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2001年3月19日

INSIDER No.7-4《LETTER TO THE EDITOR》馬鹿馬鹿しくも痛ましい川辺川ダム工事現場──ダム本体着工前に既に2000億円も注入

 たまたま昨日、TV番組の取材で川辺川ダム現場に行って、帰ってきてインサイダーを読んだら同ダムのことに触れていたので、現地リポートを送ります。

●中止でも村は戻らな

 ダム工事の現場は、総額2000億円とも言われる、土木工事とはこれほどのものかというほどのすさまじい光景で、ただただ呆然としてしまいます。山の中腹には高速道路のような道路が両サイドに並行して走り、削られた山肌に新築の家が立ち並んでいる風景は、馬鹿馬鹿しく痛ましく、なんともいえない気分になります。それにしても2000億以上の金がダム本体でなく、周辺の道路や集落の移転地の造成に使われただけ、というのには驚きです。この後いくらかかるものなのか。

 ダムに沈む五木村の推進派に言わせれば、

「今、球磨川下流でダムに反対している人たちは、35年前、嫌がる五木村を人身御供にして、ダムに賛成したくせに、今になって反対とは虫が良すぎる。ダム建設が決まった時に、村は破壊され、コミュニティーは失われた。11軒あった部落が3軒になり、それまでは隣近所でやってきた冠婚葬祭、道普請などができなくなり、たとえダムが中止になってももう、昔には戻らない。今、中止になったら、何のために苦渋の選択をしたのかわからないではないか」

 ということで、心情的には同情する部分もありました。が、はやくダムを完成してもらい、もらった1軒あたり数億とも言われている保証金を正当なものにして、静かに暮らしたいという本音も透けてみえます。冗談のように、「ダムができたら湖に面した代替地に建てた家は、交通の便も良くなったので別荘にすると」笑ってました。

●球磨川漁協の態度が焦点

 ダム本体の着工には、球磨川漁協の同意が必要ということで、反対運動は首の皮一枚でつながっている感じです。川の漁協というのは、海の漁協とちがい、上流から下流まで数十キロに渡る川の流域をカバーしており、上流と下流ではまったく意見が違うようです。また、生活のために漁業をしていなくても、川で釣りなどをするくらいで組合員になれるそうで、1800人の会員のほとんどが本職の漁民ではないそうです。

 球磨川の組合員のほとんどがダム反対。以前は幹部も反対派が多かったのですが、昨年、推進派がクーデターを起こし、いったん組合を解散して反対派を一掃した上、推進派の役員だけで国土交通省と補償について秘密交渉を続けてきたのですが、そのやり方も行き詰まってしまったわけです。いま、反対派は会員総会を開くことを要求し、逆転を目指しています。

 やはり有明海のことは地元には大きなショックでのようで、山と海をつなぐ川の役割を多くの人が考え始めていることは大きな前進だなと感じました。

「2000億はもったいなけど、宮崎シーガイアを1個分で豊かな自然が残せるのなら、安いものだとあきらめて、せっかく作ったインフラを使い自然公園などにしていくのが良い」

 というのが、反対派の町会議員の意見でした。確かに、東京から五木村まで3時間、思ったより速く着き、五木の子守唄などで有名だし、築70年の小学校の木造校舎など、とても趣があり、日本のふるさとという感じで、地元の人が考える以上に、観光価値が高いのではと思いました。▲

INSIDER No.7-3《LETTER TO THE EDITOR》JALは祖先のお墓の上にゴルフ場を造るのをやめて下さい──先住ハワイ人が来日してアピール

 現在ハワイ島南コナで行われている「ホクリア開発(高級ゴルフリゾートと分譲地の計画)」は、地元住民やハワイ先住民たちによって工事中止の訴訟が起こされていますが、今日も工事は続けられています。

 この開発は1990年ごろから計画され、当初からその土地がハワイ先住民の重要歴史遺産であることや、ゴルフ場が造成される沿岸域が世界有数のダイビングスポットであり、国立海洋保護区に指定されていることなどから反対運動や訴訟が起こっており、工事は凍結されていました。ところが、1998年末に工事が着工されてしまい、以来、懸念していた事が次々と現実になっています。即ち工事現場からの土砂の流出による海の汚染、珊瑚礁の劣化や死滅、沿岸採取生活の破壊、重要遺跡やハワイ人祖先の遺骨の破壊などです。

 この開発の主な出資者は、日本を代表する航空会社JAL(日本航空)です。先住ハワイ人たちはJALの社長に会うことを希望しています。

「JALは私たち祖先のお墓の上にゴルフ場を造るのをやめて、どうかこの計画から撤退して下さい。ハワイにゴルフ場はもう沢山です。私たちの祖先の埋葬地を限られたお金持ちの遊び場にしないでください。祖先の遺骨を元あった場所に戻して下さい。そして珊瑚礁を覆ってしまった汚泥を取り除いて、元どおりの美しい海を返して下さい。」

 ハワイ島の大自然の中で素朴に暮らす先住ハワイ人を代表して、ジム・メディーロスが静かに語ります。彼はこのことをJALの経営者や社員、そして一般の日本人に伝えるために、今回生まれて初めてハワイ島から外に出る決意をしました。

 先住ハワイ人代表団4名は来る3月22日から27日まで来日し、以下の日程で行動しますので、取材して下さいますようお願い申し上げます。なお、個別のインタビューや取材をご希望の報道関係者は、きくちゆみ・森田玄( 住所=296-0111 鴨川市仲1047 ハーモニクスライフセンター、電話=0470-97-1011、E-mail=yumik@awa.or.jp)までご連絡下さい。

<先住ハワイ人代表団来日スケジュール──3月22日から27日まで>

3月22日(木)成田到着、多古町で市民の歓迎会、成田泊

3月23日(金)10−12am
衆議院第二議員会館第三会議室にて国会議員へ陳情

3月24日(土)12:30—3pm
イベント「お墓の上にゴルフ場を造らないで」
(ほびっとむら学校=西荻窪南口)

3月25日(日)6−8am
「お墓の上にゴルフ場を造らないで」
(鴨川ハーモニクスセンター)

