き込まれている証拠と言える。

 本当は、これで国民に選択を問う「ガソリン選挙」を断行せよという福田批判の大合唱が起きてしかるべきなのに、全マスコミの沈黙による翼賛の中、今日ガソリンの再値上げが粛々と?決まる。

●一般財源化も無条件に賛成してはいけない

 さて、ガソリン再値上げという骨を切るために道路財源の一般財源化という皮を切らせるというのが福田首相の戦術だが、これもはっきり言って財務省のアイデアである。

 道路財源に限らず、各省が独自に確保している特別会計などの財源を召し上げて一般財源化するというのは財務省の宿願であって、ガソリン税は上がって道路財源も手に入るなら財務省にとってはこんないいことはない。マスコミが打ち揃って「一般財源化はいいことだ」と福田の決断を褒めているのは幼稚としか言いようがなく、問題はどこへ向かって一般財源化するのかということである。財務省=中央へか、それとも自治体=地方へか、である。

 これに関してまともなことを書いたのは、28日付毎日の「風知草」欄の山田孝夫=専門編集委員だけで、彼は片山義博=慶応大学教授(前鳥取県知事)の「受け売り」と断りながら、

(1)道路整備費財源等特例法を廃止する。
(2)地方道路税法など譲与税4法の使途規定を削る。
(3)地方税法699条の33と700条の55も削る。

 の3点を提唱している。(1)はガソリンに含まれる税金のうち揮発油税などの国税分を道路に充てる法律で、これを廃止すればまず国=財務省レベルで道路への縛りが消える。(2)は国から地方へ譲与する4種類の税源を道路に縛りつけているもので、これを削れば地方はその財源を道路以外にも使える。(3)は元々地方の取り分である自動車取得税と軽油取引税の使途を道路に縛っているもので、これを止めれば地方の裁量の余地はさらに飛躍的に高まる。こうした措置が伴わなければ、一般財源化しても実体的には道路特定財源は基本的に維持されることになり、だから福田決断にもかかわらず、今のところ道路族はおとなしくしているのである。もちろん財務省は、いろいろ手を使ってこれを他の使途にも使えるようにしようとするだろうが、そのせめぎ合いにこれを委ねても意味がなく、地方の裁量権を一挙拡大する方向で一般財源化しなければならない。それこそが地方分権の趣旨にも合致するやり方である。

 一般財源化がそれ自体で「いいことだ」では困るのであって、ここでもマスコミは福田が財務省の言いなりになっていることを批判しなければならないが、この声はほとんど聞こえない。この国はおかしな所に填り込んでしまった。▲

INSIDER No.436《KAMOGAWA DIARY 2》鴨川田舎暮らし絵日記・その2

 この項は折に触れて安房鴨川の山中での田舎暮らしを中心とした身辺記を出来るだけ写真を添えてお届けするものです。メール版はテキストのみですが、以下URLに写真入りのPDF版をアップしますので、それを開ける方はそちらをご覧下さい。また《ざ・こもんず》高野ブログにも(時間差はありますが)掲載されます。

http://www.smn.co.jp/insider/takano/kamogawa02.pdf

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《08年4月11日》
 夕方近くまで鴨川で雑用に明け暮れる。本当を言うと、昭和天皇が昔「雑草という草はない」と仰せになったのと同じ意味で、雑用という用はないんで、1つ1つの用はどんなに些細なことでもそれぞれにかけがえのない、そこでその時行われるべくして行われるべき何かなのですね。雑用と思えば煩わしくなる。が、「雑」とひとくくりにしないで1つ1つに向き合えばそれなりに楽しくこなすことが出来る。このへんが心がけ次第ということになります。

 この日に取り組んだことの1つは、薪小屋の設計。家の北側の1段下がったところは駐車場で、もう1段下がったところに物置小屋があって、その脇に薪ストーブ用の薪を積み上げる薪小屋を建てることが前々から懸案になっていました。2日後の日曜日には、我が家の数あるプロジェクトの内これに参画を表明して頂いている、ご近所に住む木工家の馬場健二さん、鴨川自然王国のスタッフで休日には我が家に来ていろいろ手伝って貰っている小原利勇さん、大学が春休みの間我が家に通い詰めて肉体労働に従事しているゼミ生OBの篠原豪くんが集合して計画を練るという段取りとなっているので、それまでに施主の私としては考えをまとめておかなければならないのです。

「薪ストーブは二度暖まる。一度目は薪割りで、二度目は炎で」という言葉があるくらいで、薪ストーブの楽しみはまず薪割りから始まります。普通は、薪の素材となる木材を手に入れるのが大変だし、手に入ったとしても薪を割るのは相当に過酷な重労働で、最初は「これぞ田舎暮らし」と面白がってやったけれども長続きせず、結局2年目からは薪をホームセンターで買っているという人も少なくありません。我が家の場合は、敷地内にも周辺にも薪の素材はいくらでもあるし、小原さんが知り合いの造園業者から貰い受けた木材を時折運び込んでくれるので、材料には事欠かない。薪割りは、私は子供の頃からやっていて苦にならないし、小原さんは達人だし、その小原さんの指導で手伝ってくれる学生もいるので、全然問題ない。そこで、割った薪を整然と積み上げて乾燥させておく薪小屋を整えることが課題となっているわけです。

 薪は、切り倒された木を切ったり割ったりしただけでは、水分が多くて、そのまま燃せばヤニやススが出てストーブを傷めてしまう。最低でも1年、出来れば2年、理想的には3年は寝かせてやると惚れ惚れするような美しい炎が出て、煙突の煤払いもほとんど必要ないくらいにクリーンな燃え方をします。そういう薪を用意するためには相当のストック空間を持たなければならないのですが、それがどのくらいなのかは焚く頻度と程度にもよるのでどうもよく見当がつきません。それで、外観の方から判断して、今はその場所に、下のお隣の家のプレハブ住宅の青い屋根が隠れるように高さ2メートル余の笹藪を刈り取らずに残してあるのですが、ちょうどそれと同じ幅と高さにすることにして、実測してみると、幅6間、高さ1間半。奥行きは標準長さ40センチの薪を前後2段に積むので、半間ないし1メートル。それを既製のコンクリート土台を並べた基礎の上に角材を組めばいいだろうと見当をつけて、簡単な図面を引き始めたところへ、折良く馬場さんがやって来て言うには、コンクリ土台は薪の重みがかかると不均等に沈んで木枠が歪む可能性が高いから、足場用の単管パイプを使ったほうがいい、と。なるほど、言われてみればそうで、3メートルと4メートルのパイプを中心として継ぎ手で組んで下部を50センチほど土中に埋めてそれを土台とすることで、設計し直しました。「しかし、銀色に光るパイプは無粋じゃないか」と私が言うと、馬場さんは「黒く塗っちゃえばいいんだ。それでもイヤなら縦の柱だけ板で化粧してもいい」と言います。なるほど…。

