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2007年4月30日

INSIDER No.388《SEMINAR-1》高野孟の「インテリジェンスの技法」(1)──曼荼羅的な想像力と直感力/このゼミで何をしようとしているか/全体のイメージと若干のルール

INSIDER編集部より

 当「インテリジェンスの技法」は、本来、写真や図版等が多く含まれています。本文はINSIDERメール版を前提に編集してありますので、写真・図版付きバージョンを併せてご覧になりたい方は、下記URLよりダウンロードしてください。

http://www.smn.co.jp/insider/takano/takano-semi01.pdf

 なお、PDFファイルを開くソフトウェアをお持ちでない方は、アドビシステムズより、PDFファイルの表示・印刷用ソフト、"Adobe Reader"が無料で配布されています。下記URLからダウンロードできます。

http://www.adobe.com/jp/products/reader/

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●自己流の心象曼荼羅図

▲大隈塾ゼミ「インテリジェンスの技法」の授業イメージ図(画像略)

 このゼミで私が何をしようとしているか、まずはこのイメージ図を見てほしい。これは、トニー・ブザンが開発した「マインドマップ」の手法に見習いつつそれを私流に変造して「心象曼荼羅図法」と自称している方法によって描いている。この方法は、1つの問題なり課題を、自分の意識下にあることまで引き出しながら1枚の絵図に表現することで自分の頭を整理し、他人に分かりやすく伝達する準備を整えるためのもので、諸君も普段から授業や会議の記録をとる場合のノート術として活用して慣れておくとよい。今日から早速、こんなやり方でノートをとり始めたらどうだろうか。

 難しく考えることはなくて、ノートかA4の紙を横に置くかして(縦でもいいが横の方がやりやすい)、まず真ん中に「テーマ」を書き込んで、0時〜1時の方向から時計回りに枝を伸ばしていきながら「キーワード」を繋げていく。下図は、昨年の大隈塾社会人ゼミにパソナの南部靖之社長に来て頂いた時に、彼の約1時間の講演と田原総一朗さんのコメント、その後の学生との討論をA4の紙1枚にメモしたものだ。中身は読む必要がない。このくらい雑にノートをとればいいんだということを示すだけの見本である。

▲パソナの南部社長の講演と討論のメモ(画像略)

 ノートをとるのに頭から速記者のように講師の語る言葉を文脈ごと写しとろうとするのは最低のやり方で、講師の語りを自分の文脈の取り込んで瞬時に再構成しながらキーワードの連鎖に置き換えていくことに習熟しなければならない。社会に出て例えばジャーナリストとして誰かにインタビュー取材をする場合でも、会社に入って企画会議か経営会議に出席するような身分になった場合でも、市民運動の組織者となって運営会議を主催する立場になった場合でも、他人の文脈に従属して自分の文脈を作れないようでは何の役にも立たない。

 で、マインドマップだが、「さて、他方では......」と話が変わったら、適切なところまで戻って別の枝を描き出せばいい。聞きながら何か関連するイメージが浮かんだら、手早くアイコンのようなものをスケッチして図化しておくと表現が膨らむだろう。よく理解できないところに「?」マークを入れたり、「ここは重要だ!」と閃いたところは大きく描いたり色をつけたりして起伏を付けることもできる。そうすれば、的を射た異論を唱えたり、適切な質問をしたりすることも出来るだろう。そうやって一旦はラフに殴り書きしたものを、後でもう1度整理し修正しながら清書すると、復習にもなるし、マップの技法も向上する。A4かそれ以上の大判のノートかスケッチブックを1冊用意しておいて、そこに必ず清書するようにすれば、自分の成長記録にもなるだろう。

※トニー・ブザン著、神田昌典訳『ザ・マインドマップ』(ダイヤモンド社)
※ウィリアム・リード『記憶力・発想力が驚くほど高まるマインドマップ・ノート術』(フォレスト出版)
※ウィリアム・リード『ダ・ヴィンチ7つの法則』(中経出版)
※同上HP"agili":http://www.agili.jp/
※パソコン用マインドマップ作成ソフト"MindManager":http://mm.nvd.co.jp/
※マンダラビジネス手帳(クローバ経営研究所):http://www.myhou.co.jp/

 ウィリアム・リードは在日アメリカ人で72年に早稲田大学に留学、合気道と書道、それにタップダンスの師範級であると同時に、マインドマップやゲリラ・マーケティングを日本に紹介したコンサルタントでもある「文武両道」の人。《ざ・こもんず》のブロガーの1人でもある。昨年に続き今年もこのゼミに特別講師として来て貰うので、その時に直接彼から学んでほしいが、それ以前に最低限、彼の本は読んで研究しておくようにしよう。

▲ウィリアム・リードの自己紹介マインドマップ(画像略)

