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2004年3月25日

INSIDER No.186《DOUBLE-CROPPING》人生二毛作開墾記・その9──水源からパイプを引いて水場を仮設した!

 3月13〜14両日と24〜25両日は私と自然王国スタッフのK君の2人で作業に入り、まだ敷地のあちこちで山をなしている刈り取った草や藪や雑木を、薪に出来るものは残して燃せるものは燃し、だいぶ景観が美しくなった。

 13日の昼過ぎには、千葉県茂原の別荘で里山暮らしを実践している小橋暢之さんが、そのお仲間3人と一緒に“偵察”にやってきた。小橋さんは、農協中央の農政部長を経て虎ノ門パストラルの社長をしていて、NPOふるさと回帰支援センターの理事でもある。私とは同年生まれで、私がパストラルの「ヒューマン・ビジネス・ネットワーク」という食と農に関わる経営者たちの勉強&親睦組織の企画委員長を故・藤本敏夫から引き継いでいるという関係。昨年秋には『定年後の10万時間里山暮らし』(家の光協会)を出版した、田舎暮らしの先輩である。「おお、こりゃあ広くていいなあ。眺めもいいし」と盛んに感心しながらデジカメをパチパチ撮って、「うちのホームページに載せるかな」と言って帰っていった。彼のホームページは「房総里山暮らしかわら版」というタイトルで、そこに上記の著書の紹介も出ている(http://yokoo.cside.com/kohashinet/top.htm)。

●第2次草刈り大作戦

 さて、だいぶ片づけが進んだと言っても、全部終わるにはまだ4回か5回の作業が必要で、うまく行っても4月一杯かかるだろう。そこで問題が生じる。これまで刈った分を片づけ終わらないうちに、中段から下の宅地予定地を含む部分では、茅や笹や野バラの切り株から新しい芽が出てきてしまうのだ。10数年ぶりに刈り込まれて太陽がいっぱい当たるようになった地面からは、すでに蕗の薹や野蒜やその他いろいろな草が芽生え始めていて、それはいいのだが、ついでに、あれほど苦労して徹底的に刈ったつもりの茅その他の株からも緑の芽がちらほら顔を出しているのが見える。うーん、どうするか。下手をすると死ぬまで草刈りだけやっていて、いつまで経っても家が建たないということになりかねない。

 除草剤を使えば簡単だが、それをやれば少なくとも1年間は何も生えないし、植えることも出来ない。庭園デザイナーのSさんによると、茅の切り株に塩を盛るという手があるというけれども、切り株は中段以下だけでも何百もあるだろうから、とうてい追いつかないし、それでは地表近くに網の目のように張り巡らされた葛の根は退治できない。結局、ユンボで30センチほど掘りながら根っこを取り除いて表面をならす“天地返し”をするしかないだろう。14日、昼食をとりながらK君とそんな話をしているところへ、この土地を世話してくれた地元不動産業のYさんが息子さんと一緒に現れた。

 Yさん親子の判断も同じで、特にユンボ運転のライセンスも持っている息子さんはこういうことに慣れているらしく、「これは、3月末になって暖かくなったら、アッという間に草が出てきて、どうにもなりませんよ」と脅す。それで一同相談の上、3月下旬か4月上旬に1週間、鴨川市の重機屋さんでユンボを安くレンタルして、息子さんとK君とが操作して、一気に天地返しをやってしまうことになった。地表の草刈りが第1次だとすると、今度は地中の草の根を刈る第2次大作戦ということになる。楽しみなことである。

●古い水タンクを再活用する

 そうやって集中的な作業をするとなると、これから暖かくなってくることもあり、水が使えないのが不便である。今までは、朝に自然王国を出るときに軽トラに水タンクを積んで来て、湯を沸かしたりしていたが、それでは休憩時に顔や手を洗うのも不自由だし、そこでこの際、3つある水源の1つからパイプを引いて仮設の水場を作ろうということになった。

