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2011年10月31日

「日本一新運動」の原点(78)── ロッキード事件の捜査と裁判の不条理

 平成21年3月3日、西松事件で大久保秘書が逮捕された一週間後、私は小沢一郎氏に会いにいった。その時、この事件は「ロッキード事件」のように小沢氏が狙われていると確信して、私の著書『ロッキード事件「葬られた真実」』(講談社)を手渡した。小沢氏は「参考にさせてもらう」と受け取り、その後、乗用車の後部座席に同書が置いてあるのが、テレビに撮されていたのを、憶えている方があるかも知れない。

 この著書は平成18年7月、「ロッキード事件」から30年が過ぎて、何故、田中元首相が逮捕されたか。三木首相や中曽根自民党幹事長が、何を企んでいたのか、そして当時の検察や裁判所が、田中元首相逮捕にわが国の憲法以下の法令に違反してまで拘った理由は何か。何故、前尾繁三郞衆議院議長は衆議院の解散を阻止することに政治生命を懸けたのか、などを執筆したものである。

 何でこのような出版をしたのか。私は「ロッキード国会」の頃、衆議院事務局から出向して、前尾議長の秘書を務めていた。前尾議長は議長就任10ヶ月前まで法務大臣であった。衆議院議長になっても、法務・検察の関係者が指導を求めてしばしば来訪していた。三木首相は「椎名・前尾」ラインで政権に就いた関係で、前尾議長に頭が上がらなかった。

 「ロッキード事件」が発覚するや、「ロッキード国会」といわれる大混乱となった。法務省や検察関係者は、前尾議長を利用すべく非公式に接触してくる。三木首相は、私恨を「キレイゴト」で糊塗し「田中排除」という権力闘争を仕掛けてきた。野党は事件を政治的に利用して国会審議に応じない。私は、こんなことで国家が維持できるのかと思い立ち、「ロッキード国会覚書」というメモをつけていた。この覚書を中心に、ロッキード事件で田中元首相の鎮魂のため、逮捕されて30年という時が流れた平成18年7月に刊行したわけだ。

 この本には、事件当時にはわからなかった重大な新情報を書き込んでおいた。児玉誉士夫証人が何故国会に出頭できなかったのか、という問題である。児玉証人の国会証言が実現していれば、田中元首相への捜査も大きく変わったと思う。児玉証人を廃人同様にして、国会に出頭させないようにした大きな政治権力の動きがあったことを具体的に書いた。

 朝日新聞社会部がそれを知り、出版予定日に特ダネで報道するといい、前夜、確認のため私に記事のゲラをファックスで送ってきた。ところが、深夜になって担当記者から「上からの指示で、報道しないことになった」と連絡があった。

 この時既に、朝日新聞には問題があったのだ。

 著書では、2つの側面から田中元首相は無罪であったと主張している。ひとつは、憲法を始めとして刑事法上の「無罪」であること、もうひとつは政治的・社会的にも「無罪」であること、である。

 この本を講談社は廃刊にしているが、「小沢問題」の真相解明にもなることから、文庫本で再刊するよう「メルマガ・日本一新」の読者の皆さんから働きかけていただきたい。(田中元首相を逮捕する証拠はなかった)

 「ロッキード事件」とは、全日空ルートで5億円、児玉ルート(対戦哨戒機P3C)で約21億円のワイロが、日本の政界に流れたというものだった。全日空ルートで田中元首相が逮捕されたわけだ。児玉ルートでは当時の中曽根幹事長に疑惑があったが、児玉氏が国会に証人として出頭できない状態となり、このルートでの捜査は脱税で終わった。

 この事件は米国上院多国籍企業小委員会で火がついたもので、証拠資料に類するものはほとんど米国側にあった。日本の国会は真相究明のため国会決議までして、米国上院に資料の提供を要請した。三木首相は政敵・田中角栄を倒すべく、フォード大統領に親書まで送り資料の提供を要望した。その結果、米国司法省と日本の法務省で「日米司法取決め」が行われ、米国の捜査資料が日本の捜査当局に提供されることになる。これは田中首相を逮捕するための国家間の条約であったが、三木首相と検察当局は「法執行について相互援助のための手続」と主張した。本来なら国会の承認が必要であり、憲法違反の行為であった。大量の捜査資料が米国側から提供され、必死の捜査を行ったが、田中元首相を逮捕する証拠となる捜査資料は何ひとつなかった。(最高裁のマッチポンプ。刑事免責の嘱託尋問問題)

