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2006年6月29日

INSIDER No.360《POST IRAQ》イラク以後の世界へ──日本も“離米”の道を採るべきだ!

 以下は、9・11以後、アフガニスタン戦争とイラク戦争を中心とするインサイダー記事を1冊に編んでこの5年間を振り返った高野の新著(8月末、にんげん社より刊行予定)のために書き下ろした「終章」の原稿である。前号で取り上げた小泉訪米の意味をより深く考えるための参考資料として転載する。

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●行き先不明のイラク情勢

 イラクでの戦争と占領の悲惨がいつどのように決着を見るのかは、まったく予測の限りではない。米国にとって最善の結末は、兵士の犠牲と財政負担、国内不人気と世界中からの非難に耐え抜いて米軍駐留を続け、何とかしてイラク政府が自分の足で立てるところまで持っていくことだが、それには一体何年かかるのか。ブッシュはすでに自分の残り2年余りの任期中には撤兵出来そうにないことを認めてしまっていて、そうだとすると2009年1月に登場する次期大統領はブッシュの酷い間違いの尻ぬぐいを押しつけられることになる。次は民主党になる公算が大きいけれども、民主党にせよ共和党にせよ、「ブッシュのイラク政策を引き継ぎます」と言って選挙が闘える訳がない。だから、最善シナリオはすでに消滅しているといって過言でない。

 最悪の結末は、言うまでもなく、ブッシュが負担と非難に耐え切れなくなって、すべてを放っぽり出して撤退してしまい、ガラス細工のイラク政府がたちまち瓦解してシーア派とスンニ派に外国武装勢力まで絡んだ本格的な内戦に突入し、それに乗じてクルド族は独立宣言を発するといった大混乱に陥ることである。イランはシーア派を支援し、アラブ諸国はスンニ派を支援し、さらにトルコはクルド族の独立を阻止するためイラク北部に軍事介入し、また自国内のクルド族への圧迫も強めるだろうから、中東全体を巻き込んだ大戦乱になる。もう1つの最悪シナリオは、イラクの惨状から目を逸らせるために、イランの核疑惑を口実に空爆に打って出ることだが、それではイラク政府の中心を握るシーア派の反米化を防ぐことは出来ず、世界中から非難囂々で身動きもならなくなる。

 その両極端の中間に道があるとすれば、ほどほどの段階でイラク政府の後見役を国連に委ねることだろう。しかしそのためには、国連、大陸欧州、さらにはロシアや中国とも関係修復して安保理の機能を回復しなければならない。それはブッシュ政権では到底無理な話で、次期大統領候補にいい玉が出てきて、ワシントンの外交政策マフィアの知恵を総結集して米国の世界に対する関係をリセットするシナリオを示さなければならないだろう。世界中に広まりつつある“反米”というよりも“離米”感情の冷ややかさを、ブッシュが理解できないのは仕方がないとして、次期大統領は敏感に感じとって対処することが出来るのかどうか。

●超大国アメリカという神話

 そのイラクの決着がどうであれ、我々が目撃しているのは、米国が世界史上最強の軍事・経済帝国として絶頂を極めた(かに思われた)その瞬間に、崩壊への予兆に囲まれて立ちすくむという、まさに絵に描いたような弁証法的な展開である。本文でも要点を紹介したエマニュエル・トッド『帝国以後』は、「日本の読者へ」と題した前書きで次のように述べている。

 「つい最近まで国際秩序の要因であった米国は、ますます明瞭に秩序破壊の要因となりつつある。イラク戦争突入と世界平和の破棄はこの観点からすると決定的段階である。10年以上に及ぶ経済封鎖で疲弊した人口2300万の低開発国イラクに世界一の大国=米国が仕掛けた侵略戦争は“演劇的小規模軍事行動主義”のこの上ない具体例に他ならない。……弱者を攻撃するというのは、自分の強さを人に納得させる良い手とは言えない。戦略的に取るに足りない敵を攻撃することによって、米国は己が相変わらず世界にとって欠かすことの出来ない強国であると主張しているのだが、しかし世界はそのような米国を必要としない。軍国主義的で、せわしなく動き回り、定見もなく、不安に駆られ、己の国内の混乱を世界中に投影する、そんな米国は」

 「ところが米国は世界なしではやっていけなくなっている。貿易赤字は、本書の刊行以来さらに増大し、外国から流入する資金フローへの依存もさらに深刻化している。米国がじたばたと足を掻き、ユーラシアの真ん中で象徴的戦争行動を演出しているのは、世界の資金の流れの中心としての地位を維持するためなのである。そうやって己の工業生産の弱体ぶり、飽くなき資金への欲求、略奪者的性格をわれわれに忘れさせようとしているのである。しかし戦争への歩みは、米国のリーダーシップを強化するどころか、逆にワシントンのあらゆる期待に反して、米国の国際的地位の急激な低落を生み出した」

 「ドイツが戦争に“ノー”と言ったのは、ヨーロッパの戦略的自律性への動きの始まりを宣言したに等しい。ドイツの戦争反対姿勢がなかったなら、フランスは何も出来なかったろう。このように回復された独仏カップルの有効性は、まさにヨーロッパ人全体の感情を表現している。……この外交危機の間、ワシントンは同盟国の離反に反撃し強制力や報復力を行使することは出来なかった。その理由は簡単で、米国はもはや財政的に言って世界規模の栄光の乞食にすぎず、対外政策のための経済的・財政的手段を持たないのである。経済制裁や金融フロー中断の脅しは、もちろん世界経済にとって破滅的には違いないが、それで先ず最初に打撃を受けるのは、あらゆる種類の供給について世界に依存している米国自身なのだ。アメリカ・システムが段階を追って崩壊していくのはそのためである。その事態に対して米国は、弱小国への好戦的行動を増大させる以外に対処するすべがない。“超大国米国”というのは、習慣だけに支えられた神話にすぎない。どこかの国がゲームの規則を守るのを止めて、米国に“ノー”を言おうものなら、直ちに……と思いきや、何と一同が驚いたことに、何も起こりはしないのである」

