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2003年11月29日

INSIDER No.160-2《DOUBLE-CROPPING》人生二毛作開墾記・その5──内と外の見境がつかない「土間」の暮らし

 山口昌伴が、「かつて台所は井戸ばたに川ばたに、そして畑に、山につながっていた」と言うのを聞いて、水上勉の『土を喰う日々』を思い出した。これは、軽井沢に仕事場を持つ水上が、敷地に野菜畑を作り、周りの山谷を歩いて山菜や木の実を採って、9歳で京都の禅寺の小僧になって厳しく叩き込まれた精進料理の素養を縦横に活かして自然の恵みを味わい尽くす1年12カ月の食の暦で、20年くらい前に古本屋で「土を喰(くら)う」という言葉の強さに惹かれて買って読んだのだが、書棚を探しても出てこない。それで新潮文庫版を求めて再読した。

●コンビニじゃなくて裏の畑

 由緒はあるが貧乏な寺の老師が小僧に教えたのは、台所の脇にある3畝ほどの畑に相談して、材料が乏しい冬であっても知恵を絞って、毎日のように訪れるお客のために2、3の酒肴や惣菜を調えることだった。何もない台所から絞り出すのが精進で、「これは、つまり、いまのように、店頭へゆけば、何もかもが揃う時代とちがって、畑と相談してからきめられるものだった。ぼくが、精進料理とは、土を喰うものだと思ったのは、そのせいである。旬を喰うこととはつまり土を喰うことだろう。土にいま出ている菜だということで精進は生々してくる。台所が、典座職(禅寺での賄役の呼称)なる人によって土と結びついていなければならぬ、とするのが、老師の教えた料理の根本理念である」

 くわいを皮のついたまま七輪で気長に転がしながら焼いて塩を添えた一皿は、酒呑みの老師の大好物だった。いまのテレビ番組の料理では、くわいなども皮を包丁でむき、見た目は芋だか何だか分からないくらい小さくする。これが上品らしいのだが、「甘味のある皮に近いあたりが捨てられるとあっては、もったいないのだ。また、くわいの皮ほどうすいものはないのである。小芋の皮むきなどもこれに似ている。小芋は、茶褐色のタテジワのよった皮をもっている。ぼくらはよくたわしで土をそぎおとしただけで、この皮が多少はのこるぐらいのところでやめる」。三斗樽に水を張って土のついた芋を入れ、横板のついた棒で20分も回すと芋が肌すりあわせて皮が水面に浮く。その芋を保存しておいて、それ以上は包丁で皮などむかずに使う。「ところが、テレビ番組の板前さんは、包丁を器用に使い、小梅ぐらいの大きさにまでむき、厚い身を捨てて平然としている。これでは芋が泣く。というよりは、つい先ほどまで、雪の下の畝の穴にいたのだ。冬じゅう芋をあたためて、香りを育てていた土が泣くだろう」。

 台所が土に繋がっているというのは、単に家をそれらしく設計するという外面の話ではなくて、道元禅師が『典座教訓』で言う「善根山上一塵も亦積むべきか」(高い山も一つ一つの塵が積み重なったものであるから、一塵ほどのささいなことでも大切にして、心をこめてこつこつと積み上げていなかくてはならない)という、芋やそれを育てた土が泣くのを感じられる感受性を自分の暮らしの基礎として取り戻すかどうかの内面の問題である。さあ何を食べようかという時に、まずコンビニに走るのではなくて、裏の畑に相談するという暮らしぶりが、家の形を決めるのである。

●玄関じゃなくて勝手口

 さて、山口昌伴に戻って、玄関とは何か。『大言海』ではまず「玄妙なる法門」で、禅の道に入る手始め、転じて禅寺の門、さらに転じて殿上人や高位の武家の屋敷の正面入口の式台のある門のことで、庶民がおいそれと設けていいものではなかった、と言うより設けたいとも思わなかったものだった。明治になって、官吏の住宅に上役上司接客のための格式ある空間として、小さな平土間と靴脱石と式台、それに下駄箱、あとはせいぜいスリッパ立てという現代の玄関の原型が出来た。これが一体何なのかは、一度考え直してしかるべきである。

「下駄箱は、もともとはなかったのだけれど、あまりに不便なんで明治もお終いの頃に出現する。それが長さ半間から4尺5寸、高さは腰高が限度」であるために、雨靴、スニーカー、登山用、釣り用等々まで含めると一家4人で100足近い靴が土間にはみ出して、まさに足の踏み場もなくなる。傘は一家4人なら4本でいい筈が、折り畳みや急に降られて買ったビニール傘まで入れると15本はある。「レインコート、合羽の類はどこに仕舞ってます? オーバーコートはどこに? 2階の寝室からオーバーまで着込んで『行ってくるヨ』が実態。外出にかかわる一切を、出入口の脇空間に収めたら、家の中がすっきりするだろう。……背広、ネクタイ、カフス、ハンケチ、手袋、靴下なんかも、家の中じゅう探し歩くよりは出入口脇部屋に収容したらドヤ。だいたい、さあ出掛けようと寝室の洋服箪笥へ背広を取りに行くなんてのも、まあ設計になっとらん」。

