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« INSIDER No.341《LIVEDOOR》ライブドア・ショック——お粗末さを露呈した日本の資本市場システム
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INSIDER No.343《HORIEMON》藤原正彦の「市場原理主義」批判は間違っている——官僚支配の爆砕なくしては日本は前に進まない »

INSIDER No.342《HORIEMON》ミソもクソも一緒にした規制緩和反対論を疑う——ホリエモン事件をどう捉えるべきか?

 ホリエモン逮捕の衝撃がまだ大きく尾を引く中で、小泉改革が米国流の市場万能主義に立って規制緩和を次々に断行したのでヒルズ族が生まれ法の穴を突いても金儲けをしようとする拝金主義がまかり通ったのだ——というような、ミソもクソも一緒にして改革や規制緩和そのものを「それみたことか」と批判する風潮が広まっている。

 例えば、ベストセラー『国家の品格』の著者である藤原正彦=お茶の水女子大学教授は28日付毎日新聞で言う。

 「考えるべきは、市場原理主義の弊害だ。これは規制をなくして人々に競争させ、弱肉強食の社会を作る。日本はアメリカの言いなりになってこのシステムを導入した。その結果、『人の心は金で買える』などという金銭至上主義がまかり通るようになった。……弱者のためにこそ、規制は必要なのだ。ところが現実は『官から民へ』『小さな政府』というスローガンにより規制はどんどんなくなっている。行きつく先は少数の金持ちと、大多数の貧困層、すなわち勝者と敗者ばかりで普通の人がいない社会だ」

 あるいは河上和雄=元東京地検特捜部長は26日付読売新聞で言う。

 「言葉は悪いが、金銭至上主義の子どもが背伸びをしただけのことだ。しかし、そんな彼の実像に多くの人々が厳しい目を向けてこなかった。良かれ悪しかれ、日本を代表する政党の幹事長や大臣たち、日本経団連の幹部、そしてマスコミも、ころっとだまされたと言える。彼を、改革の旗手とか、若手IT起業者の手本のようにもてはやした人々の、人を見る目のなさにあきれる」

●改革・規制緩和・市場原理導入

 まず第1に、改革とは、本誌が繰り返し主張してきたように、明治以来の発展途上国型の中央官僚主導の物事の決定と金の配分のシステムを爆砕して、世界第2の5兆ドル成熟経済に相応しい民主導の国と社会と経済の運営のシステムを新たに作り上げることである。これまで官僚が過剰に独占してきた決定権限を、民間に向かって解き放てば規制緩和や民間活力導入であり、地方に向かって解き放てば地方分権であり、市場に向かって解き放てば市場原理導入であって、規制緩和、民活、分権、市場原理は官僚体制から剥奪した権限をどこに向かって解き放つかの違いを意味しているだけで、すべて「官から民へ」の権力移転という改革の本質の現れである。米国が日本に市場開放の圧力をかけ続けてきたのは事実だが、問題の核心は、そのような米国の圧力があろうとなかろうと、日本は自らこの改革を断行する以外に21世紀を生きることは出来ないということである。

 「失われた10年、15年」と言われるものは、誤って“不況”と認識されてきたが、実は、明治以来の「欧米に追いつき追い越せ」の右肩上がりのGDP膨張路線が約100年を経て行き着くところに行き着いて、まさにそのGDPにおいてすべての欧州諸国を追い抜いて前に見えるのは米国の背中だけとなって成熟先進国としての次の100年の入口に達したにもかかわらず、発想も政策もシステムも転換できないまま、まだ膨張路線を追い続けてバブルに突入し、何が何だか分からなくなってその転換の必然性を正しく捉えきれずに茫然自失に陥った状態のことである。その中で、この一種の経済停滞(と言っても全世界35兆ドルの7分の1に当たる5兆ドルの実質GDPを維持している!)を“不況”と誤認して一層の公共事業バラマキに励んだ小渕政権とその後継の森政権が立ち行かなくなった後に小泉が出現して「自民党をブッ壊す」「改革なくして景気回復なし」と叫んだのは、それ自体は、時代の課題を正しく捉えていたのだと言える。

