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2006年2月23日

INSIDER No.344《CHINA》“中国脅威論”の横行を嗤う!——政治家はもうちょっと勉強しないと…

 政界で「中国は軍事的脅威か?」の議論が行き交っている。火付け役は前原誠司=民主党代表で、彼は昨年12月8日、ワシントンのジョージタウン大学戦略国際問題研究所(CSIS)での講演で、中国が毎年10%以上の軍事費拡大を続けていることへの懸念を表明、軍事力増強を「現実的脅威」と指摘、さらにシーレーン(海上交通路)防衛のために、集団的自衛権を行使できるよう憲法改正を検討すべきだとの考えを示した。講演の中国に関する部分は次の通りである。なお全文は、CSISのこのサイトを参照のこと。

http://www.csis.org/media/csis/events/051208_maehara_japremarks.pdf

●前原講演の中国関連部分

 否定し難い事実として、中国が経済的にも軍事的にも一層力をつけてきている状況が出現しています。中国は経済発展を背景にして、20年近くも軍事費は毎年10%以上の伸び率を確保し、軍事力の増強、近代化を進めています。実際には中国政府が公表している2倍から3倍の軍事費が使われているのではないかとの指摘もあります。これは現実的脅威です。

 この中、小泉首相の約5年間、中国や韓国との首脳交流がほとんど出来ないという異常事態が続いています。これは、小泉首相が毎年行なっている靖国神社参拝が大きく影響しています。私は、A級戦犯が祀られている靖国神社には、少なくとも総理、外相、官房長官はお参りすべきではないと主張してきました。他国に言われて参拝を止めることは、内政干渉に屈したことになり、望ましくありませんが、日本が戦前、他国を侵略し、或いは植民地支配を行なったことは歴史的事実であり、為政者の誰かが責任を取らねばなりません。政治家は結果責任を負うべきだと考えます。

 私は、中国に対しては、対話と関与、そして抑止の両面で対応すべきだと考えます。まずは、対話と関与について述べたいと思います。日本と中国との間には、お互いの利益になる協力分野が多く横たわっています。包括的なテーマを「相互互恵」「共存共栄」の観点から戦略的に議論することが重要です。それらは、エネルギー確保、エネルギー効率の向上、環境汚染防止、交通網整備、エネルギー効率を考えた都市整備、HIVや鳥インフルエンザなどの感染症対策、北朝鮮問題、軍拡競争を抑止するための軍事交流、エネルギーや物流で重なるシーレーンの安全確保などで、同じような観点から、インドとの包括的対話も必要だと考えます。

 巨大な人口を抱える国の経済が急成長することによって、エネルギー確保や環境問題などで他国との摩擦を生じさせる可能性も否定できません。中国の経済発展は基本的に歓迎しながらも、各地で暴動は頻発しており、安定的に発展していくかどうかも含めて、注視し続けなければなりません。資源の確保は、日本にとって更なる重要な問題を突きつけています。

 中国による領土及び海洋権益の侵犯の動きが見られます。他国の主権・海洋権益を無視し、東シナ海におけるガス田の開発など既成事実を積み重ねて既得権益化する動きが見受けられるのです。原子力潜水艦の領海侵犯事案という事態さえ発生しています。このような行動には、手をこまねかずに毅然とした対応をとることが重要です。民主党は、東シナ海で日本の民間企業が資源探査・開発をする際、海上保安庁や自衛隊によって安全が確保される根拠法を先の国会に提出しました。しかし、このような毅然とした対応により中国の膨張を抑止するだけではなく、東シナ海の海洋権益については中間線の両側での日中両国の共同開発を行なうべきだと考えます。中国側が既成事実の積み上げを続けるならば、日本としては、同係争地域での試掘を開始せざるを得ないと考えます。

 日本は他国との領土問題や海洋権益に関わる係争を抱えています。話し合いによる平和的な解決を基本としながらも、日本の主権・権益を守るための防衛力や法律の整備は毅然と行なわなければなりません。さらに、日本は四方を海に囲まれる海洋国家ですが、天然資源に乏しく、そして貿易活動が日本経済を根本的に支えていることを考えると、シーレーン防衛は死活的に重要な観点として考慮されなければなりません。1000海里以遠をアメリカに頼っていますが、日本も責任を負うべきだと考えます。

 これを可能にするには、憲法の改正とこれまでの自衛隊による活動及び能力の拡大が必要になるかもしれません。日本に直接危機が及ぶ可能性のある場合、例えば第3国からミサイルが発射されたり、あるいは周辺事態に認定されるような状況に至ったとき、現在は集団的自衛権の行使と認定され、憲法上行えないとしている活動について、憲法改正を認める方向で検討すべきだと考えます。権利は留保できるのであって、集団的自衛権の行使は、あくまでも日本の主体的判断に基づいて行なわれるべきものだと考えます。

