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2006年1月31日

INSIDER No.342《HORIEMON》ミソもクソも一緒にした規制緩和反対論を疑う——ホリエモン事件をどう捉えるべきか?

 ホリエモン逮捕の衝撃がまだ大きく尾を引く中で、小泉改革が米国流の市場万能主義に立って規制緩和を次々に断行したのでヒルズ族が生まれ法の穴を突いても金儲けをしようとする拝金主義がまかり通ったのだ——というような、ミソもクソも一緒にして改革や規制緩和そのものを「それみたことか」と批判する風潮が広まっている。

 例えば、ベストセラー『国家の品格』の著者である藤原正彦=お茶の水女子大学教授は28日付毎日新聞で言う。

 「考えるべきは、市場原理主義の弊害だ。これは規制をなくして人々に競争させ、弱肉強食の社会を作る。日本はアメリカの言いなりになってこのシステムを導入した。その結果、『人の心は金で買える』などという金銭至上主義がまかり通るようになった。……弱者のためにこそ、規制は必要なのだ。ところが現実は『官から民へ』『小さな政府』というスローガンにより規制はどんどんなくなっている。行きつく先は少数の金持ちと、大多数の貧困層、すなわち勝者と敗者ばかりで普通の人がいない社会だ」

 あるいは河上和雄=元東京地検特捜部長は26日付読売新聞で言う。

 「言葉は悪いが、金銭至上主義の子どもが背伸びをしただけのことだ。しかし、そんな彼の実像に多くの人々が厳しい目を向けてこなかった。良かれ悪しかれ、日本を代表する政党の幹事長や大臣たち、日本経団連の幹部、そしてマスコミも、ころっとだまされたと言える。彼を、改革の旗手とか、若手IT起業者の手本のようにもてはやした人々の、人を見る目のなさにあきれる」

●改革・規制緩和・市場原理導入

 まず第1に、改革とは、本誌が繰り返し主張してきたように、明治以来の発展途上国型の中央官僚主導の物事の決定と金の配分のシステムを爆砕して、世界第2の5兆ドル成熟経済に相応しい民主導の国と社会と経済の運営のシステムを新たに作り上げることである。これまで官僚が過剰に独占してきた決定権限を、民間に向かって解き放てば規制緩和や民間活力導入であり、地方に向かって解き放てば地方分権であり、市場に向かって解き放てば市場原理導入であって、規制緩和、民活、分権、市場原理は官僚体制から剥奪した権限をどこに向かって解き放つかの違いを意味しているだけで、すべて「官から民へ」の権力移転という改革の本質の現れである。米国が日本に市場開放の圧力をかけ続けてきたのは事実だが、問題の核心は、そのような米国の圧力があろうとなかろうと、日本は自らこの改革を断行する以外に21世紀を生きることは出来ないということである。

 「失われた10年、15年」と言われるものは、誤って“不況”と認識されてきたが、実は、明治以来の「欧米に追いつき追い越せ」の右肩上がりのGDP膨張路線が約100年を経て行き着くところに行き着いて、まさにそのGDPにおいてすべての欧州諸国を追い抜いて前に見えるのは米国の背中だけとなって成熟先進国としての次の100年の入口に達したにもかかわらず、発想も政策もシステムも転換できないまま、まだ膨張路線を追い続けてバブルに突入し、何が何だか分からなくなってその転換の必然性を正しく捉えきれずに茫然自失に陥った状態のことである。その中で、この一種の経済停滞(と言っても全世界35兆ドルの7分の1に当たる5兆ドルの実質GDPを維持している!)を“不況”と誤認して一層の公共事業バラマキに励んだ小渕政権とその後継の森政権が立ち行かなくなった後に小泉が出現して「自民党をブッ壊す」「改革なくして景気回復なし」と叫んだのは、それ自体は、時代の課題を正しく捉えていたのだと言える。

 もちろんだからと言って、小泉改革のすべてが正しく、時代の求める成果を達成したという訳ではない。

▼まさに銀行と旧大蔵省と中曽根、竹下に代表される政治家の政官業癒着のカサブタとも言える銀行の不良債権処理をともかくも軌道に乗せ、その間に旧大蔵省から金融規制の権限を奪って金融庁を作ったのは重大な成果だった。が、それは後ろ向きの清算であって、不良債権処理が終わった後のメガバンクはじめ日本の銀行がどのようにして5兆ドル経済の全体に生き生きと経済の血液としてのマネーを循環させることが出来るのかという本当の意味の改革は、まだ始まってもいない。

▼98年金融ビッグバン、99年金融庁発足を受けて01年に登場した小泉政権は、同年8月に骨太方針の一環として「個人投資家が主役の証券市場の構築に向けて」の包括プログラムを公表、大証に続く東証の株式会社化、株式取引の大減税、自社株取得規制の緩和などを次々に打ち出し、インターネットを通じてのイー・トレードの普及とも相俟って、定年後世代や主婦、学生、小中学生に至るまでがデイトレードに携わるような状況を作り出した。それ自体は、証券市場を官=旧大蔵省によるがんじがらめの規制と支配から解き放って民主化もしくは大衆化しようとするもので、基本的に積極的な意味があった。が、規制緩和を進めればそれと並行して機動的な監視の仕組みを作らなければ混乱を招くのは当たり前で、その点では政府も業界も後手後手に回った。

▼道路公団改革に着手したのはいいが、中身は中途半端だし、他の特殊法人はどうするつもりなのか不明である。

▼郵政民営化に着手したのはいいとして、中身は煮詰まっておらず、特殊法人改革、金融再編、財政再建との関連は全く不明である。

▼「自民党をブッ壊す」というのは実は「旧田中派=橋本派をブッ壊す」という意味で、その限りでは成果を上げたものの、自民党総体の族議員=利権誘導体質を構造的に変革するには至っていない……。

 要するに、思い付き、行き当たりばったり、やりやすいところからの食い散らかすという体のものであり、そうなってしまうのは彼が、これが脱発展途上国の「100年目の転換」であるという時代認識を持つことが出来ず、従って改革の全体プログラムとその後に出現するであろう21世紀の国家像を1枚の絵にして描くことが出来ないからであるけれども、だからと言って、彼がその能力の限りで改革を提起し実行しようとしたことの意義そのものを否定するのは誤りである。「官から民へ」「小さな政府」という志向が間違っていると主張するなら、「民よりも官」「大きな政府」の妥当性を立証しなければならないが、そんなことは誰にも出来るはずがない。