3月26日(月)1−3pm
JAL本社に申し入れ

3月27日(火)
成田より帰国

<今回来日の先住ハワイ人の名簿>

ジム・メディーロス(ケオプカオハナ代表)
ウェイン・カコハノハノ(ケオプカオハナ・スポークスマン)
J.J.アキオナ(先住ハワイ人、フラダンサー)
ハリオット・ドゥーリー(先住ハワイ人女性代表)

*「ケオプカオハナ」は先住ハワイ人の文化とその伝統的暮らしと環境を守ることを目的に設立されたケアラケクア地域にある環境・文化保護団体。

<日本受入側>

森田玄(グローバル・アンタイ・ゴルフ・ムーブメント代表)
久慈力(ノンフィクション作家、ゴルフ場問題グローバルネットワーク代表)
きくちゆみ(ハーモニクスライフセンター主宰、環境ライター)
田村ゆかり(エスニックコンサート実行委員会)▲

INSIDER No.7-2《LDP-CLINICAL》野中vs小泉の抗争で自民党は分裂か?

 10日配信のi-NSIDER No.6で「党内向けには事実上の退陣表明でありながら、野党と世間向けにはそうではないと開き直ることのできるような手品のような文章などあるはずがない」と予め警告しておいたのに、森喜朗首相と自民党執行部はその愚かしい道に突き進んでしまい、天下に恥を晒している。おまけに、この期に及んで森がなお、日米首脳会談を自らの延命の手段として利用できるかの期待を抱いてノコノコとワシントンに出かけていくのは錯乱的であり、むしろ彼の死期を早める結果となろう。4月中旬ないし下旬に、野中広務=前幹事長と小泉純一郎=森派会長との対決を軸に総裁選が行われるのは確実な情勢となってきた。

●野中のホンネ

 野中は、前々から自分が総裁になることは「200%ない」と言い続け、17日の佐賀市での講演でも「絶対に考えていない。私の名前が(候補者として)残らないよう宣言しておく」「私は自らの身の処し方を知っている。混迷の時代だからこそ新しい見識豊かな人がなるべきだ。旧世代が何かを考えるべきでないし、器でもない」と、これまでより一段と強い表現で明確に“野中首相”の可能性を否定した。と同時にその講演で野中は、「郵政公社を実現する法律は成立し、それを踏まえて自民党大会でも国営で郵政3事業を堅持するという運動方針を決定したのに、わが党の中に郵政事業のあり方を批判する人がいる」と、名指しこそしなかったが、小泉の持論である郵貯民営化論に対する敵意をむき出しにした。

 この意味するところは明かで、自分は絶対にやらないと言いながら、唯一のライバルになりそう小泉の郵政民営化の“暴論”に批判を集中することによって、「小泉は余りに危険で、やっぱり野中しかいない」という党内世論が盛り上がるのを待つということである。野中のイメージは暗く、参院選での敗北に少しでも歯止めをかけるには最も不向きである。昨春には小渕から森への政権切り替えを幹事長として取り仕切り、実力者ぶりを見せつけたけれども、反面、“密室政治”の元凶と非難されることにもなった。それだけでなく、その密室政治家としての大物ぶりそのものが、病室に入ってから世間に顔を出さなかった生前の故竹下登=元首相との個人的な親密さとか、日本社会の陰の部分とのつながりから生じる情報力や陰謀力といったものに支えられていて、確かに小泉は自民党にとって政策的に危険なものがあるけれども、野中もまた体質的に危険である。

 そのことは本人もたぶん自覚しているはずだが、それでも彼が密かに意欲を燃やすのにはいくつかの理由が考えられる。第1に、彼には今しかチャンスがなく、これがラスト・チャンスである。そのような状況で目の前に権力がブラ下がって、その気にならない自民党政治家はいない。仮に参院選で大敗して7月で辞任するにせよ、それほどは負けなくても(総裁選の規定次第では)9月までの暫定と任期を限られるにせよ、それでもチャンスは手にして、万に一つでもうまく転がって長続きする可能性に賭けたいと思っていて当然である。

 第2に、連立相手の2党、とりわけ公明党と太いパイプがあり、同党が半ば公然と野中首相を待望している状況があるため、「今、公明党の意思に逆らってその政権離脱を早めるような選択は賢明でない」ということで、自民党内に少なくない野中嫌いを押し切ることが出来るかもしれない。公明党がこれほど野中に期待するのは、同党と彼のあいだで「今国会中に衆院選挙制度を改定して、何らかの程度で中選挙区制を復活し、次の総選挙で同党が自民・民主両党の谷間に埋没して衰退することを回避する」ことについて密約が成立しているからだと言われている。参院選比例に「非拘束式名簿」制を導入する推進役を果たしたのも野中と公明党であり、両者は自分らの組織的危機を回避するために選挙制度を変えてしまうことなどお手のものである。

 第3に、党運営の要である古賀誠=幹事長が野中の直系であり、最後は力業で野中に持っていく役目を果たしてくれることを期待できる。古賀の周りには、麻生太郎、平沼赳夫ら各派閥にまたがる昭和14〜15年生まれを中心にした中堅グループがいて、野中が「短期間でも俺がやっているあいだに一気に世代交代を進めて君たちに受け渡したい」というようなことを言えば、付いてくるだろう。野中の橋本派内の基盤は弱く、側近は、公共事業利権で稼いだ資金を上納している鈴木宗男=党総務局長くらいしかいないが、その弱さを補うだけの他派人脈を培ってきたのが彼の強みである。

●小泉の思惑

 他方、小泉は先週初めまでは態度がはっきりしなかったが、ここへ来てにわかにやる気を見せ始めている。彼の郵貯民営化論は、自民党にとって危険であり、それは単に党議に反しているという政策論レベルの話ではなく、同党にとって最強の選挙基盤の1つである特定郵便局長の全国ネットワークを離反させ、せっかく参院選比例に非拘束式を導入してそのような業界団体の力を総動員して破滅を免れようとしている時に、それに水をかけることになるという組織論レベルの話であって、少なくとも郵政族のドンである野中が健在であるあいだは、小泉総裁の可能性は極めて小さい。それでも小泉が敢えて打って出ようとしているのは、次のような事情からである。

