INSIDER No.155-3《DOUBLE-CROPPING》人生二毛作開墾記・その2──エノキ、ケヤキ、コナラ、カキ、そして……
全部で何坪あるのか分からないまま、大山不動尊の杜に連なる山林を買った。公簿上で968坪(3201平米)あるのは間違いないが、100メートルほど離れたご近所に住んでいてこのあたりの土地の事情・経緯に詳しい長老のKお父さんも、前の所有者である東京のUさんにここを仲介し今回もUさんと私の間に立って貰っている不動産屋のYさんも、口を揃えて「2000坪はあるだろう」と言う。前回で触れた“縄伸び”という山林・農地にありがちな現象(それにしても、180坪が実は200坪だったという話は聞いたことがあるが、2倍とはねえ)に加えて、東隣の田んぼだった斜面は昔、地崩れを起こして、その真下にあるKお父さんの家も危うく土砂に埋まりそうになったことがあり、その後に市の方で土留め工事を行い、消えてしまった道路を造り直したりしたので、とりわけ東の境界や北側の道路との境い目は公図とはだいぶかけ離れているようなのだ。
●まず草刈機を買って
確かめてから契約すればいいじゃないかと言われそうだが、第1には、自然王国スタッフであるK君のお父さんからの話であり、役所の公図よりもお父さんのような地元の事情通で、しかもこの土地の売買に立ち会ったことのある長老の記憶の方がよほど信用するに足る。第2には、仮に“縄伸び”が思ったほどなかったとしても、私は坪1万円というこのあたりの(不動産屋経由の場合の)大体の相場以上には払っていないので、損をすることはない。それに、第3に、敷地全体に広がる榎(エノキ)はじめ広葉樹の大木群は(ほとんどが杉に植え替えられて無惨に放置されているところが多いこの一帯では)まことに貴重なものであり、もし造園業者に頼んでこれだけの数の成木を植えて庭にしようとしたら、とうてい1000万円では済まないだろう。森を手に入れたと思えば、土地代はタダだったと考えることさえ出来るわけだ。
いずれにしても、売り主であるUさん側の経費負担で、YさんとKお父さんが隣接の地主に立ち会って貰って“境界確認”をするという手続きをきちんとやってくれるという一項は契約条件に入っているので、それを待つ間、ともかく10数年放置された藪を切り開いて、南や西の境界にまで到達できるよう道を拓くことが私の当面の緊急課題である。
これは大変な作業で、すっかりきれいにするには数ヶ月かかるだろう。自然王国のK君やM君にも手伝って貰うことになるだろう。早稲田のゼミの学生や、私が団長をやっている草ラグビーチームの食うや食わずのフリーター的若者たちに「お前ら、草刈りのバイトやるか?」と話したら、みんな面白がって、中には「飯だけ食わしてくれればお金は要らないからやらせて下さい」という奴までいた。
そうやってみんなに助けて貰わなくてはならないが、まず私が率先、取り組むのは当然で、それにはまず自分で草刈機を買わなければならない。これまで自然王国ではさんざん、草刈機を使って杉林の下刈りをしたり田んぼの畦の雑草刈りをしたことがあるので、扱いには慣れている。脛に高速回転の歯が当たって自分や周りの人の脚が短くならないようにするにはどうするか、地面に埋まった石に当てて刃が欠けたり、割れた小石が顔に飛んできて目が潰れたりするのを避けるにはどうするか、一応は知っているつもりなので、ここはひとつ奮発して、1万円台/小排気量・小燃料タンク/刃径160ミリ/園芸など柔らかい草用のものから、5万円近い/大排気量・大燃料タンク/刃径255ミリ/山林など堅い草用まで、いろいろある中で、中の上程度のプロ仕様の機種を選んだ。