●石油中毒が戦争中毒を生む

 いや、まったく、フランスの知識人にかかると米国もチンピラ扱いである。最強の軍事力と言ったところで、それでドイツはじめ戦争反対の同盟国や主要国を脅して言うことを聞かせることが出来るわけでもなく、せいぜいがイラクのような二流三流の途上国を相手にテレビ映りのいい戦争をやって虚勢を張ってみせるのが精一杯で、おまけにその後始末も自分では出来いないでますます馬鹿にされている、というわけである。実際、スウェーデンのストックホルム国際平和研究所が6月12日に発表した世界の軍事費統計によると、米国は全世界の軍事費1兆1180億ドルの約半分に当たる5071億ドルを独りで費やしている。ということは、自分を除く全世界の190カ国が連合軍を組んで立ち向かって来ても互角に戦えるだけの武器を抱え込んでいるということである。世界最強の軍事力はほとんど自家中毒を起こしていると言ってもいい。

 それで思い出したことがある。本書冒頭の「はじめに」で、ブッシュの06年一般教書演説を引用したが、その対テロ戦、アフガン、イラクで米国は成功しつつあると主張した個所を真に受けた人はおらず、米国の知識層の間で最も受けたのは、もっと後のエネルギー政策を述べた下りで吐いた「アメリカは石油中毒に罹っている(America is addicted to oil)」というセリフだった。だから、新エネルギー開発に力を入れるのだ、という文脈なのだが、石油屋一族出身の大統領がこれを言っているのが面白いと米メディアでもずいぶん採り上げられた。人気ブロガーのウィル・バンチは自分のブログに、80年代のット曲「Addicited to Love(恋に中毒)」のパロディ歌詞を載せた。「灯が点る時間でも、あなたは帰らない。あなたの心はチェイニーのもの。冷や汗が流れ、体が震える。もう1杯飲まなきゃ収まらない」。次の節には「あなたはこんなに弾劾されて、息も出来ない。もう一回戦争やらなきゃおさまらない」とある(http://www.attytood.com/archives/002736.html)。これを「見てごらん」とメールで知らせてきた友人の米国人ジャーナリストは「ブッシュは石油のための戦争に溺れている(Bush is addicted to war for oil)」のに、自分でそれを半ば正直に語っているのがおかしいんだ、と書き添えてきた。

●ユーラシアの菱形構造

 米国がイラクにしがみつく理由の一つに、石油目当てがあることは確かだが、それ以上に、ユーラシア大陸のどこか一角に取り付いていないと不安で仕方がないという深層心理のようなものがあるのかもしれない。21世紀初頭の世界地図を眺めれば、まず中国とインドの爆発的な経済成長があり、その勢いは中国のGDPが2020年までに米国を除くすべての先進国を追い抜き、インドのそれがいくつかの欧州諸国と肩を並べると予測されるほどである。とりわけ中国の台頭が軍事的脅威にまで繋がることに恐怖にも似た懸念を抱く米国は、ことさらにインドに接近し、同国の民生用原子力技術を供与するなどあめ玉をちらつかせて、中国に対する牽制役を務めさせようとしているが、このような旧式の勢力均衡論的なアプローチは有効とは言えず、中印関係はこのところむしろ大幅に改善されつつある。

 他方ロシアは、原油・天然ガス価格の上昇による好況を背景に、「強いロシアの復活」をめざすプーチン大統領の改革路線に70%近い圧倒的な支持が集まっており、06年7月にプーチンの故郷サンクトペテルブルグで世界主要8カ国のサミットが開かれたことが象徴するように、国際政治の場に完全復帰を果たして、米国に対して対等に言うべきことは言うというスタンスを採りつつある。アフガニスタン戦争を機に米国がウズベキスタンに設けた軍事基地を撤去させ、さらにキルギスタンに残った中央アジア唯一の米軍基地も、基地使用料を100倍に値上げするようキルギス政府を焚きつけて追い出しを策している。

 中国もこのようなロシアのスタンスと連携を強めており、06年6月15日に上海で開かれたユーラシア中枢部の地域安保機関「上海協力機構」の創立5周年の首脳会議では、中国、ロシア、中央アジア4カ国の正規メンバーに加えて、インド、パキスタン、アフガニスタン、イラン、モンゴルもオブザーバーとして加わって、「政治・社会体制や価値観の違いが他国の内政に干渉する口実とされるべきでなく、社会発展のモデルは輸出出来ない」と、米国のイラン干渉を原理的に批判した共同宣言を採択した。

 こうした中国、ロシア、インドの“離米”感覚——米国はイラクの不始末を自分で何とかしなさい、我々は自分らで発展と安全への共同の道を探りますから——は、大陸欧州にも共通するもので、そうして見ると、ユーラシア大陸の東西南北にまたがって、EU、ロシア、インド、そして中国を相互に結びつける巨大な菱形の構造物が浮かび上がる。その西と東の端っこに、英国と日本という2つの島国がはみ出していて、米国は辛うじてその両端に確実な足掛かりを持っているだけである。

