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INSIDER No.322《FROM THE EDITOR》ブログとジャーナリズム

 ブログというものの存在とそれを用いた新しい草の根ジャーナリズムの広がりが持ち始めている社会的インパクトの大きさを、一般の人々が驚きと共に認識したのは、米CBSの看板ニュース番組「シックスティ・ミニッツ」のアンカーマンを27年勤め上げてきたダン・ラザーが04年9月に降板させられた事件だったろう。

 ラザーは自分の番組で、ブッシュ大統領が州兵の徴兵逃れをした証拠とされる手紙をスクープして大いに評判になったが、草の根のブログの1つがその文書のタイポグラフィを分析して、それが後年捏造されたものではないかと疑問を投げかけたのをきっかけに、ブロゴスフィア(blogosphere=ブログ世界もしくはブログ圏)にアッという間に情報や意見が飛び交って大騒ぎとなり、大手新聞もこの問題を取り上げざるを得なくなり、結局、捏造文書であったと断定された。ラザーは、その番組だけでなく「イブニング・ニュース」からも降ろされて、事実上引退に追い込まれた。日本で言えば、田原総一朗か筑紫哲也が突然指弾されて降板するような大事件である。

 こうしたことは初めての出来事ではなく、2年近く前の02年12月には、トレント・ロット共和党上院院内総務(日本で言えば与党の参議院幹事長)が先輩政治家のパーティでの挨拶で人種差別的な発言をし、大手メディアはそれを雑報扱いで伝えただけだったが、あるブログがそれを問題視したことをきっかけに、ロットの過去の人種差別的言動がネット上で暴かれたことから、大手メディアもそれを取り上げ、ついにブッシュ大統領が「人種隔離政策を容認するような発言は不愉快で間違っている。ロット氏のコメントは米国の精神を反映していない」と声明する事態に発展、彼は院内総務を辞任しなければならなかった。

 ラザー事件の半年後、05年1月にはCNNのニュース部門責任者のイーサン・ジョーダンが、世界の政財界首脳がオフレコで語り合う「ダボス会議」の席上、「イラク派遣米軍は意図的にジャーナリストを標的にしている」と発言し、それを聴いていたブロガーがその場ですぐに自分のブログに書き込んで報道、たちまち世界中に知れ渡って大問題になりジョーダンは辞任させられた。

●1人のプロより無数の素人?

 3つの事例に共通するのは、大マスコミが「素人のお遊び」程度のものとして歯牙にもかけないでいたブログによる名もなき個人の発信とその連鎖が生み出す力の恐ろしさを、まざまざと示したことである。

 ダン・ラザー事件の教訓は、CBSの番組制作者やラザーのようなベテラン・ジャーナリストの問題発見と真贋判定の能力よりも、無数のブロガーたち(そこにはプロのジャーナリストや様々な分野の専門家も含まれているが、多くは恐らく単に自分の趣味や特定関心事のためにブログを運営している人やその熱心な読者=投稿者だったろう)がこの問題を巡って臨時に立ち上げた巨大な不定形の情報交換ネットワークのその能力のほうが優れていた、ということである。

 このように、ある問題が発生した時に、誰かが旗を掲げて問題提起すると、関心ある人々がその周りに結集して自発的に情報交換と討論、さらに場合によって行動のための集団を形成して、問題が解決すると何事もなかったかのように散っていくような問題対処のスタイルを「ネットワーキング型」と言い、その特徴はしばしば「創発的な(emergent)自己組織性」と形容される。エマージェンスは普通「出現」「登場」と訳され、形容詞のエマージェントは「姿を現しつつある」「突発的な」「緊急の」と訳されるが、この場合は岩波の国語辞典や広辞苑に出ていない「創発」「創発的」という新しい訳語が使われる。

 その創発という概念を用いて、蟻のコロニーのような豊かで複雑なシステムがどのようにして成立するのかを研究したスティーブン・ジョンソンによれば、「創発とは、ある集合体が個体の総計よりも賢い、という場合に起こる。……集合体の相互作用の中から、どういう成り行きか、より高位の構造もしくは知性が現れてくる。通常は、この経緯を司るような監督役は存在しない」と言う。『ブログ/世界を変える個人メディア』(朝日新聞社、05年8月刊)の著者ダン・ギルモアは、そのジョンソンの言葉を引きつつ、次のように言っている。

