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2010年8月27日

「高野孟のラジオ万華鏡」今回のゲストは上杉隆さん

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TOKYO FMJFN系全国33局ネットで大好評オンエア中の『高野孟のラジオ万華鏡』。

今回のゲストコーナーには、ジャーナリストの上杉隆(うえすぎ・たかし)さんをお迎えしました。

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昨日26日の、小沢一郎氏民主党代表選出馬意志表明を受けて、予定のテーマを急きょ変更、今、一番熱い話題に、親子ほど年の離れた2人のジャーナリストが鋭く切り込みます。

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上杉さんの登場日(オンエア日)は「8月31日[火]と9月7日[火]」になります。

お聞きのがしなく!

オンエア後は、映像も配信されますので、それについてはまた《THE JOURNAL》でご案内いたします。

番組詳細
毎週火曜日 25:00〜(ラジオ万華鏡は25:30頃)
JFN系列33局ネットで放送しています。
TOKYO FM、FM青森、FM岩手、FM秋田、FM山形、FMふくしま、FM群馬、FM栃木、FM新潟、FM長野、静岡FM、FM富山、FM石川、FM福井、岐阜FM、FM三重、FM滋賀、FM大阪、Kiss-FM KOBE(兵庫)、FM山陰(島根、鳥取)、FMおかやま、FM山口、FM広島、FM香川、FM徳島、FM高知、FM佐賀、FM長崎、FM熊本、FM大分、FM宮崎、FM鹿児島、FM沖縄

写真:2010年8月27日編集部撮影

2010年8月26日

地方紙はこれからどうあるべきか? ── 高田昌幸さん編集『日本の現場 地方紙で読む』

『日本の現場 <地方紙で読む>』(旬報社)info100826.png

 ジャーナリストで《THE JOURNAL》執筆陣としてもおなじみの高田昌幸さんと昭和女子大学講師の清水真さんが編者を担当した『日本の現場 <地方紙で読む>』が旬報社より発売されました。

 高齢化、過疎化、地域振興、農林漁業、地方政治、商店街活性化、環境、医療、平和、国際交流などなど、日本各地の地方紙29紙が取り組んだ連載報道をまとめ、東京・大阪などの都会目線からではない「今の日本の真の姿」を伝えた一冊となっています。ぜひご一読下さい!

 以下は高田さんが執筆した「まえがき」の転載です。

△   ▽   △

 もう10数年も前の、1998年の初夏のことである。サッカー・ワールドカップ(W杯)のフランス大会と記憶が重なっているから、7月だったかもしれない。
 私は当時、東京駐在の経済・金融担当記者になったばかりで、大蔵省(現財務省)や日本銀行、都市銀行などの取材に走り回っていた。前年には北海道拓殖銀行や山一証券が経営破綻し、金融不安は頂点に達していた。
 そのころの話だ。

 ある金融機関系のシンクタンクが主宰する小さな勉強会があった。全国紙の記者たちを中心に10人前後の記者が、聞き手として参加していたように思う。

 テーマは「自治体再編」である。
 昼食の弁当をつつきながら話を聞く記者たちに向かって、シンクタンクの研究員は、自らのリポートをたんたんと発表していた。クーラーの効いた高層ビルの会議室からは、皇居や都心の高層ビルがよく見渡せた。
 発表の内容は、もう覚えていない。ただ、私と同年代の、30代の彼が「5万人」を強調したことは鮮明に記憶している。おおむね、こういう内容だった。

「......これからは自治体も経営効率をもっとよくしていかなければなりません。そのためには、まず再編です。市町村を減らす。自治体の最低人口は5万人。行政サービスはそれを単位にすべきです。過疎の自治体こそ、再編統合を進め、総合病院や図書館や体育館は5万人に一つ。ここにも北海道新聞の方がいらっしゃいますが、北海道はとくに再編を進めないと......」

 そんな感じの説明だったと思う。

 質疑応答の段になって、研究員の彼と議論になった。
 北海道に行ったことありますか? あの広大な地域に病院は一つ? 図書館一つ? 北海道東部の町や村の面積は、本州の小さい県と同等というところが珍しくないのですよ。単なる数合わせ、効率重視の数字の遊びじゃないですか。

「北海道は行ったことがありません。でも訪問の経験がないから、議論ができない、将来図を描けないわけではないでしょう。それに行政サービスの低下が困るなら、都市部へ移住すればいいわけです。国民には移住の自由がありますから」

 その答えは私をいたく刺激した。

「まず、現地に行くべきでしょう。民間の一シンクタンクの研究結果にすぎないかもしれないけれど、地域を歩いて、実情を見て、地元の人たちの声をしっかり聞いて、そしてリポートにすべきじゃないですか」

