INSIDER No.345《IRAQ》泥沼の内戦状態に近づくイラク——ブッシュは打つ手なし
本誌にとっては予想通りのことではあるが、イラク国内情勢は、昨秋の新憲法制定とそれに基づく総選挙実施にもかかわらず、宗教的・部族的抗争はますます激化し、今や周辺国をも巻き込んだ全面的な内戦状態に転がり込む寸前に達している。米国にとって状況は、ベトナム戦争末期の“泥沼化”よりさらに複雑かつ深刻で、ブッシュ政権の「出来るだけ早くイラク人の政府を作って秋の中間選挙前までに米軍を撤退させる」というシナリオはすでに破綻しているというのに、他に打つ手は思い浮かばない有様である。
●スンニ派取り込みに失敗
事態を悪化させた最大の原因は、“イラク人の政府”づくりのプロセスにスンニ派を取り込むことに失敗したことである。
実を言えば、スンニ派の“処遇”は占領当初から最大の問題で、それはイラクがオスマントルコ以前からフセイン政権に至るまで一貫してスンニ派が支配する国柄だったからである。イラン系のシーア派が南部で次第に勢力を伸ばしてスンニ派が少数派となった後でも、その国柄は変わることがなかった。少数派のスンニ派が多数派のシーア派を支配し、加えて北部には独立を志向するクルド族がいて、しかも社会構造としては何千年という歴史の中で培われた部族長の割拠支配がある国で、それを一応の“国民国家”として統治しようとすれば、フセインのような(スンニ派系の出身ではあるが)世俗的な(ということは狭い宗派的対立から相対的に自由な)独裁者が富と権力を一元的に握って上から押さえつける以外に方法がなかったわけで、本誌が何度も書いているように、フセインは別に個人の趣味で独裁をやっていたわけではない。
ところが単純思考の米英は、その権力を軍事力によって物理的に破壊してしまい、アラブ諸国の中では相対的に(サウジアラビアと比べれば遙かに)マシな民主的要素を持っていた(例えば女性の社会的地位、教育水準の高さなど)イラク社会が、内側から民主主義を押し広げることを通じて自ら独裁を克服していく道筋を乱暴に遮断した。それで、米国流の青臭い“民主主義”を外から注入すれば数ヶ月で事が片づくなどと考えたのが間違いの始まりだった。スンニ派の合意を取り付けることなしに“民主的”な選挙を実施すれば、シーア派が勝つのは分かり切っていて、その選挙結果を基に政権づくりを進めればイラクはシーア派の国への国柄を転換することになり、米国が忌み嫌うイランとの連携に走るかもしれない。
もちろん、ワシントンでも国務省〜CIAのラインはそのことを認識していて、占領と同時にスンニ派宗教者や有力部族長との対話を重視する方向を採用し、同派とシーア派およびクルド族との“和解”こそがイラク人政府の形成のカギであると考えていた。しかし、ホワイトハウス=ネオコン派〜ペンタゴンのラインは、スンニ派を“フセイン政権の残党”としか見ておらず、シーア派およびクルド族を主体としたイラク“国軍”と警察を急いで作り上げて治安維持(ということは実質的にスンニ派武装勢力およびそれと結んだアルカイーダの外国人テロリスト退治)を担わせようとした。これではスンニ派が、米国がシーア派とクルド族を手先として自分たちを抹殺しようとしていると受け取るのもやむを得ない。
米軍事学者のスティーブン・ビドルが『フォーリン・アフェアズ』最近号の論文「バグダッドを見てサイゴンを考える」で要旨次のように述べているのは正しい。
▼ベトナム戦争で米国が相手にしたのは、毛沢東流の人民戦争であり、彼らは抑圧された大衆の側に立って、外国勢力に支援されたごく少数の支配階級の政権を打倒するという民族的・階級的利害を標榜した。この場合には“ベトナム化”によって治安責任を現地政府に委ね、また戦闘が鎮まらない内にも早々に選挙を実施させて政権の正統性を確立しようとしたことは正しかった。
▼しかしイラクで起きているのは、部族間対立の中でお互いに恐怖心に駆り立てられていることによる内乱であり、そこでは、スンニ派は復権を望み、またかつてのスンニ派支配に対するシーア派やクルド族の報復を恐れている。他方、シーア派とクルド族は確かに報復を求め、同時にスンニ派が復活すれば大量虐殺の憂き目に遭うのではないかと恐れている。この場合は早急な“イラク化”は混乱を招くだけである。
▼スンニ派はイラク“国軍”と警察を、「シーア派とクルド族の民兵が巨大化したもの」にすぎないと受け止めている。彼らは、占領者のエージェントである“国軍”に保護を求めるつもりなどない。だから、“国軍”が増強され、訓練が進み、装備が充実すればするほど、スンニ派との緊張は激しくなり、さらには、各派間で権力を分け合うことを憲法的に保障する取り決めで妥協する(それこそが部族間抗争の唯一の長期的な解決となるはずだが)チャンスを潰すことになる。