 前回に、敷地内の上部と東脇と中段の3カ所から山の浸み水が出ていていると述べた。上部の第1水源は、昔ここが棚田だった時には田んぼ全体を潤すだけの豊かな水量があったようで、この土地の前の持ち主も、そこから地中パイプを敷いて1100リットルのポリタンクに水を溜め、そこからまた地中パイプで中段まで導いて、蛇口をひねれば水が出るように、かなり大がかりな工事をしていた。しかし10数年放置されていた間に、パイプは詰まり、ポリタンクにも泥が溜まって、まったく水が流れていない。流れないと、水源周辺の地中の水の路も拡散して、水源そのものの出が悪くなる。掘り直せばまた出るだろうが、今はチョロチョロ浸み出している程度である。

 中段中央あたりの第3水源は、かつては田の脇の小川の起点になっていたと思われるが、これも今はチョロチョロ。ただし私が小川の途中に穴が開いて水が地中に吸い込まれていたところを2カ所修復しておいたので、24日に見るとチョロチョロがサラサラくらいになって30メートルほど下まで水が流れるようになった。そこで、25日には半日かけて、水源の土砂や枯葉を取り除いて流れをよくし、30メートルから先を少しずつ道をつけて、途中穴が開いているところは修復して下り斜面になるところまで届かせると、最後はまたチョロチョロではあるけれども、道路脇の用水路まで80メートルほどだろうか、ともかくも小川が復元した。だんだん手入れしていけば水量も増えて、生き物が寄ってくるようになるだろう。人工的なビオトープだと、土の下にビニールなどを埋め込んで水が地中に逃げないようにするが、今はそれを避けて、水源を整備して水が自分の力で小川を元に戻すよう促したい。

 で、仮設水道は一番水量豊富な第2水源を利用することにした。第2水源は、東隣の杉林の中にあり、昔は下の方の2〜3軒がそこから上水を採っていたそうで、水源のすぐ下に立派なコンクリートの漕と排水路があり、取水用のパイプもそのまま残っている。が、今は下の家々も市水(市営水道)に切り替えてしまったので、誰も使っていない。恒久的に使うには、水利権者にあいさつして保健所の水質検査も受けなければならないだろうが、今はその必要はないだろう。K君が、パイプの先端にシュロの毛を3重に巻いて針金で止めてゴミ除けの天然フィルターにし、それを水源に沈め、その先は、土を少し掘ってパイプを埋めたり、逆に土がへこんでいるところでは木の枝をY字型に切って支えるようにして、要は重力を利用して水が低きに流れるように繋いでいく。長さ4メートルのパイプ7本半でタンクに届いたから、約30メートルの原始的水道である。そこに上記の第1水源に接続されていた古い水タンクを運び出してきて水を溜め、蛇口をひねれば水が出るようにした。

 中に泥が詰まり、周りも汚れるだけ汚れて苔が生えた上に蔦が絡んで身動きもできなくなっていた水タンクを、K君と2人でうんうん言って下まで引きずり下ろし、洗剤とたわしを買ってきて2時間もかかって磨いて、何とか使えるようになった。これだって新品を買えば何万円もするから、再活用するに越したことはない。Kお父さんから貰ったブロックを土台にして、タンク下部の蛇口の下にバケツが置けるだけの高さを確保して、設置完了。さあこれで順調に水が溜まるかどうか。

 内径が16ミリの一番細い水道用パイプで、こんなものにチョロチョロ流れる程度で実用に足るのかどうかと思ってしまうが、問題はパイプの流量よりもタンクの容量なのだ。24日に確かめたところ、思いのほか水量があり、500ミリリットルのペットボトルが9秒で一杯になるから、1100リットルのタンクが5時間半でに満タンになる計算だ。とすると、日本の家庭では1人1日平均250〜300リットルの水を使っているので、2人で500〜600リットル、3人でも900リットルどまりだから、まだ水は余る。4人家族でも、1人250リットル程度、合計1000リットルに抑えるよう心がければ何とか足りるだけの量である。