●金銭至上主義

 第2に、ホリエモンを単なる「金銭至上主義の子ども」と片付けるのは誤りである。確かに彼の言動にはそう思わせるものが多々あって、これは「IT長者」のしでかした新種の事件というよりも、昔から兜町ではお馴染みの仕手集団による株価操作や詐欺の類の系列に属する旧態依然の事件であり、事実、そのようなものとして処断されるだろう。

 しかし、“ホリエモン”は堀江貴文個人やライブドアという1企業の表象でなく、一個の社会現象だったし、こうなった今も尚そうであるという側面を見落としてはならない。私の早稲田のゼミでホリエモン逮捕が話題になった時、ある学生は短く「悔しいです。大人たちに復讐してやりたい」と言い、私はその言葉の強さにたじろいだほどだった。堀江は、東大にいながら「就職するということのイメージが持てない」でコンピューターの打ち込みのアルバイトに精を出したフリーターが始まりであり、宮内亮治は、母子家庭で母親の屋台を手伝いながら高卒で専門学校に入り9年間も苦学して税理士資格を得た言わば「負け組」出身であって、そうした彼らが勝ち上がって“大人たち”に挑戦するのに、自分らが金を掴む以外にどんな方法があっただろうか。愚にもつかない“大人たち”の世界に従順に飼い慣らされて生きていきたくないと思う若者たちにとって、ホリエモンは夢だったのであり、彼の挫折を見た後でも、佐藤俊樹=東京大学助教授が朝日新聞25日付で言うように、「ライブドアを決して肯定できないけれど、ライブドアが壊そうとしたものは、もっと肯定できない」という「ねじれた感情が今も根強くある」のであって、それは「小泉改革を本当に肯定しているわけではないが、小泉改革が壊そうとするものはもっと肯定できない。だから支持する」という昨秋総選挙の小泉支持の構図とも重なっている。

 閉塞感ということがよく言われるが、それは、上に述べたような意味での官僚支配やそれにまつわりついて既得権益にあぐらをかいている政治家や経済人やマスコミなど、発展途上国的な旧体制が今なお破砕されることなくのさばっていて、日本の自由闊達な発展を阻んでいるからである。ホリエモンは、正しいとは言えない荒々しい方法で“大人たち”に一泡吹かせようとしてはねつけられたが、それを「金銭至上主義の子ども」で片付けてしまったのでは、この社会は出口を失ってしまう。それは小泉も同じで、彼は、行き当たりばったりのようなやり方で旧体制を「ブッ壊そう」として批判を一身に受けたが、それを「市場万能主義の拝米主義者」と呼んだのでは、我々の時代が何を突破しなければならないのかを見失ってしまう。藤原や河上のような言説は、若者たちを萎縮させ、旧体制の“大人たち”を安堵させるだけなのだ。

 そうした言説に励まされたのか、与党内では、「光と影という言葉がある。格差社会が進行しないよう取り組んでいきたい」(山崎拓)、「改革が一定の成果を収めているのは大変結構なことだが、光と影が明らかになってきているのではないか」(津島雄二)、「生活実感としては格差が拡大している」(公明党・上田勇)など、“光と影”論が湧き上がっていて、これはおずおずとした小泉批判である。格差は確かに問題だが、それを小泉改革が悪いという話に貶めてしまってはワイドショーのレベルであり、基本的には、統制的な発展途上国経済から競争的な成熟経済への移行過程に必然的にい伴う軋轢に対して政治がどのようなセイフティーネットを準備できるかという現実的な政策論議でなければならない。そのためには「生活実感としては」などと言っていてはだめで、実際にどのような格差が問題になりうるのか実態を見極めることが必要である。「少数の金持ちと大多数の貧困層しかいなくなる」というのは流行語にさえなっているが、これは規制緩和反対のアジテーションであって、そう言っているだけでは「官から民へ」を止めて官僚社会主義に戻ろうと言っているのと同じことになる。

 規制緩和がいけないのではなくて、それがセイフティネットの設営に裏打ちされていない場合に人々が「行き過ぎだ」と受け止めるわけで、規制緩和そのものは、それが官僚支配や政官業癒着を打破しようとするものである限りどこまでやっても行き過ぎということはない。同様に、市場原理の導入がいけないのではなくて、それが事前規制を廃止した後に事後監視のシステムを整備していない場合に混乱が起きて人々が「市場万能主義」と感じるわけで、ある部門を官僚の権限から剥奪して市場に委ねること自体は正しい。「金儲け」は資本主義である限りいけないわけがなく、それとルールも道義も無視した「金銭万能主義」とは区別しなければならない。「デイトレード」がいけないのではなくて、それが個人投資家を騙す手段になってしまっては批判を浴びるのは当然なことで、デイトレードそのものは投資と投機の区別をわきまえた個人投資家を増やすことを通じて間接金融中心から直接金融中心に市場を変革していく主要な道筋として拡充していくべきである。ミソもクソも一緒にした議論ほど意味のないものはない。

●グレーゾーン

 第3に、ホリエモンが証券市場で用いたあれこれの手口についても、ミソクソ一緒のような批判が横行している。「偽計」「風説の流布」はもちろん証券取引法違反だし、売上げの水増しなど違法な会計操作や海外の隠し口座を使った資金洗浄などがあれば、それらも処断されるのは当然である。とはいえ、株に情報操作は付き物だし、損失の飛ばしや利益の付け替えなどの決算操作はどこでもやっていることで、驚くに当たらない。だから上述のようにこれはかなり古典的な事件なのである。

 しかし、「株式分割」はそもそも経団連が00年に「ベンチャービジネス育成」のために、分割後の1株当たり純資産を「5万円以上」としていた規制を撤廃して自由に分割できるよう政府に要望して01年の商法改正で実現したもので、違法でも何でもない。ライブドアがそれを活用して03年11月に「100分割」したのは確かに常識外れのことではあったが、それとてもデイトレードに携わるような小口の個人投資家に自社の株を買って貰おうとの企図によるもので、現にホリエモンに憧れる学生などが自分と彼との繋がりの証として1株だけ買ったりしたのである。

