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2006年7月31日

INSIDER No.362《LEBANON》PLOハマス〜ヒズボラ〜シリア〜イラン〜ロシアの反米連環──イラクの泥沼化を全中東に拡散させてしまった米国の悲劇

●ヒズボラとは何か?

 ヒズボラ(神の党)を、単なるテロ集団と見るのも、レバノンにいくつもある宗派別の民兵組織の1つと見るのも、間違いである。

 第1に、それは、合法政党であり、05年7月の選挙では定数128のレバノン国会に14人の議員を当選させ、他党と会派を組んで35議席の勢力を形成して直系2人をエネルギー水資源大臣と労働大臣に、無所属1人を外務大臣に送り込んでいる(議席数と閣僚数に諸説あるが、ここでは米外交関係評議会の解説に従う)。

・米外交関係評議会解説
http://www.cfr.org/publication/9155/

 第2に、ヒズボラは、レバノン最南部を支配する事実上の地方自治政府であり、14の小中一貫教育の学校、4つの総合病院と12の診療所のほか孤児院、慈善事務所、無利子ローンの銀行、ディスカウントの薬局や食料品店、水道やゴミ収集の事業、衛星テレビ局「マナールTV」やラジオ局、多数の出版社まで運営して住民の支持を得ている。

 第3に、ヒズボラの武装組織は、反米反イスラエル闘争の手段としてテロを用いることがあるのはもちろんで、「テロリスト知識ベース」によると68年から現在までに180件のテロを行い838人を犠牲にしているとはいえ、単なるテロ集団ではなく、普通にイメージされる民兵組織でさえもなく、かつての南ベトナム解放戦線のような練度の高いゲリラ部隊であり、装備もイランから支給されたカチューシャ・ロケット(射程25キロ)を中心に、エルサレムを超えてガサ地区まで届くゼルゼル2ミサイル(同200キロ)、中国製のレーダー誘導式対地対艦ミサイルC-802(同120キロ)など計1万2000発など高度の新鋭兵器も保有していて、7月14日にはそのC-802を用いてイスラエルの哨戒艇を攻撃、兵士3人を死亡させている。この保有と命中させた練度にはペンタゴンも相当驚いたと言われる。

・テロリスト知識ベース
http://www.tkb.org/Group.jsp?groupID=3101

 平時の専従兵士は500〜600人にすぎないが、他に訓練を受けた予備役が5000〜6000人いて、普段は村ごとに小グループをなして情報・監視活動や軍事基地の維持に当たり、携帯電話や無線、さらには盗聴されやすい場所では伝令システムまで整えて、臨機応変・神出鬼没の作戦を行える。米軍事筋に言わせれば、これは「ピラミッド型の20世紀的な軍隊でなくネットワーク型の21世紀的な軍隊」であり、ヘナチョコで有名な寄せ集めのレバノン国軍より余程頼りになる強力な戦闘集団である。そのヒズボラ軍がイスラエルとの国境地帯に“人民の海”に守られて展開していることが、レバノン全体の安全確保の柱になっていることは、政府も他宗派も認めざるをえないほどである。

 第4に、そのヒズボラ軍の意識は、単に国軍に成り代わってレバノンの防衛を分け持っているというだけではなく、実はシーア派の本家=イランの革命輸出路線の最前線で対米・対イスラエル攻撃の任務を担っているというところにある。82年にイスラエル軍がレバノンに再侵略・占領した際に、イランのホメイニ革命の原動力となった革命防衛隊の直接の支援と指導の下に結成されたヒズボラは、翌83年にはベイルートの米大使館を爆破して63人を死亡させ、続いてレバノンに多国籍軍の一翼として進駐していた米海兵隊基地に自爆攻撃をかけて241人を殺害した。その恨みから、米国はヒズボラを「テロ集団」と規定するが、欧州諸国もロシアもヒズボラ全体をテロ集団と見なす見解を採っていない。

