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INSIDER No.23《ELECTION》政策論議をもっと深化させないと──今のところ自民党の一人勝ち?

 小泉人気は参院選に入ってますます隆盛で、専門家たちの予測では、このままで進めば自民党が改選議席61を大きく上回って67〜68議席を獲得する可能性がある。そうなれば、仮に保守党が扇千景党首の落選で解党(残党は自民党に吸収)ということになったとしても、自民・公明両党を合わせて参院の過半数を制することは確実で、9月自民党総裁選は中止、小泉としては、いくつかの改革課題を具体化しつつ、それを盛り込んだ予算案がまとまった年末から年始にかけて総選挙を打って長期政権 を目指す──という政局の流れに持ち込みたいだろう。しかしその成算は五分五分で、小泉が言うように「参院選に勝てば、自民党の抵抗勢力も付いて来ざるを得なくなる。それが(ヌエ的な)自民党だ」ということになればそうなるが、その抵抗勢力が死活を賭けた反撃に出れば自民党分裂、自民党改革派と民主・自由両党を中心とした反自民の本格改革派政権の誕生ということになる。

 扇は現在、当落ギリギリの線上にあって 「やや危ない」程度であると言われており、「小泉は支持するが自民党には入れたくない」という有権者が、迷った末に「じゃあ仕方ないから与党の一角でがんばっている扇さんに入れようか」という気分にならない限り、当選は難しいだろう。

 参議院の定数は現在252で、今回その半数の126が改選となる。が、定数削減により改選定数は121で、そのため選挙後の定数は非改選の126と合わせた247で、その過半数は124。自民党は、立候補者が選挙区48、比例27の合計75で、非改選が46なので、今回全員当選したとしても計121で、単独過半数の回復はありえない。93年総選挙以来、いかなる選挙でも自民党が過半数を制することはもはや出来ないというメガ・トレンドは、今回も揺らぐことはなく、「連立政治の時代」がまだ当分は続く。

 公明党は、立候補者が選挙区5、比例17の計22で、非改選が10なので、今回全員当選したとして計32で、自民党が全員当選した場合の121と合わせれば153となる。さらに保守党の扇が当選すれば1で、非改選4と合わせて5なので、自公保合計158で、これが与党が獲得しうるマキシマムである。逆に与党にとってのミニマムは、例えば、自民党が46しか獲れず非改選と合わせて92、公明党が17しか獲れず非改選と合わせて27、保守党がゼロで非改選4に止まった場合に、自公保合計が123で過半数を割る。公明党がさらに数議席落ち込んだとしても、自民党が50議席程度を上回ればいいわけだから、いずれにせよ自公保が過半数割れして小泉が退陣する事態は99%あり得ないということである。

●誰もが改革派?

 小泉改革そのものには、ほとんど誰も反対できないという状況で、有権者が「だから自民党に入れる」「いや、一ひねりして保守党にしようか」「やっぱり民主党を押し上げたほうが改革が進むのでは」「民主党もどうも頼りないから小沢一郎に一働きしてほしい」といったややこしい選択の仕方になるのはやむを得まい。そこでメディアにとっての1つの使命は、まず改革派と守旧派を分別した上で、しかしほとんど誰もが改革派を名乗っている中で、個々の政策的争点に関して「本物の改革派」と中途半端あるいは偽物をどこで見分けるかのポイントを分かりやすく浮き立たせることである。

 22日の「サンデー・プロジェクト」での党首討論では、小泉と鳩山・小沢とが改革の方向・深度・速度・手順を競い合うという意味で基本的な座標軸を形成し、神崎と扇は小泉への中途半端な便乗者、志位は反改革・景気拡大派、土井は志位と鳩山らの中間──という配置が浮き彫りとなった。