 「株式交換」という買収方法も、その際に「投資事業組合」の匿名性を利用することも、それ自体は違法ではない。「自社株買い」やその取得も、経団連の要望を受けて自由化されたもので違法ではない。

 確かに、「100分割」やニッポン放送株を東証の「時間外取引」で大量取得など、ライブドアのやり方には、法の不備を突くような際どいグレー部分があったけれども、松原隆一郎=東京大学教授が言うように「資本主義そのものがルールのグレーゾーンを開拓するよう動機づけられている」のであって、法の“想定外”のことを真っ先に“想定内”にしてしまった言わば先駆者が儲かるというのが「資本主義の本質」である。それが違法であるかあるいは倫理違反であるかは事後的に判定され、ルールが改定されることになる訳で、事実、株式分割の後に株券印刷に約50日間かかるためその間に株が品薄になって価格が釣り上がるというホリエモンの使った手口は、「株券のペーパーレス化」という1年前のルール改定で今では封じられているし、「時間外取引」も証券取引法の改正で今では難しくなっている。それは資本主義の常態とも言うべきもので、それらの手法の全部が「怪しい」「いかがわしい」という感じで日々マスコミに報道させている検察のやり方は行き過ぎである。

 一昨日のサンプロに出演した吉田望=ノゾムネット代表は「法の穴を突いたグレーゾーンと言うけれども、グレーに手を染めた人はずっとそこに留まることはなく、まずいと思って引き返すか、向こう側に落ちてしまうかのどちらかだ。ホリエモンは向こう側に行ってしまったのであり、根本に脱法精神がある。そういうホリエモンが選挙に出て、もし当選すれば、金融庁の政務官くらいになって行政を左右するかもしれない訳で、そのような彼の権力への接近を検察は警戒したのではないか」と発言した。政務官どころではなくて、『AERA』2月6日号によると、ホリエモンは「ネットを使った国民参加型の総裁選をやれば、自分が自民党総裁選に最短の場所にいるに違いない」と思って立候補したのだそうで、なるほど、それだと検察が「こんな奴に違法・合法を決められてたまるか!」と思ったのも理解できる。が、検察がやりすぎると市場の創造性とダイナミズムを殺すことになりかねない。

●監督と監視

 第4に、証券市場の規制緩和そのものがよくなかったかの風潮が蔓延すると、せっかくその部門で官僚社会主義から脱却し始めたこの国が、再び事前の法的規制と裁量的な監督という発展途上国振りに逆戻りする危険がある。必要なのは、規制緩和のスピードと深度に見合った事後監視とルール改定のシステムであり、その意味では、今は内閣府の外局である金融庁のそのまた外局に位置づけられている「証券取引等監視委員会」を3条委員会として独立させ、権限と陣容を強化することが急務だろう。

 3条委員会とは、国家行政組織法第3条第2項に「行政組織のため置かれる国の行政機関は、省、委員会及び庁とし、その設置及び廃止は、別に法律の定めるところによる」とされていることに基づく独立行政委員会のことで、戦後、米国から中途半端に輸入された組織の形である。本来は、内閣からも一般行政組織からも(何らかの程度で)独立して、必要なら準立法権・準司法権も持って特定の公益分野の行政に当たるもので、内閣への権限集中や官僚の専横・怠惰を排除し国民の意思を反映させるのが狙い。しかし実態は曖昧な場合が多く、形骸化して単に官僚組織の下請けになっている例もある。上述の国家行政組織法第3条第4項に「第二項の国の行政機関として置かれるものは、別表第一にこれを掲げる」とあり、その別表第一を見ると、「委員会」として挙げられているのは、(1)総務省の外局の1つである「公害等調整委員会」、(2)法務省の外局である「公安審査委員会」、(3)厚生労働省の外局である「中央労働委員会」、(4)国土交通省の外局である「船員労働委員会」——の4つである。

 これに対して同法8条には「第八条 第三条の国の行政機関には、法律の定める所掌事務の範囲内で、法律又は政令の定めるところにより、重要事項に関する調査審議、不服審査その他学識経験を有する者等の合議により処理することが適当な事務をつかさどらせるための合議制の機関をおくことができる」というのがあり、現在の証券監視委員会はこの「8条機関」という位置づけである。金融庁の下部機関であるがその指揮下にはないという意味で一定の独立性を保ち、証券会社への検査の権限や、違法の疑いのある個人や組織に対する捜索・差し押さえなどの調査の権限を持っているが、「3条機関」でないために、証券会社などを処分する権限はなく、処分を金融庁に勧告できるだけである。

 92年の証券不祥事をきっかけに、当時は大蔵省の下の独立行政委員会として発足したが、金融庁の設立と共に今の半端な形になった。職員は300人強しかおらず、米国のSEC(証券取引委員会)の約10分の1。これでは証券市場という資本主義の中枢機能の公正さを維持することは出来ない。自民党内では「3条委員会」化を求める声が高まっているが、肝心なことは監督でなく監視の強化である。▲

2006年1月22日

INSIDER No.341《LIVEDOOR》ライブドア・ショック——お粗末さを露呈した日本の資本市場システム

 世界第2の経済大国であり、ハイテク先進国でもある日本の、その資本主義の中枢機能である株式市場の取引システムがこれほどまでにお粗末であるとは、ライブドア・ショックそのものよりも遙かに衝撃的なことで、この国の行く末は大丈夫なのかという不安を呼び起こすほどである。

 ライブドア・グループ強制捜査の報を受けた18日の市場は、売り注文が殺到し、東京証券取引所の売買システムの「注文件数900万件、約定件数450万件」と想定した1日の処理能力の限界近い注文730万件、約定438万件に達したことから取引全面停止=市場閉鎖という世界的にもほとんど前例のない異常事態に追い込まれた。19日は多少落ち着きを取り戻したものの、注文703万件、約定390万件に達したため、午後の取引時間を30分短縮する措置を取り、20日以降も必要なら同じ措置を繰り返すという。

 東証の西室泰三社長は20日の会見で「1日に処理できる約定件数を来週から500万件まで増やし、さらに年内を目途に注文件数1400万件、約定840万件に増強する」と説明したが、重大事故が起きてから遅ればせの対策を考える小役人根性丸出しで、自らの愚鈍すなわち予知能力と危機管理能力の欠如が投資家の権利の侵害(売りたくても売れない!)、日本の資本市場への国際的信用の毀損という取り返しのつかないほどのダメージを与えたことへの真剣な反省はかけらもなく、ライブドアのせいだと言わんばかりの顔をしている。「年内を目途に」だって? それまで11カ月間、内外の投資家はいつ市場閉鎖されるかの不安に怯えながら市場と付き合えと言うのだろうか?