 さらに、戦略環境の変化と脅威の非対称化、大量破壊兵器(WMD)の開発と拡散、そしてそれを受けて促進された米軍再編(トランスフォーメーション)を日本は十分に理解し、それに伴う基地再編(グローバル・ポスチャー・レビュー)を政治がリーダーシップを持って進めることも重要です……。

●大いに喜んだタカ派

 中国を“現実的脅威”と呼んだ日本の政治家は初めてで、しかも彼はこの直後に北京に乗り込んで、11日の唐家旋[王扁に旋]国務委員・前外相との会談で、「中国の軍事力増強は何を目的としているのか。現実の脅威と見なされても仕方がない状況だ」と述べたのに続いて、翌日の北京外交学院での講演でも「空軍力、海軍力、そしてミサイル能力を中心として(中国軍の)能力が飛躍的に向上していることに、私は率直に脅威を感じている」と自説を展開した(というのは新聞報道で、民主党公式サイトの外交学院での講演の「予定原稿」ではそのような表現はなく、「中国を軍事的な脅威であると見なす声が増えています」というマイルドな言い方になっている。下記URLを参照)。これでは中国側が不快を感じるのは当然で、予定された胡錦涛主席との会談はキャンセルされた。

http://www.dpj.or.jp/seisaku/unei/BOX_UN0244.html

 帰国した前原は、「言うべきことを言ったことに自信と誇りを持っている。口だけで『友好』『友好』と言ってきた親中派とは違う」と見栄を切った。確かに、中国に行ったからといってペコペコする必要はないけれども、小泉純一郎首相の靖国参拝で日中首脳の対話さえ成り立たない状態が続いている中で、しかもその直後にはマレーシアで第1回東アジア・サミットが開かれて「東アジア共同体」の形成をめざす議論が緒に就こうというタイミングで、野党外交としてやることがあるとすれば、将来日中が連携して東アジアの地域協力を発展させるという展望を語りつつ、そのためにも小泉政権とは別の回路で日中の相互不信を改称するする方策を提案し根回しすること以外にはないはずである。それを、与党の政治家でも使わない過激な(しかも後で詳しく述べるように、間違った)言葉を振り回して相手の顔を逆撫でして帰ってきたのでは、小泉と嫌中感情の剥き出し度を競っているだけで、子供の使いにもならない。

 大いに喜んだのは日本のタカ派である。麻生太郎外相は12月22日の会見で次のように述べた。外務省の記録は下記URLを参照。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/kaiken/gaisho/g_0512.html#5-D

 「前原さんの言うように(中国が)脅威、不安をあおっているというのは確かだ」「隣国で10億の民、原爆を持ち、軍事費が連続17年間で毎年2桁の伸び、(しかも軍拡の)内容は極めて不透明というのであれば、かなり脅威になりつつある」

 この外相発言について問われた安倍晋三官房長官も同日、次のように述べた。

 「私は先の会見で『(軍事費の)透明性はしっかりと確保してもらいたい。中国が国際社会で責任を果たすことでもある』と申し上げた。麻生外相もそういう観点から、近年2ケタの軍事費の伸びが続いている中で、透明性をしっかり確保することが諸外国の中国への信頼につながるという考えをおっしゃったと思う」「中国の軍事費の伸びについて、透明性を確保してもらいたいという考えで述べられたことにおいては、(私も)基本的な考えとして大きな違いはない」

 もっとも安倍は、「首相は中国の経済的な成長、台頭は日本にとってもチャンスとおっしゃっている。麻生外相も先般のアジア戦略演説で『中国が台頭してきた。日本が待ち望んでいた事態にほかならない』とも述べておられる」と、小泉政権が決して丸ごと反中国の姿勢を採っている訳ではないことを付け加えるのを忘れなかった。小泉首相も以前に「(中国が)透明性を高めることが極めて重要」と述べたことがあり、安倍発言もその延長線上にあると考えてよいが、問題の焦点は、中国を“脅威”と認定する判断に政府が踏み切ったのかどうかであり、安倍はその肝心なところを曖昧にしたまま麻生を擁護した形となった。

 中国嫌いの石原慎太郎都知事も黙っていない。22日の定例会見で前原の“中国脅威論”に触れ、「当たり前のこと。脅威を感じないのはよほど能天気な人間だ」「中国は軍備を背景に周辺戦略を進めている。日本の領土はたびたび侵犯されている」と指摘した。

 年が明けて中川昭一農水相も同調者に加わった。彼は1月18日の外国特派員協会での質疑で日米同盟に関連し、「軍事的な脅威は日本にはあるわけで、日米同盟を我々は選択している以上、日本が日米同盟に基づいて米国と対等の関係で防衛をしていく」と述べ、脅威の具体例として「北朝鮮と中国だ」と明言した。中川はまた、自民党総裁選に関連して「安倍官房長官とは昔からの友人で、国民や国際的な評価が高いなら、このまま(首相に)なってほしい」と述べた。

