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2001年7月30日

INSIDER No.25-2《LDP CLINICAL》これから始まる小泉首相の“暑い夏”──参院選後の政局

 「信任におごるな」(読売)、「“信任”ではなく“催促”」(毎日)、「“人気”は“参加”に変わるか」(朝日)、「猶予の時、終わった」(日経)──参院選開票翌日の各紙政治部長の論説のタイトルが一様に示しているように、有権者の多くは、小泉純一郎首相の「改革」に期待しつつも、それが本当に遂行されるのかどうか危ぶんでいて、「今回は騙されても仕方がないから、自民党に1回は入れよう」(菅直人=民主党幹事長)という屈折した選択をした。その意味で、この勝利を一番つらい思いで受け止めているのは小泉自身であり、改革を具体化しながら抵抗勢力の反撃をいかに阻むか、その改革の方向・速度と景気対策の折り合いをいかにつけるのか、靖国参拝の強行による内では公明党、外では中国・韓国の反発をいかに避けるのか、彼にとっての最も暑い夏がすぐに始まる。

●自民党は復調したか?

 自民党が得た64議席は、(1)改選議席61を3つ上回り、前回当選44、前々回46を大幅に上回るだけでなく、(2)改選総議席121の過半数61を上回り、さらに(3)非改選と合わせて与党3党が参院で過半数を確保するために必要な63をも単独で上回っており(つまり仮に今回、公明党と保守党が獲得議席0でも参院の過半数を維持できる)、文句なしの勝利である。しかも、今回は定数が5つ削減されているから、そうでなければ66か67にも達していたはずで、前回44から約5割も議席を増やした計算になる。自民党が改選総議席の過半数を抑えたのは、92年の宮沢政権下の参院選で67議席を得て以来、初めてである。しかし同党は、89年の参院選で36議席の大惨敗を喫して、単独で参院の過半数を占められなくなっていて、だからこそ相手を取り替え引き替えしながら連立政権を維持しなければならないのだが、その歴史的傾向を逆転することは今回も出来なかった。76人の自民党立候補者が全員当選して、さらに推薦無所属2人を後から入党させれば、その逆転は全く不可能といういう訳ではなかったにもかかわらず、である。

 一時は9割を超える内閣支持率を誇りながら、自民党の単独過半数回復に至るほどの決定的勝利には届かず、また投票率も56%台という史上3番目の低さに止まるというギャップに、人々の小泉改革に対するとまどい、ためらい、うたがいが現れている。有権者の中には、(1)前内閣のどうにもならない鬱屈感との対比で小泉や田中真紀子外相を「かっこいい」と感じて、憂さ晴らし的に支持してはみたものの、いざ「改革」となると何のことやらさっぱり、という人もいれば、(2)「改革」には期待するが、「メニューは見せられたが、料理の中身が分からない」(読売)まま、何やら「痛み」が襲ってくるらしいのは不安だという人もいる。さらにもう少しレベルが高く(3)どんな痛みかを薄々は察知しながらそれを甘受する覚悟をしているけれども、本当に小泉が自民党内の抵抗勢力を排除してそれを実現できるのかどうか疑っているという人もいるだろう。その各レベルでの迷いが、いざ投票日となって「よく分からないか
ら」投票に行かないとか、行って1票は自民党に入れたがもう1票は別の党に入れたとかいった行動を生んだに違いない。

 そのことはたぶん、無党派層が今回もまた大きくは動かなかったことを意味しているのだろう。6月都議選の結果について田中愛冶=早大教授は、小渕・森政権を通じて自民党から離れて漂流していた本籍=自民党の無党派層が「戻ってきた」程度であって、無党派層の7割を占める本来の意識的に支持政党なしの無党派層は動いていないと分析したが(本誌No.21 EDITOR欄)、今回の各紙出口調査でも無党派層のうち自民党に投票したのは3割程度であり、小泉が無党派層を掴むことに成功したと見るのは早計に過ぎる。その人々は、一部は留保条件付きで今回小泉を支持し、また多くは改革が本当に望ましい方向に動き出すかどうか疑って投票に行かなかったり野党に入れたりしたのであって、小泉が本気でないと知ればたちまち反自民に戻っていくだろう。この夏から、早ければ年内にあるかもしれない総選挙にかけて、小泉はその答えを出すことを求められているのである。

●“景気”を口実にした抵抗

 小泉が直面するのは、第1に、自民党内抵抗勢力の蠢動である。橋本派や江亀派には、選挙中から「選挙が終わったら小泉はタダではおかないからな」と息巻く者がいたし、橋本派を中心とする利益団体は、表向きは「私も改革に賛成です」と言いながら、組織の内部では「小泉のやりたい放題を阻止するために絶対高位当選を」と、利権喪失への危機感に訴えて集票活動をてこ入れする者がいた。メニューが具体化し、それがどのように予算に反映されるかが目に見えてきたときに、彼らの決死の抵抗が始まることは間違いない。