 しかも東証は昨年11月1日には、システムのプログラムの欠陥により約3時間、全取引を停止する事故を起こし、さらに12月8日は、これも「みずほ証券」の誤った注文を取り消しが出来ないプログラムの欠陥を露呈して大混乱を引き起こした。2日間の暴落の一因となったガイジン投資家の大幅な売り越しは、ライブドア・ショックというよりも東証そのものへの不信売りという意味合いが強い。

 指摘されているように、昨夏から「ミニバブル」と言われるほどの回復を見せてきた株式市場の活況の主役は、インターネットを通じて短期・小口の売買を繰り返す“デイトレーダー”で、これがリタイア組、主婦から学生、さらには小中学生にまでも広がりつつあることがことが、売買件数の増加の一因となっている。他方、ライブドアなど新興企業群が頻繁に株式分割を繰り返したことで小口売買がなおさらやりやすくなり、また株式交換はじめ合法・違法の境目で様々な手法を使って株価をつり上げてきたために、一層多くのデイトレーダーを市場に誘い込んできた。つまりおおむね初心者であるデイトレーダーたちはライブドア的手法の申し子というか同伴者であって、ライブドア強制捜査!という事態には誰よりも過敏に反応してパニック売りを起こしやすい。こうしたミニバブルの脆い構造を分かっていながら安閑としていた東証の責任は重い。信用を事とする市場自体が信用を失うというこの事態は深刻で、長く後を引くことになろう。

 ところで、日本でインターネット株式売買の仕組みを最初に作ったのは松井証券の松井道夫社長で、彼は昨年12月に早稲田大学「大隈塾」の講師として登壇した際に、「このシステムを作った僕が言うのもおかしいが、そろそろこのシステムを壊してやろうと思っている」と発言して学生たちを驚かせた。頻繁に売買を繰り返して僅かな利鞘を稼ぐような投機的デイトレードの広がりは、資本主義の健全性を破壊する危険がある。しかも、半ば素人がそんなことをしても、結局は儲からないし、どこかで(例えば今回の暴落がそうだろう)しわ寄せを食って損をする。そうではなくて、企業価値を本当に研究して、愛着を持って投資し、長く株を持って配当を期待するといった、落ち着いた投資態度を日本でも定着させていく必要がある、という趣旨である。松井がそのために具体的に何を仕掛けるのかは「秘策」だそうだが、ちらりと示唆していたところでは、まずは、投資家がブローカーを相手に売買するのでなく直接東証で売買できるようにすることだという。たぶんその意味は、例えば今回のような暴落が起こっても、ブローカーは予め様々な事態を想定してシナリオを立てていて、機関投資家や大口顧客には被害を最小限に止めるよう知恵を凝らすが、素人にはそんなことをしている暇もなく、結果として割を食うのは素人なのだから、逆に言うと素人がブローカーを相手に投機で稼ごうとすること自体が無理であって、ブローカー経由でなく息の長い本当の投資をすべきなのだ、ということだろう。だとすると、東証のシステムはますます高度に洗練されたものでなければならなくなる。

 いずれにせよ、一時の拝金的デイトレードの風潮はこの事件をきっかけに少し反省ムードに入るのかもしれない。昨日の『山形新聞』は、1面トップでライブドアの株式交換による錬金術と東証のシステムの薄氷の運営ぶりを報じ、2面では社説で上述のようにデイトレード増加の問題点を指摘していて、ところがその1面の下の方には「インターネット株取引通信講座——初心者から成功する投資家へ!ちょっとした値動きでも儲けが出る!」という専門学校の大きな広告を載せているのが可笑しい。いろいろ理屈をこねながら、マスコミもまた煽り役なのである。▲

2006年1月15日

INSIDER No.340《FROM THE EDITOR》

●「山田脩二の軌跡——写真、瓦、炭…展」2月4日から神戸で

 「カメラマンからカワラマンへ」のキャッチフレーズで知られる山田脩二さんの個展「山田脩二の軌跡——写真、瓦、炭…展」が、2月4日から3月19日まで神戸の兵庫県立美術館で開かれます。

 山田さんはそのキャッチフレーズそのままのタイトルの半生記を96年に筑摩書房から出していて、実際、プロの写真家として特に建築写真の分野で活躍する一方、70年代の日本列島を独自の視点で抉り取った写真集『日本村1969-1979』を79年に三省堂から出版して大きな話題を呼び、岩波書店の『日本の写真家』シリーズ全40巻でも第39巻(98年刊)が山田さんに充てられています。日本を代表する40人の写真家に入っているわけです。ところが『日本村』を出した2年後、突如として家族もろとも淡路島に移住して瓦職人の見習いになり、以後、様々な瓦による造形作品を発表しています。そして最近は炭焼きに関心を深めているらしく、そうした紙焼きから瓦焼き、炭焼きへという異色の歩みを、ここで一挙に中間総括しようというのが今回の個展です。

 イベントも多彩で、山田さん自身のトークと講演3回のほか、多木浩二(評論家)×伊東豊雄(建築家)×山田脩二のトーク(2月5日)、安藤忠雄×山田のトーク(2月25日)、田中泯(舞踏家)の独舞(3月17日)、桑野和泉(由布院「玉の湯」女将)×中西元男(PAOS&WGD代表)×山田ほかのシンポジウム「鬼才・山田脩二、誕生の背景」等々。開館は午前10時〜午後6時(金・土は午後8時)、月曜休館、観覧料1,000円。是非ご覧になることをお勧めします。

兵庫県立美術館 http://www.artm.pref.hyogo.jp/
神戸新聞の記事 http://www.kobe-np.co.jp/rensai/cul/308.html

