INSIDER No.418《OZAWA THEORY 1》Q&A:小沢さんのテロ特反対論がどうもよく分からないのですが…──私が代わってお答えしましょう!(その1)
小沢一郎民主党代表の、インド洋給油は違憲で地上部隊派遣は合憲という理屈が、どうもいまいちよく分からないという声がある。私は、細部はともかく、基本的には小沢と同じ意見なので、彼に成り代わってQ&Aスタイルで問題を整理してみよう。
Q1:小沢さんは、アフガン戦争は「米国の自衛権発動による戦争であって、国連にオーソライズされていない」という趣旨のことを言っていますが、01年9月12日に出された国連安保理決議1368[資料1]では「テロ活動によって引き起こされた国際の平和及び安全に対する脅威に対してあらゆる手段を用いて闘うことを決意し」と述べ、さらに「憲章に従って個別的又は集団的自衛の固有の権利を認識し」とも述べているので、テロの直接の被害者である米国が個別的自衛権を発動してアフガン戦争つまりOEF(不朽の自由作戦)を始めることを国連が予めオーソライズしていることになるのではないですか?
A1:問題の焦点は、安保理決議が「明示的に」米国の具体的な行動すなわちOEFを支持しているかどうかです。決議1368は、9・11の翌日に取り敢えず国連安保理として犠牲者への哀悼の意を表し、一般論として、国連がテロとの戦いを一層強化する決意を示したもので、まだ犯人像が皆目分かっておらず、従って米国が具体的にアフガニスタンのタリバン政権を相手に戦争を起こして攻め込むという作戦を決めているわけでもなく、またそれについて国連に支持するよう要請しているわけでもない段階です。
大体において趣旨が合っているからいいじゃないかと思うかもしれませんが、そういうものではないのであって、この決議でも触れているように過去に国連は国際テロ防止条約やテロ防止の安保理決議をいくつも採択していて、それと趣旨が合うなら加盟国が何をやっても構わないということになってしまい、国連憲章の紛争の平和的解決の大原則はたちまち崩壊することになります。
史上初の米国主導の多国籍軍と言えた1950年の「朝鮮国連軍」の場合は、安保理は北朝鮮の武力攻撃を撃退する軍事行動のイニシアティブを米国に委ねることにし、米軍が国連軍の統一司令部の司令官を任命し、その下に各国がその軍隊を提供するよう決議しました。1990年の湾岸戦争の場合は、米軍主導の多国籍軍の軍事行動を安保理決議でオーソライズはしたものの、指揮関係は複雑で、米中央軍司令部が英国はじめ他の西欧諸国の軍をも事実上指揮したが、フランスは必ずしもその指揮下に入らず、またアラブ・イスラム諸国はサウジアラビア主導の統合軍司令部が指揮し、作戦全体を統御する司令官は存在しないままでした。また95年のボスニア内戦への介入の場合は、NATO主導の多国籍軍(平和執行軍)に安保理が「あらゆる手段をとる権限」を付与し、さらにそれ以前に現地に存在したPKO(国連防護軍)の権限も平和執行軍に統合することを決定しましたが、このように指揮権限まで含めて明示的にオーソライズしました。99年の東ティモールの場合は、インドネシアやアジア諸国は国連指揮下のPKOを望み、英国やオーストラリアはオーストラリアが指揮権を持つ多国籍軍を提案し、結局安保理が後者を容認しました。
このように、明白な国連軍を編成することが出来ない現状で、PKOという国連憲章には規定のない形で対処するか、加盟国のどこかが主導する多国籍軍を容認するか、またその場合の指揮権をどう定義するかなどは、まったくケース・バイ・ケースに任されていて、単に大国が自分の都合のいいように国連を利用したり裏を掻いたりしているだけのこともあります。
03年イラク戦争の場合は、それまで安保理がサダム・フセインを非難する17もの決議を発していたにもかかわらず、米国はそれだけでは不足と判断して、当時のパウエル国務長官が国連の場で世界を説得して明示的な支持を取り付けようとさんざん努力しましたが報われず、結局は、以前の決議があるからそれでいいのだと弁解しながら戦争を始めることになりました。アフガン戦争の場合も、米英中心の多国籍軍を国連が明示的にオーソライズしたことはなく、従って、国際法および国連憲章から見れば、これは国連による「公的」な戦争でなく、米英の「私的」な戦争ということになるのです。
Q2:国連の大原則とは何ですか?