「男性なら髪をなでつけるのも、女性なら化粧に念を入れるのも、出入口脇部屋でやるのが何かと都合がいい。そう、ここはもう変装室なんです。そして、御帰還あそばされた時には、武装解除室となる」。下駄箱の上が、もとは花瓶1つだったのが2つ、博多に行った時の人形や、北海道旅行の木彫りの熊が加わったりして、思い出博物館のようになっているから、ご主人が帰っても鞄の置き場がないので居間に持ち込んでソファーの上に投げる、宅配便が来ても床に俯せになってハンコを押したりする。『めがねメガネ、暗くて字が読めん』。玄関灯はたしかに暗い。手元灯がひとつほしい。電話も居室にあるよりは本来出入口にあるべきだろう。出がけに連絡を思い出すことが多いし、靴紐完了したときに限って『おトーさん、デンワァ〜』で、片足に靴をはいたままケンケンで居間の電話まで跳ねていって、アキレス腱を切って1週間入院した人がいる」。

 つまり出入口として何をするにも向かないように出来ているのが今の玄関である。「原日本人の住居は農家でも町家でも屋内床面積の3分の1が土間だった。日本人は床使いが厳密で、高床に置いていいものと土間に置くべきものとをほとんど本能的に分別している。……土間が多いほど高床の上が片づくのに、土間が狭小化していくのが近代日本住宅設計の流れだった。……日常の生活出入口、変装けじめ空間、そういう機能をかなえる出入口を昔は勝手口といいましたネ。勝手口を生活機能空間として設計しなおそう」。

 いわゆる玄関は要らなくて、表に向いて勝手口があって、入るとそこは家の3分の1ほどを占める土間で、囲炉裏か薪ストーブでもあって居間にもなれば客間にもなる。その土間は奥に進むとそのまま台所で、裏の方に向いて大きく開口していて、その外の深い軒先は、畑の大根の泥を洗ったり、七輪でサンマを焼いたり、撃ち仕留めたイノシシを解体したり(そんなことはしないか)するスペースである——というイメージになるだろうか。

「昭和30年代、農家の台所の改善が盛んに指導された頃、都市型台所を農山村に押しつけるべきではない、と唱える一派があった。台所はその家の生業に合った改善の仕方があるべきだと唱えたのは、民家研究でも名高い今和次郎だった」。

 その名前は私も知っている。1899年生まれ、東京美術学校を出て、早稲田の建築科の大先生で大隈講堂の設計で知られる佐藤功一の助手に入り、その佐藤が大正6年に柳田国男らと共に作った「白茅会」のメンバーとして民家・民具の調査研究に当たり、古典と言っていい『日本の民家』はじめ数々の業績を残して1973年に85歳で亡くなった。大正11年に出版され後に増補されて岩波文庫に収められた『日本の民家』は、全国の民家を訪ねて丁寧なスケッチと間取り図を交えて大正年間の最初の都市化の波の中ですでに失われ始めていた農産漁村の暮らしぶりを描いたフィールドノートで、松本清張がこの本に「とりつかれて、豊前や肥前地方の田舎を歩いたものである」と書いているのを読んで、「へぇー」と思って買って今も手元にあるが、すでに文庫版も絶版のようだ。ドメス出版から71年に「民家論」「民家採集」の巻を含む『今和次郎集』9巻が出ているが、これも絶版らしく新刊本の検索では出てこない。晩年に籍をおいた工学院大学に「今和次郎コレクション」がある(http://www.lib.kogakuin.ac.jp/k_index.html)。関東大震災をきっかけに、田舎の民家から一転、都市の「バラック」に関心を寄せ、考古学ならぬ現在の街の「考現学」を提唱し実践したことも有名で、今日の「地元学」の元祖は彼と言っていいかもしれない。

「農家の場合、土と縁の深い生活だから、土足のまま動き回れるよう台所は土間に設けるべきで、食事は土間に椅子テーブルを置き、風呂も土間から入れるようにすべきだとした。土間の食卓を上り框(かまち)の方に寄せて、高床の方にいる老人などは上り框に腰掛けて土間のテーブルで食事をすればよい、と[今和次郎は]提案している。さらに来客も農人同士の行き来だから、土足のままの方が楽だろうから、応接間も土間にソファやティーテーブルを置いたらいいと提案している」