 もちろんだからと言って、小泉改革のすべてが正しく、時代の求める成果を達成したという訳ではない。

▼まさに銀行と旧大蔵省と中曽根、竹下に代表される政治家の政官業癒着のカサブタとも言える銀行の不良債権処理をともかくも軌道に乗せ、その間に旧大蔵省から金融規制の権限を奪って金融庁を作ったのは重大な成果だった。が、それは後ろ向きの清算であって、不良債権処理が終わった後のメガバンクはじめ日本の銀行がどのようにして5兆ドル経済の全体に生き生きと経済の血液としてのマネーを循環させることが出来るのかという本当の意味の改革は、まだ始まってもいない。

▼98年金融ビッグバン、99年金融庁発足を受けて01年に登場した小泉政権は、同年8月に骨太方針の一環として「個人投資家が主役の証券市場の構築に向けて」の包括プログラムを公表、大証に続く東証の株式会社化、株式取引の大減税、自社株取得規制の緩和などを次々に打ち出し、インターネットを通じてのイー・トレードの普及とも相俟って、定年後世代や主婦、学生、小中学生に至るまでがデイトレードに携わるような状況を作り出した。それ自体は、証券市場を官=旧大蔵省によるがんじがらめの規制と支配から解き放って民主化もしくは大衆化しようとするもので、基本的に積極的な意味があった。が、規制緩和を進めればそれと並行して機動的な監視の仕組みを作らなければ混乱を招くのは当たり前で、その点では政府も業界も後手後手に回った。

▼道路公団改革に着手したのはいいが、中身は中途半端だし、他の特殊法人はどうするつもりなのか不明である。

▼郵政民営化に着手したのはいいとして、中身は煮詰まっておらず、特殊法人改革、金融再編、財政再建との関連は全く不明である。

▼「自民党をブッ壊す」というのは実は「旧田中派=橋本派をブッ壊す」という意味で、その限りでは成果を上げたものの、自民党総体の族議員=利権誘導体質を構造的に変革するには至っていない……。

 要するに、思い付き、行き当たりばったり、やりやすいところからの食い散らかすという体のものであり、そうなってしまうのは彼が、これが脱発展途上国の「100年目の転換」であるという時代認識を持つことが出来ず、従って改革の全体プログラムとその後に出現するであろう21世紀の国家像を1枚の絵にして描くことが出来ないからであるけれども、だからと言って、彼がその能力の限りで改革を提起し実行しようとしたことの意義そのものを否定するのは誤りである。「官から民へ」「小さな政府」という志向が間違っていると主張するなら、「民よりも官」「大きな政府」の妥当性を立証しなければならないが、そんなことは誰にも出来るはずがない。

●金銭至上主義

 第2に、ホリエモンを単なる「金銭至上主義の子ども」と片付けるのは誤りである。確かに彼の言動にはそう思わせるものが多々あって、これは「IT長者」のしでかした新種の事件というよりも、昔から兜町ではお馴染みの仕手集団による株価操作や詐欺の類の系列に属する旧態依然の事件であり、事実、そのようなものとして処断されるだろう。