 こうして、小泉の対中(韓)強硬姿勢を引き継ぐだけでなく、それを“中国脅威論”にまでエスカレートすることをも辞さないかのような流れが、麻生と安倍を中心に出来上がりつつあることに留意する必要がある。ポスト小泉の最有力候補とされる安倍が後を襲えば、日中関係はますます悪化するのは必至である。

●広がる前原発言への反発

 前原発言に対する反発の声は、まず民主党内から起きた。同党No.2である鳩山由紀夫幹事長は15日の記者会見で、前原氏が中国の軍事力を「現実的脅威」とした点について「先制攻撃はしないというのが中国の方針だ。その意図も考えれば、党の方針ではそのような(現実的脅威という)考えは取っていない」と語った。鳩山はまた、同日前原に電話し、講演前に内容を小沢一郎、菅直人ら党内の有力議員に説明すべきだったと忠言したことも明らかにした。前原は「これから配慮します」と答えたという(この部分の記録は民主党サイトのニュースでは省かれている)。鳩山は19日の都内の講演でも前原の“中国脅威論”を批判、「中国の現在の軍事力は基本的に防衛のためのもので、この点を考えて、中国が脅威であるというべきではない」と述べた。

 菅直人は自身のホームページの「今日の一言」欄の14日付で次のような間接的表現で前原への懸念を表明した。

 「前原代表の下の民主党について、心配のメールをたくさんいただいています。私自身、代表選では自民党との対立軸を民主党として明確にすることを主張しました。新代表に就任した前原代表にもフレッシュな感覚で自民党に対抗する民主党の姿を示してくれることを期待していました。この点で前原代表の昨今の言動が、自民党との差がなく、二大政党としての存在理由が無くなっているという多くの人の指摘に、前原代表自身、真摯に耳を傾けてもらいたいと考えています」

http://www.n-kan.jp/bbs/index2.html

 横路孝弘衆院副議長が25日高知市での講演で「無神経な発言だ。理解できない」「“現実的な脅威”と言うと仮想敵国になってしまう。周辺事態で集団的自衛権を行使するとは、中国や朝鮮半島に何かあったら自衛隊が(米軍と)出かけていくということだ」と強い反発を示したのは当然として、批判は小沢一郎前副代表にまで広がって、中国脅威論を正式の党見解に押し上げようとする前原の試みは頓挫した形になっている。

 前原・麻生批判は自民党にも飛び火し、山崎拓安全保障調査会長が12月25日のTV番組で、麻生の「かなり脅威になりつつある」との発言について、

 「言葉遣いが間違っている。政府の公式見解では“脅威”という言葉は使っていない。“脅威”だというと、我が国に対する侵略の意図があり、対処しないといけないことになってしまい、大変な対立、いっそうの緊張が生まれる」「侵略の意図と能力を組み合わせて“脅威”と呼んだ。(かつての極東ソ連軍のように)能力はあるが、意図が明確でないことは“潜在的脅威”と整理したのが政府の公式見解だ。中国の軍事力が脅威だといってしまうと、我が国に対する侵略の意図があると言っていることになる」

 と語った。さすが防衛庁長官経験者で自民党防衛族のドンであるだけに、脅威という言葉や、ましてや“現実的脅威”という言葉は軍事用語として厳密に用いるべきことを知った上での見識ある発言である。彼は改憲タカ派であるが、情緒だけで反中国を叫ぶただの右翼とは違ってそれなりの自分の論理を持った政治家である。この2日後、山崎は冬柴鉄三公明党幹事長らと共に都内で小泉と会食し、その席で小泉も「中国の発展はチャンスだと言ってきた。私は中国の軍事力の膨張に関して“脅威”と言ったことはない」と“中国脅威論”を退けたという。もっとも彼は靖国参拝については「私の信念だ」と不変の姿勢を見せた。

 前原・麻生のデュエットは国際的にも波紋を呼び、23日付の『ニューヨーク・タイムズ』は東京特派員電で「中国の軍拡は日本にとって軍事的脅威と外相が発言」と題して麻生発言とそれに対する安倍の擁護、中国当局の反発を伝え、麻生と安倍の2人のタカ派が共にポスト小泉の有力候補であることに注意を喚起した。

●中国の軍拡の何が問題か?

 さて、前原・麻生の発言はどこが問題か。19日のサンプロでの専門家討論の内容をも含めて検討していきたい。

 第1に、中国が17年間に渡って年々10%前後の軍事費拡大を続けているのは事実だが、これは名目の数字である。サンプロでは田岡が、1985〜2004年の中国の軍事費の名目の伸び率とインフレ分を差し引いた実質の伸び率を比べたフリップを示し、例えば94年は軍事費が対前年比27.3%も延びているが、この年はインフレ率が24.1%であったため実質は3.2%にすぎないなど、この期間に実質の伸びがマイナスだったことが7回もあり、名目だけを見て言うのは単純すぎると指摘した。

 これは田岡の言うとおりで、そもそもGDP総体が10%近い名目成長率で爆走しているのだから、軍事費が政府支出の中で同じ割合なら10%前後で増えていくのは当たり前で驚くに当たらない。このことをもっと分かりやすく捉えるには、GDPに対する軍事費の比率を見ればよい。SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)が出している「軍事費データベース」(下記URL参照)で中国を引くと、1989〜2004年の次の推計数字が出る。