 第5に、ヒズボラはまた、単にシーア派の反イスラエル闘争の最前線であるのではなく、アラブ全体の反イスラエル闘争の最前線でもある。シリアが90年にレバノンに再侵攻してイスラエルを追い出した時には、シリア軍の最も頼りになる友軍として果敢に戦ったのはヒズボラであり、この時からシリアはもちろんアラブ世界のスンニ派諸国もその戦いぶりを高く評価している。

 こうしてヒズボラは、政党であり社会運動でありながら武装組織であり、テロ集団でありながらゲリラ部隊であり、レバノン政府の一員でありながら半ば独立性を持った自治政府であり、シーア派の出先でありながらスンニ派もその力を認めざるを得ないという、幾重もの矛盾に満ちた存在であって、そのような複雑なものを複雑なままに捉えて、多次元方程式を操って対処しなければならない。ところが米国の単純思考では、それは単なるテロ集団であって、しかもそちらが先に手を出したのだからイスラエルが反撃するのは当然だということになる。これでは中東で外交を展開することは出来ない。

 パレスチナのハマスもまたヒズボラとよく似ていて、政治、民生、軍事の機能を兼ね備えているがゆえに民衆の支持を得ているのだが、米国的な思考では「なぜテロリストが選挙で政権を獲るのか」ということになって理解不能に陥ってしまう。イラクのスンニ派に対する態度も同様で、少数派である同派が何百年も前から支配勢力であったという国柄を理解しようとせずに、スンニ派イコール「サダム・フセイン政権の残党」と捉えて丸ごと敵に回したことが内戦の泥沼を招いてしまった。馬鹿は死ななきゃ直らないとしか言いようのない愚行を中東で繰り返しているのがブッシュ政権である。

●宗教見本市のような国

 添付の地図(ざ・こもんず参照)を見れば分かるように、レバノンは5色の横縞のソックスのように宗派が入り乱れて割拠している国であり、モザイクと言ってもガラス細工のそれで、ちょっとでも斜めにしたり上から物を落としたりすればたちまちグチャグチャになって収拾がつかない。

 この国では“民主主義”の基礎は宗派であって、憲法ではイスラム教シーア派26%、同スンニ派27%、同ドルーズ派7%、キリスト教各派41%(うち約半分がマロン派)という宗派ごとの人口にほぼ見合った議席枠が決められていて、その枠の中で各党が議席を争うことになっている。現在ではその配分は下記の通りで、キリスト教系とイスラム教系が各合計64ずつになっていて、つまりは、選挙結果で宗派バランスが変動して混乱が生じないよう配慮している。また大統領はマロン派、首相はスンニ派、国会議長はシーア派と主要3ポストの配分も決まっていて、シーア派からは、ヒズボラと並ぶ政治・軍事組織でありながらヒズボラと違って反PLOの立場をとるアマルが長年にわたり国会議長を出している。

——宗派別の議席配分——

《キリスト教系》
マロン派        34
ギリシャ正教      14
ギリシャ・カトリック   8
アルメニア正教      5
アルメニア・カトリック  1
プロテスタント      1

《イスラム教系》
スンニ派        27
シーア派        27
ドルーズ派        8
アラウィ派        2

 世の中にはいろいろな“民主主義”があるもので、ここに米国式の単純多数決型の民主主義を持ち込んだら破滅しかありえない。米国は、イラク国家をブチ壊す前に、こういうことをよく勉強すべきだった。

 なぜこのようなガラス製のモザイク国家が出来上がったのか。この地は古代は地中海に名を馳せたフェニキア人の地で、多数の都市国家が東西を結ぶ通商で栄えたが、その後アッシリア帝国に飲み込まれた。地理上の特徴から、沿岸部はローマ、ビザンチン、アラブ、十字軍、オスマン・トルコなどその時々の征服者たちの通路のようになって支配を受けたが、ベッカー高原を中心とする東北の山岳地帯はマロン派やドルーズ派をはじめとする西アジアの宗教的マイノリティが立て籠もる場所となり、オスマン・トルコ帝国に組み込まれた時代にもそこでは大幅な自治を認められていた。各派の中でも生糸の生産と輸出で力をつけたマロン派の大地主層が次第に支配的な地位を築くが、19世紀後半には農民と下級聖職者が決起して「農民共和国」の成立を宣言する事態となり、この時フランスが「キリスト教徒を守る」という口実で軍事介入して農民蜂起を潰してマロン派を助け、東方貿易の利権を確保した。

