« 2011年7月 | メイン | 2011年9月 »

2011年8月26日

「日本一新運動」の原点(70)── 議会政治を崩壊させたのは誰か

■議会政治を崩壊させたのは誰か

 賢明な日本国民は、平成21年8月の衆議院総選挙で、自民党から民主党への政権交代を自らの意志で選択した。これは120年のわが国議会政治で、国民が初めて総選挙で新政権をつくった画期的なことであった。もっといえば、大和朝廷以来初めて民衆が創った政権といえる。その意味では歴史的出来事であったが、この認識を民主党所属の国会議員が持たなかったことに、今日の政治混迷の原因がある。

 鳩山政権では政権運営に不慣れということで済ませたが、菅政権に代わると議会政治の破壊行為が続いた。菅首相は「議会制民主主義というのは期限を切ったあるレベルの独裁」という趣旨のことを、国会質疑などで発言していた。これは反議会主義の危険な発想であることを、学者も巨大メディアもまったく指摘しない。健全な議会政治とは、過半数の力があればあるほど少数野党や国民と議論し説得して行うものだ。

 菅首相、仙谷官房長官、枝野幹事長の国会での発言や参議院選挙での議論に、議会政治の少数意見への配慮という姿勢は垣間もなく、この3人はかつての共産圏にあった議会政治を利用する内ゲバ政治家だと感じた。その後、政権交代の原点を破壊する政治を続けていたが、東日本大震災では国家の統治行為も、国会の機能もことごとく破壊した。菅政権が120年続いたわが国の議会政治を破壊したといえる。

 議会政治を崩壊させたのは、菅政権と民主党執行部であるが、その責任は与党だけではない。野党も含め、全ての国会議員が自覚しなければならない。多くの国会議員は、議会政治の本質と仕組みについて無知である。というよりも関心がなく、国会の制度や手続を司法のそれと同質だと思っている議員が圧倒的に多い。有名大学や高学歴の政治家ほど、この傾向が強く議会政治の原理や精神に関心がないことに問題がある。

■明治の議会政治家の精神に学べ

 わが国の議会政治が崩壊状態になった責任は私にもある。衆議院事務局33年、参議院議員12年、そして政治評論を7年という人生のなかで、もっともっと議会政治の原理と精神を国民に啓蒙すべきであったと反省している。この反省を肝に銘じ、酷暑の中、緊急出版として『議会政治の誕生と国会―崩壊・再生への道―』(信山社)を執筆中である。

 8月23日現在、大正時代の議会政治を終えたところだ。これまでで感動したのは、第15回議会・明治34年3月22日、衆議院本会議での足尾銅山鉱毒問題に対する田中正造議員の伊藤博文首相に対する質問である。「鉱山師の奴隷政府」という名演説で、中心部分を紹介する。

  鉱毒の害というものは、地面が亡くなってしまう。元金が亡くなってしまう。同時に人類も亡くなってしまう。これをこのままにしてし まうと、人民は死に国家は亡くなってしまう。足尾銅山の鉱業主は古河市兵衛である。古河市兵衛の奴隷の働きだ けは止めてくれろ―お聞き下さい。自分の兄弟は乳の足らぬために死 ぬ。耕すべき地は無い。悲しいと言って出てくる請願人には、大臣が面会しない。それを苦労して出てくる者は、捕らえて牢に打ち込む。

  来たる第16議会に於て田中正造は出ませぬ(議員辞職する)でも、これは国家の問題でございますから、・・・伊藤内閣は古河市兵衛の奴隷なり、という辞を発せられない様に私は望んで置く。

 この田中正造の演説を知って、私は福島第一原発事故の放射能被害の悲劇を思った。鉱毒被害と放射能被害は共通点がある。まず、今回の原発事故について、国会や公開の席で、田中正造のような民衆を思う精神で政府を追及した政治家はひとりもいなかった。ただ唯一、ニコニコ動画の記者会見で小沢一郎が「放射能被害対策のみならず、原発事故そのものの収束も含めて、国の責任で行うべきだ」という発言が印象に残っただけだ。全国会議員は、福島第一原発事故に明治の義人・田中正造の精神を体して取り組むべきだ。

 それにしても、菅政権の原発事故対応は人間に対する冒涜である。「直ちに影響はない」と三百代言の情報隠蔽と操作で嘘に嘘を重ね、国民の暮らしに無要の混乱をもたらした。拭いがたい政治不信をつくった責任を微塵も感じないのが菅直人首相だ。人間に非ずと断じておこう。