 農山村の台所を都市化(というか公団団地風のミニキッチン化)することが進歩であり文明的になることだと安易に信じられた時代があって、竈(かまど)の横に安物のユニットキッチンのセットを置いたりして、そのうちに竈は壊され、囲炉裏に石油ストーブを安置したりするようになって、昔ながらの総合的な機能を持つ土間空間はなくなってしまったが、それでいいのかということである。

●コンクリじゃなくて三和土

「土間は、それ自体をたたきと呼び、三和土と書いてたたきとルビを振る。たたきは叩き土、合わせ土を叩いた床」。合わせ土は、目の細かい砂利、赤土、石灰の3種の材にニガリを加えたもので、それで三和土と書く。堅きこと石のごとしだが、毎日踏みつけられて何代にも及ぶと柔なところが減って凸凹となる。これが偏りなく流麗なパターンをなすようにするのが叩きの技である。「大正時代にはセメントのたたきが加わり、現在ではコンクリートの床をたたきと言っている」が、三和土には石とは違う柔らかみがある。それにしても、なぜこんなところにニガリを使うのか。山口は説明していないので調べて見なければいけない。

「もともと江戸後期に成立していた日本の民家の定形では、建築面積のうち畳を敷きつめた座敷が3分の1、囲炉裏のある板の間が3分の1,そして土間が残りの3分の1を占めていた」

 日本人の空間感覚では、高さ方向に清浄感が働いていて、畳は元は板の間に置き敷きしたのでその厚みに意味があり、その畳よりさらにわずか3寸上がっただけの床の間は元は貴人の寝所で、人の立ち入れない清浄空間だった。「高床台上がハレのかしこまる空間であるのに対して、土間はケの、格式ばらない、普段着の、自由な、猥雑さを許すところがある」ような空間で、その最下段の不浄性ゆえの解放感が近頃土間が人気を取り戻しつつある理由だろうと、山口は言う。

 もちろん昔ながらの赤土中心の三和土でなければならないということはない。粘土を突き固める場合もあるし、最近は珪藻土のような通気性・吸湿性のある素材も人気があるようだ。石でも大谷石のように冷たさを感じさせないものなら悪くない。しかしタイルややコンクリというわけにはいかないだろう。堅いけれども柔らかみと温もりが感じられる材料でなければケの空間にはならない。▲

2003年11月12日

INSIDER No.158《DOUBLE-CROPPING》人生二毛作開墾記・その4──山口昌伴に学ぶ日本的な暮らしの根本

 どんな家を建てるかを考えながら、「和風本格木造建築」の資料を漁ったが、どうもおかしい。木や紙を使っていれば「和風」と言ってはばからない安易さばかりが目に付く。あ、そうか、「和風」はあくまで“風”であって、それは「アフリカ風ドレス」とか「タイ風カレー」というのと同じ、しょせんはマガイものなのではないか——などと考えながら大型書店の建築関係の棚を渉猟しているうちに、たまたま手にしたのが山口昌伴『図面を引かない住まいの設計術』とその続編『日本人の住まい方を愛しなさい』だった。

 一言でいって、目から鱗。玄関、土間、台所、風呂、便所、洗濯、畳、光、音、風、水、雨……等々、日本の風土に合った暮らしと家づくりの基本要素について、豊富な経験とフィールドワークに基づいてその根本的な考え方を説いていて、私が凡百の「和風」を見てどうもおかしいと感じた違和感がどこから来るのかが一挙に氷解した。山口さんは、1937年生まれ、早稲田の建築科を出て10年間、建築設計監理の仕事をした後、研究の道に入り、「日本の台所」を主テーマとして住居学、生活学、道具学を展開、87年に大著『台所空間学』を世に問うていくつもの賞を受けたことで知られる。主な著書は下記の通りで、このうち※印のついたものを新本・古本で入手して1週間ほどで一気に読破した。これから何回かにわたって、山口に学びつつ自分の考えを整理していこうと思う。なお引用は主に上記2冊からで、他も若干は混じるかもしれないが、書名はいちいち明示しない。

《山口昌伴の主な著書》
※『図説・台所道具の歴史』(柴田書店、82年)
 『住まい考』(筑摩書房、?年)
 『台所の100年/生活学第23冊』(ドメス出版、?年)
※『座談会・台所空間学』(編:筑摩書房、85年)
 『台所空間学/その原型と未来』(エクスナレッジ、87年)
 『私のダイドコロジー』(筑摩書房、88年)
※『和風探索 ニッポン道具考』(筑摩書房、90年)
※『和風の住まい術—日本列島空間探索の旅から』(建築資料研究社、94年)
※『地球・道具・考』(住まいの図書館、97年)
 『日本の食・100年「つくる」/食の文化フォーラム 』(ドメス出版、97年)
 『講座食の文化4/家庭の食事空間』(編:味の素食の文化センター、99年)
※『台所空間学<摘録版>』(建築資料研究社、00年)
※『図面を引かない住まいの設計術』(王国社、00年)
 『世界一周「台所」の旅』(角川Oneテーマ21、01年)
※『日本人の住まい方を愛しなさい』(王国社、02年)

