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砂川の政教分離訴訟、12月2日に最高裁大法廷で口頭弁論
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砂川の政教分離訴訟、12月2日に最高裁大法廷で口頭弁論

北海道砂川市の市有地に神社が存在しているのは、憲法20条、89条に規定する「政教分離」原則に違反するものとして争われている砂川政教分離訴訟の上告審は最高裁大法廷に回付されていたが、12月2日に口頭弁論が開かれることとなった。

この訴訟は二つの訴訟からなり、ひとつは、砂川市の空知太連合町内会が市からの補助金で建設した町内会館の中に空知太神社が設置され、「市が無償で土地の使用を認めていることは憲法に違反する」ものとして、2004年3月、2人の住民が市長を相手に、札幌地裁に提訴したもの。1審の札幌地裁、2審の札幌高裁はともに住民の主張を認め違憲の判断を示した。これを不服として市側が最高裁に上告している。

もうひとつは、原告らが提訴後に富平地区にも市有地にも神社施設があることに気付き、2005年6月に提訴したもの。市は急遽地方自治法260条の2を適用、同地区の町内会を「地縁団体」とし、その土地を無償で譲与、住民側は、市は返還請求をするべきだと訴えているもの。1、2審とも原告側の主張は退けられ、住民側が上告した。

「政教分離」というと、1960年代に、創価学会、公明党が「政党」と「教団」の分離をそのように表現しため、間違った認識が広がっている。憲法にいう「政教分離」は、「国家」と「宗教」もしくは「宗教団体」の分離を規定したもので、平たくいえば、行政と宗教の分離というところだ。

この規定は、明治憲法下で国家が神社神道を利用して、全体主義、軍国主義に走ったことから、戦後の憲法で厳格に規定されたもの。その意味からも、この裁判が注目されるところだ。

関連記事
「政教分離厳格に」砂川の神社訴訟 2万3000人署名
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/192757.html
砂川の神社住民訴訟:原告支援団体が最高裁に署名簿--13日に
http://mainichi.jp/hokkaido/shakai/news/20091007ddlk01040262000c.html

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

難しい事は良く分かりませんが、前期高齢者の古い考えかも知れませんが、宗教と政治は変にこじつけてややこしくしない方が良い場合も有るのではないでしょうか?

昔、わが静岡県の県立高校が甲子園に出場する事で野球部員が某神社に全員でお参りしたところ、県立高校の者が神社に参拝するのはおかしいと新聞・テレビで報道された。この場合、高校生は宗教としてお参りするのではなく、昔からの習慣・神頼みで、結婚式で神前結婚・仏前結婚・教会結婚の類で、結婚式を上げる多くの若者は特に宗教を考えていないものと思われますが、、、。

 古い寺社等を文化財として保護するのと同様、伝統ある地域の宗教的建造物を、自治体が保存、維持することにそれほど違和感を感じません。梅光さんの言う高校野球の必勝祈願等は、私の地元でも行われています。生徒に強要しているのであれば問題があるでしょうが、私自身は違和感はありません。しかし、それは私自身が無頓着なだけであって、クリスチャンの方などは一神教ですし、どうなんでしょうね。

梅光 様

では政治家の靖国参拝も国家神道を信仰してのものではないからOKとおっしゃるのでしょうか。

両者とも面倒な話になっているのは、次の2点が絡み合っているからだと思います。

1)神社が宗教施設であることは明らかなのに、神社が設置されている土地の使用申請者は自治会(地縁団体)だということ。

2)自治会が神社を自治会館として使用していると主張していること。

第1点については、自治会が無償譲与された、または無償で使用を許可された土地内に、神社を建てたことに対して、市が目的外使用であるとして自治会を訴えればいい話です。
市が目的外使用を認識しているのにもかかわらず、何ら措置を取らなかった場合は、市民が市を訴えればいいわけで、本件はこれに該当します。

第2点については、その建物が神社としての機能を持っているかどうかが論点になると思います。
空知太会館については、鳥居や祠があること、神社と明記されていること、参道らしきものがあること等から、神社としての機能を有するとの裁判所の判断が示されています。
富平神社についても同様だと思いますが、裁判所は違法ではないと判断しています。その根拠はよく解りません。

Hirofumi 様

私の父は私が4歳11ヶ月の時にサイパンで名誉(?)の戦士をしました。そして靖国神社に祭られております。戦前・戦後の大変な時代に女手一つで、6歳、4歳、2歳、0歳の4人の子供を育ててくれた母も家の近くの交差点でわき見運転で信号無視の車にはねられ12年前に亡くなりました。それ故、ほぼ毎日仏壇に手を合わせております。お墓参りにもしばしば出掛けています。だからといって、私は仏教徒でも有りませんし、どちらかと言うと神も仏も信じない無宗教者です。これまで靖国神社に2回しかお参りしていません。一度は結婚してすぐに家内と出掛けました。おそらく父に報告したかったのでしょう。もう一度は東京見物の一箇所として行きました。参拝したとの感覚はありませんでした。 母は全く神や仏を信じていませんでした。父を戦場に送り出した時を毎日神様や仏様に「どうか無事で帰って来て下さい」と拝んだみたいですが、それもかなわず、考えが変わり、超現実論者になったみたいです。「過ぎた事は言うな!」「死んだものは生き返らない」と言われたものです。

前置きが長くなりましたが、政治家が自分の信念で参拝するのは問題ないと思います。もちろん参拝を宗教的な物ととらえて、それを政治に利用しようとするのはよくないとは思いますが、、、。今の大多数の国民はそんなに難しく考えていないのではと思います。テレビの記者が「大臣、この参拝は公人ですか?私人ですか?」と毎年尋ねるが笑ってしまいます。何て記者はアホなのかと、、、。毎年同じ事を聞いて、、。
政治家は公人であるのは当たり前ですが、個人として政治家になる前から参拝していたり、肉親などが靖国に祭られていれば尚更です。戦後60年以上も経ち、日本が戦争をしたという事すら知らない若者も大勢おります。靖国神社に参拝したら直ぐ軍国主義に結びつけるのはいかがでしょうか?