「集合体の知性が個体の総和の総計を上回るとは、まさにデジタル・ネットワークの領域にこそ当てはまる」

「分かりやすく要約しよう。読者の集団は、メディアのプロたちよりも多くのことを知っている。当たり前だ。彼らは大勢、そしてジャーナリストはしばしば、たった1人なのだから」

 ラザーの事件をきっかけに、米国で「ブログはジャーナリズムか」という大論争が起きたのは当然だった。一方では、大手メディアの保守主義と権威主義に取り憑かれたプロたちは、自分たちの仕事の質を超えるような情報が素人たちの集合体から生まれ得るなどということを認めたくはない。他方では、実際、ブログの多くは個人的なタワゴトを繰り出すだけだったり、ニュース的な情報を扱う場合もプロ的な取材や検証を経ずして単なる噂のようなものを流布して面白がっている不届きなケースも少なくない。上述『ブログ/世界を変える個人メディア』の著者ギルモアは、元はシリコン・バレーの地元紙『サンノゼ・マーキュリー』に籍を置いたプロのジャーナリストでありながら、「来るべき多方向(multi-direction)のデジタル・コミュニケーション時代には、読者=視聴者はジャーナリズムのプロセスに不可欠な存在になり得る」という確信を持つに至り、新聞社を辞めて、プロの書き手と多数の読者=視聴者の協働によるブログ・ジャーナリズムの先駆的実験を始めた人物である。

 ブログは、誰もがこれまでになく簡単にネット上で発信することが出来る道具であり、何にでも用いることが出来るし、ニュース的な発信に限って見ても、高度のものから低劣なものまで、まさに玉石混淆の世界である。が、その中で、プロのジャーナリストとアマの読者=視聴者との協働のプロセスを意識的に組織化することで「集団知は個体知を超える」という原理を実証しようとする試みが各所で始まっていることが注目に値する。われわれが始めようとしているブログ中心の発信源「ざ・こもんず」も、そのような流れの中に身を置くことになるであろう1つの実験である。

 さて、CNNのジョーダンの辞任事件は、ブログの持つ別の特徴を浮き彫りにした。情報の公開性と速報性である。たとえオフレコ前提の会議であっても、聴衆の中にパソコンか携帯電話を持つ人が居合わせて、彼が「これは問題だ、みんなに知らせなければ」と思えば、ほとんど誰に気づかれることもなくその場から自分もしくは仲間のブログに速報し、極端に言えばその会議がまだ終わらないうちに、あるいはその人がまだスピーチを終えていないうちに、すでに世界中が彼の問題発言を知っている、ということが起こり得る。取材許可証を胸にぶら下げたプロの記者だけが相手であれば、オフレコの約束を破るのは明白なルール違反であり、許可証をたちまち取り上げられることになるだろうが、誰もが発信するブログの時代には、そのようなコントロールを維持することはもはや不可能なのかもしれない。逆に、ブロガーの側には、「何でもあり」の放埒に堕することなく、公正さ、正確さ、それを裏付ける取材能力を確保する義務と責任があり、その不断の追求なしにはブログ世界のとてつもない自由を守ることが出来ない。放埒と自由の混同は権力の干渉を呼び寄せる。

 ブログの出現で電子的民主主義は新しい局面を迎えていると言える。

●さらに敷居が低くなった個人発信

 ブログは、前にも述べたが、ウェブ(ホームページ)のログ(日誌あるいは記録)を意味するウェブログ(weblog)という造語からさらにweが取れてしまった新語で、簡易型のホームページ作成のツールである。

 90年代にインターネットの普及と共に出現したウェブは、

(1)html(hyper-text markup language)というかなり面倒なコード体系を駆使して、

(2)文章とその見出し、画像、音声、複数のフレーム、アイコン、他のページやサイトへのリンクなどを凝りに凝って1つの美しいマルチメディアのデザインにまとめ上げ、

(3)それをFetchなどのftp(ファイル転送手順)のソフトを使ってサーバーにアップロードし、

(4)urlを出来るだけ広く周知して読者がアクセスしてくれるのを待つ、

——というもので、個人や小組織でもいきなり世界に向かって発信出来る“x:x”のメディアとして爆発的人気を博した。しかし反面では、

(1)htmlを駆使して制作しftpを使ってアップロードするのは慣れれば難しいことではないが結構な手間であり、更新が滞りやすい(高野ホームページもその典型!)、

(2)“読み出し”専用であり、読者=視聴者はそのウェブをブックマークもしくはお気に入りに登録しておいて、自分のほうからわざわざ見に行かなければ内容が更新されているかどうか分からず、またせっかく訪れても更新された部分に行き着くのが簡単でない場合もあって、新情報が直ちに読者に伝わりにくい、