 もちろん小泉は、解散・総選挙をちらつかせつつ、「今更、改革に反対すれば、お前ら“国賊”になって選挙に落ちるぞ」と脅して党を引っ張って行こうとするだろうが、橋本派や江亀派は陰謀、情報操作、恫喝、脅迫、買収、談合、根回し等々、何でもありの戦闘集団であり、死活的な権益を侵されて黙って付き従うとは考えられない。

 第2に、なおさらやっかいなことに、先のサミットでも各国首脳が懸念を表明したように経済は「世界同時不況」の様相にあり、それは日本でも9月上旬の4〜6月の四半期GDPの速報発表、株価の一段の下落、企業・銀行の決算の悪化などとなって現れるだろう。それは、小泉のせいではないし、また本質的に5兆ドル規模を維持する日本経済にとって耐えられないようなものではないにもかかわらず、浅薄なマスコミが「マイナス成長になって大変だ」と騒ぎ、それに乗じて抵抗勢力が「やっぱり改革は後回しにして景気回復を最優先しないと日本が潰れる」と大合唱を始めるに違いない。榊原英資=慶大教授が29日の「サンデー・プロジェクト」で指摘したように「これは世界同時不況であって、改革とは関係なしに、危機管理策として景気対策を講じなければならず」、従ってその緊急の景気対策は改革の方向と接合するように巧みに仕組まれなければならないが、抵抗勢力はそれを改革先送りの口実に利用して、利権政治の延命を図ろうとするだろう。ここをきちんと整理できるかどうかが、小泉にとって当面、最大の試練である。

 第3に、靖国参拝問題がある。田中外相がハノイで中国・韓国の外相と会談した際に、「あなた方の言い分はしっかりと承ったので、帰って首相に伝える」とだけ言っておけばいいのに、「私も首相の参拝に反対だ」とまで踏み込んでしまったので、公明党も「体を張ってでも止める」(冬柴鉄三幹事長)と硬化せざるを得なくなった。首相としては、参拝の公約を守ろうとすれば外相を更迭し公明党との絶縁も辞さないという強硬な姿勢を採らざるを得ず、しかも中韓両国との関係悪化を覚悟しなければならない。といって、参拝を取りやめれば、それがまた党内抵抗勢力の“小泉下ろし”にきっかけを与えることになりかねない。

 小泉が率いる自民党の“ねじれ”は二重三重に絡み合っていて、「改革をやれば自民党が壊れ、できなければ小泉人気は落ちる。進むも戻るも地獄」(小沢一郎=自由党党首)ということになろう。▲

INSIDER No.25-1《FROM THE EDITOR》

●小泉改革は「信任」されたのか?

 参院選結果を報じる翌日各紙が一面トップで自民党「圧勝」(毎日・東京)、「大勝」(朝日・読売・日経)、「勝利」(産経)と書くのは当然として、それで「改革」はどうなるのかについて、「小泉改革に信任」と見出しを立てたのは日経だけ。産経は見出しで「小泉改革を支持」と言い、本文中で「小泉首相の政策全般が国民の信任を受けた」と述べています。他の多くは「改革推進に弾み」とか「追い風」とか、まだこれからが勝負だというニュアンスを出すよう心がけていて、その違いが面白いです。産経が上の表現に続いて「平成になってから11人目の小泉首相でやっと安定した政権運営が可能になり、懸案を処理する政権基盤が構築できたことの意味は大きい」と書いているのは、飛んでもない間違いというか過剰期待で、むしろ政権運営はかつてなく難しく、場合によって自民党分裂、政界再編成に転がり込んでいく可能性が強まったと見るべきです。

 余計なことですが、こういうエポックの際には、普段読んでいる1紙か2紙だけでなく主要紙をひとわたり買って眺め渡すようお勧めします。大見出しも皆同じように見えますが、よく見るとニュアンスが違うし、まして論評や社説はそれぞれに着目点がズレていたり解釈が分かれていたりするので、どれか1つに引きずられることなく、自分なりの捉え方を作らなければなりません。「新聞は比べて読む」のがジャーナリズム学の第一歩。さらに、各紙の違いは大きな記事よりもむしろ下の方の小さな記事に現れていることが多いので、「新聞は下から読む」ことも心がけるべきでしょう。

●兵庫県篠山市に「モンゴルの里」オープン!