 その後、北部のキリスト教徒の人口が急増し、彼らが南下してイスラム教徒の地主の下で小作人になり、抗争の結果としてその逆のケースもあったりしてモザイク化と社会的な不安定化が進み、手を焼いたオスマン・トルコがキリスト教徒=6、イスラム教徒=5の宗派的権力配分による名望家の合議制を定めた。第1次大戦後、フランスはレバノンを委任統治下に置いたが、この制度は維持され、さらに1943年の「国民憲章」で大統領・首相・国会議長を有力3宗派に固定配分することが決まった。

 1944年に独立を得て、戦後は“中東のパリ”=ベイルートを中心に金融・通商・観光で経済的に発展した。しかし、親西欧的なキリスト教共和国をめざすマロン派はじめキリスト教徒とアラブ民族主義に基づくイスラム教共和国に向かおうとするイスラム教徒との争いは次第に激しくなり、さらに度々の中東戦争とイスラエルによるパレスチナ人弾圧の結果、75年までに30万人のパレスチナ難民がレバノンに流入し、PLOがそこを拠点に反イスラエル闘争を展開したことから、宗派間のバランスが崩壊し、パレスチナ人を追い出そうとするキリスト教徒や共産党など左翼と、パレスチナ人と連帯するスンニ派やドルーズ派が入り組んで75〜76年の血みどろの「レバノン内戦」に発展した。

●パックス・シリアーナ

 見かねたシリアが4万の軍隊を平和維持軍として送り込み、パレスチナ人をベイルートから追い出してレバノン南部に移したが、PLOはまたそこを拠点に対イスラエル攻撃を繰り返したため、78年にイスラエル軍がレバノンに侵攻、国境から16キロまでを“安全保障地帯”と設定して南部を占領した。これを巡ってレバノンの各民兵が入り乱れて戦う無政府状態となった。一旦退いたイスラエル軍は82年、レバノン南部の武装勢力から攻撃を受けたとして再びレバノンに侵攻、マロン派の民兵組織の1つファランヘ党を手先に使って西ベイルートまで占領してPLOを追放した。この混乱を収拾するため米英仏の多国籍軍が進駐したが、この状況に対してレバノンのシーア派が反米・反イスラエル、親パレスチナの立場で結成したのがヒズボラで、翌83年にはベイルートの米大使館爆破と米海兵隊基地への自爆攻撃で名を轟かせ、やがて多国籍軍は為す術もなく撤退した。

 90年に再びシリア軍が進駐しておおむね紛争を鎮圧し、以後05年に撤退するまでの15年間は、「パックス・シリアーナ(シリアによる平和)」と呼ばれた相対的安定が続き、ベイルートの美しい町並みも再建され経済も回復した。その間、96年にイスラエル国内で連続爆弾テロが発生、イスラエル軍が激しい報復爆撃を行い、この時、南部のカナで救援活動を行っていた国連施設を空爆してそこに避難していた106人の一般市民を殺し、「カナの虐殺」と世界中から非難を浴びた。このためイスラエルは南部の占領を持ちこたえられなくなり、2000年までに完全撤退した。空白となった南部にヒズボラが素早く展開し、そこに准国家を建設、その後も散発的なイスラエル攻撃を繰り返した。国連安保理は04年、ヒズボラの武装解除と南部へのレバノン国軍の展開を求める決議を採択したが、実効性はなかった。

 05年2月に、レバノン経済の再建に手腕を発揮したラフィーク・ハリリ首相が爆弾テロで暗殺され、その背後でシリアの情報機関が糸を引いていたことが露見し、シリア軍は撤退。5月に行われた選挙で、ラフィークの次男で実業家のサード・ハリリの「未来運動」を中心とする反シリア連合が勝利し、ハリリの指名で元財務大臣のフォウアド・シニオラが首相となった。本来は親シリアであるシーア派の2大勢力ヒズボラとアマルも部分的な選挙協力でハリリと提携し、それぞれ閣僚を送り込んだが、政権内にあって野党的立場を採っている。シニオラ政権は経済回復に無能で、最近は生活向上を訴えるデモやストライキが頻発、その分、野党的なアマルやヒズボラ、さらには政権入りしなかった北部キリスト教勢力の大物ミケル・アウオン将軍への待望論が宗派を超えて広がりつつあった。

