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2007年12月28日

INSIDER No.424《FROM THE EDITOR》

●もっと「ひどい年」になるのか、2008年?

 どうもこの何年ものあいだ、心を込めて「おめでとう」と新年の挨拶を交わしたことがないように思いますが、2008年は「酷い年」と言われた07年を上回る「さらに酷い年」になるのではないかという予感が胸を塞ぎます。「酷い年」はラテン語で「アナス・ホリビリス」と言って、イギリスで王室スキャンダルが相次いだ1992年をエリザベス女王がそう呼んで流行語になったそうですが(24日付日経)、07年日本のそれは、閣僚の自殺や総理大臣の職務放棄、年金制度の信頼破綻、経済無策の中での格差拡大、食品偽装の横行など、政治や経済、制度と生活の基礎がズルズルと崩れていくような事態の連続で、王室スキャンダルなどより余程深刻と言えるでしょう。しかも、そのどれ1つとして好転する見込みが経たないままの年越しで、これでは明るい挨拶をしろというのが無理というものです。が、物事は行くところまで行き着けば反転せざるを得ないのが必定。07年に悪いことは出尽くして、08年前半それも春まではその後始末に足を取られるけれども、後半にかけては少しは良きことが垣間見えてくるという展開を期待することにしましょう。

 私個人で言えば、07年は酷いどころか希に見る良い年で、還暦を機に人生二毛作目のスタートを目指して進めてきた安房鴨川山中での田園住宅建築プロジェクトを、約2年遅れではありましたが完遂、5月に移住し、今は薪割り、薪置き場作り、道路整備、湧き水濾過供給システムの点検などに追われる毎日です。しかも、その新居に長女が帰ってきて8月に初孫を出産、首が据わるまでの5カ月間同居して、「爺(ジジ)」と呼ばれるこそばゆさに耐えつつも、人の命とか脳とか言葉とかについて改めて深く考えるきっかけをたくさん貰いました。田舎暮らしに関しては、08年早々から畑の土作り、現在は砂を詰めたパイプで行っている湧き水の浄化をビオトープの大きな池を作って自然濾過に委ねられないかという実験、ご近所の皆さんとの連携で馬を飼ってミニ乗馬クラブを開設する新事業の検討などが課題です。

 ブログ・ジャーナリズムの実験《ざ・こもんず》は、コンテンツ面も営業(サポーター企業募集)面も試行錯誤の連続ですが、年末にかけて新しい展開の芽がいくつも出てきて、08年にはブレークする気配です。テレビ朝日「サンデー・プロジェクト」(毎週月曜日10時)は来春で25年目に入り、3月には1000人規模の25周年記念大パーティ。4月からは少し出演回数を増やそうかなと思っています。大阪読売TV「情報ライブ・ミヤネ屋」(月金14時)はついに長野県も加わって、東京日本TVの直轄地である首都圏もついに落城して4月からは3時間番組のうち頭1時間は放送することになりそうです。大阪発の全国制覇という珍しい出来事です。今年も私は火曜日担当のコメンテーターを続ける予定です。早稲田大学の超人気講座となった「大隈塾」は7年目を迎えて、200人授業とゼミを引き続き担当するほか、来年度から政治学科大学院に新設される「ジャーナリズム・コース」(我が国初のジャーナリズム大学院だそうですが)でも教鞭をとることになりそうです。

 どんな嫌な世の中になっても、自分の信ずるところに従って倦まず弛まず発言し続けることは、ジャーナリストの使命というより宿命ですが、それで世の中が思い通りに変わる訳もない。その時に、自分の足下から、例えば《ざ・こもんず》への仲間の結集、鴨川の地元に元気を取り戻すためのコミュニティ活動、大学での若い人たちとの接触を通じて彼らの人生観をフニャフニャにしてやるための挑発等々、手近なところで自分の出来ることを1つ1つやっていくことが大事で、それはもうジャーナリストとしてというよりも一市民もしくは社会事業家としての行動ということになるのでしょう。高校生の頃に座禅に通って、師から「一隅を照らす」という仏の教えを授けられました。「お前ら、世の中丸ごとひっくり返してやるかに大言壮語するばかりで、目の前で困っている人ひとりに光を与えることも出来はしない。このお堂の一隅も照らすことが出来ない者に世の中全部を照らすことなど出来るはずがない」と。その教えを思い返しつつ、心静かに「さらに酷い年」を乗り越えて行きたいと思います。▲

INSIDER No.423《2008》2008年の世界と日本

(1)帝国の黄昏の中での米大統領選挙

 2008年は、アメリカ帝国の黄昏が誰の目にも明らかなほどに深まって行く年となるだろう。私は06年9月に出版した『滅びゆくアメリカ帝国』の終章で、いささか先走り気味に「我々が目撃しているのは、米国が世界史上最強の軍事・経済帝国として絶頂を極めた(かに思われた)その瞬間に、崩壊への予兆に囲まれて立ちすくむという、まさに絵に描いたような弁証法的な展開である」と書いたが、その予兆が予兆にとどまらなくなって、米国人を含めて世界中の誰もが息を詰めるようにしてこの帝国の立ちすくみを見つめざるを得なくなるのが、今年である。『NEWS WEEK』新年合併号の特集「2008年の世界を読む」の巻頭論文でファリード・ザカリア国際版編集長は「“ポスト・アメリカ時代”の世界は、そこまで来ているのだ」と書いているが、それがどこまで来ているのかが確かめられなければならない。

 イラクとアフガニスタンの戦争は出口が見えない。それは、米軍を何万人か増派してどんな作戦を行えばいいか、すでにほとんど腰が引けている同盟国の軍隊を押し止めてどこに配置するかといった軍事戦術的なレベルの話では全くなくて、テロリスト退治ごときを理由に数千年の歴史と文明を持つ国家・社会を爆弾で破壊すればどんなことになってしまうのかという想像力の致命的な欠如、それゆえに米国の指導者と国民が陥っている一種の集団的ヒステリー症状を治療することは出来るのか出来ないのか、出来なければ破滅であり、出来るとすれば世界にとって大迷惑でしかない“唯一超大国”を“超”のつかない、しかし十分に最大最強の“大国”に軟着陸させることであるけれども、米国がそれを自分から進んで行うことが出来るのか、そうではなくて全世界の憐れみに満ちた強制介護を受けて無理矢理そうせざるを得なくなっていくのか——という、帝国末期の終末医療の問題である。上記ザカリアは述べている。