A2:国連の目的の第1は「国際の平和及び安全を維持すること」で、そのために「平和に対する脅威の防止及び除去と侵略行為その他の平和の破壊の鎮圧とのため有効な集団的措置をとること」、そして「平和を破壊するに至る虞のある国際的の紛争又は事態の調整又は解決を平和的手段によって…実現すること」に置いています(憲章第1条)。その目的を達成するための原則は「すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決しなければならない」こと、そして「すべての加盟国は、その国際関係において、武力よる威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも、慎まなければならない」ことです(第2条)。
簡単に言って、国際紛争を可能な限り平和的に解決しようというのが根本精神で、第6章「紛争の平和的解決」で第33条から第38条までそのための手続きを定め、さらに第7章「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に対する行動」で、第39条から第51条まで、国連による制裁措置について定めています。そのうち第41条は経済制裁、運輸通信手段の中断、外交関係の断絶など「非軍事的措置」で、第42条では、それで不十分な場合に「国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍、海軍又は陸軍の行動をとることができる。この行動は、国際連合加盟国の空軍、海軍又は陸軍による示威、封鎖その他の行動を含むことができる」と、「軍事的措置」を規定しています。
つまり、あくまでも平和的解決を徹底的に追求するけれども、それで間に合わなくなった場合には、武力による制裁的な軍事行動も辞さず、その場合には(憲章にはっきり書いてあるわけではないが解釈すれば)、理想的には「国連常備軍」、それが無理でも臨時の「国連軍」、あるいは国連が明白にその権限を「授権」した加盟国の軍隊による(典型的には)「多国籍軍」がそれを担うことになります。その上でさらに、51条では、そのような国連による軍事的措置が行われるまで時間がかかる時は、侵略を受けた当事国が「個別的または集団的自衛の固有の権利」を発動することを認めています。つまり、国連による公的な「制裁戦争」と個別国による私的な「自衛戦争」をはっきり区別した上で、前者の優位を規定しているのです。
Q3:だとしても、そもそも国連憲章が「個別的・集団的自衛権」の発動を認めていて、決議1368でもわざわざそれを再確認しているのだから、米国が個別的自衛権の名によってアフガン戦争を仕掛け、同盟国である英国が集団的自衛権を発動してそれに協力し参戦したのは正当で、何も非難される筋合いはないはずですね。
A3:まず、国連との関係は別として、テロという見えない敵による(どれほど被害が大きかったとしても)国際犯罪に対しては、まず警察的に対処するのが妥当であって、それを飛び越えていきなり国家間戦争という形で軍事的に対処しようとするのはいかがなものかという問題があります。
米国は、9月20日には9・11の背後にはウサマ・ビンラーディンがいたと断定、アフガンのタリバン政権に対して「すべてのアル・カイーダ幹部の引き渡し」など5項目の最後通牒を突きつけます。それに対してタリバンは、ビンラーディンの事件への関わりについて証拠を示せば第三国に引き渡して裁判にかけるにやぶさかではないという態度を示しますが、米国はそれについて交渉するでもなく、「ふざけるな」と言って10月7日には英国と共にタリバン軍基地及びアル・カイーダ訓練所に対する大規模空爆を開始しました。
結果、確かにタリバン政権は崩壊・逃走しましたが、アフガンは国家崩壊を起こして収拾のつかない混乱に陥り、ビンラーディンは行方知れず、アル・カイーダ幹部は全世界に拡散して各地でテロが激発、米本土に対する再テロの危険もむしろ増大しているわけで、このやり方が失敗だったことは明白です。それについては私の『アメリカ帝国の崩壊』に詳しく書いていますので参照して下さい。
さて、国連との関係に戻ると、確かに国連憲章は「個別的・集団的自衛権」の発動を認めていますが、かと言って野放しで認めているのではなく、平和的解決の努力が破綻し、非軍事的強制措置も効力がなく、では国連としての軍事的措置をとるかということになったとしてもまだその合意は形成されていないという場合の、あくまで「例外的」なこととして、条件付きで、つまり国連が必要な措置をとるまでの間に期間を限定し、またその国がとった措置について安保理に報告する義務を課すという形で、認めているにすぎません。