 曼荼羅とはインドで始まってネパール、チベット、モンゴル、中国、そして中国から空海によって日本にも伝えられた仏教の宇宙観の表象で、中でもチベットの「砂曼荼羅」は有名である。縦横1間ほどの板に設計図を描いて、様々な色の付いた砂を超絶的極精密技巧を駆使して何日もかかって描き込んでいく。が、その祭壇を作る目的である1つの法要が終わると、惜しげもなく掃いて壊して水に流してしまうところが、いかにも万物流転・諸行無常の仏教流である。とはいえ今も砂で描くのはチベットだけで、中国、モンゴル、日本に伝わる中で絵画化され、壁画や壁掛図、さらに日本ではミニチュア化された掛軸として飾られるようになった。

 mandalaはサンスクリット語で「円」を意味する。これに照応するチベット語は「キルコル」で、「キル」は中心、「コル」はその中心をとりまく円周状のものを意味している。円は全体性・完全性の表象で、その宇宙の全体的連環の中で自分自身のエッセンス(本質、真髄、生命の根源)を探究し抽出することで悟りに達していくということだろう(曼荼羅は中国でmandalaの音に漢字を当てただけで字自体に意味はない)。宇宙の全体構造は実は縮図となって人の心身にも凝縮していて、その我と宇宙の繋がりを直感的に媒介するものとして曼荼羅があるのではないか。こういうすばらしい精神的・芸術的技法がアジアと日本の伝統文化の中にあるのだから、何もカタカナで言うことはないし、第1、マインドマップというといかにもプラグマティックで軽い感じがする。

▲チベット僧が息を詰めるようにして描き上げる砂曼荼羅(画像略)

※正木晃ほか『チベット密教 図説マンダラ瞑想法』(ビイング・ネット・プレス)
※音楽CD『マンダラ/宇宙からの肉声/チベット仏教音楽の世界』(ワールド・ミュージック・コレクション、コロンビア)

●ユング心理学の中の曼荼羅

 ところで、カール・グスタフ・ユング(1875-1961)は、・ジークムント・フロイト(1856-1939)、アルフレート・アドラー(1870-1937)と同時代のスイスの精神病理学者・心理療法家で、最初は協働し後に分かれてそれぞれの道を進んだこの3人が、無意識の領域に探りを入れて人間行動の生理と病理を解明しようとする深層心理学の基礎を築いた。

 フロイトは深層心理を探るのに幼少期の抑圧された性衝動に着目して「精神分析」学説を打ち出し、それに対しアドラーは人間を突き動かすのはむしろ「権力への意思」、すなわち相手に対する支配欲であって愛や性もその手段にすぎないという考え方を採って、その学説を「個人心理学」と呼んだ。しかし、その両者に共通する、非合理なものを何とかして合理的に、厳密に理論化しようとする西欧近代科学的な方法に、ユングは不満で、個々人の抱える非合理を非合理のままに包摂しつつ直感的に分析し治癒するこを重視し、それ故に東洋思想の意識・無意識を超えた全体的・統合的な自己知の概念に接近し、それを「分析心理学」として打ち立てた。自分自身がほとんど精神病状態に陥ってあがいている過程で、憑かれたようにいろいろな図形を描いている自分に気が付いたことがきっかけとなって、彼はチベット仏教の砂曼荼羅に出会って心惹かれ、それにヒントを得て「描画療法」や「箱庭療法」を編み出した。

 心の病を抱える患者の深層心理を引き出す方法として「遊戯療法」があって、それは例えば子供とチャンバラをするとか、自由にお絵かきをさせるとか、いろいろな手法があるけれども、その1つが箱庭療法で、机に乗る程度の大きさのお盆のような木箱に砂を入れて、さらにその上に配置すべき家や木や人形や蛇など動物の模型などのおもちゃを一杯用意して、それを自由に使って好きなものを造形させることを繰り返す。まさに砂曼荼羅である。そのプロセスを観察し、時には介入することで、この患者の意識=無意識を診断し治療する(というか患者の自己治癒力を引き出す)わけである。

▲(左)ユングの患者が描いた自分の曼荼羅、(右)ヒンドゥー教のシヴァ神を呼び出す聖図(画像略)

 曼荼羅は仏教の専売特許ではない。上右図は、ヤントラと呼ばれるヒンドゥー教の曼荼羅で、左のユングの患者の1人が何十年にわたって描き続けた自らの心象曼荼羅の1枚と余りに似ているのに驚く。アメリカ先住民のナヴァホ族のシャーマンは、精霊への祈祷や冠婚葬祭や治療のために砂絵を描いたし、イギリス諸島の古代人はストーンサークルを建てて太陽を崇めた。ケルト人の複雑に編み込まれた組紐細工は宇宙のすべてが繋がり合っていることを表すまさに曼荼羅である。古代から世界のどこででも人間はそれぞれなりのやり方で曼荼羅を描いてきたのであり、それは様式化された巨大宗教が出現する以前の自然信仰の宇宙観・世界観表現にほかならなかった。ユングはそこから人類共通の無意識の普遍性に着目して「集合的無意識」の存在を主張した。そのことの文化人類学的意義はさておくとして、さしあたりの実用的価値としては、曼荼羅的手法は、無意識の領域まで含めて意識化する----もっと言えば、理屈で考えたことを文字で表しているだけでは左脳しか働いていないのに対して、それを図化して1つのアートとして仕上げていくことを通じて右脳の働きを活発にし、理屈を超えた想像力や直感力を思い切って解放するための手段と考えればいい。

※河合隼雄・谷川俊太郎『魂にメスは入らない/ユング心理学講義』(講談社α文庫)
※河合隼雄『ユング心理学入門』(培風館)
※ユング『個性化とマンダラ』(みすず書房)
※スザンヌ・F・フィンチャー『マンダラ塗り絵』(春秋社)
※マドンナ・ゴーディング『世界のマンダラ塗り絵100』(春秋社)
※河合隼雄『箱庭療法入門』(誠信書房)
※箱庭療法インデックス:http://www.pureness.co.jp/category/?l=cl0008&m=cm0071