●和風じゃなくて日本型

 “和風”って何か変だなという私の疑問には、すぐに答えがみつかった。

「友人のデザイナーが、フトもらした。『ちかごろ、和風っていいナと思うようになって……トシのせいかナ』 外国デザイン誌育ちのチャキチャキのデザイナーにして、この弁ありか、と暗澹たる思いをした。友人は『洋風志向』に対して『和風回帰』のようなことをいったけど、西洋型に対する日本型、というべきだったんじゃないか。……ほぼ100年間、日本では住まいも台所も、洋風化路線を試行しつづけてきた。しかし、今となって、ハタと、その路線が間違っていたんじゃないか、と気づきはじめている。それが最近の『和風論』ブームなのである。そして我々のやるべきことは100年前からの宿題、新日本型の創出、という作業なのである。トシのせいじゃないんだよ、日本の風土に、まったくちがう風土に育った西洋型をとり込もうとした失敗に、気づいたってことじゃないのかね。……日本にとって近代化即西洋化とは何だったのか。住まいも、家具も、台所もことさらに西洋式をとり込んでいった。でもよく見てみると西洋型にはなりきっていない。西洋人が踏み込んでみたら西洋のそれとはまったく異質な空間で、ヨーフーって何ですか、ニホンフーのことですか、といわれそう。……その日本人なりにムリをしてきたところを、真正面から見なおしていったら、日本の自然環境、文化環境に、もっとしっくりした型が創出できるんじゃないか」

 和風というのは洋風の単なる裏返し。本当は、西洋文化に触れながら新しい日本型を創るべきところを、旧日本型を急いで投げ捨てて半端な洋風化を追い求めて、妙な家ばかりになってしまった。だからマガイものの洋風にまたマガイものの和風を接ぎ木するのでは、屋上屋を重ねる間違いの二乗になってしまうわけで、一度100年を巻き戻して江戸以前の住まいや暮らしの延長上に新日本型を構想すべきなのだ。これは、私が「明治から100年の発展途上国ニッポンが何千年の日本の歴史の流れの中でむしろ異質だったのだ」と言い続けていることと一致する。

●キッチンじゃなくて台所

 この洋風化の象徴が「キッチン」であり、その究極としての「システムキッチン」である。

「ここでは伝統的なものをふくめて、日本型の食べる営みの具えを『台所』ということにする。それを近代化、西洋化しようとしたのを『キッチン』ということにする。ここでひとつ決議。『キッチン』を『台所』にもどせ。日本型台所のありようを探求せよ」

 キッチンは、第1に、狭い。「3畳が平均で4畳半が広い方、6畳以上はフツーはない。大きい家もザシキが広いだけでキッチンは大同小異。……食材のストックから保存、調理、配膳、食器ストックまで、全要素を3畳に閉じこめるのは、もともとムリである。3畳は食材、調理具のストックコーナーに丁度いい。それに隣接して、4畳半ほどの調理場がほしい。しめて8畳……ぐらいの台所スペースを『21世紀の常識』にしたい」

 第2に、キッチンは閉ざされている。「太陽と風と土と水。これらの屋外にある自然の要素が調理・調味に働く、一種の調理具として活用できるのに、それを使っていないのが現代の屋内に幽閉されたキッチンなのである。……これが案外気づかれていない洋風化の弊害である」

「ちょっと昔の台所は住まいの前庭、後庭から屋敷地の周辺へと広がっていた。座敷の火鉢で餅を焼いたり、落ち葉焚きの灰の中から焼き芋が出てきたり。台所は井戸ばたに川ばたに、そして畑に、山につながっていた。いま、住まいの中の1カ所にコンパクトにまとめられた台所。その受けもつ仕事は、ちょっと昔の台所の担っていた役割の大半を、食品加工産業の工場やファミリーレストランチェーンのセンターキッチンに任せている。その結果、食べる営みの大事な部分が失われている。一に食材への親身な関心の希薄化、二に味覚の繊細さ、味の多様さと深さへの感覚の低下、三に食の健康への自己コントロール能力の失墜だ」