■代表選の前にA級戦犯の総括と小沢氏等の党員資格停止の解除を

 不思議でならないことは、民主党代表選挙がどういう理由で行われるのか、まったく報道されていない。理由は菅政権が行き詰まったからだ。菅首相に政権担当能力がなく、岡田幹事長には国会運営と党運営能力がないことが原因である。従って、代表戦を行う前にやるべきことは、まず、菅政権の失政を総括することが民主党再生の絶対条件である。

 失敗のA級戦犯にあたる菅首相、仙谷内閣官房副長官、岡田幹事長らは、公開の両院議員総会で反省の総括を行うべきである。悩みに悩んだ末に、代表選出馬を決意した前原前外相も、やはりA級戦犯だ。八ッ場ダム・JAL問題、さらに尖閣列島の中国漁船衝突問題で無責任政治を行ったことを総括すべきだ。また、京都での前原氏の「政治とカネ」問題は、深刻な事態と聞いている。政権与党の代表となれば、民主党の崩壊にもなりかねないことを危惧する。

 彼らは議会政治の冒涜と、政権交代の原点である「国民の生活が第一」の目標を潰してしまった。民主党内の議論もなく、政権交代の魂を売り払った理由と責任を国民に説明すべきである。

 ところがこれをやろうとしない。理由は、巨大メディアが菅政権に甘く政治の混迷の真実を報道しないからである。その代表が朝日新聞だ。8月22日の東京版社説と若宮主筆の「座標軸」には驚いた。これこそが議会政治の本質を知らない典型だ。社説は「なぜ続く短命政権―病根は『参院』『常在戦場』」と題し、政治的混迷の病根を参議院制度や両院の選挙制度にあるとしている。

 若宮主筆は「劣化きわまる政治 抜本改革を―二院制と選挙制度」と題して、同趣旨のことを論じている。政治の劣化と混迷の原因が、菅民主党政権の無知と無能と不見識にあるのではなく、両院制度や選挙制度の欠陥に問題があるという主張だ。まったくの論理のすり替えであり、天下の朝日新聞がこれだから、日本の政治の劣化は治らない。その病根が朝日新聞にあることを糾弾しておく。

 人がつくるものだから、どんな制度でも完全無欠のものはなく、むしろ、それに携わる人間が正常でなければ制度が機能しないことは世界の常識だ。議会政治もまったく同じである。

 日本で不正常な、例えば、菅政権の指導者のような人材を育てたのは朝日新聞といえる。朝日新聞の体質と民主党A級戦犯たちの体質は似たものがある。それは、理屈では社会正義を主張するが、その実態は自己利益の方便として利用するという「新左翼的内ゲバ」思想だ。わが国にとって「脱原発」も必要だが、「脱朝日」はより以上に重要である。

 民主党代表選挙を、挙党体制で党再生の機会にしようとするなら、小沢一郎氏はじめ、田中真紀子氏ら菅内閣不信任案に欠席した議員の「党員資格停止」を解除することがその入り口である。

 そもそも、菅・仙谷・岡田という反小沢のトリオが政権延命のために仕組んだのが、小沢氏の党員資格停止であった。検察審査会の強制起訴は、検察の一部と東京第二弁護士会を使って、某政治家が政治的に策略したといわれていた。検察審査会の議決に違法性があることを証明できる材料を我々は持っている。がそれよりも、強制起訴の前提となる「石川議員の検察調書」が、東京地裁において証拠として採用されないことが決定した。この事実は、小沢氏の党員資格停止を解除する要件となる「状況の変化」である。

 もっというなら、小沢氏の裁判は起訴却下で中止されるべきである。それを制度がないという理由で続けるようだが、こんなに人権を無視したことはない。最高裁の決定で可能なはずだ。

 小沢氏を党員資格停止として、菅民主党執行部が「小沢排除」を断行したことに今日の混迷の根本原因がある。このことが理解できない民主党の国会議員は政治家を続ける資格はない。(了)

────────────────────────

■日本一新の会事務局からのお知らせ

 皆さんにご愛読いただき、そのコメント数も少なくなかった平野論説、そして地方行政の現場からの発言であった達増論説は、いずれも「メルマガ・日本一新」(有料)からの転載でした。

