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2001年1月28日

INSIDER No.3-3《KEYWORD》オコノミスト

 1月18日付『京都新聞』のコラム「経済天気図」の見出しに「“オコノミスト”の時代」とあるので、あれっ、誤植かな?と思って読むと、そうではない。「今や経済は“個人の好み”の伝達によって動く“オコノミー”経済になった。個人はエコノミストを超えて“オコノミスト”になったと言える」という趣旨。昨今、最も信用されている情報ルートは多分、仲間同士のクチコミであり、その証拠に昨年8月に開設されたOL仲間のクチコミを集めたホームページ&メルマガが何万人もが参加する大盛況を呈しているという。人々が自分の好みを基軸にモノやコトを選択する社会になって、供給側の一方的な論理でお客は動かなくなったのだから、お客のオコノミーを掴まないとエコノミーは成り立たないわけである。

 これは正しい。モノが売れないのを不況のせいだと解説しているエコノミストが多いが、それは錯覚で、成熟先進国ともなると消費者はますます賢くなって、普段はユニクロで平気だが、ここぞという時には高価なブランドもののドレスでバシッと決めるといったふうに、メリハリのきいた選択的な消費態度をとるようになるのであって、売る側がその意識変化を捉えないとモノなど売れるわけがない。オコノミストはエコノミストの旧い尺度をとっくに超えているのである。▲

INSIDER No.3-2《MEDIAGRAPHY》「国会TV」が存亡の危機に──おかしな「スカイパーフェクTV」の態度

 CSデジタル放送「スカイパーフェクTV(スカパー)」の379チャンネルで放映されている「国会TV」が存亡の危機に追い込まれている。

 去る12日夕刻に通信衛星運営会社であるJSATおよび番組送出・顧客管理会社であるスカパー側より国会TVの田中良紹社長に対し、昨年7月から滞納している月額600万円の衛星利用料金を14日までに全額支払わない場合、同日24時をもって電波の送信を差し止めるとの一方的な通告があつた。金曜日の銀行が閉まった時間に「日曜日までに払え」ということ自体、非常識きわまりなく、しかも田中社長が取りあえず調達可能な半額を支払うと申し出たところ、「全額でなければダメだ」と突っぱねるという異様なまでの高圧的態度である。実際には、月額500円の視聴料をスカパーに払っている数千人の視聴契約者がいるので、JSATおよびスカパー側もいきなり電波を止める訳にはいかず、その後も放送は行われているが、このままでは1月末には恐らく本当に放送 中止に追い込まれることになるだろう。

 旧郵政省もスカパーの味方で、国会TVに対し、独立した放送事業者として存立することをあきらめて、スカパーの軍門に下って、スカパーへの番組提供会社として生き残ることを勧告している。「市民が政治を監視するだけでなく、政治家や専門家と視聴者との直接対話を通じて政治を茶の間に引き寄せる」ことを主眼として、国会の決定を背景にして3年前に始まったこの貴重な放送が、スカパー側の一片の通告で終息させられようとしているのは異常な事態であり、政治家はもちろんのこと、日本の政治文化の熟成を願うすべての人々が力を合わせて存続を図り、安定的な経営基盤を作り上げるようにしなければならない。

●そもそもの始ま

 国会TVは、1989年8月に当時まだTBS記者だった田中が自民党政治改革本部に 参考人として呼ばれて、政治改革の一環として米国の議会中継専門チャンネルである「C-SPAN」のようなものを日本でも作る必要があることを訴えたことに端を発し、早速同年10月の自民党「政治改革大綱」に「議会中継専門テレビ局の実現」が重点項目として盛り込まれ、翌90年3月には衆議院議院運営委員会に「国会テレビ中継小委員会」が設置されて、まさに国会自らが国民に向かって開かれたものになっていかなければならないという問題として検討が始まった。

 国営、公益法人、株式会社のいずれの形態が適切かについて、議論は二転三転しながらも断続的に7年間も続いて、結局、小委員会は97年8月「いずれの形態でもいいから早期実現が必要。12月から衆参両院は国会映像を無償提供する」と決定した。それを受けて、当時活発に活動していた財界中心の政治改革推進組織である「民間政治臨調」が経団連と連合労組を背景に民間会社もしくは公益法人を興すという有力案もあったが、経団連内部の調整がうまく行かずに実現に至らず、他方、自民党の一部には「あくまで国営でやるべきだ」という根強い意見がある中で、当時自民党の実力者だった金丸信や後藤田正晴、それに郵政省は「民間会社で行くべきだ」と田中の考え方を強く支持した。そこで田中が広く市民個人の少額出資を呼びかけて7500万円を集め、それにJSATと大手商社4社の出資2500万円を加えて計1億円の資本金で国会TVを設立、98年1月にパーフェクTVを通じて放送を開始した。