「台所というのは、本来は屋外の一部なんですよ。でも今のものは部屋の一部でしょう。インテリアの一部になっているのを台所とはいえないからキッチンていうんです。キッチンでは乱暴しないのがきまりなんです」「この台所はハンドアスペースといっているんです。アウトドアとインドアの中間で半ドア。もともと台所と、それにかかわる作業というのは、外から半分内側に入ったぐらいのところでやる。そもそも外にあったものがだんだん中に入ってきて、外のタタキで火を焚いていたのが中に入ってレンジになり、というふうに中にとりこんでくるのが台所の歴史なんですよね。そこに無理が出てくる。もともと台所の仕事というのは動物の皮を剥いだり骨を叩っ切ったり、殺戮とか解体とかそういう仕事ですよね」

 第3に、キッチンでは火が使えない。

「台所を外へ出そう。半屋外、野外調理なら食材にも野趣が楽しめる。煙が立てられる。本当の火が使える。火が生命を持ちうる」

「いま台所の火はほとんど厄介者扱いされている。レンジは隅に追いやられ、レンジまわりには、熱による食べ物の変化を追って手を加えたり味を加えたりする小道具や調味料の置き場は一切ない。火の場には火口が並んでいるだけで火づかいは設計されていないのである。レンジの上のフードも申しわけ程度で、ぎりぎりに切りつめられたビキニの水着を思わせる。現在の細々とした火力では焼き魚が蒸し魚になる。ことに電熱レンジでは魚を焼くことが禁じられているので、ロースターに入れるのだが、炎なき加熱であるから、焼いたつもりが煮魚になって出てくる。ガスレンジでの炒め物も煮物になってしまう。盛大に炎をあげ、煙を立たせることは、現代の技術水準からすれば不可能のはずがない。バーナーは業務用とし、台所と居間の間に垂れ壁をつくり、調理場全体を煙突にし、そのもうもうたる煙を抜く強制換気のドラフトを強力にすればいい。……むかし、練炭、木炭、薪柴とさまざまな火があって味覚に効果していた。余熱を保つ灰も味覚に効果した。いまそれらはガス、電熱に単純化された。それは味の幅をせばめたばかりでなく、燃えるもののゴミ化——膨大な量のゴミ化を余儀なくして、浪費回避不可能の環境をつくりあげている。ガス、電熱など流体エネルギー以外の、自前の火、可動の燃料と火器の備えがあれば、災害時にも断然役に立つ。ここでも、美味が安全と経済につながるシステムがひとつ見えている」

 キッチンが火を忌む背景には、もちろん食生活そのものの変化という“劣化”がある。パックされた加工済み・調理済み、そしてたぶん添加物てんこ盛りの食品を買い込んできて、ただ温め直して、酷い場合は皿に盛り直しもせずにトレイのまま食べるのであれば、火はもちろん、包丁さえも要らなくて、電子レンジとキッチン・ハサミがあれば済む道理である。

 第4に、システムキッチンはシステムではない。

「システムキッチンというのはおもしろい言葉ですね。だいたいキッチンそのものがシステムであると思うんですよ。それをわざわざシステムキッチンということもないと思う」

 部品がシステム化されていて、いろいろな組み合わせが出来るということだが、出来てしまえばひとつながりの大きなユニットキッチンと変わらない。そのメインテーマは何かというと「収納」である。

「近代日本の台所にとって、収納は最大テーマであった。システムキッチンの人気の根底にも、その収納妄想が凝結している。どうして台所で収納が主題になりうるのだろうか。それは『片づけ』の一語が持ってきた脅迫観念ではないだろうか。……システムキッチンは、実に出しっぱなし禁忌症的設計になっている。実際に使ってみると、じつに出しっぱなしにしにくい。そこで、ドアをあけたてし、抽出しを出し入れすること一勝負のうちに数百回に及ぶ。どうしてこうも頻繁に扉や抽出しに手をかけなければならないのか。全部仕舞ってある、だから何かを使うためには扉を開けなければならない。開ければ閉めなければならない。使ったら扉を開けて仕舞わなければならない。あけたての回数は無限になる。調理の場、料理創造の場にとって、収納が主題になることがそもそもおかしい。本当に経済を工夫し、味覚の創造に打ち込むなら、そして本気で仕事に取り組み能率よく事を運ぶのなら、調理の道具は少ないほどよく、厳選されたそれらが手を伸ばして届くところに、いつも定位置を保たれていなければならない。特定の料理にだけ必要になる道具類は、小間割りの戸棚や抽出しよりも、ウォークインの開架のストックラックに並べられているほうがよほど探しやすい。プロの調理場は実際にそうなっている。……欧米の家庭の台所もこれと同様、道具を出し並べて磨き立てられて納まりかえっている。台所にあって、道具は使うものであって仕舞い込む意味はない。台所を一目見れば、どんな料理がどんな風味で出てくるかがわかる、そういう台所の見せ方に徹したほうが、見るほうも見られるほうもお互いにいいのではないか。そういう台所のモデルをつくってみたいものである」