靖国神社にお参りしたい人はお参りして、したくない人はお参りしなければ良いのではないでしょうか?

お参りを強制するのもいけないが、お参りさせないのも逆にいけないのではないでしょうか?

結論を言えば、私はどちらでも良いと思います。私は毎日仏壇に手を合わせ、お彼岸・お盆にはお寺参り、正月にはお宮参り、孫の七五三にもお宮参り、家を建てる時にの地鎮祭には神主さん、従業員の結婚式には教会にと何の宗教的な考えも無く行っております。

Hirofumi 様

私の父は私が4歳11ヶ月の時にサイパンで名誉(?)の戦士をしました。そして靖国神社に祭られております。戦前・戦後の大変な時代に女手一つで、6歳、4歳、2歳、0歳の4人の子供を育ててくれた母も家の近くの交差点でわき見運転で信号無視の車にはねられ12年前に亡くなりました。それ故、ほぼ毎日仏壇に手を合わせております。お墓参りにもしばしば出掛けています。だからといって、私は仏教徒でも有りませんし、どちらかと言うと神も仏も信じない無宗教者です。これまで靖国神社に2回しかお参りしていません。一度は結婚してすぐに家内と出掛けました。おそらく父に報告したかったのでしょう。もう一度は東京見物の一箇所として行きました。参拝したとの感覚はありませんでした。 母は全く神や仏を信じていませんでした。父を戦場に送り出した時に毎日神様や仏様に「どうか無事で帰って来て下さい」と拝んだみたいですが、それもかなわず、考えが変わり、超現実論者になったみたいです。「過ぎた事は言うな!」「死んだものは生き返らない」と言われたものです。

前置きが長くなりましたが、政治家が自分の信念で参拝するのは問題ないと思います。もちろん参拝を宗教的な物ととらえて、それを政治に利用しようとするのはよくないとは思いますが、、、。今の大多数の国民はそんなに難しく考えていないのではと思います。テレビの記者が「大臣、この参拝は公人ですか?私人ですか?」と毎年尋ねるが笑ってしまいます。何て記者はアホなのかと、、、。毎年同じ事を聞いて、、。
政治家は公人であるのは当たり前ですが、個人として政治家になる前から参拝していたり、肉親などが靖国に祭られていれば尚更です。戦後60年以上も経ち、日本が戦争をしたという事すら知らない若者も大勢おります。靖国神社に参拝したら直ぐ軍国主義に結びつけるのはいかがでしょうか?

靖国神社にお参りしたい人はお参りして、したくない人はお参りしなければ良いのではないでしょうか?

お参りを強制するのもいけないが、お参りさせないのも逆にいけないのではないでしょうか?

結論を言えば、私はどちらでも良いと思います。私は毎日仏壇に手を合わせ、お彼岸・お盆にはお寺に出掛け、正月にはお宮参り、孫の七五三にもお宮参り、家を建てる時の地鎮祭には神主さん、従業員の結婚式には教会にと何の宗教的な考えも無く行っております。

靖国神社の最大の問題点は、戦没者がどの宗教を信じていたのかなどを全く無視している点です。

例えば、一神教であるイスラム教やキリスト教の信者である戦没者が、勝手に神社で「神」として祀られたら、とんでもない迷惑です。自ら神を冒涜していることになるのですから。これは、憲法で保証されている信教の自由を侵すものです。他の宗教にも同様のことが言えます。

宗教色のない、戦没者の安息を願う施設であれば、このような問題は起こらないのです。

 広橋様のブログを拝見して、大変にその宗教ウォッチングについて、興味と関心を抱きました。
 この砂川政教分離訴訟については、同提訴の年に偶々、国立大学信州大学の国有地上、旭本部キャンパスに、宗教法人京都伏見稲荷神社の文祀、白翁稲荷大明神神社があって、大学キャンパスの隣に大天白七福稲荷大明神神社があり、これらの政教分離違憲判決を、東京高裁で政教分離違憲確認の判決として、この確定判決、またその法理などを、原告及び弁護士らに求められて、提供いたしまして、証拠採用されました。
 その訴訟支援と協力を依頼され、現地の神社祭典写真、その他、わたしの資料データなどを、提供した経緯でした。
 念のため、わたしのWebSiteは、
 http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/professor
です。
 なお、松本市内の同様な、巾上緑地公園が一級河川の国有地上にあって、その中に神社があり、また公園に公職選挙法のポスター掲示場が設置され、宗教行為の例大祭を巾上町内会の宗教法人が、挙行して来た。
 もっか、この国家賠償法訴訟、住民訴訟を提訴して、係争中です。

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Profile

廣橋 隆(ひろはし・たかし)

-----<経歴>-----

1949年7月22日生まれ。
1975年4月中央大学文学部卒業、同時に新宗教新聞社入社。
編集記者として、新宗教教団の動向を取材。
守備範囲は新宗教界にとどまらず、伝統仏教、神道界にも及び、宗教と社会問題の接点を幅広くフォローしている。
1995年4月から、同紙編集長。2009年7月、定年退職。
2002年3月専修大学大学院経済研究科修士課程修了、社会政策論専攻。

BookMarks

-----<著書>-----


『戦争と追悼』
2003年8月、八朔社、共著

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