●普通の大国への軟着陸

 米CIAの外郭学術組織である「全米情報評議会(NIC)」が04年12月に出した「2020年の世界地図を描く」と題した報告書(○頁参照)は、一方では、パックス・アメリカーナの維持しようとする強い願望を示しながらも、他方では、意外なほどしおらしくも率直な口調で、米国の国際社会での地位低下への不安を語っている。中国とインドが新しいグローバルなプレーヤーとして台頭し、ロシアも制約はあるが中印欧米にとっての重要なパートナーとなり、そして欧州は地域統合のモデルを提供しつつ国際舞台でのウェイトを増していく中で、米国は「2020年においても最も重要な単独の大国に留まるであろうけれども、その相対的なパワーは徐々に衰えていくのを自覚することになるだろう」。

 とりわけ欧州との関係では、「NATOよりもむしろEUが欧州にとっての第一義的な組織となり、欧州の世界舞台との関わりはEUを通じて投影されることになる公算が大きい」と、すでに脱NATO化の方向に動き出している欧州を押し止めることは出来ないことを認めている。またアジアとの関係も米国にとっては「間違いなくより困難な課題」で、なぜなら、中国とインドの台頭で国際秩序が流動化し、その中で米国が「競合する諸勢力のバランサーとしての役割を強めていくのか、ますます不遜な存在と見なされていくのか」分からないからである。

 また経済についてもNIC報告は、「米国の経済は、世界的な通商ネットワークの深まりとともに、他国の富の変動に対してますます脆弱になっていくだろう。米国の海外石油供給への依存もまた、供給源へのアクセス競争が激しくなり、供給途絶の危険が増す中で、その脆弱性を大きくする要因となろう」と、E・トッドが指摘する米国経済の世界依存が持つ根本的な弱さを見つめようとしている。

 この中で最も注目すべきキーワードは「最も重要な単独の大国」で、私は米国の政府シンクタンクからこういう言葉が発せられたことにかなり驚いている。パックス・アメリカーナを維持しようとすれば、“唯一超大国”である米国を頂点として欧州とアジアを左右に従えたピラミッド型の支配秩序をあくまで追い求めなければならないが、そんな目標は幻想的で、私が繰り返し言ってきたように、米国は「超のつかない、しかし十分に世界最大の経済を持つ、普通の大国の1つ」へと軟着陸を遂げなければ大破綻を避けることは出来ない。もし本当に「相対的なパワーは徐々に衰えていくのを自覚」しながら「最も重要な(超のつかない!)大国に留まる」道筋を見出すことが出来れば、それがたぶん唯一の現実的な米国の生き残りの道となるに違いない。

 しかし米国が、欧州の主導するネットワーク型組織論に立つ「多国間協調主義」、国連はじめ国際機関重視の流れに屈するなどということがありうるのか。そんな白旗を掲げるようなことが出来るはずがなく、そこで例えばキッシンジャーは「それだけでは自滅的にならざるを得ない単独行動主義と抽象論に止まって何も出来ずに終わりかねない多極協調主義との対立を超越していく展望」が必要だと言い(○頁参照)、あるいは、『歴史の終わり』の著者で一時はネオコン支持者だったフランシス・フクヤマは、その支持を撤回しつつ、公式な国際機関ばかりでなく非公式ないし民間の機構や臨時の連合などを含めて幅広い国際組織を活用する「多元的多国間主義」を提唱する。いずれも、“唯一超大国”=単独行動主義と多国間協調主義の中間に生きる道を見出そうとする努力だが、実際には米国は今後も、その両極の間でますます激しくブレを繰り返し、軟着陸に失敗し続ける公算の方が大きいだろう。

●“反米”から“離米”へ

 E・トッドは季刊『環』(藤原書店)06年冬号の特集「アメリカをどう見るか」でインタビューに応じ、「私にとっては、反米主義の問題系は完全に過去のものです」と語っている。アメリカ帝国の時代には、反米か親米かの対立に意味があったが、米国の衰退が客観的な現実となりつつある今では、反米という次元から離脱して「ポスト・アメリカニズム」(意訳すれば「離米主義」だろうか)という概念を立てる必要がある、と彼は言う。フランスの政治姿勢を反米的という人もいるが、「現在欧州で進行しているのは実は離脱の過程」であり、その中でも最も重要なのは「ドイツの離反」である。「もしかしたら実はドイツの方が、最もポスト・アメリカ的になりつつある」のかもしれず、「現にドイツ人は遠慮会釈もなく(米国経済の現状を)上から見下ろして」いる。

 それに対して英国は、米国との体質的・文化的な絆があるため、ポスト・アメリカ時代への突入が疑わしく、また欧州では唯一、旧東欧諸国が米国が未来の国であるというイメージを持ち続けているが、それは自覚が遅れているだけである。米国は「帝国の残骸」であり、「とるに足らない勢力」であり、「あらゆるものにおいて質が劣った国」であって、「アメリカ人たちは自分の国の遅れが拡大していくのをその目で見ていると思う」と、トッドの舌鋒は相変わらず過激である。

 欧州の離米感情がこれほどのものだとすると、米国がNATOの盟主として復権することは全く無理で、そうであってもせめて兄と弟くらいのところまで米欧関係を修復しようとするキッシンジャーやフクシマの模索さえも達成されるかどうかは分からない。そうなったときに、ブレア首相凋落の後の英国も、いつまで米国に付いていくかどうか。

●日本だけが“親米”で残る?