 ちなみに、水資源公団のデータでは、4人家族の場合、風呂・シャワーが26%、トイレ24%、炊事22%、洗濯20%となっている。例えばの話、雨水を溜めてトイレの流し水に使えばマイナス24%、風呂の水で洗濯用水を賄えばさらにマイナス20%で、1000リットルが560リットルで済むことになる。あるいは「水ウェブ」というサイトが掲載している使用配分はだいぶ違っていて、1人当たり洗濯70リットル、風呂・洗面60リットル、食事45リットル、トイレ35リットル、掃除10リットル、その他15リットルで計235リットルだという。いずれにせよ、自分の家の水の使い方を自覚的に考えて、可能ならデータを取って、我が家の水戦略を立てなければならないだろう。

●水の中央集権vs自立分散

 それにしても我々は、全体として水を使いすぎている。WHO(世界保健機構)によると、人間らしい暮らしを送るに必要な水は1日最低5リットルだが、世界中の飢餓地帯や難民キャンプはじめ、それさえも確保できないで飢え・渇き・病でむざむざ死んで行く人々が後を絶たない。我々は250〜300リットルも使ってそれが当たり前だと思っていて、例えば1分間シャワーを流すと12リットルであって、イラクでもルワンダでもいいけれども、世界のどこかで生死線上をさまよっている子供2人半を1日救うだけの量をアッという間に使ってしまうことなど考えたこともない。

 しかも250〜300リットルというのは、直接に家庭の水道の蛇口から流れ出る分だけで、それだけなら300リットル×365日×1億2700万人で140億トンにすぎない。ところが日本全体の水の使用量は年間約900億トンで、その家庭用以外の圧倒的大部分は産業用・農業用である。会社に行ってお茶を飲んだりトイレに行ったり冷房をつけたりすればそのたびに水を使うし、ホテルに泊まればふんだんにお湯を流しっぱなしにしてシャワーを浴びて平気だったりする。華やかで便利な都市文明というものは、膨大な水の浪費なしにはなりたたないものなのである。またよく言われることだが、小麦1キログラムを作るには1トンの水が、牛肉1キログラムを作るには20トンの水が必要で、そのような食品の大量生産・大量流通・大量消費・大量廃棄のシステムもまた、水の大量生産・大量流通・大量消費・大量浪費のシステムと裏表の関係にある。さらに、日本の食糧自給率は4割程度だから、我々は外国の農場で費やされる水も飲み込んでいる。もしそれを国内で生産したらどれだけ水が要るかというその量を「仮想水量」というが、それは年間約650億トンに達している。逆に言えば、現実および仮想を合わせた日本の年間総使用量は1550億トンで、日本人1人あたり1200トンほど使っていることになる。

 しかし問題は“量”だけでなく“質”である。これだけの水を大量生産するのは国の責務であるということで、「清浄にして豊富低廉な水の供給を図り、もって公衆衛生の向上と生活環境の改善と寄与する」(水道法第1条)ための水源開発と水道事業が大々的に営まれることになる。そう、水道は厚生労働省管轄下の“公衆衛生”事業なんですね。だから「水道事業者は……水道施設の管理及び運営に関し、消毒その他衛生上必要な措置を講じなければならない」(同22条)が水道法の核心となる。

 ヨーロッパ諸国では昔から水道水の原水は原則として地下水である。しかも、日本で言う浅井戸、つまり地表近くの浅いところを流れる不圧地下水ではなく、深井戸、その下の粘土層に隔てられた砂利質沖積層の被圧地下水を優先的に用いるし、河川水を使う場合も一旦砂礫層に導いてゆっくりと濾過するなど、自然浄化を旨とするので、日本のように無闇に塩素消毒するということはない。スイスは例外的に塩素消毒をし、末端蛇口の残留塩素は「0.1ppm以下」という規定がある(鯖田豊之『水道の思想』=中央公論社、96年刊)。