▼米国が今更スンニ派を“国軍”に参加させて各派混成部隊を作ろうとしても、それは隊内の反目から機能しないだろうし、かといって、スンニ派だけの部隊を作ることは全く何の解決にもならない……。
こうして、スンニ派の扱いを間違えた米占領政策は、今のやり方をいつまで続けてもまともなイラク人の政府を作ることが出来ず、従ってそれを中途半端なままで放置して米軍を撤退させることも出来ない。
ビドルが推奨する最善の道は、米国がシーア派とクルド族を中心とするイラク軍警の増強を直ちに中止して、スンニ派を含めた部族間協和の仲介役に徹することであるけれども、実際の米政策はそれと正反対のほうに向かっている。
●外国勢力も介入強化
今年に入ってからの内戦激化は、以上のような米国の誤りの連鎖を背景として起きたものである。
事態悪化の序曲となったのは、1月29日にバグダッドとキルクークでキリスト教の教会7カ所に対する同時テロ攻撃である。6カ所は自動車爆弾、1カ所は仕掛爆弾で、キリスト教徒多数と通行人のイスラム教徒若干に被害が及んだ。誰も犯行声明を出さなかったので、真相は不明だが、7カ所への同時爆弾テロの仕掛けは相当時間をかけた周到な準備が必要なことは明らかで、アル・ザルカウィ指揮下のアル・カイーダ組織によるものと推測されている。最近彼らは、イラク国内のシーア派とキリスト教徒を同列に置いて排撃するキャンペーンを繰り広げてきた。
アル・カイーダは、およそ1カ月後の2月22日には、イラク中部のシーア派の聖地アスカリ廟を爆破して、抗争激化への引き金を引いた。同廟は、ムハマンドの直系子孫であるイマームの遺体が安置されているところで、それはスンニ派にとっても聖地であり、スンニ派民兵がそこを破壊するはずがないため、外国勢力の仕業と推測された。シーア派民兵は直ちに全面的な報復に出、以後1週間にスンニ派のモスク37カ所を破壊したほか86カ所を攻撃し、1300人のスンニ派の聖職者や住民を殺した。
言うまでもなく、フセイン治下のイラクにはアル・カイーダの組織など存在しなかった。米英が政権を破壊して無政府状態を作り出したために、プロのテロリストあるいはコマンドがヨルダンから入り込んで、スンニ派の中の過激派を組織して、当初は「アル・カイーダ・メソポタミア」と称していたが、最近では「2大河川の国のアル・カイーダ」と名乗っているらしい。一般のスンニ派住民のほとんどは、1日も早く平安な生活が戻ることを願っているし、また部族間・宗派間対立が深刻だとは言っても、ある統計ではイラクの夫婦650万組のうち200万組がスンニ派とシーア派の組み合わせだし、またそれらのどちらかとクルド族の取り合わせも少なくなく、殺し合いを望んでいない。しかし、スンニ派には米国の後ろ盾を得たシーア派主体の軍警による“民族浄化”的な大虐殺が迫っているのではないかという慢性的な恐怖感があり、そこに過激派やアル・カイーダの扇動が効果を持つ余地がある。アル・カイーダは、イラクの地を米帝国との戦闘の主戦場にしようと思っていて、そのためにはスンニ派のシーア派やクルド族への憎しみを煽って内戦状態を作り出したくて仕方がない。そのため、キリスト教徒やシーア派への大がかりな攻撃を挑発的に行っているのである。
もっとも、田中宇が「国際ニュース解説」3月3日付で書いているように、ザルカウィもアル・カイーダの国内組織も実態は不明で、実在するのかどうかも疑わしく、実は米占領軍の中の「スンニ派殲滅」路線を採る強硬派がイラク人武装勢力を雇って破壊活動を行い、それを「ザルカウィの仕業」と宣伝しているにすぎないという見方もある。
他方、シーア派の母国イランでは、イラクに行って殉教者になろうというキャンペーンが展開されており、ウェブサイトを通じて志願者を募っている。「シャヒード祈念世界イスラム組織本部」と称するそのサイトにはすでに5万4000人が志願登録したと言われており、彼らの目的は何かと言えば、イラクのスンニ派の攻撃からイラク国内の聖地を防衛することであり、また傲慢なる欧米異教徒、腐敗したイラク占領軍、シオニストと対決することである。すでに真っ先に登録した数千人の青年「殉教志願兵」がイラクで自爆作戦に従事するためイラン政府の出動許可を待っている。これは、イラン政府および宗教保守派がイラク内戦に本格的に介入する組織的な準備に着手したことを示す兆候と受け取られている。▲