※私と山田さんの出会いについては"The Commons"のブログ「高野孟の極私的情報曼荼羅」の1月15日付に書いています。▲

2006年1月 9日

INSIDER No.339《POST KOIZUMI》見えてきたポスト小泉の構図——流れは“安倍政権”へ

 昨日の「サンデー・プロジェクト」での安倍晋三官房長官は、9月総裁選出馬について「しっかりと(官房長官として)実績を積んで、それを評価して貰いたい」と、あくまで慎重な口ぶりながらもポスト小泉への意欲を滲ませた。小泉純一郎首相は4日の年頭会見で総裁選について問われて、こう述べた。
 
 「今まで、国民の大きな人気や支持よりも、国会議員の中でのバランスに配慮して指導者を選ぶべきだという声もありましたけれども、これは両方が大事な時代になったのではないでしょうか。片方だけでいいというわけではありません。その辺はよく考えて、自民党の国会議員も、また党員も、国民も、この自民党の総裁選に関心を持ってくれるのではないか」
(会見全文は首相官邸ホームページ内=http://www.kantei.go.jp/jp/koizumispeech/2006/01/04press.html

 「国民の大きな人気や支持」を得られない者は後継者に成り得ないと言っているに等しいわけで、さらに翌5日に武部勤幹事長に対して、総裁選について「ルールに従って進めないといけないが、国民が実感として総裁選に参加しているというものにするため、党内で知恵を出してほしい」と指示したことと併せて考えれば、小泉が少なくとも現時点では、中身はともかくワイドショー的に圧倒的に人気がある安倍こそ後継者にふさわしいと考えていることは確かである。

●竹中、中川が安倍を支える

 竹中平蔵総務大臣はかねて「レコード大賞を目指さない歌手がいてもいいでしょう」という言い方で自身の総裁選出馬を否定してきた。昨日のサンプロでもそれを繰り返し、さらにポスト小泉の条件として、(1)小さな政府を実現する人、(2)官僚の言いなりにならない人、(3)国民から支持される人の3つを挙げたが、この(2)は谷垣禎一財務大臣ではダメだという意味であり、(3)は安倍がいいという意味である。竹中は、安倍政権を実現して自分は財務大臣あたりを引き受けて事実上のNo.2に収まり、“小泉改革”の継承・発展を図る役柄に徹することで腹を固め、恐らく小泉とも「それが改革を断絶させない最良の道だ」ということを確認し合っているのだろう。

 「竹中首相」説については、9日付『日本経済新聞』で同社コラムニスト=田勢康弘が「まさか」とは思うが「このところ何代か、3カ月前に有力視された人物が首相になった例はない」のだから「寸前暗黒なのだ」と書いていて、確かに8カ月先までに何が起きるか分からないというのは本当だけれども、竹中としては、宰相の脇にピッタリとくっついて“改革”を立案し実現していくことに、もう病みつきになるほどの快感を感じているに違いない。

 中川秀直政調会長も8日、広島県での講演で、小泉後継候補について「小泉改革路線をしっかり踏襲し強化する人を選ばなければならない。『官僚内閣制』や大きな政府に戻ったのでは日本の将来はない。官僚の言いなりにならない人がいい」と、竹中と同じようなことを言っており、自分は幹事長になって竹中とコンビを組んで安倍を支えていく覚悟である。森喜郎前首相は昨年早々と「安倍温存」論を打ち上げたが、その意図は、ポスト小泉には福田康夫元官房長官を据えて対中国・韓国の関係修復に全力を挙げ、その後を安倍に引き継がせて森派の天下を続けようというところにある。そのため、党側の鍵を握る実権派の中川に「福田支持」を訴えたが、中川は「申し訳ないが私は安倍で行く」とキッパリと断ったと言われている。

 今後、竹中・中川は、公務員削減と省庁再編見直し、それとも絡んだ通信・放送融合とNHK改革、消費税アップを睨んだ財政再建と年金改革などの諸課題の議論を通じて、何かと言えば安倍に花を持たせ「官僚の言いなりにならない改革者=安倍」を演出していくことになるだろう。

●対抗は谷垣=与謝野?

 こうして、現時点では安倍の本命がほぼ確定した。対抗は旧宮沢派のプリンス=谷垣で、彼はサンプロで「財政再建が次の政権の最大課題となる」と語り、6月までとされている「歳入歳出一体改革」案の策定に取り組む自分が次に相応しいことを間接的にアピールした。そしてサンプロ後、その足で成田に向かい1週間の訪米に旅立った。言うまでもなく、ワシントンに向かってポスト小泉最有力候補としての存在感を示すのが狙いで、9日にはニューヨークのジャパン・ソサエティーで講演を行うほか、アナン国連事務総長、ニューヨーク証券取引所のセインCEO、スノー財務長官、グリーンスパンFRB議長らと相次いで会談、さらにチェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官とも会えるよう調整しているという。

 意欲満々というところだが、肝心の財政再建とその一環としての消費財アップ議論では財務省官僚に引きずられすぎていると批判を浴びている。批判者の筆頭は竹中で、彼はこの日のサンプロでも、「日本はデフレをまだ脱却できていないため、実質成長率は高いが名目成長率が低い。次は名目成長率をOECD平均の4〜5%まで高く出来る人に任せるべきだ。名目が高くなれば税収が上がり、消費税アップも10%程度で済む」との持論を展開し、名目成長率がそうは上がらないという前提で消費税を12〜15%程度まで上げることを目論む財務省の考え方を否定した。

 これに対し谷垣や彼に同調する与謝野馨経済財政相は、名目成長率が上がれば長期金利も上昇し、800兆円近い政府長期債務の利払い費も増大するというマイナス面を重視し、竹中シナリオは楽観的すぎると反論している。日銀による量的緩和策の解除問題とも関わるこの問題は、ポスト小泉への政局とも絡んで厳しい議論になっていくだろう。そこで竹中が財務省路線に勝てば、安倍本命がますます確定する。

●対中国・韓国関係はどうするのか

 しかし、“安倍政権”は短命に終わる可能性が大きい。国内改革では竹中に支えられて一定の成果を挙げ得たとしても、安倍では対中国・韓国との関係修復はまず不可能だからである。中川は修復派で、だからこそ森は福田とコンビでその課題に当たるよう説得したのだったが、彼は断った。ということは、安倍になっても、例えば自分が外相になるなどして近隣外交を取り仕切ることで打開が可能と踏んでいるのかどうか、真意は分からない。