 国会TVが手本とし、また提携もしている米C-SPANは、議会審議の中継・録画を中心にしながらも、それだけではなく、重要な政策・法案についての解説・討論、コールイン(スタジオにいる政治家や解説者に視聴者が電話で意見や質問をぶつけてナマで討論する)方式の番組、各国議会の模様のVTRによる紹介などを通じて、市民が政治と議会に関心を強め、またそれを巡って闊達に議論する「自由な政治的言論の場を作る」ことを狙いとしている。自民党の一部に今も根強く残っている「国営」案では、そのような自由な番組編成を通じて市民の政治的関心を喚起することは出来ず、ただ単に国会審議風景をタレ流すことが出来るだけである。しかもそのタレ流しにしても、「国営」という立場では、同時にいくつか開かれている委員会のどれをナマ中継にし、どれを後で録画放送するかの優先順位を決めることが難しく、その点でも国営ではなく、いわば市民代表としての民間会社が独立した放送事業者として編成権を持つ方が望ましい。

 ところが民間会社方式の難点は、安定的な経営基盤を築くことが出来ないことにある。「政治を市民に近づける」という意味で大いに公共性はあるけれども、しかし放っておけば誰もが喜んで観るわけではないチャンネルを、視聴者の選択的契約に委ねて、他のニュースや映画やポルノと同列に置いて視聴率競争的な商業ベースで成り立たせるのはどだい無理な話である。そうかと言って国営では、無料で全世帯に提供することは可能だが、上述のように内容が本来の趣旨と違ってしまう。こでC-SPANの場合は、2つのCS放送系列とそれを受けて流しているケーブルTVの「ベーシック・パッケージ」にすべての契約者が必ず取らなければならないもの(マストバイ)として組み込ませ、そのベーシック料金の中からC-SPANが1契約者につき月6セント(約7円)を受け取る方法を採っている。

 国会TVも当然、そのような形にすることを目論見たのだが、当時のパーフェクTV、現在のスカパーでは、いろいろな種類のパッケージが乱立し、しかも各パッケージの中に選択制が導入されたので、事実上ベーシックの概念がなくなって、よほど政治に関心のある人だけがオプションでお金を払って観るということになってしまった。それに対して、その後登場したディレクTVは、国会TVから番組供給を受けてそれを「ベーシック」にマストバイとして編入し、10万世帯以上の全加入者から月20円を徴収した。これによって初めて国会TVは、米国同様、ベーシックによって維持される展望を掴みかかったのだが、2000年に入ってディレクTVが経営に行き詰まり、競合相手のスカパーに吸収されることになり、そのため国会TVはその10万世帯以上のマストバイ視聴者を失った。

●スカパーとのやりとり

 スカパーで放送を続けるしかなくなった国会TVは、その後も事あるごとに、月500円の視聴料で数千人の契約者しかいない状態では衛星使用料さえ払うことが出来ないこと、スカイパーフェクがベーシックを設定して国会テレビが全視聴者から月10円程度を受け取る方式にすれば問題が解決することを訴えてきた。スカパー側は、「必ずベーシックを実現するから待ってほしい」ようなことを言ったかと思えば、「放送法を改正しないとベーシックは出来ないと郵政省が言っている」とか「他のチャンネル全員の合意がないとダメだ」とかの理由でベーシックが実現不能であると説明し、その代わりにスカパーが国会TVに対し、衛星使用料600万円と加入者契約料収入300万円の差額に当たる300万円を財政支援をするので放送を続けて欲しいという提案をしてきたので、国会TVはそれを受け入れて、衛星使用料の支払いを停止したまま、国会TVとしては収入ゼロの状態で放送を続けてきた。

 ところが昨年夏に至ってスカパー側から「株式上場に伴って従来のような財政支援は続けられなくなったので、JSATとスカパーが国会TVに増資・出資して大株主になった上で両社が月額1000万円を国会TVに支援し、全世帯に無料で観せるようにしたい」との新提案があり、国会TVから見ればこれは形を変えたベーシックの実現に等しいことになるので、前向きに検討しようとしていたところ、なぜか交渉は一方的に打ち切られた。その後もしかし、どうするつもりなのか説明もないまま、放送は継続され、半年を経て、今回突然、半年分の衛星使用料3600万円を全額即刻払わなければ電波を停止するとの通告が舞い込んだのである。

 この間のスカパーの二転三転する態度とそれに対する国会TVとしての複雑極まりない交渉経過については、ここではとうてい要約し切れないので、国会TVのホームペー ジ(http://kokkaitv.com/)の中の詳しい記録を参照して頂きたい。

 スカパーと郵政省が何故ここまで頑強にベーシックという世界のCSの常識を採り入れようとしないのかは謎である。ここから先は推測でしかないが、(1)自民党の特に野中広務=前幹事長は国会TVを政治改革派の自民党批判の道具と邪推して忌み嫌っており、また同党の中には上述のように「国営」派が根強く残存する、(2)NHKは、BSこそ日本のTV多チャンネル化とデジタル化の本流という、これまた世界の常識とかけ離れた非常識を貫き通そうとしており(本誌No.462参照)、CSがベーシックを採り入れて米国並みに2000円程度で50チャンネル程度が観られるようになることを好んでいない(それとNHKの地上波・BS合わせて5000円程度の視聴料との競合関係が生じる)、 (3)今の旧郵政省主流は、かつての放送自由化推進派がすっかり排除されて再び統制 派の天下となっていて、自民党の意向に動かされやすく、また自らのBS中心のデジタル化というデタラメ方針を貫くことではNHKと結託しやすい状態にある、(4)スカパーは、今秋から運用開始する次期CSでは自ら放送事業者として乗り出そうとしているが、その際にベーシックを導入してその中に国会TVを組み入れて、現国会TVを単なる番組提供会社として組み敷いて自らが運営主体となることを望んでいるらしく、そのために何が何でも現国会TVをいったん潰そうとしているのではないか……。