●ヒズボラ・イスラエル戦争

 イスラエルのパレスチナに対する無差別砲撃・空爆による犠牲が拡大する中で、7月12日ヒズボラ武装部隊が国境を超えてイスラエル軍を襲撃、兵士8人を殺し2人を捕虜として拉致した。イスラエルはこれを「戦争行為」と非難し、すぐさま戦闘機、ミサイル、戦車、艦艇まで繰り出した激しい報復作戦に打って出た。が、それは明らかにヒズボラに対する報復の域を超えていて、国際空港やいくつかの港湾、高速道路などの交通インフラ(シリア経由でのヒズボラへの軍事物資輸送を断つ?)、市街地(ヒズボラが隠れている?)、国連施設(ヒズボラのロケット発射基地に使われている?)などレバノン全土に及び、ほとんどが子供を含む一般市民である犠牲者は10日間で300人を超え、7月末現在500人に迫っている。同時にイスラエル軍は地上部隊で南部に侵攻、20日には「ヒズボラの戦力の50%を破壊した」と発表した。

 しかしヒズボラの抵抗と反撃は衰えず、1日平均100発と言われるイスラエルに対するロケット砲撃は依然として続き、またヒズボラの拠点とされるビントジュベイルの攻防ではイスラエル軍兵士8人が死亡、22人が負傷して苦戦に陥っている。さらに、すでにイスラエルが制圧したとしていたマルンアラスでも同日、将校1人が死亡、兵士3人が負傷するなど、短期限定作戦でヒズボラを壊滅させることを狙った作戦は行き詰まりを見せ始めた。

 イスラエルは外交戦でも孤立しつつある。特に国連施設への爆撃は、再三の中止要求にもかかわらず6時間に渡り計16回も行われ、うち4発が施設を直撃、中国人を含む国連職員4人が死亡したことは、一気にイスラエル非難の包囲網を生み、それでもイスラエル擁護を止めない米国をも孤立に追い込んだ。加えて30日には、またもやカナで、住民多数が避難用シェルターに使っていた建設中のビルやモスクが爆撃され、子供30人を含む少なくとも57人が死亡した。「カナの虐殺」の再現にレバノン政府は態度を硬化させ、ライス米国務長官の仲介によるイスラエルとの交渉を拒否、「即時無条件停戦」以外にいかなる方策も受け入れないと宣言したため、ライスは何の解決の手がかりも得られないまま帰国した。ベイルートでは2000人のデモ隊が国連事務所を襲い、またヒズボラは軍事報復を声明した。

 NYタイムズでネイル・マクファーカーが書き『ヘラルド・トリビューン』が29日付トップでキャリーした「アラブ世論の流れはヒズボラ支持に変わりつつある」と題した記事によると、当初はイランの影響力増大に警戒してヒズボラの「無謀な挑発行為」を非難していたアラブ穏健派諸国も、イスラエルの攻撃の余りの凄まじさにこぞって態度を転換し、イスラエルとそれを支持する米国への批判を強めつつある。とりわけライスが24日からの中東歴訪中に「これは新しい中東の産みの苦しみだ」と発言したことにアラブ各国のメディアは反発している。反面、これだけのイスラエルの攻撃にもかかわらず持ち堪えてロケット攻撃を続け、地上戦でも善戦しているヒズボラに対する賞賛の声が、スンニ派まで含めて広がりつつある。