 米国側から提供された捜査資料には、田中元首相を逮捕する証拠がなく、捜査は壁に突き当たる。そこで検察がしぼった謀略は、ロッキード社のコーチャン副社長らに刑事免責(起訴しない)を与えて、米国連邦地裁に尋問を嘱託して、その調書を証拠に田中元首相を逮捕することであった。これは日本の憲法と刑事法規で容認されていないやり方だ。

 これが実行されるまでの動きを時系列でみると問題の所在がわかる。

(1)昭和51年6月3日 ワシントンで三木・フォード日米首脳会談。(堀田検事らのシナリオで嘱託尋問実現に利用したもの)

(2)同年7月2日 米国連邦高裁が、嘱託尋問は非公開で行うが、証言調書は日本の最高裁がルールなどによって「刑事免責」を保証するまで引き渡さないことを決める。

(3)同年7月6日 ロサンゼルスの連邦地裁で、コーチャンの嘱託尋問が始まる。翌七日の尋問で、初めて田中角栄との関係を証言。

(4)同年7月24日 日本の最高裁裁判官会議で、コーチャンらに対して、「不起訴の宣明書」を発出することを決める。直ちにロサンゼルスの連邦地裁に提出され、同日、コーチャンらの証言調書が日本の捜査などで使用できることになる。

(5)同年7月27日 東京地検は田中角栄前首相を外為法違反で逮捕。

(6)同年8月16日 田中前首相、外為法違反と受託収賄の容疑で起訴。

 かくして、「ロッキード事件」は企てられて「ロッキード裁判」となった。逮捕から7年と3ヶ月過ぎた昭和58年10月12日、東京地裁は「懲役4年、追徴金5億円」の実刑判決を下す。直ちに控訴するも、昭和62年7月、東京高裁は一審判決を支持。この間、田中元首相は昭和60年2月27日脳梗塞で倒れ、長い闘病生活に入り、平成5年12月16日死去。

 田中元首相の死から1年2ヶ月過ぎた平成7年2月22日、最高裁はロッキード裁判「丸紅ルート」で、元丸紅役員の桧山・榎本両被告の上告を棄却した。がしかし、最高裁はここで重大な決定をした。それはコーチャンおよびクラッターへの刑事免責した嘱託尋問調書には「証拠能力がない」と判決したのだ。

 この時期、私は参議院議員になり法務委員会の理事であった。最高裁の判決に「法の支配の崩壊」と「司法権の不条理」を感じ、参議院法務委員会で法務省当局を追及した。質問の趣旨は、最高裁の裁判官会議が「刑事免責で証拠として使うこと」を容認しておいて、最高裁の最終判決で、その証拠とされた調書を「証拠能力を否定」するという矛盾をどう考えるか、というものであった。

 法務省当局は、「相当な智恵を出した捜査手法で得た調書の証拠能力が否定されたことに、いささか戸惑いを覚えている」との答弁だった。私は「嘱託尋問調書に証拠能力を与えたり、その一方では否定するという最高裁の異なった判断は、日本の司法制度そのものの信頼性、根本問題に関わるものだ」と糾弾しておいた。

 小沢氏の陸山会事件と問題の内容は違うが、検察や裁判所の発想や、手法は当時と同根・同質である。自由主義世界では、司法の基本である「推定無罪」が、ロッキード事件において冒涜されていたのだ。

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2011年10月15日

「日本一新運動」の原点(77)── 小沢氏の初公判での主張について

■小沢氏の初公判での主張について

 10月6日(木)の小沢氏の初公判での主張は、日本の議会民主主義と基本的人権を踏みにじった国家権力に対する、有為な政治指導者の痛烈な警告であった。司法権がこれにどう対応するのか。わが国は暗黒の「司法ファシズム」を深めていくのか、それとも真の民主主義や、議会民主政治を確立できるのか、その瀬戸際に立たされている。これまでも繰り返し警告してきたが、おかれている状況はきわめて重要な事態を迎えているので、小沢氏の主張を中心に、憲法上の問題を整理しておく。