---------------------------------------------------------------------
年 人民元による 03年基準の米ドル 対GDP比
  軍事費(億元)表示(百万ドル) (%)
---------------------------------------------------------------------
1989  455 11463 2.8
1990  502 12277 2.7
1991  541 12808 2.5
1992  695 15441 2.7
1993  739 14343 2.1
1994  874 13665 1.9
1995 1050 14000 1.8
1996 1260 15500 1.8
1997 1310 15700 1.7
1998 1490 18000 1.9
1999 1650 20200 2.0
2000 1820 22200 2.0
2001 2150 26100 2.2
2002 2510 30700 2.4
2003 2740 33100 2.3
2004 3050 35400 -
---------------------------------------------------------------------

http://www.sipri.org/contents/milap/milex/mex_database1.html

 近年、実質軍事費はやや増勢にあるとはいえ、天安門事件後の数年間の方がずっと伸び率は高い。日本でも60年代から70年代末の成長期には、名目軍事費もまた65年の9.6%を例外として一貫して2桁成長で、60年の1569億円から79年の2兆0945億円に13.3倍も伸びた。その間にGDPは11.2倍、インフレ率は3.8倍だったので実質国防費は3.5倍である。経済そのものも政府支出も伸びていないのに軍事費だけが突出的に増えているのなら問題だが、そうでないのに「17年間も2桁の伸び」とだけ言うのはミスリーディングで、アジテーションに近い。

 米国防総省が昨年7月の報告書で「中国の国防支出は公表予算の2〜3倍の可能性もある」と言っていて、前原もそれを信用しているようだが、田岡が1月24日の民主党の外交防衛部門会議の勉強会で正しく指摘したように、中国の中央・地方の政府支出はGDPの21.2%、内中央政府支出は04年で7895億元(11兆円)、GDPの5.8%であり(意外と小さな政府なのだ)、公表軍事費の3倍もあれば政府支出総額をオーバーする。地方政府の支出に隠れている? あの国では、軍は党中央の最後の拠り所であり、地方に軍事関連の権限や予算を分散することは100%あり得ない。

 予算内容が不透明なのは事実で、兵器の研究開発費、軍人の年金、兵器輸出などが含まれていないという指摘もあるが、軍事予算が国によってカウントの仕方が違っていて不透明なのはどこも同じで、日本でも軍人恩給、自衛官の年金、国境警備隊に相当する海上保安庁経費、文部科学省の宇宙開発費、内閣府の情報収集衛星の開発・運用費などは含まれていないので、NATO基準では日本の国防費はGDPの2%と指摘されたこともある。米国でも、440億ドルもある情報機関の経費やNASAの予算農地の軍事関連、兵器輸出関連などは秘密のヴェールに包まれていて不透明である。中国に対して国防費の中身を情報開示して周辺国との信頼醸成を図るよう求めていくのは必要なことではあるが、それはお互い様ということである。

 第2に、中国の軍事実態を過大に見てはならない。例えば海軍を含む航空戦力について言えば、各種の軍事年鑑などでは中国は2000機を上回る戦闘機・爆撃機を持っていることになっているが、その実態は、田岡によれば、比較的新型(1981年初飛行)で近代的な戦闘機と言えるのはSu(スホーイ)27、Su30シリーズ245機のみで、あとは相当旧式でほとんど使い物にならないMiG(ミグ)21(1955年初飛行)とその国産改良型のF8シリーズが計960機、全く旧式で地方空港などに野ざらしで置いてあるだけのMiG19(1953年初飛行)やTu(ツボレフ)16爆撃機(1952年初飛行)などが1000機である。

 米国防総省の公表資料を基にした『ミリタリー・バランス』は、04年版では1900機としていたのを05年版で2643機に急増したかのように描いているが、増えたのはMiG19が350機から722機に、MiG21が674機から756機に、など引退した旧型機をカウントし直して水増ししたためで、新型が何百機も増えている訳ではない。

 Su27は48機を購入・配備した後96年からライセンス生産を始めており、2010年までに200機を生産する計画。Su30は99年に78機を購入した後500機をライセンス生産する計画。ほかにイスラエルからライセンスを買った「ラビ」戦闘機を2010年までに300機、MiG29の改良型FC-1を2010年までに200機、それぞれ生産することになっていて、これらが全部出揃えば、新型機が1000機以上並ぶことになるが、計画の進捗具合は不明である。Su27の場合、年に10機も生産出来ていないと見られる。