 国連安保理では、フランスが主導して即時停戦要求の決議案をまとめようとしているが、米国は即時停戦に反対で、調整は難航するだろう。米国がヒズボラを単なるテロ集団とする認識を改め、歴代政権のような親イスラエルではあるけれどもあくまでパレスチナはじめアラブとの誠実な仲介者というポジションは外さないという路線に復帰しない限り、この戦争の早期解決はなく、米国はますます中東での影響力を失っていくことになる。フランスの政治学者ジル・ケベルは『ニューズウィーク』8月2日号のコラムで書いている。「アメリカは、途方もなく能天気な楽観論の破綻という現実を突きつけられた。これまでアメリカが描いてきた青写真とは、親米派のイラク新政権を先頭に民主国家が次々と登場し、中東地域にパックス・アメリカーナが生まれるというものだった。とんだお笑い種だ。今やアメリカは泥沼にはまり、イスラエルは脅威にさらされている。レバノンは崩壊しかけているし、イラクは内戦突入の一歩手前だ」と。

●強まるイランの立場

 問題の発端は、ブッシュ政権がイスラエルのシャロン前首相の対パレスチナ強硬策を支持し、パレスチナ自治政府を事実上の崩壊に追い込んだことである。そのため行われた今年1月の総選挙では、米・イスラエルにとって意外なことに、「イスラエルのガザ撤退は自爆テロ闘争の結果勝ち取ったものだ」と主張するハマスが圧勝し、それに慌てた米・イスラエルはパレスチナ政府をまともな交渉相手として認めない態度をとり、軍事的強圧策をエスカレートさせた。それで追い詰められたハマスは、7月2日、イスラエル兵士2人を殺し1人を拉致した。それに対してまたイスラエルが報復し、そしてその10日後にヒズボラが同様の殺害・拉致で呼応して、対イスラエル闘争の戦線を拡大した。イスラエルにしてみれば、ハマスとヒズボラに二正面作戦を採らなければならなくなったのである。

 ヒズボラはイランの分身であり、またハマスもイランの物心両面の支援を受けている。さらに(米国のおかげで)イラクで優勢を確保しイラク国家を乗っ取る展望さえ出てきた同国内のシーア派もまたイランの全面支援を受けている。こうしてイランから見れば、イラク国内、レバノン南部、パレスチナで同時に米・イスラエルに対して軍事的・準軍事的・政治的圧力を強めると共に、自らは核開発を巡って米欧と直接渡り合い、最終的にはイスラエルの核に対抗できるだけの核戦力を持って中東に覇権を確立する好機が訪れてきたと、事態は映っているだろう。

 米欧がイランの核をめぐるのらりくらりに痺れを切らして最後通牒を突きつけたのが6月6日。それへの回答をまたもぐずぐずと引き延ばしつつ、その間にイランは16日、シリアとの間に新しい軍事協定を調印した。(1)イランはシリアがイスラエルの攻撃を受けた場合にはシリアを防衛する、(2)シリアがロシアはじめ中国、ウクライナなどから予定している武器調達に資金を援助する、(3)イランがシリアにミサイル、大砲、弾薬などを供与する、(4)シリアはイランのレバノン向け軍事物資輸送に便宜を与える——といった内容で、明らかにその1カ月後に勃発するヒズボラの攻勢に備えるものだった。

 7月12日、イランはいよいよそれ以上引き延ばせなくなって、EUに対し最後通牒への回答は「8月22日までに行う」と返答をしたが、その返答の日、ヒズボラが攻撃の火ぶたを切った。これはもちろん偶然の一致ではない。15日からサンクトペテルスブルクで開かれた主要国サミットでは、イラン非難決議が焦点になるはずだったが、それは半ば宙に浮いて、新たな中東危機への対応に追われることになったが、それはイランと気脈を通じるロシアにとっても思う壺だったのである。

 溢れかえるような経済繁栄を背にサミットを機に世界政治に復帰しようとするロシアにとって、“強いロシア”を演出する最初の舞台は中東であり、そこではイランとの戦略的パートナー関係を軸として米国を動きの取れないところまで追い込むことが目標となる。こうして、米国のイラクとパレスチナでの失敗は、ロシアとイランの策謀も加わって、中東全体での米国の失敗へと拡大し始めたと言える。▲

2006年7月 9日

INSIDER No.361《MISSILES》北朝鮮ミサイル連射の狙い──ブッシュに米朝協議への決断促す?