 実施は、皆さんが5月連休に田植えを終えて少し時間が出来てから、ということになりました。

《08年4月12日》

 名古屋の栄中日文化センターで10年ほども月1回続けている「新・世界地図の読み方」の講義。今日から新学期なので、いい地図帳を座右に備えようという話を少ししてから、アメリカの世紀が終わってユーラシアの世紀が始まる、それで日本はどうするんだ?という本題を2時間まくし立てました。

★栄中日文化センター:http://www.chunichi-culture.com/
(→「教養」へ)

 往復の新幹線で、明治学院大学の辻信一先生からお送り頂いた近著『幸せって、なんだっけ』(ソフトバンク新書)を読了。お金で測る豊かさには限りがなく、だからお金にこだわる限りどこまでいっても幸せにはならないということですね。かってはごく当たり前だった「貧乏」と近頃の「貧困」は違うという話が面白かった。貧乏でも「溜め」がある人は幸せになりうる。溜めとは、金や財産とかだけでなく、いざというときに頼りになる家族はじめ人間的なつながりから、本人の心と体の健康、自然とのやりとりや独りでいるときの時間の過ごし方などの生きる技術まで含めた、広い意味のセーフティネットのことだという。逆に言うと、溜めのない金持ちもまたいるわけで、その人はどんなに金があっても幸せでないということですね。

《08年4月13日》

 今日はサンプロ非番で終日鴨川。午後から馬場さん、小原さんらが集まって薪小屋の相談。取り敢えず場所決めをして、笹藪を刈って、小型ユンボで整地した。作業後、近所の“謎の焼き肉屋”=美家に行って宴会。夜はインサイダーの原稿執筆。

《08年4月14日》

 早稲田大学の授業初日。昨年までの全学部から200人選抜の「大隈塾授業・21世紀日本の構想」、その履修者からまた20数名を選抜した「高野ゼミ」に加えて、今年度からは、新たに創設された政経大学院ジャーナリズム専攻コース(Jスクール)のニュース演習も1つ担当することになったので、月曜日は朝10時40分から17時50分まで早稲田漬けということになります。

 第2限のゼミでは、モグリまで含めて30人を相手に、まず「高野孟とは誰か?」を「高野孟の心象曼荼羅図」(左図)を示して語り、その描画手法の元になっている「マインドマップ」について説明し、それについては「大隈塾授業」の第3回に日本での第一人者=ウィリアム・リード氏を呼んであるので出来ればそれを受講するように勧め、さらにこのゼミを受ける心構えとして毎日1つ以上の新聞を熟読することを義務づけました。

 心象曼荼羅は、英学者トニー・ブザンが開発したマインドマップの手法を参考にしながら私が独自に開発しつつある、1つの概念なりテーマ(ここでは「高野孟」)を1枚の図柄で表現する方法で、ノート&メモ術としても思考整理術としてもプレゼンテーション術としてもまことに有効です。ゼミ生には早速この方法で、「自分とは誰か」を来週までにまとめて来るように指示しました。

 第3限の「大隈塾授業」は、初回なので田原総一朗塾頭にお出まし願って「人生論」を語って貰いました。同授業は昨年度までの6年間、田原さん自らが企画し司会してきましたが、今年度からは、田原さんは商学研究科に新設された「大隈塾大学院」に主力を注ぐことになり、この学部生向け授業の企画と司会は私に任されました。そこで私が組んだ今年のプログラムは次のURLをご覧下さい。第5限のJスクール演習では、新聞の読み方の基本を語りました。

★大隈塾/オープン教育センター「21世紀日本の構想」:
http://open-waseda.jp/open/program/21.php
★大隈塾/大学院商学研究科「リーダーシップ論」:
http://www.waseda.jp/extension/okumajuku/index.html
★大学院政治経済研究科「ジャーナリズムコース」:
http://www.waseda-j.jp/

《08年4月15日》

 大阪読売TV「ミヤネ屋」のニュース特集は映画「ヤスクニ」の上映中止問題。夜は第3回「大阪・高野塾」。同塾は、《ざ・こもんず》サポーター企業募集代理店である(株)シーエフエスの藤岡俊雄社長が中心となって去る2月に創始されたもので、月に1回、関西方面の《ざ・こもんず》サポーター企業やその候補社の方々50〜60人ほどが集まって私が講演し、そのあと居酒屋で交流する会で毎月第3火曜日に開催しています。問い合わせはinfo@fvf.jpへ。写真はその交流会で飲み交わす藤岡氏と私。

《08年4月16日》

 今日から京都造形芸術大学で講義開始。「日本を見る目を養う」というテーマの演習で日本の歴史、文化にまつわる本をたくさん読んで貰うことを中心に進めていく予定です。

★京都造形芸術大学:http://www.kyoto-art.ac.jp/

《08年4月17日》

 早起きして、バイオ浄化槽の土手に植えた芝桜の手入れ。急斜面なので芝生よりも芝桜のほうがいいだろうということで植えたのだが、足が滑って草取りの作業がなかなか大変。夢中になってやっているうちに、家を出る時間を忘れてしまい、9時20分に車で飛び出して11時新宿発の特急に何とか間に合って飯田市へ。飯田信用金庫の若手経営者の会で「国民皆農」について講演しました。

《08年4月18日》

 昼間鴨川。夜、築地の魚市場の中の東京歴史遺産とも言うべき魚料理屋「魚がし山はら」で鳩山由紀夫さん等と会食。私がインサイダー(及び《ざ・こもんず》)で「(日銀人事問題などをめぐって)民主党は別に混乱などしていない」と書いたのがお気に召したようで、メルマガ「はあとメール」に全文転載して頂きました。このお店は凄いですよ。建物が崩壊しないうちに一度お出でになるようお勧めします。

★鳩山由紀夫:http://www.hatoyama.gr.jp/indy_frame.html
(→メルマガ/バックナンバー/4月16日号へ)

《08年4月19日》

 13時から《ざ・こもんず》打ち合わせ。15時から虎ノ門のスタジオで東京FM系の全国ネットJFNで月1回、第4日曜日の朝5〜6時放送している「ヴォイス・コモンズ」の収録。今回のゲストは、『本は10冊同時に読め』の著者=成毛眞さん(元マイクロソフト日本社長、現インスパイア社長)。ビジネス界きっての読書家による、ひとことで言えば乱読の勧めで、1冊ずつを始めから終わりまで読み通すよりも、書斎、居間、トイレ、オフィスのデスクなどあちこちにいろいろな分野の本を積んでおいて、脈絡もなくツマミ食い的に読み散らすのがいい、と語ります。私もツンドク・ランドク主義なので、読書論で大いに盛り上がりました。

 成毛さんとは、彼がMSジャパンの社長になる前からの知り合い。いつだったか、私が思想的にMac派だもんで、MS帝国主義vsオープンソースの対抗図式の下でMSはもう文明論的に敗北しているとインサイダーで書いて、当時まだ社長だった成毛さんから反論を貰ったこともありましたっけ。

《08年4月20日》

 サンプロ出演。森喜朗元総理と渡部恒三民主党最高顧問の「重鎮が語る春の政局」は何だかボケとツッコミの漫談という感じでしたね。中川秀直自民党元幹事長ほかによる「移民1000万人受け容れ」提言は面白かった。私は、元々日本は多民族・多文化社会であり、明治以降の万世一系・単一民族史観を克服しなければならないというようなことを言いました。