●想像力の拡張

 さて、冒頭に掲げた私の曼荼羅図は右上から時計回りに描かれている。このゼミの目的は皆さんを「インテリ」に仕立て上げることで、まず「インテリジェンス」とは何かをしっかり掴んで貰わなければならないが、それについては後で詳しく述べることにして、まず大急ぎで図を一周することにしよう。インテリジェンスにとって致命的に大事なのは「想像力」であり、特にゼミ前期はほとんど、諸君が受験競争制度の中で限りなく衰弱させてきたであろう想像力の再開発と再拡張のために費やされる。

 まず、想像力は空想力とは違う。空想力(fantasy)は足がないのでどこへでもフワフワと飛んでいけるが、想像力(imagination)は足があってその足が地に着いていて、現実との間の緊張関係を絶えず維持し更新していないと何の役にも立たない。現実とは直接には「今この日本に生きる私」であるけれども、その《今・日本・私》は、雄大な歴史の流れの中の今であり、広大な宇宙と世界の中の日本であるという、歴史的時間軸と地理的空間軸の交点の所に乗っかって常に揺れ動いているのであるから、想像力はその両軸を中心に自由闊達・縦横無尽に伸縮するのでなければならない。私の意見では、歴史と地理こそ「教養」の基礎である(教養についてはまた別に語ることがあるだろう)。それは単に、歴史と地理の知識というよりも、宇宙〜地球〜生命〜人間〜世界〜日本〜地域〜自分までを串刺し的に一気通観しつつ、その中を孫悟空のように自由自在に飛び回る無限大のイメージ空間を自分の中に創出し培養することである。

 想像力には足があるけれども羽も生えていて、そのイメージ空間の中で視点を自由に移動させつつ1つの物事を矯(た)めつ眇(すが)めつ、いろいろな角度から眺めることを可能にする。そうするのは、世間の常識(の嘘)、表面的な理解、いつの間にか自分の中に巣くっている固定観念や偏見などといったものの呪縛から自由になって、自分なりの新鮮でユニークな視角、切り口、語り口を見つけるためで、例えば、目線の高さでは普段から見慣れたその同じ光景を、鳥になったつもりで遙か上空から見下ろしたり、虫になって地面すれすれから見上げたりすると、全く違った風に見えて新しい発見があったりする。あるいは、普通の世界地図を上下逆さまにして眺めるだけで、世界の印象はずいぶん見慣れないものになって、そこから先進国vs途上国の南北格差問題を捉える別の視点が生まれるかもしれない。あるいはまた、交通安全の問題を自動車の運転手の立場から考えるのと、歩行者の側から考えるのとでは、全く様相を異にして、とんでもない見落としがあったことに気付いて愕然とすることがあったりもする。

 次に、想像力には目も付いていなければならない。しかもその目は見えないものまで透視するほどの力を持たなくてはならないが、それにはそれ相当の認識論的な訓練が必要である。1つには武谷三男博士が提唱した「実体論」で、様々な「現象」からいきなり「本質」へと飛翔するのではなくて、その中間の「実体」の領域を重視しなければならない。その上で、もっと大事なのは「動体視力」で(私は「動態視力」と言いたいのだが)、ダイナミックに動いているものを一瞬のうちに構造的に捉えて、その局面では一体何と何がせめぎ合っていて、それが次にどういう局面を生み出そうとしているかを把握する力である。この動態視力を養うに最高の教科書だと私が思っているのは、毛沢東『実践論・矛盾
論』のとりわけ「矛盾論」で、毛沢東がどれほどの人物だったかも知らない皆さんにこんなものを読ませるのは気が引けるし、第一、かつては岩波文庫にも新日本文庫にもあって、我々世代には一般教養の一部であったものが、今はすべて絶版で、手に入れることすら難しい。仕方がないので、私が新日本出版社版の『毛沢東選集』から該当個所をOCRで起こしてWebに資料として掲げているので、それをダウンロードして熟読してほしい。

※毛沢東『矛盾論』フルテキスト
http://www.smn.co.jp/takano2.index/maozedong.html
※中国革命簡単年表
http://www.smn.co.jp/takano2.index/china-revo.html

 ところが、それを理解するには、ギリシャ哲学からヘーゲル、マルクスへと連なる西洋思想史について、最低限の常識が必要だし、さらにその延長では、相対性理論・量子力学から今日の複雑系理論にまで至る科学方法論の展開も視野に入れる必要が出てくるだろう。最近の「Web2.0」の議論などもそういうことを踏まえないと本当のところは見えてこない。あるいは、上に述べたユング心理学から刺激を受け取ろうとすれば、レオナルド・ダヴィンチからゲーテ、シュタイナーの「人智学」、そのシュタイナーの同時代人としてのユングといった自然思想の流れに目を向けなければならないかもしれない。そういう基礎教養を分厚く蓄えるほどに、想像力が逞しくなり、直感力が鋭くなるのである。

※内田信子『想像力/創造の泉をさぐる』(講談社現代新書)
※羽生善治『図解・羽生善治の頭脳強化ドリル/直感力・集中力・決断力・構想力を鍛える』(PHP研究所)