 第1点は、憲法14条の「法の下の平等など」の問題である。小沢氏は主張の中で、「政治資金規正法が制定されて以来、数え切れない報告間違いなどがあっても、実質的犯罪を伴わないものは、例外なく収支報告を訂正することで処理されてきた。陸山会事件が立件された後もそのような処理で済まされている。唯一、私と私の資金団体、政治団体、政党支部だけが、一昨年の3月以来、一年余りにわたり、実質犯罪を犯した証拠もないのに東京地検特捜部によって強制捜査をうけた。何故、私のケースだけが単純な虚偽記載で何の説明もなく、突然現行法の精神と原則を無視して強制捜査を受けなければならないのか。公正で厳格な法の執行とはいえない」と述べ、捜査の違憲性と不当性を指摘した。

 第2点は、憲法第11条の「基本的人権」の問題である。小沢氏は、公正で厳格な法の執行が行われていないことを指摘したうえで、「この捜査は、まさに検察という国家権力機関が政治家・小沢一郎を標的に行ったものとしか考えようがない。私を政治的・社会的に抹殺するのが目的だったと推認できるが、明確な犯罪事実と根拠が何にもなく、特定の政治家を対象に強制捜査を行ったことは、明白な国家権力の濫用であり、民主主義国家、法治国家では到底許されない暴力行為である」と述べ、カレル・ヴァン・ウォルフレン氏が論ずる「人物破壊」(キャラクター・アサシネーション)を引用して、「人物破壊とはその人物の評価を徹底的に破壊することで、表舞台から永久に抹殺する社会的暗殺、アサシネーションであり、生命を奪う殺人以上に残酷な暴力だ」と、暴力化したわが国の国家権力を糾弾している。

 第3点は、憲法前文の「国民主権」、「代表制民主主義」を具現している諸規定との問題である。小沢氏は、わが国で民主主義が崩壊している状況について、「本件で特に許せないのは、主権者たる国民から何も負託されていない検察、法務官僚が土足で議会制民主主義を踏みにじり、それを破壊し、公然と国民の主権を冒涜・侵害したことである。一昨年の衆院総選挙の直前に、証拠もないのに検察当局は捜査・逮捕権という国家権力を濫用して、私を狙って強制捜査を開始したのである。衆議院総選挙は国民が自ら主権を行使して、直接、政権を選択することのできる唯一の機会に他ならない。とりわけ、2年前の総選挙は、戦後半世紀ぶりの本格的な政権交代が十分予想された特別なものであった。そのような時に、総選挙の行方を左右しかねない、権力の行使が許されるならば、日本はもはや民主主義国家とはいえない」と述べている。これら、小沢氏の主張は現在のわが国の立法・行政・司法のかかえる問題点を鋭く指摘したものである。

 この小沢氏の主張を、巨大メディアが意図的に、悪意をもって小沢排除に利用していることが残念である。さらに悲劇的なことは、一部の良識ある国会議員しか小沢氏の主張を理解できていないことである。多くの国会議員は、現在の日本を議会民主政治の危機と考えない無感性派である。加えて問題なのは、小沢問題を政治的に利用して、自らの権勢を拡大しようとしている国会議員が多数いることだ。9月26日(月)の、陸山会事件での3人の元秘書への東京地裁判決が、憲法の基本原理を侵害していることは前回のメルマガで述べたとおりだ。こうなると司法府と立法府が結託して、新しい「日本型ファシズム」をつくり、国民生活を脅かしているといえる。

■憲法の原理を知らない特捜OBたち

 小沢氏の初公判の主張に対して、メディアを中心にさまざまな反応がある。その中で目立つのは特捜OBたちが計画的に批判していることだ。前回のメルマガでも、朝日新聞に掲載された河上元東京地検特捜部長の主張を論破しておいたが、同質の主張を8日のフジテレビで、堀田力元特捜部副部長が論じていた。

 その論旨は「検察が証拠を厳格に集め、それに基づいて裁判に持ち込むというやり方ばかりでは問題が生じるので、推認にもとづく証拠で裁判に持ち込み、裁判官が判断するというやり方が司法の新しい流れだ。小沢氏関係の捜査と裁判は、その新しい方法でやっているのだ」という趣旨であった。この論は河上氏が主張する「米国の法廷中心主義」のことである。証拠を厳格に集めるのならまだしも、証拠を改竄するという非道まで陥ったのが村木事件ではなかったか。