 第1に、小泉にはこれがラスト・チャンスではない。むしろ野中で参院選を戦って敗北して貰って、さらに衆院選に転がり込みながら政界再編が起きるような事態になれば、その時こそ彼にとって最大のチャンスで、そのためにはここで、「明るくて国民的に人気のある小泉が、陰険な野中に抑えつけられて、ギリギリいいところまで行ったけれども負けた」という図柄を作っておくことが大事になる。盟友の加藤紘一が「野中と小泉の対決になるなら小泉を支援する」と公言しているのも、参院選後を睨んだYKK復活への布石と見るべきだろう。小泉にとってまずいのは、ギリギリで野中に負けるのに失敗して勝ってしまうことで、彼がなれば自民党体質への批判はたちまち消え失せるというものでもないから、やはり参院選で後退は避けられず、退陣を迫られるというケースである。

 第2に、どうしても今、政権を獲りたければ、郵政民営化の主張を取り下げもしくは凍結して党内の反発を和らげることだが、小泉はそういう妥協をしてでものし上がろうというタイプではないし、何よりも、彼が党内若手や地方組織だけでなく世間一般でも人気があるのは、そのような改革的な政策を頑固に主張して、歯切れよくストレートな物言いをしてはばからないという“改革派”イメージにあるのだから、そこを外したのでは出てくる意味がない。

 第3に、事実上、野中と青木幹雄=参院幹事長の二頭体制にある最大派閥=橋本派が野中一本ではまとまらず、青木はむしろ野中を抑えるために小泉を推すようなことを言っており、ここで小泉が青木と組んで野中と戦えば、橋本派を分裂を誘って自派が最大派閥に躍り出るチャンスが訪れるかもしれない。実際、青木が郵貯民営化を受け入れて橋本派を小泉支持でまとめようとすれば、野中グループはそれと決裂せざるをえないだろう。

 こうして、やる気になっているかの小泉が本当はやる気がなく、やりたくないと言っている野中がやらざるをえなくなっているというのが現実で、このネジレに自民党の抱えるディレンマの深さが表れていると言える。92年末に竹下派が分裂したことが導火線となって半年後に自民党政権が崩壊した。歴史は繰り返されるのかもしれない。▲

INSIDER No.7-1《FROM THE EDITOR》

●森さんから「インサイダーはもう要らない」とお電話が!

 3月15日に森喜朗事務所から「インサイダーは今後送らなくて結構です」とお電話がありました。スタッフが「でも、年間購読料を頂戴しているので、その期間内はお送りしますが……」と言うと、「いや、もう要らない」とにべもないことでした。森さんは紙版の時代から15年にもわたる熱心な読者で、「君ね、このあいだこう書いてあったが、あれはちょっと違うんだ」とか、細かいところまで読んで頂いて折に触れご意見を賜るような関係で、昨年末の電子版への切り替えに際しても政治家の中では真っ先に申し込みをして頂いていたのですが、まことに残念なことです。しばらく前から「新聞は不愉快だから読まない」と言っていた森さんが、その後でも本誌を読んでいたのは確かで、たぶん10日配信の「ガラガラポンに向かう自民党」という記事が余程気に入らなくて、事務所秘書に購読中止を通告するよう命じたのでしょう。ご本人が命じることなく秘書が独断で電話をしてくることはあるはずがない訳ですから、こんな瀬戸際の状況にありながらもご自身で読んで怒って、「こんなものを俺の机の上に持ってくるな!」とか何とか叫んだに違いありません。名誉なことです。森さん、長年にわたるご愛読、有り難うございました。

●阿蘇の“野焼き”にボランティア参加

 3月10日から3日間、阿蘇に滞在して“野焼き”にボランティアとして参加し、またその対象となる草原に乗馬トレッキングのコースを開発するための試乗に参画してきました。

 阿蘇には約2万3000ヘクタールにおよぶ日本最大の壮大な草原があって、それは平安時代から1000年も続いてきた野焼きという管理技術によって維持されてきました。草原は、放っておけばススキが繁茂してその枯れ草が地面を覆い、牧畜に好適な牧草や根笹や野芝などが生育しにくくなる反面、イバラの類やハギやアキグミなどの牧畜に不適な低木がはびこって、やがてはまったく利用価値のない雑木林になっていきます。そこで毎年、春先に草地の入会権を持つ各牧野組合の畜産農家の方々が日を定めて火を放ち、4月から5月にかけて緑の草原に変わるのを待つわけですが、そのためには事前に、“輪地切り”と言って、隣地や森林との境を10メートルほどの幅に草を刈って防火帯を作らなければなりません。近頃は、野焼きを実施するのは1万6000ヘクタールほどですが、それでも輪地切りの総延長は640キロ、熊本から静岡までの距離に及び、場所によっては急斜面もあって、危険を伴う大変な重労働になります。ところが阿蘇全体で175組合約1万戸の農家は、ご多聞に漏れず高齢化が進み、それだけの作業を担い切れなくなりつつあり、放置される牧野が次第に増えています。そこで、この草原を国民的な生命資産として保全することを目的に95年に設立された(財)阿蘇グリーンストックが一昨年からボランティアを募集し、輪地切りと野焼きを支援する活動を続けています。

 同財団は、阿蘇町が中心となって、県内の経済界、新聞社、農協、生協、労組、市民団体など48組織と43個人が出資し、阿蘇町長が理事長、熊本県知事が顧問を務めていますが、その理論的指導者は理事でグリーン・ツーリズムの研究者として知られる佐藤誠=熊本大学教授。佐藤さんとは、昨秋に大分県竹田市と阿蘇の黒川温泉を訪ねたときに知り合っ
て一晩懇談し、翌日は阿蘇の草原を案内して貰ったのですが、その折に、輪地切りを容易にするためにその輪地に普段から家畜を放って自然に草刈りが行われるようにし、さらにそれを馬の遠乗りのためのコースとして使えるように整備し、乗馬トレッキングを観光事業として大いに盛んにしたいという構想を伺って、私は大いに賛同し、帯広での乗馬仲間であり遠乗りコース開発の専門家である(社)北海道うまの道ネットワーク協会の後藤良忠=専務理事ほか何人かの仲間と共に、今回、瀬の本高原での野焼きと乗馬に特別参加したのです。

