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2006年8月25日

INSIDER No.365《MEDIA》メディアの品格

 21日付毎日新聞「発信箱」欄で山田孝男記者が「劣情をあおるな」という一文を書いている。中国の軍拡や北朝鮮のミサイルは確かに脅威となりうるけれども、中国や北朝鮮の「独裁政権の意図や軍事的能力を見極めて対抗することと、中国人、朝鮮人を敵視することは区別しなければならないと思う。……最近は平和ぼけ批判の名の下に、身もふたもない民族的偏見をかき立てる出版物が目に余る。相手国が自国民の劣情をあおる反日宣伝に走ろうとも、日本の市民社会は真の国防と悪乗りを厳しくより分ける成熟を示すべきだろう」と。これは正しい指摘である。

 私が何度も述べてきたように、72年日中復交に際して、当時10億の中国の民のほとんど誰もが自分自身や身内にかつての日本の侵略による傷跡を抱えていて、「何で日本人なんかと仲良くしなければならないのか」という声が彷彿として上がった。その時、周恩来首相は「そんなふうに日本人すべてを憎むことは止めよう。あの侵略戦争を引き起こしたのは日本のごく一部の指導者であって、日本の一般国民は一面において被害者なのだ。だから、日中の国民は連帯して、二度と戦争の起こらないアジアを建設しなければならない」と理性の言葉で語りかけて国内を説得した。小泉首相の靖国参拝がマズイのは、靖国参拝それ自体ではなくて、A級戦犯に表象される戦争指導者と一般兵士を区別しない彼の参拝の仕方であって、それは中国にとっては日中友好の根幹に置いた論理を突き崩されることを意味している。

 同日付毎日新聞の外交面「東論西談」欄によると、英国のプレスコット副首相が同僚議員らとの私的な会合で、ブッシュ米大統領の中東政策を「くず」「でたらめ」とこきおろしたことが、最近の英紙に暴露された。これをリークしたのはその場に居合わせた下院議員で、彼は「外に出すべき発言だと考えた。彼の言葉は国民の気持ちを代弁したものだ」と語っているという。ブッシュはでたらめな戦争をやっているくずと罵倒されて当然だが、だからといって米国の国全体、社会、文化、人々までも嫌いになることはない。

 自国にせよ他国にせよ、政府や指導者が無礼や誤謬や愚行を犯したからといってその国と国民のすべてを全面否定して非難したり罵倒したり憎しみを煽り立てたりするのは間違いで、そこをきちんと区別出来るか出来ないかが、品格のある健全なナショナリズムと粗野な劣情的ナショナリズムの分かれ道である。『SAPIO』など後者の「身もふたもない民族的偏見をかき立てる出版物」の代表で、『週刊朝日』9月1日号によると、加藤紘一代議士の実家に火を放った老年右翼の愛読書は『SAPIO』だったという。確かに、あんな雑誌ばかり読んでいれば、胸の内が劣情ばかりで沸き立って自制のきかない闇雲な行動に出てもおかしくない。

 政治・外交分野に限らず、よろず報道がますます扇情的になっているのは事実で、その最大の原因は恐らく、視覚にとって刺激的な場面を繰り返し映し出して、たいていは半ば素人でその事件を取材しているわけでも研究しているわけでもないコメンテーターがああでもないこうでもないと論じる「ワイドショー」のせいだろう。そのワイドショー的手法が雑誌に影響し新聞にさえ波及するという形で、メディア全体が“ワイドショー化”しつつあると言えないか。『NEWSWEEK』8月30日号で同誌きっての外交記者クリストファー・ディッキーは書いている。美少女=ジョンベネ殺害という悲劇的事件は「はっきり言ってしまえば、大半の人々にとって単なるエンターテインメントでしかない。扇情的な事件が起こると、人々は好き勝手に持論を述べる。テレビは24時間白熱した論争を流し、バーベキューをしながら議論したり、同情の涙を流す人もいるだろう。しかし、事件はやがて忘れられる。読者や視聴者に求められるのは思考力ではなく単なる反応だ。それも、新たな事件が起こるまでの間でいい」。