●始まった支援運動

 すでに、国会TVの熱心な視聴者の一人は自ら番組出演を願い出て、「これは単なる国会中継TVではない。私たちが政治について発言できる唯一の場なんだ」と訴えて、1口1万円の募金運動を始めることを提案し、実行に移している。民主党、自由党はじめ政治家のあいだでも、国会と国民とのコミュニケーションの基本に関わる問題として真剣な検討が始
まっている。一般メディアでは1月16日付「読売新聞」朝刊 が「“国会テレビ”存続の危機/“政治改革の一助”と登場も……/衛星使用料未払いで」という記事を書いただけで、他メディアは今のところ黙殺している形だが、マスコミや政治評論に関わる人々の中には国会TVの実現に尽力してきた者も少なくないので、これから報道が現れるだろう。 それにしても月内に支払いに必要な資金を調達するのは容易なことではなく、国会TVの電波はいったんは止められることになるかもしれないが、その場合も半年間は同TVの放送事業者としての免許は有効なので、その期間内に態勢を整えて再起を図ることは可能である。これを日本の政治文化の生死に関わる問題として議論を巻き起こすことが必要になっている。▲

INSIDER No.3-1《FROM THE EDITOR》編集長より

 このところ「地元学」という新学問に凝っています。創始者は仙台在住のライター&デザイナーである結城登美雄さんで、自ら「東北の400自治体はくまなく歩いた」と豪語しているように、毎週3〜4日を費やして農山漁村を足で歩いて、そこに息づく「じいちゃんばあちゃん」の生活文化を記録した『東北むら紀行/山に暮らす、海に生きる』(無明舎出版=秋田県の地方出版社:電話018-832-5680、ホームページhttp://www.mumyosha.co.jp/)というすばらしい本を98年に出しました。地方が東京に憧れてばかりいるのでなく、自分たちの足元にある自然や暮らしや歴史を、じいちゃんばあちゃんを訪ねて昔話に耳を傾けることから始めようというのが「地元学」で、彼は仙台周辺の町や村ごとにそのような調査・記録活動を指導して、10年余りのあいだにその成果を30冊にも及ぶ小冊子として刊行しました。その小冊子の要約総集編として、地元学の会編『地元学』(新しい杜の都づくり宮城野地区協議会:電話022-291-2111宮城野区役所内)も2000年に刊行されました。

 結城さんに触発されて西の果てから地元学の波を起こしたのが、熊本県水俣市の職員である吉本哲郎さん。水俣病とその補償を求める闘いで身も心もズタズタになってしまった町をどう建て直すかという時に、「ないものねだりよりあるもの探し」──誰を恨むでも頼るでもなく、自分たちが生きている地元の自然の恵みや歴史の重みを再発見する運動を組織して、それを「水のある風景・水俣」という壮大な1枚の絵地図にまとめました。それがきっかけとなって、同市は今では全国的に注目を集める環境都市に変貌したのです。その体験は、『私の地元学──水俣からの発信』(NECコミュニケーションズ)として95年に刊行されました。また地元学の方法を教科書風にまとめた『風に聞け、土に着け──風と土の地元学』(地元学協会事務局:電話0966-67-1659)も2000年に出ています。

 昨年末から1月にかけて、『現代農業増刊』の甲斐良治編集長の紹介で相次いでお2人に会った私は、すっかり感化されて、農作業に通っている安房鴨川でもその真似事をしようと、「里山探検隊」を結成しました。これらのことは、『おとなぴあ』に連載中の「えせ田舎暮らし」コラムでちょっとだけ触れ、また3月に刊行予定の現代農業増刊「地元学」総特集にも一文を寄せましたので、ご関心ある方はお読み下さい。

 2月の高野の予定から。《帯広》2月3日から5日は豪雪の帯広で乗馬、スノーモービル、サウナ等々牧場遊びをしつつ、日甜文化村(北海道の名門企業=日本甜菜の本社工場跡地を活用して文化発信基地を作ろうという)構想、帯広エコマネー創設計画などについて相談を進めます。《鴨川》2月17〜18日は鴨川集合で、昨年収穫した大豆で味噌・豆腐づくりに挑みます。また結成間もない「里山探検隊」も地元のお宝探しに出撃します。私は「サンデー・プロジェクト」出演その他が重なっていて部分的な参加になります。参加希望者は「鴨川自然王国」:電話0470-99-9011、ホームページhttp://www.shizen-ohkoku.smn.co.jp/へどうぞ。《テレビ》サンプロ出演は11日と18日。「国会TV」金曜日夜10時の「言いたい放題」に何度か出る予定でしたが、本文記事のような次第でどうなるか分かりません。《講演》一般公開の主なものは、2日千葉県干潟町商工会、7日東京商工会議所江東支部、8日那珂湊商工会議所くらいです。10日には池袋サンシャインシティー文化センターの「新・世界地図の読み方」3回講座の第2回があります。【賢島発】▲