 言葉通りではないが、そんな疑問を声高にぶつけた記憶がある。
 この研究員だけではない。中央の官僚や全国紙の記者も、地方で何が起きているか、現場はどうなっているかを把握しないまま、この日本のありようを論議し、決めようとしているのではないか。彼ら・彼女らはずっと、そうやってきたのではないか。
 質疑応答を続けながら、私はそんな思いが頭から離れなかった。

 勉強会の会場は、たぶん、大いにしらけていた。
 若手研究者の成果に対して、東京では発行されてもいない地方紙の記者が「まず現場を見て下さい」と、いかにも青臭い議論を吹っ掛けるのだから、当然だったかもしれない。全国紙の知人の記者たちは、その議論に対しては興味もないようで、最後まで私と彼の議論は「空中戦」だったと記憶している。

     ◆  ◆

 その出来事から5年間ほど、私の東京勤務は続いた。
 勉強会で抱いた「北海道の実情も知らないくせに」という青臭い反発は、いつの間にか脳裏から消え、一方では、日々の行動範囲がおのずと固まってきた。
 昼間は官庁街から官庁街へ、永田町から霞が関へ。夜は官僚や政治家たちを酒席に誘ったり、自宅を訪ねたり。そして「●●省は」「政府は」といった語句が主語の記事を書き続けた。振り返れば大したことはないニュースだったが、いくつかの記事については「他紙を出し抜いた」「あの口の固い幹部に『さすがだね』と言わせた」といった、ささやかな満足感も得ていた。
 そんな日々が終わったのは、再び札幌勤務となった2002年9月である。

     ◆  ◆

 札幌へ戻ってすぐ、ある取材で日本海の寒村に出掛けた。札幌から車で1時間半ほどの「厚田村」である。
 2005年に隣接の石狩市に編入されて厚田村は消えたが、行区分上の違いはどうあれ、当時も今も人口3000人ほどの寒村であることに変わりはない。
 訪ねた先は、老女が1人で住む家だった。取材自体は大した内容ではなく、すぐにメモ帳を閉じた。それから、世間話が始まった。
 息子夫婦は札幌に住んでいるのに滅多に顔を出さないこと、札幌の病院へ行くのに路線バスがたいそう不便なこと、家の周りで野菜を育てているから八百屋には行かなくて済むこと、そもそも八百屋は近くにないこと...。
 中央省庁や政治家が取材相手だった、息もつかせぬ東京の日々。ほんのこの間までそこに身を置いていた自分は、老女の話に表現使用のない感覚を覚えていた。
 とりとめもない話を続ける老女に、自分はついこの間まで東京勤務だったと告げた。すると、こんな言葉が返ってきたのである。

「わたしはね、新聞が大好き。お金はないけど、ずっと読んでます。道新(北海道新聞)をずっと読んでます。厚田のことも札幌のこともはちゃんと出てる。難しいことは分からないけれど、ずっと読んでますよ。だから頑張ってください」

 何週間か後、今度は札幌近郊の別の都市へ足を運んだ。生活保護を受給中の、母子家庭が取材先である。
 アパート1階の一番奥の部屋。日陰になっていたドアを内側から開けてもらうと、子供と大人の靴が折り重なるように並んでいる。その横に、きれいにたたまれた新聞。主の女性は40代後半だった。

「新聞は大事だと思う。生活は苦しくても道新は止めません」

 ああ、と思った。
 私は、こういう人たちのために取材して、記事を書いているのだ、と。彼女から生活保護の話を聞きながら、こういう「ふつうの人」のために、この仕事があるのだ、と。
 高層ビルでの勉強会で、若い研究者の考えに強い違和感を抱いたにもかかわらず、中央での取材を続けるうち、私はたぶん、大事なことを忘れてしまっていたのである。

     ◆  ◆

 違和感の正体は「中央の目線だけで物事を考え、決めていく」ことへの疑義だったと思う。政治家や官僚、研究者、企業家たちだけではない。全国紙や民放のキー局なども、「中央の目線」「東京の目線」に陥り、いわば高見から物事を取材しているだけではないのか。本当に「現場」を知っているのだろうか。そういう違和感である。
 それは同時に、記者は地域の足元で毎日懸命に暮らしている人々に向かって記事を書くのだという、当たり前のことを忘れかけていた自分への違和感でもあったように思う。