「アメリカ自身は自衛の行動のつもりでも、世界の国々の目には、人類史上最強の大国が檻の中の猛獣のように周囲に手当たり次第に突っかかっているように見えている。こうした行動の根にあるのは恐怖の感情だ。アメリカ人は、周囲に出現した新しい世界に怯えはじめた。しかもアメリカの政治指導者は、国内に蔓延するヒステリーを鎮めるどころか、その正反対のことをしてきた」

 11月4日投票の大統領選挙で1つだけ確実なことは、ブッシュが選ばれることはないということで、それは世界にとって幸せなことである。しかし、彼に代わって別の大統領が登場すればすべての問題が自動的に解決に向かうと考えるのは間違いである。民主党の最有力候補ヒラリー・クリントンは、最大の課題は「イラク戦争の終結」であり「自分が政権を獲ったら60日以内にイラクからの撤兵を開始」し、主要国や周辺国に国連を加えた「地域安定化グループ」という枠組みを設定してイラク国内の安定化を図ると主張している。彼女はブッシュの単独行動主義を批判して多国間協調主義を採るべきだと言っていて、これは大きな転換のように見えるが、無益な戦争を起こして罪のないイラク人70万人と米兵4000人の命を奪ったことへの自らの罪を切開することのないまま多国主義を唱えても、それはただの責任の拡散であり、誰も本気で相手にしないだろう。ヒラリーは、イランに関しては「厳しい外交政策をとるべきで、“アメとムチ”の両方の政策が必要だ」と言い、「米国の安全を守るために必要な場合は単独主義も選択肢として残る」とも言っている。ヒラリーであれ他の誰であれ、簡単にブッシュになれるところに米国の病の深さがあるのであって、それは、そもそも冷戦の終わりを「旧ソ連に勝利した」「これからは米国が唯一の超大国だ」と捉えた時代認識の根本的な誤りにまで遡って総括することなしには克服することは出来ない。

 早くも過熱気味と言われる大統領選は、1月3日のアイオワ州から2月5日のスーパーチューズデーにかけての予備選・党員集会で大まかな構図が見えてくるが、それにしてもそこで競われているのは主として「誰が頼りになりそうか」というテレビ映りのイメージであって、帝国の終末についての真剣な議論は皆無である。

(2)サブプライム問題をきっかけとしたドル支配の動揺

 帝国は金融・通貨面からも終末を迎えつつある。経済週刊誌の08年予測特集はいずれもそのことを真っ先に取り上げていて、例えば『日経ビジネス』臨時増刊「徹底予測2008」の佐藤吉弥編集長による巻頭論文は、「ドル基軸の終焉——。2008年は後世から見れば『歴史的に大きな転換局面』と位置づけられる年になるだろう。世界の経済覇権秩序が大変革に向け蠢動をはじめる年だ」という書き出しで始まる。大変革とは何かと言えば、「ドル不信・ドル忌避」の動きであり、「米国一極集中経済の崩壊」の静かなる進行である。

 サブプライム問題が浮上する以前から、その兆候は表れていた。通貨ユーロの流通量は07年3月末でドル換算8200億ドルで、米ドルの7800億ドルを上回っているし、ユーロ建て債券の発行残高も7兆6000億ドルで、ドル建ての1.25倍に達している。ブッシュの7年間にドルはユーロに対して40%も下落しており、それ自体がほとんどがドル建てで取引される原油の高騰をもたらす要因の1つとなっている。世界の外貨準備5.6兆ドルに占めるユーロの比率は、同じ7年間に19%から25%に増え、ドルは71%から65%に減った。このようなドルの長期低落傾向にもかかわらず「米国中心の経済秩序がその体裁を維持してきたのは、米国発の先端金融技術によりマーケットを創造し、世界の投資資金を呼び込む“打ち出の小槌”の機能が大きなテコになってきたからだ」(佐藤)。実際、米国で生み出された“金融工学”は電子的な手品のようなもので、サブプライム(普通なら融資対象にならない人のための、という意味)ローンのようなものも束にして化粧箱に入れて「高利回りの商品」として世界中に売り飛ばしてきた。基軸通貨国が世界最大の経常赤字を垂れ流しながら、それによる資金不足を海外からの資本流入で埋め合わせることで浪費的贅沢を維持する形は「帝国循環」と呼ばれるが、その帝国の特権に安住してそれを乱用し、詐欺まがいのことにまで手を出してきたことがバレてしまえば、循環そのものが変調を来すのは当然のことである。ユーロは登場して5年にして早くも、事実上、第2の基軸通貨の地位を占めはじめており、もはや米国は唯一基軸通貨国の特権をむさぼり続けることは出来なくなっているというのに、米国自身はそのことの重大さに気付いていない“裸の王様”状態にある。世界のドル離れとユーロへのシフトは08年を通じて加速し、ドル暴落がいつ起きてもおかしくない事態が進むだろう。『週刊エコノミスト』の迎春合併号の特集タイトルはややセンセーショナルに、「サブプライムがとどめ、米国没落で始まる世界恐慌」である。