 13時半から銀座で、昔の通信社時代の同僚で軍事ジャーナリストの故松尾高志さんを偲ぶ会があって、挨拶もそこそこに失礼して15時から上野文化会館で小澤征爾指揮のオペラ「エフゲニー・オネーギン」。歌、演奏、演出、すべてよかった。

《08年4月21日》

 早稲田授業第2回。ゼミは「新聞の読み方」。授業は私の講義で、インテリジェンス論の基本と1つの実例としての「財金分離論」の捉え方を前夜3時間かかって作ったチャートをスクリーンに映しながら語りました。

 日本の明治以来の発展途上国型「官僚主導=中央集権システム」の心臓部は旧大蔵省によるマネーの総動員体制で、そのスローガンが「財政金融一体」でした。

 それは、実体的には、金融面では金融界への護送船団方式とまで言われた統制と日銀への支配、財政面では徴税と予算配分、郵貯資金による財政投融資とによって構成され、前者の金融支配がバブルの創出とその崩壊という形で、不良債権問題という100年来の最悪最大の金融スキャンダルを惹起した。その責任をとらせるために、98年に金融庁が発足して旧大蔵省は財務省に“格下げ”され、日銀法改正によってようやくこの国で中央銀行の独立性確保への第一歩が踏み出された。それは、明治以来の官僚政治を打ち砕くための最初の決定的な脳天一撃だったのです。

 で、その時、旧大蔵省最後の事務次官にして財務省最初の事務次官として、この財金分離に何としても抵抗しようとしてありとあらゆる悪あがきをしたのが武藤という男であって、こんな奴を日銀総裁にしようというのは、改革の時計を10年前まで巻き戻そうと言っているに等しいのですね。

 ま、この辺はインサイダー&《ざ・こもんず》でも書いたのでこれ以上は繰り返しませんが、要するに大隈塾学生たちに、政府やマスコミの言うことに騙されるな、簡単に騙されてるようではどんな分野にせよリーダーになることなど出来るわけがないですよ、ということを言いたくて、その例としてこれを絵入りで説明したのでした。

 Jスクールでは「今日の新聞から何を読み取るか」の実習で、朝日と日経の内閣支持率調査の結果、どちらも安部内閣崩壊直前と同じ水準に達しているという福田内閣の危機状態と今後の見通しを論じました。

《08年4月22日》

 大阪へ。「ミヤネ屋」終了後、司会の宮根誠司、毎週火曜日にゲストで一緒の松尾貴史その他番組関係者の皆さんと心斎橋の「ゆうや」で飲み会。同店は宮根さんが最近ハマッて通い詰めている店で金目鯛と鯖のしゃぶしゃぶがビックリするほど美味しいです。

《08年4月23日》

 京都造形大第2回。想像力と論理力を鍛えることで直感力が磨かれるという道筋の話をしました。帰途、名古屋で降りて同地方の経営者が作る「名古屋平成クラブ」で講演。資本主義の行方と日本のこれからについて語りました。

《08年4月24日》

 嬉しいことに今日から4日間は鴨川。午前中、近所の安田自動車に行ってダイハツ・ハイゼット・カーゴを注文。15年間乗り回してきたジープ・チェロキーが老朽化してますます燃費が悪くなったので、東京往復用に昨年10月トヨタ・ブレードを購入、軽快な走りちお低燃費が気に入っていますが、これでは大きな荷物や材木の類は運べないし、鴨川自然王国へ上がって行くときに悪路で鼻をこすったりする。田舎暮らしにはどうしても軽の四駆が必要で、軽トラックにするかボックス型のカーゴにするかだいぶ迷ったのですが、結局、普段は4人乗りで後部座席を倒せばビックリするほどの荷物スペースが確保できるカーゴに落ち着きました。

 午後は、庭の観察。あちこちで群落をなしていて1万本はあるだろうと思われる蕗は、花がほぼ終わってタンポポ状態になって、その脇でこれから葉茎が大きく育ってくる段階。蕗というのは楽しくて、2月の厳寒の中で誰よりも先に凍った地面を割るようにして蕗の薹が顔を出します。これは花芽で、摘んで天ぷらにして最初の春の香りを味わうのですが、3〜4回も天ぷらにすれば飽きてしまいます。放っておくと花茎が伸びてあちこちでお花畑状態になって、これは見ているしかないのかなと思えば、それを摘んで金平ゴボウのように油で炒めて醤油で味付けすると食べられるし、天日で干して刻んで乾煎りすると薬用茶になり、それを煮出して汁を風呂に入れると入浴剤になるというのは今回初めて知りました。写真:左から、蕗の花畑、花が終わるとタンポポ状態、畑状態の葉茎。

 しかる後に、葉茎が育って、その葉と茎で佃煮を作る。この佃煮を4日も5日もかけて煮ては浸しながら作る秘伝は、大阪・法善寺横丁の名店「美加佐」のおかみさんに教えて貰ってあるので、近々挑戦するよ予定です。ということで、蕗だけで冬から夏まで半年もいろいろに楽しむことが出来るのですね。自然と和みながらどこまでも利用させて頂く日本人の知恵の凄さです。

 タンポポの黄色い花も目立ちます。よく見ると、和種のカントウタンポポと外来種のセイヨウタンポポがほぼ対等に混在しています。和種がやや清楚で、外来種がやや野性的です。見分け方は簡単で、花の下の総苞と呼ばれるヒラヒラ部分が下に反り返っているのが西洋種、そうでないのが和種ですが、実際には交雑していて見分けがつかない場合もあるそうです。写真:右が西洋種。

 カラスノエンドウの濃いピンクの花、ハルジオンのうっすらピンクの花もかわいい。清らかなのはヤブニンジンの線香花火のような白い花で、これも茎から採って乾燥させると入浴剤になるのだそうです。

 シャガの生え方は尋常ではないですね。森と野の境のちょっと日陰のあたりにこれでもかというくらいに薄紫のアヤメ系の花が咲き乱れ、そのような群生が敷地内に何十カ所もあって、まことに美しい。私はオシャレをした小娘がいたずらっぽくあかんべえをしているようなこの花が好きです。

 このように、次々に生え出す野の草花を、「雑草図鑑」「山野草大百科」などと首っ引きで名前と特徴と効用を確かめていくのが田舎暮らしの本旨で、「雑草という草はない」ことを思い知るのですけれど、そうは言ってもそれらがブォーッと伸びてきて草刈りをしないとどうしようもなくなる時期は近づいていて、5月連休中には今年第1回の草刈りを実行しなければならないでしょう。