2001年1月 8日

INSIDER No.2-3《KEYWORD》世界法

 朝日新聞1月1日付「論壇」欄で河上倫逸=京都大学教授(法思想史)が「世界法の構築と日本の使命」という一文を書いている。あまり整理されていなくて素人には読みにくい文章だが、キリスト教を背景に欧米で成立して他の世界にも押しつけられてきた「国際法」を超越して、「世界法」を構築すべきであり、そのために日本は明治以来の脱亜入欧路線を改めて、非欧米的な価値をも取り込んだ普遍的な価値の追求に向かわなければならないというのである。

 世界法は、欧米法のみを普遍視するのでなく、ロシア、イスラム、インド、中国、アフリカなどの非欧米世界の多様な文明とその下での諸地域の法をも視野に入れて、その全体の中から真に人類にとって普遍的なものは何かを発見していくことである。その上で。各文明・地域に固有の文化や法を尊重し合うのでなければならない。非欧米的な価値とは、日本にとって身近な例で言えば「伝来の文化的・社会的慣習とされる捕鯨、漁業、野生動物の捕獲」といったことであり、それを日本に固有の「人権」の一部として尊重されなければならない……。

 まだよく理解できないが、「国際法から世界法へ」というのは、新しい問題提起には違いない。▲

INSIDER No.2-2《NEWS WATCH》“不況幻想”からの脱出──毎日新聞社説へのコメント

 毎日新聞4日付は「景気主義の呪縛から脱出/GDP型発想はもう危険だ」と題した社説を掲げた。21世紀の始まりということで、各紙とも肩に力を入れて正月の社説を打ち出している割には中身は平凡であるという中で、この毎日社説は、いま日本が陥っている最大の心理的トラウマに真っ直ぐに目を向けようとしたという意味で秀逸であり、ほとんど唯一の収穫とさえ言えるものである。

 GDPが1%か2%上がった下がったでオロオロするなという極少数意見を、93年以来ひたすら主張し続けてきた本誌の立場からすれば、ようやくマスコミの論調の内から同じ角度で砲列を揃える援軍が現れた訳で、大いに意を強くしているところである。同社説は要旨、次のように言っている。

▼景気が、日本にとって最大のキーワードになって、何年たつだろう。半世紀以上、日本はこれに振り回されてきた。……今世紀こそ景気をキーワードのトップからはずしたい。

▼あたかも個人消費というなにかの実体があり、それを活性化させないと、日本はだめになるかのようだ。政府は国民にその個人消費という怪物を活性化させるように、協力とむだ遣いを呼びかけている。……消費が増えれば、それを提供する製造業やサービス業の売上げが増え、その結果景気がよくなるという理屈だ。……だから減税する。その分貯金しないで使えという。地域振興券でばらまく。公共事業として湯水のように全国の工事にお金を使い、その資金を手にした人々が全額使ってしまうことを期待する。単純だ。

▼それでも増えない個人消費の金額は、どうやって調べているのか。国は、デパートやスーパーの売り上げや、家計調査という世界最高の緻密な家庭の消費動向調査などから類推して割り出す。デパート売り上げの半分近くが実は、個人でなく直接間接に企業の注文であることなど気にしない。個人個人はデパートに値段を見に行って、安い別の店でほぼ同じものを買っていることなど調査には出てこない。

▼国内総生産(GDP)の増減が最終的には景気のよしあしだ。そのGDPの6〜7割が個人消費だ。生産を計るGDP統計の大半を正反対の消費で調べている。初めから理論と実際はずれている。すれを修正し続けて60年。その測りがたい実は幻のようなGDPの増大を政策の筆頭に置くGDP至上主義とは、言い換えれば、幻想の政治ともいえる。その幻想から覚めること、つまり「景気」に日本のキーワードの筆頭から降りてもらうしか、この虚構の積み上げから抜け出す道はない。

▼弊害は日本中に満ちている。公金依存で倫理観を失った経済だけではない。自民党に人気が出ないのも、会社がもうからないのも、給料が上がらないのも、財政赤字が増えるもの、犯罪が目立つのも、ホームレスが増えるのも、地方都市の中心部が廃れるのも、何でもかんでも、景気が悪いせい、個人消費が伸びないせいにしてしまう。それが「責任は自分にない」の言い逃れが。政治、企業、学校、さらには犯罪の世界でまで日常化する源になってはいないだろうか……。

●歴史的尺度の問題

 日本人が戦後ずっと(50年も60年も)景気を筆頭キーワードにして生きてきたのはその通りだが、私の意見では、この言い方では歴史的パースペクティブが曖昧になる。明治から始まった日本的「発展途上国」のおよそ100年間は、GDPの量的拡大すなわち経済成長が最大の課題となり関心事となるのは当然であるけれども、すでに世界有数のGDPを持ちそれ
を基本的に維持している“超”を付けてもいいほどの「成熟先進国」に達したというのに、まだ経済の量的拡大しか頭にないという、「身体は先進国、頭脳は途上国」という分裂症状が問題なのである。