 ここまでが原理編で、図のここから先は応用編になるので今はこれ以上の説明は省くことにしよう。すでに「変なゼミに入っちゃったなあ」と後悔している人もいるかもしれないが、もはや逃れることは出来ない。そこでいくつかのルールを提起しておく。

(1)出席はとらない。が、事前のメールによる届け出なしの欠席と遅刻は許されない。このゼミに入りたくても入れなかった人たちに申し訳ないと思う、それこそ想像力を持ってほしい。

(2)成績は日常態度と前期・後期のレポートで評価する。毎回とは言わないが、積極的に質問・発言し、その時には必ず名前を名乗って私に対して自分をアピールして貰いたい。時間的に無理だった場合はメールでもいい。

(3)新聞は読まなければならない。出来れば2紙、理想的には英字紙含め3紙。その金がなければ30分早起きして図書館で読んでもいいし、ネットでも読まないよりはいい(但しネットでは本当の「新聞の読み方は鍛えられないので、せめて1紙を読んでプラスアルファのチェックのためにネットを活用するようにしたい)。《ざ・こもんず》のチェックも欠かさないように。ほぼ毎回、授業の冒頭で直近のニュースが話題になるので、何についても自分なりの意見を持って教室に来るように心がける。■

2007年4月20日

INSIDER No.387《SEMINAR-0》高野孟の「インテリジェンスの技法」(0)──はじめに/読者の皆さんへのごあいさつ

 早稲田大学の「大隈塾」の枠組みの中で、私の「インテリジェンスの技法」と題したゼミを担当して5年目になる。その講義録というか、実際の講義では時間的な制約から十分語れなかったことをも含めて、インサイダー及び《ざ・こもんず》の読者の皆さんに順次、断続連載として公開する。

●私がゼミをやるなんて…

 2003年4月から早稲田大学で「大隈塾演習《インテリジェンスの技法》」と題したゼミを担当していて、07年度で早くも第5期生を迎えることになった。人の一生、何が起きるか分からないとはよく言われるが、私が還暦を目前に母校=早稲田大学の客員教授に任ぜられてゼミを講ずることになったことほど驚天動地の事態も珍しい。

 そもそも私は自分の学生時代にゼミというものを受けたことがなくて、それがどういうものかよく分からない。私がいた頃の早稲田大学文学部西洋哲学科にはゼミという仕組みがなかったように思うし、あったとしても、自分がその3月に卒業するはずの1966年1月に授業料値上げ反対をきっかけとする150間に及ぶ全学バリケード・ストライキが起こって(というよりもそれを起こした張本人の1人が私で)、とうてい落ち着いて勉強などしていられるような状況ではなかった。ストが収まった後もまだしばらく学生運動に明け暮れて、ようやく6年生の夏に任務を解かれて、急いで卒論を書いて、ようやく卒業させて頂いたような私が、それから3分の1世紀を経て、母校の教壇に立ってゼミを持つ羽目になったのだから、さて果たしてゼミとは何なのかというところから模索を始めなければならなかったのはやむをないことだった。

●「大隈塾」という試み

 こういうことになったのは、「大隈塾」は、大学改革に熱心だった奥島孝康前総長がたまたまどこかで田原総一朗氏と一緒になった時に、「なかなか改革の実があがらなくて頭を抱えている」とぼやきを漏らしたところ、田原氏が「早稲田版の松下政経塾とでも言うような将来のリーダーを養う講座をつくったらどうか」とアイディアを出したのがきっかけである。それで2002年度から、田原氏と私が客員教授に就いて、同大学オープン教育センターの全学部対象のプログラムの1つとして「大隈塾」授業が創設された。田原塾長のコーディネートと司会で毎週、政財界のトップや人気ジャーナリスト・学者をゲストに招いて、自らの生々しい体験に基づいたリーダーシップ論を語ってもらい、学生と討論するという贅沢な授業が始まり、私と、1年遅れて毎日新聞の岸井成格氏も客員教授陣に加わって、その補佐役を務めることになった。幸いにして、この試みはたちまち早稲田の人気講座の1つとなってマスコミにもしばしば取り上げられ、これに入りたいから(東大や慶應にも受かったけれども敢えて)早稲田を選んだという学生も出てきたりするほどになった。

 翌03年度年からは、その授業の履修者の中から20人余を選抜して「大隈塾演習《インテリジェンスの技法》」が開設されて、それを専ら私が担当することになった。さらに06年度からは、岸井氏による「大隈塾演習・《ジャーナリスト入門》」も始まって、高野ゼミは原理的、岸井ゼミは実践的という巧い具合の配置が整った。他方、04年度からは主に企業派遣の社会人を対象とした「大隈塾社会人ゼミ《ネクスト・リーダーズ・プログラム》」も始まって、それも私と岸井氏が補佐することになって、いつまで続くかは分からないが当分このトロイカ体制で授業、ゼミ、社会人の学生たちと付き合っていくことになる。

 この「大隈塾授業」の概要は、半期ごとに順次、単行本シリーズとして出版されている。最近のものは次の通り。

※田原総一朗『誇りの持てる国 誇りの持てる生き方(早稲田大学「大隈塾」講義録2006-2007/1)』(ダイヤモンド社、06年10月刊)=06年度前期分
※田原総一朗『田原総一朗激論!日本の憲法と経済(早稲田大学「大隈塾」講義録・下)』(ダイヤモンド社、06年4月
刊)=05年度後期分
※田原総一朗『田原総一朗激論!日本の外交と経済(早稲田大学「大隈塾」講義録・上)』(ダイヤモンド社、05年9月刊)=05年度前期分