 夕方、ゴルフ・コーチ&トレーナーの石渡俊彦プロが若いお弟子さん2人と共に来訪、久しぶりにお酒を酌み交わしました。石渡プロは《ざ・こもんず》でもお馴染みですが、中嶋常之をドン底から救い出したトレーナーとして名を馳せ、その頃から私は「股関節や肩胛骨が動かないのに小手先のスイング技術だけ覚えようとしても意味がない」という彼のセオリーに同感して、取材を兼ねて訪ね、以来ずっとお付き合いをしています(が、その割に私がゴルフが上手くならないのは私が不熱心であるためでプロのせいではない)。当時は彼のスタジオが成田空港近くの富里のほうにあって、時々遊びに行って体を診てもらったりしていたのですが、そのうちに友人のゴルフ狂=勝又基夫千葉トヨペット社長を紹介したら完全に填って奥さんや息子さん共々通い詰め、挙げ句に千葉駅前に彼がレクサス千葉店の豪奢な店舗を作るに当たってその2階を最新設備を揃えたゴルフトレーニングのスタジオにしてしまい(まあ自分が毎日でも行きたいからなんですが)、そこに石渡プロを招いたのでした。

《08年4月25日》

 ほぼ終日、芝生の手入れ。だいぶ緑が濃くなってきましたが、それと同時にスギナをはじめ雑草の生え方も並みではなくなってきて、家にいれば必ず少しでも草取りをするよう心がけてはいるけれども、それでも数日もするとワッと出てくる。今日は、春になって初めて金属熊手を持ち出してサッチ(芝草の下に溜まっている枯葉)を軽く掻き出しながら雑草を徹底的に取り除き、隠れている若芽が風と光を味わえるようにし、さらに傷んで剥げたり凹んだりしている部分に目土を入れて根が張りやすいようにしてやりました。サッチはそのまま地面に帰って栄養になるから掻き出さなくてもいいんだとも言われていて、実際この時期にガリガリ掻き出す必要はないですが、芝生に触れていると、若芽が「もう少し陽の光と酸素が欲しいんだけど」と言っているような気がして、その自分の直感力を信頼して、芝が求めているようにしてあげました。

 今時、芝に花が咲くんですね。さんざん雑草を取って「だいぶきれいになったなあ」と自己満足に浸っていると、ある日突然のように、黒紫の小さな稲穂のようなものが一面ブオワーッと吹き出している。「えっ、こりゃあ何だ?」と結構あわてて、調べてみると芝生の花。ネットでも私と同じように芝に花があることを知らなくてあわてて専門家に問い合わせたた人がたくさんいるようです。答えは、「放っておくか、芝と一緒に刈ってしまいなさい」。芝は根を通じて繁殖するので、花は育成とは関係なく、放っておいて枯れるに任せるか、芝刈りが必要な時期なら葉と一緒に刈ってしまっていいんだそうです。普段我々はゴルフ場や公園など手入れされた芝面しか見ないので、自分で育てない限り花を見ることはないのですね。自分でやってみないと分からないことって一杯あります。

《08年4月26日》

 大隈塾大学院の田植え合宿で、主として社会人院生25人が村田信之=大隈塾ディレクター引率の下、鴨川自然王国に来訪。13時半頃から冷たい風が吹く中、膝まで水に浸かって慣れない手つきで田植え作業、2時間余りで約1反の田んぼ1枚を植え終わりました。左手に苗の束を持って正確に5本を取り分けて右手の人差指と中指でスーッと泥の中に植え込む訳ですが、その要領がようやく分かりかけた頃には終わってしまいます。シャワーもそこそこに、焚き火を燃やして盛りだくさんの山菜天ぷらとバーベキューの宴会。自己紹介での発言を聞くと、エリート・サラリーマンの皆さんが「何でこんなことしなきゃならないんだ」と訝りつつやってきて、しかし初体験の田植えで何かしら日常では得られない感触を掴んだようで、よかったです。出がけに奥さんが「田植え? 嘘でしょう」とどうしても信じてくれないまま振り切って家を出てきて、自分の田植え姿を写メールで送っている人がいたのはおかしかった。大企業エリートで、選ばれて早稲田の大学院で「リーダーシップ論」を学んで、それでどうして田植えなんだというのは、まあ当然の疑問でしょう。

《08年4月27日》

 9時から自然王国の山小屋で大学院生に講義。なぜ私は鴨川で「半農牧半電脳」の田舎暮らしを始めたかについて、石原完爾将軍の「国民皆農」論を引用しつつ、それこそが21世紀日本の生き抜く道なのだというお話をしました。我々の祖先は数千年、いや1万年前から土に足を踏ん張って暮らし、そこからありとあらゆる知恵を得て来た。明治以来のこの100年だけ、土から離れて都会に出、金を稼ぐのがいいことだと思い込まされて突っ走って来たけれども、それは数千年の歴史の中でのほんの一時の気迷いで、これからまた新しい次元で日本人本来の暮らしぶりに回帰しなければならない、と。

 午後は家内と共にヤマブキなどの植栽作業の後、鴨川の魚屋「池田」で早めの夕食。私は金目鯛の焼き魚定食、家内はホウボウの煮魚定食で、共に1200円だか1300円。他にタコの唐揚げとエビの竜田揚げを一品でとって、車なのでノンアルコール・ビールで我慢して、大満足。このお店は、表が鮮魚店、裏が食堂で、まさに魚屋さんのお店。魚の鮮度のよさに加えて焼き方、煮方、揚げ方がちょっとないくらい上手で、お値段がビックリするほど安い。これぞ南房総!ということで文句なしお勧めです。恥ずかしながら店内には私の拙い色紙が加藤登紀子さん等と並べて飾られています。君津方面から房総スカイライン経由で鴨川市内に入ると車のディーラーが軒を並べる通称ディーラー通りがあり、その中頃の右側に赤地に白文字で「魚」と書いた大きな看板があるので、すぐ分かります。昼食時から休みなしで開いている代わりラストオーダーは19時という早じまいですのでご注意下さい。

《08年4月28日》

 いつもより少し早め、4時半起床、まずコーヒーを煎れて新聞4紙を熟読してから資料整理、メール処理、原稿書き、授業準備。ベランダ脇のU字溝にトウキョウサンショウウオが卵を産み付けていて、余り水が流れて干上がらないよう、堰を作って軽く泥沼状態を維持するようにして毎日観察しているのですが、今朝ふと覗くと、卵の1つが見えなくなっていて、小さなメダカのようなものが尾をくねらせて泳いでいるのを発見。たぶんこれがサンショウウオの幼生でしょう。2つ1組の卵嚢に60〜120個の卵が入っていて孵化するのはせいぜい20〜30匹ほどですがが、生まれたとたんに共食いしたりするんだそうで、これは生き残った数少ない強者の1匹でしょう。写真:中央から右上方向の黒っぽい細い影がそれ。頭部近くに鰓らしきものが生えている。夏になると手足が生えて陸上生活を始めるという。いやあ今日は大発見だ。

 8時半に家を出て、京都に行く家内を品川駅まで送ってから早稲田に着くと9時50分。ワセダ・カフェでサンドイッチとコーヒーの朝食をとりながら週刊誌3誌と月刊誌2誌を拾い読みして、10時40分から大隈塾ゼミ。前回提出させた「私は誰?」の曼荼羅図を元に自己紹介をやって貰う予定だったのですが、事務局に頼んでおいたOHP機器が準備できていなくてダメ。情けないねえ、早稲田も。京都造形大ではその場で言って「はい、どうぞ」と1分間で準備OKだったですけどねえ。仕方なくそれは次回に回して、昨日の山口補選での自民敗北の分析を中心に「福田政権はどうなる」を議論しました。