 ユーロだけではない。12月4日にカタールの首都ドーハで開かれた湾岸協力会議(GCC)6カ国首脳会議は、形の上では自国通貨のドル・ペグを維持することにはしたものの、それぞれに自国通貨を切り上げてドル下落と連動した国内インフレを抑制する策を採り、実質的にドル・ペグ離脱に踏み出した。その先に見えているのは、2010年に予定されているGCCの域内共通通貨の発行で、いずれにせよドル・ペグはその時までの命である。その直後、9日にはブラジル、ベネズエラ、パラグアイなど南米7カ国の首脳が集まって「ザ・バンク・オブ・ザ・サウス」設立に調印した。地域開発の資金供給が表向きの目的ではあるが、本当のところはドル危機に備えた金融的自立のための牙城である。そのように世界中がドル危機に備えてユーロ・シフトや地域通貨協力を進めているというのに、独り日本は「アメリカの世紀」がいつまでも続くかの幻想に立ってドル債を買い続けている。財務省は最近ようやく「ドルが基軸通貨の座を失う可能性はあるか。日本への影響は」というテーマの“極秘レポート”の作成に着手した(18日付日経)というが、極秘でも何でもないドル危機の切迫について今頃になって「可能性はあるか」などと問うているところに、日本の知的退廃が現れている。

 サブプライム問題は、実体経済の面では、米景気を冷え込ませる。単に10年余り続いてきた住宅建設ブームが去るというだけでなく、住宅の値上がりを前提にそれを担保にホームエクイティ・ローンと呼ばれる消費者ローンを借りて家具、家電、車など高額商品やレジャーに費消するという家計レベルの過剰債務・過剰消費の体質もまた立ちゆかなくなるからである。それに追い打ちをかけるのが原油高=ドル安、それに引きずられての商品高騰によるインフレ圧力で、08年の米国は景気後退下の物価上昇というスタグフレーション局面を迎えることになろう。それでさらに金利を下げれば、投資資金はなおさら米国離れして原油や商品の先物市場に流れ込むというやっかいな事態である。

(3)北京五輪後の中国にバブル崩壊は来るのか?

 03年以来の金融引き締め策にもかかわらず、07年に実質12%近い成長を遂げ“資産バブル”の様相を示している中国経済が、08年前半をこのまま暴走気味に過ごせば、8月の北京五輪後に何らかの程度、反動に見舞われるのを避けることは難しい。それが分かりきっているからこそ、12月3日から3日間開かれた党・政府合同の中央経済工作会議は、改めて急成長の過熱への転化防止と物価上昇の構造インフレへの転化防止に全力を挙げる方針を打ち出した。これに基づいて、人民銀行が25日、預金準備率を14.5%という史上最高水準にまで引き上げて、引き締めへの決意を示し、27日には中国外国為替取引センターが人民元の基準値を1ドル=7.3079元という最高値に導いてインフレとの対決姿勢を鮮やかにした。

 当局の問題認識と決意は疑いの余地がないが、問題は大きく2つあって、1つは、個々の政策は正しくとも制度的な整備が遅れているために思ったような効果が上げられない場合が少なくない。例えば、社会保障制度が確立していないために、自分の将来は自分で守るしかないという心情が強いので、金を掴んだ者、銀行から金を借りられた者は当局がどう言おうと株と不動産の投資に狂奔し、それで得たもので日本産の高級果実を買い漁ったりするという形で、資産バブルと消費者物価上昇が連動してしまい、それを止めるのはなかなか難しい。あるいは、人民元を切り上げても、資本市場が未整備で、特に資本輸出が強く規制されているために、外貨が滞留して過剰流動性が解消できない。もう1つは、そうした問題が国内要因だけでなく、グローバルな環境の変化に直接繋がって起きていることであるため、一国的には解決しがたい性格を持っていることである。中国国内の過剰貯蓄は、全世界的な過剰流動性が各種ファンドを通じて中国に流れ込んでくることで余計にコントロールしがたいものとなっている。また物価上昇も、原油や穀物の国際価格上昇によるところが大きく、これも中国だけでどうにか出来ることではない。そのため、08年の引き締め政策が成功して五輪後の経済を軟着陸に導くことが出来るかどうかは、全く予測の限りではない。

 最大の注目点は、米国の景気後退が避けられそうにない時に、その米国への輸出を中心に急成長を維持してきた中国もまた減速するのかどうかである。一方では、米国が後退しても中国はじめ新興国の勢いは止まらないから世界経済の先行きは心配ないと見る「デカップリング(分離)」論があるが、他方『週刊エコノミスト』はそれを否定する米中経済「カップリング(一体)」論に立っていて、そのために米中共倒れによる世界経済後退を予想している。確かに、中国の2900億ドル近い対米輸出が減り、その分中国の世界最大1兆5000億ドルの外貨準備の大半が米国債購入となって環流するという構造が壊れれば、世界は破滅的な影響を受けるけれども、それがいきなり壊れるなどということが起きるわけがなく、「世界恐慌」というどぎついタイトルは明らかに行き過ぎである。

 12月の福田首相の訪中を受けて、4月には胡錦涛主席が来日する。小泉時代に対話断絶にまで至った両国関係がともかくも普通の状態に戻るのは歓迎すべきことではあるが、7月洞爺湖サミットの本当の主役は実は中国であることを考えると、その程度で満足していいはずがなく、日本が米国と共に環境後進国の汚名を着せられるのを防ぐべく日本独自の目標設定を明確にする一方、中国の環境問題改善のための戦略的協力関係の構築にイニシアティブを発揮して、世界にとって最大の難問である中国の環境問題に解決策を与えられるのは日本だ!と言い切るくらいの気合いが求められるのではないか。

 ロシアではプーチン大統領が任期満了を迎えるが、ポスト・プーチンはやはりプーチンで、彼は大統領から首相に“降格”されて実権を維持する。全く異例の不格好さだが、旧KGB・党官僚の利権漁りで改革の成果がズタズタにされることを防ぐには、こうでもするしかなかったのだろう。上に述べたように、米国では冷戦という名の“第3次世界大戦”で旧ソ連を負かしてやったという捉え方がブッシュ父以来行き渡っているが、それは間違いで、米保守派のディミトリ・シムズが最新の『フォリン・アフェアズ』で言うとおり「ロシアは敗北したのでなく自ら転換した」のであり、そのことへの自信がプーチンの圧倒的人気の背景となっている。転換とは、超大国から大国への軟着陸のことで、その点をむしろこれから米国は学ばなければならない。そうでないと、「上海協力機構」を通じて中国、インド、イランなどと大ユーラシアの連携を形成して米国の崩れゆく覇権に代案を提示しつつあるロシアの戦略性に米国は対応することが出来ないだろう。

