INSIDER No.367《FIVE YEARS LATER》9・11からの5年間は何だったのか?──ブッシュ記念演説の空しさ
ブッシュ米大統領は9月11日、大規模テロ事件5周年を記念する演説を行った。当初ホワイトハウスのスタッフは、この演説を政治色の薄いものにして、事件の犠牲者とその遺族への弔いと慰めの言葉を中心にした穏やかなものにするよう進言したが、ブッシュは聞き入れず、その趣旨は冒頭で軽く触れただけで、17分間の演説の大半を費やして「イラク戦争は正しかった」ということを国民と世界に納得させようとした。中間選挙を8週間後に控えて、ますます低下する支持率と、多数の国民が「5年前に比べて米国が再びテロに遭う危険が増大している」と考えている世論状況を何とかしなければという焦燥感が彼をそうさせたに違いないが、そのために彼がことさらに強調したのは、イスラム世界全体を敵とした終わりなき戦いの主戦場としてイラクを位置づけるという牽強付会の理屈でしかなかった。仮に目の前に質問者がいて、途中で口を挟んで「それと9・11とはどういう関係があるの?」と訊ねれば、たちまち答えに窮すであろうような空疎な言葉の羅列からは、米国も世界も出口を見つけることは出来ない。
●イラクの泥沼をどうするのか?
ブッシュは言う。「サダム・フセインが9・11攻撃に何の関わりもなかったのに、なぜ米国はイラクにいるのかという質問をよく受ける。その答えは、サダム・フセインの政権は明らかな脅威だったからだというにある。我が政権も、議会も、国連も、その脅威を認めた。そして9・11以後、サダムの政権は世界が対処できないほどの危険をもたらした。いまやサダム・フセインは権力から追われ、世界はより安全になった」と。
どういう脅威と危険をサダム・フセインがもたらしたのか、それが数十万の米軍を派遣してイラクを国家崩壊に追い込まなければならないほど切迫しているとなぜブッシュは判断したのか——が問われているというのに、これでは答えにならない。国連もその脅威認識で一致していた? そんなことはなかったでしょうに。
「アル・カイーダやその他世界中の過激派がイラクにやってきて、中東の心臓部に自由な社会が出現するのを阻止しようとしてきた。彼らは、サダム政権の残党やその他の武装集団と合流して宗派間の暴力を煽り、米国を追い払おうとしてきた。イラクにおける我々の敵は強靱で士気も高いが、イラク人と連合軍もその点では引けをとらない」
米国がイラク国家を破壊する以前にはイラク国内にアル・カイーダはいなかったし、サダムはむしろアル・カイーダを嫌って度々の支援要請を断ってさえいた(と米議会が最近結論を出した)。その他の過激派にしても、以前はそれほどイラクに集まっていた訳ではない。彼らをイラクに招いたのは米国の無法な侵略行為であり、そしてなぜ彼らが強靱で士気が高いのかと言えば、まさに中東・イスラム世界の真ん中に米国の植民地もしくは傀儡国家が出来ることに我慢がならないからである。
さらに、この国の長い歴史の中で少数でありながら権力を維持してきたスンニ派の人々を「サダム政権の残党」と同一視して敵視し、それを制するためにシーア派とクルド族を主体とした“治安軍”を育成するという方針を米国が採ったことが間違いの始まりで、そのことが宗派間・民族間の微妙なバランスを崩壊させて果てしのない内戦に火を着け、アル・カイーダその他外国勢力の介入を招いたのであって、話の順序が逆さまである。
しかも、この状態になってしまったからには、シーア派主導の治安軍の強化とイラク人政府の確立に肩入れすればするほど、イラクはシーア派国家になっていき、それを誰よりも喜ぶのは米国が憎むイランであるという訳の分からない結果となる。ブッシュがここで言う“イラク人”とは実体的にはシーア派のことであり、彼らも敵と同様に強靱で士気が高いとすれば、それは、米国のおかげでシーア派がスンニ派を叩き潰してイラクの覇権を握り、母国のイランと兄弟国家連合を形成できる見通しが出てきたからに他ならない。もう米国は何をしているのか自分で分からなくなっている。
「我々はイラクの統一政府が強くなって同国の国民に奉仕できるよう支援している。この仕事が達成されるまで我々は撤退しない。イラクでこれまでどんな過ちが犯されてきたとしても、最悪の過ちは、もし我々が撤退すればテロリストは我々を放っておいてくれるだろうと考えることである。彼らは我々を放っておかない。……アメリカの安全はバグダッドの市街での戦いの結果にかかっている。ウサマ・ビンラーディンはこの戦闘を“第3次世界大戦”と呼んでおり、そして彼は、イラクにおけるテロリストの勝利はアメリカの“敗北と永遠の面目失墜”意味すると言っている」「我々は今、専制と自由の間の闘いの初期にある」
仮定形ながら、これまで米国がイラクで過ちを犯してきたことを暗に認めているところがブッシュの微妙な心理を表しているが、それでも「撤退しない」というのは恥の上塗りというもので、原因に目をつむって結果だけを取り除こうという態度である。ビンラーディンごときのアジテーションに乗せられて、事態を「専制か自由か」の「第3次世界大戦」の「初期」段階などと認識したのでは、ほとんどドン・キホーテ的夢想状態であって、ビン・ラーディンの大言壮語に対してブッシュが誇大妄想を以て応えているという情けない図式がここに露呈している。
そうなってしまうのは、イラクの現実に対して正面から向き合うことを避けて、NYタイムズの適切な解説を借りれば「イラクをめぐる議論をより広範な文脈の中に移し替えて、「イラク戦争は無駄だった」と考えている大部分の米国民の気持ちを何とかして変えたいと思うからである。しかしそうしようとすればするほど、米国の安全確保のためにやっつけなければならないテロ集団やテロ国家の範囲は拡大し、アル・カイーダやタリバンだけでなく、イランの宗教者やそのシリアの友人たち、ヒズボラやハマスなどの地域的脅威、イラクの覇権を求めて戦うスンニ派過激派やシーア派民兵まで、敵のリストは際限もなく増えていって、終わりのない“第3次世界大戦”を突き進むしかなくなっていく。「我々が抱える問題を1つの巨大な単一の敵として一括りにしてしまうなら、本当の敵が誰であるか正しく定義することは出来なくなる」と、“9・11委員会”の元共同議長のリー・ハミルトンはNYタイムズに語っている。その通りで、これではどんどん敵を増やして味方を少なくしていくだけである。
●アフガニスタンをどうするのか?