 その詳しい報告と提言は、近々「農と言える日本・通信」のほうで行うことにしますが、まあとにかく、野焼きは壮絶、草原乗馬は爽快で、これを一度体験したら誰でも病みつきになって当然です。とりわけ乗馬のほうは、馬を運んできて一緒に乗ってくれた飯田高原のエル・ランチョ・グランデ、福岡のカナディアンキャンプの両乗馬クラブのベテランの面々も「これは豪快。すばらしいコースになる」と折り紙をつけてくれたので、今後、扇牧野組合やその南隣の上田尻牧野組合などと相談して、草原を自由に走り回れるコースを開発し、途中の農家レストランや温泉や水源地など要所に休憩地を設定することになるのでしょう。さらに将来は、それを西に県境を超えて大分県の久住町、竹田市に、また北に久住山を超えて飯田高原に、東に黒川温泉や南小国町中部に、と広げて、阿蘇北部一帯で“交通機関としての馬”の復活を図ることになると思います。

 それにしても、もっと根本的な問題は、せっかく輪地切りをし野焼きをしても、その牧野を実際に活用して牧畜を営む農家そのものが激減しつつあることです。1万戸の入会権者のうち肉牛を飼っているのは2000戸にも満たない状態で、これでは単に景観維持のために野焼きをしているだけになってしまいます。そこで私や後藤さんの提言の1つは、この牧野を使って馬の自然放牧を行ったらどうかということで、そのアイディアを上田尻組合の指導者の1人は「面白い。私がやってみよう」と言ってくれたので、これからおいおおい具体化を進めて行きたいと思います。

 雑誌作り名人の花田紀凱さんが宣伝会議に移籍して、このほど『編集会議』という雑誌を創刊しました。林真理子さんの各社担当者を一堂に会した表紙写真、総力特集「週刊誌がつまらないッ!」、元月刊文春編集長の堤堯さんの連載など、いずれも面白いです。▲

2001年3月10日

INSIDER No.6-2《KEYWORD》情・理・法

 田中康夫=長野県知事の「ダム計画凍結」宣言と国土交通省派遣の土木部長の更迭、有明海の漁民による諫早湾の水門開放と干拓中止を求めての反乱という流れは、ただちに熊本県にも波及して、漁民たちに16億5000万円の補償金を払うことを納得させて川辺川ダム建設を3月中に開始しようとした国土交通省の強引な態度に、球磨川漁協が「ノー」を突きつけた。“土建国家ニッポン”を100年間にわたり推進してきた旧建設省=国土交通省はボロボロ、その後ろ盾となることで利権をむさぼってきた自民党もヨレヨレで、これもまた不当に生きながらえた「55年体制」がいよいよ腐朽し崩壊していく光景の一駒である。

 川辺川は九州に残った最後の「ダムのない川」であり、「日本一の清流」にもしばしば選ばれている美しい川である。旧建設省が治水と灌漑のためここにダムをかけることを計画したのは35年前で、以来、カヌイストや渓流釣りファンなど自然派はもちろんのこと、鮎釣り漁業への悪影響を心配する球磨川漁協の一部からも反対の声が上がり、なかなか着工することが出来なかった。業を煮やした国土交通省は昨年末、このダム計画を土地収用法の対象として認定し、強制収容を辞さない構えを見せて、強制となれば一銭の補償も貰えなくなる漁民の動揺を誘いつつ、同漁協の総代会で3分の2の賛成を得て補償交渉を決着させて着工に漕ぎ着けようとした。ところが上述のような“反土建国家”の流れが大きく表面化し、その中で、球磨川が河口を持つ不知火海の沿岸の漁民たちが「球磨川が汚れれば不知火海もダメになる」と危機感を持って、2月中旬、ダム反対の決起集会を開くに至り、たぶんこのことが決定的インパクトとなって、球磨川漁協の何人かが反対に寝返ったのである。

 この問題を取り上げて国土交通省に「熟慮」を求めた朝日新聞3月7日付の社説「強制収容は通用しない」は、40年前に筑後川上流のダム建設に反対して“蜂の巣城”を築いて旧建設省に徹底的に抵抗した故・室原知幸の名言を引用している。

「民主主義とは、情にかない、理にかない、法にかなうものでなければいけない」

 情にも理にもかなわなくても、法にかなえば民主主義の手続きは有効だと考えるのが“法匪”としての官僚である。それを抑えて情と理を尽くすのでなければならない政治が、利に溺れていてはただの“利賊”であって話にならない。法匪と利賊の100年に及ぶ持たれ合いが本当の終焉を迎えている。▲

INSIDER No.6-1《LDP-CLINICAL》ガラガラポンに向かう自民党──ポスト森が第15代将軍に?

 日本経済新聞株式欄のコラム「大機小機」は、時折なかなか鋭い批評が載るので人気が高いが、3月9日付は「太守」子の担当で「ガラガラポン」と題して今の自民党の状況を巧く要約している。同コラムは、参院選に向けて自民党内はもっと危機感・焦燥感があってもいいはずだが、そうでもないのは、結局、もういっそボロ負けして一気に政党の組み替えに進んでしまったほうがすっきりするという冷めた気分があるからだと指摘、さらに要旨次のように述べている。

▼自民党内でもベテランは江戸幕府にたとえて現在を「安政の大獄」のころかと思っている人が多い。今の13代将軍の能力は確かに疑問符がつくが、そうであるがゆえに周囲の老中たちは勝手ができるところがあり、ここは内部を引き締め、14代将軍を迎えて目先を変えれば、何とかしのげるだろうという空気である。

▼が、ベテランが気付いていないだけで、自民党はもう幕末を迎えており、新しい総理・総裁は15代将軍になるのではないかと感じている人が、若手には少なくない。結局は維新への流れを止めることはできず、幕府は崩壊することになる。それはそれでいいのではないかという。