(4)「堂々の政権交代」が実現できるか、日本

 日本は、選挙を通じての正々堂々の政権交代が実現出来るかもしれない年である。小選挙区制の導入をめぐって自民党が分裂、戦後38年間の自民党一党支配が終焉して細川改革政権が誕生した93年から15年間もの回り道を経て、ようやく自分たちの一票で目の前で政権が変わるのを目撃する機会が訪れてきたことの重みを国民は大切にする必要がある。

 総選挙のタイミングは、1月臨時国会会期末、3月末の予算案成立後、洞爺湖サミット後などがありうるし、またそこへ至る経緯によっても結果は左右されるが、いずれにせよ自公連立政権が衆議院の3分の2以上を再び確保することはあり得ず、(1)両党で過半数は維持したが3分の2には届かず、参院とのねじれが一層深刻になる、(2)自民党が過半数を確保できず公明党が引き続き連立参加すれば政権を維持できるが、公明党がどうするか迷う、(3)自公で過半数に達しないが、民主党も単独で過半数に達しない、(4)民主党が単独過半数を確保する——など、いろいろのケースがあり得、(4)でなかったとしても他のどのケースも選挙による政権交代への道筋となる。

 『週刊朝日』新春合併号の福岡政行=白鴎大学教授による「300選挙区当落予想」は、先の参院選の得票をベースに現時点で分析したものだが、それによると、自民党は現有306議席に対し選挙区・比例区合計206±25、公明党31:27±4、両党合計で340:239±31と、ほぼ100議席を減じ、その分がほぼすべて民主党に回り、現有113に対して214±30を得る。つまり民主党が最大限に獲った場合は単独過半数をわずかながら超える可能性がないではないが、相対第1党となる可能性は大いにあるということである。

 福岡も書いているように、福田政権になって官の横暴が再び大復活を遂げている中で、国民の間に「今のままではじり貧だ。失敗するかもしれないけど、一度、小沢自民党にやらせてみよう」という“ダメもと政権交代論”が広がっていて、それが各種世論調査での福田内閣支持率の急落、民主党への期待度上昇の大きな要因となっている。小沢が好きか嫌いか、民主党が正しいか正しくないか、という以前に、まず政権交代を見てみたいという願望が広がっているというのはまことに健全で、国民が今の日本政治の戦略的課題がどこにあるかを直覚的に捉えているということである。

 上述のように、93年の政治改革国会が小選挙区制を選択したのは、まさに選挙を通じての政権交代が当たり前であるような成熟先進国らしい政治風土を培うことなしにはこの国の民主主義は前進しようがないという国民的な合意があったからで、本来であれば、非自民の改革派8派による細川政権がそのまま結束を崩さずに新制度で総選挙を戦い、実際に勝ってみせることでその実を示すことが出来るはずだった。が、野党となった自民党の決死の攻撃と政権内部のゴタゴタで細川との後継の羽田の両政権はわずか10カ月しか存続せず、自社さ大連立政権という形で自民党の権力復帰を許してしまった。以後14年間、自らは過半数を獲る力は失った同党は、野党がバラバラのまま離合集散を繰り返す政党状況を巧みに利用して、社さはじめ小党を次々に蟻地獄に誘い込んで食い潰すという格好で権力に留まり続けてきた。その「自民党政権延命」の時代がようやくここで終わって、小選挙区制の本旨に沿った「2大政党型の政権交代」の時代が開かれようとしている。

 民主党が政権を獲って自民党を野党に追い込むことなしには、日本政治は前へ進めないというところに戦略課題があるのであって、参院とのねじれもまたその課題への接近過程で生じている副次的な矛盾にすぎない。ねじれに耐えきれないから大連立というのは、副次的課題に戦術次元で対処すべき問題を、(政権交代が起こらないという)主要な矛盾に戦略的次元で取り組むべき問題とすり替えてしまったという小沢の課題認識の誤りであり、民主党が微動もすることなく党首の誤りを元に引き戻したのは立派だったということになる。

 こうして、日本政治は08年に本当に面白い段階に突入する。民主党政権が出来れば、その中心課題は官との対決であり、それは単に官僚の怠惰と政官業癒着が目に余るという目先の話ではなく、明治以来の中央官僚主導の日本型発展途上国の物事の決定や金の配分のシステムを100年目にして破砕して、成熟先進国にふさわしい市民中心のシステムを構築することは自民党中心の政権では所詮無理であり、国民はそれを民主党に託さざるを得ないという理由からである。経済も外交も課題は山積みだが、08年は何よりも政治の年ということになろう。▲

2007年12月17日

INSIDER No.422《FROM THE EDITOR》

●フグかカワハギか?

 今日は大阪から松山経由で宇和島へ行って伊予銀行宇和島支店で講演、21時半に松山に戻って二番町の居酒屋「しら川」に立ち寄って、「活ハギ薄造り」で一杯。あれはカワハギでなくウマヅラハギだと思うが、水槽から上げたのを薄造りにして、たっぷりの肝や頭部の荒を添えた一皿(1900円)が感動的に美味しかった。

 カワハギはフグ目カワハギ属で、フグとは親戚関係だが、天然物を博多や大阪・黒門市場で食べて1万円、東京では3〜5万円もするフグと、こんなお値段で食べられるハギと、どちらが美味しいかというのは魚好きの間では昔から論争の種で、私はハギ派。何より肝を食べられるのがハギの利点で、醤油を垂らしたりポン酢に溶いたりしたのに浸して食べると身のコクが一層増す。フグのほうがコリッとした歯ごたえがあるが、逆に言うと歯ごたえだけで味もコクもないに等しい。大分県に行くとフグの肝を好きなだけ食べられて、その時は私もフグ派に転向するが、しかしフグの場合、身と肝はあくまで別物で、アン肝のごとくに肝そのものを味わいながら別途に味のない身の食感を楽しむということであって、ハギの身と肝の渾然一体をなった取り合わせの妙には及ばないのではないか。

 そもそも、下関のフグというブランド神話が出来上がって、どこで獲れても一旦下関に集めてそこから出荷すれば高く売れるという流通の仕掛けになっているのが気に入らない。なおさらそういうこととは関係のないカワハギに軍配を上げたくなるのである。しかもフグは冬場だけなのに対して、ハギは1年中食べられて、真夏はさすがに身が細って肝もないのでやめたほうがいいが、11月から5月くらいまでベストのシーズンが続く。フグよりもハギを!(12月6日)

●初めての種子島を堪能した!