※早稲田大学オープン教育センター「科目一覧」
http://www.waseda.jp/open/syllabus/kougi2006.html

▲『誇りの持てる国…』表紙(画像略)

●インテリジェンスの技法

 「大隈塾授業」の狙いは、どんな厳しい状況でも自分の頭で物を考えて決断を下すことの出来るような次世代のリーダーを育むことにある。毎回ゲストとして登場する日本のトップリーダーたちのスピーチと質疑応答は、大いに学生たちに感銘を与えたけれども、正直なところ、やや猫に小判のようなところがあった。それも無理からぬことで、それを受け止められるだけの教養ベースが乏しいし、人生体験も不足している。例えば日本の過去の戦争について論じると言っても、テレビ討論と小林よしのりの漫画以外に自分の意見を作り上げる材料を持っていなかったりする。

 そうすると、「自分の頭で物を考える」人間を創ろうとすれば、まず新聞の読み方、本の読み方から始まって、「情報」の扱い方、モノを考えるとはどういうことかの基本を身に付けて貰わなければ始まらない。そこで私のゼミのテーマを「インテリジェンスの技法」としたのである。ここで言う「インテリジェンス」がどういう意味であるかは後に本編で述べる。

 さて、テーマ設定はそれでいいとして、どうやってゼミを進めるのか。『広辞苑』で「ゼミ」を引くと、「大学の教育方法の一。教員の指導の下に少数の学生が集まって研究し、発表・討論などを行うもの」とある。どうもゼミでは、学生たちが自分でテーマを立てて調べたり本を読んだりして発表を行い、それを巡って討論するものらしい。しかし私が彼らを引き込もうとしているのはインテリジェンスという彼らにとっての未知の世界であり、いきなり彼らに「この本を読んできて順番に発表しなさい」などと言ってどうなるものなのか。そう言ってしまっては身も蓋もないけれども、彼らの発表のレベルなど知れていて、そんなものは私も聞きたくないし、他の学生もそうだろう。他方、私には彼らに伝えなければならないと思うことが山ほどあって、1年間26回2340時間、しゃべり続けても到底間に合わないほどなのだ。

▲『外交フォーラム』04年2月「大学ゼミ訪問」で紹介されたゼミの授業風景(画像略)

 それで私は、まず第1に、「インテリジェンス」とは何かということから始まっ て、宇宙・地球・生命・世界・日本・地域・自分を串刺し的に貫く時空自在の「想像力」と「直感力」の再開発について駆け足で論じた後、第2に、どういうわけか、いきなり毛沢東『矛盾論』の原典講読を通じて弁証法的な思考方法と動いているものを動態のままに捉える「動態分析」の手法の一端に触れて貰い、さらに第3に、イラク戦争や北朝鮮問題や国内政治などその時々の時事的な話題を取り上げてその応用例を示すというふうに1年間の授業を構成し、臆することなく一方的にしゃべりまくることにした。

 このやり方に、学生たちは戸惑いつつも、それなりにたくさんの刺激を受け取って貰ったようだったが、本当のところ彼らにとっていちばん刺激的だったのは、授業後の雑談や毎月のように開かれる飲み会での酔談、あるいは合宿と称して安房鴨川の「鴨川自然王国」に泊まり込んで稲刈りを体験した後の宴会での談論風発、等々を通じての人生談義だったようで、そういう時に特に彼らが聞きたがったのは、私や私と同世代の学生運動体験や、それをどう総括しつつどうジャーナリストとして生きてきたのかといったことだった。そういうこともあって、このゼミは半ば「人生論ゼミ」のようなことにもなってきて、田舎で祖父が守っている山林と田畑を継ごうかと考える者、東京の大企業への就職を潔しとせず敢えて地方の中小企業に入る者、年度途中で出産して“子育て”を軸として自分の人生戦略を見事に組み立ててみせた者、大学を辞めて国際ボランティアに生きると言ってどこかへ旅立ってしまった者、今から医学部に入り直してイラクはじめ戦乱や貧困に苦しむ人たちを救うのだと言いだした者など、年々いろいろ面白い奴が現れて、その意味でもゼミは成功しつつあると自負している。

▲今年3月のゼミ謝恩会の記念写真(画像略)

 写真は、06年度高野ゼミ4期生と岸井ゼミ1期生の修了者にOBたちも加わって3月に開かれた謝恩会。今回は高野ゼミOBの中から、金沢の先端中小企業に就職し営業で頑張りつつ嫁さんと一緒に野菜農園づくりに取り組んでいる1期生のU君、無料新聞「ぱど」の営業として横浜の商店街を走り回って、初年度で4つの社内賞をとるほどの成績を収めたが、思うところあって転職しようとしている2期生のYさんの2人に、「私のゼミ体験、就職、そして人生戦略」についてスピーチしてもらった。