 では日本はいつから文字通りの「先進国」になったのかと言えば、経済学者はいろいろ厳密に分析するのだろうが、私はまこと大雑把に、GDPがおよそ1兆ドルに達し、その少し前に産業構造的に第3次産業=情報・サービス産業が5割を突破した1980年前後にその入口に達したと考えている。それだけの水準に達した富の力を、それ以上量的に拡大することよりも、国の内外でどう活用するかに知恵を注いで暮らしの質的な充実を図らなければならない時に、日本人はその切り替えが出来ないまま、株と土地のスパイラル的投機という筋違いの方向にその力を暴走させ、今もってその後遺症から逃れられないでいる。よく「失われた10年」と言われるが、正しくは中曽根内閣がバブルの導火線に火を着けてから15年であり、その間我々は、先進国に相応しいゆったりと落ち着いた経済観と生活=消費感覚を身につけることも、途上国型官僚主導の政策運営を卒業して新しい自由闊達な経済運営のシステムを構築することも出来ずに、ほとんど無為に過ごしてきたのである。

 何度も言ってきたことだが、5兆ドルというのはとにかく凄くて、米国に次ぐ世界で2番目の大きさであり、1人当たりでは米国と肩を並べるか若干上回るほどのものである。欧州には日本に匹敵する一国経済は存在せず、英仏独3カ国の合計と日本とがほぼ々規模である。OECD統計の2000年版は95年から99年まで5年間の各国GDPの変化を、95年の為替レートおよび物価水準を固定した数値と、各年の為替レートおよび物価の実勢のままの数値とを並べて出しているが、おおまかな傾向を見るには前者の数値のほうが分かりやすい。そこから、米国、日本、英仏独合計の数字を取り出して、5年間平均のGDPを計算し、さらに人口割りして5年間平均の1人当たりGDPを計算すると、次のようになる。

 なお、この表は前にも載せたと思うが、OECDの元データが修正されているので、最新のものから作り直した(元データ=http://www.oecd.org/std/nadata.htm)。単位は億ドル、人口は万人。1人当たりGDPはドル。

    1995 1996 1997 1998 1999 5年平均 人口 1人当たり

米国  73384 76030 79436 82928 85877  79531 26545 29961

日本  51374 53968 54829 53453 53561  53437 12586 42458

英仏独 51381 52029 53080 54402 55550  53288 19905 26771

(等幅フォントでない場合、表の数字がずれることがあります)

 99年の実勢レートおよび物価水準による1人当たりGDPは、米国33836ドル、日本34313ドル、英独仏24579ドルで、上の表ほどの差はないが、それでも日本の1人当たりは米国をやや上回る。ちなみにアジアの中で比べると、アジア25カ国のGDP総計が約8兆ドルで、日本は一国でその6割強を占める化け物的存在である。

 そのGDPが年々目に見えて縮小しているというのなら多少心配しなければならないが(それでも半分になったとして10年前、5分の1になったとして20年前の生活水準だから余り驚くことはない……と私は思うのだが)、1〜2%程度の幅で上下に微変動しながら基本的に維持されているのである以上、何もあわてふためくことはない。前号で書いたように、1%=500億ドルはソニーか日産1社の売上げ程度であり、そのどちらかもしくは両方が消滅したくらいで日本は崩壊することはない。

 しかも、20年前の1兆ドル経済の時に、国民がこぞって努力して500億ドル増産したら5%の高度成長になるが、今の5兆ドル経済の下では、同じだけの努力をしても1%の成長にしかならない。堺屋あたりが「何とか2%の成長率を」などと言っているのは、「各人がもう1000億ドル分余計に働いて、余計に消費しろ」と国民を脅迫しているに等しいのであって、不況イデオロギーに脳を浸食されていない人たちは「何を言ってるんだ。俺たちはこれ以上働いてこれ以上消費しようなんて考えちゃいないよ」と政府に背を向けて自分流の生き方を追求するだけだが、日本は不況だと信じ込まされいる大多数の人たちは、そう言われるたびに不安に陥りながら「そうか。俺たちの働きが足りないのか。もっと頑張って働いて、もっと無理して消費しないといけないんかなあ」と自分を鞭打つことになるだろう。政府の誤ったメッセージと(毎日を除いて)翼賛的なマスコミが国民を萎えさせているのである。

●消費は伸びなくて当たり前

 GDP全体がさほど伸びなくて当たり前なら、その6割を占める個人消費もそうであ る。「消費が低迷している」とか「回復が遅れている」とかいうせりふは決まり文句 になっていて、日経新聞を読めば日々の紙面のあちこちにそれが散りばめられている。しかし、何に対して低迷していて、どこへ向かって回復しなければならないと言うのだろうか。3兆ド
ルの消費は、1人当たりにすれば米国に匹敵するかそれを上回るほどの世界最高水準であり、全世界の人々が羨んで不思議はないぜいたくさである。ここでも 問題は同じで、全国民が300億ドル余計に消費すると、1兆ドル経済の下での6000億ドル消費は5%伸びるが、5兆ドル経済=3兆ドル消費は1%伸びるだけだから、そんなに何%も伸びることを期待するのが無理である。