 全号がTHE JOURNALに転載された「メルマガ・日本一新」はさまざまな階層の方に読まれている様子が事務局や平野代表の元に届いていますが、以後は随時転載となります。

 継続して全号のご購読(有料)をご希望の方は、 http://www.nipponissin.com/regist/mail.cgi からの仮登録、または問合せ窓口、 info@nipponissin.com までご一報をお願い申し上げます。

2011年8月18日

「日本一新運動」の原点(69)── 巨大メディアの「小沢排除」が国を滅ぼす

 8月9日(火)、菅首相が国会の答弁で、ようやく退陣の段取りについて発言して、この後に想定外のアクシデントがなければ、8月中には辞めることになる。それに合わせるように、民主党の岡田幹事長は、政権交代マニフェストの基本部分を自民党と公明党の要求を丸のみして修正・見直すとした。事実上、菅首相を辞めさせるために民主党の心を売ったといえる。

 巨大メディアの関心が、後継代表選出に移った矢先、野田財務相が飛び出し、巨大メディアの太鼓たたきが始まった。おそらく背後には財務省があってのことだろう。何しろ「大増税」と「大連立」を、早々に打ち上げさせて世論づくりを始めたのだ。この流れでは、まともな代表選なんか期待できない。民主党は実質的には崩壊したといえるが、ここに至った原因やこれからの問題を整理しておきたい。

■小沢一郎に於ける政治理念の進化

 21世紀に生きる政治家がまず認識すべきことは、20世紀で謳歌してきた「資本主義」が、変質というよりも崩壊したことである。残念ながら、わが国の多くの政治家や有識者はこの認識に欠けている。これが混迷する日本が立ち上がることができない原因である。この基本的歴史認識が国民的に合意できれば、新しい日本を創ることができる。

 小沢一郎氏は平成元年(1989)、自民党海部政権の幹事長時代、米ソ冷戦の終結を体験して私にこういった。「誰もが資本主義が勝った。これで世界が繁栄して平和になると思っているが、僕はそうは思わない。ソ連の崩壊はパンドラの箱を開けたような混乱になる。過激な経済戦争で世界中に不公平が生まれ、それが原因で各地で紛争が多発する。大変なことになる」と。この予言は的中した。

 これが20数年前の自民党幹事長・小沢一郎の世界観だった。当時、こんな考えを持つ政治家は他にいなかった。「パンドラの箱」が開いた世界で日本はいかに生きるべきか。そこで小沢氏を中心に議論を行い「あらゆる技術の異常な進歩とグローバル化によって、これまでの資本主義が変質した。新しい資本主義、新しい人間社会を考えよう」ということになった。

 こういった歴史観にもとづいて、これまで日米安保条約に依存し、米ソ冷戦を利用して、わが国が生きてきた「一国平和主義・一国繁栄主義・一国民主主義」を反省する。そして、「自立・責任・共生」を国民のコンセンサスとし、国家運営の基本とすべきであるという、小沢一郎の政治理念が形成されていく。

 この理念にもとづき、平成5年に『日本改造計画』が刊行され、大ベストセラーとなった。自民党の政策として実現するつもりであったが、当時の自民党の大勢から反発をうけ、離党して「新生党」を結成することになる。平成5年8月に非自民細川連立政権の政治理念の主役となるが1年足らずで自民党が政権に復帰する。

 小沢一郎の「自立・責任・共生」の理念は「新進党」で議論され「日本再興のシナリオ」となり、そこには「人間の絆」が追加される。新進党が解党し「自由党」を結成した小沢一郎は、これまでの考え方を統合発展させ、人づくり基本法案をはじめとする「日本一新11基本法案」にまとめて国会に提出した。少数会派の自由党なるが故に、国会で議論されることなく廃案となった。

 平成15年に民主党と自由党が合併する。自由党は、政権交代という大義のために人事・政策などすべて民主党の方針を丸のみした。民主党には政治理念も基本政策もなく、政府権力に就きたい亡者、既得権を維持し特定の政策しか考えない労組出身者、自民党の長老より悪い不良政治家、市民運動の美名に隠れた過激派などの溜り場であった。

 平成18年の通常国会での偽メール事件で民主党の体質が国民に知られ、それを立ち直らせたのは小沢一郎が民主党代表に就任してからであった。小沢代表は、自己の利益しか頭にない民主党の亡者たちをどうにかまとめ、「国民の生活が第一」という政治目標のもと、「逆転の夏」と銘打った平成十九年の参議院選挙で勝利を得たのである。そして、自民党に代わる政権交代を国民に期待させ、2年前の夏の総選挙でそれが現実となったのだ。