 鹿児島県は何十回も訪れているが、種子島には渡ったことがなく、一度行ってみたいものだと前々から思っていたところ、世界的なCGアーティストである河口洋一郎=東京大学大学院教授の誘いで図らずも実現した。

 種子島出身の彼が故郷のためにコーディネートしている「みなみの島の文化会議」の第4回が8日、中種子町で開かれて、私が安房鴨川でのエセ田舎暮らしを紹介しつつ都市から農村への人口逆流の展望について語り、次に河口が火星への人類移住とそれへのCGアートの貢献についてCG画像と生のタヒチダンスを組み合わせたパフォーマンスを展開、その後2人で種子島の持つ可能性についてトークを行って、薩摩琵琶奏者の桜井亜木子さんの演奏に引き継ぐという、何だかよく分からないイベントがあって、前夜から乗り込んだ。

 まずは町長さん主催の宴会だ。きびなご、とびうお、とこぶし、アサヒガニという甲羅がやや縦長の珍しいカニなど、黒潮が育んだ海の幸が殊のほか美味で、島特産の安納芋や紫芋の焼酎との取り合わせも絶妙。感涙に噎びつつ夢中で飲んで食べた。二次会の別の店で出た「からいもセン」という郷土料理もよかった。唐芋(薩摩芋だが、それは本土から見ればそうなのであって、元は中国から琉球経由で種子島に伝わって、それが薩摩にまで届いたのだから、ここでは唐芋なのだ)の澱粉を水で溶いて白こんにゃくのように薄い板状にまとめたものを軽く醤油味で焼いてあって、酒のつまみにも子供のおやつにもなるという。

 翌朝は早起きして、最南端の宇宙センターを見学し、道すがら、ちょうど収穫が始まったばかりのサトウキビ畑のワイルドな景色、日本一の巨大ソテツの奇観、メヒルギと呼ばれる小型マングローブの自生林などを楽しんだ。昼からは上記イベント。終わってから飛行機出発までの短い時間に、北部=西之表市にある「鉄砲館」を訪れた。言わずとしれた鉄砲伝来の歴史を中心とした郷土博物館で、砂鉄が豊富なこの島には元々刀鍛冶の伝統があって、彼らが苦心を重ねてポルトガル船が伝えた火縄銃を模倣し、たちまちにして日本全国のみならず外国に輸出するほどの当時の世界最高レベルの銃を作るようになったという経緯を勉強した。その鍛冶の技術は今は包丁や鋏の製作に受け継がれていて、これもこの島の人たちが日本で最初に作った洋鋏が美しい。福岡にも独特の博多鋏と呼ばれる洋鋏があって、姿も切れ味も素晴らしく、私は昔から愛用しているが、よりオリジナルな種子島鋏は一段と端正というかシャープな無駄のないスタイルで、道具としての完成度はこちらの方が高いかもしれない。私は、池浪刃物製作所の中ぐらいの大きさの木箱入りの鋏を自分用に買い求めた。

 今回は丸24時間の滞在で慌ただしかったが、遠からず再訪してこの島の酒と料理、歴史と文化をゆっくりと味わいたいと思った。いわさきリゾートに泊まって宇宙センターを一望できる種子島ゴルフクラブでプレーする宿泊パックがよさそうだし、シーカヤックで白浜やメヒルギ林を巡るのも面白そうだ。来年の課題に付け加えよう。(12月15日)

●奥田瑛二監督の新作『風の外側』がよかった!

 奥田瑛二は六本木男声合唱団で知り合って以来の飲み友達で、2人で「ヒルダラ会」というものを主催している。「昼間っからダラダラと酒を飲む会」の略称で、江戸の職人が朝6時から働いて3時に上がって、一風呂浴びて蕎麦屋の軒先で一杯飲んだという粋に学ぼうじゃないかという趣旨で、年に何度か、麻布十番の蕎麦屋でそういう会合を開いている。

 そうやって飲んでいるある時、彼が突然「あっ、あの役は高野だ!」と言い出して、彼の監督第2作『るにん』にチョイ役で出演した。主役の八丈島に流された遊女=松坂慶子は島でも体を売るしか暮らしの立てようがなく、私はその彼女を買いに行く流人の1人で、襦袢姿の大女優に後ろから抱きつく役回りだった。

 奥田の監督第4作『風の外側』が22日から正月にかけて東京・大阪でロードショー公開となるのを機会に、《ざ・こもんず》のラジオ版=JFN(東京FM系の全国ネット)の番組にゲストとして来て貰った。この映画は、下関市を舞台に、在日コリアン3世のやくざの下っ端とオペラ歌手を夢見る女子高校生のひらめくような愛を主題としたもので、ストーリー構成も展開のリズムも映像も主役たちや多彩な脇役たちの演技もすべて素晴らしい。ヒット間違いなしだと思う。

 面白いのは、奥田がこの映画を最初に公開するつもりだった地元=下関の唯一の映画館が閉鎖になると知って、彼が「私に運営させて貰えませんか」と申し出て、そこで11月から『風の外側』を先行上映すると共に、もう1つのスクリーンで第1作『少女』を上映してたちまちたくさんの観客を集めていることだ。俳優で監督もやったという映画人はたくさんいるが、さらに映画館の支配人にまでなったというのはたぶん初めてだろう。彼の映画に賭ける情熱に感動した。