 海軍の主力である潜水艦は05年に69隻とされているが、うち35隻はR(ロメオ)型(旧ソ連が第2次大戦中のドイツUボートをモデルに1950年代に製造)のコピー、19隻はそれを中国が改良した「明」型で、いずれも使い物にならない。原子力推進のミサイル潜水艦「夏」型1隻(1987年就航)はほとんど動いていない。攻撃型原潜「漢」型を5隻建造したが現在動いているのは405号(1990年就航)1隻のみらしい。戦力となりうるのは、ロシア製の「キロ」型4隻、国産の「宋」型3隻、「元」型(キロ型の改良型)1隻で、上記「夏」型と「漢」型の各1隻を含めても10隻程度と見られる。しかも「漢」型や「宋」型は騒音が大きくて探知されやすく、航法能力、ソナー能力にも疑問がある。因みに、04年11月に石垣島付近に迷い込んだ(?)のは「漢」型である。なお現在計画中・建造中のものが15隻あると言われている。

 水上艦は63隻で、外見から見て新型らしいのはロシア製ソブレメヌイ級駆逐艦2隻(99年輸入)を含む23隻。しかしそれもレーダーなど兵装が1960年代の旧ソ連製のコピーだったり、対空ミサイルがフランス製クロタールのコピーであったりして、日本の護衛艦隊や台湾の水上艦隊(26隻)に対抗できるほどの能力もない。

 しかし、サンプロで石破が正しく指摘したように、中国にとっては96年の台湾海峡危機の際に米空母艦隊が周辺海域に進出して来たのが大ショックで、以後、台湾有事の際には、台湾にミサイルを雨あられと降らせてから上陸侵攻する伝統的な作戦と並行して、周辺海域に来援する米海軍を阻止しあるいは狭い水域に誘い込んで包囲・殲滅する作戦を実施しなければならないことを痛感、そのための対艦ミサイル能力や対潜水艦攻撃能力の近代化とそのための演習に必死で取り組んでいる。逆に言えば、それらの増強努力は台湾有事の際に米艦隊と渡り合えるようにすることを主眼としたもので、直接的には日本にとっての脅威ではない。

 地上配備のミサイルは、対米照準のICBM(大陸間弾道弾)「東風31」が数基、相当旧式の「東風5」が20〜30基(「東風41」に置き換え中?)、日本・ロシア・欧州照準と言われるIRBM(中距離弾道弾)「東風4」20基、「東風21」30基、台湾向けのSRBM(短距離弾道弾)「東風11」600基、「東風15」350基などがあるとされており、このうち「東風21」の一部が主として在日米軍基地に狙いを定めていると考えられている。それは確かに日本にとって潜在的には脅威に違いないが、台湾海峡有事に米軍が在日基地から発進して介入し本格的な戦闘になった場合以外に中国が日本にミサイルを撃ち込む理由はない。SRBMは数は多いが通常弾頭でしかも精度が恐ろしく悪い。

●“軍事的脅威”とは何か?

 サンプロの中で石破は、「能力×意図=軍事的脅威」と言い、志方はそれを補足して「能力×意図×戦略環境=軍事的脅威」だと定義を示した。その通りであって、単に近隣に大きな軍事力が存在しそれが増強されている事実があったとしても、それだけで直ちに“軍事的脅威”になる訳ではなく、まして“現実的脅威”になる訳ではない。

 冷戦時代には極東ソ連軍は強大で、重装備の陸軍機甲化師団、戦闘機・爆撃機、原潜とその防護部隊などがハバロフスクからウラジオストクにかけて集中的に配備されていた。その陸軍師団は、中ソ対立が激化し国境紛争まで起きた時期に増強されそのまま残置したもので、必ずしも日本を睨んだものではなかったが、例えば欧州正面で米国はじめNATOとソ連はじめワルシャワ条約機構軍が全面戦争に突入し(戦略環境)、同時に裏側の極東でも戦闘が発生したり、あるいはモスクワが米日両軍を攻めることを決断して作戦準備を開始した(意図)という場合に、初めて北海道に上陸侵攻してくる可能性が現実的になる訳で、それが“現実的脅威”であってそれ以前は“潜在的脅威”のレベルである。志方は、現役時代の最後の肩書きは北部方面総監で、ソ連の侵略があった場合は真っ先にそれとぶつかる部隊の司令官だったが、当時、極東ソ連軍は“潜在的脅威”以上になったことはないとサンプロでも断言した。

 それはそうで、当時、私の取材に答えたある自衛隊制服組は、「無責任な週刊誌が『ある朝突然に札幌のあなたの家の庭にソ連の戦車が…』などと書いたりしているが、そんなことがいきなり起こる訳がない。極東ソ連軍は強大だが、ウラジオストクの港にはろくな輸送船も上陸用舟艇もなく、師団は海を渡れない。もし黒海や北海方面から輸送船が回送されてウラジオに集結し始めたということなら、ソ連が北海道攻撃を決断したと判断しなければならず、その時には本格的な上陸侵攻が“潜在的脅威”から一挙に“現実的脅威”にレベルアップし、我が方も直ちに迎撃準備に入ることになる」と語った。単なる“懸念”なのか“潜在的脅威”なのか“現実的脅威”なのかは国家として生き死にを賭けた真剣な判断の問題であり、「日本国民はみんな不安に感じている」から“脅威”、それも“現実的脅威”だなどと言うのは、日常用語と軍事用語の区別もつかないお飯事にすぎない。