 その昔、人はそこから見える範囲、歩いていける範囲の「環境」を食べていた。「環境を食べるという雄大な構想から出発した、食べる営みのシステムを凝縮したのが台所だから、自然環境に近い農山村の台所はこれまた雄大でとりとめがなかった」。広い土間と板の間、獣や魚を下ろす水場、魚を焼く軒先、大根や菜っぱを干す軒端、豆を干す縁側、梅干しを広げる前庭、トマトを採る裏庭等々は、台所とひと続きであって、屋内に収まりきれない半屋外の空間であった。そのすべてを切り捨てて座敷の中に閉じこめられた台所は、もはやキッチンと呼ばれるしかなく、「どう工夫しても、それは食べる営みを豊かに支える備えにはなりえない。キッチンをどうやって台所に戻すか。あるいはどう発展させて台所と呼べるしたたかさを取り戻すか」。野性の台所、と言って言い過ぎなら、野趣に富んだ台所、だろうか。▲

2003年11月 7日

INSIDER No.157《DOUBLE-CROPPING》人生二毛作開墾記・その3──“半農半X”のライフスタイルの設計

 まだ土地の整備が終わっていないどころか、敷地の境界も定かでないような段階で、いささか先走りしすぎる感はあるけれども、ここでどんな暮らしぶりを実現して、それにはどんな家だか小屋だかを建てようとするのかについて、今から頭の体操を始めようと思う。

●四方それぞれの自然景観

 しばしばお話ししているように、1000坪と言っても実際は1500から2000坪近い、緩やかな北斜面だが、全体に日当たりは良い。何本もの榎がのびのびと枝を伸ばしているのが、その何よりの証拠だ。この木は「日当たりのよい温暖な場所に自生する」と植物図鑑の類にも書かれている。

 敷地全体は大きく上中下の3段に分かれている。中段の宅地のあたりで標高100メートル前後、上端は150メートル、下端は85〜90メートルといったところだろう。標高300メートルの自然王国より少し温暖なはずである。下の街道筋、加茂川の岸辺までの標高差は20〜30メートルか。

 南側の上段は、広葉樹の大木の林で、上に行くほど木が密になり、そのまま北隣の大山不動尊の杉林に接していて、長老のKお父さんによれば、「その辺り一帯から良い湧き水・浸み水が出る。前の持ち主が、家を建てるつもりで整地した時に、どこかその上のあたりに湧き水を貯めるタンクを設置したはずだが、今はもちろん使えないので、タンクは作り直さなければダメだ」とのこと。もちろんこの湧き水を上水道として利用することになる。山の水を水道に使うのは、鴨川自然王国でもやっていることで、パイプやポンプの造作はK君の担当だから、彼に相談すれば問題ない。

 山の水を水道に使うには、内径2〜3センチのパイプに半分ほどの水量があれば十分だそうだし、他に雨水タンクを作ることも考えようと思っているので、たぶん水は余る。そうしたら、森から流れ出す小川を作って、家の周りで池や洗い場になって、最後は下のほうの田んぼに流れていくという、超贅沢なビオトープ遊びが出来るのではないか。この一帯の粘土質の土を突き固めれば、セメントやビニールシートを使わずに、ほとんどナチュラルな水系を人工的に作れることは、すでに調べがついていて、前に自然王国の一角で1〜2メートルほど試しにやって見たことがあるので、技術的には実証済みである。この土地は絶対に地崩れはないと、Kお父さんから保証されているけれども、地中の水を出来るだけ表に抜いてやれば、なおさらその心配はなくなるはずである。

 中段は、約100坪の住宅用の平地がすでに整地済みである。その上端は50センチほどの高さの石垣とその下のU字溝が工事済みで、そのU字溝にはチョロチョロと水が流れて、下の道路脇のU字溝を経由して川へと流れ込んでいる。石垣の上は畑に使うことが予定されていた200坪ほどのほぼ平らなスペースで、たぶんそこで野菜を作ったりすることになるのだろう。

 宅地用の平地に立って見回してみる。南はそういうわけで、すぐ前は一段上がった畑地で、その両脇から上の方にかけては大木の林が広がる。東は、大きな榎や、それが隣の草地との境の目印だという柿の木があり、その周りは雑木林風の藪になっている。いい木は残して雑木を整理して、東から榎ごしに朝日が入るようにしたら気持ちがよさそうだ。西は道路に向かって下っていく斜面で、そのまま隣の森に繋がっていく巨木群がある。このまま活かすしかなかろう。北は道路に向かって緩やかに下り斜面の草地で、北向きとはいえ明るい空の下に街道の反対側の清澄山系の見事な眺望が心をなごませる。