ブッシュがこの演説で「世界はより安全になった」と言い張った直後、わずか数時間後にはシリアの首都ダマスカスで過激派4人組が米大使館を武装襲撃する事件が起きた。警備に当たっていたシリア治安部隊との銃撃戦の結果、犯人側の3人が射殺され、1人が重傷を負って逮捕されたほか、シリア部隊の1人が死亡し、通行人など13人が負傷した。これを毎日新聞は「ブッシュ政権に痛手」の大見出しで報じたが、その通りで、言っている側から世界はちっとも安全になっていない事実が突きつけられた形である。
しかも、ここでも敵を増やして味方を減らすブッシュ政権の愚かさがディレンマとなっていて、米国はこれまでシリアのアサド政権を「圧制国家」と名指しし、とりわけ隣国のレバノンに軍事介入したり、撤退後もイランと気脈を通じつつヒズボラやパレスチナ武装勢力を支援したりしてきたことを非難し、対話すらも拒否してきた。確かにシリアはアラブ諸国の中でも際だった反イスラエル=反米強硬派であり、それにはそれなりの理屈があることではあるけれども、他方で同国は米国とも外交関係があり、その米大使館を自国治安部隊から死者を出しながらも警備する責任も果たしている主権国家であって、その対応については米政府もおずおずと謝意を表明したほどである。シリアを丸ごと敵に回して対話もしないといった単純思考は愚の骨頂で、これでは米国の中東外交など成り立たない。
他方、ブッシュ演説を伝えた新聞各紙は、その隣の記事で、アフガニスタンで米国が打倒したはずのタリバン勢力の復活が著しく、6月以来南部でNATO指揮下の国際治安支援部隊が展開してきた掃討作戦が予想以上の抵抗に遭って難航、部隊の数千人規模の増強が必要となっていることを伝えている。
ヘラルド・トリビューン13日付で、ヨハネスブルグに本拠を置くブレンサースト財団の理事長でごく最近までアフガニスタンの国際治安支援部隊の特別顧問を務めていたグレグ・ミルズは「タリバンとの対話の時か?」と題した論説を書いている。「もしこの5年間のアフガニスタンにおけるますます激化する戦闘に何らかの意味があったとすれば、それは次のことである。タリバンやその同盟者をやっつけるのは軍事的手段だけでは不可能である」
それは単に「民心の掌握」が必要だといった単純なことではない。反乱を鎮めるには、軍事的な圧力と共に、制度建設、経済の再建と発展、国際的援助などの組み合わせが必要であり、そして何よりも政治的な和解が不可欠で、そのためには人口の約半分を占めるパシュトゥン族を背景にしたタリバンとの対話を始めなければならないと、ミルズは言う。タリバンは、権力に就いている間に他の部族からも国際社会からも敬遠されるようになったとはいえ、少なくとも90年代半ばに旧ソ連軍が敗退してアフガンの共産政権が崩壊した後にこの国の秩序を再建するについては大いに貢献して賞賛を受けたのであり、それが原理主義的な過激に走ったのはむしろビンラーディンを含むアラブ勢力の影響が増してからのことである。タリバンを「イスラム系ファシスト集団」と決めつけるワシントンの流儀は余りに単純なイデオロギー的態度であって、敵に対しては我慢し、理解し、定義し、そして取り込むのでなければならず、そうでなければタリバンと一緒にパシュトゥン族全体を敵に回して収拾のつかない事態を作り出すことになる。
ここでも米国は、イラクでスンニ派の処遇を間違えて、スンニ派全体を敵に回すようなやり方をして収拾不能な内戦状態を招いたのと同じ誤りを犯して、自業自得に陥ったと言えるだろう。アフガニスタンにしてもイラクにしても、さらにイランとなればなおさら、数千年の歴史を生きてきた文明の源とも言うべき国々や人々に対して、たかだか200年だかの歴史とも言えない歴史しか持たない米国が、薄っぺらな民主主義とか自由とかの価値観を持ち込んで教え諭そうとしたことの浅はかさが裏目に出ているのだということを理解できずに、それを「第3次世界大戦」とかの幻覚によってカバーしようとして、ますます袋小路に嵌って行こうとしている。それが今回のブッシュ演説の含意である。▲