 中国の軍拡は、ハードな能力としては脅威の源泉となりうるものではあるけれども、それだけでは“懸念”の対象である。中国政府には日本を侵略して占領したりする意図は全くなく(そんなことをしても何のメリットもない)、ありうるほとんど唯一の可能性は、台湾海峡で戦闘が始まったという戦略環境の下で、米軍が介入し、また日本が“周辺事態”に対応して米軍支援のために参戦した場合、在日米軍及び自衛隊の基地を無力化することを意図してミサイルを撃ち込むというケースだろう。つまり、極東米軍及び自衛隊が中国にとっての“現実的脅威”になった瞬間に中国は日本にとっての“現実的脅威”となる。

 その意味では、前原が「日本に直接危機が及ぶ可能性のある場合、例えば第3国からミサイルが発射されたり、あるいは周辺事態に認定されるような状況に至ったとき、現在は集団的自衛権の行使と認定され、憲法上行えないとしている活動について、憲法改正を認める方向で検討すべきだと考えます」と言っているのは完全に倒錯的で、日本が“周辺事態”法という定義不明かつ曖昧で憲法違反の疑いが濃い法律を作って台湾海峡や朝鮮半島の危機に関与出来るようにし、なおかつ今後、憲法を改正して日米安保条約に基づく集団的自衛権を外に向かって発動出来るようにすればなおのこと、それらの危機に際して第3国からミサイルが発射されたりして日本に直接危機が及ぶ可能性が増すのである。日本が中国にとっての“現実的脅威”となるよう誘いかけているのは日本なのだ。

 台湾海峡を巡る戦争が起きたとしても、それは中国の立場からしても、「中国は1つ」と認めている米国、日本はじめ国際社会の常識からしても、国際法の見地からしても、“内戦”であり、米国が台湾との特殊な関係からそれに介入するのは勝手であるけれども、日本がそれに介入しなければならない理由はないばかりか、他国の内戦に例え米軍への“後方支援”であろうとも軍事的手段を用いて参与することは明白な憲法違反である。それを、憲法を変えてでも台湾有事に参与出来るようにしようというのは、自民党のアホなタカ派が言うのなら仕方がないとして、リベラルな野党の党首が言うべきことではない。

 そもそも、中国政府の主観においては、中国の軍事力は完全に防衛的なものであって、台湾にしても尖閣列島にしても南沙諸島にしても中ソ国境にしても、中国が自国の領土と思っている場所については軍を繰り出しても守ろうとする意識が強烈であるけれども、毛沢東時代のチベット侵略を別にすれば(それとても清朝時代には自国の版図内だったという解釈である)国境を超えて領土を拡張しようなどという企図は示したことがない。安易に「中国の膨張」などという言葉を使うべきではない。

 また、1000海里以遠のシーレーン防衛を米国に頼っているのは問題で、日本も責任を負うべきだという前原の発言も二重三重に虚妄である。第1に、米国は現状で、日本の1000海里以遠のシーレーン防衛について何の責任も負っていない。第2に、日本は1000海里以内のそれについて何の具体的な防衛策も講じていない。第3に、一般論として、このグローバル化の時代に世界中に四通八達したシーレーンについて誰か一国が四六時中監視態勢をとって見張りを続けるなど不可能で、それこそが多国間の集団安全保障体制のテーマの1つとなるはずのものである。

 さらに、東シナ海のガス田開発問題や尖閣列島問題は領土・領海を巡る紛争事項ではあるが、これは軍事マターでなく外交マターである。こうした問題で中国が強圧的な態度をとったり、軍艦をちらつかせたりすることがあったとしても、それは基本的に外交手段を通じて粘り強く解決を図りつつ、これまた多国間の協力による日本海・東シナ海の漁業資源や海底資源や環境や気象情報や交通安全の共同管理という方向に導くべきことであって、軍事手段であわてて決着を求めるべきことではない。その紛争地点の近くに中国の潜水艦がフラフラと入ってきたからといって、そんなものは脅威でも何でもなく、冷戦時代の旧ソ連からはほとんど毎日のように戦闘機・爆撃機・偵察機、あるいは原潜による領空・領海侵犯があって、それには自衛隊が毎度スクランブルをかけるなどのそれなりの対処は行われたものの、軍事的脅威が迫ったなどと騒ぎ立てる者はいなかった。

 こうして見ると、前原は、野党第一党の党首でありながら、軍事と外交について初歩的な常識もわきまえずに無駄口を叩いて国際的な恥さらしを演じたのである。山崎が言うとおり“言葉遣い”は大事である。▲