▼維新はすなわち政界再編。「自自」とか「自公保」とかいった既存の組み合わせを変えるのはなく、自民党も割れ、これをきっかけに民主党なども割れ、政策や政治の手法を接着剤として、新たなグループが誕生、新天地で競い合う。加藤紘一がガラガラポンに活路を見いだそうとしてるのは否定できないし、小泉純一郎だって年来の主張からは公明党より民主党と組みたいだろう。

▼政権から転げ落ちたときの悲哀を2度と味わいたくないという思いだけが自民党の「結束」をもたらしてはいるが、もはや構造的に政権の重荷に耐えられなくなっていると感じている人も増えている。

▼ひょっとすると、森首相は「有権者の政治への関心を高めた首相」「21世紀の新しい政治体制への幕を開けた首相」として歴史に残るかもしれない……。

●6年間の巻き戻し

 本誌が分析してきたように、次を誰にするか決められないのに森には退陣を表明させなければならないというのは、森政権の危機ではなくて、権力の獲得と維持を自己目的とする自民党そのものの危機である。13日の党大会には、すでに「森即時退陣決議」を採決したりしている各都道府県代表がドッと押し掛けてきて、収拾のつかない事態になることは目に見えていて、それを避けるには前日までに退陣表明をしなければならない。ところが、それを受けて党大会でスパッと総裁を変えてしまうのであれば危機回避もありうるが、それが出来ずに予算関連法案の成立などを名目に1ヶ月先まで次期首相の選出を先延ばししなければならないとすると、今度は野党が「退陣表明した首相と話しても仕方がない」と審議拒否をする構えなので、ちっとも危機回避にならない。

 そこで古賀誠幹事長、野中広務=前幹事長、青木幹夫=参院幹事長は8日に集まって、「党内向けには事実上の退陣表明と説明でき、しかも野党と世間向けには“まだ退陣したわけではないから審議拒否は不当だ”と開き直ることのできるような心境表明を森にさせよう」ということで文案を練ったが、そんな手品のような文章が書ける訳がない。「森は辞めさせなければならないが後がいない」という矛盾が、こういう漫画的な形になって自民党執行部を襲っているのであり、結局のところこの矛盾は、自民党をますます混迷させながら深まっていって、同党が政権から滑り落ちることで解決されるほかない。

 ということは、日本政治はいったん94年6月の羽田政権の終幕のところまで時計を巻き戻して、6年間の空白を埋めながら政界再編を伴う政治改革のプロセスを再開するしかないところに来ている、ということである。

 90年代から今日に至る政治改革の流れは、本誌が何度も書いてきたことだが、次のような段階論で理解することが必要である。

《序曲》

◆92年末
自民党の最大派閥「竹下派」が分裂(リクルート事件の余震の続く中、金丸「金塊」事件なども起きてどうにもならなくなり、小沢一郎、羽田孜ら政治改革推進派が造反し、自民党単独政権が崩壊に向かうのではないかという予感が生まれた)。

◆93年7月
政治改革をやりたがらない宮沢内閣が崩壊、自民党分裂の中で総選挙。《第1幕──初めての非自民政権とその挫折》

◆93年7月
細川護煕首相の改革派6党による非自民連立政権が誕生。

◆93年秋
予算編成期に地元から誰も陳情に来ないので自民党議員がパニックに。

◆94年4月
野党=自民党の執拗なスキャンダル攻撃に細川辞任、羽田政権に(社会党とさきがけは政権を離れたため、少数与党政権に)。

◆94年6月
羽田政権崩壊(羽田は予算成立と引き替えに首を差し出す形になり、(1)社会党の一部改革派は社会党・さきがけの政権復帰で第2次羽田政権を作り改革を継続することを目指したが、(2)小沢一郎は羽田を嫌い、自民党から海部俊樹元首相を引っ張り出して海部政権を作る動きに出て、(3)その間隙を突いて自民党が社会党の村山喜市委員長を首相に担いで「自社さ」連立の形で政権に復帰するという奇策を打ち出した)。

《長く暗い幕間──自民党の何が何でも政権復帰》

◆94年6月
村山政権発足、自民党が不完全ながら政権復帰し政治改革は事実上中断した。

◆94年12月
野党に落ちた羽田政権の4与党が合流して「新進党」結成(「保守2党体制」を作って自民党に政権交代を迫るという意気込みだったが内部はゴタゴタが続く)。

◆95年1月
社会党の山花前委員長ら改革派と日本新党系の海江田万里らが「リベラル新党」を結成しようとするが失敗。それに代わって、さきがけの鳩山由起夫、北海道知事を下りて中央復帰を目指す横路孝弘、海江田らによって「リベラル・フォーラム」が始まる。

◆96年1月
村山首相、武村正義蔵相の辞任で橋本龍太郎政権スタート(自社さの枠組みの上に自民党の首相が乗るという形で、自民党政権が完全復活)。

《第2幕──新しい対抗軸の形成》

◆96年9月
鳩山・菅直人中心の旧民主党結成、10月総選挙で51議席獲得(自民党は過半数を獲れず、新進党は敗北し、「保守対リベラルの2大政党制」の可能性が浮上)。

◆96年12月
羽田らが「太陽党」結成(細川も離脱し、若手は次々に自民党に一本釣りされ、新進党はいよいよガタガタに)。

◆98年1月
小沢一郎が「自由党」結成。羽田、細川、旧民社党系は民主党に合流。旧公明党系は「公明党」に戻る。

◆98年7月
参院選で自民党敗北、橋本辞任、小渕=自民党単独政権が発足。

◆98年8月
首班指名から金融国会の前半まで、民主党主導で自由、公明、社民、共産との野党共闘が小渕を追いつめる。

◆98年12月
「自自」連立成立。

◆99年10月
「自自公」連立成立。

◆00年4月
小渕急逝、森政権発足。自由党が分裂し、小沢=自由党は野党に、扇=保守党は「自公保」連立に加わる。

◆00年6月
総選挙で自公保が大幅に議席を減らしつつも過半巣確保、民主党は127議席に。民主、自由、社民、共産の野党共闘進展。

◆01年2月
森政権、危機ラインへ。遅々として進まないシナリオではあるけれども、この第2幕がさらに以下のように続いて、ようやく今秋にも《第3幕》が開くことが予想される。