 排他的投機資本主義という経済分野だけでなく、司法分野まで米国の悪いやり方が導入されているとすれば大変なことである。「米国式法廷中心主義」の本質は、陪審制という市民の名による「集団リンチ」に他ならない。米国ではこれらの弊害を防ぐため、「基本的人権」を護る厳しい方策を国家権力に求めているのが新しい流れだ。

 河上・堀田氏らの頭の中には、司法試験に合格するために、憲法の言葉だけの定義を形式だけ摘み食いしているのだ。千歩、否、万歩譲って司法の新しい流れを認めるにしても、そのためにはそれに相応しい制度を整備する必要がある。裁判員制度とか、新しい検察審査会がそれだということになろうが、未だその制度が整備されておらず、権力濫用の原因になっている。これは立法府たる国会の責任でもある。

 もっと大事なことは、仮に制度が整備されていても、それに関わる人間―検事・裁判官・弁護士という、法曹関係者の実務教育ができていないことである。文化の違う制度を導入した場合、慎重な対応が必要だ。

 国民は大きな期待をもったが、旧体制は抵抗する政権交代の総選挙の直前に、こともあろうに、新政権の首相候補を狙い撃ちする捜査をやることは、例え「新しい流れ」という詭弁を弄しても、民主主義国家とはいえない。これは常識ある国民なら「推認」できる。

 それにしても河上氏の頭の中はどうかしている。9日(日)の日本テレビ「バンキシャ」で、小沢氏の初公判での主張を批判し「政治家が司法を批判すべきでない。小沢氏は憲法を知らない」など、ウォルフレン氏が指摘する「人物破壊」発言を繰り返していた。そもそも、巨大メディアが、特捜部長を務めた人物をメイン・コメンテーターに使うことすら重大な問題だ。事実上検察の代弁的広報活動をやっているのだ。小沢氏の、国会での説明責任の話など法曹人としての常識を疑う。

 それ以上に、主権者の代表たる国会議員が、彼らに何ら反論できないことが問題だ。現在の司法府の劣化をどれだけ認識しているのか。「小沢問題」はその象徴であり、これからの、国のあり方を問う重大な案件である。急がれる東北復興と福島第一原発災害への対応とともに、憲法が明記する「国権の最高機関」の自負を持たなければ、主権者である国民を代表する資格はない。

 河上氏も堀田氏も、国民の間に多くの疑問が残ったままのロッキード事件で、特捜検事として大活躍した人物だ。私もロッキード国会では衆議院議長秘書として、三木内閣・中曽根自民党・野党・検察の間で苦労させられた。それだけでなく、私の証言資料について特捜から脅された事実がある。ロッキード事件の捜査と裁判にどんな問題があったか、次回に取り上げよう。

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2011年10月 3日

「日本一新運動」の原点(75) ── 憲法原理を崩壊させた陸山会事件の判決

 東京地裁の登石郁郎裁判長は9月26日(月)、小沢一郎氏の資金管理団体「陸山会」をめぐる政治資金規正法違反事件で、虚偽記載罪に問われた元秘書3人に対して、それぞれ有罪の判決を言い渡した。

 問題は有罪とした理由である。検察が背景事情として説明した「水谷建設からの裏金1億円」について、証拠に基づく実証がまったくなく、状況証拠に推定に推定を重ねて、事実として認定したのである。

 これは、憲法の原理を崩壊させる重大な問題であり、恐らくわが国裁判史上これほど司法権の機能を逸脱し、かつ破廉恥な判決は始めてであろう。さらに、劣化した検察の主張に上乗せするような論理で、政治に干渉した判決であり、司法ファッショの時代が全開となったことを証明するものである。これを許容するなら、議会民主政治をわが国で機能させることは末代まで不可能となる。以下にその論拠を述べたい。