 つまり、東西南北それぞれに異なった、どこにも人工物の見えない自然の景観が配置されているわけで、これを惜しみなく楽しもうとすれば、四面ガラス張りの家を建てるしかないという地形なのである。しかもこの景観は、将来に渡って変わる可能性はほとんどない。南は不動尊の杜なので家が建つことはない。東は昔に土砂崩れを起こした草地で、家を建てる勇気のある人はいないし、いたとしても雑木林に遮られて目に入ることはない。西隣の森は切り倒される可能性はまずない。北は敷地下端の木々と道路を超えた向かい側の紅葉などの林に遮られて、すぐ下のプレハブ2階建ての隣家も、その下のKお父さんの家も、300メートル離れた街道沿いの建物群もほとんど見えず、上述のように清澄山系の眺望が広がるだけである。ということは逆に、庭先に露天風呂を作って裸で出入りしても、誰からも見とがめられる可能性はないということである。

 下段は、道路に向かって緩やかな斜面で、一番下の敷地入り口の横の部分と、道路を超えてはみ出した部分とは、昔の田んぼの姿をかろうじて止めていて、併せれば1反はないかもしれないが7畝ほどにはなりそうだ。自然王国のMちゃんは「そこに田んぼを作ろうよ」と言ってくれているので、いずれそういうことになるだろう。

●土間のある農家風の家

 ここでどういう暮らしを営みたいのか。基本的には“半農半X”の農的暮らしをする“第3次兼業農家”の「本拠地」であって「別荘」ではない。横浜の家はすぐに手放すつもりはないが、住民票はこちらに移して、ここが暮らしの中心であることを法的にもはっきりさせる。

 現実には、少なくとも当初は、週の半分をそこで過ごして農の真似事をし、また鴨川自然王国の諸活動に携わることを中心として、週の残り半分は東京その他に出稼ぎに行く形になる。ここで米、味噌、野菜などを作り、また太陽熱・風力を主とし電気・プロパンガスを従とするエネルギー供給システム、生ゴミのコンポストやバイオ浄化槽による廃物・排水処理システムを導入して、可能な限り自立自給的な生活を実現する実験場にしたい。

 また将来可能なら馬を放し飼いにして敷地内や周辺を乗り回したい。道産子のような馬なら、電撲(でんぼく=電気を通した針金の柵)を張って放しておけば勝手に草を食って森の下草刈りを手伝ってくれる。とはいえ、ほぼ毎日ここに居るようにならなければ馬は飼えない。

 家は、昔の農家もしくは山家風の、田型の平屋で、余計な凹凸も仕切もなく、大きな土間が全体の3分の1〜2分の1を占めて客間・リビング・台所を兼ねた生活の中心になるような形になるだろう。土間は、表(北側)のアプローチから裏(南側)の作業用スペースまで、そのまま床のたたきが繋がっていて、南北共に大きく開口している。特別の玄関はなく、北側の土間入り口がそのまま玄関になって、本人もお客も、外で長靴をちょっと洗ってそのまま土間に入って来られる感じがいい。土間には、大きな自然木のテーブル、薪ストーブ、台所、収蔵・道具置き場が含まれ、上がりの板の間まで空間的に繋がっているのだろう。

 他に浴室・トイレ、寝室、書斎、納戸。土間は浴室・トイレに繋がり、その脇に洗濯場があって、そのまま南の軒下の干場があるという流れかな。その辺りの軒先には湧き水を引いた水溜が流れる野菜の洗い場もあるのだろう。

 将来というか、家が建ってから後に順次整えるのは、露天風呂、2台分ガレージと工作室・道具室、書庫などで、どこまでDIYでやれるのか楽しみである。車2台とは、4WDの乗用車と同じく4WDの軽トラック。乗用車が4WDなのは、結城登美雄さんの言い方では「野性を失わない」ための証である。いままで好みに任せてジープ・チェロキーに乗っていたが、それが野性を失いたくないという願望のためだったのだとは、結城さんが自分のRV車をそう呼ぶのを聞いて「あ、そうだったのか」と気づいたことである。しかしチェロキーは4000ccで燃費はリッター5キロが精一杯の反環境的な車の代表。もう10年が過ぎたし、トヨタのハリアーに来年はハイブリッド車が出来るそうだから、それに乗り換えるのかな。燃費が4〜5倍違うはずだ。軽トラックは日本が生んだ世界に誇る車文化で、田園生活でこのくらい便利でタフな万能車はない。中国なんぞ、ベンツだランクルだと贅沢なことを言わずに、みんな軽トラに乗ればいいのに。で、当初はガレージまで手が回らないから、屋外に放置して、そのうちに2台が入って、しかも奥の方が工作室になっていて、ありとあらゆる道具が壁にブラ下がっているような小屋を造りたいというのが、野性派として当然の夢なのである。

