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« INSIDER No.385《COUNTRY LIFE》いよいよ念願の田舎暮らしが実現する──安房鴨川に移住して田舎暮らしを始めるの記・1
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INSIDER No.386《COUNTRY LIFE》どういう家を造りたいか──安房鴨川に移住して田舎暮らしを始めるの記・2

 前回に樹木の形をした奇妙な図を添付した。これが、私がどういう家を鴨川の山林に造りたいかを設計家や施工者に伝達するために、昨年の正月に一杯飲みながら作成したイメージマップである。

 この図は、世に「マインドマップ」と呼ばれる手法があるが、それを私流に勝手に変造して「心象曼荼羅図法」と自称している方法によって描いている。マインドマップそのものは、英国のトニー・ブザンが開発して世界的に普及したもので、ご存じの方も多いと思うが、実はかなり厳密な決まりごとがあってそれに従わないとマインドマップとは呼ばせないというような高飛車な姿勢がどうも気に入らない。そうまでしてマインドマップという名称を使わせて頂くよりも、もっと自由な発想で自分の心の中にあるものを好きなように表現すればいいわけで、私は、仏教とともにアジアで何千年も用いられてきた曼荼羅をイメージしつつ自分流にやっていて、これを大学のゼミ授業や各種のプレゼンテーションなどに盛んに用いている。

●榎の大樹に囲まれて

 私がこの土地をほとんど一目惚れのようにして購入した最大の理由は、その1800坪の山林のあちこちに生えている榎(エノキ)の大樹の枝振りの見事さである。ちょうど今頃になると、柔らかい黄緑色の若葉が芽吹いて、日々緑の濃さが増していって、敷地全体に春らしい風が吹き渡る。土地の古老に聞くと、昔はその榎の若葉を尊んで、少しだけ摘んでご飯に混ぜて炊き、春の訪れを味わったのだという。

 榎は欅(ケヤキ)の親戚のような木だが、それほどポピュラーとは言えず、実は私も、村の古老にこの土地を案内されてこれがそうだと言われるまで、名前くらいは知っていても実際にどういう木であるかはよく分からなかった。ところが調べてみると、柳田國男が「神樹篇」という論文で、この木がご神木の始まりで神道の信仰の大本であること、この木にまつわる伝説や怪奇談が全国各地に数知れず残っていること、とりわけ名古屋地方ではこの木が屋敷内にあると金が成って福をなすと言い伝えられていて「福榎(フクエノキ)」という言葉あること、などを詳しく論じている。それについて詳しくは、「人生二毛作委開墾記」で述べているので、アーカイブ(CATEGORY:DOUBLE-CROPPING)を参照してほしい。

 それはともかく、そういうわけで、この図の全体は榎の形をしている。ちなみに、この家のオープニングに備えて、昨年は酒米を植えてそれを千葉の酒蔵に持ち込んで記念の酒を醸造して貰った。そのラベルは、私が筆を振るって「福榎」とした。引っ越したらたくさんの方々に来て頂けると思うが、早めに貢ぎ物を持って来て頂くとこの酒を賞味することが出来るので、皆さんよろしくお願いします。

 私が始めるのは、「エセ」を付けるのが適切だと思うが、「田舎暮らし」であり、その主なスタイルは「半農半電脳」的生活である。私らのような仕事は、ある意味ではネットがあればどこでも成り立つので、普段は出来るだけ鴨川にいて早起きして畑を耕し草を刈り、山菜や筍を狩って、それから向かいの清澄山系の山並みを眺めながら原稿書きに集中して、飽きればまた野に出て、夕方ともなれば自然の恵みを肴に近所の農家やその他様々な知り合いと宴会を開く。かと言って、私らの仕事は、時には東京に出て人にあったり、番組や講演をこなさなければ成り立たないので、必要に応じて出撃する。東京湾アクアラインを通って車で飛ばせば東京や横浜の都心や大学まで1時間半から2時間なので、これまで横浜の最南端から1時間から1時間半かけて出掛けていたのと比べてさほど遠くなるわけでもない。