 「まるで花火大会」(韓国政府高官)のような北朝鮮の長・中・短距離取り揃えた7発のミサイル発射について、ライス米国務長官が「意図は分からない」と言ったのはおとぼけで、狙いはハッキリしている。第1に、これだけ一遍に発射する派手なパフォーマンスで世界の耳目を引きつけ、存在感を誇示すること。第2に、テポドンII(射程3500〜6000キロ?)の発射実験を通じて米国に「このまま我々を無視し続けると本当に米本土に届く大陸間弾道弾を完成させてしまうがそれでいいのか?」と揺さぶりをかけ、またノドンA(同1300キロ)とスカッドC(同300〜500キロ)の発射訓練を通じて日本と韓国に「お前らなんかいつでも撃てるんだぞ!」と脅しをかけること。第3に、とりわけ米国に対して、昨年9月以来の金融制裁を解除して米朝2国間協議に応じるよう決断を促すこと——である。

●テポドンIIは“失敗”だった?

 今回初めて姿を現したテポドンIIは、韓国の国家情報院の発表では「発射から42秒間エンジン燃焼を続けて正常軌道を飛行し、その後発射から7分間惰性で499キロ地点まで飛行した。不完全燃焼による振動衝撃か、燃焼室の内部亀裂など、エンジンの欠陥が原因で失敗した」。また日米両政府の分析でも「(飛距離を伸ばそうという)開発目的に沿った飛び方でなく、速度や高度が推定能力より著しく低かったことから、1段目のロケットに何らかの異常が発生し失敗に終わった」と考えられている。そうだとすると、北は本当は北海道上空をかすめて北太平洋もしくはハワイ沖まで飛ばすつもりだったということになる。普通なら、最低数分あるいは6〜7分は第1段目のエンジンが燃焼し、高度200〜300キロに達したところで第2段目を分離してそのエンジンに点火してさらに飛び続けるはずだが、その分離地点に達する遙か手前で第1段目のエンジンがトラブルを起こしたということなのだろう。

 それに対して、失敗でないかもしれないという見方もあって、(1)アラスカもしくはハワイに届こうかというところまで飛ばしたのでは米国を刺激しすぎるので、最初から日本海に落とすつもりだった、(2)そのため第2段目はもちろん、第1段目も満タンの1〜2割しか燃料を入れていなかったか、あるいは燃料の調達に苦労していて、入れたくても入れられなかった、(3)第1段目の新型ブースターの点火とエンジン作動、機体制御などのデータ収集さえできれば十分と考えていた、(4)実際、1998年に日本列島上空を通過して三陸沖に達したテポドンIの場合、第1段目は発射地点から180キロの地点で海に落ちており、それに比べると今回は第1段目が500キロまで飛んでいるので、北にとってはそれなりに“成功”だったのかもしれない——などの指摘がある。

 北にとってこれは命懸けのデモンストレーションであり、燃料が調達できなかったというケースは考えにくい。米国を刺激しすぎてやぶ蛇になりたくないという政治的理由と、第1段目の新型ブースターのデータ収集をしたいという技術的理由との抱き合わせで、意図的に燃料を少な目にしたという可能性はまだ消えてはいないものの、もともと北は、このテポドンIIの発射準備を、白昼公然と、米偵察衛星に観測されやすいように、しかも燃料注入などにわざと時間をかけて、行ってきたのであり、せめてテポドンIより先まで飛ばなければお話になるまい。ミサイルやロケットの実験に失敗は付き物で、初めての発射実験が北にとって不本意な結果だったとしても、何の不思議もないが、実験の責任者はさぞかし厳しい処罰を受けていることだろう。

●“ならず者国家”の自己証明

 もちろん、中国、ロシアなど友好国の制止をも無視して敢行したこのような“ミサイル外交”が、国際社会の常識や最低限のルールも踏みにじる暴挙であり、ブッシュ米大統領が言う“ならず者国家”であることを自ら証明する愚行であることは言うまでもない。とはいえ、北朝鮮の側から見て状況がどのように映っているかについて想像力を巡らせることは必要である。