 エネルギー対策としては、OMソーラー、太陽熱給油もしくは太陽熱発電、風力発電を研究する。鴨川は暖かいのでOMソーラーは要らないんじゃないかというアドバイスもあるが、太陽熱で暖めた空気を床下に環流させて緩やかな床暖房をする仕掛けはなかなか魅力的だ。それがあって暖炉か薪ストーブか囲炉裏のどれか1つか、もしくは2つがあれば、石油系の暖房はほとんど要らないかもしれない。しかし建築費は割高になる。
※OMソーラー協会
http://www.omsolar.co.jp/

 OMソーラーだと床暖房だけでなく給油にも太陽熱を利用するが、家の設計そのものからそのシステムに従って設計することになる。OMを使わなければ、普通の太陽熱給油システムを単独で取り付けるわけで、給油の補助と割り切れば30万円くらいから。冷暖房にも使うとかいろいろ機能アップすると100万円くらいになるらしく、そんなことをするなら初めからOMにしたほうがいいということだろう。他方、太陽熱発電は200万円以上かかる。
※ソーラーシステム振興協会
http://www.ssda.or.jp/

 風力は、神鋼電機が最近売り出した垂直軸風車による小型風力発電機、1基30万円を備えると普通の家なら電気が余ってしまうほどだという話なので、すでに千葉県長生郡で自宅にそれを備えている知人のKさんの山荘に見学に行くことにしている。秒速2メートルの微風程度で発電が可能で、しかも垂直型なのでどんな風向きでも回る。価格が驚くほど安い上に、付属のVTRを見ながら自分で組み立てと設置が出来るというのがうれしい。
※神鋼電機ニュース
http://www.shinko-elec.co.jp/NewsRelease/new_0082.htm

 上水道は上述のように湧き水で、タンクとパイプの敷設が必要。下水道は札幌のGさんのところ(札幌の中山組の関連会社=環境エンジニアリング株式会社)の杉チップを使った浄化槽を使いたい。チップを蜂巣状に加工して膨大な微生物が生息出来るようにした“ハニカムチップ”というものを槽に入れておくだけで、あらゆる有機物を水と二酸化炭素に分解してしまう汚水処理浄化槽で、普通の合併槽と違って汚泥などは発生しないのでそれを抜き取る手間は必要なく、チップなどのメンテナンスもほとんど不要。水はトイレの流し水や散水、洗車用などに循環させることも出来る。すでに自然王国の事務所及び藤本宅で設備して性能は実証済みであるほか、東京・井の頭公園、青函トンネルの海底駅、大雪山旭岳、神戸大震災被災地などに設置実績がある。Gさん、“お友達価格”でよろしくお願いします。
※環境エンジニアリング
http://www.nakayamagumi.co.jp/kankyouEG/EEpageindex.htm

 燃やせるゴミは出来るだけ燃やして灰を活かす。生ゴミはコンポストで(と言っても機械は要らなくて、庭に穴を掘って放り込めばいいんでしょう)堆肥づくりをして土に還元する。それ以外の処理できないゴミだけ外へ出す。「焚き火をしてはいけない」という飛んでもない誤解が世間に広がっていて、それは2000年の廃棄物処理法改正で「廃棄物の焼却禁止」が盛り込まれたことによるのだが、この主な趣旨は、産廃業者などがタイヤを野外で燃やしたりするのを禁止することにあるのであり、一般庶民が行う焚き火や農林業者が行う稲藁・枝葉の焼却などは政令によっても除外されている。だいたい焚き火は日本の文化の欠かせない一部であり人民の基本的な権利でもあるわけで、お上がそんなこと規制できるわけがないじゃないですか。焚き火をしていたら通りがかりのオバさんに「いけないんですよお」と言われたとかいう話がよくあるが、こういう知ったかぶりの環境派オバさんのお上に盲従するどころか先走りまでして過剰な自己規制をする態度は撲滅しなければならない。このことについてはまた機会を改めて論じよう。

 こうして、外から供給されるのはプロパンガスとわずかな電気、外に出すのは燃えないゴミ・資源ゴミの一部——ということで、可能な限りライフラインの自立化を目指す。

 こんなイメージで、「和風木造建築」の資料をいろいろ当たったが、そのほとんどは、確かに杉や檜をふんだんに使って、古民家風に大きな曲がった梁を露出したり、窓に障子を嵌めたりしていて確かにそれらしいのだが、これが本当の「和風」なのかなあと首をかしげるようなものである。ただ外見が和風というのでなく、昔の山家や農家、あるいは町家のこの国の風土に合ったそれなり合理的であったはずの暮らしぶりを、もっと原点のところから考え直さないといけないのではないか。そう思って模索するうちに、たまたま出逢って「これだ!」と納得したのは山口昌伴の一連の著作だった。▲

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