 そうやって東京との間を往復しつつ、次第に鴨川にいる時間を増やしていって、かなりそちらに比重が傾くようになれば、馬を飼って乗り回したい。酔っぱらい運転が出来なくなった今日この頃、馬に乗って居酒屋に出掛けていくのが理想なのだ。馬は道路交通法上、軽車両の扱いで、厳密に言うと酔っぱらい運転になるのだが、同法制定以来、酔って馬に乗って捕まった人はいない。馬のことは、また別の機会に触れることにしよう。

●外と内を繋ぐ土間の空間

 その半農半電脳的生活はどのような要素から成り立つかを思い巡らすと、内に向かっては、まず広い「土間」が最大のポイントである。この家は、かなりモダンというか、設計家の辻健次郎さんによって外壁が焼き杉板の縦張り、その上は白壁のかなりシャープな外観が与えられていて、和洋折衷的ではあるのだが、間取りの基本は日本の伝統的な民家の「田の字型」に準拠しており、中心的な生活空間は1階の約半分を占める大きな土間である。

 田の字型の民家というのは、昔の藁葺きの農家が多かれ少なかれそうであるように、家の3分の1ないし半分が三和土(タタキ)の文字通り土間で、そこに台所の水場と竈(カマド)、農作業のスペースがあり、南部曲り家の場合などそれに繋がって馬小屋までがあった。一段上がって囲炉裏を切った板の間があって、そこは3度の食事や家族の団欒、あるいは夜なべ仕事のスペースであると同時に、近所の人が遊びに来たり村の長老が相談事に訪ねてきたりすれば来客接受のスペースにもなった。その板の間と、奥の畳の座敷、その裏の寝室、納戸や風呂場など土間以外の部分がおおむね田の字型に配置されているので、それはそのように呼ばれてきたのである。

 改まった客は座敷、近所のお付き合いは縁側に腰掛けたり囲炉裏を囲んだりして、そして土間は最も外に近いスペースで山や畑や庭やご近所と繋がっていて、つまりは日本の民家というのは、そのようにグラデーションをなして「外」に向かって開かれていた。それが日本の家の基本だと私は思うので、簡単に言えば、近所の農家の友達がやってきて、外でちょっと水道で長靴を洗ってそのまま「高野さん、いる?」と踏み込んで来られるような家にしたいと考えた。それで、玄関脇には水場があって、泥だらけの靴を洗ったり、採ったばかりの野菜を水桶の放り込んだり出来るような蛇口を設け、土足で入ってこられるような土間を大きく採ることにした。

 土間は、本当は苦汁(ニガリ)で土を付き固めた本格的な三和土にしたかったのだが、土地の人に聞くと、金属製品が錆びて酷いことになるので止めた方がいいというので、タイル張りにした。その土間の重心は、友人の木工作家=馬場健二さんが造る巨大な原木を用いた大三角形の「囲炉裏テーブル」で、本当のことを言うと、このテーブルがドーンと真ん中に据えられるにふさわしい家を造りたいというのが、私のそもそもの発想の原点だったのである。それがどういうものであるかは、私の家にはまだ設置されておらず写真をお目にかけることが出来ないので、馬場さんの「木工房ん」のHPを見てイメージを得て頂きたい(http://www.irori-n.com/p01_1.html)。

 100年もののような今時貴重な原木を山ほど買い込んで、10年かそれ以上も自分で養生しながら維持管理して、それを使って大三角形のテーブルを造るのが、馬場さんの最も特徴的かつオリジナルな作品で、その原木そのものの生命力溢れる迫力、磨き上げた表面の木肌の美しさ、そして1つ1つ異なる真ん中の三角形の空間に鉄工家に注文して造らせたミニ囲炉裏にくべられた炭火の暖かみ……。で、なぜこれが三角形なのかと言えば、そこに馬場さんの一種のコミュニケーション理論があって、これだけの8人から目一杯で10人でも座れようかという大きさの長方形のテーブルだと、飲んだり食べたりするうちに必ず右側と左側とで話が分かれてワイワイ状態となってしまう。ところが三角形で、しかも真ん中に「火」があると、常に全員がお互いの顔が見えて、なおかつ「火」の求心力が働くので、どんなに酔っぱらっても話がバラバラになることがない。これって、凄いと思いません?