 問題は、こうした事件がニュースの大半を占めていくことだ、と彼は指摘する。米国でその傾向が決定的になったのは、90年代、とりわけ94年に元フットボール選手のO.J.シンプソンが元妻を殺害した容疑で逮捕された時からで、その後、ファッションデザイナーのジャンニ・ベルサーチの射殺、ジョンベネ事件、ダイアナ妃の事故死、クリントン大統領の低俗なスキャンダルなど扇情的な事件が相次いで、「この間、ルワンダとボスニアではジョンベネのようにあどけない笑みを浮かべた子供たちが大勢殺され」ても、米国人も政府もさして関心を払うことはなかった。メディアが扇情に走り、人々がそれに刹那的に反応して劣情をかき立てるというこの循環に、一体どうすれば歯止めがかけられるのだろうか。▲

2006年8月17日

INSIDER No.364《YASUKUNI》予告通り参拝した小泉首相──混乱を後に遺す無責任

●相変わらずの幼稚な説明

 やっぱり予告通り小泉首相は靖国に参拝した。参拝後の会見で小泉は、「中国、韓国の言いなりにはならない」「A級戦犯が合祀されているから行ってはいけないという批判があるが、私はA級戦犯のために行っているのではない」などの趣旨を改めて強調した。相変わらず幼稚極まりない非論理的な説明で、第1に、誰も中国・韓国の「言いなりになれ」などとは言っていない。中国や韓国は、日本の過去の戦争・占領政策に責任ある指導者と半ばその被害者でもある日本国民一般とを峻別することを前提として、戦後対日関係の再構築を進めてきたのであり、その根本のところを突き崩すことは止めてくれと言っていて、日本の識者の多くや中曽根康弘元首相をはじめとする批判者も、中国や韓国のそういう立場に配慮するのは日本の首相として当然だと言っているのである。相手の立場を理解してそれなりに配慮をするということと、言いなりになるというのは、別のことである。

 第2に、「私はA級戦犯のために行っているのではない」と言い張ることには何の意味もないどころか、ますます問題をこじらせるだけである。靖国に参拝すれば自動的にA級戦犯にも参拝したことになるのは当たり前で、中国や韓国はそれを「困る」と言い、昭和天皇も富田メモが示すようにそれが嫌だから靖国に行かなくなり、現天皇もその立場を引き継いでいる。遺族の中にも合祀を迷惑に思っている人がたくさんいる。加えて、小泉自身も過去の戦争は侵略戦争であり、A級戦犯は戦犯であるとの歴史認識を明言してきた。だとすれば、この合祀問題をどう打開するのかの政治的イニシアティブを発揮するのが首相の役目であるはずで、そのことに一言も触れることなく参拝を繰り返して混乱だけを後に遺すのは無責任の極みである。

●戦争責任論は今日的問題

 A級戦犯合祀が国論を二分する状況が続いているのはなぜなのかについて、読売新聞15日付の社説は「要因の1つは、A級戦犯が、軍事裁判(東京裁判)を行う戦勝国によって類型化されたものであって、戦争責任の所在が日本自身の手で検証されなかったことにあるのではないか」と指摘している。また与謝野馨経済財政金融担当相は同日付の朝日新聞「論陣論客」欄で、靖国・A級戦犯をめぐる論議をどう思うかと聞かれて、やはり、「先の戦争に対する不十分な責任検証が、今の混乱を引き起こしている」と述べている。これは正しいと思う。

 読売は、ただ単に「戦争責任問題が検証されてこなかった」と嘆くだけでなく、自ら1年間かけてその作業を行い、13日付で2ページ、15日付で4ページを費やして、東京裁判とは離れて(と言っても一致する部分もあるのだが)独自の判断から、天皇から軍人、政治家、軍官僚の重要人物についての責任評価を試みている。これは誠に真摯な取り組みで、是非誰もが熟読して自分の考えをまとめ他人と議論するためのきっかけにすべきであると思う。

 それは単なる歴史のお勉強のためではない。同じく15日付朝日新聞のopinion欄で作家の半藤利一が指摘しているように、陸海軍の死者約240万人の実に7割は餓死であり、また240万人のうち遺骨が戻ったのは124万5000人にとどまっていて、つまり日本国家は戦中も戦後も二重に彼らを見捨ててきたという現実がある。「死の実相を問わず遺骨も放ったまま、名前だけを『英霊』として靖国に祀ってきた。戦死者がこのように遇されている責任は戦後の日本人にもある」のであり、だから靖国問題、戦争責任問題は今の我々の生き方にも関わることなのだと思う。