 私の友人で、大阪市鴫野駅前でモンゴル・レストラン&パブ「モンゴルオルゴ」を開いている内モンゴル出身のスーチンドロンさんが、このたび兵庫県篠山市にモンゴル村「モンゴルの里」をオープンしました。現地から直輸入したゲル3基を中心にし、モンゴルでの生活を再現した展示、および本格的なモンゴル料理レストランやゲルでの体験宿泊、モンゴルの民話や民族音楽の紹介のイベントなど、モンゴルの生活を実感できるものとなっているとのこと。関西地方の方は是非お訪ね下さい。詳しくはスーチンドロンさんのホームページを。

http://www.ne.jp/asahi/kazeno/kai/

●日韓草の根協力の映画「梅香里」が完成!

 日韓の米軍犯罪と戦う草の根運動の協力によるドキュメンタリー映画「梅香里(メヒャンニ)」が完成、9〜10月に東京でも上映会が開かれます。プロデューサーの貞末麻哉子さんからのメールを転載します。

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   はじめてご挨拶させていただきます。私は、貞末麻哉子と申し、今年5月に完成した「梅香里<メヒャンニ>」というドキュメンタリー映画の全国上映をプロデュースする者です。

 ご存じのとおり「梅香里」は朝鮮半島の中央部、ソウルから南西に60キロに位置する広大な干潟と豊かな海の幸に恵まれた漁村です。そしてここには米空軍の射爆場があります。この映画は、この土地で営まれている豊かな暮らしをじっくりと描くことによって、また、韓国米軍犯罪根絶運動に取り組む韓国の若い女性活動家の意見を通して、“暴力”の根元を問い、また、真の平和とはなにかをじっくりと考えた映画です。


 映画にも登場する韓国米軍犯罪根絶運動事務局長=鄭柚鎮(チョン・ユジン)女史は、沖縄に留学して「命どぅ宝」の精神に運動を学んだと映画のなかで語ります。こうした韓国と沖縄の人々の交流に、大分県日出生台(今年から米軍による実弾演習が始まった)の人々が加わって、この映画が生まれました。いわば地域合作ドキュメンタリーともいえましょう。監督は、「ゆんたんざ沖縄」「しがらきから吹いてくる風」などで知られる福岡在住の記録映画監督・西山正啓氏です。「水からの速達」(1993年)以来8年ぶりの映画作品となり、これからの全国上映にますます意欲を燃やしています。

 これからさらに内容を充実させてゆく予定ですが、この映画「梅香里」についてのホームページは下記にございます。ぜひお目通し願えたらと思います。

 すでに7月、沖縄での第一弾・一般上映が終了し、これを皮切りに、8月2日には大分県中津市で、草の根通信・松下竜一さんらの主催で一般上映会も予定され、いよいよこれから全国上映の展開を計画しております。東京でも9月16日/10月6日 と大きな上映会も決定しました。ぜひとも、多くの皆様のお力をお貸しいただきたく思います。

ドキュメンタリー映画「梅香里(メヒャンニ)」東京上映事務局 
上映プロデューサー 貞末麻哉子

*映画「梅香里」のホームページ
http://www14.big.or.jp/~edix/mehyang/top.html
*「梅香里」製作上映委員会本部 ホームページ
http://www.coara.or.jp/~yufukiri/mehyanni/yobikake.html
*「梅香里」の上映・貸出・販売等に関するお問合せ先
東京事務局 TEL&FAX  03-3394-3734 (media EDIX)

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●高野の8月の予定から

 8月は外を飛び回る仕事はほとんどなしにして、遊びながら考え事をする時間を作ろうと思っています。「サンデー・プロジェクト」は12日と19日の2回出演です。講演会は2〜3ありますが、公開のものはありません。

 遊びのほうは日程充満です。鴨川自然王国の草取りなど農作業の大集合は4〜5日、月曜日を挟んで7日は大山不動尊のお祭りで例年通り御神輿担ぎです。鴨川農作業に参加希望の方は、同王国ホームページ(*1)で日程・交通手段を確認の上、現地にお申し込み下さい。また、十勝自然王国の牧場遊び大集合は15〜19日です。参加希望の方は高野までお問い合わせ下さい。主力は、15日朝7時40分羽田発JAS151便で帯広に飛びます。25日から1週間はウズベキスタン“オペラ鑑賞と世界遺産見学の旅”で、われわれ昨年までモンゴル・オペラの旅を続けてきた「モンゴル組」と、日本ウズベキスタン友好協会(嶌信彦会長)の共同企画で100人を超える規模に膨れ、すでに募集を終わりました。ウズベキスタン事情についてはいずれ本誌で報告します。

(*1)http://www.shizen-ohkoku.smn.co.jp/もしくは電話0470-999-9011 ▲

2001年7月16日

INSIDER No.23《ELECTION》政策論議をもっと深化させないと──今のところ自民党の一人勝ち?