 しかし、“ホリエモン”は堀江貴文個人やライブドアという1企業の表象でなく、一個の社会現象だったし、こうなった今も尚そうであるという側面を見落としてはならない。私の早稲田のゼミでホリエモン逮捕が話題になった時、ある学生は短く「悔しいです。大人たちに復讐してやりたい」と言い、私はその言葉の強さにたじろいだほどだった。堀江は、東大にいながら「就職するということのイメージが持てない」でコンピューターの打ち込みのアルバイトに精を出したフリーターが始まりであり、宮内亮治は、母子家庭で母親の屋台を手伝いながら高卒で専門学校に入り9年間も苦学して税理士資格を得た言わば「負け組」出身であって、そうした彼らが勝ち上がって“大人たち”に挑戦するのに、自分らが金を掴む以外にどんな方法があっただろうか。愚にもつかない“大人たち”の世界に従順に飼い慣らされて生きていきたくないと思う若者たちにとって、ホリエモンは夢だったのであり、彼の挫折を見た後でも、佐藤俊樹=東京大学助教授が朝日新聞25日付で言うように、「ライブドアを決して肯定できないけれど、ライブドアが壊そうとしたものは、もっと肯定できない」という「ねじれた感情が今も根強くある」のであって、それは「小泉改革を本当に肯定しているわけではないが、小泉改革が壊そうとするものはもっと肯定できない。だから支持する」という昨秋総選挙の小泉支持の構図とも重なっている。

 閉塞感ということがよく言われるが、それは、上に述べたような意味での官僚支配やそれにまつわりついて既得権益にあぐらをかいている政治家や経済人やマスコミなど、発展途上国的な旧体制が今なお破砕されることなくのさばっていて、日本の自由闊達な発展を阻んでいるからである。ホリエモンは、正しいとは言えない荒々しい方法で“大人たち”に一泡吹かせようとしてはねつけられたが、それを「金銭至上主義の子ども」で片付けてしまったのでは、この社会は出口を失ってしまう。それは小泉も同じで、彼は、行き当たりばったりのようなやり方で旧体制を「ブッ壊そう」として批判を一身に受けたが、それを「市場万能主義の拝米主義者」と呼んだのでは、我々の時代が何を突破しなければならないのかを見失ってしまう。藤原や河上のような言説は、若者たちを萎縮させ、旧体制の“大人たち”を安堵させるだけなのだ。

 そうした言説に励まされたのか、与党内では、「光と影という言葉がある。格差社会が進行しないよう取り組んでいきたい」(山崎拓)、「改革が一定の成果を収めているのは大変結構なことだが、光と影が明らかになってきているのではないか」(津島雄二)、「生活実感としては格差が拡大している」(公明党・上田勇)など、“光と影”論が湧き上がっていて、これはおずおずとした小泉批判である。格差は確かに問題だが、それを小泉改革が悪いという話に貶めてしまってはワイドショーのレベルであり、基本的には、統制的な発展途上国経済から競争的な成熟経済への移行過程に必然的にい伴う軋轢に対して政治がどのようなセイフティーネットを準備できるかという現実的な政策論議でなければならない。そのためには「生活実感としては」などと言っていてはだめで、実際にどのような格差が問題になりうるのか実態を見極めることが必要である。「少数の金持ちと大多数の貧困層しかいなくなる」というのは流行語にさえなっているが、これは規制緩和反対のアジテーションであって、そう言っているだけでは「官から民へ」を止めて官僚社会主義に戻ろうと言っているのと同じことになる。

 規制緩和がいけないのではなくて、それがセイフティネットの設営に裏打ちされていない場合に人々が「行き過ぎだ」と受け止めるわけで、規制緩和そのものは、それが官僚支配や政官業癒着を打破しようとするものである限りどこまでやっても行き過ぎということはない。同様に、市場原理の導入がいけないのではなくて、それが事前規制を廃止した後に事後監視のシステムを整備していない場合に混乱が起きて人々が「市場万能主義」と感じるわけで、ある部門を官僚の権限から剥奪して市場に委ねること自体は正しい。「金儲け」は資本主義である限りいけないわけがなく、それとルールも道義も無視した「金銭万能主義」とは区別しなければならない。「デイトレード」がいけないのではなくて、それが個人投資家を騙す手段になってしまっては批判を浴びるのは当然なことで、デイトレードそのものは投資と投機の区別をわきまえた個人投資家を増やすことを通じて間接金融中心から直接金融中心に市場を変革していく主要な道筋として拡充していくべきである。ミソもクソも一緒にした議論ほど意味のないものはない。