カワサキの2サイクル空冷エンジンを使ったキンボシ(株)というメーカーの「ゴールデンスター」ブランド、排気量33.3cc、最大出力1.48kw、燃料タンク0.8リットル、重量6.4kg、刃径255ミリというもので、これならかなり使えそうだ。まだ出動の機会はなく、横浜の自宅の物置に立てかけてあるが、11月早々には“初陣”を飾ることになるだろう。
ちなみに、草刈機は正しくは(?)刈払機と言って、動力は電気もしくは充電型、4サイクル・ガソリンエンジン、2サイクル(ガソリン50:オイル1の混合油)、同じく(25:1混合油)があって、電気なら振動が少なく排気ガスもないが、以下、後のものほど振動も排気ガスも騒音も大きい。エンジン型は、刃先とエンジンが一体になっていて肩からベルトで吊して作業する「肩掛け式」が一般的だが、エンジン部と燃料タンクを切り離して背中に背負う「背負い式」もあり、これだとだいぶ重量負担も振動も楽になるが、値段はハネ上がる。刃先は、家庭園芸用には160〜200ミリの小さいものもあるが、標準は9インチ=230ミリか10インチ=255ミリで、山林用は255ミリが普通。刃には、円盤鋼板の歯型にそのまま刃付けした丸鋸、歯型の凹凸に小さく鋭く小さく鋭い鋼の刃を埋め込んだチップソー、ナイロン糸を高速でブン回すナイロンカッターなどがある。ナイロンカッターは、安全性が高く、石・コンクリート・立木などがあっても刃こぼれを気にせずに際まで刈れるというメリットはあるが、柔らかく低い草を刈るもので、山林用には切れ味が足りない。
●夫婦エノキの颯爽
鴨川市というと「シーワールド」のイルカ芸が有名で、太平洋に面した海の町と思っている人が多い。そうには違いないが、山側にも意外に奥行きが深く、西に向かって加茂川沿いに長狭街道を行くと、北に清澄山系、南に嶺岡山系が連なって、その間の谷間に豊かな田園風景が広がる。江戸時代に寿司米として珍重された記録もある「長狭米」の産地である。街道が登りになって峠に差し掛かる辺りが房総半島の背骨、東京湾側との分水嶺で、そこまでが鴨川市である。その一番奥まった一帯が大山地区(旧大山村)で、平塚、金束(こづか)など5つの集落からなる。鴨川自然王国は平塚にあり、私が求めた土地は金束に属する。
東西に走る長狭街道から、北に富津方面に向かう88号線が分かれるT字路の辺りが金束の中心地で、そのわずか200メートルほどの街道沿いに市役所出張所を兼ねた郵便局、交番、バス停、理容店、美容店、薬局、「すし屋」という変な名前の食品スーパー、ガソリンスタンド、幼稚園、小学校、保育園、消防署などの“都市機能”が軒を接するように固まっている。そのガソリンスタンドの向かいを南に入ると、それは大山不動尊に登っていく参道の1つで、それを100メートルほど行って右に分かれて、田んぼ脇の未舗装道路を辿ると、すぐに紹介者のKお父さんの家があり、その上にプレハブ2階建てのもう1軒の家があり、その上を右に回り込めば、我が山林の下端に達する。街道からたった300メートル余り、これなら車を運転しない家内でも歩いてスーパーやバス停に行ける。今の横浜の家も、300メートルほど歩くとバス停に出るが、そこにはローソンが1軒あるだけで、銀行や郵便局に用があったり、ちょっとした生鮮品を買うにはバスかタクシーで大船駅まで出なければならない。「こっちのほうが便利だわ」と家内も喜んでいる。それでいて、敷地から眺めると、プレハブの隣家もK宅も街道も木に隠れてほとんど見えず、ただその遙か向こうの清澄山系の峰々しか目に入らない。その景観がこの土地を選んだ大きな理由の1つである。
敷地の下端は、道路に面した手前から30メートルほどは高さ1メートルほどの立派な石垣が組んであり、その下には排水用のU字溝が整備されている。東隣の斜面がかつて地崩れを起こした後、市で土留め工事を行った際に、ついでにこちらの方まで工事をやってくれたのだそうで、これで万全である。その石垣が切れて、道が緩く左に折れる角が敷地の入り口で、そこから左に25メートルほど緩やかな斜面を登ると、宅地用に整地した百坪余りの平面に出て、その東端にも大きな榎や柿の木がある。
