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INSIDER No.431《FROM THE EDITOR》

●三島由紀夫の幽霊が出てきそうだ!

 2日は夕方から福井市で、早稲田のOB組織=稻門会福井支部の総会での記念講演があって、懇親会にも付き合った後、福井の名門企業=江守商事の揚原安麿常務(元日本青年会議所会頭)の案内で同市JCの若手の皆さん10人ほどと深夜まで懇談。翌朝は二日酔い気味の中8時に汽車に乗って京都へ。巡回ルートになっている河原町から寺町にかけてのいくつかの古本屋さんを歩いていたら、ある店の店頭ワゴンに三島由紀夫『葉隠入門』(カッパブックス)が500円の値札を付けて置いてあって、懐かしくて思わず買ってしまった。

 その本は1967年、三島が市ヶ谷の自衛隊本部に殴り込んで自決する3年前に出た。私が買った古本の奥付を見ると75年=62版とあるから大変なベストセラーだったことが分かる。私は三島事件のとき駆け出し記者2年目で、とるものも取り敢えず市ヶ谷に駆けつけて、中の様子も分からぬまま遠巻きのようにして何やら緊迫したその場の雰囲気を嗅ぎ取っていただけだったのだが、それからこの事件について論評を書かなければならなくなって、真っ先にこの『葉隠入門』を読んだ。が、その本はとっくに手元になく、それから38年を経てたまたまこの日、それが500円の値札を貼られているのに遭遇したという訳である。夕方、数十年来通っている河原町の万菜屋「いろめし黒川」に寄って一杯飲みながらページを繰った。

 今読み直すと、この頃にすでに三島の中で生と死についての考え方が相当煮詰まっていたことを改めて思い知る。『葉隠』と言えば「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」のワンフレーズだけが知られていて、封建時代のファナティックとも言うべき滅私奉公の道徳観が述べられているだけだと思い込んで、真面目に繙いてみようともしない向きが多いかと思うが(私もかつてそうだった)、そうではなく、現代にも十分通用する警世の書だと、三島が熱く語っている。

 彼に言わせれば、「死ぬ事と見付けたり」というのは、それ自体が太平の世の武士の堕落に対する逆説的な文明批評である。江戸開幕から80年余を経過して、元禄、宝永ともなると、儒学や軍学や士道論なども興る一方、蕉風の俳諧や近松の戯曲、西鶴の小説なども興って一種のルネッサンスの風潮があり、町人ばかりか武士までもが歌舞音曲にうき身をやつしたり、戦国剛健の気風が衰えきった時代であって、その士道論や儒学、軍学自体も、いたずらな観念論にふける傾きがあった。その世相に対して、武士とは命懸けで国を支えるべきものだという武士道精神の再興を企図して佐賀藩士=山本常朝が論述したのがこの書なのだ。「死ぬ事と見付けたり」の後はこういう文章が続く。

「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり。二つ二つの場にて、早く死ぬほうに片付くばかりなり。別に仔細はない。胸すわって進むなり。図に当たらぬは犬死になどという事は、上方風の打ち上がりたる武道なるべし。二つ二つの場にて、図に当たらぬことのわかることは、及ばざることなり。我人、生くる方がすきなり。多分すきの方に理が付くべし。若し図にはずれて生きたらば、腰抜けなり。この境危ふきなり。図にはずれて死にたらば、犬死気違なり。恥にはならず。これが武道に丈夫なり。毎朝毎夕、改めては死に改めては死に、常住死身になりて居る時は、武道に自由を得、一生越度(おちど)なく、家職を仕果たすべきなり」

 死ぬか生きるかの二者択一が迫られる場面で、ためらいなく死ぬ方を選ぶのが武士の本質である。正しい目的を達成できないうちに死ぬのは犬死だとそれを避けようとするのは上方風の打算的な考え方である。実際にはその二者択一の場面で、絶対に正しいほうを選ぶということはむずかしい。そこで人は、誰でも死ぬより生きるほうがいいに決まっているので、生きることに傾きがちであるけれども、目的を達成できずになお生きているのは腰抜けである。このへんがむずかしい。目的を達成できなくても、死を選んでさえいれば、犬死、気違いとそしられることはあっても恥ではない。これが武士道の本質である。常に死ぬ覚悟を持つことで武士は自由の境地を得、それによって一生誤りなく国に奉公することができるというものだ、と。次のような一節もある。