 安倍自身は、この点で小泉路線に忠実なつもりかもしれないが、昨日のサンプロで田原総一朗も指摘したように、小泉は過去の戦争について「間違った戦争だった」と認め、A級戦犯に関しても彼らが戦犯であることに疑問の余地はないと明言した。それに対して安倍は、過去の戦争については「評価は歴史家に任せるべきこと」と見解を示さず、また戦犯についても(中国などの)「誤解に基づく部分もある」として戦犯と認めることを避けた。これでは、中川がどうしようと今よりさらに関係が悪化するのは必然で、日本外交が立ち行かなくなる危険さえある。実際、安倍のホームページの「対中国外交政策」のフォーラムには「反日国家=中国と断交せよ」とか「中国、韓国、北朝鮮の食品を輸入禁止にしろ」とかいったどうにもならない野蛮な発言で溢れかえっていて、この人の本当の支持層がどういう人々かが如実に示されている。

 来年の参院選は、(1)元々6年前の参院選が小泉・田中真紀子コンビで勝ち過ぎだったことに加えて、(2)昨年総選挙で与党を勝たせ過ぎてしまったという有権者の“反省”ムードがあり、(3)消費税アップが(料率はともかく)事実上決まっている中での選挙となることから、与党には極めて厳しい選挙となる。そこにさらに(4)アジア近隣外交の行き詰まりへの懸念が広がることになれば、参院選惨敗、安倍政権は発足10カ月にして早くも倒壊ということにもなりかねない。と言って安倍が今更ハト派に変身する訳にもいかず、その時に修復派の福田や山崎拓、それに加藤紘一らが組んで谷垣をも巻き込んで流れを作れば、強力な対抗軸となるかもしれない。

 こうして総裁選は、内政では財政再建路線、外交では対中国・韓国関係をめぐる対立が基本的な座標軸を形成することになろう。民主党は、前原誠司代表が「中国は現実的な脅威だ」などとタワゴトを口にする失態を演じて、外交面でオルタナティブを提起する役目を放棄したため、この路線論争の埒外に追いやられることになろう。▲

2006年1月 7日

INSIDER No.338《DANKAI》団塊世代と団塊ジュニア世代の半農半XYZ/田中正治さんのお便り

 「ネットワーク農縁」世話人の田中正治さんから「2006年・新春の想い」と題して年賀状代わりの一文が届いた。共感するところ多いので、了解を得て若干修正の上、転載する。田中さんは故・藤本敏夫の学生時代からの盟友で、一時は「鴨川自然王国」に身を置いたが、現在は鴨川に住みつつもそこからやや距離を置いて自ら「遊学の森トラスト」を主宰している。

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1)2007年問題とか2010年問題とか、巷で話題になっております。団塊の世代800万人が、間もなく、一斉に定年を迎えるのですが、戦後のベビーブームで生まれたこの世代が、川遊びやままごと、ターザンごっこやチャンバラごっこ、エビガニ取りや蛍の幻想的風景を楽しんだ最後の世代、まぶたを閉じれば美しかった原風景が浮かんでくる最後の世代、なのかもしれませんね。

2)この世代は、戦後の混乱期に少年・少女時代を過ごし、高度成長・工業化社会への転換期に若者の反乱に参加したり、そのあらしの中で青春期を迎え、資本主義の成熟・バブル期に成年期を、バブル崩壊後・失われた10年に中年期を、そして現在、人生の円熟期を迎えています。

3)有機農業の世界から団塊の世代を見渡してみますと、

◆愛媛の有機ミカン生産団体「無茶茶園」
http://www.muchachaen.com/
◆ISO14001認証取得の「米沢郷牧場」グループ
http://www.farmersnet.net/user/yonezawa/
◆島原半島の野菜生産団体「長有研」
http://www7.ocn.ne.jp/~thyouyu/
◆青森の畜産団体「トキワ養鶏」
《参考》http://tabetsuku.jpn.org/repo_13.html
◆米・野菜生産団体「おきたま興農舎」
《参考》http://www.daichi.or.jp/pc/back/04138/osusume/04138o.html
◆山口の畜産団体「秋川牧園」
http://www.akikawabokuen.co.jp/

……ドンドン浮かんでくるこれら第一線で活躍する有機農業・畜産業の事業体のリーダーは、全て団塊の世代に属しています。大地、グリーンコープ、生活クラブ生協、Lコープ、きらり、ナチュラルコープ……など流通・消費団体のリーダーも団塊の世代なのですね。

4)「ネットワーク農縁」の生産者のほとんども、実は、団塊の世代なのですよ。地の農家の後継者で、都市で学生運動を経験したのではないのですが、1960年代の若者の嵐のような反乱が、社会の空気を一変させていましたから、その嵐から大きな精神的影響を受けていたと聞いています。当時、農協のやりかた反抗していた高橋保広さんたちは「豊稲会」を結成。遠藤敏信さんたちは「農村文化研究会」をつくり、夜を徹して議論していた。星川公見さんたち「みのり会」は、稲作の新しい技術について先進的なリーダーの下で研鑽していた。「ネットワーク農縁」は、1995年にこれら3つのグループが結束して設立されたのです。

◆ネットワーク農縁
http://www004.upp.so-net.ne.jp/net-nouen/

5)いずれにせよ、団塊の有機生産者と流通・消費者団体が、工業化農業に対抗して、現在の産消提携や産直運動の流れをリードして来たのです。工業的手法の農業や畜産業の破産を尻目に、今、有機農業や環境保全型農業・畜産業を、主流に押し上げようとしているのです。その背景には、地球環境の悪化が、健康と生命の危機にまで及んでいること、生命の危機が生まれ出ずる赤ちゃんの危機にまで及んでいること、男性で2人に1人、女性で3人に1人がガンで死亡するという事態にまで至っているという異常事態が浮んできます。

6)産消提携、水田トラスト、大豆畑トラスト、産直などは、日本人の独創的な方法です。お互いの顔のみえる関係、信頼を基礎とした生産ー流通ー消費のシステムで、無機質な契約書よりは、温かい信頼・信用の方を好みます。だから、12月の収獲・感謝祭や餅つき、訪問会やカフェでのトークイベント、学習会や電話での対話など、小さなコミュニケーションを、もっと頻繁にやっていくのが大切なんでしょうね。それに対して、欧米の契約社会では、有機農家は、有機認証を取得するのが常識のようです。