 東京裁判がおかしい、だからA級戦犯は冤罪だと言いつのる人もいるけれども、当時の日本人はたぶん、東京裁判をいいことに戦争責任問題をA級戦犯に押しつけて、あとは「一億総懺悔」とか言ってやり過ごして、自らその問題に向き合うことはしなかった。その結果、日本国家と社会は戦後、遺骨の約半分が帰ってきていなくても、当事者以外はさして気に掛けることもなかったのだろう。こういうことすべてを曖昧にしたままこの先も生きていくのかどうなのか。小泉の言動からはそのことを考える糸口は何も見えてこない。▲
[本稿は《ざ・こもんず》の高野ブログに掲載したものです。]

2006年8月14日

INSIDER No.363《YASUKUNI》靖国「A級戦犯合祀」問題をどう解決するか──分祀、抹消、別施設、特殊法人?!

 自民党総裁選は安倍晋三官房長官の事実上の“不戦勝”の様相を呈していて、国民の間ではシラケ気分が広がっているが、それに対して他の候補が存在感を示して沈滞を破ろうとすれば、安倍の最大の弱点である靖国参拝についての煮え切らない態度を攻撃するしかなく、そこで谷垣禎一財務相が「首相になったら靖国参拝は控える」と言い、麻生太郎外相が「靖国は解散して“国立追悼施設靖国社”として非宗教法人化すべきだ」と提言するなど、この問題が1つの争点として浮かび上がりつつある。小泉純一郎首相が噂されているように“最後っ屁”のようにして8月15日に参拝を決行すれば、火に油を注ぐ結果となって、近隣諸国まで巻き込んだ議論が再燃することになろう。

 安倍は、思想的には小泉より遙かに堅固な靖国護持派だが、それを剥き出しにすれば近隣との関係は破滅的となり、それはとりわけ中国との経済関係を重視する経済界からの支持を取り付けられなくなることを意味しているため、この問題に関しては小泉流のノラリクラリ戦術を踏襲しようとしている。今年4月15日に参拝していたことが報道されても、「行ったとも行かないとも言わない」としているのがその証拠で、これでは彼の政権を通じてこの問題を積極的に打開することは出来そうにない。

 自民党総裁選が実質的に日本の指導者を選ぶための争いだとすれば、本当はこんなことが争点になっていてよいはずはなく、次期首相は小泉が中途半端に手を着けただけの「改革」を、単に引き継ぐというのでなく、小泉がついに一度たりとも示すことが出来なかったその全体的なビジョンを明示して国民に希望を与えることが出来るのかどうか、また小泉の5年半で余りに親米一辺倒に傾きすぎた外交を是正して、東アジア引いては中国〜インド〜ロシア〜EUのユーラシアの繁栄の菱形構造にどのようにリンクしてこの国の居場所を確保することが出来るのかどうか、といったまさに21世紀日本の生き方をめぐる大論争が湧き起こるのでなければならない。それを欠いたところで靖国だけが争点らしきものとして浮かび上がるというのは、実は日本政治の衰弱の現れでしかないのだが、それでも何も盛り上がらないより何かで盛り上がる方がマシで、その意味でこの問題の成り行きに注目しなければならない。

●分祀は出来ない?

 政治レベルで「分祀」を言い出したのは中曽根康弘元首相である。よく知られているように、彼は青年時代から児玉誉士夫に私淑したことを隠していない右翼体質の人物で(余計な話だがそこに世紀のスキャンダル「ロッキード事件」の核心がある!)、1985年8月15日、「国のために倒れた人に対して国民が感謝を捧げずして、誰が国に命をささげるか」と大見得を切って、海外出張中の者を除く全閣僚を引き連れて初の“公式参拝”を断行した。が、その参拝のやり方は神道形式を避けて社殿前で一礼するにとどめ、玉ぐし料でなく供花料として公費支出することで政教一致=違憲論を回避しようとしたものであったため、靖国神社側からは「無礼」との批判を招いた。他方、この派手なパフォーマンスでその7年前にA級戦犯が合祀されていたことを強く意識した中国はじめアジア諸国が激しく反発したことから、翌年は当時の胡耀邦主席宛に「侵略戦争の責任を持つ特定の指導者が祀られている靖国神社に公式参拝することにより、貴国をはじめとするアジア近隣諸国の国民感情を結果的に傷つけることは、避けなければならないと考え、今年は靖国神社の公式参拝を行わないという高度の政治決断を致しました」との書簡を送って参拝を中止、同時に藤波孝生官房長官を中心にA級戦犯の分祀を靖国側や遺族会に働きかけを始めた(この経緯と背景、中曽根書簡の全文は本誌No.298/05年6月14日号参照——《ざ・こもんず》の「インサイダー&アーカイブ」の中の「問題別アーカイブ/靖国問題」に収録)。