◆01年4月
ポスト森政権発足。

◆01年7月
参院選で自民党敗北、公明と合わせても過半数に届かず、混乱。

◆01年?月
自民党分裂の中で総選挙、民主党主導の連合政権発足……。

●自民党はお化け

 細川政権が発足した秋には、予算編成期にはいつも地元の首長・議員や業界代表の陳情で議員会館はごった返すのに、ほとんど誰も来ず、自民党議員がパニックに陥った。地方の首長たちも「ついに政権が代わって、もう今年から陳情は止めたんです」と嬉しそうに語っていた。自民党の政権維持本能は、何よりも予算に触る立場を確保して、地元や業界や天下り団体に利益を誘導し(あるいはその振りをして)その見返りに資金のキックバックや票の取りまとめなどを受け取るという仕組みを通じて貫かれるのであって、それが作動しなくなることは多くの旧型の政治家にとって“死”を意味していた。そこから、何が何でも細川政権を引き倒して、首相なんぞ誰でもいいからとにかく政権に復帰して、来秋は再び予算を握る立場に復帰しなければ……という激しい衝動が生まれた。それが、その古い自民党体質の代表である亀井静香を行動隊長として「村山政権」作りの陰謀を生んだのである。

 社会党の村山やそれを取り巻く半ボケ老人グループは大臣ポストに目がくらみ、一部の中堅・若手は「ハト派で護憲派の村山と河野(洋平=自民党総裁)が手を携えて、ファシスト=小沢と戦うのだ」という自民党からの囁きかけに騙されて、完全に見当違いの戦略に乗せられ、自民党の政権復帰に手を貸した。その後の自社さ政権に何もいいことはなかったと言ってしまうのは酷で、社会党とさきがけが何ほどか自民党のやりたい放題に歯止めをかけた件もいくつかあったのは事実だとしても(例えば菅の薬害エイズ決着)、戦略的な前提の間違いはいかんともしがたく、結局、社さは化け物=自民党に骨の髄まで吸われてみじめな衰弱に陥るのである。その後の自民党の連立相手も同様で、自由党は半分の勢力を削り取られながら破滅寸前で残りの半分を抱えて政権を離脱し、今はまた公明党が森と心中するのかどうかの困難な決断を迫られた格好になっている。

 どうしてそうなるのかと言えば、自民党はすでに歴史の中で役割を終えて、ただ最後に残った権力維持本能だけで生きている化け物であって、一緒になる者は誰でもその毒が体に感染して自分のほうが先に破滅せざるを得ないからである。本当は自民党は、93年から2年か3年は野党にいて苦しい思いをして、その間に旧式の利権政治家は自ずと淘汰されて、世代も思い切って交代して、ヨーロッパにあるような近代的な保守党として生まれ変わるべきだったし、それが何よりも自民党のためだった。ところが、野党の悲哀に耐えられずに、自分でパイプを抜き取ってリハビリ病院から抜け出して来て、元気になった振りをしてしまったために、55年体制の病気はこの6年間に体内でますます爛熟して、それが今のKS
D事件や機密費事件などの連鎖的スキャンダルとなって、目や耳や口や肛門などありとあらゆるところから腐った膿が吹き出すような姿となっているのである。

 自民党がお化けになって腐臭を放ちながらそれでも生きながらえようとするのは見るに耐えない。それを自分でどうすることも出来ないのであれば、自民党を愛する国民が手を貸してやって、命をいったん捨ててこそ再生の道があることを教えてあげるのが親切というものではないだろうか。▲

2001年3月 1日

INSIDER No.5-2《NEWS WATCH》自民党政治の断末魔──森退陣は確定でも後継者が未確定

 森内閣の支持率は、朝日新聞2月19日付に載った調査では1月の前回に比べ10ポイント減の9%(不支持率は16ポイント増の79%)、毎日新聞26日付では2月初の前回に比べ5ポイント減の9%(同13ポイント増の75%)、読売新聞27日付では1月末の前回に比べ10.6ポイント減の8.6%(同12.0ポイント増の82.4%)と、主要各紙の世論調査が揃って1桁台の崩壊寸前状態に突入したことを示している。朝日と読売の場合は、このような調査を始めて以来、89年に竹下内閣がリクルート事件でボロボロになって退陣表明する直前のそれぞれ7%、8.0%に次ぐ史上2番目の低さであり、毎日の場合は94年の細川政権末期や98年の小渕政権発足直後に次ぐ、やはり史上2番目の低さである。

●自民党そのものの危機

 保守的な読売新聞の政治部長がこの調査結果を受けた署名入り論評で「国民の我慢も限界だ」と断言するような状況では、もはや持ち堪えることは難しく、3月2日と予想される来年度予算案の衆議院通過の後、13日の自民党大会までの間に森喜朗首相が退陣表明に追い込まれることはもはや確定的だが、しかし困ったことに、森の後を誰にするかについて自民党内でコンセンサスが生まれる可能性がほとんどなく、取り敢えず「予算関連法案の成立に全力を挙げることが先決」という理由で時間稼ぎをして、4月にも総裁選を実施することになるだろう。ところがそれも、野党がタイミングよく内閣不信任案を提出すれば、森との心中を恐れる公明党や、昨年11月の「加藤政局」の時に「国民の7割が不支持の首相を支持するわけには行かない」と言い切っていた加藤・山崎両派、それに森退陣を強く主張している自民党若手などは、反対票を投じるのをためらわざるを得ないため、自民党内も連立政権内部もガタガタになって4月を待たずに退陣ということになるかもしれない。