 共産党が巧くスタンスを見つけられずに「改革の競い合い」から事実上、脱落して、亀井静香に代表される自民党守旧派とほとんど同じ論法で「弱者救済のための景気回復を」と叫んでいるのは滑稽を通り越して悲惨で、このまま突き進めば同党が記録的な大敗を喫するのは避けられないだろう。本誌が毎度強調しているように、日本が世界GDP総合計の6分の1に当たる5兆ドルの経済規模を基本的に維持する、とてつもない「豊かな国」であることが、多くの人々が改革に伴う“痛み”を恐れないでいる最大の根拠(共産党用語を借りれば物質的な基盤)であり、それを「労働者は失業に怯え、中小企業は倒産の危機に瀕している」と、まるで発展途上国時代の貧困が今なお続いているかのように言うことで歓心を引こうとするのは、現実的(唯物論的)でない。実際、22日の志位は珍しく歯切れが悪く、不良債権処理に関して、「対象となる中小企業のほとんどはバブル型でなく、真面目に経営していながら不景気で資金繰りに困っている不況型であって、それを国策で潰すことは許せない」と叫んだかと思えば、ゼネコンなど大手が場合によって倒産するのは「やむを得ない」と言ったりして論理一貫せず、絶句したり照れ笑いしたりする場面もあった。頭のいい志位は、自分でしゃべりながら、大企業=敵、中小企業=かわいそうな弱者という旧い図式ではこの問題に対処できないことを、たぶん気付いたに違いない。

 社民党の土井は、やはり「中小企業に配慮が必要」と言いながら、共産党と同じになってはマズイと思ったのか、いくつかの提案めいたことを口にしたが、それは自分の頭にないことを誰かが書いた文書を探し出して読み上げるというふうで、迫力に欠けた。

●不良債権処理の分岐点

 与党3党と民主・自由両党は、不良債権の早期処理に賛成だが、そこでの最も重要な論点は、3年前の金融国会で公的資金注入によって主要14行の「早期健全化」が方向づけられたにもかかわらず、今になって当時とほとんど変わらない額の不良債権を改めて「2、3年中に最終処理」しなければならないのは何故か、ということでなければならない。

 民主党の金融調査会長=池田元久は、『週刊東洋経済』7月7日号に論文を寄せて、主要銀行に公的資金を注入するに当たって金融当局が「すべての銀行が健全だ」としたのは、当局の当時の資料に照らしても“壮大な虚構”だったと指摘、そのことを認めて、今度は現実を直視した金融再生計画を用意しなければならないと提言している。それによると……

▼金融再生委員会は、99年3月に公的資金を投入する際、これら主要銀行について「98年10月期において健全な自己資本の状況にあることを確認した」としていたが、当時の同委員会(の前進である金融監督庁)の文書では、対象銀行のうち6行が正味自己資本比率がマイナスとされていた。

▼同委員会は、かなりの主要銀行が健全でないという事実を隠すために、「担保がない破綻懸念先債権には70%、同様の要管理債権には15%を目安に引き当てる」という厳しい基準を自ら定めておきながら、それを資金注入前の審査では適用せず、資金注入後の自己資本比率の算出する時にだけ適用した。多くの人々は、鳴り物入りで伝えられた目安が資本注入の審査に使われたものと考えていたが、その見方は裏切られた。

▼もともと過小資本の銀行に資本注入するという早期健全化スキームは、民主党、自民党の政策実務者が考えた。そして、民主党がまとめた早期健全化法案では、資本注入に当たっては、経営責任と減資など株主の責任も問うことになっていた。しかし、自民、公明(当時は平和改革)などが作った現在の早期健全化法では、健全な銀行にも資本注入する途を開き、それによって大手15行への資本注入が行われたが、資本が実際には損なわれている銀行も“健全”と見なされたため、経営者の責任は不問にされた。経営者は何ら責任をとることなく、健全行と言われて巨額の公的資金を手にすることが出来るのでは、モラルハザードが蔓延するのが当然で、そのためにこの2年半に不良債権の処理は進まなかった。


