INSIDER No.327《BUSH》内外で行き詰まるブッシュ政権——“自殺行為的な国家運営”?
米ブッシュ政権は内外共に行き詰まり、大統領の任期3年余りを残してすでに半ば“死に体”と言っていい惨状をさらけ出している。
ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官は10月13日付『インタナショナル・ヘラルド・トリビューン』に寄せた論説に「ブッシュの自殺行為的な国家運営」というタイトルを付けた。彼は、論攷の冒頭で歴史家アーノルド・トインビーの名著『歴史の研究』の「帝国崩壊の究極の原因は、自殺行為的な国家運営(suicidal statecraft)にある」という一節を引き、9・11以後の米国の政策を見ていると、ブッシュ大統領の歴史上の位置づけにとって悲しむべきことに、いやそれ以上に、米国の将来にとって不吉極まりないことに、このトインビーの気の利いた科白が当てはまるような気がしてならない、と述べている。民主党系外交マフィアのドンが、やんわりとした表現ではあるけれども、ブッシュの出鱈目が米帝国崩壊の始まりになるかもしれないという懸念を公然と口にするとは、尋常なことではない。
●イラク侵攻の失敗
この行き詰まりの根源は、言うまでもなく、イラク政策の無惨な失敗にある。米国の侵略と占領の結果としてのイラクの今の現実が、同国内はじめロンドンからアンマン、バリ島に至る世界各地でのテロの激化、イラク新憲法制定の過程にスンニ派を包括することに失敗したことによる政治的再建の見通し困難と国家分裂=内戦の危機の増大、10月でついに2000人を超える米兵の死者が出てさらに増え続けていることによる米国内の厭戦気分の拡大など、完全に泥沼状態に陥っていることだけではない。そのような結末しかもたらさなかったイラク侵攻そのものがそもそも、政権中枢による不確かな情報根拠での無理矢理の開戦決断——と言うよりも、チェニー副大統領、ローブ大統領次席補佐官、ラムズフェルド国防長官ら、初めからイラクで戦争を起こしたくて仕方がなかった“主戦派”が、あろうことか、大統領と議会と世論に対して偽情報(ディスインフォメーション)工作を仕掛けたらしいことが明るみに出たことで、政権への内外の不信は極点に達した。
開戦の最大の理由とされた「イラクの大量破壊兵器が今にもテロリストの手に渡ろうとしている」という情報が、まったくの虚偽であったことはとっくに明らかになっている。加えて今回は、もう1つの理由だった「イラクがニジェール政府からウランを購入した」との情報も、イタリアの実業家が金目当てで捏造して米英伊の情報機関に持ち込んだものであることが明るみに出た。米CIAは初めからこれを信用せず、ジョセフ・ウィルソン元駐ガボン米大使を現地に派遣して調査に当たらせた上、「信憑性に欠ける」との報告書を政府に提出した。しかし、同じ情報が英政府からホワイトハウスにもたらされたことから主戦派は欣喜雀躍し、これを開戦理由に付け加えて03年2月のブッシュ大統領「一般教書演説」にまで盛り込んだ。自分の調査結果を無視されたことに怒ったウィルソンは、米紙への寄稿でそのことを暴露し、ブッシュ政権のイラク政策全体への批判も展開した。それで焦った主戦派は、03年7月、チェニーの首席補佐官ルイス・リビーを通じて保守派の政治評論家に「ウィルソンの夫人バレリーはCIAの工作員で、ニジェールで実際に調査したのも夫人だった」と暴露した。
CIA工作員の身分を明かすことは国家機密漏洩に当たることは言うまでもなく、それをホワイトハウス高官が行うなどということがあっていいはずがない。しかも、ウィルソン発言の信用性を傷つけるために夫人がCIA工作員であることを持ち出すというのは、「CIAの人間の言うことは信用できない」という前提が広く認知されていなければまったく意味のないことで、そんな判断も立たないほど主戦派は当時、錯乱状態にあったということである。このリビーの稚拙としか言いようのない情報リーク工作の全貌が特別検察官によって暴かれ、彼は10月に辞任させられたが、世間は誰もリビーの単独犯行とは思っておらず、今後操作はチェニーやローブにも及ぶ可能性がある。またこの一件への関わりの有無はともかく、この2人や、さらにハリケーン被害救済をめぐる政権の失態に責任があると指摘されているカード大統領首席補佐官までまとめて更迭し、この際、人心一新を図るべきだとの声は与党=共和党の中にも広がりつつあり、そうなれば政権はほとんど壊滅状態に陥る。
再選を果たした大統領が2期目にスキャンダル噴出で危機に陥るという前例は少なくない。ニクソンはウォーターゲート事件で辞任させられ、レーガンはイラン・コントラ事件でブッシュ(父)副大統領逮捕の寸前まで追い詰められ、クリントンはモニカ嬢との不倫で弾劾を受けた。ブッシュはこれらの事例の“歴史の研究”に力を入れているそうで、そこからこの苦境を何とか切り抜ける方策を見出そうというのだが、レーガンやクリントンの場合と決定的に違うのは、『毎日新聞』10月31日付から3回連載の「暗雲ブッシュ政権」が指摘しているように、「両大統領は大規模な部隊を海外に派遣していなかった」ことである。単に海外派兵をしているというのでなく、それが飛んでもない失敗に終わりつつあることで内外の批判を浴びていることが、この政権の致命的な弱点で、例えばハリケーン被害対策の遅れも、こういう場合に活躍する州兵をイラクに派遣していたからだ、という具合に、悪いことはみなイラク事態と結びつけて論評され、すべてが悪循環に嵌っていくのである。