7)1990年代初頭からのグローバリゼーション(世界市場原理至上主義)の大波は、農業分野にも、もろに波及して来ています。日本の農業は多様化の時代に入ったようです。従来の兼業農家は、益々、賃金労働の比重を高めざるを得ないでしょうね。

 それに代わって(1)集落営農、(2)大規模農家の育成、(3)株式会社の農業参入が、農林水産省によって進められていますが、結構、危なっかしいもののようです。大規模化農業には、以前、北海道の大規模畜産農家が首吊り、夜逃げしたような事態が起こらないとも限りません。オルタナティブな別の動きとして、(4)有機農業事業体や、(5)農的生活派の台頭が注目されます。

8)食と健康の不安は、都市全体に広がりをみせていますので、生きかた探しと食・健康の不安は、20歳代の若者をもとらえているようです。この世代が30歳台になり、結婚して子供を生めば、不安は増幅し、食の安全と子供の健康を求めて、行動せざるをえないでしょう。この人たちこそが、次代を切り開いていく世代なのですから、きっちりした対話の場や自由な参加の場やチャンスを、常に心がけたいと思います。

 今年は、カフェでのイベントやトークのチャンスをもっともっと。田の草取りツアーや訪問会、交流会や収獲感謝祭など顔の見える関係を広げていけたら、と期待しています。

9)僕の住んでいる鴨川のご近所でも、定年で帰農・いなか暮らしをする団塊世代の人達が増えてきています。といっても、農的生活、半農半Xですけどね。

◆僕自身は鴨川で「遊学の森トラスト」を主宰し、半農半ネットワーカーというところか。
http://yuugakunomori.hp.infoseek.co.jp/
◆僕のパートナー・阿部さんは、新庄水田トラスト事務局で、半農半コーディネーター。
http://www.nurs.or.jp/~suiden/
◆TV朝日「サンデープロジェクト」の高野孟さんは、大山不動尊下の2000坪近い山林に終の棲家を建築中。
http://www.smn.co.jp/takano/
◆東京で電気関係専門学校の講師をしている木下議饒さんも近所に自力で家を建て、週の半分は農的生活。
《参考》http://www.k-sizenohkoku.com/satoyama/satoyama_top.html
◆「ゴミ・さろん」というグループでお世話になっている「農人舎」の上野治範さんは、草木染めの事業をやりながら、団塊の世代がいなか暮らし・農的生活をするコミュニティーを準備中です。
《参考》http://www.asahi-mullion.com/mullion/column/ryouhin/40324index.html

 僕としては、「晴耕雨読」や「余生」など蹴飛ばして、「おもしろいコミュニティーを作ろうぜ」という団塊のおじさん、おばさんを歓迎したい。退職金と年金があれば、生活の憂いなく、行動的でやんちゃな第2の人生が送れるんじゃないのかな〜。

10)鴨川周辺にも、半農半XYZの若者が増えてきています。彼ら、彼女らの多くは、団塊世代のジュニアたちで、それぞれ皆、何がしかの田んぼや畑を借りたりしています。

◆地域通貨・安房マネーの代表・林良樹夫妻は、半農半イラストレーター。
http://www.awa.or.jp/home/oneness/
◆故・藤本敏夫と加藤登紀子の次女・藤本Yaeちゃんは、半農半歌で「サポーマンス」というNGOをサポートしています。
http://www.yaenet.com/ 
◆最近Yaeちゃんと結婚した藤本ミツオ君は、半農半麻の途上。
《参考》http://www.k-sizenohkoku.com/tt_top.html
◆ご近所の杉山晴信さんは、半農半陶芸。1500坪の田んぼを耕しながら、登り窯を持つ芸術家。
http://www7.ocn.ne.jp/~sasaya/kamamoto.html
◆「テロリストは誰?」「9/11ボーイングを捜せ—航空機は証言する」の上映や講演で活躍する菊池ゆみ・森田夫妻は、半農半ジャーナリスト。
http://globalpeace.jp/
◆近くの桑原さんは、半養蜂半コンピューター技術者+サーファー。
◆炎の芸術・シャンティー・グラスを作成しているGEN(小島元)さんは、半農半工芸 。
http://shantiglass.hp.infoseek.co.jp/
◆近くでライブハウス「バンブートーン」を経営する鶴勝英さんは、半農半パーカッショニスト。
http://www.awa.or.jp/home/tsuru/

 農文協の現代農業増刊「青年帰農」「若者はなぜ、農山村に向かうのか」を見ると、“半農半X”の事例が沢山掲載されていますよ。

◆現代農業増刊
http://www.ruralnet.or.jp/zoukan/index.html

 古来、危機は、好機(チャンス)ともいわれています。危機の中にチャンスの芽を見、育てる、そんな好奇心が、人生を、世界を、面白くするように思えるのです。▲

2006年1月 2日

INSIDER No.337-2《FROM THE EDITOR》あけましておめでとうございます・その2

 さて、私的には、今年も昨年と同様、日本を代表する世界的な指揮者=岩城宏之さんの「ベートーベン全交響曲連続演奏会」のコンサート会場で新年を迎えました。東京・池袋の芸術劇場で、12月31日午後3時半に開演、交響曲第1番が鳴り始めて、途中何度もの小休憩と夕食のための大休憩を挟みながら、第9番が始まったのが丁度1日0時。休憩ごとにワインや焼酎をしたたか飲んで、夢うつつの中で第九を聴きながらの迎春は至福でした。

 このベートーベンの1番から9番までを一夜で連続演奏するという珍しい企画は、作曲家=三枝成彰さんのプロデュースで2003年末に(たぶん世界で初めて)実現しました。その時は、数人の指揮者が交代で振ったのですが、その1人だった岩城さんが後に、「どうせやるなら全部1人で振りたい」と言い出して、そうは言っても岩城さんは1932年生まれで70歳を超えていて、しかも癌だ何だで26回だか手術を繰り返してきた満身創痍。「大丈夫なのか」という周辺や関係者の心配を他所に、「去年は出来なかっただろう。来年は出来ないかもしれない。一度だけやらせてくれ」と言い張って、04年12月31日、上野の文化会館で1人で一晩に1番から9番までを振り抜くという快挙を成し遂げられたのでした。私と家内は、知人を介して岩城さん・木村かおりさん(ピアニスト)ご夫妻とはお付き合いがあり、時折食事をご一緒させて頂いたりしているのですが、舞台上で倒れたりしないだろうかともう心配で心配で、演奏内容よりもそちらのほうに神経が行ってしまうという風でした。

