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INSIDER No.158《DOUBLE-CROPPING》人生二毛作開墾記・その4──山口昌伴に学ぶ日本的な暮らしの根本

 どんな家を建てるかを考えながら、「和風本格木造建築」の資料を漁ったが、どうもおかしい。木や紙を使っていれば「和風」と言ってはばからない安易さばかりが目に付く。あ、そうか、「和風」はあくまで“風”であって、それは「アフリカ風ドレス」とか「タイ風カレー」というのと同じ、しょせんはマガイものなのではないか——などと考えながら大型書店の建築関係の棚を渉猟しているうちに、たまたま手にしたのが山口昌伴『図面を引かない住まいの設計術』とその続編『日本人の住まい方を愛しなさい』だった。

 一言でいって、目から鱗。玄関、土間、台所、風呂、便所、洗濯、畳、光、音、風、水、雨……等々、日本の風土に合った暮らしと家づくりの基本要素について、豊富な経験とフィールドワークに基づいてその根本的な考え方を説いていて、私が凡百の「和風」を見てどうもおかしいと感じた違和感がどこから来るのかが一挙に氷解した。山口さんは、1937年生まれ、早稲田の建築科を出て10年間、建築設計監理の仕事をした後、研究の道に入り、「日本の台所」を主テーマとして住居学、生活学、道具学を展開、87年に大著『台所空間学』を世に問うていくつもの賞を受けたことで知られる。主な著書は下記の通りで、このうち※印のついたものを新本・古本で入手して1週間ほどで一気に読破した。これから何回かにわたって、山口に学びつつ自分の考えを整理していこうと思う。なお引用は主に上記2冊からで、他も若干は混じるかもしれないが、書名はいちいち明示しない。

《山口昌伴の主な著書》
※『図説・台所道具の歴史』(柴田書店、82年)
 『住まい考』(筑摩書房、?年)
 『台所の100年/生活学第23冊』(ドメス出版、?年)
※『座談会・台所空間学』(編:筑摩書房、85年)
 『台所空間学/その原型と未来』(エクスナレッジ、87年)
 『私のダイドコロジー』(筑摩書房、88年)
※『和風探索 ニッポン道具考』(筑摩書房、90年)
※『和風の住まい術—日本列島空間探索の旅から』(建築資料研究社、94年)
※『地球・道具・考』(住まいの図書館、97年)
 『日本の食・100年「つくる」/食の文化フォーラム 』(ドメス出版、97年)
 『講座食の文化4/家庭の食事空間』(編:味の素食の文化センター、99年)
※『台所空間学<摘録版>』(建築資料研究社、00年)
※『図面を引かない住まいの設計術』(王国社、00年)
 『世界一周「台所」の旅』(角川Oneテーマ21、01年)
※『日本人の住まい方を愛しなさい』(王国社、02年)

●和風じゃなくて日本型

 “和風”って何か変だなという私の疑問には、すぐに答えがみつかった。

「友人のデザイナーが、フトもらした。『ちかごろ、和風っていいナと思うようになって……トシのせいかナ』 外国デザイン誌育ちのチャキチャキのデザイナーにして、この弁ありか、と暗澹たる思いをした。友人は『洋風志向』に対して『和風回帰』のようなことをいったけど、西洋型に対する日本型、というべきだったんじゃないか。……ほぼ100年間、日本では住まいも台所も、洋風化路線を試行しつづけてきた。しかし、今となって、ハタと、その路線が間違っていたんじゃないか、と気づきはじめている。それが最近の『和風論』ブームなのである。そして我々のやるべきことは100年前からの宿題、新日本型の創出、という作業なのである。トシのせいじゃないんだよ、日本の風土に、まったくちがう風土に育った西洋型をとり込もうとした失敗に、気づいたってことじゃないのかね。……日本にとって近代化即西洋化とは何だったのか。住まいも、家具も、台所もことさらに西洋式をとり込んでいった。でもよく見てみると西洋型にはなりきっていない。西洋人が踏み込んでみたら西洋のそれとはまったく異質な空間で、ヨーフーって何ですか、ニホンフーのことですか、といわれそう。……その日本人なりにムリをしてきたところを、真正面から見なおしていったら、日本の自然環境、文化環境に、もっとしっくりした型が創出できるんじゃないか」