 午後の大隈塾授業は講師ウィリアム・リードさんで「発想力/7つの鍵」。充実したpptを駆使しての熱演で、学生にはいい刺激になったと思いますが、彼らの質問のほとんどは「こういうばあいどうしたらいいか教えて」という、安直にノウハウを聞き出そうとするもので、このへんが今時の若い衆の限界かなと感じました。ヒントを貰ったらまず自分で身を粉にして修練を重ねて体で覚えなさいということをリードが言っているのにねえ。Jスクールではやはり山口補選結果について編集会議風な議論をしました。高野ゼミOBのモグリが3人もいて、どちらかと言うと彼らのほうが活発に意見を出していたのはどういう訳なのか。

 夜は日本橋の鉄鋼会館で、民主党の浅尾慶一郎参院議員(ネクスト内閣防衛大臣)の後援会で講演。「福田首相は官僚にマインドコントロールされて自滅への道を歩んでいる」という話をしました。▲

2008年4月14日

INSIDER No.435《POLITICS》政治が混迷し、国民生活が混乱しているというのは本当か?──誰よりも迷走状態に陥っているのはマスコミだ!

 このところ新聞はじめマスコミの政治についての論調はほとんど常軌を逸していて、迷走というより錯乱の状態に陥っている。

 日銀総裁人事について、福田康夫首相は9日の党首討論で「民主党は結論が遅いですよ。日銀人事も正直言って翻弄された」と言い、マスコミもそれに調子を合わせて、民主党が武藤敏郎、田波耕治の両元大蔵(財務)事務次官を拒否した上、党内論議の末に小沢一郎代表の主張に従って渡辺博史=元財務省財務官まで拒否したことについて、「民主党内の混乱は目にあまった。これで政権を目指すなどと言えるのか」(12日付毎日、岩見隆夫)といった論調に終始した。

●民主党は混乱していない

 しかし私の見るところ、民主党内は別に混乱も何もしていない。確かに、最初の段階で政府が武藤総裁案を持ち出そうとした時に、小沢がそれを容認するかのことを言ったのは迷妄だったと言えるだろう。が、それについて鳩山由紀夫幹事長や仙谷由人=人事小委員長ら党内の大勢が反対し、2月末に政府・与党が予算案の強行採決の暴挙に出たこともあって、小沢も武藤拒否に転じたのは、まことに健全な民主的党内運営であって、混乱というようなものではない。昨秋に小沢が“大連立”に暴走しようとした時に全党挙げてそれを封じたのと同じパターンで、小沢の独断・暴走が利かなくなっている民主党の成熟をむしろ褒めるべきである。

 小沢は民主党が政権獲りに向かうための一種の政治的凶器であって、その取り扱いに民主党が習熟しつつあるということである。私が3月某日、菅直人に「9月代表選では小沢はもう取り替えた方がいいんじゃないの」と問うたのに対し、彼は即座に「小沢は何をするか分からないから代表にしておいた方がいいんだ」と答えた。小沢の効用とその限界を心得た上で、使える限りは担いでいくというのが民主党のほぼ全体を覆う醒めた合意となっていることが窺える。

 本誌No.432でも書いたように、鳩山は小沢の武藤容認論について3月16日のサンプロで「民主党が近々政権を獲ろうという時に、財務省をそこまで敵に回していいものか」という意味での政局的な判断の問題が悩ましかったことを率直に認めつつ、しかし、予算案の強行採決によってそれを吹っ切って、「こうなれば(財金分離=原則論の)純粋な立場に立ち戻るべきだ」という判断に小沢も含めて踏み切ったことを明らかにした。と同時に鳩山はこの時、渡辺博史=元財務官など財務事務次官出身者でない者であれば許容可能であるとの個人的見解も示した。

 福田康夫首相も伊吹文明幹事長も、その鳩山の言を当てにして、白川方明副総裁の総裁昇格と抱き合わせで渡辺の副総裁登用を提起し、結果的には渡辺を拒否されたことについて、「結論が遅い」「翻弄された」とボヤき、マスコミも民主党の「迷走」「混乱」と書き立てたのだが、これは、
(1)98年の金融監督庁発足と日銀法の全面改正の根本趣旨である財金分離の大原則論に立った上で、
(2)財務省出身者の内で事務次官出身者を日銀総裁に迎えるのはさすがに大原則に反するだろう、
(3)それ以外であれば大原則に反することにはならないのではないか、
(4)いやこの際は中途半端にしないで大原則を貫いた方がいいのではないか、
——という純粋に戦術的レベルの判断の問題であって、しかし福田はじめ政府・与党もマスコミもその大原則の意味を全く理解せずに「武藤のどこがいけないのか」「世界では財務省出身者が日銀総裁になる例はたくさんある」「財政と金融は連携しなくてはならない」といったそれこそ妄言を繰り返している中では、(4)の大原則優先の立場を採ることが必要だという結論に至ったのは、それはそれで妥当な1つの判断である。

●日銀の独立性は未確立

 本誌が繰り返し主張してきたように、明治以来100年余に及ぶ旧大蔵省による金融の護送船団的な行政的支配とその不可欠の一部である日銀に対する組織的支配とを解体することは、この国が成熟先進国としての次の100年に踏み入る上で避けて通ることの出来ない「改革」の中心課題である。

 財政と金融が連携するのは一般論として当たり前だし、諸外国で財務省出身者が中央銀行総裁に就くことも珍しいことではない。しかしそれは、中央銀行の独立性がすでに確立している成熟国での話で、まだ脱発展途上国を達成しておらず日銀の独立性確保の道筋が緒に着いたばかりの日本では、財金分離を曖昧にすることは「改革」を小泉以前のその発端のところまで逆戻りさせることを意味する。

 周知のように日銀は、ベルギー国立銀行をモデルにしたと言われる1882(明治15)年の日本銀行条例によって同年開業し、それから60年を経た戦時中の1942(昭和17)年に今度はヒットラー政権による独帝国銀行に対する支配をモデルにした旧「日本銀行法」によって完全に政府の下に組み敷かれた。内閣——ということは実質的に首相と蔵相が日銀総裁の任命権と解任権を持ち、日銀の業務のすべてにわたって監督し命令し立ち入り検査まで出来るという、独立性のドの字もない政府=旧大蔵省への日銀の戦時統制的な従属を改めようとする試みは何度かあったが、その度に旧大蔵省が決死の抵抗を組織して潰してきた。

 が、銀行の不良債権問題がすでに泥沼化の様相を呈していた97年に第1次橋本内閣の下で、新「日本銀行法」が成立、(1)「総裁、副総裁、審議委員は、衆参両議院の同意を得て内閣が任命する」いわゆる国会同意人事となり、(2)また「法に列挙された事由に該当する場合(破産手続開始の決定を受けた時、禁錮以上の刑に処せられた時など)を除き、在任中、その意に反して解任されることがない」ことが規定され、(3)さらに日銀の日本銀行の最高意思決定機関である「政策委員会」は総裁、2人の副総裁、6人の審議委員からなり、通貨および金融の調節その他の方針を決定するが、そこには政府から財務大臣と経済財政政策担当大臣が適宜出席することが出来るものの、議決権は持たないオブザーバー的な位置に止められた。