●火がなければ暮らせない

 馬場さんは、私がこれまで住んでいた横浜南部のご近所に自宅と工房があって、地元で開いた個展をたまたま訪れたことから知り合って、一緒に飲んだりゴルフで遊んだりするようなことになって長い付き合いとなって、「このテーブルが欲しい!」とはずっと思ってはいたものの、しょせんこれまでの家では入り切れない大きさで、それで、鴨川に家を建てるについて、初めから「馬場さんのテーブルが入る家にしたい!」と考えて、彼に意匠面のアドバイスを受ける形でプロジェクトが始まった。設計家の辻さんも実は馬場さんから紹介を受けて仕事をお願いすることになったのである。

 で、その馬場さんの大テーブルが居間の重心であり、そこにはミニ囲炉裏が付随しているが、それだけでは縄文以来ごく最近まで、家のド真ん中に生の「火」があって、それを中心に暮らしが編成されていたという私の日本人の暮らしぶりについてのイメージは満たされない。そこで、居間の西の壁際には北欧製のかなり大型の本格的な薪ストーブを置く。薪の材料は家の周りにいくらでもあって事欠かないし、薪割りの斧はとっくに用意してある。エクステリアとして薪小屋を造ることも計画中である。

 そのほか、土間の一角にはキッチンもあってそこにもプロパンガスの生の火がある。私は昨今の「オール電化」には大反対で、家の中に生の火がなくなってしまったら家庭も家族も成り立たないと思っている。確かに、ボケ老人がいたり幼い子供がいたりすれば、生火がないほうが安全には決まっているが、しかし生火を家の中からなくしてしまうことによるデメリットは計り知れないものがあり、それこそが家族崩壊、教育破綻の原因ではないかとさえ思う。

 鴨川自然王国を訪れる人を見ていても、焚き火の火ひとつ着けられない人が少なくない。王国では、農作業を終えて夕方ともなれば、早速焚き火を焚いてそれを囲んで一杯、二杯と飲み始めるのだが、その時にそのへんにいる中学生くらいの子供に「さあ、お兄ちゃん、焚き火を焚いて」と言っても焚き方がわからない。「じゃあ、お父さんと一緒にやってごらん」と言うとそのお父さんが焚き火をしたことがない。これじゃあ日本文化は廃りますよね。

 昨今は、「焚き火」そのものが違法であるかのような変な常識がまかり通っていて、その理由はと問えば「ダイオキシンが…」と。馬鹿なことを言ってはいけない、第1に、家庭の焚き火や薪ストーブで出るダイオキシンなどほとんどネグリジブルで、産業用の資材の燃焼による大量のダイオキシン発生とはレベルが違うし、法律は家庭の焚き火を禁じたりはしていない。第2に、焚き火は日本の伝統文化の1つであって、庭を掃いて落ち葉焚きをしてそこで焼き芋を焼いたりするのは日本的情緒の不可欠の一部であるし、そういうことを通じて子供の感性を鍛えなければならない。

 というわけで、近所の人が来ると、土足で居間に上がってその三角テーブルに座ってお茶かお酒かを啜ることになる。寒さの季節ならば、薪ストーブに火が着いていて、たいていの客は自分で薪をくべたがるだろう。それこそ思う壺で、薪をくべるだけでなく斧を振るって薪を作るのを一緒にやって一汗かきませんかと誘いかけることにしよう。さらに、居間の南側には広大なベランダがあり、冬以外はここで客を迎えることになるだろう。その脇には、強火力のガス台、七輪、バーベキュー炉、洗い場などが用意してあって、いつでも野外パーティを始めることが出来る。