     ◆  ◆

 札幌近郊の厚田村などに足を運んでいた当時は、ちょうど、インターネットが爆発的に普及を始めた時期と重なってもいた。全国紙だけでなく地方紙も競うように自社のホームページを立ち上げ、拡充し、地域の実情をえぐりだすような記事や連載の掲載に着手していた。
 一時期、それらの記事をむさぼるように読むことが私の日課になった。どの記事も実におもしろいのである。すでに単行本として出版されていたり、ジャーナリズム関係の専門雑誌などで紹介されていたりと、既知の記事もあったが、大半は初めてである。
 新聞やテレビ、それに出版も、日本の情報発信は「東京一極集中型」である。「地方から全国への情報発信」はもっとあってもいいはずだが、地方発の優れたコンテンツがあっても、実際はなかなか全国に流通しない。
 だったら、一度、それをつくってみたらどうか。
 そんなことも、ぼんやり考え始めていた。

     ◆  ◆

 それから、さらに数年が過ぎた昨年5月のことだ。
 東京の立教大学に、全国各地の地方紙で働く若い人たちが集まった。大半が地方紙の記者で、それこそ、北海道から九州まで。入社3年目の若い記者が「とにかく集まって新聞や報道のことを話そう」と呼び掛け、それを聞いた人がまた別の人に呼び掛け、そうやって参加者が増えたのだという。
 20人か30人か、参加人数は忘れた。しかし、たまたま、その席に呼ばれた私は、彼ら・彼女らがそれぞれに持って来た新聞記事や取材話に圧倒されてしまった。
 地域崩壊、高齢化社会、医療問題、農業の先行き、成り立たない林業、貧困と格差、戦争と平和の問題、自治体合併の光と陰......。内容は多岐にわたり、正午すぎに始まった集まりは夜の席へと流れ、一部の参加者は終電が終わっても話を続けていたように思う。
 地域には、これだけの問題と、これだけの取材テーマがある。そして、それぞれの地域から逃げ出すことができない地方紙は、それこそ、地べたにはいつくばって懸命に取材を続け、実際に地道な報道を続けている。
 その当たり前のことを、彼ら・彼女らが持ち寄った記事や取材の話によって改めて思い知らされた。
 そして、その場に居た立教大学教員の清水真氏(現・昭和女子大教員)とも種々の話を交わした結果、「現場発」「地方発」「ネットワーク」などをキーワードとして、本書が生まれることになった。

     ◆  ◆

 地方紙が良くて全国紙は良くないとか、そんな話ではない。
 本書を貫く考えは「地方紙の優れた記事を全国の人に読んでもらいたい」「東京発信の記事では見えてこない、地方の実情、すなわち『日本の現場』を知ってもらいたい」という、極めてシンプルなものである。
 各地の地方紙を読み込んでいくと、各地域にそれぞれ固有の問題が、実は日本のあちこちで起きていることが分かる。地域固有の出来事が、実は日本社会全体に問題の根を広げていることも分かる。
 一方、2000年前半と違い、各新聞社は無料で閲覧できる記事をホームページ上から次第に消すようになってきた。新聞社も営利企業である以上、独自コンテンツの無料開放を続けることには限界がある。記事への課金を模索する姿勢は当然のことでもある。
 ただ、地方紙の優れた連載記事がホームページ上から消えて行くに従い、残念な思いも募った。
 「東京発」ではない、「地方発」の記事群が映し出す「日本の現場」。地方に根を張った、プロの記者がえぐり出した「日本の現場」。そうした記事群を市民が広く目にする機会が、次第に少なくなってきたことは間違いないからだ。

     ◆  ◆

 こうした経緯を経て生まれた本書は、日本の地方紙30紙の連載や単発記事を収容している。
 記事の選択は、私と清水氏が中心になり、旬報社の編集担当者も加わる形で進めた。選択に際しては、分野の重複をなるべく避けると同時に、日本社会の実相を射抜くような記事を選ぶよう心掛けたつもりである。
 日本の地方紙は、都道府県をカバーするような主要紙だけでも40紙以上ある。都道府県よりも小さなエリアをカバーする「郷土紙」も数多い。何をもって「地方紙」とするかは議論も分かれようが、本書では都道府県をカバーするような「県紙」、それよりも若干拾い地域をカバーする「ブロック紙」(北海道新聞、中日新聞・東京新聞、西日本新聞)を対象とした。
 選択の対象とした期間は、おおむね2008年末から2009年11月ごろまで、である。
 記事選択の実務は、地味な作業の連続だった。国会図書館に足を運んで過去の新聞をひもといたり、研究者に声をかけて印象に残った記事を教えてもらったり。地方紙の記者仲間からも多くの情報を伝えてもらった。
 そうやってピックアップした数百本の記事を読み込み、選んだ結果が本書に収容されている。