「今時の奉公人を見るに、いかう低い眼の着け所なり。スリの目遣ひの様なり。大かた身のための欲得か、利発だてか、又は少し魂の落ち着きたる様なれば、身構へをするばかりなり。我が身を主君に奉り、すみやかに死に切って幽霊となりて、二六時中主君の御事を歎き、事を整えて進上申し、御国家を堅めると云ふ所に眼をつけねば、奉公人とは言はれぬなり。上下の差別あるべき様なし」

 奉公人を今の役人、経営者・サラリーマンと読み替えればいい。社保庁や厚生労働省や国土交通省や防衛省の役人も、あれこれの偽装にまみれた経営者も、みないかにも志がなく自分の欲得だけで小利口に立ち回ろうとしていて、スリの目付きをしている。主君は今は(憲法上)国民であり、その国民に一身を捨てて仕える気構えを持って、一旦死んで幽霊になったくらいのつもりで、絶えず国民のためを思い、物事を整理して勇気をもって具申し、国の基礎を固めるという立場に立たなくては、役人ともサラリーマンとも言えない。このことには上下の区別はない。ここまで来ると、『葉隠』が「死ね!」と言っていることの意味が一層明らかになるだろう。元禄の世と同様、いやそれ以上に今は死ぬ覚悟で職に賭ける者が少ない。さらに今時の若者もダメだと同書は言う。

「三十年来風規相替はり、若侍ども出合いの話に、金銀の噂、損徳の考へ、内証事の話、衣装の吟味、色欲の雑談ばかりにて、この事のなければ一座しまぬ様に相聞こへ候。是非なき風俗になり行き候」

 近頃は若侍が集まれば金の話、損得の話、家計のやりくり、ファッション、色欲のことばかりで、こうした話題がなければ座が白けるほどだという。困った風潮になったものだ。こういう若者たちに『葉隠』は、「お前ら、武士として死ぬ気で仕事に励む覚悟はないのか!」と迫っているのである。

 三島は書いている。「現代社会の方向には、社会主義国家の理想か、福祉国家の理想か、二つに一つしかないのである。自由の果てには福祉国家の倦怠があり、社会主義国家の果てには自由の抑圧があるのはいうまでもない。人間は大きな社会的ヴィジョンを一方の心で持ちながら、そして、その理想へ向かって歩一歩を進めながら、同時に理想が達せられそうになると、とたんに退屈してしまう。他方では、一人一人が潜在意識の中に、深い盲目的な衝動を隠している。それは未来にかかわる社会的理想とは本質的にかかわりのない、現在の一瞬一瞬の生の矛盾にみちたダイナミックな発現である。青年においては、とくにこれが端的な、先鋭な形であらわれる。また、その盲目的な衝動が劇的に対立し、相争う形であらわれる。これは自由への衝動と死への衝動といいかえてもよい。……戦時中には死への衝動は100パーセント開放されるが、反抗の衝動と自由の衝動と生の衝動は、完全に抑圧されている。それとちょうど反対の現象が起きているのが戦後で、反抗の衝動と自由の衝動と生の衝動は、100パーセント満足されながら、服従の衝動と死の衝動は、何ら満たされることがない」

 この生と死の弁証法を突き詰めていく中で、彼は高度成長日本の退屈に耐えかねて、図に当たらずにおめおめと腰抜けとして生きるよりも、図に当たらずとも潔く死んで気違いと言われることを選んだ。しかし、その身を以ての警鐘も現代の主君の心には響かず、その後の日本はバブル狂乱とその崩壊による茫然自失に陥り、今また金融資本主義の暴走や欺瞞行為の横行の中でどう生きたらいいのかも分からなくなっている。三島が岩波文庫の『葉隠』を額に縛って幽霊となって出てきそうな気配である。(《ざ・こもんず》3月3日に掲載)▲

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