 さて、このような状況で、ユーラシア大陸の反対側の唯一の親米拠点である日本は一体これからどうするのか。小泉首相の5年間は親米反亜の5年間であり、その延長上で彼は、06年6月29日の日米首脳会談で謳い挙げた「世界の中の日米同盟」宣言と、それを実体化するための「米軍基地再編」に名を借りた日米の指揮統合、自衛隊の国際貢献活動を常時可能にする恒常法を置きみやげに残して、ポスト小泉政権に引き継がせようとしている。それは結局、憲法を改正するか解釈を変えるかして「集団的自衛権」を解禁し、日米安保の枠組みの下、「米国となら世界の果てまでも」出て行こうということに繋がっていく。

 果たしてそれが日本にとって唯一の選択なのか。それは、米国の戦争中毒にどこまでも付き合って、その結果、日本がアジアで居場所を失い、ユーラシアの隆盛に背を向けるだけでなく、結果的には米国の普通の大国への軟着陸を遅らせて米国のためにもならない、日米共倒れへの道ではないのだろうか。私の想念は正反対で、日本はほどほどに“離米”して、アジアにこそ向き合わなくては生存条件を確保することが出来ない。21世紀を主導するユーラシアの骨格的構造は、EU、ロシア、インド、日韓中の4極で形成されるべきであり、そのためには日本は、韓国、中国、ASEAN、インド、それに豪・ニュージーランドも加わった「東アジア共同体」の最も熱心な推進者として、地域的な集団的安全保障体制と多国間の通貨安定・開発援助の仕組みを先頭を切って提唱し、それを通じて域内に確固たる地位を築かなければならない。

 作られるべき東アジア共同体は、非米ではあるが反米ではない。欧州がNATOの非米化を進めながらNATOそのものの解消は時期尚早と考えているのと同様に、日本も引き続き日米安保は維持しつつもその乱用を避け、あるいは北朝鮮の核疑惑問題のための6カ国協議を発展させて米国を含めた「北東アジア安保協議」のようなサブ・システムを作ることによって、「アジアから排除される」という米国の過剰な不安を抑えることが出来るかもしれない。また、グローバルなプレーヤーとして台頭する中国やインドを、いきなりグローバルの野に放つのでなく、まずもって東アジアの緊密な関係の中でそれぞれの役割と行動基準を定義するよう導くことは、日本がその気になれば出来ないことではないし、逆に日本がやらなければ誰もやれないことであって、そうすれば米国の中印に対する徒な懸念も和らげることが出来るかもしれない。

 そのような意味で、日本もまた欧州はじめユーラシアの潮流を見極めて“離米”の方向を選択することこそ、9・11から5年間の米国の有様から導き出される当然の結論であるように私には思われる。9月自民党総裁選から07年参院選、その後それほど遠からず行われるであろう総選挙という一連なりの政治の季節を通じて、まさに「21世紀、日本はどう生きるのか」の基本路線を議論し確定することが求められている。▲

2006年6月28日

INSIDER No.359《JAPAN-US》“世界の中の日米同盟”はどこへ向かうのか──小泉“脱亜親米”路線の総決算

 小泉純一郎首相は29日にワシントンで行われる日米首脳会談で、改めて「世界の中の日米同盟」を宣言する。

●進む“同盟”の実体化

 このキャッチフレーズが初めて出たのは、イラク戦争最中の03年5月にテキサス州クロフォードのブッシュ米大統領の私邸で行われた首脳会談でのことで、これに基づいて小泉はその年6月に有事法制を、7月にイラク特措法を通した上で、対米協力のシンボルとして自衛隊をサマワに派遣した。その自衛隊が撤収作業を開始した直後の今回の首脳会談で、もう一度「世界の中の日米同盟」を謳い上げるのは、単に過去の実績を称えるためではない。この3年間を通じてその言葉は、象徴的なキャッチフレーズであることを脱して、法制面でも軍事面でも実体を備えた1つのパッケージ化されたシステムとして動き出していて、それを確実にポスト小泉政権に受け渡して完成させるために、この言葉が再び用いられるのである。実体化とは次のようなことである。

(1)その都度の特措法ではなく、いつでも機敏に自衛隊を海外に派遣出来るようにするための恒久法の検討が自民党内で始まっており、安倍晋三官房長官がその実現に意欲を見せていること、

(2)在日米軍基地の再編を通じて、キャンプ座間への米陸軍司令部の進駐とそれへの陸上自衛隊中央即応集団司令部の一体化、米空軍横田基地と沖縄・嘉手納基地の日米共用化と横田への航空自衛隊総隊司令部の移転、嘉手納へのパトリオット・ミサイル3(PAC3)の日本への初配備など、日米両軍の指揮・運用態勢の統合が進んでいること、

(3)憲法改正論議に絡んで集団的自衛権を解禁しようとする合意がすでに自民党内で形成されつつあること……。

 思い返せば、ブッシュ政権の発足直前の00年秋、アーミテージ前国務副長官を中心とする共和党系外交政策マフィアは対日政策提言をまとめ、有事法制の整備、自衛隊の海外役割の増大、それを含めて日米の軍事連携の強化、北朝鮮の脅威を睨んだミサイル防衛協力など通じて「日米同盟を米英同盟のようなものにする」よう勧告したが、小泉はまさにそのシナリオを忠実に実現してきたことになる。

●時代錯誤の産物?