 すでにお分かりのように、本書は「コンテスト」ではない。それぞれの記事は、編者の、ある意味、一方的な判断で選ばれたにすぎない。当然のことながら、ここに収容されなかった記事にも、優れた内容のものは数多くある。ピックアップした記事についても、最終的には種々の理由で本書への収容を断念したものが少なくない。
 また、あらかじめ編者が記事を選択する形ではなく、各地方紙に自由に自社の記事を選んでもらったら、本書の内容は、まったく違った内容になったはずである。
 私自身は今回、記者として地方紙に身を置きながら、一読者として各紙の記事を読み、書籍に編む立場になった。同じ地方紙で働く多くの方々に対しては、ある意味、非常に不遜な行為だったかもしれず、最後まで、居心地の悪さが消えなかった。その思いは、この先も消えることがないと思う。
 この「不遜さ」については、地方紙の記事を重層的に紹介し、地方紙の存在を改めて市民に知ってもらう本書を世に送り出したことをもって、ご容赦を願うしかない。

△   ▽   △

■主な収録記事一覧

北海道新聞 「議員の仕事」
デーリー東北 「翔けブレイズ アジアリーグ挑戦」
デーリー東北 「江古田の郷 八戸市学生寮の軌跡」
岩手日日新聞 「平泉の文化遺産 世界登録へ再挑戦」
河北新報「保育の深層」
福島民報「ものづくり脈々 逆風に挑む福島の技」
茨城新聞「あすへの教訓・臨界事故10年」
茨城新聞「介護力・現場はいま」
下野新聞「明日どこへ ルポ陸自宇都宮駐屯地」
東京新聞「公共事業を問う」翻弄される人びと
東京新聞「突風 彩の国の選択」
千葉日報「ナリタ30年 地域と空港 新たな関係へ」
神奈川新聞「長寿都市」第1部
山梨日日新聞 「あの日の記憶 昭和34年災から50年」
北日本新聞 「地域再び」
北日本新聞 「夕陽を織る」
北國新聞「漆はジャパンである」
岐阜新聞「命をつなぐ 岐阜の医療現場から」
静岡新聞「浜岡原発の選択」
静岡新聞「渡海の旅路」
中日新聞「結いの心」 眠らぬ街+読者からの反響
中日新聞「農は国の本なり」
中日新聞「イラクと北朝鮮 07参院選 安保の現場」
山陽新聞「あすへの約束 超高齢化社会のケア」
中国新聞「ブラジル移民100年」
中国新聞「岩国基地問題 自治の役割」
徳島新聞「もんてこい」
愛媛新聞「次世代に架ける橋 しまなみ開通10年」
高知新聞「500人の村がゆく」
高知新聞「空の間隙 ボンバル機事故からの探求」
西日本新聞「わたしたちの九州」
西日本新聞「裁きのあと 刑罰を考える」
佐賀新聞「MOX玄海へ 迫るプルサーマル」
熊本日日新聞 「終の棲家」の行方
熊本日日新聞 「分社化の思惑・チッソ 責任の行方は」
熊本日日新聞 「水俣病特措法の問題点 取り組むべきは根本解決」
熊本日日新聞 「川辺川ダムは問う」第1部
宮崎日日新聞 「記憶の灯火絶やさず 63回目の終戦記念日」
南日本新聞 「トカラ皆既日食 挑む・海の集落」
南日本新聞「故郷かごしま地域再生」第5部
沖縄タイムス 「沖縄が揺れた日・普天間移転をめぐる14年」
沖縄タイムス 「もう一つの学校」
琉球新報「県内移転反対県民大会」「社説 沖縄のうねり」、「透視鏡 県内移設反対県民大会」「金口木舌」

2010年8月23日

若松孝二×高野孟:忘れるな、これが戦争だ

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 TOKYO FM・JFN系で大好評オンエア中の『高野孟のラジオ万華鏡』。

 今月のゲストコーナーには映画監督の若松孝二(わかまつ・こうじ)さんをお迎えし、寺島しのぶ演じるシゲ子と四肢を失い戦争から帰ってきた久蔵との夫婦を通して戦争の愚かさと悲しみを描いた最新作「キャタピラー」について語っていただきました。

 若松監督が描きたかった「戦争の本当の姿」とは何なのか・・・ ぜひお聴きください!