 『風の外側』は東京では新宿のK'scinemaで上映される。是非観て下さい。(12月17日)▲

INSIDER No.421《OZAWA THEORY 2》Q&A:小沢さんのテロ特反対論がどうもよく分からないのですが…──私が代わってお答えしましょう!(その2)

Q4:国連が米国のOEFを「明示的に」支持もしくは許諾していないのは事実として、07年9月19日に安保理が採択した決議1776号では、日本のインド洋給油活動を含むOEF参加国への感謝が表明されたと言うではありませんか。

A4:その決議1776は、10月13日で期限が切れるISAF(国際治安支援部隊)の期限を1年間延長するためのもので、その長い長い前文の中に「北大西洋条約機構(NATO)が発揮している指導力に対して、ならびに、ISAFおよび海上阻止行動要素を含むOEF合同軍に対する多数の国々の貢献に対して、謝意を表明し」という一項が盛り込まれました。その他にも、ISAFとOEFを同等に評価している文言が数カ所出てきます。が、これは、俗な喩えで恐縮ですが、性悪な娘の出来ちゃった婚を親が「出来ちゃったものは仕方がないじゃないか」と後から渋々認めているようなもので、これを以て国連がOEFをオーソライズしているとか、OEFの一部である海上阻止行動とそのための日本の給油活動を積極的に評価しているとか喧伝するのは無理があります。ましてや、当時、一部のメディアは「日本の給油活動への感謝決議」とまで言いましたが、「給油活動」も「日本」も文言として出てくる訳ではないのにそこまで言うのは誇大でしょう。実際これは、日本政府から「海上阻止行動とそれへの給油活動を国連が認めているという形を何とかして作ってほしい」という内々の要請を受けた米国がロビー活動を展開してこの一句を無理矢理押し込んだのであり、ロシアは「個別国の国内政治事情が持ち込まれている」ことに不快感を示して棄権したほどでした。まあともかくも同決議の全文に目を通して下さい。

[資料2]安保理決議17762007年9月19日
(国連広報センター暫定訳)

安全保障理事会は、

アフガニスタンに関する従前の安保理諸決議、とりわけ決議1386(2001)、1510(2003)、1707(2006)および1746(2007)を再確認し、安保理諸決議1267(1999)、1368(2001)および1373(2001)もまた再確認するとともに、国際連合憲章に従い、テロ根絶を図る国際的な努力に対する支持を繰り返し表明し、

武力紛争における民間人の保護に関する安保理諸決議1265(1999)、1296(2000)、1674(2006)および1738(2006)、ならびに、女性および平和ならびに安全に関する安保理決議1325(2000)を想起し、

アフガニスタンの主権、独立、領土保全および国民統一を守る強い公約を再確認し、

国内全土で治安および法ならびに秩序をもたらす責任は、アフガニスタン当局にあることを認識し、また、アフガニスタン政府の国際治安支援部隊(ISAF)との協力を歓迎し、

アフガニスタンにおける課題の多面的かつ相互連関的性質を認識し、治安、統治および開発、ならびに、麻薬対策という部門横断的問題についての持続可能な進展が相互に補強し合うことを再確認し、また、アフガニスタン・コンパクトによって提供される包括的枠組みを通じて、一貫したやり方でこれら課題に取り組むアフガニスタン政府と国際社会の努力が続いていることを歓迎し、

アフガニスタンにおける平和と安定を促進するために国際連合が果たし続けている中心的役割を強調し、包括的アプローチとの関連において、国際連合アフガニスタン支援団(UNAMA)とISAFの目的における相乗効果に留意し、また、それぞれに与えられた責任に妥当な考慮を払い、さらに協力、調整および相互支援を持続させる必要性を強調し、

アフガニスタンの治安情勢、とりわけ、タリバン、アルカイダ、違法武装集団および麻薬取引に関与する集団による増加した暴力行為とテロ行為に対する、および、テロ行為と不正薬物とが相互に関連して、現地住民、国家治安部隊および国際軍事および文民要員に対する脅威が生じていることに対する、懸念を繰り返し表明し、

法の支配を保証し、アフガニスタン国民に基本的サービスを提供し、かつ、国民の人権と基本的自由の全面的享受を確保するアフガニスタン政府の能力にタリバン、アルカイダその他の過激派集団による暴力行為とテロ行為が及ぼす有害な影響に対する懸念もまた表明し、

アフガニスタン政府が、治安情勢を改善し、タリバン、アルカイダその他の過激派集団による脅威への対処を続けるため、ISAFおよび「不朽の自由作戦(OEF)」合同軍を含む国際社会の支援を受けて、継続中の取り組みに対する支援を繰り返し表明し、また、この関連で、ISAFおよびOEF合同軍によるものを含め、持続した国際的な努力の必要性を強調し、民間人およびアフガニスタン軍ならびに国際部隊を標的とする簡易爆発物(IED)による攻撃、自爆攻撃および拉致を含むすべての攻撃、および、アフガニスタンにおける安定化、復興および開発への努力に対するその有害な影響を、最も強い言葉で非難し、また、タリバンおよびその他の過激派集団が人間の盾として民間人を用いていることをも非難し、

あらゆる民間人の死傷について懸念を表明し、また、民間人の生活の保護を確保し、国際人道および人権法を堅持するため、あらゆる実行可能な措置をとる呼びかけを繰り返し表明し、

民間人死傷の危険性を最低限に抑えるため、ISAFおよびその他の国際部隊が行っている本格的な努力、特に戦術と手順の継続的な見直し、および、民間人の死傷者が出たことが伝えられた場合に、アフガニスタン政府との協力によって行われている事後審査を認識し、

アフガニスタン国軍および国家警察のさらなる強化、違法武装集団の解体、司法改革および麻薬対策を含む治安部門改革をさらに進める必要性を強調し、

この関連で、アフガニスタンの行刑施設における法の支配と人権の尊重を改善するためかかる施設の再建と改革の更なる進展の重要性を強調し、

アフガニスタン憲法の枠組みにおける平和的な政治対話および同国の社会経済開発に建設的に関与すること、および、違法武装集団が行うものを含め、暴力に訴えることを避けること、をアフガニスタンのあらゆる当事者と集団に対して呼びかけることを、繰り返し表明し、