●「吹き抜ける」ということ

 土、火、光、風、水が「吹き抜ける」という感じが何より大事なのだと思う。遠くの景観、村の家々、林道、敷地の木立、畑、前庭、ベランダは少しずつの段差をなしながらもそのまま土間に繋がっていて、土間とは内でありながら外の一部でもあり、客やご近所の農家の人たちはさしたる抵抗もなしに入って来て通り抜けることが出来る。その土の流れに沿って、ベランダ、土間の薪ストーブ、囲炉裏テーブル、台所のそれぞれに生きた火があって、それらは微妙に繋がりあってもてなしをする。南のベランダに面した大きなガラス戸は全部開け放つことが出来て、榎の林を超えて差し込む光を精一杯に採り込むことが出来るが、その光はそのまま北側の清澄山系の遠望へと流れていって留まることがない。光は風と表裏一体で、冬の北東風は冷たいけれども、それ以外の季節にはいつも横と縦に吹き抜けている。

 水は一番苦労したところで、いろいろな模索の果てに、敷地から西の隣地に少しだけ入ったところに豊かな湧き水があり、地主の了解を得てその水をパイプで引いて、一度タンクで濁りを落としてから自製の砂と砂利の濾過器を通して巨大なタンクに貯め、それをポンプで引き上げて浄水器を通して家の中に引く。ミネラル豊富な天然水で、普通の井戸水程度の大腸菌が混じるのは避けられず、保健所的な基準ではそれを除去する浄水器を設置しなければならないが、本当はそんなものは必要がない。安定的に水を確保するには、約200メートル下から市の水道を引くのだが、加入料に加えて1メートルあたり1万円の工事費を負担しなければならず、合計250万円ほどかかり、しかも塩素だらけのまずくて有名な水が来るだけなので、何としても水を自前で確保することにした。

 今はご近所の方々と一緒に試行錯誤の末に作り上げたパイプ型の濾過器を使っているが、将来は、ビオトープ型の大きな池を作って土そのものの自浄力を活かした濾過に切り替える予定で、すでにその設計は出来ている。タンクは、牛乳運搬トラックに使う8トンのステンレス製を中古で安く買って、簡単なコンクリート基礎の上に設置した。常時満タンで普通に使って5〜7日分くらいはあるので水が枯れる心配はない。ただ、大雨のあとなどは濁りが出るが、それは仕方のないことである。

 排水は杉チップを用いたバイオ浄化槽に流れ込み、バクテリアの作用ですべてが分解される。出てくるのは水だけで、その水はまた屋内に循環させてトイレなどの中水に利用する。従って、上水も下水も自己完結的で、外部の大規模システムに依存することはない。

 当初は、電気も、太陽光発電や風力発電を導入して、外部に出来るだけ頼らないようにすることを構想したのだが、調べてみると今の段階では費用対効果にかなり問題があり、取り敢えずは東京電力にお世話になることにした。

 このようにして私の人生二毛作目の田舎暮らしが始まろうとしている。▲

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コメント (1)

いよいよ自然生活ですね。おめでとうございます。 なんと今年のウグイスは ほーおめ0 となぞの3文字に聞こえる声で飛び回っています、鳴きなれると ほーほけきょ に成ると思います。

またしても新企画がうかんだので こおいうのはどうでしょう 内容は雑誌現代農業におフランス系な現代思想用語をミックスしたファーブル自然視のような 雑誌の発行 を高野ハウスで
行なう、軽トラックのフロントにそれとなく置いてあるとインテリグリーン者だと若いおなごにわかるような 半分不純ぽい動悸だけど いいとおもうな いひひ

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