 日本は、アメリカの真似なのかどうか、爆発的な産業化・都市化に伴う需要増大に応えるにはそんな悠長なことでは間に合わないということで、河川や湖沼・ダムの水を直接浄水場に取り込んで、“衛生的”な水を大量生産する方式を採った。日本の水道水の取水源は、河川47%、ダム等24%、井戸・伏流水29%である。湖沼やダムでは酸欠腐敗があり、河川では農工業・生活排水の流入もあって汚染が激しく、それらの有害物質をすべて取り除くことは不可能だが、取りあえず手っ取り早く殺菌するには、塩素を投入して次亜塩素酸という活性酸素を発生させ、その強力な酸化作用で菌を殺するのが効率的であり、とりわけ経済の高度成長に伴って70年代からその投与量は一段と増えた。しかも、浄水場を出た水道水が途中や末端で汚染される危険に備えて、日本の場合は、末端給水栓段階での残留塩素が「0.1ppm以上」でなければならないと規定されていて、上限規定がない。塩素は1ppmで人の赤血球・リンパ球・細胞を破壊することはよく知られている(だから塩素は毒ガス兵器に使われた!)が、そんなものを上限規定なしに用いるのは相当勇気のいることだ。

 末端で「0.1ppm以上」という規定がどういう実用的な意味があるかというと、例えば市民から「水道水が臭い」という通報があって保健所の係員が駆けつけると、まず蛇口の残留塩素量を調べて、それが0.1ppm以下あるいはゼロになっていれば、どこかで汚染が起きて、それと闘うために塩素が費消されていることが分かる。次に、それがビルで屋上に貯水タンクがあればそこを調べて……という具合にして汚染箇所を特定していく。だから、まあ、水道局も善意であって、別に国民を殺そうとしてそうしているわけではないのだが、しかし、上水の需要が増えるほど下水の処理が追いつかなくて原水の汚染が酷くなるので、塩素投入量は次第に増えているらしい。

 塩素そのものだけでなく、それが原水に含まれる有機性汚濁に反応してトリハロメタンなどの有機塩素化合物が生成され、これがガンや、アトピー、花粉症などの免疫不全の原因になると言われている。ちなみに、花粉症というのは、この水質はじめ大気の汚染、食品添加物の大量摂取などによって免疫体系が壊れているから、杉などの花粉にすら耐えられなくなってしまうのであり、時折新聞の投書などで「要らない杉なんか全部切ってしまえ!」という意見が乗ったりするのは本末転倒。いや、要らない杉は切った方がいいのだが、それとこれとは別問題である。

 さらに、塩素は浄水場からだけもたらされるのではない。前に触れたように(第7回)、公衆浴場はもちろん温泉と称しているもののほとんども、湯を循環させて塩素殺菌したものを湯船に戻している。さらに笑ってしまうのは、最近大手住宅メーカーなどから「環境にやさしい」と言って売り出されている風呂水をトイレの流し水に再利用するシステムで、どうせ翌日にはトイレに流してしまうのに、こんなものまでわざわざ塩素殺菌することになっている。

 そういうわけで、上水の大量生産・大量消費を続ける限り、下水を通じての大量廃棄も避けることは出来ず、両システムがますます巨大化し“衛生的”になりながら、しかしどうしても下水のほうが追いつかないから上水の原水汚染が拡大することになり、水の役所主導・中央集権の考え方そのものが破綻に瀕している。ところが便利に飼い慣らされている我々は、蛇口以前と排水口以後の“見えないシステム”は出来るだけ見ないようにして、金だけ払って好きなだけ水を使っている。そのシステムから決別して、自前で上下水を完結させるというのは、都会に住む限り絶対的に不可能で、だからこそ田舎暮らしの根源的な意味がある。水の自立から人の自立が始まるのではないだろうか。▲

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