 この時、藤波が送った使者に対して時の靖国の宮司=松平永芳は、「神社には座というものがある。靖国は他の神社と異なり、座が1つしかない*。200万柱余の霊が1つの座布団に座っている。それを引き離すことは出来ない」という教学上の理由で突っぱね、以後一貫してそのスタンスを変えていない。そのことを中曽根は「靖国神社の神主さんが(分祀に)反対しているが、どうも明治に国家神道になって、それで神主さんの視野が狭くなった。昔のように、もっとおおらかな神道に返ったらどうか」と批判し(05年6月9日付読売)、最近も「分祀でなければ解決できない。神主が決心すれば決まることだ」と語っている(9日のNHK討論番組の収録)。

*本当は靖国には御霊が鎮座する座は2つあって、もう1つは北白川宮能久(よしひさ)親王と北白川宮永久(ながひさ)王の2人の皇族が祀られている。A級戦犯の霊は246万余の一般戦没者の霊と一緒に1つの座に合祀されているという意味。

 言うまでもなく、靖国の前身は明治天皇が1869年の戊辰戦争直後に同戦争で官軍として戦って死んだ主として長州藩士を祀るために建立を命じた軍直轄の「東京招魂社」で、それが1879年に別格官幣社・靖国神社に昇格し、長州藩士だけでなく天皇と国家のために命を捧げた戦没者は誰でも祀られるようになったが、祀られるのはあくまで公務戦没者である軍人・軍属、それに準ずる文官、民間人、学徒などであって、誰を祀るかは靖国を共管する陸軍省と海軍省が内定し天皇の裁可を得て決定した。例えば維新最大の功労者と言える西郷隆盛は最後は西南戦争で官軍と戦って死んだので祀られず、東郷平八郎は戦死ではないから祀られない。戦後は、陸海軍に成り代わって厚生省が「祭神名票」を作成して靖国に送付し、靖国がそれを合祀する。天皇はもちろん裁可する立場になく、だから先日明らかになった富田メモのように、天皇が知らない内にA級戦犯が合祀されていたというようなことが起きる。元々天皇が自分のために命を投げ打った兵士たちを鎮魂しつつ次の戦争の必勝を祈願するために作った神社が、戦後は事実上、天皇抜きになってしまったというその変質が、靖国問題の迷走の根底にある矛盾である。

●抹消なら出来る?

 さて、厚生省から送られた「祭神名票」に基づいて、靖国は、まず身を浄めた神主がその名前、本籍、階級、死亡の日時と場所などを和紙で出来た「霊璽簿(れいじぼ)」に毛筆で書き写し、その紙の上に魂を招き寄せる招魂式を行い、それからそれを本殿のご神体(鏡と太刀)の前に供えて合祀式を行って、そのまま1年間供えておく。その間に人霊は、紙の上から座に移って神霊となり、空になった霊璽簿は本殿裏の奉安殿に収めて保管される。このようにして、無限大の器に一滴一滴水を落とすようにして合祀するのだから、後になってあの一滴だけを取り出してくれと言われても出来るはずがないじゃないか、というのが松永宮司が言っていることである。お寺のように位牌やお骨があればそれを物理的に移せばいいのだが、神社はそういうものではない。

 もちろん過去に神社が祭神を分祀して別の神社に祀ることはいくらでもあったが、それは言わばコピー&ペーストであって、元の神社の座からその神が消えるわけではないし、しかもコピーした神は別の所に祭らなければならないから、その歓迎されざる神の引き受け手を探すか、それがだめなら「東條神社」とかを新たに作らなければならない。昨年7月には東郷神社の宮司が雑誌で「A級戦犯14柱の御霊分けをお引き受けしたい」と名乗り出て、神社本庁からえらいお叱りを受けたらしいが、これもあくまで御霊分けであって、元の靖国から消えないのであれば何の解決にもならない。

 廃祀というは、神社丸ごと廃止してしまうことで、例えば秀吉を祀った豊国神社を家康が潰したのがそれだ。理屈の上では、靖国を一旦廃祀して、新たに246万余マイナス14の霊璽簿を作って祭り直せばいいのだが、これはちょと大事で、余り現実的でないように見える。