 しかしこのような方向は、いかにも20世紀的、あるいは冷戦終結以前的であって、21世紀的、冷戦終結以後的ではない。ここで本当にブッシュと小泉が語り合わなければならないことがあるとすれば、米国の圧倒的な軍事力によって国家破壊の憂き目に遭ったイラクとアフガニスタンの惨憺たる有様を総括し、テロを始めとする今日の世界の地球的問題を解決するのに、米国単独にせよ有志連合にせよ日米同盟にせよ、剥き出しの軍事力の行使がいかに役に立たず、それどころかますます多くの悲惨を生み出し問題を解決不能なところにまで追いやってしまうかということについての深刻な反省であるはずだ。

 冷戦の終結は、軍事力がすべて(でないとしても最後の決め手)という欧米を3世紀にもわたって支配してきた野蛮な思想から卒業する契機であったはずなのに、当事者のブッシュ父は「ソ連に勝って、米国が唯一超大国になった」などと米ソの力関係という矮小化されたレベルでしかこのことの意味を理解せず、さらに息子がその唯一超大国幻想を単独行動主義と先制攻撃論という極端な行動原則にまで押し上げてしまったことで、米国はますます20世紀も冷戦も卒業し損なって、その結末がイラクとアフガニスタンの現実である(これについては次号参照)。

 もはや米国は、21世紀のグローバルな秩序の形成について思想的・文明論的に主導権を発揮することが出来ないばかりか、そのための世界の努力に対する単なる攪乱者と見なされつつあり、国連の機能回復やそれを補いつつ支えるための地域的な安保・経済協力の枠組みづくりはEUをはじめロシア中心の旧ソ連6カ国による集団安保機構(CSTO)、ロシアと中国とインドが手を組んだ「上海協力機構」、ASEANと「東アジア共同体」構想など、主にユーラシア大陸の各所で多様な形で模索されている。21世紀の安保と経済の主舞台はユーラシアであることがもはや誰の目にも明らかになる中で、そのことに不安を感じた米国があちこちに嘴を挟もうとはするものの、挟めるのは嘴でしかなく、「お前、これだけ言って分からないならもういいよ」という“離米”の感覚が広がっている。中南米もそうで、今では“反米”ということがまだ死語になっていないのは米国の軍事的脅威に直面しているイスラム世界と北朝鮮だけとさえ言える。そして、英国でさえも、親米路線の失敗でブレア政権が死に体になる中で、離米傾向が次第に強まっている。

 こうした世界のトレンドは小泉にはどう映っているのだろうか。世界の中で日本だけが、米国の一極支配がいつまでも続くかに思い込んで冷戦型の同盟強化に突き進み、他方、中国・韓国との関係は悪化させたままで東アジア共同体づくりの流れに乗ることも出来ないというこの有様で、一体この国はどうやって生存を確保するのだろうか。ブッシュと並んで小泉も世界の笑いものになるというのが「世界の中の日米同盟」の本当の意味である。▲

2006年6月13日

INSIDER No.358《FROM THE EDITOR》

●でんきを消して、スローな夜を。6月21日20時〜22時!

 今年も6月17〜21日、「でんきを消して、スローな夜を」を合い言葉に、「100万人のキャンドルナイト」が行われます。18日(日)には、東京タワー、六本木ヒルズはじめ全国の主要施設約3万3000カ所が消灯し、東京タワー下の芝・増上寺ではカウントダウンのイベントが行われます。山場は21日(水)夏至の日で、今年は恐らく700万人を超えるであろう参加者が、それぞれ家庭でオフィスで旅先で、20時から22時まで、一斉に電気を消して、ローソクを立てて子供に絵本を読んだり、恋人同士でワインを傾けたり、独り静かに物思いにふけったり、思い思いのことをして過ごします。

 この運動は、01年に米国でブッシュ政権のエネルギー政策に抗議して起こった自主停電ムーブメントに学んで、これを「キャンドルナイト」の名の下に日本でもやろうと、辻信一=明治学院大学教授(ナマケモノ倶楽部世話人)、藤田和芳=大地を守る会会長らが呼びかけて03年から始まったもので、ただ電気を消すだけでそれぞれが豊かな時間を味わうというだけの、まことに静かな社会運動。高野は毎年、呼びかけ人に名を連ねていて、今年は「闇が光より明るいという新鮮な驚きを一人でも多くの人に届けよう」というメッセージを書き送りました。また《ざ・こもんず》として賛同金を届けました。これらは下記の「キャンドルナイト」ホームページに掲載されます。

http://www.candle-night.org/

 読者の皆さんも、同ホームページで概要を把握の上、工夫を凝らしてご参加下さい。

●7月10〜17日モンゴル“オペラと乗馬”ツァー、追加募集中!

 7月10日(月)〜17日(月)、ジンギス・ハーン戴冠800周年で一段と盛り上がるモンゴルの国民的祭典「ナーダム」参観を中心とするツァーを高野が団長となって実施します。定員15名ですが、当初参加予定者が個々の事情で不参加となったため、まだ5〜6名ほど余裕があります。《ざ・こもんず》講読会員の皆さんの中で「一度モンゴルに行ってみたかった!」「ナーダムを見たい!」という方は奮ってご参加下さい。

 これは、高野のほか三枝成彰、林真理子、矢内廣らが98年に始めた「モンゴル・オペラ・ツァー」の6回目に当たるもので、その経緯については高野個人ホームページ「高野孟の極私的情報曼荼羅」(http://www.smn.co.jp/takano/)から「モンゴル填り込み日記」をご参照下さい。

 今回は、ウランバートルでナーダムの3大イベントである子供の大草原競馬大会、モンゴル相撲全国選手権、弓技大会を参観の後、郊外の景勝地テレルジのゲル村で2泊して草原で乗馬その他を楽しみ、またウランバートルに帰って曲馬団、オペラ「ジンギス・ハーン」、バレエ「仏陀」を鑑賞、夜はロックのライブハウスやディスコ探訪といった盛りだくさんのメニューです。

■日程:7月10日(月)〜17日(月)
10日(月)成田17:00発→ウランバートル22:10着、グランドホテル泊
11日(火)ナーダム参観、同上泊
12日(水)郊外テレルジ、乗馬等、ゲル村泊
13日(木)郊外テレルジ、乗馬等、同上泊
14日(金)市内観光、サーカス曲馬団観劇、グランドホテル泊
15日(土)市内観光、オペラ「ジンギス・ハーン」観劇、同上泊
16日(日)バレエ「仏陀」観劇、国立オペラ座出演者と懇親パーティ、同上泊
17日(月)ウランバートル11:15発→成田16:00着、解散