 しかも、肝心の消費者自身が、消費の量を増やすことよりも、消費の質を高めることにますます関心を移しつつあって、詰まらないことにチャラチャラお金を使うことが減った代わりに、ここぞという時にはドーンと使うという、極めて賢い、選択的な消費の仕方をするようになってきたので、消費の総量はそうは増えない。これは、日本人もようやく成金的な消費バブルを卒業して、欧州型のと言っていいかもしれないが、成熟国らしい落ち着いた消費パターンに近づきつつあることを意味しているのであって、政府やその御用学者がおまじないのように口を揃えて唱えているように「将来が不安だから消費を抑えて貯蓄に回しているのであり、その不安さえ除けば財布の紐は緩む」と捉えるのは、間違いとは言わないまでも本質から外れている。

 さて、その個人消費をどのようにして調べた結果、「増えない、増えない」と嘆いているのかという統計手法の問題があることは、本誌もこれまで指摘してきた通りである。日本では、総務庁(1月から総務省)が行う「家計調査」が消費推計の基礎となってきた。これは全国8000世帯を無作為抽出して、細かい家計簿をつけさせて毎月集計するもので、同庁に言わせれば「世界に類例をみない緻密な調査」ということになっているが、まず第1に、欧米各国は小売り統計をベースに供給側から個人消費動向を推計するのに対して、日本では家計の支出側から推計する。欧米と同じでなければいけないということはないにしても、この独自のやり方が妥当なのかどうかは議論の余地がある。毎日社説が「生産を計るGDP統計の大半を正反対の消費で調べている」と言っているのはこのことを指しているようだ。

 第2に、サンプル数が少なく、自動車購入など大きな買物があると数値の変動が大きいので、経企庁(1月から内閣府に吸収)では「10万くらいのサンプルがないと」という意見が強い。第3に、農林漁業の世帯、単身世帯(未婚独身貴族や独居老人など)は対象外だし、共稼ぎ夫婦世帯はじめ詳しい家計簿をつける暇がない家庭や、知られたくない収入がある自営業者や資産家の金持ちはほとんど断るので、結果的に専業主婦がいる子供1〜2人の“標準的サラリーマン家庭”が中心になる。どうしても相対的に所得の高くない世帯に偏っているのではないかとの疑念がつきまとう。こうした批判に応えて総務庁は昨年から、農林漁業世帯を対象に含めることにし、また95年から始めている単身世帯収支調査のサンプルを若干増やし四半期ごとの数字を公表すると共に、家計調査、農林漁業調査、単身世帯調査を合算した「家計総世帯集計結果」を四半期ごとに発表するようになったが、いずれにせよ後2者は前者の補完・参考にすぎない。

 では消費を供給サイドの小売販売額で捉えれば正確かと言えば、そうでもない。2000年の小売統計は97年商業センサス(3年ごとに実施)をベースにしているので、ユニクロや100円ショップなどの新しい業態の急成長はほとんど反映されていない。それどころか、すでに実質的に衰退産業リストに入っていると言っていい百貨店売上げが、依然として「小売業の頂点」と位置づけられていて、すでにそれを追い抜いたスーパーや、追い抜こうとしているコンビニの売上げは副次的な扱いしかされていない(例えばDI=景気動向指数の一致系列を見るのに、小売業では百貨店の数字しか採用していない)。

 統計というのはしょせん群盲象を撫でるが如き話で、地図が生きた世界のほとんどの要素を捨象し、しかも3次元を2次元に移し替えて、或る便宜のために虚像を提供しているのと同じか、もっと現実から遠い形で、日々変動する経済活動の一面を捉えるだけのものにすぎない。ところがいったん作られた数字はそれ自体で一人歩きして、信仰の対象にさえなって、その上がり下がりに人々が一喜一憂し、振り回されるという倒錯現象が起こる。その意味で確かにGDP至上主義は幻想と虚構の上に成り立っているのである。

 ところで、経済にはGDPすなわち「お金で計算出来る経済」とそうでない経済がある。そのことを調べていくと、余計にGDP至上主義がくだらないものであることが明らかになるし、さらに言えば、むしろ我々がこれから目指すべきなのは「お金で計算できない経済」であることが分かってくる。が、そのことはいずれまた述べることにしよう。▲

INSIDER No.2-1《FROM THE EDITOR》編集長より

この「i-NSIDER」は、予告しているように、私が気分に乗っているときに書いて折に触れて出させて頂くことになるので、これはこれとして前号がNo.1、今号がNo.2ということで新規のナンバリングにして、印刷・郵送で欲しいという方には毎月1日と15日にその集成版を従来からの継続として(1月と8月はこれまで同様15日号が休みなので次は2月1日号No.465)お届けすることになります。印刷版にまとめるときには原則として加筆・修正はしませんので内容的には古くなっている場合もあると思いますが、それはあくまで印刷メディアにこだわることのデメリットとして甘受して頂かなくてはなりません。

 また、私が1年半ほど前から不定期で出してきた無料メールマガジン『農と言える日本・通信』を、今後は電子版読者には追加サービスとして送付しますが、量的にかなり膨大なので、印刷版には付加することはできませんのでこの点もご了解下さい。この通信は、鴨川での農林作業や帯広での牧場暮らし体験などの日程の告知など、関係者しか興味がないであろう部分も含まれていますが、農と食をめぐる最新の動向や政策問題を取り上げているので、その角度から日本の現状を捉える一助となるものと思います。