■何故、小沢一郎を排除しようとするのか

 小沢氏は「国民の生活が第一」という政治目標を達成するために、「共に生き共に幸せになる」という「共生社会」を創ろうと呼びかけている。そこで「自立・責任・共生」という理念を実現しようとしたが、民主党の党是にできない宿命があった。それは雑居政党民主党にとって、この理念を持てば、自分の否定になる政治家が多勢いるからだ。

 問題はそれだけではない。わが国では巨大メディアや官僚など既得権で生きる人たちが「小沢排除」こそが自分たちが生き延びる条件だと思っているのだ。世界は1980年代から激しい情報革命が起こり、巨大メディアがかつてのように社会の木鐸として機能しなくなった。21世紀となり、慢性的不況で民間の広告収入が減った巨大メディアは、税金を使う政府広報に依存するようになった。小泉政権での「裁判員制度」、菅政権の「納税者背番号制度」などがその一例だ。

 さらに情報社会化の進展に応じて必要となる改革が、巨大メディアの収益を減らしていく。自己改革を怠った日本の巨大メディアにとって、小沢氏が改革しようとする記者クラブ制の廃止、クロスオーナー・シップ(新聞社とテレビ会社の株の持ち合い)禁止、電波料金のオークション制の導入などは、健全な情報社会のために絶対必要なことである。それを断行されると経営に大きな支障が出る巨大メディアは、小沢一郎なら実現すると恐れおののいている。かつて私は複数の巨大メディアのオーナーから「小沢から離れて我々の味方になれ」と口説かれたことがあり、その子細は昨年のメルマガにも書いている。

 小沢一郎にとって「自立・責任・共生」の政治理念を実現するためには、巨大メディア改革が欠かせない。本来ならメディアが先んじて新しい日本社会の建設理念を提起すべきであるが、20世紀資本主義の影を慕い経営を変えようとしない。この巨大メディアと政権交代を阻止したい麻生自民党政権が、検察権力の悪質な部分とコラボレーションして行われたのが、小沢一郎を政界から排除するための「西松事件と陸山会事件の捏造」であった。

 二つの事件が手続的にはともかく、実質的には菅・岡田民主党も絡んだ政治的謀略であったことが、国民の目には明らかになった。残念なことには、巨大メディアがこれまでのことを反省するころか、ポスト菅の代表戦についても、「小沢排除」の再現を報道しはじめた。その一例が朝日新聞(8・11、東京版)の社説である。

「古い発想の旧リーダーが裏で糸を引き、代理戦争を演じたのでは、世代交代の意味がない。これまで党を引っ張ってきた菅・小沢両氏に鳩山由紀夫前首相の『トロイカ』は今回、行動を慎むべきだ」

 恐ろしい発想だ。この1年余、さんざん菅首相を煽ててきた朝日新聞の責任は大きい。性懲りもなく小沢一郎の政治理念と政策を拒否し続ける巨大メディア、中でも朝日新聞社説の姿勢が日本を滅亡の道へ向かわせていると私は思う。小沢一郎が掲げる政治理念のどこが古い発想か。自らの改革を怠る陳腐さを棚に挙げてよくいえたものだ。

 今の日本の政治家で、資本主義の変質と崩壊を認識しているのは小沢一郎氏しかいないことは縷々述べた。日本人の自立と責任の精神で共生社会を創るべく、「日本一新11基本法案」を策定した小沢一郎という政治家を、巨大メディアと民主党はいつまで「党員資格停止」のままにしておくのか。

 菅首相を筆頭に民主党執行部と、谷垣自民党総裁ら二大政党の指導者に問う。貴君らはこの国を何処へ向かわせようというのか。歴史観を持たない政治は衆愚に通じ、国を滅ぼす愚か者とのそしりが免れないことをもう一度指摘しておく。

2011年8月 5日

「日本一新運動」の原点(67)── 脱原発とエネルギー問題

 7月29日(金)、私が顧問をしている「志信会」(会長・大西信弥)の総会が東京で開かれ、「脱原発とエネルギー問題」で話をした。時の問題でもあり、以下にその要旨を転載するのでメルマガ会員諸氏のご意見をいただきたい。

