INSIDER No.348《MEDIA》Web2.0とは何か——梅田望夫『ウェブ進化論』を読む
前々号と前号でネットが新聞やテレビを殺すのか?という『NEWS WEEK』特集を取り上げたが、シリコンバレー在住のITコンサルタント=梅田望夫の近著『ウェブ進化論』(ちくま新書、06年2月刊)を読むと、ネット世界はさらに先へと進んでいて、戦いの最前線はすでにWeb1.0の次元に留まるのか、それともWeb2.0の次元に踏み込むのか、というところに移りつつある。
●Web2.0の本質
昨年半ばからWeb1.0時代からWeb2.0時代への進化ということが盛んに言われるようになったが、その定義は様々である。梅田はこう定義する。
「ネット上の不特定多数の人々(や企業)を、受動的なサービス享受者ではなく能動的な表現者と認めて積極的に巻き込んでいくための技術やサービス開発姿勢」がその本質だ、と。不特定多数の中には、サービスのユーザーもいれば、サービスを開発する開発者も含まれるが、その誰もが自由に、別に誰かの許可を得なくとも、あるサービスの発展や、引いてはウェブ世界全体の発展に参加できる構造。逆に個々の表現者の立場から言えば、1人ひとりの表現行為が他者の表現行為と自由に結びつけられることで、共同作業による創造行為の可能性が拓かれる。そういうことを実現するための技術やサービスの総体がWeb2.0である。
先頭を切っているのはグーグルである。グーグルは昨年6月、従来からの地図検索サービス「グーグル・マップス」のAPI(アプリケーション・プログラム・インターフェイス)を無料公開し、同時に全世界の精密な衛星写真を見ることが出来る「グーグル・アース」という新しいサービスを開始した。APIとは、開発者向けのプログラム開発用ツールで、これを使えば世界中の誰もがグーグル・マップスのシステムをそのまま利用して、地図上にマークや吹き出し窓を配置して様々な情報を埋め込んだ新しいサービスを作り上げ、それを自分のウェブで公開することが出来る。
実際、例えばHousing Mapsというサイトは、グーグル・マップスの上に案内広告の巨大サイト「クレイグリスト」の中の不動産情報を重ね合わせて、全米主要都市別に売買・賃貸・貸室・又貸しの分類で物件を探すことが出来るようにしているが、これはどうもポールという人が個人で開設しているものらしい。
※http://www.housingmaps.com/
あるいは、Chikago Crimeというサイトは、グーグル・マップスのシカゴ市街図に、警察がウェブで公開している市内の犯罪についてのデータベースの情報を重ねて、ストリート毎にどんな犯罪が起きたかを検索できるようにしている。これもジャーナリストでデータベース作りの経験もあるA・ホロヴァティという人が勝手に作って無料公開している。
※http://www.chicagocrime.org/
日本でも、(株)はてなが「はてなマップ」というサービスを始めた。これは地図上にたくさんの人たちが自分の関心ある事柄についての写真や文章を自由に貼り付けることが出来るもので、例えば「フットボール」というキーワードで地図を呼び出すと全国のJリーグ各チームの本拠地のスタジアムがマークされていて、そのうち1つをクリックするとそこの情報やアクセスを参照することが出来る。グーグル・マップスを1つの情報共有空間として、そこに不特定多数の人々が参画することで、情報の項目も件数も無限に増殖していくわけで、このようなものをグーグル自身が閉鎖的に抱え込んで自分らで開発した情報だけを順次アップしていく場合に比べて、何万倍か何億倍か、いや無限大の広がりの中でグーグル・マップスが活用されることになるのである。
グーグル・アースは、世界のどんな場所でも家の1軒1軒まで識別できる衛星写真、起伏に富んだ地形の立体画像、さらに大都市の場合は建物の意味を示す情報まで含む詳しい3次元画像まで提供する。私が家を建設中の鴨川の山林あたりは、詳細画像の対象地域ではないが、それでも森の中の林道や畦道の1本1本まで「あっ、あの小径も見える!」と思わず声をあげてしまうほどである。これに一番ショックを受けたのは金正日かもしれない。グーグル・アースは、ソフトウェアを無料でダウンロードし(Mac用もあり)、それを開いてブロードバンドでアクセスすれば無料でいくらでも楽しめる。