2006年2月14日

INSIDER No.343《HORIEMON》藤原正彦の「市場原理主義」批判は間違っている——官僚支配の爆砕なくしては日本は前に進まない

 私は藤原正彦の『国家の品格』という本は高く評価していて、「懐かしさ」とか「もののあわれ」とかいった日本的情緒や「武士は食わねど高楊枝」的な武士道精神の復興が、日本自身の再生の鍵であるばかりでなく、それを通じて21世紀の世界を救う役目を果たすことが出来るというその結論に、基本的に賛成である。しかし、本誌前号でも吟味の対象としたライブドア事件についての藤原の新聞でのコメントや、それをさらに詳しく敷衍した『文藝春秋』3月号の巻頭論文「愚かなり、市場原理主義者」を読むと、彼が、日本的情緒・精神vs米国的市場原理主義という二律背反的な荒っぽい思想的対立軸にすべてを還元してしまって、それはそれとして問題提起としては意味のないことではないけれども、現今の日本の政治的対立軸がどこにあるのかについて完全に音痴であるために、結果としては、明治以来の発展途上国型の中央官僚専横の体制やそれにあぐらをかいた既得権益企業・集団を擁護し、またその随伴物である旧自民党的な馴れ合いによる隠微な利害調整や平等原理に名を借りた欲得づくのバラ撒き政治の手法を擁護する役割を引き受けてしまっている。こんな形で文春はじめ旧体制メディアで寵児のように扱われるのは藤原にとって不幸なことだと思う。

●競争そのものを否定しては話にならない

 「市場原理と自由競争は一体だから、その結果、わが国は激しい競争社会に突入した。自由に競争して、勝った者が情け容赦なくすべてを取る、という方式である。公平に戦った結果だからよいではないかという理屈である。弱肉強食、食うか食われるかの世界である。けだものの世界である」と藤原は言う。けだものの世界!?本当に日本はそんなことになっているだろうか。

 第1に、競争が激しくなっているのは事実である。それは、米国の圧力のためでもなく、小泉の“拝米主義的”改革のせいでもなく、日本が100年余りの官僚主導の発展途上国段階を脱して世界で2番目のGDP5兆ドルの民間主導(であるべきはず)の超成熟先進国になったことによって必然的に生じていることであって、それを競争の激しくない状態に戻そうとしても不可能である。社会が成熟すればするほど、個々人は“お上”を当てにしてそれなりの(悪)平等的な“保護”に安心を求めることは出来なくなって、それぞれなりの“自立”を厳しく求められるのは当然であり、しかし何らかの条件があって自立を達成出来ない場合に社会(政府・自治体・市民)のいずれかのレベルのサポートを受けられるようセイフティネットを整備するのもまた当然であって、今や欧州をはじめ先進国での政策議論の焦点は、競争的自立と社会的サポートの適正ミックスの政策的・制度的着地点は奈辺にあるか——欧州的に言えば「第3の道」の模索を競い合うことにある。どういう競争がどの程度までは適正かを検討するのでなく、競争か保護かの二者択一論に立って競争そのものを否定してしまうのは、どうにもならない時代錯誤である。

 第2に、競争が激しくなる一因は、それが一国の範囲で済まなくなって、世界的な問題になっていることにある。加藤紘一=自民党衆議院議員が昔から言っているように、「かつて世界の市場経済クラブのメンバーは日米欧数十カ国の数億人であっが、今や冷戦が終わって、中国・ロシア・東欧・インドなどの数十億人が一挙にクラブに加入してきて、世界経済の構造が激変した」のであり、そこでは、それらの国々の、豊かになりたいという激しい願望を抱いて、日本の5分の1や10分の1の報酬や賃金で1日10時間でも15時間でも働こうとする意欲に満ち溢れ、しかも総じて高い教育水準を持つ優秀な経営者や労働者が、日本を含む先進国の経営者・労働者と直接に競合する。

 例えば、中国の安価な製品の流入によって福井県鯖江の眼鏡フレーム製造業者や愛媛県今治のタオル製造業者の中に経営困難に陥るところが出てくるのは避けられないことであって、その時に政府に輸入規制による保護を求めるのは筋違いであるし、それが一時は成功したとしても長続きするはずがなく、各業者が中国では到底作れないような高度な製品を開発して逆に中国への輸出を強化するといった形で対応するしかない。それが出来る業者と今まで通りの製品を作り続けるしか能がない業者とがあって、後者が倒産したり廃・転業したりしなければならないけれども、それはグローバルな競争条件の下で必然的に起こることであり、その時に市場開放や規制緩和に反対して業界や地域丸ごとの保護を政府に求めるのは退嬰でしかない。競争に耐えうる強い業者を励まし育てつつ、何らかの条件があってそれに耐え得ない業者にはそれなりのセイフティネットを用意することが政府に出来る精一杯のことであり、それ以上の大きな役割を政府に求めてはならない。現に鯖江でも今治でも、生き残った業者はそのようにしてたくましく生き残っている。あるいは、農産物の輸入自由化に反対してデモをしたりしているのは、主として農協の職員であって、彼らが守ろうとしているのは、そうでなくとも既に半ば倒壊しつつある農協の既得権益であって、農業そのものではない。本物の自立した農家は、経営を改善してコストを削減しつつも、有機・無農薬/減農薬など“安心”という付加価値を高く買ってくれる消費者と直接に結びつくなどして、堂々と安価な輸入品に対抗している。