▼また、日本長期信用銀行と日本債券信用銀行の国有化に伴う資産判定についても、「景気への影響を配慮して」破綻先や破綻懸念先を「適」資産と判定するなどして問題を先送りした。この間の金融行政はまさに「失われた2年半」と言うべきであり、問題の当事者であった柳沢金融担当大臣の責任は極めて重い……。

 この2年半ないし3年間の金融行政のあり方を正しく総括することなしに、再び公的資金投入が必要かどうかという議論に入るのは、明らかに上滑りであり、ましてやこのプロセスのA級戦犯とも言うべき柳沢がその失敗を認めたくないために自縄自縛に陥っているような有様では、小泉の「2、3年で最終処理」という方針もいっこうに最終処理にならないままズルズルとなる公算が極めて大きい。

 このことは、前号でも述べた“痛み”の問題にも関連する。人々が健気にも改革に伴う痛みを引き受けようとしているからといって、政府はそれに甘えてはならないのであって、金融改革に関して言えば、このふしだらを引き起こしてきた旧大蔵省当局や金融再生委員会の当局者と銀行の経営者との癒着と談合の構造を解明して、そのそれぞれの集団的・個人的責任を問うことがすべての出発点となる。それが出来ないなら、小泉の金融改革はインチキだと野党は指摘すべきである。

●地方分権の分岐点

 地方分権を巡っても、状況は同様である。22日の党首討論では、ほとんど全員が地方分権に賛成で、それぞれが地方への財源分与についてあれこれと語った。しかし肝心なことは、なぜ橋本内閣の「6つの改革」の目玉であった“地方分権”が、地方分権委員会の4年を超える労苦にもかかわらず、財源の分権化に手を着けることなく終わり、従って、もう1つの目玉であった“中央省庁再編”が単に大きな1軒の家を新築して2軒か3軒分を一緒に住まわせましょうというだけの中途半端に終わったのかの総括が求められる。その上に立って、あくまで明治以来の中央集権国家の枠組みを今後も続けるという前提で、いくらか地方に手厚く財源を与えようという程度の分権なのか、そうではなくて、その中央集権国家を一旦廃絶して、地域主権国家とも呼ぶべき市民自治を基礎とした連邦国家を構想するのかというところに、議論の分岐点を定めるのでなければならない。するとそれは、端的に、旧大蔵省の財政中央集権──同省がほとんど一手に財源を握って省庁縦割りのパイプに「対前年比?%増」などと注ぎ込む仕組みそのものを廃止するのかどうかに収斂されていく。

 扇が「国土交通省もすでに分権に取り組んでいる。私は地方に行って、権限と財源を車の両輪としてやっていくのが21世紀だ」などと発言したのは噴飯もので、これは21世紀も中央集権は続くが地方にも少し分権してあげましょうと言っているにすぎない。道路財源はもちろんのことすべての公共事業の権限と財源を地方に移すのであれば、国土交通省は直ちに廃止されるのであって、本当に求められているのはそのような分権であることに彼女は気付いていない。小沢が正しく主張したように、分権の定義不明のまま、あれこれの具体策について口角泡を飛ばして語るのは無駄なことである。

 ここでも、鳩山と小沢は中央集権国家を廃絶するという立場であるのに対し、小泉はじめ与党は、その点を明言していないが、どうもそうではない立場のようで、それは小泉が大蔵族であるということとも関連していよう。志位は「地方にもっと財源を」とは言ったが、彼らの国家論も党組織論も本質的に中央集権主義であり、そうではない国家・社会像は多分思い浮かべるのが難しいだろう。土井は「もっと地方に」とは言っていて、共産党よりも分権に熱心なようだが、ビジョンが欠けているように見える。

 そのように、各テーマについて本当の議論の分かれ目を鮮やかにして、この参院選をじても改革の具体論が浮き出てくるようにしないと、改革という言葉だけが空しく宙を舞って、何を基準に投票したらいいか有権者がますます分からなくなってしまうことになりかねない。▲

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