その敷地の入り口近くには、夫婦の(根元がくっつきそうに寄り添った2本の)大きな榎(エノキ)があり、樹高15メートルほどだろうか、2本分だから空を覆うほどの広がりで颯爽と枝を広げている。榎はその先の道沿いや敷地のあちこちに何本もあり、50メートルほど先の西隣の杉混じりの鬱蒼たる森(下の「すし屋」スーパーの持っている土地だそうだ)との境には欅(ケヤキ)やシロダモ、それにコナラもあるが、何と言っても一番手前の夫婦榎が立派で、この敷地の目印あるいはシンボルのような風情である。家を建てたら「榎庵」とでも名付けるか。それじゃあ蕎麦屋みたいかな……と考えたりするのが楽しい。この夫婦榎の姿が余りに美しく、また敷地の上の方にもたくさん榎の大木があるのが、この土地を選んだもう1つの大きな理由だった。
榎は欅の親戚筋に当たるニレ科の落葉高木で、ヨノミ、エノミとも呼ばれる。東北以南の日当たりのよい暖地に多く、朝鮮、台湾、中国中部にもある。高さ10〜20メートル、直径1〜3メートルに達し、広く枝を張って姿がよい。漢字の榎の「夏」は、『漢字源』の解字によると「大きくかぶさる」意で、それに「木」偏が付いて「枝葉が大きくかぶさる木」を表す。和名のエノキも、枝がのびのびと張るので「枝の木」と呼ばれるようになったという説があるから、いずれにしても枝振りが大きく立派であることに特徴がある。
樹皮は厚く、灰黒褐色で斑点があり、割れ目はないが、ざらざらする。葉は互生で、長さ5〜10センチの広卵型もしくは楕円形で、基部から3本の主脈を出し、縁の上部に小鋸歯がある。初夏に淡黄色の両性花が咲くので、「榎の花」は夏の季語である。秋には6〜8ミリの球形の核果が成り、10月頃に熟すと赤褐色となって食べると甘い。豊橋市の神明宮では榎の玉を用いた榎玉神事が行われるという。地元長老によると、戦時中はよく子供がとって食べ、また竹鉄砲の弾にして遊んだという。また地方によっては、若葉を飯とともに炊いて食用にしたり、樹皮を煎じた汁を漢方薬として用いたりした。材は灰黄褐色で比較的堅く、建築・器具・機械材、薪炭材などに用いる。ただ欅のように真っ直ぐに伸びず、根本から枝分かれするので大きな柱を取るには適さない。
庭園樹、屋敷木、街路樹として植えられるが、特に江戸時代には一里塚の道標として植えられたり、村境や橋のたもとの目印として植えられたりして、そのため道祖神のご神木になっている例も多い。そのことに関連してか、榎にまつわる迷信や伝説もいろいろある。
▼嫁入りの際に榎の脇を通ると縁切りの呪いにかかる(というが、これはエノキとエンキリの語呂合わせか?)。
▼榎が屋敷にあると元旦に黄金のカラスが来る。あるいは、屋敷の北西隅の榎には黄金が成る(実際、名古屋地方では「福榎」と言ってその方角に榎を植えている家がある)。
▼榎に祈願すると歯病が治る。榎の空洞に溜まった水を「霊眼水」と呼び、目に付けると眼病が治る。
▼東京の王子稲荷にある榎には、大晦日に関八州の狐が大集合して年次総会を開き、官位を定め、またこの時の狐火で豊凶を占った(東都歳事記)、等々。
上述の夫婦榎はまさしく敷地の北西隅にある。黄金が成るのかどうかは知らないが、縁起のいいことは確かだ。福榎か。「福榎亭」というのも悪くない。ちなみに日本一の榎とされているのは徳島県一宇町の「赤羽根大師の大エノキ」。樹高16m、目通り幹周り8.70mで環境庁調査で日本一と認定され、平成11年に徳島県の天然記念物となった。仮称「榎福亭」の亭主としては、一度お参りに行かなければなるまい。[榎については、その10、11でさらに詳しく述べている。]▲