 カバー・ストーリーで「なぜ森は辞めなければならないか」を採り上げた英エコノミスト誌2月10日号が「森はたぶん記憶にある限り最悪の日本の首相の1人だが、にもかかわらず彼のポストは安泰である。少なくとも7月の参院選の後までは、誰も毒杯を引き受けたがらないからである」と指摘したのは、2月上旬の段階ではその通りだった。しかしその後、ハワイ沖で米原潜に日本の練習船が沈められたことを知らされたにもかかわらず森がゴルフに興じていたという危機管理意識の欠如、しかもそのゴルフ場はじめいくつかのゴルフ会員権を支援者に無償提供させていたという集(たか)り体質まで暴露された後では、事態は更に深刻で、自民党は後を引き受ける者がいてもいなくても森を辞めさせることを決めなければならなくなった。自民党議員の大半も森内閣が死に体であることを十分承知しているのに、すんなりと森を代えられず、しかもその理由が、後任選びが党内対立を誘発しかねないお家事情だというのは、単に森内閣の危機ではなくて「自民党そのものの危機」(毎日新聞26日付)、「自民党政治の腐食のひどさ」(朝日新聞28日付)の現れである。

 これまでであれば、こういう時には必ずフィクサー役が現れて、一気に局面を変えて権力維持を図るのが自民党だが、それもいない。いるとすれば野中広務=前幹事長だろうが、竹下登=元首相の後ろ盾を失った彼にそれほどの神通力はなく、何よりも、昨春に小渕恵三=前首相が亡くなった時にまさにフィクサー役を買って出て、自民党としての正規の手続きも踏まずに森を後継に仕立て上げて“密室政治”と批判されたことが、そもそも森政権の躓きの始まりだったのだから、ここで同じ愚を繰り返すわけにはいかない。

●作動しない派閥力学

 さらに、どんな時でも我こそが総裁派閥となってより多くのポストとカネを支配しようと競い合うお馴染みの派閥力学も、今回は作動しにくい。亀井静香=政調会長は25日の講演で「いま森さんを引き下ろす力学は生まれない。私の派閥(江藤・亀井派)も橋本派もKSDに関しては(疑惑議員を出して)森さんに迷惑をかけているし、ここでとやかく言えば人の道に反する。堀内派は政権の支え役の古賀誠=幹事長を擁していて、あるじ殺しは出来ない」と語っている。これは、森政権を可能な限り長引かせることで自分のチャンスが出てくると思っている亀井が、橋本派や堀内派が森降ろしに動いているのを牽制する狙いから言っていることではあるけれども、KSDが村上正邦=前参院議員、小山孝雄=前参院議員(2人ともKSD事件で辞職)、額賀福志郎=前経済財政相(同事件で辞任)、柿沢弘治=元外相の直接関係者4人に渡した現金や秘書給与肩代わり分が計1億6700万円、9年間に肩代わりした自民党費が延べ63万人分=15億6000万円、KSD関連の「中小企業経営問題議員連盟」など3議連のメンバーを中心に衆参議員142人に配った陣中見舞いが計3630万円という“総汚染状態”では、お互いに他人のことなど言えた義理ではないというのは本当である。

 しかも問題はKSDだけでない。外務省機密費を省ぐるみで個人的な飲み食い・ゴルフなど遊興費に乱用していた事件では、河野洋平外相が責任をとらなければならない情勢で、そのため河野派としては彼を森後継候補として推すのをあきらめざるを得なかった。偉そうなことを言っている亀井も、数々の危ない橋を渡っていて、たまたま26日に開かれた、中尾栄一=元建設相が建設会社から6000万円の賄賂を受け取った事件の公判では、建設会社幹部が「許永中(イトマン事件の裏工作者として公判中)が亀井の事務所で3000万円を渡すのをまざまざと見せつけれられた」と証言した。KSD事件が落着したら、次は許永中がらみで亀井の身辺に捜査が及ぶという観測は前々から流れていて、彼も気が気でない。

 結局、誰がなっても7月参院選で大敗し、公明党と合わせても与党で過半数を確保できるかどうか危ぶまれる見通しの下、次期指導者をめぐって争う活力さえも失って進退窮まっているのが自民党である。

●浮上するのは誰か?

 そうは言っても、政権党が次の首相を出さない訳にはいかない。毎日の調査では、ポスト森の人気度は小泉純一郎、田中真紀子、橋本龍太郎、石原慎太郎、野中広務、高村正彦、扇千景の順で、朝日では田中真紀子、小泉純一郎、石原慎太郎、菅直人、橋本龍太郎だった。

 田中や石原は、誰でも斬って捨てる歯切れよさが評価されているのであって、少なくともこの段階で2人が首相になる条件はない。衆院62人、参院39人を擁する最大派閥の長である橋本=元首相の名が挙がるのは当然だが、彼は小渕の死後、誰もなり手がいないので、かつての竹下派7奉行の残った最後の1人としてそこに座らされただけで、派の資金の面倒を見ているわけでもない。同派を仕切っている野中や青木幹雄=参院幹事長らは真面目に橋本を推す気はない。本人も、3年前の参院選を首相として戦って敗北し退陣した訳で、またここで同じことを繰り返して、「参院選で2度負けて2度退陣した珍しい首相」として歴史に記録されることを望まないだろう。

 野中には何%かの可能性がある。彼は75歳の高齢である上、評価されているのは党内調整の力業が凄いという神話がまだ残っているからだが、反面、“密室政治”の象徴格で、選挙向けの顔としてはいかにも暗い。派内では、側近の鈴木宗男=党総務局長が強く野中を支持しているものの、微妙な力関係にある青木が野中に反対で、派が一致して彼を推す形勢にない。にもかかわらず彼の名が出るのは、古賀幹事長(堀内派)、平沼赳夫=経済産業相(亀井派)、麻生太郎=経済財政相(河野派)ら昭和14〜15年生まれの中堅実力派を中心とする派閥を超えた「世代交代画策グループ」と強い結びつきを持っていて、その後見人とも言える立場にあるためである。古賀らが野中を支持し、例え参院選後までの3カ月であっても野中政権が生まれれば、恐らく彼はそれら中堅を登用して一気に世代交代を進めようとするかもしれない。あるいは、野中がどうしても矢面に立ちたくないという時に、例えば麻生を担いで自分はキングメーカーの座を確保するという手もあるかもしれない。