 この日銀法改正と、ほぼ同時に裏腹の関係で金融監督庁(2年後に金融庁に改組)が発足し、旧大蔵省は民間金融と日銀への支配権を剥奪され、その自慢の名称も「財務省」に変更させられたこととが相俟って、日本はようやく「中央銀行の独立性」確立への道に踏み出したのである。霞ヶ関に君臨する旧大蔵省の権力をこのように削ぐことは、単に金融の官僚支配からの解放というに留まらず、明治以来の発展途上国型の中央官僚支配を廃絶する「官から民へ」の大改革の決定的とも言うべき第一歩だったのであり、実際、このことがあって初めて、98年秋の「金融国会」での不良債権処理も可能になった。さらに小泉内閣に至って、半身を削がれた財務省に残された2つの機能の1つである郵貯を原資として財政投融資を行う機能を剥奪するために「郵政改革」が断行された。もう1つの機能は税を集めて省庁別予算として配分する機能だが、これもいずれ徹底的な地方分権によって税源の大半もまた地方に委譲される運命にある。このようにして旧大蔵省権力を完膚無きまでに解体していくことこそ「改革」の本筋であり、それに最後の抵抗を試みつつ、金融庁の人事に手を突っ込んだり、日銀支配を復活させようとしたりして悪あがきしているのが今の財務省であり、その象徴的人物が最後の大蔵事務次官であり最初の財務事務次官だった武藤なのである。

 福田がこんな人物を日銀総裁候補として提示すること自体、彼が「改革」について何も分かっていないどころか、まさに財務省のマインドコントロールにまんまと引っかかって、この国を発展途上国状態に引き戻すための走狗と成り下がっていることを示す。それをまた(本来あれほど「改革」好きであったはずの)マスコミが大いにバックアップして「武藤でどうしていけないんだ」というようなことを書きまくったのは、これまた財務省に操られた結果としか考えられない。

●ガソリン暫定税率問題も同じ

 ガソリンの暫定税率が期限切れで少なくとも一時値下げになる問題でも、福田政権とマスコミは完全に歩調を合わせて、「そんなことになれば国民生活は大混乱に陥る」と、野党と国民を脅迫しまくった。今では誰でも知っているように、実際には何の混乱も起こらず、せいぜいが給油所が持つ在庫の量によって数日間、値段がバラバラになったというだけのことである。年間2兆6000億円の財源が失われて特に地方が大変で、道路建設を凍結したところもあるとも言うが、仮に福田が望むように4月末に衆院で再議決して暫定税率を復活させれば、失われるのは1カ月分の2200億円だけで、こんなものは税収変動の誤差程度でしかなく、何もあわてて予算執行を止めなければならない事態ではありえない。

 これまた本誌が何度も指摘したことだが、暫定税率復活が本当に必要なのかどうかは、政府・与党が昨年12月に決定した「10年間59兆円」というドンブリ勘定が妥当なものであるどうかを精査して、不急不要の道路計画の排除もしくは次の10年計画への先送り、道路財源から国交省役人のヤミ給与や児童手当まで出していたり、職員の遊び道具の購入に充てていたりする乱脈の切開、天下り法人の廃止と水増し発注の監査などを進めていかなければならない。それで本当に必要な金額が確定して初めて、ではその財源をどうするかの議論になるはずで、それを抜きにして「大変だ」「大混乱だ」と騒ぎ立てるのは、何が何でも59兆円を死守せよという、今度は国交省と自民党道路族のマインドコントロールにマスコミが脳を侵されていることを意味する。

 福田首相が追い詰められて道路財源の一般財源化を言い出したのは、それ自体は歓迎すべきことである。が、問題は2つあって、1つは言い出したとたんに道路族による巻き返しが始まっていて、曖昧極まりない「政府・与党合意」だけに留まっていて自民党総務会による議決をしないことになった。これでは骨抜きになるのは避けられない。もう1つは、ここでもまた財務省が出てくるのだが、一般財源化はこのままでは単に国交省の独自財源を剥奪して財務省の管理に移すということしか意味しない。各省庁が持つ特別会計などの形の独自財源を召し上げることは財務省にとって宿願であり、福田はただその手助けをしているだけである。とすると、どこへ向かって一般財源化するかこそが問題で、財務省に向かってか、それとも地方自治体に向かってかという重大な選択が浮上する。道路財源を地方に委ねて、地方の判断で道路以外の目的にも使えるようにすれば、地方分権=旧大蔵省権力解体の方向に合致するが、福田にはそのような考えは全くない。

 このように、暫定税率と一般財源化をめぐる議論も倒錯的な混乱に陥っていて、その意味では大混乱しているのは1に福田はじめ政府・与党、2にマスコミで、民主党が非難されるべきだとすれば、そのような混乱ぶりを正しく整理して議論を前に進めるだけの力量を欠いているという点である。

 いずれにせよ福田政権は今月末、暫定税率の再議決を巡ってにっちもさっちもいかなくなる公算が大きい。そこで内閣総辞職という事態を何とか切り抜けたとしても、精一杯もったとしてサミットまでが限界で、それを花道に退陣。後は仕方なく麻生太郎で、彼の下で秋には総選挙、どこまで負けないで済むかという展開となるだろう。▲

2008年4月10日

INSIDER No.434《KAMOGAWA DIARY》鴨川田舎暮らし絵日記・その1

 これから折に触れて安房鴨川の山中での田舎暮らしを中心とした身辺記を出来るだけ写真を添えてお届けします。メール版はテキストのみですが、以下URLに写真入りのPDF版をアップしますので、それを開ける方はそちらをご覧下さい。

http://www.smn.co.jp/insider/takano/kamogawa01.pdf

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《08年4月1日》
 大阪読売TV毎日14〜17時の「情報ライブ・ミヤネ屋」が今週月曜日から首都圏=日本TVでも観られるようになって、文字通り全国版に。私のコメンテーター担当は火曜日なので、今日が全国版となっての初日でした。

 これは、大阪発の関西ローカル番組がスタートから2年で全国制覇した珍しいケース。06年4月に週1回2時間の夕方ワイド番組として始まって(その時から私は付き合っています)、8月には月〜金16〜18時の帯番組となり、さらに07年10月には日本TV・読売TV共同制作の長寿番組「ザ・ワイド」終了に伴って、読売TVが一念発起、その穴を埋めるべく「ミヤネ屋」を14時から3時間の帯番組に一気拡大。ところが日本TVはだらしなく、その時間帯を人気ドラマの再放送などでお茶を濁す方針を採ったため、同系列の地方局が雪崩を打って「ミヤネ屋」をネットするようになりました。全国で観られないのは日本TVがカバーする首都圏だけということになり、日本TVもプライドがあるので悩んだんだと思いますが、遂に4月から軍門に下ってネットするようになったのです。