(1)判決が、政治資金規正法違反で有罪とした根拠は「水谷建設からの裏金」を事実だと裁判官が認定したことである。検察はこの裏金を実証するため、巨額な経費と、検察の総力をあげて約二年もの年月をかけて徹底した捜査を行った結果、起訴できなかった問題である。図らずも検察は面目を保ったが、虚偽記載の背景説明として、水谷建設関係者を検察に有利になるよう追いつめ、裁判で証言させたのである。勿論、元秘書らは裏金を否定し、水谷建設の関係者の中にも、裏金の引き渡しを否定する証言をした人物もいる。こういった矛盾のある「裏金」を、実在のものと東京地裁が推定するというならともかく、個人的信条をもとに推定で「認定」するというなら、それを検察に実証させるべく、起訴のやり直しを命ずるべきである。虚偽記載でだけで有罪とすることに論理的限界があり、「裏金」を事実と認定することで有罪の判決を誘導したと思われる。言い替えれば、むりやりにでも「裏金」を認定しなければ有罪の判決ができなかったのである。

 司法の生命は「法と証拠」によって判断することである。この判決はこれをまったく無視し、検察は疑いをもったが、起訴したくてもできなかった「裏金」を、東京地裁の裁判官が検察に代わって起訴したことと同じことになる。一億円もの裏金となれば、所得税法上の問題もある。さらに、政治がらみとなれば、公職にある者等の「斡旋利得処罰法」など、重罪の法令がある。

 「法と証拠」論からいえば、3人の元秘書は無罪であるべきだ。虚偽記載罪に限定すれば違法性はない。裁判官が敢えて有罪にこだわるなら、当該事件の公訴を棄却して「裏金」の実証をすべく、検察に再捜査を命ずるのが健全な司法の在り方である。

(2)裁判所が、検察でさえ起訴できなかった問題を、根拠なしに状況説明だけで有罪にすることになれば、「疑わしきは罰せず」という憲法原理は崩壊する。今回の判決は「疑わしきは罰すべし」という判例となる。

 となると、人類がこれまで営々と築き上げた基本的人権はどうなるだろうか。憲法第37条は「すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する」と規定している。近代国家の普遍的原理を冒涜した裁判は公平とは言えない。また、憲法第31条の「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない」と規定する、罪刑法定主義に違反する可能性がある。

 さらに重大な問題は、この判決すなわち実証性のない状況証拠だけを根拠にして、政治案件について有罪としたことである。恐らくわが国の裁判史上初めてのことと思われる。これは司法権が議会民主政治を支配することとなる由々しき問題である。証拠や実証のないことを、裁判官が推定を重ねて個人的価値観をもって認定し、検察が起訴しなくても有罪とすることになれば、健全な議会民主政治は成り立たない。

 今回の場合、石川衆議院議員がその対象となったが、石川議員を選んだ有権者の国民主権はどうなるのか。また、代表制民主主義による石川議員の国会議員としての諸権利を奪うことになる、きわめて重大な問題のある判決である。

■「司法ファシズム」という暗黒国家

 陸山会問題について、私が承知している経過を振り返ってみると、日本は「司法ファシズム」という暗黒国家になったといえる。

 平成21年3月1日、私は千葉県知事選挙の関係で、当時の法務大臣・森英介氏に会った。同席していた堂本知事に森法相が話した内容が、今もって頭から消えない。「平成になって、日本の政治を混乱させ破壊したのは民主党代表の小沢一郎ですよ。悪い政治家で、それを手伝ったのが平野さんですよ」という趣旨の話。

 小沢さんへの、明らかに悪意のある言い方に何かあるなと気になった。思えばこれが陸山会事件の始まりであった。2日後の3月3日、西松事件に絡めて大久保秘書の逮捕となった。一週間後、私は小沢代表に会い「政権交代を阻止するため、貴方は麻生自民党政権から狙われている。これは日本の民主主義のあり方の問題だ。議会民主政治を守るために国民運動を起こしたい」と進言した。

 小沢代表は「僕はそんなに偉くないよ。法に反することは何もやっていない。特捜がどんな出方をするか様子をみよう」ということだった。大久保秘書逮捕は小沢代表の退陣で効果がうすくなり、次に狙われたのが、石井一副代表の「郵政不正事件」だった。村木厚子厚労省局長の逮捕、起訴がデッチあげということが判明し、特捜の廃止論まで出る始末で、検察の信用は失墜していった。