 そこで出てくるのが、小沢一郎の「抹消」論で、彼はこの春に民主党代表に就任して以来しばしば、次のような趣旨を述べている。

「A級戦犯は国民に死を求めておいて、自分たちはおめおめと捕虜になった。しかも彼らは戦死者ではない。靖国神社に祭られる資格はなく、合祀したこと自体が間違いだ。そもそも祭るべきでなかったのだから、事実上直せばいい。合祀の仕組みがどうなっているかよく知らないが、名札のようなものがあるんだろう。それがなくなればいい。それで天皇陛下に参拝して頂けばいい」

 名札のようなものとは少々乱暴だが、要するに、霊璽簿から記載を抹消すればいいということである。これについての靖国側の態度はフラフラしていて、原理的には、霊璽簿は魂が本殿の座に乗り移って空になったものだから、それを字面だけ抹消しても本殿から魂は消えないと主張しながら、他方、生きていた人を誤って祀ってしまったケースでは、霊璽簿から抹消することを認めている。横井庄一や小野田寛郎ら生還日本兵の場合がそうだし、05年には1959年に戦死したとして合祀されていた韓国人元軍属がたまたま自分が靖国に祀られていることを知って遺族が外交ルートを通じて抹消を求めたのに対し、靖国側は「霊璽簿を訂正した。これまで遺族に苦痛を与えていたことを深くお詫びする」と通知した。かつては靖国は「誤って生存者を記載しても、霊魂が来ないので修正は必要ない」という態度だった。そんなことはないでしょうに! 魂が来ていないことに神主は気が付かないで儀式を進めていたのか。気が付かずにやっているとすれば、それは形だけ神秘的なインチキ儀式だということでしょう。逆に、本当に生きた人の魂を呼んでしまっていたら、その人にも遺族にも飛んでもない禍が長年にわたって生じているはずでしょう。「これまで遺族に苦痛を与えていた」というのはそういうことではないのか。遺族だけでなく誰よりも本人に詫びて癒さなければならない。

 生きていたことが判明した場合に限って霊璽簿を訂正するというのは、教学上の1つの譲歩なのかもしれないが、そのことによって霊璽簿を訂正することに意味があることを認めてしまったことにならないか。本当は、事務的なミスで済まされることではないのだから、単なる抹消でなく、生きたまま祀ってしまっていたかもしれない魂を取り戻す儀式が必要なはずで、それをやらずに霊璽簿訂正だけで済ませたのだとすれば、抹消で霊は取り戻せると認めたに等しい。それを認めたくないので「生存者の霊魂は来ていない」と言うのだろうが、そうすると今度は神主が自分らには本当に霊を扱う能力がないことを告白していることになる。

 それでも、一旦合祀した霊は霊璽簿から抹消しただけでは取り出せないと主張するのであれば、合祀したのとは逆の儀式をきちんとやったらどうなのか。名前等を抹消した霊璽簿を本殿に供えて、その霊が紙の上に乗り移るよう招いて、それが1年間かかるのであれば置いておいて、それで取り出してどこかへ収めればいいはずでしょうに。現に、台湾人元軍属の遺族50人が05年6月、「魂を取り戻すための伝統儀式」を行うため来日した時には、靖国側は「そんなことは許さない」とは言わず(やるんならやってみろということだったかもしれないが)、受け入れようとした。ところが一部関係者がそれを阻止しようとして集結する不穏な事態となり、警察の要請で中止になった。自分らでは一旦合祀した魂を取り出すことは出来ず、台湾の伝統儀式ならそれが可能だとでも言うのだろうか。