■費用:25万6,000円
これに含まれるのは、往復航空運賃、空港税、食事代(11日朝食から16日夕食まで、但しパーティ代は別途)、観劇代です。含まれないものは16日懇親パーティ(1人約30ドル)、テレルジで伝統音楽家を招いての野外音楽会(同約20ドル)、乗馬代などです。

■問い合わせ・申し込み先:(株)創樹社 山川 泉
携帯:090-7832-3812
電話:03-3499-0217
FAX:03-3498-7458
〒150-0001渋谷区神宮前5-47-10

●月刊誌『創』に「藤原正彦『国家の品格』への疑問」を書いた!

 いま発売中の月刊誌『創』に「藤原正彦『国家の品格』への疑問」という一文を書きました。本当は『国家の品格』そのものへの疑問ではなく、むしろ彼のライブドア事件についての言説への疑問であり、それは本誌で述べてきたことを下地にしているので、読者の皆さんにはすでにお馴染みの論点です。が、彼の「市場原理主義」という言葉の使い方が意味不明なので、その点については少し詳しく述べました。その部分は以下の通りです。

 藤原の言う「市場原理主義」が定義不明である。「すべてを市場に委ねておけばすべてがうまく行く」という市場万能主義という意味なのだろうが、フリードマンに代表されるマネタリストの反ケインズ主義の経済学も、ハイエクの国家による経済社会への介入を拒絶する反全体主義の経済哲学も、それらに影響を受けたレーガン〜サッチャーの規制緩和の政策も、必ずしも市場万能主義ではない。

 そう呼べるものがあるとすれば、米国に亡命したユダヤ系ロシア人の作家にして哲学者のアイン・ランドを創始者とするリバタリアンの経済思想がそれで、株主価値の最優先、そのための短期的利益の追求、従業員の無慈悲なリストラ(と日本では誤って呼ばれているがダウンサイジング=人員整理)、ゲーム化されたM&Aなどといった米国の金融界や多国籍企業群に特有の企業文化は、批判者からは“カルト”と決めつけられているリバタリアン経済思想の産物である。

 それが米国ではかなり影響力を持っているのは事実だが、英国ではもちろん米国でさえ、時々の政権の政策がそれで染め上げられているわけではないし、まして大陸欧州ではまったくそうではない。コラムニストのウィリアム・パフ(『ヘラルド・トリビューン』4月29日付)やカリフォルニア大学バークレー校准教授のスティーヴン・ヴォーゲル(『日本経済新聞』5月15日付)が言うように、資本主義には米国に代表される自由放任型市場経済と大陸欧州や日本などの調整型市場経済という大きく2つの流れがあって、ヴォーゲルに言わせれば「これまでの学術研究によると、例えばダウンサイジング、ストックオプション、M&Aなど、米国型株主資本主義の旗印とされるものの中には、はっきりしたメリットがほとんど認められないものがある。それを考えれば、こうした手法の導入に依然として慎重な日本企業もあることは、到底非難する気になれない」のである。藤原は何をもって日本が「けだものの世界」になったと断じるのだろうか……。

 ヴォーゲル准教授が言っているのは大事なポイントで、それこそ“市場万能主義者”から言わせれば日本の市場の規制緩和は「なかなか進まない」ということになるのでしょうが、必ずしも進む進まないの話ではなく、日本はそれなりに自国型資本主義に合わせて必要な緩和を慎重に進めているのであって、そのような日米の規制緩和の質の違いを見極めることもせずに、規制緩和と言えば「米国の言いなり」と非難して済ませようとするのは幼稚です。

 (株)フィナンシャル社長の木村剛さんも近著『和魂米才の発想法』(DMD JAPAN、6月10日刊)で、藤原教授らのライブドア叩きの言説について、ホリエモンがどのルールに違反したのかを問うこともなく一方的に犯罪者として弾劾するのはおかしいと指摘、次のように述べています。

 「知性を代表しているはずの論断においてさえ『罪を問わないで、人を憎む』たぐいの驚天動地のことを公言して恬として恥じない人々で溢れかえっている。ムードが先行して“ケシカラン罪”がマスコミによって宣告されていく」

 「『米国のモノマネはやめろ!』……藤原氏の歯に衣着せぬ爽快な発言に、攘夷論者たちは千万の大軍を得た思いにとらわれているようだ。……まあ、無邪気に手放しで米国資本主義を礼賛する論調もいかがなものかと眉をひそめて見ていたが、こういうあからさまな鎖国攘夷論を目の当たりにすると、底の浅さに辟易とする」

 「いま私たちに必要なことは、米国資本主義を非難することではない。そして、旧き良き日本資本主義に立ち返ることでもない。米国の摸倣でもなければ、鎖国への回帰でもないのである。私たちがいまなさねばならないことは、日本資本主義を再定義することなのだ。それは新しい日本資本主義を創り上げることを意味する。……世界に誇ることのできるニッポン・スタンダードを自らの手で確立できたとき、私たちの日本資本主義は生まれ変われるはずだ」