 小泉人気は参院選に入ってますます隆盛で、専門家たちの予測では、このままで進めば自民党が改選議席61を大きく上回って67〜68議席を獲得する可能性がある。そうなれば、仮に保守党が扇千景党首の落選で解党(残党は自民党に吸収)ということになったとしても、自民・公明両党を合わせて参院の過半数を制することは確実で、9月自民党総裁選は中止、小泉としては、いくつかの改革課題を具体化しつつ、それを盛り込んだ予算案がまとまった年末から年始にかけて総選挙を打って長期政権 を目指す──という政局の流れに持ち込みたいだろう。しかしその成算は五分五分で、小泉が言うように「参院選に勝てば、自民党の抵抗勢力も付いて来ざるを得なくなる。それが(ヌエ的な)自民党だ」ということになればそうなるが、その抵抗勢力が死活を賭けた反撃に出れば自民党分裂、自民党改革派と民主・自由両党を中心とした反自民の本格改革派政権の誕生ということになる。

 扇は現在、当落ギリギリの線上にあって 「やや危ない」程度であると言われており、「小泉は支持するが自民党には入れたくない」という有権者が、迷った末に「じゃあ仕方ないから与党の一角でがんばっている扇さんに入れようか」という気分にならない限り、当選は難しいだろう。

 参議院の定数は現在252で、今回その半数の126が改選となる。が、定数削減により改選定数は121で、そのため選挙後の定数は非改選の126と合わせた247で、その過半数は124。自民党は、立候補者が選挙区48、比例27の合計75で、非改選が46なので、今回全員当選したとしても計121で、単独過半数の回復はありえない。93年総選挙以来、いかなる選挙でも自民党が過半数を制することはもはや出来ないというメガ・トレンドは、今回も揺らぐことはなく、「連立政治の時代」がまだ当分は続く。

 公明党は、立候補者が選挙区5、比例17の計22で、非改選が10なので、今回全員当選したとして計32で、自民党が全員当選した場合の121と合わせれば153となる。さらに保守党の扇が当選すれば1で、非改選4と合わせて5なので、自公保合計158で、これが与党が獲得しうるマキシマムである。逆に与党にとってのミニマムは、例えば、自民党が46しか獲れず非改選と合わせて92、公明党が17しか獲れず非改選と合わせて27、保守党がゼロで非改選4に止まった場合に、自公保合計が123で過半数を割る。公明党がさらに数議席落ち込んだとしても、自民党が50議席程度を上回ればいいわけだから、いずれにせよ自公保が過半数割れして小泉が退陣する事態は99%あり得ないということである。

●誰もが改革派?

 小泉改革そのものには、ほとんど誰も反対できないという状況で、有権者が「だから自民党に入れる」「いや、一ひねりして保守党にしようか」「やっぱり民主党を押し上げたほうが改革が進むのでは」「民主党もどうも頼りないから小沢一郎に一働きしてほしい」といったややこしい選択の仕方になるのはやむを得まい。そこでメディアにとっての1つの使命は、まず改革派と守旧派を分別した上で、しかしほとんど誰もが改革派を名乗っている中で、個々の政策的争点に関して「本物の改革派」と中途半端あるいは偽物をどこで見分けるかのポイントを分かりやすく浮き立たせることである。

 22日の「サンデー・プロジェクト」での党首討論では、小泉と鳩山・小沢とが改革の方向・深度・速度・手順を競い合うという意味で基本的な座標軸を形成し、神崎と扇は小泉への中途半端な便乗者、志位は反改革・景気拡大派、土井は志位と鳩山らの中間──という配置が浮き彫りとなった。

 共産党が巧くスタンスを見つけられずに「改革の競い合い」から事実上、脱落して、亀井静香に代表される自民党守旧派とほとんど同じ論法で「弱者救済のための景気回復を」と叫んでいるのは滑稽を通り越して悲惨で、このまま突き進めば同党が記録的な大敗を喫するのは避けられないだろう。本誌が毎度強調しているように、日本が世界GDP総合計の6分の1に当たる5兆ドルの経済規模を基本的に維持する、とてつもない「豊かな国」であることが、多くの人々が改革に伴う“痛み”を恐れないでいる最大の根拠(共産党用語を借りれば物質的な基盤)であり、それを「労働者は失業に怯え、中小企業は倒産の危機に瀕している」と、まるで発展途上国時代の貧困が今なお続いているかのように言うことで歓心を引こうとするのは、現実的(唯物論的)でない。実際、22日の志位は珍しく歯切れが悪く、不良債権処理に関して、「対象となる中小企業のほとんどはバブル型でなく、真面目に経営していながら不景気で資金繰りに困っている不況型であって、それを国策で潰すことは許せない」と叫んだかと思えば、ゼネコンなど大手が場合によって倒産するのは「やむを得ない」と言ったりして論理一貫せず、絶句したり照れ笑いしたりする場面もあった。頭のいい志位は、自分でしゃべりながら、大企業=敵、中小企業=かわいそうな弱者という旧い図式ではこの問題に対処できないことを、たぶん気付いたに違いない。