★   ★   ★

【ネット配信中!】
■若松孝二×高野孟:忘れるな、これが戦争だ(mp3)
http://pod.jfn.co.jp/people/scope/dl/takano_59.mp3
※音声が視聴できない場合は「右クリック→ファイルを保存」を選択してください

★   ★   ★

《映画プログラム》
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『若松孝二 キャタピラー』


《映画「キャタピラー」予告編》

芸能リポーターの梨元勝さんが死去

 芸能レポーターで《THE JOURNAL》ブロガーでもある梨元勝さんが肺ガンのためご逝去されました。享年65歳でした。

 梨元さんは「恐縮です」の決めゼリフとともに数々の芸能ニュースのスクープを連発。お茶の間でも人気の芸能レポーターでありながら、テレビ局がおそれるジャニーズ事務所批判も堂々と行うなど、気骨のあるジャーナリストでもありました。

 今年6月には肺ガンであることを発表。厳しい闘病生活を送りながらも病室から取材活動を続け、最後まで現役のレポーターとして活躍しました。

 ご生前のご功績を偲び、心からご冥福をお祈りいたします。

【関連記事】
■梨元勝さんが死去、65歳(産経ニュース)

※以下の動画は、肺ガンの発覚直後の今年6月に《THE JOURNAL》が行ったインタビューの模様です

2010年8月 5日

PTAは「新しい公共」を切り拓けるか 8月7日(土)10:00〜

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 生涯学習のまちづくりを実践してきた秋津コミュニティ顧問・岸裕司(きし・ゆうじ)氏をはじめ、《THE JOURNAL》主宰・高野孟も呼びかけ人になっているPTAに関するフォーラムが8月7日(土)に開催されます。

 政府の「新しい公共」宣言では、「PTAの活性化によるコミュニティ・スクール(「学校運営協議会」制度)への道」が提唱されました。

 「寺脇研氏(京都造形芸術大学教授)や川端裕人氏(作家)と『新しい公共』とPTAをテーマにフォーラムを開こうということになりました。秋津コミュニティの実践例を紹介する予定ですので、ぜひ参加していただければと思います」(岸裕司)

【関連記事】
<インタビュー>岸裕司:「新しい公共」を問う─学校を365日開放してスクール・コミュニティを目指そう!(NewsSpiral)

* * * * *

<日時>
2010(平成22)年8月7日(土曜日)9:30受付、10時開始-16時終了

<会場>
福武ラーニングシアター(東京大学本郷キャンパス内)赤門入って左20mの建物地下1階

<参加費>
500円(予定・資料代)

<連絡先>
〒113-0033 東京都文京区本郷1-30-16-402
(株)パンゲア・岸裕司
TEL:03-5689-5711
FAX:03-5689-5710
E-mail:pangea@pb3.so-net.ne.jp

<フォーラム詳細>
http://pta-forum.seesaa.net/

2010年8月 2日

第7回 居酒屋田中塾開催決定! 8月24日(火)19:00〜

【8/23 追記】
23日現在でまだお席の余裕があります。ご希望の方はぜひお申込みください! もちろん、友人・知人を誘っての参加も大歓迎です!

★    ★    ★    ★

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みなさま、お待たせいたしました。

《THE JOURNAL》の人気コラム『国会探検』でおなじみの田中良紹さんによる「居酒屋田中塾」の第7回日程が、8月24日(火)に決定しました!

場所は前回と同じく、《THE JOURNAL》編集部イチオシの店「宮崎焼酎 弦月」で行います。

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田中良紹さんによる「政治の読み方・同時進行編」を、美味しいお酒と共に。

ぜひ、奮ってご参加下さい!

*   *   *   *   *

【日時】
2010年 8月24日(火) 19時〜20時半

【会場】
宮崎焼酎 弦月 六本木店

【URL】
http://r.gnavi.co.jp/a301800/

【住所】
東京都港区六本木7-8-16 小河原ビル1F

【アクセス】
都営大江戸線六本木駅 7番口 徒歩1分 
地下鉄日比谷線六本木駅 4A出口 徒歩3分 

【会場の電話番号】
03-3403-1013

【参加費】
3,000円(ビール・おつまみが付きます)
※20時半以降は店のご厚意により宴会(実費)が可能です。ご希望の方は入場の際にお申し付け下さい。

【申し込み方法】
下記URLから必要事項にご記入の上、記入欄に「年齢・ご職業・TEL」を明記してお申し込み下さい。(記入に不足がある場合、正しく受け付けることができない場合がありますので、ご注意下さい)
http://www.the-journal.jp/t_inquiry.php

【地図】

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■「宮崎焼酎 弦月」店内風景

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↑ ゆったりとした雰囲気の店内

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↑ 焼酎の種類も豊富

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東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
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INSIDER(インサイダー)
http://www.smn.co.jp/insider/

株式会社ジェイトランス
http://www.jtrance.co.jp/





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