○脱原発とエネルギー問題

■田中元首相の思い出

 田中角栄さんが、昭和49年に首相を辞めた直後だったと思うが、前尾衆議院議長の用事であったとき、こんな質問で困ったことがある。

「平野君、東京電力と東北電力でつくる電気で、質の違いがあるがそれがわかるか」と。「わかりません。そんなことあるわけがないでしょう」と答えると、「まだ勉強が足りないぞ」と叱られ、その後ずっと気になっていた。

 私が参議院議員となって、新進党時代の勉強会(平成8年頃)に東北大学学長を務められた半導体の世界的権威者・西澤潤一郎博士を招いたことがある。講演が終わって誰か質問しろということになり、司会者が私を指名した。丁度よい機会と思い、田中首相から「勉強が足りない」と叱られた「東京電力と東北電力がつくる電気で、質の違いがあるか」と質問してみた。

 西澤博士の答が勉強になった。「さすが角栄さんだ。最近の先端科学技術は、それに関わる人間の精神性や倫理性によって、製品の質に微妙な差が出る。例えば半導体の優れた製品は、儒教文化社会の日本・韓国・台湾で仕上がり率が高い(当時中国は先端技術は後進国だった)。その原因は電気の質にある。先端技術というものはそういった目に見えないもの、人間の心理的なものの影響を受ける世界なのだ。角栄さんは天才だ」という話だ。

 この時、思い出したのは、昭和55年頃衆議院科学技術委員会担当課長時代に、四国の伊方原発を視察に行った時のことだ。所長との懇談で私が、「原発で事故が発生する場合、回数の多いのは何か、原因と対応はどうしているか」と質問した。所長は「技術面では100%とは言いませんが、事故を起こさない自信があります。事故が発生するとすれば、原発に関わる人間の過信・怠慢・油断・傲慢などが原因です。そのため人間の教育を徹底的にやっています」と答えてくれた。

 田中角栄さんの話、伊方原発所長の話といい、昭和時代にはこういう心情で生きる指導者たちが数多くいた。それに比べ平成時代になって、世の中の指導者たちのほとんどがフリーズ多発のパソコンに似て、人間の思考をしなくなった。その代表が菅首相といえる。

■私とエネルギー問題

 平成6年6月に非自民連立政権が崩壊して、村山・自社さ政権ができた頃、ある会合で宮沢前首相と田中秀征企画庁長官(当時)と顔を合わせたことがあった。その時2人に「永田町の鯰がいる。この次はいつ地震を起こすのか」と冷やかされたことがある。世間では、今でも私のことを『永田町の嫌われ者』と思っている人が多いが、実は私は「エネルギー問題」ではそれなりの見識を学んでいると自負している。

 衆議院事務局に勤めて2年目にした仕事は、昭和36年頃の「石炭対策委員会」だった。石炭から石油にエネルギー転換する社会の激動を石炭合理化で体験した。昭和48年の石油ショックの時期には、前尾衆議院議長秘書で、石油外交でエジプトやクエートなどを議長のお伴で訪問し、石油問題の深刻さを勉強した。昭和55年頃は科学技術委員会担当課長で、原発問題を中心にエネルギー資源の確保を勉強した。ソーラー発電が実用化した頃で、つくば科学博の正面に京セラのソーラー発電でネオンを付けるアイデアは私が提案したものだ。

 平成4年の参議院選挙に高知地方区から出馬したときには、室戸の海洋深層水の温度差を活用して発電する構想を専門家から教わり、地元を啓蒙したが失敗した。参議院議員となってから、原発行政の改革の勉強会を立ちあげ、現在のウラニウム原発の危険性、特にプルトニウムを使用する「もんじゅ」や「プルサーマル」の廃止を訴えてきた。そして研究中止となっている「トリウム溶融塩炉」原発が、安全性からも安い経費でつくられることからも日本に適切で研究再開をすべしと運動をやっていた。「トリウム原発」は、プルトニウムを発生させず焼却することができるので、日本が核武装しないとの宣言になること。テロリストが手に負えないこと。米国やロシアでも核弾頭のプルトニウムを焼却させるため研究を再開した。

 平成15年1月には、参議院本会議の代表質問で、日本付近の海底に埋蔵する「メタンハイドレート」(メタンガスが氷状になったもの)の開発促進を取り上げた。平沼通産大臣が「平成28年(2016)までに商業化する」と答弁して話題となった。メタンハイドレート問題を本会議の代表質問で、テレビ中継したのはこれが初めてで注目された。