 社民党の土井は、やはり「中小企業に配慮が必要」と言いながら、共産党と同じになってはマズイと思ったのか、いくつかの提案めいたことを口にしたが、それは自分の頭にないことを誰かが書いた文書を探し出して読み上げるというふうで、迫力に欠けた。

●不良債権処理の分岐点

 与党3党と民主・自由両党は、不良債権の早期処理に賛成だが、そこでの最も重要な論点は、3年前の金融国会で公的資金注入によって主要14行の「早期健全化」が方向づけられたにもかかわらず、今になって当時とほとんど変わらない額の不良債権を改めて「2、3年中に最終処理」しなければならないのは何故か、ということでなければならない。

 民主党の金融調査会長=池田元久は、『週刊東洋経済』7月7日号に論文を寄せて、主要銀行に公的資金を注入するに当たって金融当局が「すべての銀行が健全だ」としたのは、当局の当時の資料に照らしても“壮大な虚構”だったと指摘、そのことを認めて、今度は現実を直視した金融再生計画を用意しなければならないと提言している。それによると……

▼金融再生委員会は、99年3月に公的資金を投入する際、これら主要銀行について「98年10月期において健全な自己資本の状況にあることを確認した」としていたが、当時の同委員会(の前進である金融監督庁)の文書では、対象銀行のうち6行が正味自己資本比率がマイナスとされていた。

▼同委員会は、かなりの主要銀行が健全でないという事実を隠すために、「担保がない破綻懸念先債権には70%、同様の要管理債権には15%を目安に引き当てる」という厳しい基準を自ら定めておきながら、それを資金注入前の審査では適用せず、資金注入後の自己資本比率の算出する時にだけ適用した。多くの人々は、鳴り物入りで伝えられた目安が資本注入の審査に使われたものと考えていたが、その見方は裏切られた。

▼もともと過小資本の銀行に資本注入するという早期健全化スキームは、民主党、自民党の政策実務者が考えた。そして、民主党がまとめた早期健全化法案では、資本注入に当たっては、経営責任と減資など株主の責任も問うことになっていた。しかし、自民、公明(当時は平和改革)などが作った現在の早期健全化法では、健全な銀行にも資本注入する途を開き、それによって大手15行への資本注入が行われたが、資本が実際には損なわれている銀行も“健全”と見なされたため、経営者の責任は不問にされた。経営者は何ら責任をとることなく、健全行と言われて巨額の公的資金を手にすることが出来るのでは、モラルハザードが蔓延するのが当然で、そのためにこの2年半に不良債権の処理は進まなかった。


▼また、日本長期信用銀行と日本債券信用銀行の国有化に伴う資産判定についても、「景気への影響を配慮して」破綻先や破綻懸念先を「適」資産と判定するなどして問題を先送りした。この間の金融行政はまさに「失われた2年半」と言うべきであり、問題の当事者であった柳沢金融担当大臣の責任は極めて重い……。

 この2年半ないし3年間の金融行政のあり方を正しく総括することなしに、再び公的資金投入が必要かどうかという議論に入るのは、明らかに上滑りであり、ましてやこのプロセスのA級戦犯とも言うべき柳沢がその失敗を認めたくないために自縄自縛に陥っているような有様では、小泉の「2、3年で最終処理」という方針もいっこうに最終処理にならないままズルズルとなる公算が極めて大きい。

 このことは、前号でも述べた“痛み”の問題にも関連する。人々が健気にも改革に伴う痛みを引き受けようとしているからといって、政府はそれに甘えてはならないのであって、金融改革に関して言えば、このふしだらを引き起こしてきた旧大蔵省当局や金融再生委員会の当局者と銀行の経営者との癒着と談合の構造を解明して、そのそれぞれの集団的・個人的責任を問うことがすべての出発点となる。それが出来ないなら、小泉の金融改革はインチキだと野党は指摘すべきである。