●超オープンゼミ

 面白いことに、私がそうやって一方的にしゃべって、質問すら受ける時間が残らないこともしばしばあって、「ご免、またしゃべっただけで終わっちゃった」と謝ったりすると、学生が「しょうがねえなあ」という感じでクスクス笑ったりしていて、それは私の話を聞くのもそれはそれで面白いけれども、やっぱりこれはゼミなんだからもうちょっと……という意味なのだが、そうすると彼らの中に自分らで発表して討論したいという欲求がむしろ高まって、止むにやまれず「来週は私が発表したいのですが」と言い出す奴がいたり、ゼミ終了後の翌年に一部の者が集まって自主ゼミが発足したりしている。そうなることがむしろ私の狙いなのである。

 そういうわけで、私はこのゼミで、しゃべり続けてもしゃべり足りないので、ここで講義録というか、実際の講義でしゃべり足りないことも含めて言いたいことを文章化して、順次公開していくことにする。ゼミ生諸君は、ここにアクセスして「ああ、こういうことだったのか」と私の言っていることをより深く噛みしめることが出来るだろうし、また《ざ・こもんず》の一般読者の方々には仕事や勉強の上で活用すべきインテリジェンス術入門のための超オープンゼミとして活用して頂きたい。またブログというものの性質上、学生や一般読者の方も「ここは違うんじゃないか」とかいろいろ意見を投稿して、浅学の新米教師である私を育てて頂くようお願いしたい。■

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【INSIDER編集部より】

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2007年4月14日

INSIDER No.386《COUNTRY LIFE》どういう家を造りたいか──安房鴨川に移住して田舎暮らしを始めるの記・2

 前回に樹木の形をした奇妙な図を添付した。これが、私がどういう家を鴨川の山林に造りたいかを設計家や施工者に伝達するために、昨年の正月に一杯飲みながら作成したイメージマップである。

 この図は、世に「マインドマップ」と呼ばれる手法があるが、それを私流に勝手に変造して「心象曼荼羅図法」と自称している方法によって描いている。マインドマップそのものは、英国のトニー・ブザンが開発して世界的に普及したもので、ご存じの方も多いと思うが、実はかなり厳密な決まりごとがあってそれに従わないとマインドマップとは呼ばせないというような高飛車な姿勢がどうも気に入らない。そうまでしてマインドマップという名称を使わせて頂くよりも、もっと自由な発想で自分の心の中にあるものを好きなように表現すればいいわけで、私は、仏教とともにアジアで何千年も用いられてきた曼荼羅をイメージしつつ自分流にやっていて、これを大学のゼミ授業や各種のプレゼンテーションなどに盛んに用いている。

●榎の大樹に囲まれて

 私がこの土地をほとんど一目惚れのようにして購入した最大の理由は、その1800坪の山林のあちこちに生えている榎(エノキ)の大樹の枝振りの見事さである。ちょうど今頃になると、柔らかい黄緑色の若葉が芽吹いて、日々緑の濃さが増していって、敷地全体に春らしい風が吹き渡る。土地の古老に聞くと、昔はその榎の若葉を尊んで、少しだけ摘んでご飯に混ぜて炊き、春の訪れを味わったのだという。

 榎は欅(ケヤキ)の親戚のような木だが、それほどポピュラーとは言えず、実は私も、村の古老にこの土地を案内されてこれがそうだと言われるまで、名前くらいは知っていても実際にどういう木であるかはよく分からなかった。ところが調べてみると、柳田國男が「神樹篇」という論文で、この木がご神木の始まりで神道の信仰の大本であること、この木にまつわる伝説や怪奇談が全国各地に数知れず残っていること、とりわけ名古屋地方ではこの木が屋敷内にあると金が成って福をなすと言い伝えられていて「福榎(フクエノキ)」という言葉あること、などを詳しく論じている。それについて詳しくは、「人生二毛作委開墾記」で述べているので、アーカイブ(CATEGORY:DOUBLE-CROPPING)を参照してほしい。

 それはともかく、そういうわけで、この図の全体は榎の形をしている。ちなみに、この家のオープニングに備えて、昨年は酒米を植えてそれを千葉の酒蔵に持ち込んで記念の酒を醸造して貰った。そのラベルは、私が筆を振るって「福榎」とした。引っ越したらたくさんの方々に来て頂けると思うが、早めに貢ぎ物を持って来て頂くとこの酒を賞味することが出来るので、皆さんよろしくお願いします。

 私が始めるのは、「エセ」を付けるのが適切だと思うが、「田舎暮らし」であり、その主なスタイルは「半農半電脳」的生活である。私らのような仕事は、ある意味ではネットがあればどこでも成り立つので、普段は出来るだけ鴨川にいて早起きして畑を耕し草を刈り、山菜や筍を狩って、それから向かいの清澄山系の山並みを眺めながら原稿書きに集中して、飽きればまた野に出て、夕方ともなれば自然の恵みを肴に近所の農家やその他様々な知り合いと宴会を開く。かと言って、私らの仕事は、時には東京に出て人にあったり、番組や講演をこなさなければ成り立たないので、必要に応じて出撃する。東京湾アクアラインを通って車で飛ばせば東京や横浜の都心や大学まで1時間半から2時間なので、これまで横浜の最南端から1時間から1時間半かけて出掛けていたのと比べてさほど遠くなるわけでもない。