 これにはおまけがついた。4ヶ月後、祥伝社から『燃える氷』という書物が出版された。日本周辺に分布しているメタンハイドレートを採掘すれば、地震を誘発し日本を沈没させることになるという小説であった。石油業界はじめ、エネルギーの国内確保を阻止しようとするグループの謀略であったと思う。

■エネルギー確保の中長期計画の策定

 平成19年の参議院議員選挙の頃、高知県東洋町でプルトニウムの燃えかす(ガラス固形化したもの)の埋蔵を引き受けることを、町長が了承し住民投票が行われた。私が民主党高知県連代表の時であり、反対運動を行い住民も許さなかった。この時、私たちは「反原発だけでは国民生活の向上が実現されない」という考えで、エネルギー確保のあり方について中長期計画を策定することになった。

 問題の中心は「原発のあり方」であり、原子力の専門家から意見を聴取し、次の構想をつくった。

1)現在のウラニウム原発は安全性に問題があるものから可能なかぎり早期に廃炉とし、20年〜30年間で全廃する。トリウム溶融塩炉の開発を直ちに再開し、10年以内に実用化する。ウラニウム原発からトリウム原発に順次移行させ、30年以内に原発はトリウム原発を主力とする。

2)その間、石油による発電も残るので、CO2対策もありメタンハイドレートなど天然ガスの確保や活用を積極化させる。自然エネルギーの開発促進など、国内でのエネルギー確保を最重点政策とする。

3)核融合発電が実用化できるのが、60〜70年後と想定して、その間、エネルギー確保は(1)から(2)の他、従来の水力・火力を先端技術により改良し、経済産業の供給に応えていく。

 というものであった。

 平成19年の参議院選挙でエネルギー確保の中長期計画をマニフェストに入れるべきだと思ったが時間がなかった。取り敢えず「原発行政の改革として、トリウム原発の研究再開」を入れるべきだと小沢代表に提案したところ大賛成で、菅代表代行を説得するよういわれ説明したところ、「トリウム」という用語も知らず、聞く耳を持たなかった。(当面の問題)

 菅首相の「脱原発・太陽光発電活用」論も方向性はよいとして、具体的構想がないところに、無責任さと延命策の嗅が強い。太陽光発電を健全に発展させるためには、保全やメンテナンス技術の向上と基準がなければ不可能である。

 私たちは、社団法人「太陽光発電保全協会」を8月に設立の予定である。発起人で日本学術振興会の次世代太陽光発電システム第175委員会に所属している東洋メカジェニック工業の国府田代表取締役に、「太陽光発電の現状と今後」について、私の話の後、志信会の諸君のために話をしてもらうことにする。

 以上が志信会総会での私の話の要旨である。

────────────────────────

■日本一新の会事務局からのお知らせ

 皆さんにご愛読いただき、そのコメント数も少なくなかった平野論説、そして地方行政の現場からの発言であった達増論説は、いずれも「メルマガ・日本一新」(有料)からの転載でした。

 全号がTHE JOURNALに転載された「メルマガ・日本一新」はさまざまな階層の方に読まれている様子が事務局や平野代表の元に届いていますが、以後は随時転載となります。

 継続して全号のご購読(有料)をご希望の方は、 http://www.nipponissin.com/regist/mail.cgi からの仮登録、または問合せ窓口、 info@nipponissin.com までご一報をお願い申し上げます。

Profile

平野貞夫(ひらの・さだお)

-----<経歴>-----

1935年、高知県生まれ。
法政大学大学院政治学修士課程終了。
衆院事務局に入り、副議長(園田直)秘書、議長(前尾繁三郎)秘書などを経て委員部長となる。
1992年、参院高知地方区で当選し、小沢一郎と行動を共にする。
2004年、参院議員を引退。
以降、言論執筆活動に専念する。

BookMarks

-----<著書>-----


『坂本龍馬の10人の女と謎の信仰』
2010年1月、幻冬舎


『平成政治20年史』
2008年11月、幻冬舎


『虚像に囚われた政治家 小沢一郎の真実』
2006年9月、講談社


『ロッキード事件「葬られた真実」』
2006年7月、講談社


『公明党・創価学会と日本』
2005年6月、講談社

→ブック・こもんず←



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.