 まあいい加減な話で、分祀でも抹消でも廃祀・再合祀でも「神主が決心すれば決まることだ」と中曽根が言うのは案外本当ではないか。暁玲華さんは《ざ・こもんず》ブログで「違う」と言っているが、このあたりをもう少し詳しく教えてもらいたい。分祀は、旧来のコピー&ペーストでなく新たにデリート&ペーストの様式を創造すればいいのではないか。抹消というのは単なるデリートで、ペースト先を考えなくていいという利点がある。ところで、9日付毎日の連載「靖国/戦後からどこへ」第4回によると、「会津白虎隊や西郷隆盛ら明治政府の“逆賊”は、鎮霊社に祭られている。A級戦犯も、合祀されるまでは『ここに祭られていたと考えられる』(神社関係者)が、78年から本殿に祭り上げられた」という。鎮霊社は、昭和天皇の意を体してA級戦犯合祀を先延ばしした(だから富田メモで天皇から「筑波は慎重に対処してくれた」と誉められた)筑波宮司が、65年7月に靖国の境内に建立したもので、本殿に祀られていない霊と全世界の戦没者の霊を鎮めることが目的。筑波の従兄弟の子に当たる久松定成=靖国神社崇敬奉賛会会長は、同じ毎日記事によると「鎮霊社を『昭和天皇の御心がかなった社』と訴えるが、神社側の反応は鈍い」という。だとすると、デリート&ペースト型の分祀の場合にはA級戦犯をそこへお返しすればいいのではあるまいか。実際、中曽根が分祀を追求した折には、彼のブレーンである瀬島龍三がA級戦犯を鎮霊社に移す案を打診したが遺族に反対された経緯があるという。あるいは、後で述べるように、霊璽簿方式自体を止めてしまって、本殿もなくして、鎮霊社だけ残すという考え方もあるのかもしれない。

●新追悼施設?

 靖国とは別の新たな無宗教の追悼施設を建設して誰もがお参りできるようにすべきだという議論は前々からあって、最近では福田康夫が官房長官時代にそのような懇談会提言をまとめ、山崎拓らがそれを支持して議員連盟を結成している。これについては本誌No.299/06年6月26日号で詳しく述べたので繰り返さない(前出「問題別アーカイブ/靖国問題」に収録)が、千鳥ヶ淵戦没者墓苑の拡張案や麻生太郎外相が8日に発表した靖国の特殊法人化という画期的(?)な提案も含めて、基本的な問題に触れておこう。

 この新追悼施設について語る場合に、簡単に「ワシントンのアーリントン国立墓地の中にある“無名戦士の墓”のように、各国元首も参拝できるものを」という具合に、諸外国の無名戦士の墓が引き合いに出されることが多い。が、国際宗教研究所のウェブで広池信一*が論じているように、日本ではこの無名戦士の墓の概念が曖昧である。

http://www.iisr.jp/hiroikenl36.html.html

 無名戦士の墓は、まさにその無名性(従ってまた非政治性)の故に自国のために戦って倒れた全戦没者を象徴する国民崇敬の霊域として国及び軍によって手厚い心遣いが払われ、またそうであるからこそ、普通は自国の軍の最高指揮官である外国元首がお互いに儀礼を交換する意味で参拝もするのである。それに対して、米国の場合で言えば、アーリントン国立墓地は無名性がなく、国家として顕彰するヒーローの墓籍簿を政府が管理して祭るもので、政治的に中立でなく、従って外国元首がそこに参ることはない。無名戦士の墓は、アーリントンの一部ではあるが区画されていて、そこだけは衛兵が警護する。その無名性を徹底することがその最大のポイントで、米国の場合は、第1次大戦、第2次大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争で戦死した身元の分からない兵士の遺体の中から一体ずつがくじ引きのようにして選ばれて埋葬され、その一体ずつに全戦没者を代表させている。墓の碑文には「神のみぞ知る亡きアメリカ将兵1名、名誉ある栄光のうちにここに眠る」と刻まれている。

 兵頭二十八がブログ*で書いている分かりやすい説明を借りると、

「たとえばベトナム国にアメリカ大統領が公式訪問したとします。アメリカ大統領は、現ベトナム政権が管理する無名戦士の墓を表敬する義務が、典儀常識上、あるのです。しかし、“ベトナム国営・戦争追悼施設”の類には、アメリカ大統領は立ち寄る義務はないのです。なぜなら、“ベトナム国営・戦争追悼施設”に、過去の戦争でベトナム人を殺しているアメリカ国の現大統領がお参りすれば、あたかも過去の自国の戦争行為について誤りを認め、相手国に謝罪したように見える。これはアメリカ合衆国の国益を長期広範に破壊する国家叛逆行為となり得るのです。戦争追悼施設への外国元首の参拝は、政治的に価値中立の行為ではあり得ないのです」