各種の世論調査で、ブッシュ大統領の支持率は36%(ニューズウィーク)、36%(FOXテレビ)、37%(AP通信)など史上最低に落ちている。
●“反米”のグローバル化
イラクの現状打開については、名案はない。ライス国務長官を中心に、イラク政策の目標を再設定しようという動きがあるやに伝えられているが、ブレジンスキーに言わせれば「10月8日の大統領演説を聞く限り、彼が昨年の選挙キャンペーンで侵攻を合理化するために持ち出したデマゴギー的なレトリックに逆戻り」している有様である。
むしろ、来秋の中間選挙での惨敗を避けるために、形だけでもイラク人の政府が出来たことにして、早ければ来春にも米軍撤退を始めてしまい、イラクを混乱状態のまま事実上放り出すという方向に走る危険が大きい。それは、米国内では“歓迎”されるかもしれないが、国際社会からは「こんな無責任なことがあるか」一層激しい非難を集めることになろう。
イラク政策だけでなく“中東民主化”構想も破産する。ブレジンスキーは「今や米国は、アラブ諸国と全世界のイスラム圏で、イギリス帝国主義の継承者、イスラエルのアラブ抑圧のパートナーと見られており、そうである限りテロリストへの同情は強まるばかりだ」と指摘している。実際、アンマンで9日に起きた爆弾テロは、ヨルダンこそが米“中東民主化”構想の鍵と位置づけられていただけに、「米の中東戦略を痛打」(『読売新聞』11日付解説の見出し)した。
元補佐官はさらに、米国がイラクやキューバの収容所で捕虜やテロリスト容疑者に対して恥ずべき虐待や拷問を行ったことが暴露されたにもかかわらず、現場の責任者だけ罰して国防総省や国家安保会議のトップの責任をうやむやにしていること、国際刑事裁判所の設立に反対する利己的な態度を続けていること、核不拡散政策に関連しては、イラクは攻撃したが北朝鮮とは交渉し、インドには原子力計画に協力を申し出るといった恣意的で一貫性のない姿勢を示し、そのためイランの核開発を抑えることが出来なくなっていること——などを列記し、それらが相俟って、欧州でも東アジアでも中南米でも、米国の政策への批判と、米国との紐帯に頼らずにそれぞれの地域的なまとまりを形成しようとする傾向が広がっていて、このままでは米国は敵意に満ちた世界の中で孤立していくだろうと懸念を表明している。
“民主主義のグローバリゼーション”で米国の安全を確保しようという狙いにもかかわらず、かえって米国への不信と憎悪がグローバル化しかねないという心配は、ブレジンスキーが03年に執筆した『孤独な帝国アメリカ』(朝日新聞社、05年10月刊)の主要なテーマだが、今やブッシュ政権はその心配が現実と化す方向に転がり始めているのである。
ブッシュは11月4〜5日アルゼンチンのマル・デル・プラタで開かれた米州サミットに出席し、北米自由貿易地域(NAFTA)をさらに中南米全体に拡張する「米州自由貿易地域(FTAA)」の推進を訴えたが、会場の周辺と首都ブエノスアイレスでは激しい反米デモが吹き荒れ、首都では米系企業が焼き討ちされる事態にまで至った。キューバを除く北米・中南米34カ国の首脳が集まった議場内でも、「中南米の貧困をなくそう」と呼びかけるブッシュに対して「この地域に貧困を作ったのは米国ではないか」というあからさまな対米批判の声が飛び、急進的反米派のウーゴ・チャベス=ベネズエラ大統領は「この会議をFTAAの墓場にする」と演説、実際にFTAA交渉推進の合意がベネズエラはじめブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイなどの反対で不成立に終わると「本日の最大の敗者はブッシュ。彼の顔に敗北の刻印を押してやった」」とまで言い捨てた。
今週のアジア4カ国歴訪では、ブッシュはアルゼンチンほどの手荒い扱いは受けないだろう。しかし、旅の主目的である韓国・釜山でのAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳・主要閣僚会議は、鳥インフルエンザ対策の行動計画を採決する以外には大して意味のある議論が行われず、むしろその形骸化が、翌月にクアラルンプールで開かれる「第1回東アジアサミット」の重要性を際だたせることになろう。将来の“東アジア共同体”の形成に向かっての、小さいが、しかし歴史的な第一歩となるはずのそのサミットには、もちろん米国は招かれていない。
結局、ブッシュ父の「唯一超大国」という幻想の上に、「単独行動主義」の花を咲かせようとしたブッシュ息子の試みが失敗に帰した、ということである。上述ブレジンスキーの著書の原題は『選択/(米国は)世界の支配者か、リーダーか』だが、9・11を契機に一気に世界の軍事的支独裁者に成り上がろうとした米国の身の程知らずの挑戦は大破綻を来たし、それを米州サミットやFTAA、APECや日米安保など2国間軍事同盟の再編、NATOの支配権維持など既存の制度への関わりを通じて取り繕おうとするあれこれの試みもまた巧く行きそうにない。もちろん米国は依然として十分に世界最大の大国であるけれども、“超”の付かない大国として自分自身を軟着陸させる身を切るような努力を払うことなしには、再び世界から尊敬されるリーダーとなることはないのではないか。▲