 但し、首都圏で映るのは14〜15時の第1部(ニュース、ニュース解説)のみ。第1部は全国28局を網羅、15時からの第2部(火曜日の場合、桜中継、芸能、食材の旅など)は日本TVなど4局が降りて24局中継、15時50分からの第3部(同じくニュース解説、夕刊ウォッチ、料理など)は4局だけという流れです。

★情報ライブ・ミヤネ屋
http://www.ytv.co.jp/miyaneya/index_set.html

《08年4月2日》
 午後から鴨川宅に音楽・スポーツ評論家の玉木正之さんご夫妻、私と玉木さんの共通の遊び場であるJR大船駅近くのお寿司屋さん「もり山」の森山孝一さんご夫妻、「もり山」の常連の澁澤龍子さん(故龍彦氏夫人)、玉木さんの弟子筋に当たるスポーツ・ワークス代表/立命館大学客員教授=小島克典さんが来訪、ベランダでお花見。桜は、昨年夏の初孫誕生を記念して植えたもので、陽光(2本)が満開(写真)、大島(3本)が七分咲き、山桜(2本)はまだ蕾という状態。夕方近くなって、どこで聞きつけたか、加藤登紀子さんはじめ鴨川自然王国のスタッフ一同が突然乱入、らんちき大パーティが21時頃まで続きました。

 玉木さんがお土産に持ってきてくれたのが、グラモフォンの音楽DVDの新譜「教皇ベネディクト16世バースデイ・コンサート」。07年7月にバチカンの講堂に7000人の招待客を集めて行われた教皇80歳を祝うコンサートの指揮を委ねられたのは、弱冠27歳にして今世界で最も注目されるベネズエラ人指揮者グスターボ・ドゥダメル。CDしか聞いたことがなかったので、彼の自由闊達な指揮ぶりを目の当たりにして大いに感動。彼とベネズエラの音楽教育の凄さについてはいずれまたお話しすることがあるでしょう。

★玉木正之
http://www.tamakimasayuki.com/

★もり山
http://moriyama.sushidokoro.net/

★スポーツワークス
http://www.sportsworks.co.jp/

《08年4月3日》
 午前中家にいていくつかの懸案作業をこなしたのですが、その1つは、庭の一角に「阿弥陀如来降臨」の記念碑を作ることでした。

 この土地を手に入れたのが03年10月で、それから約1年間、荒れ果てた山林を、ある時は孤独に、ある時はご近所や仲間やゼミ学生の力も借りながら、ひたすら開墾するところから私の田舎暮らしは始まりました。確か5回目か6回目の草刈りだったと思うのですが、その年12月10日、独りで刈払機を操って藪を切り開いているときに、妙にツルツルした半円形の石が地面から出ているのを見つけました。山野の草刈りでは、高速で回転する刃を石に当てると、刃先が欠けて傷むし、飛んだ刃先や石片が顔や目に当たって怪我をしたりするので、地面の様子には相当神経を使いながら作業します。その時も、危うくその石に刃を当てそうになって、「おおっと」という具合に辛うじて当たるのを回避したのですが、よく見るとキレイな半月形をしていて明らかに自然石ではない。

「ん?」と思って近くに落ちていた木の枝で少し掘ると、何と、その半月形は実は光背の頂点で、その下に仏の顔が出てきた。慌ててスコップを取りに走って、丁寧に彫り上げると、これが高さ25センチほどの石彫りの仏像。水洗いして泥を落としてみると、台座に座して定印(じょういん:両手の親指と人差指で輪を作って腹の前で合わせた印相)を結んで円形の光背を頂いた、どう見ても阿弥陀如来なのですね。裏を見ると「天保十一 子」とある! ヒエーッ、鑑定団ものだ、こりゃあ、と。

「40年前まで棚田だったというこんなところに何で阿弥陀様が出てくるんだ」「もしかしたら斜面の上の大山不動尊から転がってきた? いや、不動尊は高野山真言宗だから阿弥陀様は関係がないはずだ」とか、いろいろ思い惑いながらも、ともかく一旦、物置小屋に小机を置いてお祀りし、そして家が完成した昨年春に、廊下の突き当たりにスペースを設けて我が家のお守りとして安置したのでした。

 で、去年の11月に『大法輪』という仏教界の名門雑誌からエッセイを頼まれて、鴨川移住のことを書き、その中で仏像発見のことも触れたところ、東京都杉並区に住む岡野幾代さんという在家僧侶の方からお手紙を頂いて、これを読んで感動した、是非その阿弥陀様にお目にかかりたいとおっしゃる。「どうぞ、どうぞ」ということで岡野さんが3月30日にわざわざ鴨川まで来て下さいました。

「変なオバサンが押しかけて来たと思っているでしょ」
「いえいえ、とんでもない。拙文を目に留めて頂いてこんな遠くまで来て下さって感動しております」
「この通り(と名刺を出して)東本願寺の僧侶です。こんな奇跡のようなことは滅多にあるものじゃありません。余程のご縁があってこの阿弥陀様はあなたに出会った。どういう経緯でそこに埋まっていたのかは判らないけれど、この阿弥陀様があなたに見いだされて再びこうして祀られるよう、仏が道筋を立てられていたのでしょう。大切になさって下さい」
「はい。我が家の宝と思っております」
「では、お経を上げさせて下さい」
「どうぞよろしくお願いします」

「図らずもこれが入魂式になりましたね。それで、この脇にはいつも花を一輪飾って差し上げて下さい。蝋燭や線香はいいですから、花を。そして毎日、阿弥陀様にお参りして、このように手のひらでさすってあげて下さい。何か自分の都合のいいことを、ああしてください、こうしてくださいとお願いするのではなく、何か困難があるときには、私は闘います、仏様も一緒に闘って下さいとお願いするのです。何か嬉しいことがあれば、仏様に一緒に喜んで下さいとお願いするのです」
「はい」
「ところで、阿弥陀様が見つかったのはどの辺ですか」
「あの大きな榎が2本ある辺りの少し東寄りのところです」
「では、そこに何か記念するものを立てておくといいですね。あの榎の下にスミレがたくさん咲いているので、周りに少し移植して差し上げたらどうですか」
「おっしゃるとおりに致します」
「ああよかった。この阿弥陀様に会いたくて会いたくて、やっと胸のつかえが下りたような気持ちです。しかも高野さんご夫妻がとてもいい方で、安心しました。でも、また何年かしたら、阿弥陀様がお元気かどうか点検に来ますからね」
「これもまたご縁ですから、いつでもどうぞ」

 ということで、発掘場所に記念碑を建てることが課題となっていたのです。たまたま岡野さんが来られる1週間前に、友人の高久真佐子さん(高久国際財団理事長)のお宅でピアニストの木村かをりさん他と宴会をしたときに、高久さんが「ちょっと、ハジメちゃん、これ要らない? 東郷神社の古物市で見つけたガラクタなんだけど、何だか鴨川のお宅に似合いそうだから」と、古びた小さな石塔のようなものを頂いたので、自然石の上にそれを乗せ、横に「超時空百六十三年の摩訶不思議 阿弥陀如来 此地に降臨す 平成十五年十二月十日 高野孟」と書いた木札を立てたのでした。