http://sorceress.raindrop.jp/blog/2006/08/

 翻って日本には、今のところ靖国と千鳥ヶ淵墓苑がある。靖国はまさに霊璽簿があって、名前の分かっている者を顕彰しているのだから、国際基準では国立墓地あるいは兵頭の言う国営戦争追悼施設に当たり、本来であればそこに外国元首が参ることはあり得ない。他方、千鳥ヶ淵は、建設中は「無名戦没者の墓」と仮称されていたものの、無名という言葉の意味が定まらず、「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」という名称に落ち着いた、形式上は環境省管轄の公園である。墓苑自身のパンフレットには「無名戦士の墓」だと書いてあり、その定義を支持する学者や非神道系の宗教団体もあるが、実態は氏名の特定が出来ず遺族に引き渡すことが出来ない遺骨を(仕方なく?)収納する納骨施設であり、1体か数体の氏名不詳の遺骨に全戦没者を代表する象徴的意味を持たせた国際基準の無名戦士の墓ではないし、しかも、これは戦士の墓である以上、非軍人や、まして諸外国、全世界の戦争犠牲者を祀ってるものをそう呼ぶことは出来ないはずである。この点は、新追悼施設の場合も同様で、決して「アーリントンのように……」とはならない。他方、麻生提案のように靖国を特殊法人化しようとどうしようと、霊璽簿に基づいて無名でない者が祀られている限り外国元首は参ることは出来ない。

 そこで兵頭のなかなか新鮮な提案は、靖国が自ら霊璽簿を廃止して無名戦士の墓になってしまうことである。靖国が無名戦士の墓になれば、それに国庫補助を出すことも可能であるけれども、本来は「自由主義国家の筋としては、いますぐ、国立の“無名戦士の墓”をどこか別な場所に建立すべきなのです。それは防衛省の管轄となります(米国の場合、退役軍人庁が主管)。いままで、近代国家なのにこれが無かったことが異常なのです」と彼は言う。確かにそれは近代国家のナショナリズム表現としては筋であり、国立追悼施設と無名戦士の墓とを国際基準で整理すればそこに立ち返ってマトモな近代国家となるべきだということになるのだが、その上でしかしなお、広池が提起している「怨親平等」という日本的もしくは東洋的価値観の問題が残る。戦争で亡くなった敵味方も軍人・非軍人も区別せずに祀るというのは、折口信夫や梅原猛など泰斗もその観点から靖国のあり方を批判しているように、むしろ日本的美風であるし、また冷戦後の脱国民国家=脱国家間戦争の時代にはそれこそが逆に先進的(一周遅れのトップランナー)ということになるのかもしれない。そうだとすると、その趣旨に一番近いのは福田懇談会提言の新しい追悼施設ということになる。

●靖国はどうする?

 靖国が新追悼施設に対抗して存続を図るには、分祀や抹消に応ずる程度では足りず、霊璽簿を廃止するくらいの抜本的な自己改革に踏み出さなければならないのではないか。それでは靖国ではなくなってしまうという声が出るだろうが、そもそも戦後の靖国は既に戦前の靖国の持っていた天皇と兵士の直接の霊的な繋がりという本質を失って、遺族による哀悼の場として神社ビジネスを拡大してきたのであり、その遺族も急速に高齢化し先細りになっていく中で、財政の逼迫も悩みの種となっていると言われる。靖国の南部利昭宮司が今年初め、学習院大学で4年後輩の麻生と密かに会談した際、麻生の特殊法人化案に対して「特に反論せず、前向きな姿勢を示し」、ただし宗教法人を解体するについては「全国の護国神社も一体として扱うことや、遺族会の了解など」が条件となるとの考えを示した(9日付読売)というのは、恐らく、事実上の国営化によって財政難を乗り切ろうという考えもあってのことと推察される。そんな風にして原理も教理もなく残骸のようになって補助金で生き残るよりは、天皇と切り離されたことによってすでに完全に形骸化しトラブルの元でしかなくなりつつある霊璽簿を捨てて、怨親平等の鎮霊社を本殿として、それを日本的な無名戦士の墓であると世界に向かって主張するほうが、余程気が利いているのではないか。無名であれば、誰を入れて誰を入れないという問題は起こり得ず、「A級戦犯も交じっているかもしれないがそんなことは知ったこっちゃない」と中国に向かって開き直ることも出来るだろう。

 さて、この状況で安倍はだんまりを決め込んだまま政権に就くわけにはいくまい。せめてこの問題について「こうする」と明言して国民的議論を呼び起こしてほしい。▲

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