 和風というのは洋風の単なる裏返し。本当は、西洋文化に触れながら新しい日本型を創るべきところを、旧日本型を急いで投げ捨てて半端な洋風化を追い求めて、妙な家ばかりになってしまった。だからマガイものの洋風にまたマガイものの和風を接ぎ木するのでは、屋上屋を重ねる間違いの二乗になってしまうわけで、一度100年を巻き戻して江戸以前の住まいや暮らしの延長上に新日本型を構想すべきなのだ。これは、私が「明治から100年の発展途上国ニッポンが何千年の日本の歴史の流れの中でむしろ異質だったのだ」と言い続けていることと一致する。

●キッチンじゃなくて台所

 この洋風化の象徴が「キッチン」であり、その究極としての「システムキッチン」である。

「ここでは伝統的なものをふくめて、日本型の食べる営みの具えを『台所』ということにする。それを近代化、西洋化しようとしたのを『キッチン』ということにする。ここでひとつ決議。『キッチン』を『台所』にもどせ。日本型台所のありようを探求せよ」

 キッチンは、第1に、狭い。「3畳が平均で4畳半が広い方、6畳以上はフツーはない。大きい家もザシキが広いだけでキッチンは大同小異。……食材のストックから保存、調理、配膳、食器ストックまで、全要素を3畳に閉じこめるのは、もともとムリである。3畳は食材、調理具のストックコーナーに丁度いい。それに隣接して、4畳半ほどの調理場がほしい。しめて8畳……ぐらいの台所スペースを『21世紀の常識』にしたい」

 第2に、キッチンは閉ざされている。「太陽と風と土と水。これらの屋外にある自然の要素が調理・調味に働く、一種の調理具として活用できるのに、それを使っていないのが現代の屋内に幽閉されたキッチンなのである。……これが案外気づかれていない洋風化の弊害である」

「ちょっと昔の台所は住まいの前庭、後庭から屋敷地の周辺へと広がっていた。座敷の火鉢で餅を焼いたり、落ち葉焚きの灰の中から焼き芋が出てきたり。台所は井戸ばたに川ばたに、そして畑に、山につながっていた。いま、住まいの中の1カ所にコンパクトにまとめられた台所。その受けもつ仕事は、ちょっと昔の台所の担っていた役割の大半を、食品加工産業の工場やファミリーレストランチェーンのセンターキッチンに任せている。その結果、食べる営みの大事な部分が失われている。一に食材への親身な関心の希薄化、二に味覚の繊細さ、味の多様さと深さへの感覚の低下、三に食の健康への自己コントロール能力の失墜だ」

「台所というのは、本来は屋外の一部なんですよ。でも今のものは部屋の一部でしょう。インテリアの一部になっているのを台所とはいえないからキッチンていうんです。キッチンでは乱暴しないのがきまりなんです」「この台所はハンドアスペースといっているんです。アウトドアとインドアの中間で半ドア。もともと台所と、それにかかわる作業というのは、外から半分内側に入ったぐらいのところでやる。そもそも外にあったものがだんだん中に入ってきて、外のタタキで火を焚いていたのが中に入ってレンジになり、というふうに中にとりこんでくるのが台所の歴史なんですよね。そこに無理が出てくる。もともと台所の仕事というのは動物の皮を剥いだり骨を叩っ切ったり、殺戮とか解体とかそういう仕事ですよね」