 同感です。ホリエモンも村上も、その新しい資本主義のルールが形成されていく長い道のりの上での戦死者の一人にすぎないのではないでしょうか。▲

2006年6月12日

INSIDER No.357《MURAKAMI FUND》村上のインサイダー取引容疑は立証可能か?──かなり強引な検察の手法

 ホリエモンの時と同様、昨日までヒーローだった村上ファンドの村上世彰も、ひとたび逮捕されればドブに落ちた犬をさらに足蹴にするかのようにマスコミに扱われる。しかも、毎日のように出てくる例えば「インサイダー事件の手口明らかに、村上容疑者の主導鮮明」(11日付日経社会面)といった記事は、もちろん検察からの計算されたリーク情報によるものだから、まだ起訴前だというのに「とんでもない悪い奴だ」という印象がどんどん作り上げられていく。が、実のところ検察の描いたストーリーにはかなり無理があって、本当に村上をこの容疑で有罪に追い込めるかどうかは五分五分と言ったところではないか。

●元検事の疑問

 元東京地検検事で桐蔭横浜大学教授(経済刑法)の郷原信郎は、10日付朝日夕刊で「この事件は果たしてインサイダー取引ととらえるべきだろうか」と疑問を投げかけている。

 「インサイダー取引とは、株価上昇につながる内部情報を得て公表前に株を買う、または株価下落につながる情報を得て公表前に売る行為である。……今回の事件は、既にニッポン放送株を大量保有していた村上ファンドが、ライブドアによる大量買いを利用して巧妙に売り抜けたものであり、全体として見ると、インサイダー取引の構造ではない。……村上側がライブドアによる大量買いの前に株を買った事実を切り取って、インサイダー取引の要件に当てはめることは不可能ではないが、その場合はライブドアによる大量買いが決定された時期と、村上側の買いの時期との前後関係が最大のポイントになる。……インサイダー取引を事件の焦点にする限り、今後の展開は、会見で“微罪”イメージを強調した村上前代表の思惑通りになると予想される」

 事件の核心は、むしろ村上がライブドアを誘い込んで大量買いをさせるよう仕向け、結果的にニッポン放送の株価が高騰したところで売り抜けたことが「不正の手段、計画又は技巧」による悪質な不公正取引(証取法157条1号)に当たるのではないかという問題だと、郷原は言う。

 インサイダー(内部)情報による取引を禁じているのは同法166条と167条。内部情報とは、166条では、上場会社に生じた未公表の重要事実(例えば新株発行や業務提携などについての会社の意思決定など)、167条ではTOB(5%以上の株式の買い集め)やそれに準じる行為についての未公表情報で、そのような情報を、(1)その会社の役員等、(2)その会社の契約関係先、(3)それらから重要事実を知らされた第3者である情報受領者——が得て一般投資家の知らない内に抜け駆けで株式を売買することが禁じられている。

 今回の場合、第3者である村上がライブドアのニッポン放送に対するTOBの方針を公表前に聞きつけて同株を買ったというケースに当たるというわけだ。村上はライブドアがニッポン放送株に関心を持つ前から既に大量に同株を保有していて(03年7月時点で同株の7.37%)、それをさらに自ら買い増しつつ、ライブドアその他あちこち知り合いにも声を掛けて買わせるよう仕向け、04年9月15日にはホリエモンと宮内亮治に「君たちもニッポン放送株を買ってよ」と誘いをかけた。その結果、ライブドア側がその気になって11月8日に村上に「ニッポン放送の経営権が取得できたらいいですね。僕らもいっぱいお金を準備しますから」と言い、それを聞いた村上が翌日から05年1月26日までの間に同放送株を193万株(約100億円)買い増したのだが、この11月8日のライブドア側の「経営権が取得できたらいいですね」との表明を聞いたことがインサイダー情報に当たるという検察判断が妥当かどうかはかなり微妙で、村上側の捉え方ではホリエモンは単なる夢の話を語ったのであって資金面で出来るはずがないと思っていたという。

●いくつかのタイミング

 社長であるホリエモンなり番頭の宮内なりが「経営権を取得できたらいいですね」というのが単なる願望表明であれば、インサイダー情報の取得にはならない。証取法の条文上では、「重要事実」はライブドアの取締役会決議などの機関決定であることが要件であり、しかし最高裁判例では、機関決定前でも社長が方針を決めそれを他の役員に言明した段階で重要事実の決定に当たるとの判断も出ているので、ここが裁判の争点になる。

 郷原の言う「前後関係」では、次に問題になるのは05年1月5日に村上側がニッポン放送株の18.57%まで買い増し、翌6日にホリエモンと宮内が村上を訪ねて、改めて「ニッポン放送の経営権が欲しいので一緒にやろう」と言ったことだが、しかし翌日のライブドア取締役会ではニッポン放送株の5%以上を買うべきかどうかの結論が出ず、持ち越しとなっている。とすると、5日の「経営権が欲しい」発言は社長の願望表明ではあるけれども機関決定以前である。

 その次の次に問題になるのは、1月28日にライブドアのこの件の現場担当者である熊谷史人が村上ファンドに、どんな外国人投資家がニッポン放送株を持っているか教えて欲しいと依頼したことである。この間、1月17日にフジテレビはニッポン放送へのTOBによる防衛策を発表、1月26日にライブドア側はリーマン・ブラザーズから800億円の買い付け資金の調達に成功、これによって初めて「夢の話」は現実性を帯びる。そこで熊谷は誰からニッポン放送株を買えるか村上と相談した訳だ。村上は、この相談を「インサイダー取引に当たる」と判断、以来、ニッポン放送株の取得を停止する指示を出している。

 さらにその次の次の次に問題になるのは、2月8日のライブドア取締役会での時間外取引によるニッポン放送株29.6%までの電撃取得作戦の機関決定である。それまでの間、ライブドア側は村上情報に基づいて、日興シティグループを通じて外国人投資家にニッポン放送株の買い取りを打診するが色よい返事は得られず、しかし後に引けなくなったライブドア側は、この日、リーマンからの資金調達で時間外取引を断行した。村上はこの時、125万株をライブドア側に売却、その時点ではホリエモンに対し「ニッポン放送株を一緒にやろうな」と言っていたにも関わらず、2日後にはニッポン放送株が暴騰したのを見て平然と裏切って129万株を売り抜けた。