 そうやって東京との間を往復しつつ、次第に鴨川にいる時間を増やしていって、かなりそちらに比重が傾くようになれば、馬を飼って乗り回したい。酔っぱらい運転が出来なくなった今日この頃、馬に乗って居酒屋に出掛けていくのが理想なのだ。馬は道路交通法上、軽車両の扱いで、厳密に言うと酔っぱらい運転になるのだが、同法制定以来、酔って馬に乗って捕まった人はいない。馬のことは、また別の機会に触れることにしよう。

●外と内を繋ぐ土間の空間

 その半農半電脳的生活はどのような要素から成り立つかを思い巡らすと、内に向かっては、まず広い「土間」が最大のポイントである。この家は、かなりモダンというか、設計家の辻健次郎さんによって外壁が焼き杉板の縦張り、その上は白壁のかなりシャープな外観が与えられていて、和洋折衷的ではあるのだが、間取りの基本は日本の伝統的な民家の「田の字型」に準拠しており、中心的な生活空間は1階の約半分を占める大きな土間である。

 田の字型の民家というのは、昔の藁葺きの農家が多かれ少なかれそうであるように、家の3分の1ないし半分が三和土(タタキ)の文字通り土間で、そこに台所の水場と竈(カマド)、農作業のスペースがあり、南部曲り家の場合などそれに繋がって馬小屋までがあった。一段上がって囲炉裏を切った板の間があって、そこは3度の食事や家族の団欒、あるいは夜なべ仕事のスペースであると同時に、近所の人が遊びに来たり村の長老が相談事に訪ねてきたりすれば来客接受のスペースにもなった。その板の間と、奥の畳の座敷、その裏の寝室、納戸や風呂場など土間以外の部分がおおむね田の字型に配置されているので、それはそのように呼ばれてきたのである。

 改まった客は座敷、近所のお付き合いは縁側に腰掛けたり囲炉裏を囲んだりして、そして土間は最も外に近いスペースで山や畑や庭やご近所と繋がっていて、つまりは日本の民家というのは、そのようにグラデーションをなして「外」に向かって開かれていた。それが日本の家の基本だと私は思うので、簡単に言えば、近所の農家の友達がやってきて、外でちょっと水道で長靴を洗ってそのまま「高野さん、いる?」と踏み込んで来られるような家にしたいと考えた。それで、玄関脇には水場があって、泥だらけの靴を洗ったり、採ったばかりの野菜を水桶の放り込んだり出来るような蛇口を設け、土足で入ってこられるような土間を大きく採ることにした。

 土間は、本当は苦汁(ニガリ)で土を付き固めた本格的な三和土にしたかったのだが、土地の人に聞くと、金属製品が錆びて酷いことになるので止めた方がいいというので、タイル張りにした。その土間の重心は、友人の木工作家=馬場健二さんが造る巨大な原木を用いた大三角形の「囲炉裏テーブル」で、本当のことを言うと、このテーブルがドーンと真ん中に据えられるにふさわしい家を造りたいというのが、私のそもそもの発想の原点だったのである。それがどういうものであるかは、私の家にはまだ設置されておらず写真をお目にかけることが出来ないので、馬場さんの「木工房ん」のHPを見てイメージを得て頂きたい(http://www.irori-n.com/p01_1.html)。

 100年もののような今時貴重な原木を山ほど買い込んで、10年かそれ以上も自分で養生しながら維持管理して、それを使って大三角形のテーブルを造るのが、馬場さんの最も特徴的かつオリジナルな作品で、その原木そのものの生命力溢れる迫力、磨き上げた表面の木肌の美しさ、そして1つ1つ異なる真ん中の三角形の空間に鉄工家に注文して造らせたミニ囲炉裏にくべられた炭火の暖かみ……。で、なぜこれが三角形なのかと言えば、そこに馬場さんの一種のコミュニケーション理論があって、これだけの8人から目一杯で10人でも座れようかという大きさの長方形のテーブルだと、飲んだり食べたりするうちに必ず右側と左側とで話が分かれてワイワイ状態となってしまう。ところが三角形で、しかも真ん中に「火」があると、常に全員がお互いの顔が見えて、なおかつ「火」の求心力が働くので、どんなに酔っぱらっても話がバラバラになることがない。これって、凄いと思いません?

●火がなければ暮らせない

 馬場さんは、私がこれまで住んでいた横浜南部のご近所に自宅と工房があって、地元で開いた個展をたまたま訪れたことから知り合って、一緒に飲んだりゴルフで遊んだりするようなことになって長い付き合いとなって、「このテーブルが欲しい!」とはずっと思ってはいたものの、しょせんこれまでの家では入り切れない大きさで、それで、鴨川に家を建てるについて、初めから「馬場さんのテーブルが入る家にしたい!」と考えて、彼に意匠面のアドバイスを受ける形でプロジェクトが始まった。設計家の辻さんも実は馬場さんから紹介を受けて仕事をお願いすることになったのである。

 で、その馬場さんの大テーブルが居間の重心であり、そこにはミニ囲炉裏が付随しているが、それだけでは縄文以来ごく最近まで、家のド真ん中に生の「火」があって、それを中心に暮らしが編成されていたという私の日本人の暮らしぶりについてのイメージは満たされない。そこで、居間の西の壁際には北欧製のかなり大型の本格的な薪ストーブを置く。薪の材料は家の周りにいくらでもあって事欠かないし、薪割りの斧はとっくに用意してある。エクステリアとして薪小屋を造ることも計画中である。