アフガニスタンの安定に対する近隣および地域のパートナーによる貢献の重要性を認識し、また、アフガニスタンにおける治安、統治および開発を促進する効果的な手段として、地域協力を進めることの死活的重要性を強調し、

アフガニスタン全土へISAFの展開拡大が完了したこと、ISAFとOEF合同軍との調整が継続していること、およびISAFと欧州連合のアフガニスタン駐留部隊、とりわけその警察ミッション(EUPOLアフガニスタン)との協力関係が確立したことを歓迎し、

北大西洋条約機構(NATO)が発揮している指導力に対して、ならびに、ISAFおよび海上阻止行動要素を含むOEF合同軍に対する多数の国々の貢献に対して、謝意を表明し、

アフガニスタン情勢は、国際の平和と安全に対する脅威を依然として構成すると判断し、

アフガニスタン政府との調整のもと、ISAFの任務の全面的遂行を確保することを決意し、

これらの理由から、国際連合憲章第7章にもとづいて行動し、

1. 2007年10月13日から12カ月にわたり安保理決議1386(2001)および1510(2003)に定められた国際治安支援部隊の承認期間を、延長することを決定する。

2. ISAFに参加する加盟国が、その任務遂行に必要なあらゆる措置を講じることを認める。

3. ISAFの活動要件の全てに充足するため、ISAFをさらに強化する必要性を認識し、また、この関連で加盟国に対して、人員、機材その他の資源をISAFに供出し、決議1386(2001)により設置された信託基金への拠出を行うよう求める。

4. アフガニスタンにおける治安問題を長期的に解決するため、アフガニスタンの治安部門の実効的機能性、プロ意識およびアカウンタビリティを向上させることの重要性を強調し、また、ISAFその他のパートナーに対し、資源の許す限り、アフガニスタンの国家治安部隊、とりわけアフガニスタン国家警察の養成、指導およびエンパワーメントに向けた努力を持続させるよう促す。

5. ISAFに対し、部隊任務の遂行に際して、アフガニスタン政府および事務総長特別代表、ならびに、OEF合同軍との密接な協議を続けることを求める。

6. ISAF指導部に対し、四半期報告の提出によるものを含め、事務総長を通じて、その任務遂行に関する情報を定期的に、安全保障理事会に報告し続けることを要請する。

7. この問題に引き続き積極的に取り組むことを決定する。

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Q5:それにしても、この決議がISAFとOEFを同等のものとして並列しているのは、渋々ではあっても国連がOEFを追認していることになるのではないですか。

A5:一面ではその通りですが、それは国連と国際社会がOEFの正当性を事後的に承認し、その結果、米国の私的な戦争が国連の公的な戦争に質的に転換したということを意味するものではありません。イラク戦争も同じですが、米国が勝手に始めて自分で始末がつけられなくなってしまった事態について、そうだからと言って国連として平和希求や人道擁護の観点から放っておくわけにはいかないので、米国のタリバン政権に対する直接の戦闘が一応終結しアフガン暫定政府が発足した後の首都カブールの治安維持と地方の民生安定・経済復興には協力しようということで、01年12月20日に安保理決議1386を発してISAF(国際治安支援部隊)という枠組みを設定しました。これは、発足したばかりのアフガン暫定政府の国家軍及び警察を助けて治安維持を支援するために主として欧州警察機構(EUROPOL)が要員を派遣し、また非合法武装集団の解体、麻薬撲滅対策、人道支援、復興ニーズ調査などを支援するために国連や各国政府が文民専門家やNGOのスタッフを派遣するのであるけれども、情勢不安定の中でそれら文民要員・スタッフが活動を開始し継続するには軍隊による防護が不可欠であるということで、欧州中心の有志各国による多国籍軍を6カ月間限定で編成するという趣旨のもので、ISAFとは、狭義にはその多国籍軍のことですが、広義にはそれを含む各種支援活動の全体を指しています。さて、そこから先が話が複雑骨折的になってISAFの“変質”が始まっていくのですが、まず第1に、そうやって各種支援を始めてはみたものの、現実にはアフガンの内情は深刻な内乱状態で、最初は各種支援が主、それへの軍事的防護が従であったはずのものが逆転して、軍事的防護すなわちタリバン勢力はじめ武装勢力との戦闘が主になってしまう。第2に、半年後の02年5月には安保理決議1413で軍事的防護を延長し、03年8月にはNATOが非NATO国を含む多国籍軍(07年10月現在39カ国4万1197人)の指揮を執ることになり、さらに03年10月の安保理決議1510で(狭義の)ISAFの活動をカブール周辺からアフガン全土に拡大することになり、結果的にNATOが率いる多国籍軍が内乱に直接関与して全土でタリバンなどのゲリラと戦闘を展開する羽目となり、そうなると米英軍独自のOEFとの連携と任務分担が避けられなくなってしまう。第3に、事の必然として、米国の関与が大きくなり、07年2月からはISAFの司令官が米国人になった。この辺の経過については、ISAFの公HP(*1)をご覧下さい。つまり、米国の側からみればISAFを乗っ取った形になって、OEFとISAFの“癒着”が進んでいて、その実態を反映して、上記の安保理決議1776がOEFとISAFを同等視するかの表現になる理由なのです。ISAFの根拠となった安保理決議1386の全文は次の通りです。

*1:ISAF公HP
http://www.nato.int/isaf/index.html

[資料3]安保理決議13862001年12月20日
(内閣府調査局訳)

安全保障理事会は、

アフガニスタンに関する従前の理事会決議、特に2001年11月14日の決議第1378号及び2001年12月6日の第1383号を再確認し、

 国際連合憲章に基づいてテロリズムを根絶しようとする国際的な努力を支持し、また同時に、2001年9月12日の第1368号及び2001年9月28日の第1373号を再確認し、