※http://earth.google.com/
●知の世界の再編成
グーグルがやろうとしていることは、普通我々がイメージしている「検索エンジン」という域を遙かに超えている。彼らの言葉を引けば「世界中の情報をオーガナイズし、それをあまねく誰もがアクセス出来るようにすること」「すべての言語のすべての言葉の組み合わせに対して、それらに最も適した情報を対応させること」である。そのために、同社の30万台ものコンピューターが日々刻々と更新されていく世界中のウェブサイトの情報を自動的に取り込み、ウェブ相互間に張り巡らされるリンクの関係を自動的に分析・評価するシステムが四六時中働いている。彼らはこれを「ウェブ上の民主主義」と呼ぶ。ユーザーの要求に対して「最も適した情報」を対応させるのは、学界の権威や情報分析のプロではなく、人間でさえもなくて、その情報を世界中のウェブサイトがどう評価しているかについての自動解析なのである。自動化された知の世界の再編成……。これがグーグルの凄さの核心である。
アマゾンも2.0世代の企業である。アマゾンのウェブ・サービス(開発者向けにプログラム用のデータを公開するサービス)を活用すれば、外部の開発者はアマゾンが扱うすべての商品のデータにアクセスすることが出来、それを自由に選んだり組み合わせたりして独自の新しいサービスを生み出すことが出来る。米国ヤフーやeベイなども同様に開放的であることによって無限の拡張性を追求しようとしている。
それに対して、ヤフー・ジャパンや楽天は(そしてライブドアも)、梅田に言わせれば、日本の中で誰よりも上手にWeb1.0ビジネスを成功させたものの、その後はネット事業を2.0へと進化させようとはせずに、日本の中でエスタブリッシュメント化していく方向を採った。今のやり方は、孤島の魅力を高めてより多くのユーザーと広告スポンサーを惹きつけようとしているだけで、その島の上や周辺に誰もが勝手に橋を架けたり港を建設したり出来るようにする自由を保証していない。だから、楽天やライブドアがテレビ局やプロ野球など既存エンターテインメントのコンテンツを獲得しようとしたのは、ネット世界の進化とは関係のない、むしろリクルート、ピア、マツキヨ、ツタヤなど「生活密着型のサービス産業」における起業家精神の系譜の中に位置づけられることだと、彼は言う。
さて、Web0.0世代とも言うべき新聞・テレビなど既存メディアにとっては、グーグルの目指す知の世界の再編成は恐らく理解不能だろう。世界中のウェブから関連する情報を拾い集めて並べたところで、そんなものはミソもクソも一緒の玉石混交で、何の役にも立たないと考えるに違いない。確かに、誰もが表現者であり発信者であるウェブ世界では、玉石混交問題は解決しなければならない大きなテーマではあるけれども、それを権威やブランドを持つ既存メディアのプロフェッショナルだけが振り分けられると考えるのは時代錯誤なのかもしれない。既に米国のブログ世界では、プロのジャーナリストが繰り出した情報より、不特定多数の中からレベルの高い参加者が自発的に集まって議論した結果として得られる情報のほうが質が高い場合があることが立証されている。逆に、『朝日新聞』の一連の誤報や記事捏造問題が示しているように、既存の有名メディアに所属するジャーナリストがプロフェッショナルであるとは限らず、むしろアマチュア以下のレベルだったりもする。ネットの意義は「不特定多数無限大の人々のつながりを持つためのコストがほぼゼロになった」ことであり、単なる不特定多数ではなくそれが無限大に繋がっていって、そこに玉石混交問題を解決する技術的手段の進化が加われば、ごく少数の専門家の経験や知恵を超えた「群衆の叡智」が働き始めるのかもしれない。そこでは、専門家やプロフェッショナルが無用になるのでなく、彼らがまずその群衆の叡智の可能性を理解した上で、自分らもまたその群衆の一員として知の集積と創造に参加しつつ、しかし、何らかの知的イニシアティブを発揮するという具合に立ち位置を再設定すべきなのだろう。
梅田の著書は今ウェブの世界で何が起きているのかについて、実に多くの示唆を与えてくれる。ここで覗いたのは、8つの章のうちほとんど「第2章 グーグル」の部分だけである。ご一読をお勧めする。▲