 それでも民主党への政権交代は実現した。国家権力の守旧派が必死になったのは、「小沢改革の阻止」であった。「小沢排除」が民主党権力内でも行われ、特捜が目をつけたのが、水谷建設の裏金話を政治資金の虚偽記載と結びつけて犯罪をデッチあげることだった。検察は総力を挙げて小沢氏本人を起訴しようとしたが、犯罪事実を立証できるはずはなかった。次の策として、3人の元秘書の「法と証拠」を無視した起訴であった。

 守旧派権力が「小沢排除」の最後の手段に使ったのが、検察審査会であった。市民団体に名を隠した問題集団が、守旧派権力と共謀して、違法な手続を重ねて小沢氏本人を強制起訴した。10月6日から公判が始まる。その直前に憲法原理を崩壊させる判決が行われたのである。

 私は、7月末『小沢一郎完全無罪』(講談社α文庫)を刊行し、その文庫本まえがきで、「小沢問題に見る国家機能のメルトダウン」という文章を掲載した。その中で、わが国の政治的社会状況を「新しいファシズム」と定義しておいた。平成21年3月から始まった国家権力の「小沢排除」は、政権交代を阻止するため麻生自民党政権から仕掛けが始まっている。社会心理的暴力装置となった巨大メディアを活用して、政治権力と検察権力が推し進めたものである、という趣旨である。

 その「新しいファシズム」に、司法権=裁判所は組み入れられていないと私は推測していたがこれが甘かった。東京地裁の陸山会事件判決は、裁判官が検察とは関係なく風評だけで有罪の判決ができる道を開くことを可能にした。「新しいファシズム」の正体は「司法ファシズム」ということが判明した。憲法原理を守るべき裁判所が暴力装置となって民主主義を崩壊させている。これは恐ろしいことである。(国会議員よ目を覚ませ!)

 3人の元秘書への、憲法原理を崩壊させる破廉恥な判決にもかかわらず、野党は石川知裕議員に対して議員辞職勧告決議案を提出した。自民党の谷垣総裁、公明党の山口代表、社民党の福島党首は、それぞれ司法試験に合格した弁護士である。この人たちが、従来の政治家に対する判決と同じレベルで考えて、議員辞職勧告決議案を提出する不見識さに、生涯を国会とともに過ごした私には暗澹たる思いである。

 彼らは、憲法原理をまったく知らないようだ。否、なまじ憲法原理を知ることで、司法試験に合格できないのが日本の法曹界の実態のようだ。判決を出した裁判官と同じレベルといえる。「司法ファシズム」に入り込み、それを推進しているのが国会であるとすれば、日本の国家統治はきわめて危険なところにあるといえる。

 今回の判決を、議会民主政治の危機と感じない国会議員こそ辞職すべきである。明日は我が身と思うことができないなら、胸の議員バッジは返却すべきである。小沢氏の証人喚問論など、公判中の事案を調査できないという、国会の基本ルールを知らない愚か者としかいえない。

 議会民主政治が「司法ファッショ」で叩きつぶされようとしていることに、敢然として立ち向かうのが国民の代表者たる者の責任ではないか。

 劣化した検察や裁判所の尻馬に乗って、自分のことしか頭になく、党利党略に終始した政治が、昭和の初期に日本を最大の不幸に陥れた歴史を思い出してもらいたい。加えて、私たちの国が様々な危機に瀕している今こそ、国会議員の使命を果たすべきである。

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Profile

平野貞夫(ひらの・さだお)

-----<経歴>-----

1935年、高知県生まれ。
法政大学大学院政治学修士課程終了。
衆院事務局に入り、副議長(園田直)秘書、議長(前尾繁三郎)秘書などを経て委員部長となる。
1992年、参院高知地方区で当選し、小沢一郎と行動を共にする。
2004年、参院議員を引退。
以降、言論執筆活動に専念する。

BookMarks

-----<著書>-----


『坂本龍馬の10人の女と謎の信仰』
2010年1月、幻冬舎


『平成政治20年史』
2008年11月、幻冬舎


『虚像に囚われた政治家 小沢一郎の真実』
2006年9月、講談社


『ロッキード事件「葬られた真実」』
2006年7月、講談社


『公明党・創価学会と日本』
2005年6月、講談社

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