●グレーゾーン

 第3に、ホリエモンが証券市場で用いたあれこれの手口についても、ミソクソ一緒のような批判が横行している。「偽計」「風説の流布」はもちろん証券取引法違反だし、売上げの水増しなど違法な会計操作や海外の隠し口座を使った資金洗浄などがあれば、それらも処断されるのは当然である。とはいえ、株に情報操作は付き物だし、損失の飛ばしや利益の付け替えなどの決算操作はどこでもやっていることで、驚くに当たらない。だから上述のようにこれはかなり古典的な事件なのである。

 しかし、「株式分割」はそもそも経団連が00年に「ベンチャービジネス育成」のために、分割後の1株当たり純資産を「5万円以上」としていた規制を撤廃して自由に分割できるよう政府に要望して01年の商法改正で実現したもので、違法でも何でもない。ライブドアがそれを活用して03年11月に「100分割」したのは確かに常識外れのことではあったが、それとてもデイトレードに携わるような小口の個人投資家に自社の株を買って貰おうとの企図によるもので、現にホリエモンに憧れる学生などが自分と彼との繋がりの証として1株だけ買ったりしたのである。

 「株式交換」という買収方法も、その際に「投資事業組合」の匿名性を利用することも、それ自体は違法ではない。「自社株買い」やその取得も、経団連の要望を受けて自由化されたもので違法ではない。

 確かに、「100分割」やニッポン放送株を東証の「時間外取引」で大量取得など、ライブドアのやり方には、法の不備を突くような際どいグレー部分があったけれども、松原隆一郎=東京大学教授が言うように「資本主義そのものがルールのグレーゾーンを開拓するよう動機づけられている」のであって、法の“想定外”のことを真っ先に“想定内”にしてしまった言わば先駆者が儲かるというのが「資本主義の本質」である。それが違法であるかあるいは倫理違反であるかは事後的に判定され、ルールが改定されることになる訳で、事実、株式分割の後に株券印刷に約50日間かかるためその間に株が品薄になって価格が釣り上がるというホリエモンの使った手口は、「株券のペーパーレス化」という1年前のルール改定で今では封じられているし、「時間外取引」も証券取引法の改正で今では難しくなっている。それは資本主義の常態とも言うべきもので、それらの手法の全部が「怪しい」「いかがわしい」という感じで日々マスコミに報道させている検察のやり方は行き過ぎである。

 一昨日のサンプロに出演した吉田望=ノゾムネット代表は「法の穴を突いたグレーゾーンと言うけれども、グレーに手を染めた人はずっとそこに留まることはなく、まずいと思って引き返すか、向こう側に落ちてしまうかのどちらかだ。ホリエモンは向こう側に行ってしまったのであり、根本に脱法精神がある。そういうホリエモンが選挙に出て、もし当選すれば、金融庁の政務官くらいになって行政を左右するかもしれない訳で、そのような彼の権力への接近を検察は警戒したのではないか」と発言した。政務官どころではなくて、『AERA』2月6日号によると、ホリエモンは「ネットを使った国民参加型の総裁選をやれば、自分が自民党総裁選に最短の場所にいるに違いない」と思って立候補したのだそうで、なるほど、それだと検察が「こんな奴に違法・合法を決められてたまるか!」と思ったのも理解できる。が、検察がやりすぎると市場の創造性とダイナミズムを殺すことになりかねない。

●監督と監視

 第4に、証券市場の規制緩和そのものがよくなかったかの風潮が蔓延すると、せっかくその部門で官僚社会主義から脱却し始めたこの国が、再び事前の法的規制と裁量的な監督という発展途上国振りに逆戻りする危険がある。必要なのは、規制緩和のスピードと深度に見合った事後監視とルール改定のシステムであり、その意味では、今は内閣府の外局である金融庁のそのまた外局に位置づけられている「証券取引等監視委員会」を3条委員会として独立させ、権限と陣容を強化することが急務だろう。