 証取法を条文通り解釈した場合のライブドアの「機関決定」は2月8日である。それを要件とするのは余りに形式的にすぎるとしても、800億円の資金調達の目途がついて具体的に買い取り先の打診を始めた1月28日の熊谷問い合わせはライブドア方針のインサイダー情報漏洩にあたる可能性が高く、実際、当の熊谷はテレビの取材に対して「村上さんにインサイダー情報が発生したのは1月28日ですよ。それ以降、買っていないから、村上さんは完全なシロ。今回の逮捕は余りにひどすぎる」と語っている。とすると、1月5日も、11月8日も、それでインサイダー取引で引っかけるのは難しいのではないか。

●村上は大逆転で無罪?

 『AERA』6月19号の大鹿靖明記者による「村上“無罪”への大逆転」は、やや村上側に傾きすぎている感もないではないが、ライブドア事件を密着取材で内幕を描いた『ヒルズ黙示録』の著者だけに、勘所を押さえている。要は、村上が「しおらしく有罪を認めたのは演技にすぎないのではないか」ということである。

 検察の聴取後、5日に村上が行った記者会見で彼はこう言った。「聞いちゃったかと言われれば、聞いちゃったんですよね。それを、本当に証取法にかかるんだろうかと言われれば——何回も何回も自身の中で繰り返して考えてきましたが——かかるかもしれないし、かからないかもしれない。これは裁判上の解釈の問題なんです」「僕はね、今回は判例をつくりますから。それは検事さんもそうしましょうと言ってくれている。裁判所の判断の中で、将来の悪例とならないといいな、というのをつくりたいんです」

 「証券法に疎い検事を嘲笑っているかのようだ」と大鹿は言うが、その通りで、上記のような「前後関係」をめぐる微妙な判断について検察のプロットに相当無理があることを見抜いた上で、十分裁判で争えると判断して、さっさと罪を認めたのであるに違いない。検察は、04年11月8日のホリエモン、宮内と村上との面談が内部情報のリークに当たるというところをストーリーのキーポイントにしているが、恐らく村上側はそれは「聞いちゃった」程度の話で、上述の1月5日、1月28日、2月8日というタイミングを挙げて、そのうち1月28日がインサイダー情報取得に当たると自覚したので以後取引を停止したと主張して争い、曖昧極まりないその認定に「将来の悪例とならない判例」を出させようとするのだろう。

 とはいえ、それは裁判戦術上、そのような戦い方をすれば村上が無罪を得る可能性もあるという話であって、郷原が言うように、自らが買い進めていたニッポン放送株を買うようライブドアはじめ周辺・知己に働きかけて株価上昇を策し、いいところで売り抜けて巨額の利鞘を得た村上の行動が妥当だということにはならない。しかし、それが「悪質な不公正取引」として処断(そのためにはインサイダー取引とは別の起訴が必要になるが)出来るかというと、これまた簡単ではない。この手の情報操作は大手証券会社を筆頭に様々のファンドや仕手グループが日常的に繰り返していることだからである。

 村上ファンドが「アクティビスト(発言し行動する株主)」を名乗って登場し、純資産が大きいにも関わらず株価が安い(株価純資産比率が大きい)上場企業を狙い撃ちして大株主となり、経営改善=企業価値上昇=株主利益向上を要求するという手法を市場に持ち込んだのは、これまで余りに株主を軽視し惰眠をむさぼってきた日本企業の風土、経営者のカルチャーに揺さぶりをかけたのは事実である。しかし、本当に大株主として経営を改善させるには、少なくとも5年間の中長期的な株式保有が必要であり、ということはその企業を株主として「愛する」という態度がなければならなかった。が、村上は「年率30%の利益還元」を売り物に世界中から4000億円を超える資金を掻き集めていて、短期的に目に見えた利益を上げなければならない宿命を負っていた。そこに彼の矛盾があって、結果的には昔ながらの仕手グループと同様、格好のいいことを言って他の企業やグループを巻き込んでターゲット企業の株価を吊り上げて売り抜けるだけの存在になり果ててしまった。

 村上がインサイダー取引などという筋違いの容疑で追及され、裁判の結末はどうあれ市場から退場させられて、当局はそれをさらなる規制強化の口実にし、凡百の無能かつ前近代的な日本の経営者がホッと胸を撫で下ろすということになるのでは、すべては元の木阿弥に帰すことになる。ホリエモンも村上も、裁くのであれば正しく裁かれなければならない。郷原は言っている。「経済犯罪では、一般の犯罪のように個別の行為という“点”を単純に“線”でつなぐ捜査方法ではなく、複雑な経済活動の中で行われる犯罪行為の全体像をとらえて問題性を明らかにする“面的捜査”が求められる。今回のような“市場”型犯罪は『市場の公正をいかに害したか』という視点でとらえることが不可欠であり、その積み重ねが判例の蓄積と社会のコンセンサス作りにつながる。今回の事件で何を不公正行為ととらえるのか。経済検察の試金石と言えよう」。その通りで、ライブドア事件がホリエモンの自供を得られずに行き詰まる中、村上ファンドに対象を広げることで「ヒルズ族の金銭至上主義」への世間の反感を掻き立てて、とにかくこの2人を血祭りに上げようとする検察の次元の低いやり口に、メディアはもっと批判的になるべきである。▲

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