 第1に、米国の“ミサイル外交”に晒されているのは北朝鮮である。軍事アナリスト=小川和久が指摘するように、「例えば、神奈川県横須賀を母港とする米海軍の空母キティホークの機動部隊のうち7隻の巡洋艦と駆逐艦(いずれもイージス艦)は約200発のトマホーク巡航ミサイル(射程1300キロ)を標準装備し、北朝鮮全域を射程圏内に収めている。しかも、これは、米軍が北朝鮮に投入できる戦力のごく一部でしかない。……脅えているのは北朝鮮のほうだという現実」(毎日8日付)がある。米朝間の協約は53年前の休戦協定だけで、両国は国際法的には休戦中の交戦国同士の関係でしかない。その米国が(北の目から見れば)朝鮮の南半分を“占領”し、韓国内の地上の戦術核兵器はブッシュ父の時代に撤去したけれども、日本を母港とする海洋核戦力を配備していつでも北の全土を焦土化出来るだけのミサイルを突きつけられていて、しかもブッシュ現大統領は北を“ならず者”とか“悪の枢軸”とか呼んで軍事的先制攻撃をも辞さない態度を示している。その米国と軍事的に対抗し、かつ外交的に対等に振る舞うには、核とミサイルを開発し続け、最終的には米本土に届く大陸間弾道弾を保有する以外に道がないと北が思い込むのは、一面において無理からぬことである。かつて1950年代、中国の毛沢東は貧窮に喘ぐ中でも核開発に資源を集中し、それをテコにして世界からも米国からも大国として認められるようになった。それに北も学んでいるのである。

 第2に、北が望んでいるのは、米国との直接の2国間交渉を通じての相互“核軍縮”とそれを前提とした休戦協定の恒久的な和平協定への置き換え、そして米朝国交樹立である。今回のミサイル発射についての北外務省スポークスマンの談話でも「朝鮮半島の非核化を対話と協議を通じて平和的に実現しようとする我々の意思は変わらない」と述べているが、ここで言う「朝鮮半島の非核化」とは、米国が核とミサイルによる脅迫を止めれば北が核とミサイルを開発する理由はなくなる、という意味である。北が「6者協議」の枠組みを嫌うのは、それがテーマにしているのが北の核開発を諦めさせることだけであり、しかもそれを5:1の力関係で押し込もうとするものだからである。それでも北がそこから離脱しないでいるのは、「6者」と並行して米朝2国間協議が行われる機会がありうるからで、ブッシュが頑なに「2国間交渉はしない」と言っている限り6者の再開もない。約1カ月前に米国がイランの核開発問題に関して態度を軟化させ、2国間対話に応じてもよいという姿勢を打ち出したが、その翌日、北は6者協議の米国務省担当者クリストファー・ヒルズにピョンヤンを訪問するよう呼びかけた。それをホワイトハウスが拒絶したので、北はミサイル発射準備に入ったのである。

 第3に、北が核とミサイルの開発、そして今回のミサイル発射の実験・訓練を「主権国家の合法的権利」だと主張しているのは、原理的には正しい。核拡散防止条約は、既存の核大国に核廃棄の義務を負わせることなく、それ以外の国が核を持つことを禁じたあからさまな不平等条約であり、またミサイルやロケットの開発と発射を禁じた国際条約はない。日本も含めて多くの国々が軍事訓練のためのミサイルや宇宙開発のためのロケットを発射していて、それが公海上に飛翔・落下する場合は、しかし、数日前から周辺国の関係機関および航空機・船舶に繰り返し通告して安全に万全を期すのが事実上の国際ルールであり、前回のテポドンI発射も今回も、北がその当たり前のルールも守らないところにその“ならず者”性が現れている。国際社会がまず彼らに要求すべきことは、「発射するな」ではなく、「発射するなら事前に情報公開せよ」ということであるはずで、今回のような事態を受けてテレビのワイドショーが「もし日本の領土に撃ち込まれたら防げるのか」「その場合反撃するのか、出来るのか」といった調子で騒ぎ立てるのは過剰反応である。