 第3に、キッチンでは火が使えない。

「台所を外へ出そう。半屋外、野外調理なら食材にも野趣が楽しめる。煙が立てられる。本当の火が使える。火が生命を持ちうる」

「いま台所の火はほとんど厄介者扱いされている。レンジは隅に追いやられ、レンジまわりには、熱による食べ物の変化を追って手を加えたり味を加えたりする小道具や調味料の置き場は一切ない。火の場には火口が並んでいるだけで火づかいは設計されていないのである。レンジの上のフードも申しわけ程度で、ぎりぎりに切りつめられたビキニの水着を思わせる。現在の細々とした火力では焼き魚が蒸し魚になる。ことに電熱レンジでは魚を焼くことが禁じられているので、ロースターに入れるのだが、炎なき加熱であるから、焼いたつもりが煮魚になって出てくる。ガスレンジでの炒め物も煮物になってしまう。盛大に炎をあげ、煙を立たせることは、現代の技術水準からすれば不可能のはずがない。バーナーは業務用とし、台所と居間の間に垂れ壁をつくり、調理場全体を煙突にし、そのもうもうたる煙を抜く強制換気のドラフトを強力にすればいい。……むかし、練炭、木炭、薪柴とさまざまな火があって味覚に効果していた。余熱を保つ灰も味覚に効果した。いまそれらはガス、電熱に単純化された。それは味の幅をせばめたばかりでなく、燃えるもののゴミ化——膨大な量のゴミ化を余儀なくして、浪費回避不可能の環境をつくりあげている。ガス、電熱など流体エネルギー以外の、自前の火、可動の燃料と火器の備えがあれば、災害時にも断然役に立つ。ここでも、美味が安全と経済につながるシステムがひとつ見えている」

 キッチンが火を忌む背景には、もちろん食生活そのものの変化という“劣化”がある。パックされた加工済み・調理済み、そしてたぶん添加物てんこ盛りの食品を買い込んできて、ただ温め直して、酷い場合は皿に盛り直しもせずにトレイのまま食べるのであれば、火はもちろん、包丁さえも要らなくて、電子レンジとキッチン・ハサミがあれば済む道理である。

 第4に、システムキッチンはシステムではない。

「システムキッチンというのはおもしろい言葉ですね。だいたいキッチンそのものがシステムであると思うんですよ。それをわざわざシステムキッチンということもないと思う」

 部品がシステム化されていて、いろいろな組み合わせが出来るということだが、出来てしまえばひとつながりの大きなユニットキッチンと変わらない。そのメインテーマは何かというと「収納」である。

「近代日本の台所にとって、収納は最大テーマであった。システムキッチンの人気の根底にも、その収納妄想が凝結している。どうして台所で収納が主題になりうるのだろうか。それは『片づけ』の一語が持ってきた脅迫観念ではないだろうか。……システムキッチンは、実に出しっぱなし禁忌症的設計になっている。実際に使ってみると、じつに出しっぱなしにしにくい。そこで、ドアをあけたてし、抽出しを出し入れすること一勝負のうちに数百回に及ぶ。どうしてこうも頻繁に扉や抽出しに手をかけなければならないのか。全部仕舞ってある、だから何かを使うためには扉を開けなければならない。開ければ閉めなければならない。使ったら扉を開けて仕舞わなければならない。あけたての回数は無限になる。調理の場、料理創造の場にとって、収納が主題になることがそもそもおかしい。本当に経済を工夫し、味覚の創造に打ち込むなら、そして本気で仕事に取り組み能率よく事を運ぶのなら、調理の道具は少ないほどよく、厳選されたそれらが手を伸ばして届くところに、いつも定位置を保たれていなければならない。特定の料理にだけ必要になる道具類は、小間割りの戸棚や抽出しよりも、ウォークインの開架のストックラックに並べられているほうがよほど探しやすい。プロの調理場は実際にそうなっている。……欧米の家庭の台所もこれと同様、道具を出し並べて磨き立てられて納まりかえっている。台所にあって、道具は使うものであって仕舞い込む意味はない。台所を一目見れば、どんな料理がどんな風味で出てくるかがわかる、そういう台所の見せ方に徹したほうが、見るほうも見られるほうもお互いにいいのではないか。そういう台所のモデルをつくってみたいものである」

 その昔、人はそこから見える範囲、歩いていける範囲の「環境」を食べていた。「環境を食べるという雄大な構想から出発した、食べる営みのシステムを凝縮したのが台所だから、自然環境に近い農山村の台所はこれまた雄大でとりとめがなかった」。広い土間と板の間、獣や魚を下ろす水場、魚を焼く軒先、大根や菜っぱを干す軒端、豆を干す縁側、梅干しを広げる前庭、トマトを採る裏庭等々は、台所とひと続きであって、屋内に収まりきれない半屋外の空間であった。そのすべてを切り捨てて座敷の中に閉じこめられた台所は、もはやキッチンと呼ばれるしかなく、「どう工夫しても、それは食べる営みを豊かに支える備えにはなりえない。キッチンをどうやって台所に戻すか。あるいはどう発展させて台所と呼べるしたたかさを取り戻すか」。野性の台所、と言って言い過ぎなら、野趣に富んだ台所、だろうか。▲

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