 ところがその後、昨年夏にお目にかかった時に、「今年末ももう一度やることにした。というか、いっそのこと死ぬまで毎年やり続けようと思って」とおっしゃられて、「えっ?そんな無茶はされない方がいいのでは…」と思う反面、一個のアーティストが、何歳になっても、体にどんな不安があっても、そのことに命を懸けようとする激しい意欲に気圧されて、この方の尽きせぬチャレンジ精神にはどこまでも付き合ってみたいという思いに駆られたのでした。実際、今回の演奏は前回にも増して素晴らしいもので、私には特に、ベートーベンが自分のスタイルを確立した3番、円熟の域に達した7番、8番が好ましく感じられました。岩城さん自身は、どれか1つを選べと言われれば8番が好きだと言っておられました。

 オーケストラは、岩城さんがまずコンサートマスターに篠崎史紀さん(NHK交響楽団コンサートマスター)を指名、三枝さんと3人で相談しながら11カ月かかって編成した「イワキオーケストラ」。N響はじめ各楽団の首席奏者クラスがずらりと並んだ豪華な顔ぶれで、今日本で聴ける最高のオーケストラと言えるかもしれません。第9のソリストはソプラノ=釜洞祐子、アルト=坂本栄、テノール=佐野成宏、バリトン=福島明也のみなさん、合唱は晋友会合唱団で、これまた考え得るベストな取り合わせ。そうした第一級の出演者が、マエストロ岩城の快挙を全力を尽くして支えようと気持ちを1つにしているのですから、迫力のある音になって聴衆に襲いかかってくるのは当然なのでした。

 私は今年、まだ還暦2歳。岩城精神に見習って人生第2ラウンドに挑戦し続けなければならないという覚悟を新たにしつつ、胸膨らむ思いで会場を後にしました。岩城さん、ありがとうございました。

 なお、04年末のこの演奏会の模様は、エイベックスから5枚組CD『岩城宏之ベートーヴェンの1番から9番までを一晩で振るマラソン』として発売されています(AVCL-25060〜4、6900円)。岩城さんはエッセイストとしても著名でたくさんの本を出していますが、比較的新しいものをいくつか挙げれば……、
『岩城音楽教室 美を味わえる子どもに育てる』(光文社・知恵の森文庫、05年8月刊、600円)
『オーケストラの職人たち』(文春文庫、05年2月刊、550円)
『音の影』(文藝春秋、04年8月刊、1680円)
『森のうた 山本直純との芸大青春記』(講談社文庫、03年6月刊、600円)など。 ▲

INSIDER No.337-1《FROM THE EDITOR》あけましておめでとうございます・その1

 あけましておめでとうございます。昨年11月に始まったこの《ざ・こもんず》サイトの実験運用が続く中で新しい年を迎えました。これを内容的にもビジネス的にも1日も早く確立して、「これでいいのか、日本!」の声を大きくしていくことが、今年最大の課題です。みなさまのご支援、ご協力を心からお願いいたします。

 今後の進め方ですが、まず第1に、ご覧頂けば分かるとおり、すでにメニューに上がっているのにスタートしていないブログがいくつかあって、それを遅くとも1月中にスタートさせます。それぞれに事情があって、日刊ゲンダイの二木啓孝さんは、一番最初に声をかけて「よーし、珠玉のコラムを書くぞ!」とか張り切っていたのですが、12月に入って胃から出血して全身の血液の3分の1を失う重大事態に陥り、いまリハビリ中で、もう少し時間がかかります。毎日新聞の岸井成格さんは、まず私が一緒に秋葉原に行ってパソコンを買って、自宅でネットに繋いで、そこですぐさま当方から美女インストラクターを派遣してキーボード操作やメール送受信を身に付けて貰って、その上でブログ管理画面からエントリー投稿できるようにして頂く予定になっているのですが、どうも本人の存命中にそこまで達するかどうか分からないので、取り敢えず手書きの原稿をファックスで受け取って当方スタッフが入力するという形で立ち上げるしかないようです。他の方々も、原稿をワープロで書いてメールで送ることは出来ても、ブログ管理画面となると途端に怯えるというケースが多くて、1人1人美女か野獣かのインストラクターを刺客として送り込んで奮い立たせて行かなければなりません。

 第2に、その上で、さらに執筆者=ブロガーの数を増やし分野も(多少柔らかめのものを含め)広げて行きます。このサイトも少しずつネット上で話題になりつつあり、中には「彼らは21世紀の論客というよりも、20世紀にマスコミにうまく乗っただけで、真のジャーナリストとしてブレない自論を吐き続け、常に体制批判ができる骨のある人たちだろうか?と思うと、多少の疑問も感じます」という唐澤豊さんのコメントもありましたが、まあこれは基本的に、私(や岸井など昭和19年生まれ)から団塊の世代の次の世代、次の次の世代への贈り物という意味合いが大きいので、私を含め20世紀人が発信人となるのは仕方がないですね。とはいえ、別に世代的なことにこだわっているわけではないので、地主である私が「面白い!」と思う人は10代であろうと20代であろうと発信人=入会権者として登場して頂くようお願いしていくことになるでしょう。

 第3に、いまサーバの拡充を図っていて、それが3月中に完遂すれば、ある程度まで動画を発信出来るようになります。田原総一朗さんの「タハラ・インタラクティブ」は元々、動画で田原さんの日常——サンプロの打合せ風景とか地方での講演の様子とか——をビデオクリップで流すことを主眼として企画したもので、いずれ文字と映像を織り交えたブログに発展していくことになります。今はインターネット放送でやっている「国会テレビ」もここから観られるようになりますし、時事コント集団「THE NEWSPAPAER」も参加することになっています。

 以上のようなことを進めていくだけでも、正直言って膨大な作業なので、どのくらいのテンポで実現していくか分からないのですが、一応3月一杯で大筋目途をつけて、同時に《サポーター企業》の募集も進めてビジネス的基盤も固め、桜が咲く頃には全体の形がある程度見えてくるところまで行きたいと考えています。よろしくお願いします。▲

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