 そのほか、土間の一角にはキッチンもあってそこにもプロパンガスの生の火がある。私は昨今の「オール電化」には大反対で、家の中に生の火がなくなってしまったら家庭も家族も成り立たないと思っている。確かに、ボケ老人がいたり幼い子供がいたりすれば、生火がないほうが安全には決まっているが、しかし生火を家の中からなくしてしまうことによるデメリットは計り知れないものがあり、それこそが家族崩壊、教育破綻の原因ではないかとさえ思う。

 鴨川自然王国を訪れる人を見ていても、焚き火の火ひとつ着けられない人が少なくない。王国では、農作業を終えて夕方ともなれば、早速焚き火を焚いてそれを囲んで一杯、二杯と飲み始めるのだが、その時にそのへんにいる中学生くらいの子供に「さあ、お兄ちゃん、焚き火を焚いて」と言っても焚き方がわからない。「じゃあ、お父さんと一緒にやってごらん」と言うとそのお父さんが焚き火をしたことがない。これじゃあ日本文化は廃りますよね。

 昨今は、「焚き火」そのものが違法であるかのような変な常識がまかり通っていて、その理由はと問えば「ダイオキシンが…」と。馬鹿なことを言ってはいけない、第1に、家庭の焚き火や薪ストーブで出るダイオキシンなどほとんどネグリジブルで、産業用の資材の燃焼による大量のダイオキシン発生とはレベルが違うし、法律は家庭の焚き火を禁じたりはしていない。第2に、焚き火は日本の伝統文化の1つであって、庭を掃いて落ち葉焚きをしてそこで焼き芋を焼いたりするのは日本的情緒の不可欠の一部であるし、そういうことを通じて子供の感性を鍛えなければならない。

 というわけで、近所の人が来ると、土足で居間に上がってその三角テーブルに座ってお茶かお酒かを啜ることになる。寒さの季節ならば、薪ストーブに火が着いていて、たいていの客は自分で薪をくべたがるだろう。それこそ思う壺で、薪をくべるだけでなく斧を振るって薪を作るのを一緒にやって一汗かきませんかと誘いかけることにしよう。さらに、居間の南側には広大なベランダがあり、冬以外はここで客を迎えることになるだろう。その脇には、強火力のガス台、七輪、バーベキュー炉、洗い場などが用意してあって、いつでも野外パーティを始めることが出来る。

●「吹き抜ける」ということ

 土、火、光、風、水が「吹き抜ける」という感じが何より大事なのだと思う。遠くの景観、村の家々、林道、敷地の木立、畑、前庭、ベランダは少しずつの段差をなしながらもそのまま土間に繋がっていて、土間とは内でありながら外の一部でもあり、客やご近所の農家の人たちはさしたる抵抗もなしに入って来て通り抜けることが出来る。その土の流れに沿って、ベランダ、土間の薪ストーブ、囲炉裏テーブル、台所のそれぞれに生きた火があって、それらは微妙に繋がりあってもてなしをする。南のベランダに面した大きなガラス戸は全部開け放つことが出来て、榎の林を超えて差し込む光を精一杯に採り込むことが出来るが、その光はそのまま北側の清澄山系の遠望へと流れていって留まることがない。光は風と表裏一体で、冬の北東風は冷たいけれども、それ以外の季節にはいつも横と縦に吹き抜けている。

 水は一番苦労したところで、いろいろな模索の果てに、敷地から西の隣地に少しだけ入ったところに豊かな湧き水があり、地主の了解を得てその水をパイプで引いて、一度タンクで濁りを落としてから自製の砂と砂利の濾過器を通して巨大なタンクに貯め、それをポンプで引き上げて浄水器を通して家の中に引く。ミネラル豊富な天然水で、普通の井戸水程度の大腸菌が混じるのは避けられず、保健所的な基準ではそれを除去する浄水器を設置しなければならないが、本当はそんなものは必要がない。安定的に水を確保するには、約200メートル下から市の水道を引くのだが、加入料に加えて1メートルあたり1万円の工事費を負担しなければならず、合計250万円ほどかかり、しかも塩素だらけのまずくて有名な水が来るだけなので、何としても水を自前で確保することにした。

 今はご近所の方々と一緒に試行錯誤の末に作り上げたパイプ型の濾過器を使っているが、将来は、ビオトープ型の大きな池を作って土そのものの自浄力を活かした濾過に切り替える予定で、すでにその設計は出来ている。タンクは、牛乳運搬トラックに使う8トンのステンレス製を中古で安く買って、簡単なコンクリート基礎の上に設置した。常時満タンで普通に使って5〜7日分くらいはあるので水が枯れる心配はない。ただ、大雨のあとなどは濁りが出るが、それは仕方のないことである。

 排水は杉チップを用いたバイオ浄化槽に流れ込み、バクテリアの作用ですべてが分解される。出てくるのは水だけで、その水はまた屋内に循環させてトイレなどの中水に利用する。従って、上水も下水も自己完結的で、外部の大規模システムに依存することはない。

 当初は、電気も、太陽光発電や風力発電を導入して、外部に出来るだけ頼らないようにすることを構想したのだが、調べてみると今の段階では費用対効果にかなり問題があり、取り敢えずは東京電力にお世話になることにした。

 このようにして私の人生二毛作目の田舎暮らしが始まろうとしている。▲

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