 経営者ばかりでなく、個々の労働者さえもがそのようなグローバルな競争に晒されて、自らの資質を高め労働の質を上げることなしには中国の労働者に対抗して自らの雇用を確保することは出来ない。そのことは、米クリントン政権第1期の労働長官になったロバート・ライシュが適切に問題提起したことであり、実際、欧米の多くの大学ではその頃から、単に自国内でそこそこ出世できるような人材でなく、世界のどこででも知識人・専門家・実務家として通用するような人材の育成を教育目標に掲げるようになった。例えば、日本の若者が国連の難民弁務官事務所の職員となって不幸な人々を救済することを一生の仕事にしようと決意したとして、彼は欧米やアフリカやアジアの優秀な若者たちとの厳しい競争に勝ち抜くことなしにその夢を実現することは出来ない。その競争がどんなに激しかろうと、それは弱肉強食とは呼ばないし、まして「けだものの世界」の出来事でもない。

●何でも市場経済のせいにするな!

 藤原はまた書いている。「市場経済の影響は経済にとどまらない。フリーターやニートばかりでなく若い世代全体に及んでいる。正社員となっても成果主義に追い立てられ、リストラにおびえなければならない。これでは一生懸命勉強をして、良い大学に入り、良い会社に入り、安定した収入を得よう、という動機も低下する。真面目に勉強してコツコツ働くより、ホリエモンに代表されるIT長者のようにベンチャーを作り虚業に精を出した方がよほど旨味があると思うだろう」と。

 本誌が繰り返し述べているように、この国は約100年に及ぶ発展途上国型の官僚社会主義を爆砕して、市場原理が十分に機能する成熟経済を思い切って発展させることが出来るようにするための変革の最中にある。加えて、外からは、冷戦崩壊後の世界構造の激変がもたらしたグローバリズムの津波が押し寄せている。この内と外との二重の転換の下では、政府はもちろん、どのような企業や個人も、過去の100年と同じように生きていくことは出来ない。

 今の若者たちの親の世代は、まさしく「一生懸命勉強をして、良い大学に入り、良い会社に入り、安定した収入を得よう」というふうに動機づけられて、“モーレツ社員”とか“社畜”とまで呼ばれるほど働いて会社に尽くした挙げ句、この世で最も“安定”していると信じられてきた大銀行や大手証券会社までが倒産したり統廃合されて、たくさんの人々がリストラに遭った。その親たちの姿を見て、若者たちの中の鋭敏で優秀な者たちほど、親と同じ生き方をしても仕方がないと思うのは当たり前で、その時に当の親も学校の教師も、「ではこういう生き方をしたらどうか」とアドバイスをすることが出来ない。そこで若者たちは新しい生き方を自分で模索しなければならず、その1つの形がフリーターやニートである。「働く意欲」がないのではなく、もはや自明ではなくなった働き方を求めてもがいているのである。またある者は、発展途上国型のかつての「良い会社」がアレレ?というほどの脆さを露呈して滅びていくのを目の当たりにして、世に言う「良い会社」に入るよりも自分で会社を興したりベンチャーに挑戦したりする方が自己実現の早道だと考えるだろう。ベンチャーが虚業とイコールであるはずがなく、むしろそれこそがポスト産業社会のイノベーションの最先端をなす。

 かつて米スタンフォード大学の某教授から聞いたところでは、同大学でも東部の名門校でも、「最優秀の10%の学生は自分でベンチャーを興すことを考え、またその可能性を持つ。次の30〜40%のまあまあ優秀な連中は既存のベンチャーやNPOや(シリコンバレーなどの)中小企業に入ってすぐにでも活躍することを考える。真ん中から下の平凡な学生は、化学を学んだからデュポンに入ろうかなどと平凡な就職を狙う。そして、どうにもならない一番下の10%の中に役人になろうとする者が多い」とのことであった。私が「日本では逆さまで、最優秀の者が役人になる」と言うと、彼は即座に「それは日本がまだ発展途上国だからだ。途上国では役人が天下国家を動かすからそのほうが面白いはずだ」と答えた。

 完全に米国型になるかどうかは分からないし、それが必ずしもいいことばかりとは言えないが、途上国を脱して成熟段階に到達するということは多かれ少なかれそういうことであって、ホリエモンの結末を捉えてベンチャーを馬鹿にするような言説を吐くべきでない。

 この国の5兆ドルの成熟経済は、世界に向かって開かれた市場経済の原理の下でしかこれ以上発展することは出来ない。そのことと野放しの市場万能主義をよしとするのは別のことである。市場経済が嫌だというのなら、過去の官僚社会主義に戻るか、またそれ以外の道か、どうしたら発展の道筋が立つのかを語るべきだろう。それなしに、市場経済が悪いでは、ただの反動になってしまう。▲

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