 正月の新聞は、21世紀の始まりということで気張った企画が出てくるかと思いきや、あんまり大したものはありませんでした。各紙が第2もしくは第3特集で「デジタルの世紀」を取り上げているのは、それなりに時代的課題の反映ではありますが、本当のところ、各新聞が系列にテレビ局を抱えていてそれが幾多の不安を抱えつつ(No.452参照)デジタル放送の過剰投資に突っ込んでいかなければならないので、何とかそれを盛り立てようという悲痛な思いから出たことで、真面目に読むに値しません。

 一連の正月社説は、読売が「国家アイデンティティの確立」を叫び朝日が「地球的市民主義」を号し、日経が「経済的構造改革」を訴えるという相も変わらぬ構図の中で、毎日の「景気主義の呪縛から脱出」(4日付)が最優秀賞というか、ほとんど唯一の収穫でした。細かい指標をああだこうだと論じて、景気が上がった下がったと一喜一憂するような
経済観が根本的に間違っているのではないかということは、本誌が何年も前から言い続けてきたところですし(No.307=93年12月1日号「組み立てが間違っている不況論」からNo.464=2001年1月1日号「2001年へ」まで)、12月24日の『サンデー・プロジェクト』でも堺屋太一前経企庁長官に「日本はGDP5兆ドルという米国に次ぐ経済規模を基本的に維持し
ていて、その富の力をどう活かすかに知恵を集めなければいけないのに、そのGDPの成長率が1%だともう日本はダメで、2%なら明るいとかいう話をいつまでもしているのはおかしいんじゃないか」と疑問をぶつけたりしました。こういう観点がマスコミに正面切って取り上げられたのは画期的であり大いに歓迎すべきことなので、本文《NewsWatch》で紹介しつつコメントすることにします。

●正月の新聞の社説以外の注目点。

▼1日付読売1面トップ「トヨタ・GM・エクソン連合、燃料電池車共同開発へ」──自動車の脱ガソリン化は21世紀初頭の最大の技術的課題と言っていいでしょう。読売がこのテーマを元日の1面トップに持ってきたのは1つの見識です。2社合計で世界の車の販売の約3割を占めるトヨタとGMが、米石油メジャーのエクソン・モービルと組んで、ガソリンから水素を取り出す方式の水素エンジン車を2003年にも市販開始して世界標準を目指そうとしているのに対し、米クライスラーや三菱自動車を傘下に抱える独ダイムラーは、米フォードと共に、よりエネルギー効率の高いメタノール方式による水素エンジン車の開発を進めていて、両社の開発競争が激化しようとしていると報じています。

 水素を酸素と反応させて電気を起こしてモーターを回すと、排出されるのは水だけで有毒ガスはほとんどゼロ、騒音もなしというこの「究極のクリーンエネルギー」が実用化すれば、車だけでなく「一家に一台」置いて、すべてのエネルギーをそれで賄いつつ、他方で発電によって生じた80度ほどの排熱を温水として回収し給湯と暖房に利用する「熱電併給システム」とすることが可能になります。

 その点に触れたのが3日付朝日の連載「技術創世記」第2回『水素エネルギー』で、「2005年をめどに50万円前後の価格で10年は持つ家庭用燃料電池を供給したい」(日本ガス協会)との見通しを伝えている。100万世帯にこれが普及すると、原子力発電所1基が不要になるといいます。これが進むと、原発だけでなく、そもそも9電力による広域的電力供給システムそのものが廃棄されることになるでしょう。これも21世紀前半の展望の1つです。なお資源エネルギー庁長官の諮問機関「燃料電池実用化戦略研究会」(座長=茅陽一慶大教授)1年余りの論議を終え2月に最終答申を出す予定です。

▼読売が3日付から始めた連載「21世紀日本企業」の「町工場から」シリーズ。東京・大田区の町工場が下請けから抜け出して世界に向かって勝負をするための武器としてIT化が役立っているといった事例が紹介されています。「中小・零細企業=下請け=かわいそう」という認識パターンを壊すことも“脱不況論”のための大事な鍵であることは、本誌が強調してきたとおりです。

▼日経「経済教室」ページ「やさしい経済学」で3日付から始まった岩井克人「近代再考──限界と可能性」は、まだ4回しか出ていないので評価は尚早ですが、なかなか面白くなりそうです。

●高野の当面の予定からいくつか。

《テレビ》今月のサンプロ出演は7日と21日。またCSデジタルTV「スカイパーフェク」の中にある「国会TV」で12日から毎週金曜日22時から「言いたい放題・金曜ナイト」が始まります。石川好(作家)、加藤秀樹(構想日本代表)、三枝成彰(作曲家)、波頭亮(コンサルタント)、宮崎学(突破者)、私などといった多彩な顔ぶれがその時々都合のつく限り入れ替わりで3〜4人が出て言いたい放題を言い、スタジオで視聴者からの質問や意見を受け付けて議論するナマ番組。

《講演》1〜2月は新春講演会シーズンで回数が多くなりますが、一般公開のもののうち主なものだけ挙げると、11日渋川商議所、12日岩井市商工会、17日春日井商議所、19日大牟田商議所、23日江南商議所、26日徳島県板野郡商工会青年部といったところでしょうか。