(3)読者がウェブの記事に意見を述べたり、問い合わせをすることは出来るが、それは画面のたいていは一番下に明記されている管理者のメールアドレスにメールを送るか、別に設けられた「掲示板」のページに書き込みをするかといった方法に限られている、

——という制約があった。それに対して2000年頃から広がり出したブログは、

(1)htmlコードやftpの知識は全く不要で、ワープロを打ったりメールを書いたりする能力さえあれば、画面の定型フォーマットに書き込むとそれがそのまま表示用の画面になるので、作成・更新が極めて簡単に出来る、

(2)ウェブのように凝ったデザインは出来ないしその必要もないが、文字だけでなく画像や音声を簡単に貼り付けることが出来る、

(3)“読み出し・書き込み”両用であるため、管理者だけでなく読者もまた、記事を読むだけでなく、その記事に関する他の人の書き込みを読み、自分の意見を画面に直接書き加えることが出来、さらには、「トラックバック」と言って、例えばそのテーマについて読者自身のブログに詳しく情報や意見を載せているという場合に、自分のブログからその記事に対してリンクを張って自分のブログに誘導することも出来る、

(4)管理者もしくは読者が新たに書き込みをしたり写真を貼ったりすると、表示画面では記事の新しい順に上から配置される上、画面の一角にある目次に自動的に“NEW”のマークを付けてタイトルを表示してくれるので、読者は前回の訪問以降に何が更新されているか一目で分かる、

(5)さらに、「RSS(Realy Simple Syndication=実に簡単な配信)」と言って、各記事の見出しと内容の要約を自動的に作成して外から検索可能にしてくれる機能があり、読者はRSSリーダー付きのパソコンのブラウザーか携帯電話かPDAかで自分の関心あるテーマを指定するだけでRSSリーダーが自動的に収集に走り回ってそれに関連するブログの全記事の一覧表を作ってくれる。これは、発信者の側からすれば、ウェブのようにただお客の訪問を待つのでなく、こちらからその問題に関心ある未知の読者全員に自分の記事を配信出来るに等しいことを意味する。従来は、必要な情報を収集しようとすると、Yahooなどの検索サイトに行って自分で調べて、出てくる一覧の中には無関係なものや関連が薄いものもたくさん含まれているのを片端からアクセスして確かめて、時にはそのサイトのどこに目的の記事があるか分からなかったりして、結構苦労したのだが、RSSではその作業はほぼ自動化される、

——などの特徴がある。ウェブもすでに原理的には、個人が誰でも発信し、かつ読者と情報を共有し合う画期的な創発性メディアであったのだが、本質的に“読み出し”専用であるために、管理者でさえも簡単に書き換えが出来ず、まして読者は限られた方法でしかそこに参加できなかった。それに対して、ブログは、その敷居を跨ぐのがほとんど苦にならないほどにまで低くして、しかも“読み出し・書き込み”両用に転換したため、管理者はもちろん読者も気軽に書き込みし参加することが出来るようになり、創発性が飛躍的に拡張されたのである。

 そしてそのブログをジャーナリズムに適用すれば、プロのジャーナリスト同士の協働も、彼らと無数の読者との協働も、遙かに容易になり、前出ダン・ギルモアの適切な表現を借りれば、ニュースのあり方そのものが「講義」型から「会話」型へと質的な転換を起こす。彼は書いている。

 「巨大メディアはこれまでずっと、ニュースを『講義』のようなものとして扱ってきた。私たちメディアは、何がニュースかを読者に伝える。あなた方読者は、それを買うか、買わないかだ。……業界の自己満足と傲慢さが増殖してゆく世界だった。……未来のニュースの報道と制作は、『会話』か『セミナー』のようなものになっていくだろう。制作者と消費者の境界線は曖昧になり、その役割も変わってゆく。……通信ネットワークそれ自体が、人々の声を伝えるメディアとなる」 [続く]

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