 党内第2派閥=森派(衆院40人、参院21人)の会長の小泉は国民の目から見れば、望ましい指導者の1人だろう。しかし党内的に見れば、郵貯解体などという“暴論”を吐いている変人であり、とりわけ郵政族のボスである野中はじめ橋本派は彼を許容しない。13日の党大会に提案される運動方針案の「重点政策」の1つに、わざわざ「郵便局の国営・3事業一体を堅持し、地域生活拠点として新たな役割を果たすようにする」と謳っているのは、自民党の最強の選挙マシーンである特定郵便局長ネットワークに選挙を前にして媚びを売っているのだが、ということはつまり「小泉にチャンスはない」ことを党大会が宣言するに等しいことになる。また小泉は、反主流に転落した加藤紘一、山崎拓とYKKと一まとめに呼ばれる関係にあり、加藤・山崎両派としてはここで小泉政権を実現して、それをテコに失地回復を図ろうとする狙いが見え見えである。もし消去法により小泉を選ばなければならない場合、野中と古賀は彼に、YKKの完全解体(つまり加藤・山崎との絶縁)と郵貯解体論の撤回を求めるだろう。小泉はそんな屈従を強いられて敢えてこの際に権力を手に入れるつもりはないだろうから、小泉の可能性は小さい。

 第3の派閥である亀井派(35人、21人)は、村上が議員辞職に追い込まれた上、国会に証人喚問されてその後逮捕されるということで、森政権失速に多大の“貢献”をし、さらに亀井自身も危ないとあって、身動きが取れない。

 こうして糸はもつれにもつれて帆を上げることは出来ず、その間にも船底は腐って次第に浸水が始まっている。「米原潜は、えひめ丸を沈めただけでなく、森首相を船長とする日本丸をも沈めるだろう」と中国・光明日報19日付が見通したのは正しい。ところがその船内で演じられているのは、米ニューヨーク・タイムズに言わせれば「1つの政治喜劇」なのである。▲

INSIDER No.5-1《FROM THE EDITOR》編集長より

●千葉県知事選は若井さんを!

 3月9日告示、25日投票で、千葉県知事選挙が行われます。私は民主党・社民党・連合が推している若井康彦さんを支援していますので、千葉県民の皆さん、よろしくお願いします。また千葉県に親戚やお知り合いがいる方は是非「若井を!」と声をかけて頂きたいと思います。前に本文で分析したように、自民党は四分五裂の混乱の果てに、結局、岩瀬良三=前参議院議員を立てることになりましたが、自民党系の2派66人の県議たちは誰も真剣に戦おうとしておらず、逆に一部は若井陣営に接近して来ているほどです。元さきがけ・現無所属の堂本暁子=前参議院議員も一部市民グループの担ぎ出しに乗って出ましたが、正直に言って、土建王国=千葉の変革は、「環境破壊反対」を叫ぶだけではどうにもならず、若井さんのような地域計画や地元興し運動のプロフェッショナルが、従来のような開発一本槍でないとすればどういう代案があるのかを具体的に提起して、県民の力を借りて現実的な転換を積み重ねて行かなければならないと思います。例えば、長野県の田中康夫知事が「ダムを止める!」と宣言したのは立派ですが、では実際の治水対策や地域振興計画としてどういうオルタナティブが提起できるかが問題で、そういうことになると若井さんがプロであるわけで(先日、若井さんは長野に田中知事を訪ねてそのことを議論し、大いに意気投合したそうです)、私は今までになかった新しいタイプの知事として面白い仕事をしてくれるものと大いに期待しています。

●高野の当面の予定から

 3月10〜13日は阿蘇。11日には平安時代から1000年も続いている草原管理技術である「野焼き」に700人のボランティアの一員として参加し、12日にはその野焼きのための「輪地切り」(草を刈って長さ数百キロ、幅10メートルの防火帯を作る)作業が膨大な人手がかかって大変なので、それを家畜の放牧場や馬のトレッキング・コースとして普段から整備しておこうという構想があるので、野焼き後の草原で馬の試し乗りをします。

 3月の鴨川集合は、17〜18日です。果樹園の開墾やじゃがいも植え付けなどの農作業、それに第3回里山探検隊などを行います。詳しくは「鴨川自然王国」ホームページ(http://www.shizen-ohkoku.smn.co.jp/)をご覧頂くか、0470-99-9011にお電話下さい。同王国では、昨年から引き続き「棚田トラスト」「大豆畑トラスト」会員を募集していますが、今年から新たに「果樹園トラスト」会員も募集します。実がなるようになるまでは1口=年2000円で、2月末が締切ですが、まだ若干空きがありますので、ご関心ある方は同王国までお問い合わせ下さい。

 24日(土)13:00〜中央大学駿河台記念館で「山川暁夫さんの一周忌と山川暁夫=川端治論文集『国権と民権』出版記念の会」が開かれます。山川さんは本誌の創刊者で、前に本欄で書いたように私のほとんど唯一の師匠に当たる方です。ご縁のある方にはすでにご案内が行っていると思いますが、ご関心ある方、新著を早く手に入れたい方はどうぞご参加下さい。会費は本代を含めて1万円、問い合わせは3221-4668国際経済研究所へ。

 3月も講演の多い月です。公開のものをいくつかお知らせしておきます。

《講座》
▼5日(月)19:00〜中村敦夫政治スクールで「日本の平和戦略」(飯田橋連ボービル、単発受講2500円)、▼24日(土)16:00〜東京新聞文化センターで「新・世界地図の読み方/第3回」(池袋サンシャインビル)。

《商工団体》
▼7日(水)13:30〜群馬県笠懸町、▼8日(木)14:00〜盛岡市、▼13日(火)19:00〜小豆島、▼16日(金)14:00〜栃木県粟野町、▼19日(月)14:30〜愛媛県伊方町、▼23日(金)13:30〜広島県大柿町など。会員のみの場合もあるかもしれないので、各商工会議所・商工会にお問い合わせ下さい。

《農業関連》
▼15日(木)15:00〜長岡市農政課主催「農と言える日本」(パストラル長岡、無料)。▲

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