 すべてのアフガニスタン人が不可譲の権利及び抑圧や恐怖から解放された自由を享受できるようなアフガニスタンの発展を歓迎し、

 アフガニスタン全土の治安及びそこに法と秩序を確立する責任はアフガニスタン人自身にあることを認識し、

 恒久的な政府機構が再構築されるまでの間のアフガニスタンにおける暫定取決めに関する2001年12月5日にボンで署名された合意(ボン合意)の承認を再確認し、

 国際治安部隊をアフガニスタンに早期に展開する承認を検討願いたいとのボン合意付属文書1の第3項にある安全保障理事会への要請、並びに、アフガニスタン暫定行政機構との接触において、彼らが国連が承認した国際治安部隊がアフガニスタンに展開することを歓迎したとする2001年12月4日の事務総長特別代表の報告に留意し、

 2001年12月19日付のアブデゥラ・アブデゥラ博士よりの安全保障理事会議長宛書簡に留意し、

 2001年12月19日の英国外相からの事務総長宛書簡を歓迎し、また、同書簡において英国が国際治安支援部隊の編成及び指揮を主導するとした提案に留意し、

 すべてのアフガニスタン人武装勢力が、女性の権利の尊重を含む人権法下、及び国際人道法下の自らの義務を厳格に遵守しなければならないことを強調し、

 アフガニスタンの主権、独立、領土保全及び国民的統一に対する理事会の強いコミットメントを再確認し、

 アフガニスタン情勢が依然、国際の平和と安全に対する脅威であると断定し、ボン合意によって樹立されたアフガン暫定行政機構と協議しつつ、国際治安支援部隊のマンデートの全面的な履行を保証するよう決定し、

 国際連合憲章の第7章の下に行動し、

1. ボン合意付属文書1に想定されているように、アフガニスタン暫定行政機構がカブール内及びその周辺の治安を維持することを援助し、アフガニスタン暫定行政機構及び国連要員が安全な環境の中で活動できるようにするため、国際治安支援部隊を6カ月間設立することを承認する。

2. 加盟国に対し、国際治安支援部隊に要員、装備及び他の資材を提供するよう要請し、また、加盟国に対し、部隊の司令部と事務総長に通知するよう求める。

3. 国際治安支援部隊に参加する加盟国に対し、そのマンデート遂行に必要なすべての手段をとることを承認する。

4. 国際治安支援部隊に対し、任務を遂行するに際してはアフガン暫定行政機構及び事務総長特別代表と緊密に協議するよう求める。

5. すべてのアフガニスタン人に対し、国際治安支援部隊及び関係する政府・非政府機関に協力するよう求め、また、ボン合意参加者が自らの手段と影響力を全面行使することを誓約することによって、アフガニスタンに展開するすべての国連要員及び国際政府・非政府機関の要員の移動の安全と自由を確保することを含む治安を確保することを歓迎する。

6. ボン合意のアフガニスタン参加者が付属文書1において、カブールからすべての武装部隊を撤退させる旨誓約したこと留意し、また、彼らに対し、この誓約を国際治安支援部隊と協力しつつ履行するよう求める。

7. 近隣諸国及び加盟国に対し、国際治安支援部隊に、上空通過許可及び経由許可の提供を含む、要求に応じた必要な援助を供与するよう奨励する。

8. 国際治安支援部隊の費用が関係の参加国によって負担されることを強調し、事務総長に対し、基金を創設して、それを通じ加盟国が分担金を負担でき、また、関連の活動に支出できるようにし、また、加盟国に対し、この基金に貢献するよう奨励する。

9. 国際治安支援部隊の司令部に対し、事務総長を通して、その任務の履行に対する進捗に関して定期的な報告を行うよう要請する。

10. 国際治安支援部隊参加国に対し、アフガニスタン暫定行政機構が新しい治安組織及び軍隊を設立し、訓練することを援助するよう要求する。

11. この問題に引き続き積極的に関与することを決定する。

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Q6:そうなると、小沢さんが「ISAFは国連決議に基づいた活動だから日本は積極参加すべし」と言っているのは果たしてどうなのか、ということになりますね。

A6:その通りです。この点になると、私と小沢さんは意見が違うのかもしれませんが、私は、こんな体たらくのISAFに日本が参加するなどとんでもないことだと思っています。前に述べたように、原理的には、国連が行う公的な制裁戦争を含む平和創造・維持活動には、日本は制限なしに(つまり後方支援だけとか言わずに全面的に、自衛隊員が血を流して倒れることも辞さずに)参加すべきだという小沢理論は正しいです。しかし、現実的には、国連の機能不全とご都合主義、それをいいことにした米国はじめ大国の横暴によって物事が流れ流れていく中では、個々の事例が実体的にはどうなっているのかを見極めて是々非々で対応を決めることが必要になるでしょう。小沢さんも、実際に日本がどの程度、どういう様態で参加するかはその時々の政治判断だという趣旨のことを述べていますが、ここのところはもう少しはっきりと、原理的次元と実際的次元とを明確に区別して語った方がいいのではないかと思います。たとえばの話、広義のISAFの中でも、地方復興計画には日本も加わることが出来ると判断するのかどうか、その場合に、しかし、イラクでの偽りの復興支援の場合のように、文民スタッフを出せないような危険な状態なので自衛隊を出すけれども防護は他国の軍隊に頼るのか、それとも自ら戦闘任務を含めて引き受けるのかどうか、あるいは文民スタッフを出して自衛隊で防護するのかしないのか、といったことは原理的にはっきりしておいたほうがいい訳で、そのためには、テロ対策特措法といった臨時措置で、米国から言われたから何とかしなくてはというような格好で目先の対応を決めるのではなくて、日本の国際平和協力のあり方について思想的に明快な恒久的な基本法を制定することが望ましいのではないでしょうか。小沢さんが“大連立”という話に惑った大きな要因は、この恒久法制定に福田総理を引っ張り込む可能性に賭けようという思いがあったものと想像されますが、そうだとすればそれを密室談合のようなことではなく、恒久法の論点を明快に整理して福田に対してではなく国民に向かって説明して世論を形成することが必要でしょう。▲

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