《教室》20日を第1回として2月、3月までの計3回、池袋サンシャインシティー文化センターで「新・世界地図の読み方」講座。

《合唱》14日に宮城県白石市の音響がいいので有名な「ホワイトキューブ」で六本木男声合唱団のうち30〜40人程度が遠征公演します。また30日には、我が合唱団の指導者であり日本を代表するテノール歌手である小林一男さんのリサイタルが開かれ、団員から奥田瑛二(俳優)、島田雅彦(作家)が“友情出演”します。

《十勝》2月3〜5日は「帯広大集合/厳寒の原野で乗馬とスノーモービルの旅」。希望者は高野までお知らせ下さい。【横浜発】▲

2001年1月 1日

INSIDER No.1《FROM THE EDITOR》麻布十番発

 あけましておめでとうございます。

 と、まあ型どおりご挨拶してみたものの、雲ひとつない元日の東京の空とは反対に、世の中はよろずメリハリのつかないどんより状態で、こんなふうに21世紀を迎えたくなかったんだよなあという苦い思いが胸につかえます。

 今日11時から官邸で開かれた年賀式で挨拶に立った森喜朗首相は「今日、天気が悪くなったらどうしようと、夕べは心配で眠れなかったが、明けてみればこの日本晴れ」と、前途が明るいことを盛んに強調し、そのためにも「一番大事なことは、公明党、保守党に支えられ、自民党が核となって、安定した政権基盤を固めることであり、3党の結束で参院選を勝ち抜きたい」と述べましたが、300〜400人ほどのお客のほとんどを占める地元=金沢からバスで駆けつけた後援会の人たちから「頑張れー!」とまばらな掛け声が飛ぶくらいで、官邸の裏庭にはどことなく空しい雰囲気が漂っていました。

 取材で官邸に行ったことは何度かありますが、首相主催の年賀式に行ったのは初めてです。暮れに森事務所から「是非お出で頂きたい」と電話があり、「せっかくのお招きですから伺います」と答えたのですが、脇で聞いていたスタッフが「インサイダーであんなに悪口を書いていて、いいんですかね」と心配顔。森さんとはほぼ四半世紀に及ぶお付き合いで、別に彼が憎い訳ではなくて、総理大臣という立場にある人間としてどうなのかということを率直に批判しているのですから、単なる悪口ではない。向こうもそのことは理解していて、本誌の電子版への切り替えも政治家の中では森事務所が真っ先に言ってくるほど熱心な読者ですから、呼ばれたら行くのが仁義というものでしょう。どうせ、来年の正月は官邸の住人は森さんではないということもありますし……。

 それにしても、官邸年賀式というのは地元後援会へのサービスなんですね。森さんも挨拶の中で「思い返せば昨年のこの日には、この庭が群馬県からの小渕後援会の皆さんで一杯になって」と思いで話をし、次いで公明党と保守党の代表、自民党総務会長(幹事長は出てこないんですね)の挨拶が終わると、司会が「では皆さん、しばらくご歓談、そして記念写真をどうぞ」と言うくらいで、おらが町の先生が総理大臣になって招待してくれたんで、とモーニングなぞ来て一緒に写真を撮ろうとする人たちでごった返して、何やら日本的政治の原像を見る思いでした。

 そんなふうですから、知り合いもあまりいなくて、Jリーグの川淵三郎チェアマンと久しぶりに会って「Jリーグの理念である市民チームとして地域社会に根付いたクラブ運営を目指しているという点で、いま面白いのは鹿島と札幌だ」というようなお話をしたのが成果と言えば成果でした。佐々淳行さんや樋口広太郎さんとも久しぶりに会いました。あとは顔見知りの政治記者の何人かと、あ、そうそう、フジテレビを辞めたばかりの露木茂さんの顔も見かけました。そんなとかころですかね。長居は無用と、12時には退席しました。

 さて、その森さんも読者であるインサイダー電子版は、取りあえずこんな形でスタートします。一応、週に1回程度を考えているのですが、この号のように身辺雑記的なことを「FROM THEEDITOR」という形でお届けすることもあるし、正面切った論評や分析を延々と記すこともあるでしょうし、何か資料のようなものをポーンと投げ出すこともあるかと思
います。

 前にもお話ししたように、月2回という時間的制約からも、1回が8ページという空間的制約からも自由になって、その時々に私が面白いと思う事柄を、極端にはたった1行でも、その日にお送りするということが電子版i-NSIDERの本旨です。

 従来通り、印刷版で送ってほしいという読者の皆さんも少なからずいて、その方々には月2回、取りまとめたものをお届けしますが、それには手間だけでなく余計な資源も費やさなければならないし、また時間が経ってほとんど無意味な情報になっている場合もあるかもしれません。が、そういう情報の受け取り方が、今時、邪道なのだということを是非ご理解いただきたいと思います。

 私たちは魚屋のような生鮮情報屋であって、本当のところ、今日仕入れた情報やその日考えたアイデアはその日の内に売り切っていまいたいのです。本誌の模索を今後ともご理解・ご支援いただくようお願いします。▲

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