●対応を迫られるブッシュ政権

 ブッシュは基本的に北朝鮮を忌み嫌って(detest)おり、イラクとアフガニスタンの泥沼に加えてイランの厄介を抱えて、出来れば北については放っておきたい気分であるため、その対北対応は一貫性を欠いてきた。この6年間を振り返っても、当初は無視、若干の関与、先制攻撃論のちらつかせ、体制転覆路線への傾き、一転して6者協議の促進、昨年9月北の偽ドル疑惑による金融封鎖と6者の遮断──という具合で、昨年9月以降はほとんど放置状態のままだった。

 しかし今回の事態で、何らかの対応をせざるを得なくなったのは事実で、その意味ではミサイル発射は政治的に一定の効果があったと見るべきだろう。NYタイムズのデビッド・サンガーは「ミサイル発射それ自体よりももっと重要な問題は、大統領が残り任期2年間に北朝鮮に対して何の手も打たずに、問題をさらに悪化させたまま次の政権に負の遺産として残すのかどうかだ」と書いている。またクリントン政権の国務長官としてピョンヤンを訪問するなど北との交渉に積極的だったオルブライトも「圧力に屈して北朝鮮との直接対話を行うべきではないが、北朝鮮を取り込んでいくようなより積極的な外交を行わなければならない」と言っている。このように、北朝鮮問題をブッシュの外交的失敗のリストに付け加えつつ、無策を批判する論調は米国内で広がっている。

 ワシントン・ポストは6日付社説で「先制攻撃も選択肢の1つ」と主張し、ウォール・ストリート・ジャーナルもそれに同調しているが、ホワイトハウスはとっくの昔に「純軍事的には核疑惑施設や金正日の居所のピンポイント爆撃は可能だが、それによって北が暴発した場合の災禍は予測不能」というひとまずの結論に達しており、今更、先制攻撃に打って出る可能性は極めて小さい。ライスらが言うように「あくまで外交的努力で」対応することになるが、国連安保理の決議も中国とロシアが同調しない限り難しく、結局は、日米の経済制裁で圧力を加えつつ、米朝2国間協議を並行して行う含みを持たせながら北の「6者」復帰を促すということしかないのではないか。

●金正日のプレゼント

 しかし、ブッシュは金正日に感謝すべきことがある。今回のミサイル騒動で、在日米軍再編のために日本の国費3兆円を支出する問題はほとんど抵抗なく通り、また日米共同のミサイル防衛体制の整備は繰り上げ実施されることになる。額賀福志郎防衛庁長官は6日、急遽開かれた衆院安全保障委員会の閉会中審議に出席し、2007年度から開始する予定だった地対空誘導弾パトリオットの最新型「パトリオット3(PAC3)」の配備を今年中に始めるなど、ミサイル防衛システムの構築を急ぐ意向を示した。

 PAC3は、まず米軍が近々、沖縄県嘉手納空軍基地に配備し、続いて航空自衛隊が埼玉県入間、静岡県浜松などの基地に順次広げていく。これにより、(1)米軍が青森県つがる市の航空自衛隊車力分屯基地に配備した移動式早期警戒レーダー「Xバンド・レーダー」(6月下旬に稼働開始)、航空自衛隊が08年度から国内4カ所に配備を計画している(これもたぶん繰り上げ)長距離ミサイル探知のための警戒管制レーダー「FPS-XX」、海上自衛隊の電子偵察機「EP-3」と洋上のイージス艦などによる探知、(2)イージス艦の「スタンダード・ミサイル(SM3)」による迎撃、(3)それで撃ち漏らしたものを地上の日米PAC3で迎撃、(4)それらすべてを東京都横田米軍基地の米第5空軍司令部とその隣り合わせに移転する自衛隊航空総隊司令部とによる日米合同ミサイル防衛司令部で統括する──という態勢が整う。海自のEP-3を、より能力の高いRC-135Sに置き換える案も浮上している。

 金正日にしてみれば、自らの挑発行為で日米のミサイル防衛強化を手伝ってしまうという皮肉な結果となった訳で、全体としてこの花火大会は、もし米朝交渉のきっかけが掴めればプラス、中国を含めて国際社会を怒らせたことはマイナス、日米ミサイル防衛強化もマイナスで、収支計算が合っていない。▲

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