 3条委員会とは、国家行政組織法第3条第2項に「行政組織のため置かれる国の行政機関は、省、委員会及び庁とし、その設置及び廃止は、別に法律の定めるところによる」とされていることに基づく独立行政委員会のことで、戦後、米国から中途半端に輸入された組織の形である。本来は、内閣からも一般行政組織からも(何らかの程度で)独立して、必要なら準立法権・準司法権も持って特定の公益分野の行政に当たるもので、内閣への権限集中や官僚の専横・怠惰を排除し国民の意思を反映させるのが狙い。しかし実態は曖昧な場合が多く、形骸化して単に官僚組織の下請けになっている例もある。上述の国家行政組織法第3条第4項に「第二項の国の行政機関として置かれるものは、別表第一にこれを掲げる」とあり、その別表第一を見ると、「委員会」として挙げられているのは、(1)総務省の外局の1つである「公害等調整委員会」、(2)法務省の外局である「公安審査委員会」、(3)厚生労働省の外局である「中央労働委員会」、(4)国土交通省の外局である「船員労働委員会」——の4つである。

 これに対して同法8条には「第八条 第三条の国の行政機関には、法律の定める所掌事務の範囲内で、法律又は政令の定めるところにより、重要事項に関する調査審議、不服審査その他学識経験を有する者等の合議により処理することが適当な事務をつかさどらせるための合議制の機関をおくことができる」というのがあり、現在の証券監視委員会はこの「8条機関」という位置づけである。金融庁の下部機関であるがその指揮下にはないという意味で一定の独立性を保ち、証券会社への検査の権限や、違法の疑いのある個人や組織に対する捜索・差し押さえなどの調査の権限を持っているが、「3条機関」でないために、証券会社などを処分する権限はなく、処分を金融庁に勧告できるだけである。

 92年の証券不祥事をきっかけに、当時は大蔵省の下の独立行政委員会として発足したが、金融庁の設立と共に今の半端な形になった。職員は300人強しかおらず、米国のSEC(証券取引委員会)の約10分の1。これでは証券市場という資本主義の中枢機能の公正さを維持することは出来ない。自民党内では「3条委員会」化を求める声が高まっているが、肝心なことは監督でなく監視の強化である。▲

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コメント (3)

アメリカは、証券不祥事から、SECの人数を大胆に増やしたことは、さすがだと思うのです。
日本も規制緩和を進めながら、同時に監視を強めなければ、不公正な環境を改めることは、出来ないのではないでしょうか?と思うのです。

INSIDER No.342《HORIEMON》
を「週刊メールジャーナル」2月8日
号に全文転載したいと思います。
ご了承いただけますか?
ここからお願いしてよろしいのでしょうか?(初めてのコメントです)

初めまして。晃彩晶と申します。様々な論点で高野さんとは立場が近いと感じてきました。
・・・ソ連崩壊後の経済混乱で、あるロシア市民が「これが資本主義だ!」と言ってましたが、でも単に古い服(ルール)を脱いでまだ新しいのを着ていないだけですよね。
・・・先の選挙で、ある街の人(高齢の方)が「民主党かと悩んだが差がないから安定指向で自民」と。ああ日本人は理屈を超えて自民党が好きなんだなあと思いました。「差がないならとりあえず変える」ではないのだなと。
「始めてるから結果を見てあげよう」とも。高度経済成長の頃はともかく、今は郵政だの個別の話ばかりで大きな絵はまだないつまり始まってもいないのに、既にこの安定志向はないんじゃないかと。
・・・今「内輪で話が通る人間の方が暖かい」という風潮がないですか?でもその不利益は外の人に押しつけられるわけだし。
自民党政治だって、生産は社会主義でも分配は福祉軽視をしてきたわけでしょ、ヨーロッパと比べてますけど。逆の方がいい。自民党が暖かいとは思えないです。
あと、「国家の品格」って未読ですが、世間で言われる情だのココロだの理屈の忌避だのって、結局「オレの心の中をお前に説明する必要はない、ただ言うことを聞け!」になりそうな気がして・・・。

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