●地方分権の分岐点

 地方分権を巡っても、状況は同様である。22日の党首討論では、ほとんど全員が地方分権に賛成で、それぞれが地方への財源分与についてあれこれと語った。しかし肝心なことは、なぜ橋本内閣の「6つの改革」の目玉であった“地方分権”が、地方分権委員会の4年を超える労苦にもかかわらず、財源の分権化に手を着けることなく終わり、従って、もう1つの目玉であった“中央省庁再編”が単に大きな1軒の家を新築して2軒か3軒分を一緒に住まわせましょうというだけの中途半端に終わったのかの総括が求められる。その上に立って、あくまで明治以来の中央集権国家の枠組みを今後も続けるという前提で、いくらか地方に手厚く財源を与えようという程度の分権なのか、そうではなくて、その中央集権国家を一旦廃絶して、地域主権国家とも呼ぶべき市民自治を基礎とした連邦国家を構想するのかというところに、議論の分岐点を定めるのでなければならない。するとそれは、端的に、旧大蔵省の財政中央集権──同省がほとんど一手に財源を握って省庁縦割りのパイプに「対前年比?%増」などと注ぎ込む仕組みそのものを廃止するのかどうかに収斂されていく。

 扇が「国土交通省もすでに分権に取り組んでいる。私は地方に行って、権限と財源を車の両輪としてやっていくのが21世紀だ」などと発言したのは噴飯もので、これは21世紀も中央集権は続くが地方にも少し分権してあげましょうと言っているにすぎない。道路財源はもちろんのことすべての公共事業の権限と財源を地方に移すのであれば、国土交通省は直ちに廃止されるのであって、本当に求められているのはそのような分権であることに彼女は気付いていない。小沢が正しく主張したように、分権の定義不明のまま、あれこれの具体策について口角泡を飛ばして語るのは無駄なことである。

 ここでも、鳩山と小沢は中央集権国家を廃絶するという立場であるのに対し、小泉はじめ与党は、その点を明言していないが、どうもそうではない立場のようで、それは小泉が大蔵族であるということとも関連していよう。志位は「地方にもっと財源を」とは言ったが、彼らの国家論も党組織論も本質的に中央集権主義であり、そうではない国家・社会像は多分思い浮かべるのが難しいだろう。土井は「もっと地方に」とは言っていて、共産党よりも分権に熱心なようだが、ビジョンが欠けているように見える。

 そのように、各テーマについて本当の議論の分かれ目を鮮やかにして、この参院選をじても改革の具体論が浮き出てくるようにしないと、改革という言葉だけが空しく宙を舞って、何を基準に投票したらいいか有権者がますます分からなくなってしまうことになりかねない。▲

2001年7月10日

INSIDER No.22-2《keyword》痛み

 7月8日「サンデー・プロジェクト」の電話調査では、構造改革に伴う“痛み”に耐える覚悟が出来ているという人が56%に達した。これは驚くべき数字で、一般に想像されているより遙かに多くの人々が、過去3年間に小渕・森両政権が振りまいてきた“不況論”イデオロギーの呪縛から自由になり始めていることを示している。

 両政権の政調会長としてバラマキ的な景気拡大策の旗振り役を務めてきた亀井静香や、同じく経企庁長官としてスポークスマン役を演じてきた堺屋太一の論法では、(1)日本は、「戦後最悪の失業率」や「年間3万人の自殺者」に示されるような深刻な不況のどん底にあり、(2)破滅を回避するには“痛み”を伴うような不良債権処理や構造改革は出来るだけ先送りして、(3)公共事業をはじめとする政府支出の拡大による需要喚起を図って、2%、出来れば3%の成長軌道に乗せることを最優先しなければならない──ということになっていた。これにさらに、リチャード・クーのような、目先の相場を釣り上げることしか眼中にない株屋の手先が応援団に加わって、全国民が四半期の景気指標やNY・東京の株価が1%上がったとか0.5%下がったとかで生き死にが決まるかのように一喜一憂するという馬鹿げた状況が作り出された。

 失業率は確かに戦後直後の経済混乱期の最悪記録が4.7%だから、それが4.8や4.9になれば「戦後最悪」には違いないが、食うや食わずの発展途上国時代のその数字と5兆ドルのGDP規模を基本的に維持している超巨大成熟経済時代のそれとは質的に違うことを踏まえなければならないし、国際的に見れば、2001年第1四半期で4.7%という日本の失業率はサミット7カ国の中で「米国の4.2%に次いで失業率の低い国」と認識しなければならない(米国=4.2、日本=4.7、英国=5.2、カナダ=7.0、ドイツ=7.9、フランス=8.6、イタリー=10.0:OECD統計)。また自殺者が90年代を通じて2万人から2万3000人台だったのが98年と99年に3万人台に跳ね上がったの事実だが、それが経済的な困窮や破綻によるものであるという証拠は何もない。成熟国では一般に贅沢な理由による自殺は増えるのであって、中小企業の経営者がバブル的な土地や株の投機に手を出してにっちもさっちも行かなくなって首をくくるといったケースは、贅沢病の範疇である。