その意味合いを理解するには、国際法の領域における「戦争の違法化」の歴史を少し振り返る必要があります。19世紀から第1次世界大戦前までは、戦争や武力行使は国家の自由な権利とされ、まったく禁止されていませんでした。第1次大戦後に国際連盟が出来て、その規約である範囲で戦争や武力行使を禁止したが、規定があいまいだったので、1928年にパリに当時のほぼすべてに当たる63カ国の代表が集まって「不戦条約」を締結し、その第1条で「締約国は、国際紛争の解決のために戦争に訴えることを不法とし、かつその相互の関係において、国家的政策の手段としての戦争を放棄する」と、第2条で「締約国は、相互間に起こることがあるべき一切の紛争や紛議は、その性質や起因のいかんを問わず、平和的手段によるのでなければ、その処理または解決を求めない」と宣言しました。国際紛争解決のための戦争と国家的政策の手段としての戦争、ということは、すべての「侵略戦争」が禁止され、さらに第2条では戦争に至る以前の「武力の行使」も禁止されたわけですが、この議論の過程で、しかし、にもかかわらず他国から侵略や武力攻撃を受けた場合に自衛のための戦争ないし武力の行使を行うことは当然で、そこで「自衛権」という概念が浮上することになりました。侵略戦争はダメだが自衛戦争はOKということです。
ところが、このせっかくのパリ不戦条約も役には立たず、11年後には第2次世界大戦が勃発、人類は一層悲惨な戦禍に喘ぐことになりますが、そうなってしまった国際法の面から見た要因は、大戦当時の英外相ジョージ・ロイドが喝破したように「戦争や武力行使をした国で、自衛権を援用しなかった者は、未だかつてなかった」——すなわち「自衛の名による侵略戦争」が横行する状態に歯止めがかからなかったからです。日本の満州事変はその典型で、日本は自衛のためやむを得なかったと主張したが、国際社会は侵略だと断定しました。米国の日本への原爆投下も自衛の名による過剰な侵略行為でしょう。
そこで、第2次大戦の反省の上に立って出来た国連(国際連合)では、パリ不戦条約の趣旨を引き継ぎつつ、個別国の戦争と武力の行使を禁止し、国際の平和と安全のための軍事的制裁措置が必要な場合はすべて安保理事会の決定ないし許可に基づいて行うこととし、それが間に合わない場合に限って例外的に一定の制限の下で個別的・集団的自衛権の発動を認めることとなったのです。
話が長くなりましたが、そういうわけなので、米英のアフガン戦争=OEFは、国連憲章が一般論として限定的に認めている個別的・集団的自衛権の発動には違いありませんが、だからと言って、このような戦争を仕掛けることを国連として決定も許可も授権もしていない以上、それは実質的には米英が勝手に始めたまさしく「自衛の名による侵略戦争」にほかなりません。(続く)
●[資料1]安保理決議13682001年9月12日(外務省訳)
安全保障理事会は、
国際連合憲章の原則及び目的を再確認し、
テロ活動によって引き起こされた国際の平和及び安全に対する脅威に対してあらゆる手段を用いて闘うことを決意し、
憲章に従って、個別的又は集団的自衛の固有の権利を認識し、
(1)2001年9月11日にニューヨーク、ワシントン
D.C.、及びペンシルバニアで発生した恐怖のテロ攻撃を最も強い表現で明確に非難し、そのような行為が、国際テロリズムのあらゆる行為と同様に、国際の平和及び安全に対する脅威であると認める。
(2)犠牲者及びその家族並びにアメリカ合衆国の国民及び政府に対して、深甚なる同情及び哀悼の意を表明する。
(3)すべての国に対して、これらテロ攻撃の実行者、組織者及び支援者を法に照らして裁くために緊急に共同して取り組むことを求めるとともに、これらの行為の実行者、組織者及び支援者を援助し、支持し又はかくまう者は、その責任が問われることを強調する。
(4)また、更なる協力並びに関連する国際テロ対策条約及び特に1999年10月19日に採択された安全保障理事会決議第1269号をはじめとする同理事会諸決議の完全な実施によって、テロ行為を防止し抑止するため一層の努力をするよう国際社会に求める。
(5)2001年9月11日のテロ攻撃に対応するため、またあらゆる形態のテロリズムと闘うため、国連憲章のもとでの同理事会の責任に従い、あらゆる必要な手順をとる用意があることを表明する。
この問題に引き続き関与することを決定する。
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