 夕方、横浜に出て、NPO法人神奈川馬の道ネットワークの打ち合わせ。横浜中華街のローズ・ホテル泊。

《08年4月4日》
 桜ヶ丘カントリークラブで約1年ぶりのゴルフ。北川正泰=元三重県知事が東京に出てきた時に「遊び方が分からない」と言うので、成毛眞=インスパイア社長や私が音頭をとって作った「国際孔球会」なる遊びグループがあって、その例会。名の通り数千本の満開の桜に見とれるばかりで、スコアの方はどうも……。肝心の北川さんはぎっくり腰で欠席でした。

夜は大手町のJAビルで、ふるさと回帰支援センターと鴨川自然王国の共催による「帰農塾セミナー」が開かれ、立松和平、加藤登紀子、甲斐良治(現代農業増刊編集長)、石田三示(鴨川自然王国代表)の各氏と共にシンポジウムと懇親会。王国で年4回開かれる2泊3日の「帰農塾」塾生募集のためのイベントで、私は「塾長」として出席しました。

 なお鴨川自然王国では、年間イベント日程に参加し成果物の分配を受けることの出来る「王国会員」を年間1口1万円で募集していますので、関心ある方は下記へ。

★鴨川自然王国/帰農塾
http://www.k-sizenohkoku.com/

《08年4月5日》
 大阪の宣伝会議主催の「編集者・ライター養成講座」で講演の後、この講座のコーディネーターである斎藤喬=立命館大学教授(元読売新聞社会部)や受講生有志とミナミで痛飲、終電で帰京しANAホテル入り。

《08年4月6日》
 今日のサンプロは、在日中国人監督が撮ったドキュメンタリー「靖国」が政治的圧力で上映中止になった問題、自民・民主両党国対委員長の対決、日本の裁判で「推定無罪」原則が守られていない問題を取り上げ、いずれも内容が濃くて面白かったと思います。

 終わって昼食もそこそこに車を飛ばして帰宅。今日は3時過ぎから地元のご近所の皆さん約20人が拙宅に寄ってお花見大パーティ。幹事のアイデアで、うちの庭を中心にそのあたりで採れる山菜の天ぷらをメインにするということで、山遊びの名人で王国スタッフの小原利勇さんが早くから来てツクシ、ヨモギ、クレソン、クレソンもどき、ノビルその他私には分からない山菜を山ほど集めてきて、片端から天ぷらに。一昨日JAビル地下の農業書専門の本屋さんで買った『月刊現代農業』最新号の特集がたまたま「ヨモギvsスギナ」で、「スギナの天ぷらがおいしい」と書いてあったので、急遽それも追加。サクサクして美味しかったです。スギナはいくらでも生え出てきて農家には目の敵にされていますが、食べてもいいし、生のままハーブティにしたり乾燥して健康茶にして飲んでもいいとは知りませんでした。

《08年4月7日》
 終日鴨川。早朝バードウォッチングで今日はカケスを見つけました。羽の付け根に鮮やかな水色と白と黒の横縞がある美しい鳥です。このところ、朝5時か6時に起きるとすぐコーヒーを煎れて野鳥観察用のフィールドスコープを覗くのが日課。昨年の引っ越し以来、ご近所の方がNikonのスコープを貸してくれていたが、いつまで借りているわけにもいかないので、3月19日64歳の誕生日の自分へのプレゼントとして一式揃えることにして、研究の結果、スコープは日本の世界的トップメーカーVixenのハイエンドモデル「ジオマII ED82-S」(対物レンズ径82mm/焦点距離514mm)接眼レンズ(広角)付、三脚はドイツBerlebachの木製「Report8023」という逸品、雲台はイタリアManfrottoのそこそこ中級品で、日独伊三国同盟の取り合わせ。次はこれにデジスコセット(デジカメで望遠撮影するためのアダプター、リング、カメラ台などの組み合わせ)を取り付けるのですが、これがなかなか難しくて、自分の愛用のCanon G9はアダプター等の組み合わせがうまくいかないらしいので、現在なお研究中です。

《08年4月8日》
 火曜日は「ミヤネ屋」の日。関東地方は暴風雨で、アクアラインが通行止めにならないか心配だったが、「時速40キロ制限」で何とか通れて、いつもどおり品川から新幹線で大阪へ。今日は特別にお許しを頂いて、最初の1時間のニュース中心の部分だけ出て番組を早退、東京に舞い戻ってサントリー・ホールで行われた三枝成彰さんの「2・26事件」をテーマとした新作オペラ「悲嘆」を観ました。世界的に著名なイギリスの劇作家アーノルド・ウェスカーの台本・演出で、2・26事件の将校の未亡人に扮したソプラノ=中丸三千繪が独りで80分間歌い続ける“モノオペラ”という珍しい形式。“歌手殺し”と言われるほどの三枝さんの難しい曲を、しかも英語で歌いきった中丸さんの力量にまず感服しました。

 最初、「この日は大阪でTVなので、家内だけ伺います」とお返事していたのですが、3月23日に六本木で開かれた安藤和津さん(奥田瑛二夫人で「ミヤネ屋」に曜日違いで出演中)の還暦パーティで三枝さんと会ったら、
「これ1回こっきりの公演だから来てよ」
「えっ、1回しかやらないの?」
「そう。このところ体調もおかしくて、酒もタバコも止めた。120歳まで生きて後8本オペラを書くという公約も取り消したんだ。これが僕の遺作になるかもしれないんだから」
「あなたが酒もタバコも止めるなんて、尋常でないな。じゃあ…大阪から戻ってくることにするわ」

 ということになったのでした。打ち上げパーティに顔を出したら、いろんな人がいて楽しかった。アコーディオンの“天才コバ”とは久しぶりで、99年だったか彼の「世紀末コンサート」と銘打った舞台を聴きに行ったら「高野さん、ちょっとステージへ」と引き出されて2人で世紀末世界についてトークしたことを懐かしく思い出しました。風の収まったアクアラインを通って帰宅したら24時近くでした。

★三枝成彰
http://www.saegusa-s.co.jp/

《08年4月9日》
 終日鴨川。今朝出会った野鳥はヒヨドリ。それからベランダ横の排水溝に生み付けられたトウキョウサンショウウオの卵を観察。ウィンナーソーセージ状の半透明の卵が2本1組で2個所にあって中に小さな生命体が動き出しているのが分かります(写真では見えにくいですが)。

《08年4月10日》
 終日鴨川。今朝の野鳥はキジバト。ゆったり地面を歩いて虫を食べていた。ウグイスがねえ、3月以来、毎日朝から夕方まで東と西の森で少なくとも2羽、たまには3羽が呼応し合って鳴き競っているのですが、どうしても姿が見えない。一度、肉眼ではそれらしき姿を見つけたのですがスコープで捉える前に飛んで行ってしまった。今日もしばらく狙って待ったのですがダメで、諦めて一日中、資料整理と読書と原稿書きで過ごしました。▲

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