 経済規模が出来れば2〜3%成長し続ければそれに越したことはないけれども、右肩上がりの発展途上国時代が終わった後では、そうでなければ国が立ち行かないといことはないのであって、むしろ、多少の上下変動があったにせよ基本的に5兆ドル超というとてつもない経済規模を維持していることの凄さに自信を持たなくてはならない。というのも、全世界約190カ国のGDP総合計は30兆ドルであり、日本は一国でその6分の1を占める超絶的な地位にあるからである。伸びているかいないかだけを問題にする発展途上国型の経済観念の囚われ人の感覚では、日本は依然として弱い存在であり、改革で血を流したりしたらたちまち頓死してしまうということになるのだが、1人当たりのGDPでも1人当たりの消費でも米国と抜きつ抜かれつ世界一を争っているいる日本をそのように捉えること自体が精神的な衰弱の現れである。

 亀井的な旧自民党勢力がいつまでもそんなことを言っているのは、まだ理解できる。彼らにとっては、日本が「不況で大変」であることのほうが都合がいいのであり、全国民がそう思い込んで不安に怯えている状態であればこそ、ケインズ主義的バラマキ政策を続けて、不況対策に名を借りて予算をいじくりまわして利益誘導政治を温存することが可能になる。というよりも、利益誘導政治を続けたいがために、日本は不況で今にも死にそうなのだという話にしておくほうが好都合だったということであり、無能なエコノミストやアホなマスコミがすっかりそれに乗せられて、人々をマインド・コントロールにかけることに協力してきたわけである。

 しかし、ともかくも構造改革派である小泉が政権を握って、町村信孝=自民党幹事長代理さえこの日の番組で「ケインズ主義的な需要喚起柵からの脱却」と言い出している中で、悲惨なのは共産党で、筆坂秀世=政策委員長が亀井そっくりの論法で「改革反対」「弱者救済のための景気対策を」と叫んで失笑を買った。社民党さえもが小泉と改革の方向と速度と手順を競い合う野党戦線に加わりつつある中で、このイデオロギーは自民党守旧派と共産党を最後の共有者としながら絶滅に向かうのだろう。

 ところで、この日の討論で“痛み”に関して欠けていた論点が2つある。1つは、小泉内閣のタウンミーティングで参加者が言った「聖域なき構造改革には異論がない。ただ、何に耐えないといけないのかわからない」という意見である。改革が具体論に下りていない今では、実際にどういう痛みが襲うのか分からないのは当然で、それが見えてきたときに果たして5割を超える人々が痛みを引き受けようという潔い姿勢を貫けるのかどうか。

 もう1つは「痛みはまず誰に?」という問題である。民主党の参院選向け法定ビラは「改革の痛みは責任の重い人から──改革にともなう痛みは、不良銀行の役員や天下り官僚など責任の重い人から。国民だけに痛みを押しつけさせません」とあるが、これは面白い論点である。3年前の金融国会で同党がまとめた早期健全化法案では、資本注入に当たっては経営責任だけでなく株主責任(減資など)も問うべきだとしていたが、自民・公明両党が作って通した現行の健全化法ではその部分がすっぽり抜け落ちて、経営責任は問わないまま大手15行への資本注入が行われた。それがその後、不良債権処理がろくに進まなかった最大の原因である。痛みはまず責任者にという原則を明確にすることで初めて、人々は少々の痛みに怯むことなく改革を支持しようとするのではないか。▲

INSIDER No.22-1《FROM THE EDITOR》

●『JSA』が凄かった!

 韓国で史上空前の興行記録を達成した『JSA』を遅ればせながら観て、こういう凛々しい映画は、何もかも緩みきったような今の日本ではもう作れないのかなあと、映画そのものも切ないのですが、そのことのほうがもっと切なくて、唇を噛む思いで映画館を後にしたのでした。平日の午後とはいえ、入替制のその回の観客は30人ほど。現実の 「38度線」を目の前に抱えている韓国と切迫感が違うのは仕方ないとして、戦闘アクションであり謎解きミステリーであり男の友情ドラマであり、そして何よりも韓国の若い世代(監督も主役たちも30代から20代)の南北問題の受け止め方の表出でもあるという、4次元方程式をいっぺんに走らせるかのような高等数学的な構成力を持ったこうした映画を、面白いと思う日本人はもう少なくなっているのでしょうか。同映画のサイトはhttp://www.jsa-movie.com/

●『原典・メディア環境』が役に立つ!

 月尾嘉男・浜野保樹・武邑光裕編『原典・メディア環境』(東大出版会)は、720ページ余りの大冊で値段が1万円というのはちょっと重いですが、メディア論に関心ある向きは手元に置かざるを得ない貴重な文献集。「1851-2000」と副題が付いているように、1851年ロンドン万博の開催に前後して始まった電信・放送・コンピュータ・インターネット(理論)の歴史にまつわる必読基礎文献141点の抄録を採集・翻訳・配列して解説を加えたもので、今の電子的地球村がどんな先人たちの試行錯誤の上に築かれてきたのかを鳥瞰することが出来ます。

●玉木正之『日本人とスポーツ』が面白い!

 NHK教育テレビ「人間講座」(水曜日夜11:00〜)で放映中の玉木正之「日本人とスポーツ」が面白い。第1回「スポーツの現在と未来」から始まって、以下「日本人と」体育、スポーツ・ナショナリズム、アマチュアリズム、企業スポーツ、プロ・スポーツ、スポーツ芸術、スポーツ・ジャーナリズム……という具合に、明治以来の「富国強兵」策の下での日本人のスポーツ観の歪みを跡付けつつ、最終回では「国家・企業・学校スポーツ」から「地域・市民スポーツ」への転換を提言します。再々放送が金曜日深夜で、それも第1回は終わっていますが、13日26時頃から第2回が放送されます。また日本放送出版協会からテキストが発売されています(560円)。

●読者からのお便り

■Yさんより「宗男は十勝の恥」

「小泉はどのくらい“反自民”なのか」の分析は読み応えありました。なるほどです。人間はやはり過去からなかなか脱却できないですね。小泉政権はこの夏までもたないでしょう。自民党のゾンビが甦ってくるからです。田中外相と激論している鈴木宗男も自分にも人権があるといいますが、彼の政治手法が評判を悪くしているという自覚が足りませんね。崇高な?政治理念や倫理の希薄な彼は、人間の弱みでもある「利益」を巧みに滋養として太って「政治力」を増してきた方です。地元選出議員として十勝の恥です。いままでの自民党を体現している方です。

■Kさんより「有線ブロードに期待」

 有線ブロードネットワークスの記事、興味深く拝読させていただきました。韓国に後れを取ってしまった、日本のブロードバンド情報通信網の発展に関して、NTTのISDN普及戦略がADSLの普及を阻害してしまったことは、まさにNHKのHDTV開発での失敗と重なり合います。

 有線ブロードネットワークスに関しては、確かに非合法に有線放送事業を展開してきた過去があります。一方で、NTTによる通信事業の独占化、NTTと電力会社による電柱の独占化が有線事業の非合法化を招いたと考えられませんか?

 リクルート事件は当時のリクルート社長江副氏が通信ビジネスに参入したいがために、政治家にリクルートコスモス株を配りました。江副社長は10年以上前から現在のIT革命を見通していたのでしょう。そこで有線ブロードの2代目社長、宇野康秀氏に注目しています。1989年に人材派遣会社インテリジェンスを起業、昨年店頭公開し本年長者番付4位にランクされました。先代の社長の死によって、次男である康秀氏がその実力をかわれ、有線ブロードの2代目社長に就任しました。社長就任後に、有線事業の合法化、ITビジネスへの展開などベンチャー企業家としても今後注目に値する人物だと思います。

 先代社長とリクルートの江副氏は、旧知の仲だったとのこと。宇野康秀氏はリクルート・コスモスで1年間働いていたことを考えると、リクルート事件からの因縁を思い起こします。

 私自身は有線ブロードおよび関係会社のインサイダーではありません。宇野氏の会社に投資をしている者です。NTTに独占されてきた通信業界にベンチャーで切り込んでいった男たちという視点でのレポートをこれまでに読んだことが無かったので、貴殿の今後の取材に期待しています。

■Kさんより「スクープです!」

 NTTの「iモード」で使われている、数字・文字変換装置の権利売買を巡って殺人が起っているのに、闇に葬ろうとしています。HPを見て下さい。
http://members.aol.com/kaccyan/okamura1

■Tさんより「バリアフリー情報専門サイトをリニューアル」

 突然、電子メールをお送りし、失礼いたします。昨年12月に開設した「ばりあふり〜情報屋」が、完全自動版として大幅リニューアルいたしました。ぜひお見知りおきいただきたく、ご案内申し上げます。
http://www.ibunka.net/

 地域別のバリアフリー情報のほか、製品、書籍、各種PRなどの日常生活情報をご投稿いただくと、サイト管理者の手を介することなく瞬時に、不特定多数の人に向けて公開できる仕組みです。その他、疑問を書き込んでおくと、サイト利用者から寄せられた回答が自動的に電子メールに届く「Q&A」コーナーなども設置いたしました。

 バリアフリー関連の情報は無数に発信されてはいるものの、専門誌などがないために、必要とするすべての人には届いていないのが実情です。「ばりあふり〜情報屋」は、あらゆる情報が不特定多数の人に二次利用、三次利用されることを目指した私設サイトです。ぜひ一度、今お持ちの情報を投稿してください。

 なお、当サイトでの情報掲載はすべて無料です。ご利用料などをご請求するものではございません。どうぞ、安心してご利用ください。▲

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